七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
喧嘩。
ひび割れる絆。



第五十一話「私が、あの鎮守府を終わらせる」

 

「提督、これは、何だ……?」

 

 休日から一日が明けた早朝。

提督に執務室へと呼び出された私は机上においてあるそれを見て、声を震わせた。

 真っ黒なグリップに鋭く光る銀色の短い刀身。

 世間一般的に、それはナイフと呼ばれている。

 

「持っていくといい。必要になるからね」

「どこでどう使うんだ! こんな物!」

 

 笑顔でナイフを差し出す提督に私は激昂した。

 ナイフの刃も、銃弾も、深海棲艦には通用しない。はっきり言って、今の世界では戦闘に必要ない筈の鉄の塊だ。

そんな屑鉄がそれでも何故未だに全世界で作られ、使われ続けているのかと問われれば、それは深海棲艦『以外』に向けるために他ならない。

 

「来週の頭に演習がある。以前会っただろう、中将殿の鎮守府とだ。君達演習部隊には中将の鎮守府で演習をした後、そのまま一泊してもらう予定になっているのだが――――」

 

 私の怒声も意に介さず提督は淡々と話を始める。

 中将と聞いて川内と一緒に帰っていった白鬚の老人の姿が思い出される。

 そこまで聞いて、私は次に提督は何を言うつもりか既に察していた。

 

「その時、中将を殺してきてくれ」

「断る!」

 

 即答した。

 心臓の鼓動が早くなっている。笑顔で、しかも普段の命令と変わらぬ口調で平然と暗殺を艦娘に命じる目の前の男に、私は少なからず恐怖していたのだ。

 その恐怖を紛らわすかのように、私は大声で拒絶の意思を示した。

 

「…………ああ、大丈夫だ。中将殿もそれなりにご高齢だからね。背後から適当に何度か刺してやればあとは何もしなくても勝手に死ぬ。不安なら後で私がやり方を教えてあげてもいい」

「違う! 殺したくないから断ると言ったんだ!」

 

 こいつ、正気か。私は鳥肌が止まらなかった。

 

「殺したくない、か。浦風といい、君といい……まぁ、いいだろう。理由を説明しよう」

 

 提督は呆れたように頭を掻くと、再度話を始める。

 

「以前、中将がウチに来た時。探りを入れてきた。どうやら我が鎮守府の戦果の異常に気が付いたらしい。一応、一見しただけじゃわからないよう調整はしていたつもりだったが、流石は中将殿と言ったところだ」

「戦果の異常?」

「現在、我が鎮守府は非常に良い具合に回っている。艦隊運営としてはほぼ最高率の理想的な状態だ。ここまで積み上げてきた実績を水泡に帰す訳にはいかない」

 

 提督はそう言うと満足げな笑みを一瞬だけ見せる。しかし、すぐに表情から笑みが消え、対照的に氷のような冷たい、無機質な表情でこう続けた。

 

「つまり、だ。今の私達にとって中将は邪魔な存在だ。よって、殺す」

「そんな理由で……!?」

 

 自分にとって都合が悪いから殺す。そんな理論がまかり通る筈がない。

 戦果の異常というものがどういうことなのかよく理解はできていないが、おそらく提督の口ぶりからして私達が何かやましいことをやっているのではないか?

 それならば、中将の方に正義があるのではないか?

 

「そんな理由? ならば、お前が死ぬか? 磯風?」

「な、何だと……?」

「中将を生かしておけば、近いうちにこの鎮守府は終わる。そうなった時、お前達艦娘はどうなると思う?」

「どうなる……? 艦娘は他の鎮守府に引き取られるんじゃ……?」

 

 提督は私の言葉に首を横に振った。

 

「いいや、おおよそ全員解体処分だ。一つの鎮守府に収容できる艦娘にも限界があるからね、よっぽど即戦力にならない限り引き取ろうなんて考える提督はいない。それに、この鎮守府の全貌が明らかにされた時点で、ここの艦娘を引き取ろうと思う奴なんて誰もいないだろう」

「それは、どういう意味だ……?」

「……とにかく、鎮守府がなくなれば全員解体されてまた、元の生活に戻ることになる。磯風、四人でまたあの孤児院に戻るか?」

「――ッ!」

 

