七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
中将と川内の協力の元、磯風の反乱が始まる。




第五十二話「ああ、全部終わりにしよう」

 

「え? それマジ? 本当に? ちょっとっていうか、かなり盛ってない? 超弩級盛りしてない? もしかして見栄張っちゃってる? そういうのいいからね、本当?」

「そうじゃぞ、磯風。儂らは真相解明のために純粋に知りたいだけなんじゃ。本当はあれじゃろ? 今言った半分くらいじゃろ?」

「え、いや、マジだが……どこかおかしかったか?」

 

 中将の鎮守府に来てから夜が明け、私と川内、そして中将は執務室で朝食をとりながら話をしていた。

 まずは、彼らが怪しんでいた私達の鎮守府の運営状況についてだ。

 軽く私のいる演習部隊と遠征部隊、攻略部隊の一日の動きを大雑把に話したところ、二人して口を開けて固まってしまった。

 

「…………えぇ、いや、ありえないって」

「だが、それならあの戦果も頷けるというものか……うむ……」

「そんなにおかしいのか、ウチは」

 

 中将が私を見て何やら難しい表情を浮かべている。

 

「今、君の言った出撃状況が真実ならば、儂の鎮守府の3倍は出撃しておる……」

「言っとくけど私達の鎮守府って前線の攻略も後方の哨戒も担ってるから普通の鎮守府の2倍はハードだよ。正直私も結構キツイしね。でも、その3倍って……」

 

 想像したら気分が悪くなったのか、川内の表情が今にも貧血で倒れそうなくらい真っ青だ。

 

「だが、艦娘となって肉体強化が施されている状態なら理論上、まだ体は持つレベル、か。実際戦果の異常も考えれば真実と考えるべきじゃろうな」

「いやいや、体は持ったって精神がイカれるって! 私達、体は艦船並に強いけれど心は人のままなんだからさー、そんな働き詰めじゃノイローゼになるよ! だからウチはこのままにしようね、頼むよ!?」

「ふむ……そこじゃな」

 

 川内の悲鳴に中将は白鬚を撫でながら何やら目を閉じ、思案にふけり始めた。

 しかし、私達のいる鎮守府がそこまで他の鎮守府よりも働き詰めにされているとは全く気が付かなかった。

 思えば、生まれた時から倒れるまでこき使われることが日常で、当然だった。そんな私が鎮守府に入ったところでそこの運用状況が良いか悪いかなど判断できる筈がない。

 むしろ、艦娘の体になって耐久力が増した分、以前より楽になったと感じた程だ。

 もしかしたら犬見もそれが目的で私達のような孤児を艦娘にしたのかもしれない。どんな過酷な環境も受け入れてしまうような、そんな哀れな人材を求めて。

 こうして、中将達と話すことで、また一つ犬見の本質が見えた気がした。

 

「艦娘としての体は耐えられても、精神が耐えられぬハードワーク。しかし、犬見の鎮守府は破綻しておらず、当の艦娘達にすら自覚がない。とすれば、考えられるのは――――」

 

 中将は目をゆっくり開く。そのまま私に向けられた彼の眼にはどこか哀愁が籠っているように感じられた。

 

「――おそらくは麻薬、じゃな」

「麻薬? 薬のことか? 薬は良いものなんじゃないのか?」

「薬っていうのは使い方によっては毒にもなるんだよ……」

 

 中将と川内の暗い口調をして尚、私は二人の言う薬の何が問題なのかよく理解できなかった。

 その後、二人が麻薬、薬物乱用などの単語を詳しく説明してくれたおかげで、ようやく私にもその危険性が理解できた。

 

「強烈な快楽と引き換えに、薬への依存と、身体障害、最悪死か……とんでもないな」

「おそらくは疲労感を緩和させるような薬物をどこかで摂取しているはずじゃが、何か覚えはないかの?」

「提督から必ず飲むよう言われている薬がある、とか。毎日注射を受けてる、とか」

「いや……そういうことはないな」

 

