七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
磯風が料理をする理由。
そして、浦風が――――




第四十九話「私達ってそんなに疲れているように見えるのか……?」

 

「浦風!?」

「う……磯風?」

 

 間宮さんと共に走った先に見えたのはドックで血塗れになって倒れている浦風の姿であった。

 

「いやぁ……ちっと失敗……」

「喋らないで! あなたは至急担架を! 入渠ドックはまだ空いてる!?」

「準備中です! 第4ドックが後5分で用意できます!」

「じゃあ、そこに直接運び込むわ! 手伝って!」

 

 私の姿を見て力のない笑いを浮かべる浦風の傷の状態を確認して周りの艦娘達に的確に指示を出す間宮さん。

 その動きは非常に慣れているように感じた。

 

「――何事かな?」

「浦風!」

「提督……! 浜風も!」

 

 そこに現れたのは提督と浜風だった。

 司令部が受けた連絡を通じてやってきたのだろう。血塗れの浦風の姿を見て提督は目を細め、浜風は息をのんで口を手で覆う。

 

「……提、督さん、ウチは――――」

「誰か、何故こうなったのか説明してもらえるかな?」

「そ、それは……」

 

 提督の表情に変化はない。いささか冷たく見えるが、無表情で淡々としたものだった。

 しかし、言葉の節々に僅かな苛立ちが聞いてとれ、攻略部隊の艦娘は質問を投げかけられ答えにくそうにして萎縮してしまっていた。

 そこに一人の艦娘が前に出てきて口を開いた。

 

「う、浦風さんは、大破した私を庇って負傷しました……」

「野分か。それで、敵艦隊は撃滅したのか?」

「い、いえ……旗艦以下重巡1隻と戦艦1隻を残したまま海域を離脱しました……」

 

 野分はつい一か月前くらいに新しく攻略艦隊に加わった駆逐艦だ。今は大破状態であるために艤装はボロボロで全身傷だらけだが、それでもこうして提督に話をする余裕がある分幾分か浦風よりは軽傷に見えた。

 野分の説明を聞いて提督は大きくため息をつくと、到着した担架に乗せられた浦風の方へ歩み寄った。

 

「……浦風、何故命令通りに動かなかった」

「命令?」

「いくら、提督さんの命令でも……う、ウチには……あんなことは、できん……」

 

 二人の会話を聞く限りでは浦風が提督の命令通りに動かなかったのが原因のようだが、浦風が自分の意思で命令違反をしたように聞こえる。

 

「……一度だけは許そう。次はない、いいね?」

「提督、もうこれ以上は」

「わかった、入渠ドックへ行ってくれ」

 

 間宮さん達が浦風を運んでいくと、提督の解散の一言で集まっていた艦娘達も散り散りになっていく。

 

「提督、どういうことなんだ? 何が何やら私にはわからないのだが」

 

 浜風と共に去っていこうとする提督を呼び止める。

 

「仲間を庇って無事帰って来たのだろう? 何が命令違反なんだ?」

「私は『大破した野分は見捨てろ』と命令したからね」

「な、そんな命令、聞けるはずがないだろう!? むしろ、野分を守って帰って来た浦風はお手柄じゃないか!」

「問題なんだ。命令を無視して自分まで大破した挙句に本来ならば攻略できていたであろう海域攻略に失敗した」

「そんなのはまた回復したら出撃すればいいだろう!?」

 

 私の反論に提督は冷ややかな目線を私に浴びせ、浜風は顔を俯ける。

 

「では、大破した二人の修理費はどこから出てくると思う? 余計に増えた次の出撃のために必要な資源は誰が集めるんだい? 出撃の指揮系統、作戦立案は誰が担うんだい?」

「そ、それは……」

「遠征部隊と司令部だ。つまり、浦風は野分一人を助けたことで他の艦隊全てに余計な負担をかけたのだ。それに、仕留め損ねた敵艦隊がこちらを追跡していないとも限らない。浦風が連れて帰って来たのは野分だけじゃないかもしれない」

「…………それでも命を助けたということは、事実だ!」

「確かに艦娘の命は大切だ。だが、本当にそう思っているならば、目先の一人の命を助けて他全員を危険にさらすのか、一人を見捨てて他全てを守るのか、後者を選ぶべきだ」

 

 浦風の行動は決して間違っていない。

 そんな私の反論は提督の言葉によって徐々に崩れ去っていく。

 

「磯風、私達は戦争をしている。私達が負ければ、私達だけではなく、この鎮守府の後ろで生きる人々も全員死ぬぞ? 艦娘一人の命とそれら全てが釣り合うと思っているのか? これでも君は浦風が正しいと言えるかい?」

「そ、それは……」

 

