七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
友との決別。
そして全ての終わりが近づく。




第五十四話「雨、止まないな」

 

 いつか孤児院にやってきた神父様に、私達もきっと幸せになれますか、と尋ねたことがあった。

 すると、神父様は笑って空を指さして、

 

『雨がいつか必ず止むように、いつまでも続く不幸というものもないのです』

 

 と答えてくれた。

 外国の人のようだったが、とても日本語が流暢で驚いたことをよく覚えている。

 当時の私はいたくその言葉に感激したものだ。

 苦しいのは今だけで、きっと生きていればいつか良いことがある。

 これは私にとって希望そのものだった。

 しかし、そんな言葉に縋って、明日には、一か月後には、一年後には、と希望を寄せてきた未来は、すぐに苦しい今となって過ぎ去った。

 私はあと何度いつか来る幸せを先送りすればいいのだろうか。

 先送りできる未来は、あとどれだけ残っているのだろうか。

 

――――私の不安を他所に、雨はまだ止まない。

 

 

『磯風、右に避けてから十時の方向に砲撃。その後左に回頭して全速前進』

 

 うるさい。

 私の頭の中で忌々しいあの男の指示が響き渡っていた。

 この鎮守府に来てから一年と数か月。

 日数にして四百日以上。一日十戦もの演習を行い、一度たりともその中で犬見が指示を欠かさなかったことはない。

 累計にして四千戦以上、私はあの男の駒となって戦ってきたのだ。

 いくら無思考な駒ともいえど、これだけの戦闘を積めば、嫌でも彼の戦術思考が体に染み込む。

 私の頭の中で、犬見が常に状況の最善手を指示してくるのだ。

 

「はぁ……はぁ……う、嘘でしょ……!? いくら、演習部隊といえど、たった駆逐艦一隻に、ここまで一方的に追い詰められるなんて……!?」

「つ、強い……」

 

 気が付けば、私が一方的に浜風と谷風を蹂躙する形になっていた。

 大破してまともに動けなくなり、海面に膝をつく二人の脳天に私は両手の連装砲を向けている。

 引き金を引けば、艤装のバリアがほとんど機能していない彼女達の頭は跡形もなく吹き飛ぶだろう。

 

「……終わりだ。浜風、谷風」

「ま、待ってよ! 降参する! だから撃たないでよ!」

「…………」

 

『撃つんだ、磯風』

 

 うるさい、黙れ。

 降参の意思を示すためか、連装砲と機銃を外して両手を上げる谷風を見つめる私の脳内で、また犬見の声が響く。

 そのせいで私の顔が不快に歪んだためだろう。谷風は涙声で私を説得する。

 

「もう、よそうよ。なんで、友達同士で殺しあわなきゃならないのさ。磯風、お願いだから考え直して――――」

 

 ドン、という発砲音にかき消されてその後の言葉は聞こえなかった。

 代わりに、夜の海に背中から倒れて沈んでいく谷風の身体がたてた水音と、横で浜風が小さく悲鳴を上げた声が聞こえた。

 

『それでいい』

 

「うるさい」

 

 別にお前の声に従ったわけじゃない。

 

「容赦ないですね」

「見逃せばお前達は私を発見した場所を報告するんだろう? 生かして帰す理由がないよ」

「そうですね、磯風が見逃してくれたら私達はそうするでしょう」

 

 少しも悪びれずに私の言葉を肯定する浜風に私は砲塔を頭に押し付ける。

 僅かに息をのむ音が聞こえたが、月明かりに照らされた彼女は依然私から視線を外さなかった。

 

「何か、言い残すことはあるか?」

「谷風には聞かなかったくせに、急に律儀ぶってどうしたんです?」

「ないのか?」

 

『どうした、磯風? 早く撃ってしまえばいい』

 

 お前の言葉には従わない。私は私のやりたいようにやる。

 

「遺言、ではないですが、一つ忠告をしましょうか」

「忠告?」

「磯風、あなたは提督を見誤っています」

「また洗脳されているとか言い出すのか?」

 