 風邪をひいた時には間宮さんが薬を出してくれるが、毎日飲んでいるような薬はない。

 注射なんてほとんど打ったことのある者すら少ない位だろう。

 中将は私の返答を聞くと、もう一つ質問した。

 

「では、白い粉をどこかで見たことはあるかの?」

「白い、粉……?」

 

 私がその中将の言葉に一瞬脳裏にある人物の姿を思い浮かべたその時だった。

 

「――失礼する!」

「うわぁ!? なんだ、なんだ!?」

「大変恐縮ですが、予定された出港時刻を過ぎていますので、直ちに磯風を連れて我々は鎮守府へ帰港します。一日、大変お世話になりました」

 

 ノックもなしに執務室に入ってきたのは私の他に来ていた演習部隊の艦娘達であった。

 彼女達はどこか苛立たし気に私を見つけるや否や腕を引っ張って連れて行こうとする。

 

「ちょ! ウチが招いたとはいえ、いくらなんでも失礼じゃないの!? ノックもなくゾロゾロと執務室に入り込んできてさぁ! 今、磯風と重要な話をしているんだからもう少し空気読んでよ!」

「申し訳ありません、提督からの命令ですので」

「だからって!」

「申し訳ありません、提督からの命令ですので」

「ドラ●エの村人Aか、あんたは!」

「やめておけ、川内。あと、そのネタはもう古いかもしれん」

 

 強引に私を連れて行こうとする艦娘と睨み合う川内を制止して、中将は私達の方に何かを持って歩み寄ってくる。

 

「申し訳ないのう。時間も忘れて話し込んでしまったわい。磯風、こんな爺の話に付き合ってくれてありがとう。楽しかったぞ」

「中将……」

「これは儂からのお礼じゃ」

 

 そう言って中将は私にピンクと白の縞模様の包装紙に包まれた飴玉を一つ手渡す。

 

「君たちもいるかね?」

「いえ、急いでいるのでこれで失礼します。ああ、見送りも結構ですのでお構いなく。ほら、磯風、行くわよ」

「あ、ああ」

「犬見提督によろしくの」

 

 若干戸惑いながらも、中将は笑って頷いているので、私はもらった飴玉をポケットにしまいつつ、執務室から連行されるように出ていった。

 

「また来なさい、磯風」

 

 私は中将のその言葉に大きく頷いたのであった。

 

 

「――ったく、あの爺と何話してたのか知らないけれど、勝手にいなくならないでよね。提督の命令を破ったら怒られるのは私達なのよ?」

「す、すまない」

「チッ!」

 

 私は露骨に苛立っている様子の演習部隊の面々の最後尾を、航行速度を落として少し離れてついていく。

 普段は会話もしないくせに文句だけは一人前に畳みかけてくるのか、こいつらは。

 私は彼女達にうんざりしながら、気分転換にでも、と中将にもらった飴玉の包装紙を開ける。

 

「ん? これは?」

 

 包装紙を開けると、赤色の飴玉と一緒に包装紙の裏側に書かれている数字の羅列が目に入った。

 おそらくは携帯番号だ。

 成程、どうやらこういう展開になることを見越して中将は事前に私に連絡手段を与える準備をしていたらしい。

 私は丁寧に包装紙を折りたたんでポケットに大事にしまうと、飴玉を口に入れて改めて気合を入れ直す。

 

「よし!」

「磯風! チンタラしてんじゃないわよ!」

「すまない、すぐ追いつく!」

 

 まずは中将の言っていた薬物を見つけるんだ。

 正直、あまり当たっていて欲しくはないが、先刻の中将との会話で一つ、心当たりがある。

 

 

 鎮守府に帰ってから、私はまず執務室の犬見に呼び出された。

 暗殺の結果を報告するためだ。

 