 私は反論できなかった。

 一見冷徹な提督の判断の中に、確かな信念を感じたのだ。

 言い淀む私に、提督は僅かに笑みを浮かべると、その口調が厳しく淡々としたものから諭すような優しいものに変わる。

 

「だが、君達にそこまで考えろとは言わないし、責任も求めない。それらは全て私が引き受ける。だからこそ、私の命令には絶対に従ってもらわねば、困る」

「…………」

「私は君達のことを道具だとしか思っていないし、そのように扱うだろう。しかしだ、道具だと心から思っているからこそ、私の命令は感情論に左右されない、艦娘を最大限に活かすことのできる最善の一手となる。

ゆめゆめ忘れるな、裏を返せば、私の命令に逆らうことは、破滅に繋がるぞ」

 

 私の頭に手を載せながら提督はそう言うと、体が硬直して言葉の出ない私を置いて、その場を後にした。

 

 

 浦風はあの後一週間の謹慎となり、営倉行きとなった。

 私は、未だあの日の提督の言葉を思い出しては、それについて考えていた。

 頭では提督の言い分に理があるのはわかっている。だが、だからと言って多くのために一人を切り捨てることが本当に正しいことなのか。

 まだ、私の中で納得がいっていなかった。

 

『――磯風、右に回頭して全速前進。そのまま直進しながら敵部隊に砲撃、当てる必要はないからとにかく多くの敵艦を引きつけるんだ』

「了解……」

 

 演習の時には二つのパターンが存在する。

 一つ目は提督が事前に作戦を指示し、演習時には自分達だけで戦うパターン。

 二つ目は提督が実際に通信機から艦娘一人一人に指示をだしながら戦うパターン。

 今日の演習は後者の方であった。

 数十分後、こちらの勝利S判定と共に演習は終了した。

 こうやって直接提督の指示に従うパターンの方が前者よりも勝率が高いという事実は、私の考えを提督に否定されているようで、素直に喜ぶことはできなかった。

 

「いやー、相変わらず強いなぁ、君の艦隊は!」

「…………」

 

 相手の艦隊の一人が私に話しかけてくる。

 彼女の艦隊とはよく演習をしていたので顔は覚えていた。しかし一度も話をしたことはなかったので、私は馴れ馴れしく肩を組もうとする彼女の腕から思わず逃げてしまう。

そんな私の一歩引いた冷めた対応に、彼女は酷くがっかりした様子だった。

 

「あれ!? もしかしてまだ私の顔覚えてもらってないの!? 川内だよ、川内! よく顔合わせてるじゃん!」

「いや、それは知っているが」

「もぉー! だったらもう少し仲良くしようよ!」

「でも、話したことはないよな?」

「何言ってんの? 何度も語り合ってるじゃん、これで!」

 

 そう言って右腕の砲塔を見せつけてくる彼女に私は嘆息して鎮守府へ引き返そうと背中を向ける。

 

「待って、待って、待って! そんな残念な奴を見るような目しないでって!」

「なんなんだ、要件はなんだ?」

「だから仲良くしようって!」

「……はい、握手」

「う、うん?」

「じゃ」

「待って、待って、待って! それはない! それで終わりはないよ!」

 

 ああ、うっとうしい。

 再度背中を向けた私に川内が背中から覆いかぶさるように抱き着いて離れまいとガッチリ組み付いてくる。

 

「おま、やめろ! 離せ!」

「別にそんな邪険にしないでもさー」

「邪険にしてるわけじゃない! 私は今別のことで頭が一杯でお前に構ってられないんだ!」

「別のこと? わかった、夜戦のことでしょ!」

「違う!」

「私もさー、いつ夜戦か気になったらもう昼から――――」

「聞いてない! 勝手に語り始めるな!」

 

 

「――それでねー、提督に夜戦しようって言ったらさぁー」

「どうして、こうなった……」

 

 鎮守府の食堂。

 私の目の前で何故か一緒に昼食をとっている川内の姿があった。

 演習終わったんだから帰ってくれ。

 

「でー、提督が夜戦でねー」

 

 聞き流しているから詳細はわからないが、さっきから川内の口から『提督』と『夜戦』のワードしか聞こえてこない気がする。

 

「――って訳なんだけれどどう思う?」

 

 知らん。

 

「だよねー! やっぱ磯風もそう思うよねー! 私と同じ夜戦至上主義の磯風ならわかってくれるって信じてたよ!」

 

 勝手に私の返答を都合よく脳内補完するんじゃない。

 勝手に夜戦至上主義にするんじゃない。

 

「あ、間宮さん、カレーおかわりー!」

「元気だな、お前は」

 