 苛立たし気に砲塔を押し付けると、浜風は静かに首を振って続ける。

 

「あなたは提督が艦娘を道具程度にしか思っていない非道な人間と思っているのでしょう」

「お前がどう思おうと、あいつは絶対に生かしていい人間じゃない」

「違います。あなたは、彼の恐ろしさを理解していない」

「どういう意味だ?」

「あの人は私達のことを道具だと言いました。しかし、それは決して見下している、ないがしろにしているという意味ではない。むしろ、私達のことを私達以上に知り尽くし、自在に操ることができる。だから、彼にとって私達は『道具』なのではないでしょうか?」

 

 つまり、私達の全てはあの男の思うがままだとでも言いたいのだろうか。

 中将や間宮さんと裏で画策したこの反乱すらも、奴にとっては想定内の出来事だと。

 それならば、私を止めるために出撃させた谷風と浜風を返り討ちにし、中将に証拠を届けることができても、奴の掌の上と言えるのか?

 そんな訳はない。本当に私を道具のように操って見せると言うのならそもそも私が反乱を起こせる筈がない。

 

「言いたいことはそれだけか?」

「……はい」

「じゃあ、さようならだ、浜風」

「ねぇ、磯風――――」

 

 浜風の頭に突き付けた砲塔が火を噴く直前、浜風は泣き笑いのような表情で最後に私にこう言った。

 

「――雨は、まだ止みそうにありませんね」

 

 浜風の身体は暗い海へ引きずり込まれるように沈み、すぐに見えなくなった。

 半ば放心状態で海面を見つめ続ける私の頬を何か冷たいものが流れていった。

 

「……雨か」

 

 いつの間にか、しとしとと雨が降り始めていた。

 

「――――おーい、磯風! 良かった! 無事に逃げてこられたんだね!」

「ああ……」

 

 鎮守府の哨戒海域のギリギリ外側。そこで川内が心底安心したように手を振っているのが見えた。

 谷風と浜風を沈めてからは、拍子抜けするほど何もなかった。追手が新たにくることもなかったし、深海棲艦と遭遇することもなかった。

 途中から本降りになり始めた雨でお互いにずぶ濡れだったが、川内は私の姿を見つけるや否や哨戒海域など気にも留めずに一目散に駆け寄ってきて私はされるがまま彼女に強く抱き寄せられた。

 

「本当に、気が気じゃなかったよ! 大丈夫? どこか怪我とかしてない?」

「ああ、怪我はしていない」

「よし、じゃあさっさとここから離脱しよっか! これが、証拠品ってやつ?」

「ああ、そうだ」

 

 川内はアンカーを外して一緒に来ていた別の艦娘に受け渡すと、艦隊の先頭に立つ。

 

「よし! 今日ばっかりは夜戦もスルーして全速力で鎮守府に帰るよ!」

 

 

「磯風、よくぞ無事でここまで来た。貴艦に儂は心から敬意を表する」

「いや、私だけの力じゃない……間宮さんのおかげで、ここまで来られたんだ」

 

 執務室で、中将はドラム缶を持って川内と共に現れた私に脱帽して頭を下げた。しかし、私は彼の賛辞に首を振って答えた。

 ここまで来られたのは私の力だけではない。何より、ここにたどり着くまでに犠牲にしてきたものが余りにも多過ぎた。故に決して誇るべきことではないのだ。

 

「……それが、証拠か?」

「ああ、この中に全てが入っている」

「では、開けさせてもらおうかの」

 

 中将がドラム缶へ手を伸ばしたその時、突然執務室の黒電話が鳴り響く。

 一瞬、川内と二人で体を震わせた私だったが、ただの電話であることに胸を撫でおろしてため息をついた。

 

「ふむ、こんな夜更けに誰かのう?」

 

 中将が黒電話の受話器を手に取って耳に当ててから数秒後、彼の表情が強張ったのが見て取れた。

 