「――そうか、失敗したか」

「ああ、後ろから一突きしてそのまま逃げたんだが、他の艦娘がその後すぐに倒れている中将を見つけてしまってな。結局大事には至っていない」

「ふ、む……今朝は中将の執務室にいたと聞いたが?」

「おそらく、疑われているのだと思う」

「凶器は?」

「海に投げ捨ててきた」

 

 全て昨夜のうちに中将と打ち合わせした通りの台本だ。

 暗殺に失敗して、尚且つ中将と話していることを不自然に思われないような、私達に都合の良いシナリオ。

 もしかしたら犬見は疑ってくるかもしれないが、結局真偽は確かめようがないのだからどうとでも逃げられる。

 

「……了解した。ご苦労だったね。下がっていいよ」

「暗殺に失敗したが、お咎めはなしなのか?」

「暗殺の行為自体は命令通りやってくれたようだ。ならば、お前を責める理由はない。私の使い方が悪かっただけのことだ」

 

 どこまでも私達を道具扱いする犬見の言葉に若干苛立ったが、私は堪えて執務室を出た。

 

「さて、食堂に行くか」

 

 食堂には珍しく誰もいなかった。

 時刻は昼をとっくに過ぎているので艦娘がいないのは当然ではあるが、間宮さんまでいないのはやはり珍しい。

 チャンスだ。私は厨房に入り、奥の食品棚の一番上の引き出しに台を足場にして手をかける。

 確か、ここだった筈だ。いつも料理にふりかけている白い粉の場所は。

 

『それじゃ、磯風。飯食って元気も出てきたし、私はこれからまた遠征だから、ちょいと留守にするよ!』

 

 私達が毎日食事と一緒に摂取していて、食事をとると、皆途端に活気に溢れている。

 麻薬というものが本当に使われているとすれば、最も怪しいのはこれだ。

 

――いつもならこのカレー一皿食べ終える頃には疲労が吹き飛んだように元気になっているものだが、今日に限って全くそんな気はしない。

 いつもと味も少し違うような気もする。

 

 あの時はただ川内のせいで疲労感を感じただけだと思っていたが、実際、本当に疲労感があったのだ。

 おそらくは、よそ者の川内がいたせいでこの粉をカレーに入れていなかったから。

 

「あった」

「何をしているの!」

 

 プラスチックケースに入れられた白い粉を取り出したその時だった。

 背後から聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえた。

 間宮さんだ。

 

「……磯風ちゃん」

「…………」

 

 私の姿を認識して安心したような表情でため息をつく間宮さんに私はどう返せばいいのか迷った。

 どうしても料理研究のために使ってみたくて、とごまかすのは簡単だ。

 ただ、間宮さんはこの粉の話になる度にとても苦しそうな顔をする。

 もしかしたら、打ち明けてしまえば味方になってくれるのではないか。そんな淡い希望が私の中にあった。

 だから、私は質問をすることにした。

 

「なぁ、先生。この粉はなんなんだ?」

「それは、調味料よ……」

「疲労感を緩和させる調味料か」

「…………そう、もう気づいているのね」

 

 間宮さんは酷く悲痛な表情を見せたが、しかしどこか解放されて肩の荷が下りたように脱力してシンクにもたれかかった。

 

「先生、教えてくれないか。この鎮守府で何が行われているのか」

「それを知ってどうするの?」

「皆を助ける」

「もう、手遅れよ」

「手遅れ?」

 

 間宮さんは厨房の入り口のカギとカウンターのシャッターを閉めると、椅子を二つ持ってきて、一つには自分が座り、もう一つに私が座るよう促す。

 私が白い粉の入ったプラスチックケースを持ったまま椅子に腰かけたところで間宮さんは話を始めた。

 

「あなたの今持っているその粉の名前は『コカイン』。磯風ちゃんの推察通り、疲労感を緩和させたり、陶酔感、高揚感をもたらす強力な麻薬よ」

 