 孤児院の言葉に思わず私の背筋が凍った。

 また、あの生活に。暴力と絶望が蔓延する光なき孤児院へ逆戻り。

 それだけは嫌だ。それはすなわち、私達に死ねと言っているようなものだ。

 

「全ては君次第だ、磯風。選べ、中将を殺してこの鎮守府を守るか、殺さずして全員死ぬのか」

 

 そう言って、提督は刃の部分を持って私にナイフを差し出す。

 私は、それを――――――――

 

 

「――やっほー! 磯風、久しぶりぃーっ! 川内だよ!? 覚えてるよね!? 覚えていてくれよぉ!」

「初っ端から、うるさい!」

 

 翌週。私は中将の鎮守府へ他の演習部隊を連れてやって来た。

 鎮守府の手前で川内とその他数人の艦娘が大きく手を振って私に笑顔で歓迎の意を叫んでいる。

 

「よぉーっし! よく来たね、磯風! ひとまず執務室行って提督に軽く挨拶したら早速演習しようね! 今日はウチに泊まるんでしょ? じゃあ、夜戦もやりたい放題だね!」

「わかったから! わかったから、落ち着いてくれ……あと、夜戦はしない!」

「なんでさ!? 夜戦至上主義の磯風が!?」

「そんな主義は掲げていない!」

「何でもいいから、夜戦しよーよ! 夜戦! 夜戦! 夜戦!」

「自分勝手か!」

「昨夜から一度も夜戦やってないんだよー!」

「ガッツリやっているじゃないか!?」

 

 相も変わらず騒がしい川内が私の肩を掴んで前後に揺らしていると、彼女の背後からその脳天に拳骨が加えられる。

 川内と一緒に私達を出迎えに来ていた他の艦娘の拳だった。

 

「かわう……川内うるさい! さっさと鎮守府に案内するわよ!」

「騒がしくてごめんなさいね」

「ほら、さっさと行くわよ!」

「ちょ、わかった! 大人しくしてるから! 襟首掴んで引きずらないでよ! 離してってばぁ!」

 

 私から川内を引きはがして鎮守府へ誘導を始める他の艦娘達に対し、川内は終始何やら叫んでは再び拳骨を入れられていた。

 その仲睦まじい様子に、私は思わず自分の艦隊を振り返ってしまった。

 演習部隊では珍しくもないが、相変わらずほとんどが初対面の艦娘ばかりで、ろくに話もせず黙ってついて行っているだけ。誰も口を開くことはなく、その表情にはどこか気怠さのようなものが垣間見えて非常にギスギスした空気を漂わせている。

 勿論、会話も喧嘩すら一切ない。なんというか、川内達とは対照的な冷めた空間がそこに広がっていた。

 

「…………」

 

 別段、仲良くすることで演習の結果は変わらない。何故なら、演習は各々が提督から与えられた指示の通りに動いているだけだからだ。

 他人を気遣うことなどしないし、チームプレイなど意識したこともない。

 しかし、そんな状態でも私達は勝ってしまう。結果を出してしまう。

 それによって、艦隊全体にこれが良いという認識が生まれ、最終的には疑問すら持たなくなる。

 それでいいのだろうか。

 川内達の艦隊を見て、改めて私は羨ましいと思ってしまうのだ。

 

「――う、うわ! 駄目駄目駄目だって!」

「…………」

 

 私が撃った魚雷が旗艦の川内に直撃し、大破撃沈判定が下った所で演習は終了した。

 勝利S。文句なしの結果である。

 そう、結果自体には、文句はない。

 

「くそぅ! また負けたぁ!」

「まぁ、私達もアウトレンジできてなかったし、川内だけの責任じゃないわよ」

「また次頑張りましょう」

「…………」

 

 敗北しても仲間の間で励まし合い、反省し、次へ活かそうと団結を強くする川内達。

 一方で、勝利したにも関わらず私達の艦隊にはやはり会話はない。

 皆、どうでもいいといった感じで各々体を伸ばしたり、疲れてしゃがんだりしているだけで労わりの言葉すらかけようとしない。

 

「……お疲れ」

「…………はぁ、お疲れ様」

 

 仮に私から声をかけてもこれだ。面倒そうに一言返答して終わり。これ以上話しかけるなとでも言いたげに私の傍から離れる。

 

『現在、我が鎮守府は非常に良い具合に回っている。艦隊運営としてはほぼ最高率の理想的な状態だ』

 

 これが、本当に良いのか?