「……磯風」

「なんだ?」

「おぬしに犬見からじゃ」

「――っ! わかった、代わろう」

 

 中将から受話器を受け取り、ゆっくりと耳に押し当てる。

 すると、聞きなれた声が私の名前を呼んだ。

 

『やぁ、磯風。無事に荷物は届けられたようだね』

「犬見……! 間宮さんに手は出してないだろうな!」

『浜風と谷風から聞いただろう? 拘束はさせてもらっている。今は営倉だよ』

「今に見ていろ。次はお前が牢獄に閉じ込められる番だ」

『ほう、それは楽しみだ。清廉潔白な私をどうやって牢獄送りにするのかな?』

 

 こいつ、どの口がいうんだ。

 相変わらず、焦りの見えない犬見の声に私は苛立ちを募らせていた。

 正確にはそれは不安だったのかもしれない。

 何故、ここまで追い詰められたにもかかわらず、彼にはまだ余裕が見られるのか。

 

『私はね、磯風。今とても清々しい気分だよ。例えるなら、1000ピースくらいのジグソーパズルの最後の1ピースを埋めた時のような、大いなる達成感。私の胸の内は今、そんなものに満ち溢れている』

「急に、なんだ?」

『思えば、長かった。始まりは、この薬物による艦娘の効率化に重大な欠陥が見つかったことだった。だから、鎮守府を一旦リセットする必要があったんだ。具体的にはこの事実を知る関係者と薬物依存が進みすぎた艦娘の抹消だ』

 

 なんだ? 何の話を始めているんだ?

 受話器の向こうで楽しげに語り始める犬見に対して、私はここで受話器を置くこともできた筈だが、受話器が耳に張り付いたかのように離すことができなかった。

 

『私の計画に必要だったのは、この鎮守府の闇に気づき反乱を起こすような勇者だった。その候補が、孤児院から買い取った君たち四人だ』

「勇、者……?」

『君たち四人を別々の部隊に配置し、それぞれに情報を得る機会を与えた。結果としては谷風と浦風は気づきもしなかった。浜風は資料に挟んでおいた鎮守府の輸出入履歴の違和感から、コカインの輸入にはたどり着いたが、心酔のあまり私に対して反抗する気概をなくしていた。君が唯一、この鎮守府の闇に辿り着き、尚且つそれを止めようと立ち上がった勇者となってくれた』

「は……? え……?」

『やはり、外部の環境に触れさせ、間宮とも接触の機会を増やしたのが良かった。丁度、目の上のたんこぶとなっていた中将と君が手を組んだことを暗殺失敗から察した時、私は計画に中将の殺害を加えると同時にその成功を確信したよ』

 

 やめろ、何を言っているんだ。それじゃ、まるで、私が今まで犬見の計画を献身的に助力していたようではないか。

 頭の中で不安の渦が大きくなっていく中、私は犬見に怒鳴るように尋ねた。

 

「じ、じゃあ、谷風と浜風を私が沈めたのも計画通りだというのか!?」

『ああ、彼女達が返り討ちに遭うのはわかっていたからね。君の退路を完全に断つという役割を果たしてもらった。孤児院からの友であり、味方である彼女達を手にかけた君は、正真正銘の殺人者となったわけだ。今丁度向かわせているが、浜風と谷風の艤装をサルベージすれば証拠はあがる。艦娘が味方に対して敵意を持って甚大な被害を与える、それは軍事裁判で極刑を免れない罪だ。これで君も何があろうと私の計画の完遂と共に消えてくれる』

「な、何を言おうが、ここに証拠がある限り――――」

 

 犬見の言葉に反論しかけたところで、私の言葉は止まった。

 受話器の向こうからは彼の笑いを噛み殺した声が聞こえてくる。

 

「まさか……いや、そんな訳ない……」

 

 ドラム缶。証拠が詰まっている筈のそれを見つめる私の声は震えていた。

 ゆっくり腰のホルダーに取り付けた間宮さんの包丁に触れ、何度も私は頭の中の想像をかき消すように「そんな訳ない」と呪文のように唱え続ける。

 

