七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
孤児院という地獄から抜け出すため、磯風は提督の手を取り艦娘となる。
これが、絶望の始まりとも知る由もなく。




第四十八話「だから、料理をやろうと思ったんだ」

 

「うへぇー、やっと東京急行終わったぁー! 疲れたぁー! 腹減ったぁー!」

 

 鎮守府の食堂にそう叫びながら飛び込んできたのは遠征部隊に配属された谷風だ。

 

「お帰り、谷風。晩御飯できているぞ」

「え!? まさか、磯風の作ったやつじゃないよね?」

「なんだ、私が作った料理は嫌か?」

「誰のせいであの時二日間も昏睡状態に陥ったと思ってるのさ!? なんか、記憶もおぼつかないし!」

「大丈夫よ、磯風ちゃんには配膳をしてもらっているだけだから。それは私が作った晩御飯よ」

 

 以前に一度、私の料理の被害に遭っている谷風は、厨房から夕飯のカレーを配膳してきた私を見て露骨に警戒模様を示す。

 私達が口論を始めると、その様子を聞きつけたのか厨房から間宮さんが出てきて仲裁に入る。

 間宮さんの言葉を聞いて谷風は心底安心したように胸をなで下ろしている。失礼な。

 

「全く、私だってもう半年も修行すれば……」

「まぁまぁ、磯風ちゃん、調理技術自体は凄い速度でちゃんと上達しているんだし、美味しい料理もきっと作れるようになるはずよ」

「ほら見ろ、谷風。私が凄腕料理人になってもお前にだけは絶対に料理は振る舞ってやらんからな」

「おう、別にいいよ」

「少しは食い下がってこい!」

「まぁまぁ」

 

 私達がこの鎮守府に着任してから、早一年が過ぎようとしていた。

 

 

「――そういえば、浜風と浦風は?」

「浦風はまだ作戦海域から帰ってきてないよ。浜風も司令部の仕事が山積みみたいだからもっと遅くなるって」

「そう、か」

 

 私達四人は、鎮守府に入ってからそれぞれが別の部隊に配属されていた。

 

 谷風は遠征部隊。提督から指示された遠征任務を行い、資材と資源の調達、あるいは作戦海域の戦力偵察なども任されるサポート部隊だ。

 

 浦風は攻略部隊。提督の作戦展開に従い指定海域へ出撃し、海域を攻略する実働隊だ。艦娘を海の女神と言わしめる鎮守府の華である。

 

 浜風は司令部。艦娘はほとんど配属されない特殊な機関だ。主に提督を中心に作戦を立て、作戦時は提督不在時に代理で指揮を行う。また、その他の遠征指示、開発計画なども提督に代わって伝達、指揮を行い、通信状態が悪い時には艦娘として現場へ単独出撃することまであると聞く。

提督の補助役かつブレインなど様々な場面で活躍し、万能を求められる部署だ。

ちなみにこの鎮守府では艦娘は提督の命令には絶対というルールがあるが、この司令部に所属する艦娘には特例として意見具申が許可されている。

 

 そして、私は演習部隊。日々、他の鎮守府の艦隊との演習を行う部隊だ。

 危険が少なく、午前と午後の部で数える程しか戦闘がないためこの鎮守府の中では働かない楽な部隊だ。今、こうして私が間宮さんを手伝っているのも演習のノルマが早々に終わり、手持ち無沙汰となって落ち着かなかったからに他ならない。

 恐らく私の体力不足を見抜いての配属なのだろう。

 

「私ばかり楽しているようで本当に申し訳なくなる」

「なーに言ってんだい! 演習部隊といやぁ、あの外交戦略部隊だろ? メンバーの入れ替わりが激しいわ、新装備を実験配備されるわ、艦娘になったばかりの新人を投入するわ、良し悪しの分からない新しい艦隊戦術を試すわ……で、そのくせ勝率にこだわるなんて無茶ぶりが平然と行われる心労の絶えない鬼畜部隊って聞くよ! 十分に大変じゃないか」

「そんな風に言われているのか、ウチの部隊は……」

 

 確かに、演習部隊は唯一、他の鎮守府の艦娘との交流があり、他の鎮守府との合同作戦や支援などを視野に入れて良好な友軍関係を築くためにも、まず結果を出すことを第一に求められる。