 これが本当に理想的な艦隊なのか?

 提督の言葉に私は疑問しか浮かんでこない。勿論、これは演習部隊に限った話なのかもしれないが。

 そんなことを考えて歯噛みしていると、後ろから何かが飛びついて来て私に体重をかけてくる。

 

「磯風! 何、浮かない顔してんの? ほら、演習も終わったんだしさっさと鎮守府戻って夜ご飯にしようよ! 私お腹ぺこぺこだよー!」

「あ、ああ……」

 

 元気に海原を駆ける川内を追って、私も鎮守府へと戻る。

 鎮守府に戻って工廠に艤装を預けると、川内は私の手を引いて食堂へ駆け込んで、ハンバーグプレートを二皿注文した。

 すぐに、ジュージューと音を立てる鉄板の上に肉汁をほとばしらせるハンバーグが乗せられたプレートが二皿運ばれてくる。

 

「これがウチの一押しのメニューだよ! 食べてみて!」

「そ、そうなのか。じゃあ、いただきます」

「どう!? 美味しい!?」

 

 ナイフとフォークでデミグラスソースがたっぷりかかったハンバーグを一かけら口に運ぶ。

 口の中を火傷しそうなくらい熱い肉汁が私の口内を駆け巡り、私はゆっくりと味わおうとしていたそれを反射的に飲み込んでしまった。

 

「すごく、美味しいな」

「本当!? でしょでしょ!? ここのハンバーグは世界一なんだよ! さ、じゃんじゃん食べてよ! ここは私の奢りだからさ!」

 

 川内に促されるまま、私は次々とハンバーグを口に運び、あっという間に鉄板の上は空になってしまった。

 

「ご馳走様。本当に美味しかったよ」

「……やっと、笑ったね!」

「え?」

「喜んでもらえて何よりだよ。君、少し元気なさそうだったからさ」

「そう、見えたか?」

「何かあったのなら、相談に乗るけど?」

 

 元気がない。その原因は私自身もわかっていた。

 理由は二つある。だが、片方は川内には言えない。

 だから、私は一つだけ彼女に打ち明けることにした。

 

「実は、友達と喧嘩してしまってな」

「……良ければ、詳しく聞かせてくれないかな」

 

 それから食後のコーヒーを二人で飲みながら、私は曖昧にではあるが浜風達との出来事を話した。

 私が経緯を話している間、川内は黙って話を聞いてくれていた。

 そして、私の話が終わると、コーヒーを一口啜って、川内は口を開いた。

 

「そっか、じゃあ仲直りしないとね」

「仲直り……できるのかな」

「そんなに重く考える必要なんてないよ。きっとできるよ! だって、磯風は仲直りしたいって思ってるんでしょ?」

「あ、ああ」

「じゃあ、向こうもそう思っている筈だよ。だから、大丈夫」

 

 川内のその言葉で私はなんだか安心してしまった。

 

「もう一度ちゃんと話し合ってみなよ。案外、あっさり仲直りできるもんだよ」

「でも、また喧嘩になるかもしれない」

「じゃ、また仲直りすればいいじゃん! 仲直りするまで繰り返せば、絶対仲直りできるんだよ!」

「なんだ、その暴論は」

 

 思わず笑ってしまった。

 

「大切な友達、なんでしょ? じゃあ、諦めちゃ駄目だよ!」

「……ああ、そうだな。その通りだ!」

 

 その言葉で決心が固まった気がした。

 私はコーヒーを飲み干すと、席を立って食堂を出ていこうとする。

 

「どこ行くの?」

「ちょっとトイレだ。すぐ戻る」

 

 私は食堂から出ると一目散に走り出した。

 中将がいる、執務室へ向かって。

 

 

――――コン、コン。

 

