七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
川内&中将現る




第五十話「そうか、私は喧嘩したのか」

 

「明日一日、休みをあげよう」

「休み?」

 

 提督の口から放たれた予想外の言葉に私は思わず怪訝な表情で聞き返してしまった。

 

「そうだ。明日は少し私の方で急用があってね、鎮守府を留守にするために艦隊指揮ができなくなった。だから、明日一日は休日とする。町に買い物に行くも良し、一日ゆっくりしているのも良し、自由にしてくれ」

「そう、か」

「そういえば、明日は浦風も営倉から出所だな。四人でどこかに遊びにでもいってくればいい」

 

 提督の言葉に顔をあげる。

 予定していた時期よりも早かったが、以前から相談していた四人で遊びに行く計画が図らずも成就するのだ。

 そうと分かれば、明日は空けてもらうよう浜風と谷風にも言っておかねばならない。

 急いで執務室を出ようとする私を提督が呼び止めた。

 

「磯風、休日の後、君には少し重要な任務を任せるつもりだから、そのつもりで頼むよ」

「ん? 了解した」

 

 去り際に見えた提督の笑顔が若干不気味に感じたが、それ以上に明日のことで頭が一杯になっていた私は大して気にすることもなく、浜風と谷風の元へと走って行った。

 

 

 そして、次の日。

 

「――うん、雲一つない晴天だな」

「お出かけ日和って奴だね!」

「久々に四人で集まれましたね!」

「皆、疲れとるじゃろうに、ウチのためにありがとう!」

 

 一応、浦風の営倉期間の終了と合わせたので、その復帰祝いのような感じだと本人は受けとったらしい。

 何はともあれ、普段の艤装、戦闘服から各々の私服に着替えた私達は今日一日を四人で過ごすことにしたのである。

 

「さて、まずはどこに行く?」

「町のデパートってとこ行こうよ! 何でも揃ってるって話だよ!」

「そうじゃな、ウチも新しい服とか買いたいけぇ、デパートでショッピングしたいなぁ」

「あの、一応経費で落とす許可は戴いていますけれど、あんまり使いすぎないようにお願いしますね?」

「何言っとる! 次はいつあるかわからん休日じゃけぇ、今日は固いこと言いっこなしじゃ!」

「今日くらいちょいと贅沢したって、提督も許してくれるって!」

「ええ……でも……」

「浜風、諦めろ。もう、あの二人は止まらない」

 

 ハイテンションでデパートへと走る谷風と浦風を見て、浜風も説得は諦めたのかそれ以上は何も言わなかった。

 

「……こうなったら、私だって遠慮しませんよ」

 

 いや、むしろ開き直ったのかもしれない。

 よく考えてみればこの中で一番ストレスをため込んでいるのは浜風だ。

 ならば、誰よりもこういう場ではっちゃけたいのはきっと彼女なのだ。

 

「よし、ではデパートへ出撃、だな!」

 

 

「おー! ええのう、ええのう! 浜風、次こっちじゃ! こっち着てみぃ!」

「いや、あの、もう私は十分……」

「何言っとる! 浜風はただでさえ根が真面目で地味なんじゃから、もう少しお洒落せんといけん!」

「地味!?」

 

 デパートにて。

 すっかり興が乗った浦風によって浜風が着せ替え人形にされていた。

 様々な服に着せ替えられていく浜風の姿と、その度に店員に絶賛され彼女が赤面する姿を見ているのは非常に愉快である。

 ちなみに私と谷風は早々に新しい部屋着と外出用のお洒落な服を数着選んで買い終え、浦風に至っては量が量であっただけに郵送までしている。

 浜風だけが一人、何やら服選びに難儀している様子であったので、こうして現在浦風の着せ替え人形にされている訳だ。

 しかし、流石にスタイルがいいだけあってどんな服でも似合うな、浜風。

 いや、全くけしからん。

 

「うーん……やっぱりこっちかのう? いや、でもこっちも捨てがたいし……」

 

 既に二時間程度の時間を消費しているが、ようやく浜風の服選びも終局を迎えつつある。

 流石に貴重な一日を服だけで潰すのは勿体ないから丁度いい頃合いだろう。

 

「お客様! こちら、明日から店頭に並べる予定の商品だったのですが! お客様に是非試着をしていただきたく!」

「なんじゃと!?」

 

 おい、店員。終わらないだろうが。

 

「あの、流石にそれは申し訳ないですし……それに、時間が……」

 

 あまり強く意見を主張したがらない性格の浜風も流石にこれには否定的な言動を並べている。

 しかし、浦風が怪しい笑みを浮かべて浜風の耳元で口を動かす。

 

「でも、あの服なら提督さんも可愛いって褒めてくれるかもしれんなぁ?」

「……着ます!」

「ありがとうございます! では、ささ、こちらの試着室へ!」

 