 

 何故なら、相手は自分より弱い鎮守府とは友軍関係を築くのはメリットが薄いと考えるためだ。だから、こちらにもそれ相応の戦力があり、友軍関係となることでメリットがあることを演習で示さねばならない。

 目標は勝利S。それでなくとも最低でも戦術的勝利。万が一敗北する場合は相手の艦隊にもそれ相応の被害を与え、『接戦』とするのは必須だ。

 

 演習で使う装備では轟沈しない分、こちらの戦闘では時に狂気じみた無茶もできるので、時には攻略部隊の戦闘以上に死に物狂いの泥沼試合にもなったりする。

 演習部隊が裏で外交戦略部隊とも囁かれるのはこういった役割を担っているところにある。

 

 また、それ以外でも実験段階の装備や戦術の試行、戦闘未経験艦娘の配備など戦闘時に何かしらの不安要素を抱えているのは日常茶飯事、加えて勝利への重圧で一切気は休まらない。

 

さらに、相手の艦隊情報や個人の成績によっても演習部隊はメンバーの入れ替わりが激しい。私の知る限りでは最速で8時間で演習部隊から遠征部隊へ異動となった者もいるくらいだ。

 確かにこれらのことを考えると、意外と勤務時間が短いだけで楽ではないのかもしれない。

 

「提督はさぁ、命令通りに動けば結果は伴わずとも良いって言うけれどさ。演習部隊に対してだけは絶対に例外だよね、あれ」

「まぁ、だが今まで提督の命令通り動いて敗北したことはないぞ。苦戦する時は大抵誰かしらが提督の命令を破った時だ」

「そこは流石提督ってやつだね」

「……なぁ、谷風。私達、こんなふうに四人で話すこと、最近少なくなってないか?」

「そうだねぇ。四人とも相部屋だけど、帰ってくる時間もバラバラだし、そもそも部屋入ったら疲れてすぐに布団直行だからねぇ」

「最近じゃ浜風は部屋にも戻ってこないな」

「忙しいのさ。司令部は本当に優秀な奴しかできない仕事だから少数精鋭になっちまって、結果一日中働き詰めだからねぇ。司令室で泊まり込みなんてしょっちゅうさ」

 

 もう一か月くらいになる。私達四人は会話どころか顔もほとんど合わせなくなっていた。

 今日、谷風と話したのだって随分久しぶりだ。

 できれば、昔のように四人で集まって他愛のない話をしたい。だが、そう思うのは、私のわがままなのだろう。

 

「皆、大変なんだな……」

「浜風は頭脳で、浦風は戦闘でエリートコースまっしぐらだし、磯風も大概化物だし、かぁーっ! 谷風さんの親友はなんでどいつもこいつも優秀なのかねぇ!?」

「浜風と浦風は分かるが、私が化物とはどういうことだ? 悪口か? 悪口なのか?」

「違うっての! あのねぇ、ただでさえ入れ替わりの激しい演習部隊でもう配属されてから一年弱ずっと部隊に居続けられる奴なんざ、磯風が初めてなんだよ? 自覚してるかい? それってつまり、他の部隊も含めてこの鎮守府で一番、艦隊戦で勝率の高い艦娘って意味なんだからね?」

「いやいや、運が良かっただけだろ。私はもやしだぞ?」

「もやし……まぁ、そこんところが磯風が攻略部隊に組み込まれない理由なんだろうね」

 

 谷風は私を見て大きくため息をついた。

 

「ま、攻略部隊みたいに連戦する体力はなくても、単発の艦隊戦じゃ磯風が最強候補っていうのは事実さ。結構有名だよ、演習番長の磯風って」

「そのあだ名はどうなんだ……まぁそれはともかく、評価されているというのは、少し照れるな。だが、谷風だって凄いじゃないか。毎日毎日あんなに遠征を繰り返して。私にはとてもできない……」

 

 あの遠征部隊のいつ終わるとも知れぬ反復作業は精神的にも体力的にもタフでないと続けられないだろう。

 見ているこっちか疲れるくらいだ。

 谷風が配属された理由がよくわかる。

 