 これは後から私自身が調べて知ったことだが、この麻薬による覚醒作用は恐怖感の喪失、空腹感の希薄化、眠気の霧散など多岐に渡り、ボリビアでは鉱山労働者などの重労働者が

朝、入坑するときに頬いっぱいにコカインを含むコカノキの葉を詰め込み、そのエキスを飲むことで、鉱山崩落事故のなどの危険の恐怖を忘れ、疲労や空腹を癒しながら夕方まで昼食もとらずに働き続けると言われている。

 まさに、深海棲艦と命がけの戦いを日夜繰り広げ、休みなく働き続ける私達艦娘にはうってつけの麻薬という訳だ。

 

「ただ、この薬には強い精神依存性があって、しばらく薬を摂取しないと幻覚症状が起きたり、最終的には薬がないと生きていけないほどボロボロになるわ」

「精神依存……」

「不幸中の幸い、でしょうけれど艦娘にはその副作用は弱いみたいね。個人差はあるけれど、磯風ちゃんにはコカインの禁断症状は見られないし、強く薬を求めているようにも見えないわ。少なくとも今は」

 

 そう言って間宮さんは自嘲気味に笑う。

 

「なんで、そんな危険なものを」

「提督の命令だからよ」

「――っ! なんのためらいもなく使ったというのか!?」

「そんなわけ、ないでしょう?」

 

 その時の間宮さんの笑顔は背筋が凍るほど苦渋と、怒りと、後悔と、様々な負の感情が入り混じったもので。

 思わず私は彼女から逃げるように椅子ごと後退してしまった。

 

「私だって嫌よ。こんな薬を自分の料理に入れるなんて……でも……もうダメなのよ。私は、その薬がないと……!」

 

 途端に間宮さんの体が小刻みに震え始め、彼女はしきりに両の腕をかきむしりだす。

 

「間宮さん……」

「薬がきれると、皮膚の下を虫が這いずり回っているように感じるの。気持ち悪くて、仕方ない……私は、もう……」

「そういうことか」

 

 強力な精神依存。既に間宮さんは薬から離れようにも離れられない。彼女は薬のために犬見の命令通り動くしかなかったのだろう。

 頭では間違っていることなど百も承知なのだ。それでも、心は、薬を断ち切れない。

 こんな白い粉末が、ここまで人間を壊すのか。

 目の前で血が滲むまで腕を掻き毟り続ける間宮さんの無残な姿を見て、私は顔をしかめた。

 

「もう、手遅れなのよ、磯風ちゃん……私だけじゃない。この鎮守府にいるあなたを含めたほぼ全ての艦娘が自覚症状のないまま中毒に陥っている。仮に磯風ちゃんが提督の悪事を暴いたところで、もう私達に行き場はない。良くて解体処分の後病院送り、悪ければそのまま殺処分まであるわ」

「なっ!?」

 

『――それに、この鎮守府の全貌が明らかにされた時点で、ここの艦娘を引き取ろうと思う奴なんて誰もいないだろう』

 

 犬見の言葉の意味がようやくわかった。

 ここまで来て、この鎮守府の真相まで解明して、まだこんな選択を迫られるのか。

 

「私にはもう実行する気力も覚悟もないから、ここからは磯風ちゃんの判断に任せるわ」

「…………」

「全てを犠牲にして、犬見提督と刺し違える覚悟はある?」

 

 私はしばらくの間無言だった。

 犬見を告発すれば薬物中毒になってしまった私も仲間も共倒れ、かと言ってこのままの状態では薬と過労に心と体の両方を食いつぶされる。

 どちらも行き着く先は破滅。

 ここまで悲劇的な展開だとむしろ笑ってしまう。

 どこで私は間違えたのだろう。どうしていたら、私達は幸せになれたのだろうか。きっと今更そんなことを考えることに意味はない。

 今はただ、覚悟だけ決めればいい。

 

「ああ、全部終わりにしよう」

 

 どうせ死ぬのなら、犬見も道連れだ。

 それが、私の選択だ。 

 

 




いよいよ過去編もラスト二話程度。

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