『磯風、実に健気だね』

「やめろ」

『私は君たち艦娘のことを道具だと公言してきた。ならば、それは間宮にも当てはまることだと思わないか?』

「やめろ」

『ならば、何故間宮が今までずっと私の指示で動いていたと考えない?』

「やめろ! 先生は、間宮さんは、ずっと苦しんで……だから、全部終わらせたいって……!」

 

 消え入るような私の声に犬見は容赦なく聞きたくなかった言葉をぶつけた。

 

『磯風、よくぞ、そのドラム缶を無事中将の元へ届けてくれた。

――私のために、ありがとう』

「中将! 川内! ドラム缶から離れろ!」

 

 次の瞬間、轟音と光と熱が一斉に襲いかかり、執務室は爆炎に包まれた。

 

 

 簡潔に言えば、私は助かった。目が覚めた時は病院の一室で、一週間ほど眠っていたらしい。

 すぐ横を見ると、松葉杖をベッドに立てかけて座る川内の姿があった。

 外は雨が降っているのか、窓には水滴が滴り、小さく雨音が室内まで届いていた。

 私がゆっくりと体を起こすと、川内が気力の感じられない薄い笑みを浮かべる。

 

「やぁ、おはよう」

「…………どうなったんだ?」

「どうもこうも、全て終わったよ」

 

 素っ気なく答えた彼女の表情は諦念に満ちていた。

 彼女の話を聞くに、艦娘で、しかもあの時は急いで艤装をつけた状態で執務室へ向かったために艤装のバリアが機能し、私と川内はあの爆発の中軽症で済んだらしい。

 私も強く頭を打ち付けたくらいで外傷はほとんどないとのことだ。

 

「中将は、どうなったんだ?」

「…………死んだよ。三日前くらいに葬儀も終わってる。遺体は跡形もなかったけれどね」

「すまない……」

「謝んないでよ。殴りたくなる」

 

 真顔のまま拳を震わせる彼女に、私は押し黙って顔を俯けた。

 

「ごめん、磯風は何も悪くないって頭ではわかってるんだよ。磯風の方が大変なのに、お門違いもいい所だってわかってる。だけど……悔しくて……!」

「わかっている。私は、これからどうなるんだ?」

「多分すぐに軍事裁判だよ。見る? 新聞記事」

 

 川内に渡された新聞記事の一面には大きく私の鎮守府の写真が載っていた。

 鎮守府内で薬物を密輸していた艦娘がいたことが発覚。犬見と中将が協力してこの解決にあたるも、追い詰められた主犯の一人が中将の鎮守府へ爆発物をしかけ、甚大な被害を生んだという旨の記事が書かれている。

 主犯は私と間宮さんだ。

 私は谷風、浜風の撃沈と鎮守府の爆破、中将の殺害で薬物中毒の殺人鬼扱い。

 間宮さんはコカインの密輸入、さらに艦娘への食事へそれを混入し、洗脳を試みていたとまで言いたい放題書かれている。

 私は思わず新聞を握りつぶしていた。

 

「犬見か」

「そうだね。あいつ、提督の葬式にまで顔出してきやがって、『彼は私の協力者であり良き友でもあった』とか抜かしやがって……足の傷が回復してたら多分殺してたよ」

 

 これが、奴の計画の全貌というわけだ。

 私は犬見の思うがままに操られ、最悪の形で全ての罪を背負わされる。結果的に彼の抱える問題は私と共に全て消え去ってしまうわけだ。

 新聞記事を横のゴミ箱に投げ入れようと視線を横にやると、少し焦げ付いた包丁ケースが視界に入る。

 

「……無事だったのか」

「ああ、その包丁は艤装のバリアで一緒に防護されてたみたいで、少し包丁ケースは焦げてるけれど中身は傷一つついてないよ。大事な物なの?」

「ああ、先生からもらったんだ」

「先生?」

「先生は、間宮さんは、今はもう牢獄か?」

「そう、間宮のなんだ。磯風、記事は最後まで読みなよ」

「何?」

 