「あんなの、同じことを延々と繰り返してるだけさ」

「だが、おかげで今日も私は演習で勝利できた。私だけじゃない。この鎮守府全員を支えているのは、他ならぬ谷風達が頑張って持ってきてくれる資源だ。感謝している」

「な、なんだよ、急に! 思わずちょびっと泣きそうになっちまったじゃないか! べらぼうめぇ!」

 

 谷風がそう言って左腕で目を擦る姿を見て、私は静かに笑った。

 

「――ごちそうさん! 今日も相変わらず最高に美味しかったよ、間宮さん!」

「そう、それはよかったわ」

「それじゃ、磯風。飯食って元気も出てきたし、私はこれからまた遠征だから、ちょいと留守にするよ!」

「あ、待ってくれ、谷風!」

「なんだい?」

 

 カレーを完食してハツラツと駆けてゆこうとする谷風を私は呼び止めた。

 

「今度、いくつかの鎮守府と合同でやる大きい作戦があるだろう。それが無事終わったら、一日だけでも休暇を取って四人で、どこか出かけないか?」

 

 四人で一緒に居たい。一番体力の消耗が少ない自分が疲れているであろう彼女達に言える立場ではないが、私はどうしても四人で会って話す時間が欲しかった。

 谷風は一瞬驚いたような表情を見せると、すぐに満面の笑みを浮かべた。

 

「おお! そいつはいいね! よっしゃ、そうと決まればますます張り切って資源ため込んどかないとね! 腹が減っちゃ戦にゃ勝てぬって言うしね!」

「ああ! 浦風と浜風にも見かけたら伝えておく」

「そんじゃ、決まりだね!」

 

 谷風が手をふりながら走り去っていくのを見送りながら私は内心ガッツポーズをとっていた。

 

 

「――休暇を取って四人で、ですか?」

「ああ、忙しいのは百も承知だ。だが、どうにか時間をとれないか、浜風?」

 

 司令室。

 司令部の皆への夕飯を間宮さんと一緒に届けに行くついでに、浜風にも休暇の話を持ち掛けた。

 浜風はすっかり乱れた髪をさらにグシャグシャにするよう頭を掻きながら、深いクマの刻まれた目を細めてしばらく何かを考えていたかと思うと、急に何枚かの書類を持ってきてそれらを凝視し、不意にニタリと笑った。

 極限に疲れている人間の一挙一動って凄い、不気味だ。

 

「や、やっぱり駄目そうか……?」

「…………いえ、いけます!」

「ほ、本当か? あの、くれぐれも無理はしないで、くれよ?」

「大丈夫、一週間の徹夜で済みます……!」

「おい、それは本当に大丈夫なのか、浜風!?」

 

 くたびれた笑顔でサムズアップをする浜風をとりあえず信じることにして、若干心配になりながらも私は再び食堂に戻り、間宮さんに料理の手ほどきを受けつつ浦風達の帰還を待つことにした。

 間宮さんから料理の手ほどきを受け始めたのはこの鎮守府に来て一か月が経った頃からだ。演習が全て終わって何かやることはないかと鎮守府をふらついている時、料理をふるまう間宮さんを見たのがきっかけだ。

 以来、暇を見つけては間宮さんの所にあしげく通いつめ、料理を習っている。

 

「ふふ、嬉しそうね、磯風ちゃん」

「ああ、四人で集まれるなんて久しぶりだからな! よし、できた! 野菜炒めだ!」

「……本当に包丁捌きや火入れ、調味料の扱いから何もかも上手になったわね。目を見張る成長速度だわ。見た目はともかくとして……」

「いやいや、私なんて先生に比べたらまだまだだ。さぁ、食べてみてくれ、先生!」

 

 料理を習っている間宮さんのことは先生と呼ぶことにしている。

 今作ったのは間宮さんに初めて習った料理だ。

 間宮さん曰く、『野菜炒めは全てに通ず』。

 野菜炒めには料理に大切なありとあらゆる基本が詰まっているから、それを極めれば他の料理も自然と上手くなる、ということらしい。

 

「……どうだ!?」

「な、なんというか……個性的な料理と味ね……かはっ!」

「先生!?」

 