 結局その後、浦風と店員と急に意欲的になり始めた浜風の服選びはヒートアップし、店を出る頃にはさらに一時間が経過していた。

 

「ふぅー、満足満足!」

「つ、疲れました……」

「お疲れさん」

「朝早くに来たつもりがもう昼過ぎだな」

 

 ショッピングを終えた私達はデパートのレストランフロアで昼食をとることにした。

 

「間宮さんの料理も美味しいけれど、このレストランのハンバーグも中々だね!」

「うわぁ、パフェって食べたことないんじゃけど、頼もうかのう……でも、食べ過ぎて太るのも嫌じゃなぁ」

「あ、じゃあ私と半分こしませんか? 私も食べてみたいので」

「ナイスアイデアじゃ、浜風! 谷風と磯風はどうする?」

「じゃあ、私も磯風と半分こしよっかな! ねぇ、磯風?」

「……このオムライスは、オムレツのふっくら感が少し足りないな、あと熱を通し過ぎだ……卵は二つ使っているようだが、ケチャップライスの分量から考えて三つにした方が……だが、このデミグラスソースは中々……しかし、これも間宮さんには及ばない――――」

 

 皆が各々昼食を楽しんでいる最中、私は料理の研究に集中していた。

 仕方ないだろう、間宮さん以外の料理なんて中々見られないのだから、こういう時にしっかり研究しておかないと勿体ないではないか。

 むしろ、私はこれが目的で今日デパートに来ていると言っても過言ではないのだ。

 

「磯風ー、パフェはー?」

「ああ、私も頼む。そうだな、確かチョコレートパフェとフルーツパフェの二種類があったはずだから、どちらも食べてみたいんだが」

「わ、わかったよ。じゃあ、二種類頼んで四人で回しながら食べよっか」

「磯風、凄い情熱じゃ。ウチら料理人じゃなくて艦娘なのに」

「なんというか、生き生きしてますね」

 

 他、三名から生暖かい視線をもらった。

 

 

「――あー、ぶち楽しかった!」

「ええ、私もこんなにリフレッシュできたのは久々です」

「本当、一日が終わるのが早すぎるったらないよ!」

「ああ、本当に楽しかったな。またこうして四人で遊びに行けたらいいな」

 

 夕暮れ。

 夕日が沈みゆく海岸線を横目に、私達は両手一杯に買い物袋を持って鎮守府への帰り道をなるべくゆっくりと歩いていた。

 

「明日からまた遠征地獄かと思うと気が重いなぁ」

「私も溜まっている仕事のことを思うと胃が……」

「おいおい、今から明日のことを気に病んでどうする」

「ウチは謹慎解けたばっかで久々じゃけぇむしろウズウズしとるけどな! 浜風も谷風もウチみたいに営倉行きになって少し暇しとればむしろ楽しくなるかもしれんよ?」

 

 明日からまたいつもの日常が戻ってくるのが若干気怠そうな谷風と浜風に対し、浦風はしばらく出撃がなかったせいか、むしろやる気満々のようだった。

 浦風のブラックジョークに私と谷風は苦笑いを浮かべる。

 しかし、浜風だけは違った。

 

「何ふざけたこと言っているんですか? あんな馬鹿みたいなこと二度としないでくださいね!」

「……馬鹿みたい、だと?」

 

 少し怒り気味の浜風から出たその言葉を、私は聞き逃すことはできなかった。

 

「命令違反とは言え、浦風はその身を挺して野分を守って帰って来たんだぞ? それを馬鹿みたいはないだろう」

「磯風、提督の話を聞いていなかったんですか? あれはただの危険行為でしかありません。下手をしたらこの鎮守府も町も今頃焼野原だった可能性もあるんですよ?」

「実際はそうはならなかったじゃないか!」

「可能性があったというだけで問題なんです!」

「ちょ、ちょっと、二人ともどうしたのさ……?」

 

 谷風が私と浜風の間に入って仲裁をしようとするが、私達の口論は止まらない。

 

「じゃあ、可能性があるというだけで助けられる命を見捨てろと言うのか!? そんな選択が正しいのか!?」

「あえて言いましょう、そうです。一を切り捨て十を確実に取るのが正しいんです! これは戦争なんですから!」

「なんだ、お前は! さっきから聞いていれば提督の言葉を繰り返しているだけじゃないか! まるでオウムだ!」

「私は自分の正しいと思っていることを言っているだけです! 提督は正しい、私は心からそう思っています! だから、オウムで結構! 私は提督の言葉を何度でも繰り返しますよ!」

「だったら……だったら、お前は、私達の誰かがもしもそういう状況になった時、一切の躊躇なく見捨てるというのか……?」

 

 そこで初めて浜風が怒りの表情から一転、苦しそうな表情で言葉を止めた。

 

「その質問は……卑怯です……」

「私は絶対に見捨てないぞ。救える命が目の前にあるなら、私は絶対に仲間を助ける。提督の考え方は、間違っている」

 