「む、誰じゃ? 入っていいぞ」

「夜に突然すまない」

「おお、犬見提督の所の」

 

 扉を開けて中に入った私の姿を目を丸くして中将は見つめると、持っていた書類を置いて立ち上がる。

 

「どうしたんじゃ? 何か用かの?」

「ああ、用があって来たんだ」

 

 そして、私は隠していた服の内ポケットから『ソレ』を取り出して中将に向ける。

 

「――ッ! 磯風……!」

「死んでくれ、中将」

 

 私が両手で強く握ったもの。それは提督から事前に渡されたナイフ。

 その切っ先は中将の心臓部に向いている。

 川内には言えなかった元気のなかった二つ目の理由。中将の暗殺。

 私は今まさにそれを実行している。

 

「……犬見提督の命令か?」

「わかっている。わかっているんだ。きっと、私達が悪い。私達が悪者なんだ……!」

 

 私はまるで中将に言い訳でもするかのように口早にしゃべり始めていた。

 何かを喋っていないと、緊張と、罪悪感と、恐怖に押しつぶされそうだった。

 

「私達が悪だ……でも、私は、それでも……自分が、友達が、大切なんだ……!」

 

 もう二度と孤児院には戻りたくない。

 そして、浜風、浦風、谷風にも、私の大切な友人にもそんな思いをさせたくない。

 だから、私はナイフを取った。

 間違っているとわかっていながら、悪となった。

 

「ごめんなさい……」

「謝ることなどない」

 

 中将はナイフを向ける私にそう言って笑った。

 

「私はあなたを殺そうとしているんだぞ? 怒ったり、恨んだりしないのか?」

「そんな苦しそうな泣き顔をされては、怒りも恨みも湧かぬ」

「え?」

 

 気づけば視界が涙でぼやけていた。ナイフを持つ手は震え、あまりにナイフを強く握り込んでいたせいかうっ血していた。

 そんな私に中将はゆっくりと近づいてくる。

 

「く、来るな!」

「儂を刺しておぬしの憂いが晴れるなら、それも良かろう。しかし、こんな老いぼれの命一つでどうにかなるとは到底思えぬ」

「で、でも……あなたを殺さないと、私達は……」

「うむ、そこでじゃ」

 

 しゃがみこんで私と目線を合わせた中将の胸元に軽くナイフの切っ先が当たる。このまま少し前にその切っ先を突き出せば、銀色の刃が心の臓まで食い込み、真っ白な軍服は鮮血に染まるだろう。

 しかし、私は硬直したようにナイフを動かすことはできなかった。

 

「儂と協力し、犬見誠一郎を倒さんか?」

「でも、それじゃ、残された艦娘の行き場がなくなる」

「……犬見から何を吹き込まれたか知らぬが、提督が解任された場合、そこの艦娘達は次に着任した提督へ引き継がれることになっておる。犬見の悪事を暴いても、おぬしらが路頭に迷うことはない筈じゃ」

「なんだと……?」

 

 その言葉を聞いて、私は手に持っていたナイフを落としてしまう。

 それでは、私は提督に騙されていたというのか。

 自分の保身のために、私にあんな嘘を吐いて、中将を殺させようと操ったのか。

 全てを悟り、私の中に沸々と燃え上がるものがあった。

 怒り、だ。

 

「川内、もう出てきてよいぞ」

「ふへぇ、見てるこっちがドキドキしたよ。提督無茶しすぎ。まぁ、磯風が踏みとどまってくれて本当に良かったよ」

「心配かけてすまんの」

「……川内、中将」

 

 私は隠れて様子を伺っていたらしい川内と白鬚を撫でる中将に頭を下げて言った。

 

「こんなことをした後で図々しいのは百も承知だ。どうか、私に力と知恵を貸して欲しい」

「覚悟は決まったようじゃの」

「磯風、なんか、腫物が落ちたような顔してるね」

「ああ、決めたよ」

 

 やはり、私と提督はどこまでも相容れない。

 そして、あの男の下では、私達は幸せにはなれないようだ。

 ならば、選択肢は一つだ。

 

「私が、あの鎮守府を終わらせる」

 

 


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