 おかげでこちらは普段より疲れる。

 いつもならこのカレー一皿食べ終える頃には疲労が吹き飛んだように元気になっているものだが、今日に限って全くそんな気はしない。

 いつもと味も少し違うような気もする。

 

「君らのとこは元気ないよね? なんか、すれ違う艦娘全員疲れた顔してるよ? 働き過ぎじゃない?」

「さぁ、他の鎮守府を見たことがないからわからないが、私はまだ楽な方だ。疲れているように見えるとしたら単純に私の体力がないだけだ」

「あー、君なんかもやしっぽいもんね」

「うるさいな! 私だって頑張ってるんだ!」

「ごめん、ごめんって! じゃあ、一日どれ位出撃してるの?」

「そうだな、私のいる演習部隊なら――――」

「――はい、川内さん、カレーのおかわりよ」

「お! ありがとね、間宮さん!」

 

 私と川内が話していると間宮さんが横からカレー皿を持ってやって来た。

 間宮さんはカレーに目を輝かせる川内に尋ねる。

 

「そういえば、他の皆は帰っちゃったみたいだけれど川内さんはいいの?」

「ああ、大丈夫! 私は提督と一緒に帰る予定だから。今はそっちの提督さんと話をしている筈だよ――――っと、噂をすればかな?」

 

 二人分の足音が食堂に近づいてきたかと思うと、扉が開いて白髪と白鬚をたくわえた初老の男性と提督が入ってくる。

 

「ここにおったか、川内」

「あ! 提督、おかえりー! 待ってたよ!」

 

 より一層テンションの高くなった川内はカレーを一瞬でかき込んで初老の男性に駆け寄る。

 

「それでは、儂らはそろそろ失礼するとしよう」

「ええ、中将殿。またいらしてください」

 

 提督が中将と呼ぶその男性は食堂の中を見渡すと笑って言った。

 

「……犬見提督の艦隊には少々疲れが見えますな。艦娘といえど、人間。戦果は十分すぎる程に出ているのだから、もう少し彼女達を労わりなさるといい」

「ご忠告、痛み入ります」

「それでは」

「磯風またね! 今度はウチの鎮守府においでよ! 歓迎するからさ!」

「あ、ああ」

 

 そう言って、中将と川内は食堂を去り、提督も見送りのためか一緒に出て行った。

 川内、まるで嵐のような艦娘だった。谷風だってあそこまでテンションは高くない。おかげで、頭の中が真っ白だ。

 だが、不思議と悪くない気分だった。

 

「またね、か……」

 

 今までも演習で立ち会った艦娘と会話する機会はあったが、あんな風に友達か何かのように気安く接してこられたのは初めてだ。

 この鎮守府の中ですらそんな存在は谷風、浦風、浜風以外には居ない。

 

「今度はもう少し話ができるといいな」

「磯風ちゃん、嬉しそうね」

「ああ、今度会ったら、私の料理でも振る舞ってやろう」

「そ、それはやめておいた方がいいと思うけれど……」

「え? そうかな? まぁ、川内にも味の好みがあるかもしれないしな」

 

 仕方ない、ならば料理は川内に味の好みを聞いてから考えるとして。

 私は川内と中将の言葉を思い出していた。

 

「私達ってそんなに疲れているように見えるのか……?」

 

 

「どうだった、提督? 向こうの提督は何かボロを出してくれた?」

 

 提督護送用の軍艦。その甲板に中将と川内はいた。

 

「流石に難しいのう。そっちはどうじゃった、川内」

「うーん……確かに疲労が溜まってる様子はあったけれど、それほど深刻にも見えなかったし、磯風も何か隠しているようには見えなかったなぁ」

 

 川内が磯風の様子を思い出しながらそう報告すると、中将は難しい顔をして白い髭を手で撫で始める。考え事をしている時の彼の癖だ。

 

「……しかし、あの鎮守府の戦果は異常じゃ。いくら効率的な艦隊指揮をしたところでどうにかなる数値ではない。確実に何かある筈じゃ」

「噂の『軍神』さんが来てたとしても無理?」

「無理じゃな」

「そいつは凄いね」

 

 戦果が多いということは良いことだ。しかし、戦果が多すぎるというのは問題だ。それはすなわち、――艦娘に対して規定を外れた重労働を強いている、あるいは裏で資源の賄賂を受け取っている――何かしらやましいことをやっている証なのだ。

 数か月でその鎮守府の戦果を二倍にまで押し上げると言われるかの軍神も最効率時の戦果の範囲を決して外れることはない。

 

「必ず尻尾を掴んでやるぞ、犬見誠一郎」

 

 既に見えなくなった鎮守府の方向を見て、中将は静かに呟いた。

 

 


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