 私の野菜炒めを食べた間宮さんは顔を真っ青にしてひきつった笑顔を浮かべながら口元を抑えてそう言った。

 口を抑える手から血が滴ってきている。

 どうやら吐血するほど美味しかったようだな、うん。

 

「そうか、個性的な味か……少しは料理に自分らしさという奴が出てきたということか。先生のおかげだ」

「い、磯風ちゃんがそう思うのなら、それでいいと思うわ……ぐふっ!」

 

 私も自分で作った野菜炒めを一口食べてみる。なるほど、味付けに塩が少し足りなかったか、それに見た目もまだいまいちだ。

 ピーマンとキャベツと玉ねぎと人参を使った筈なのに色が半分以上黒い。間宮さんの野菜炒めに比べたらまだまだだな。

 だが、味の方はもしかしたら間宮さんがいつも隠し味として使っているアレがあればよくなるのではないだろうか。

 

「なんだったか、先生がどの料理にも必ず一つまみ程度ふりかけている、あの塩のような調味料……あれを使ってみたいのだが――――」

「駄目よッ!」

「――!?」

 

 唐突に大声をあげる間宮さんに私はびっくりして持っていた箸を床に落としてしまう。

 箸が厨房に落ちる音を聞いて、間宮さんは我に返ったように小さく声を洩らす。

 

「ご、ごめんなさい……私ったら」

「い、いや、こちらこそすまない先生。そうだな、あの調味料を私のような素人が使っても無駄にするだけだものな。私が馬鹿だった」

「本当に、ごめんなさい。でも、あの調味料はどんな料理にも使える分扱いが難しくて、もう少し上達したら使ってみましょう?」

「ああ、わかった。あ、箸洗わないとだな」

 

 若干気まずい空気が流れる中、私は野菜炒めの皿を片付け、フライパンや包丁、まな板、食器などを洗い始める。

 少し驚いたが、間宮さんがあそこまで止めるということは本当に扱いが難しい調味料なのだろう。逆に言えば、あの調味料を使わせてもらえるようになれば、私は間宮さんに料理の技術を認めてもらえたということになる。

 きっといつか、そうなれるようより一層精進せねば。

 

「磯風ちゃん、なんで私に料理を習おうって思ったの?」

 

 私がそう決意を新たにスポンジを握り締めていると、後ろで食材の在庫確認を行っていた間宮さんが私の横にやってきて洗った食器をふきんで拭きながらそう尋ねてきた。

 

「んー、そうだな。皆が頑張っているのに私だけ暇なのは罪悪感があったからというのもあるが……一番は、先生の料理を食べている皆が、とても幸せそうだったからだ」

「…………そうかしら」

「間宮さんはあまり厨房から離れることがないから知らないかもしれないが、食堂以外に居る時の皆は一様に疲れきって、辛そうな顔をしている。谷風もさっきはあんな感じだったが、遠征の時はあまりの疲労で声も出ないと言っていた。でも、食堂に入ると皆の顔が変わるんだ。先生の料理を食べている時、皆がすごく、楽しそうな、幸せそうな顔をしている。それが、凄いと思った。

――その姿に、私は憧れた」

「…………」

「だから、料理をやろうと思ったんだ」

 

 何故だろう。隣で私の言葉を聞く間宮さんの顔がどんどん暗くなっていくように見える。気のせいだろうか。

 

「ごめんなさい……」

「何故謝るんだ?」

「いえ、なんでもないの。でも、きっと、磯風ちゃんは一流の料理人になれるわ。私なんかよりも遥かに凄腕の料理人に」

「――? そうか、じゃあ、先生の期待に応えるためにも頑張らないとな!」

 

 私が最後の食器を洗い終わり、改めてガッツポーズを決めたその時だった。

 

「間宮さん! うわ、演習番長!?」

 

 食堂の扉を壊すくらいの勢いで飛び込んできた艦娘は間宮さんと私を見て――私と目が合うとツチノコでも見たかのような反応をされたが――混乱した様子で叫ぶ。

 

「手を貸してください! 浦風が!」

「何……!?」

 

 この日を境に、私は少しずつ、この鎮守府の真の姿を知ることになるのだ。

 

 




新駆逐艦浦波って聞いて浦風と似た姿を思い浮かべていたのは私だけではない筈



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