 その言葉で再び浜風の表情に怒りが現れた。

 

「提督は間違ってなんていません! 何も知らない磯風が勝手なことを言わないで!」

「なら、お前は見捨てるのか! それが、誰であっても、見捨てられるのか!?」

「…………はい。この中の誰かを見捨てることで他の三人が助かると言うのなら、私は――――」

「いい加減にしろ、このすっとこどっこいッ!」

 

 その鼓膜が破れるかと思う程の怒号の直後、頬を鈍い衝撃が走り、私は地面に尻餅をついて、拳を握りしめる谷風を見上げていた。

 

「なんなのさ、なんで……そうなるんだよ」

「た、谷風……私は……」

「さっきまで楽しかったじゃんかよ! 皆で笑って鎮守府に帰ってたんじゃないか! それが、なんで最後にこんなことになるのさ!? 勘弁してよ、本当に……!」

「ごめん、ごめん、ウチがあんなこと言うから……ウチのせいじゃ……ひぐっ」

 

 顔を横に向けると浦風が顔を涙でぐしゃぐしゃにしていた。

 谷風も怒りに歪んだ目元に涙をためていた。

 その時、私はやっと自分がどれだけ惨いことをしたのか、理解したのだ。

 

「――――っ!」

「浜風!」

 

 空気に耐えかねたのか、浜風は何も言わずに鎮守府へ逃げるように走り去ってしまった。

 谷風は泣きじゃくる浦風の頭を自分の胸に抱き寄せ、私を睨みながら言った。

 

「正直、二人のどっちが正しいかなんて私にはわかんないけどさ、さっきの質問はあんまりだよ。この中の誰かを見捨てられるのか、なんて、間違っても聞くなよ」

「…………」

「最低だよ、磯風」

 

 谷風は私に背中を向け、浦風と二人で浜風を追うように歩き去っていった。

 二人の背中が見えなくなるまで、私は地面に尻餅をついた状態から微動だにできずにいた。

 私がようやく立ち上がって鎮守府への重い足取りを歩み出したのは、夕日が沈み切り、あたりが真っ暗になった後のことだった。

 

 

「なんだか、浮かない顔ね、磯風ちゃん。今日は四人でお出かけだったんでしょう?」

「…………」

「何が、あったの?」

 

 食堂で洗い物をしていた間宮さんを手伝っている間、終始無言の私に彼女は何かを察したのか、そう、話しかけてくれた。

 その声色のあまりの優しさに、私の口は自然と解れていく。

 

「今日は、朝早くから、町に行ってきたんだ」

「うん」

「それで、デパートっていうところに初めて行って、洋服を皆で買ったんだ」

「うん」

「そこで、テンション上がった浦風が浜風に色んな服をコーディネートして、一種のファッションショーみたいになってしまってな。途中から店員さんも混ざってきて、凄い盛り上がったんだ」

「うん」

「その後、レストランでお昼ご飯を食べたんだ。間宮さんの料理の方が全然レベルが上だったけれど、そう言ったら谷風に『こういうのは雰囲気を楽しむものなんだよ』って怒られてな」

「うん」

 

 まるでダムが決壊したかのように、私は今日一日の出来事を隈なく詳細に、息をつく間もなくひたすらに話し続けた。

 間宮さんは、そんな私の話に優しく相槌を打ち続けてくれた。

 

「四人でパフェも食べたんだ。二種類あったから、二つとも頼んで、四人で回して食べて、チョコレートパフェ派とフルーツパフェ派で意見が対立してな、店員さんに声が大きいって注意されたよ」

「うん」

「その後も浜風の希望で大きい本屋で色んな本を見て回ったり、谷風の希望でゲームセンターに行ったり、日が暮れるまで一日中めまぐるしく町を走り回っていたな」

「うん」

「本当に楽しかった。本当に、楽しかったんだ、でも…………」

 

 ふきんで水をふき取ったばかりの皿の上に水滴が滴り落ちる。

 私の声は嗚咽を隠そうと震えていた。

 

「でも……私が、私が、全部台無しにしてしまった……私のせいで……!」

「うん」

 

 そっと、横から私の頭が抱き寄せられる。

 間宮さんが涙の止まらない私を抱きしめてその頭を優しく撫でていた。

 

「喧嘩、しちゃったのね」

「喧嘩……?」

 

 私達四人は、いつだって一緒だった。

 お互い助け合って、庇い合って、そうやって家族同然のように生きてきたのだ。

 今まで互いに反発しあったり、誰かに怒りを覚えたことなど一度もなかった。

 だから、私は間宮さんにそう言われて初めて気が付いたのだ。

 

「そうか、私は喧嘩したのか」

 

 これが、親友達と私の、仲直りの叶わなかった、最初で最後の喧嘩だった。

 

 




怒鳴り声とか、一際心のこもったセリフを打つ時、
いつもより強くキーボードを叩いてしまうのは私だけではない筈。


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