 丸めた記事をもう一度開いて記事の続きを読むと、間宮さんは営倉にて拘束中に着物の帯で首を吊って自殺したとある。

 

「自殺、だと……」

「間宮ってさ、確か磯風にあのドラム缶渡した奴だよね? 結局この人も犬見に利用されていただけだったってことなんだろうね」

「……はは」

 

 乾いた笑い声をあげる私を見て眉をひそめると、川内は包丁ケースを持って病室を出ようとする。

 

「これは処分しとくよ、持ってて気持ちの良いもんでもないでしょ?」

「待ってくれ、それは返してくれないか?」

「……君を裏切った奴の包丁だよ?」

「いい。どうせ、もう長くはない命だ。本人がいないなら、その包丁に恨み言を吐かせてもらうよ」

「そう」

 

 川内は私に包丁を返すと、そのまま松葉杖をついて病室の出口へと向かう。

 私は彼女の背中に再度声をかけた。

 

「次は、もうないだろうな」

「……そうだね、ごめん。今私達の鎮守府、提督がいないから、本当に何もできなくて……本当は、力になってあげたいんだけれど」

「その気持ちだけで十分だ。本当にありがとう。お前と喋っている時はいつも楽しかったよ、川内」

「私もだよ、磯風」

 

 その別れの言葉を最後に川内は病室から出て行った。

 私はすっかり脱力して再びベッドに倒れこむと、包丁ケースを撫でながら、じっと天井を見つめていた。

 

「まったく、先生のせいで全部台無しだ。私は、全部捨てて、浜風と、谷風まで手にかけて……それでも必死に先生が集めてくれた証拠を届けたのに、あんな裏切り方をされるとはな」

 

 誰もいない病室で、まるで間宮さんがいるかのように私は独り言を呟き始めた。

 

「しかも、そこまでやって結局自分も罪を被せられて自殺だなんて、全くいい気味だ。あなたみたいな人を先生と崇めて信じていた自分が恥ずかしい」

 

 天井が霞んでよく見えなくなってきた。

 

「でも、なんでだろうな……怒りとか、憎しみとか、そういうのが全然湧いてこないんだ」

 

『……本当に包丁捌きや火入れ、調味料の扱いから何もかも上手になったわね。目を見張る成長速度だわ。見た目はともかくとして……』

 

『な、なんというか……個性的な料理と味ね……かはっ!』

 

『いえ、なんでもないの。でも、きっと、磯風ちゃんは一流の料理人になれるわ。私なんかよりも遥かに凄腕の料理人に』

 

『なんだか、浮かない顔ね、磯風ちゃん。今日は四人でお出かけだったんでしょう?』

 

『喧嘩、しちゃったのね』

 

『私だって嫌よ。こんな薬を自分の料理に入れるなんて……でも……もうダメなのよ。私は、その薬がないと……!』

 

『その包丁は良い料理人が使うべきよ。私なんかじゃない、磯風ちゃんのような料理人に』

 

『だから、どうかそれは磯風ちゃんが使って』

 

 包丁を一撫でするごとに、間宮さんと過ごした日々の数々が思い起こされていく。

 

「――間宮さん、なんで……酷いじゃないか……私は、悲しいよ……」

 

 あふれ出る涙を抑えるように目頭に両腕を乗せた。

 雨がいつか必ず止むように、いつまでも続く不幸というものもない。昔、そう教えてくれた神父様がいたことを思い出した。

 雨はもう、随分と長いこと降り続けている。私はずっと雨宿りしたままだ。

 以前まで隣で一緒に雨宿りしていた友も、今はもういない。

 そして、私ももうすぐいなくなる。

 

「雨、止まないな」

 

 降りしきる雨の中、冷え切った体で雨宿りを続ける私に『傘』が差し伸べられるのは、もう少し先の話だ。

 

 

 




磯風過去編終了。
次回からまた時系列が現在に戻ります。

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