七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
犬見艦隊VS七丈島艦隊、開戦(ただし、主人公不在)




第五十七話「選びなさい! 進んで死ぬか、退いて生きるかッ!」

「海岸沿いに住んでいる人達の避難、ついさっき終了しています、提督」

「そうですか、ご苦労様でした、矢矧」

 

 島の小学校体育館に入ってきた提督を、その中で島民達の名簿を確認していた矢矧が出迎えて、そう報告した。

 今日一日、矢矧が一日中島を駆け回って避難についての説明と誘導を行った成果である。

 事前に――というか、そもそも全部屋に仕掛けてあるらしいが――プリンツが伊58の部屋に仕掛けていた盗聴器から、今日犬見が伊58を回収する情報を得た七丈島艦隊は三日前から着々と準備を進めていた。

 今頃は作戦通り大和、天龍、磯風、プリンツが犬見艦隊と戦闘を開始している頃だろう。瑞鳳の準備もそろそろ終わるはずだ。

 そして、同時に矢矧と提督は万が一のために避難勧告を出して回った。

 これで、犬見の迎撃態勢は完全に整ったのである。

 

「これで、仮に七丈島鎮守府の近くで敵と戦闘になっても取りあえず被害は最小限に抑えられるはずです」

「後は、先行した大和達次第、ですか」

 

 不安げな表情を見せる矢矧の肩に手を置いて提督は言った。

 

「ここは私が引き継ぎます。矢矧は皆の元へ」

「いえ、大丈夫です」

 

 提督の提案に、しかし矢矧は首を振って答えた。

 

「私があの娘たちにできることは既に全部やったつもりです。ならば、私は皆を信じて待つだけですよ」

「ふ、そうですか」

「それに、ここを提督に任せる方が私としては不安です」

「え!?」

 

 そう言って矢矧は笑うと、名簿の三分の一程度を提督に渡して率先して再び島民達の方へ歩いていく。

 

「さぁ、まずは避難した島民の点呼を早々に終わらせてしまいましょう!」

 

 

『さて、ここは一対一で行こうか』

「ふ、流石は提督。私はその言葉を待っていた」

「お仕事ですね!」

「……磯風ぇ」

「あれ? 私達四人でむこうは伊58がほぼ戦闘不能状態だから三人ですよね? ウチは一人余りません?」

 

 伊勢の言葉に犬見は笑いながら言った。

 

『はは、それが狙いだよ』

「チッ、的確にこっちの嫌がることをしてきやがるな」

「向こうも横須賀程ではないが決して弱くはない。一人は足止めできずに鎮守府へ先行されてしまうか……」

「大丈夫だよ! まだ大分後方だけど、お姉さまがいるもん!」

 

 プリンツが自信満々に、胸を張ってそう叫ぶ姿を見て天龍と磯風は表情には出さないものの内心で嘆息していた。

 そんな二人の雰囲気に機敏に気が付いたらしくプリンツは不満げに頬を膨らませた。

 

「お姉さまならいけるもん!」

「いや、まぁ、そうだな……さっさと片づけて後を追えばいいか」

「ああ、大和ができるだけ足止めしてくれるよう期待しよう」

「むぅ……お姉さまなら絶対勝てるもん」

 

 大和は敵を撃つことができない。

 戦闘になれば引き分けまでが限界で、勝利はありえない。

 だからこそ、事前の矢矧の作戦でも彼女の役割は主に『盾』。大和型の耐久力を活かして、艦隊のサポートに立つことで初めて彼女は勝利に手が届く。

 言ってしまえば、大和は一人では戦力にはならないのだ。

 故に、天龍達が大和に敵艦一人を任せることに大きな不安を感じるのは至極当然であった。

 逆にプリンツの大和に対するその信頼と自信はどこからくるのか聞きたい。

 

「――さて、そちらの作戦会議は終わったかな?」

「……へぇ、近くで見るとやっぱデケェな、お前」

「伊勢型航空戦艦、日向。推して、参る」

 

 天龍の目の前には本来砲のある位置の装備に飛行甲板を満載した日向が彼女を見下ろすように腕を組んで立っていた。

 戦艦特有の巨大な艤装に、日向自身の巨躯、そして全てを見通すような眼光。威圧感を与えるには十分な出で立ちであった。

 

「お前よぉ、戦艦の癖に砲が一つも見当たらねぇけどどうやって戦うつもりだ? まさか、その甲板の瑞雲じゃねぇよな?」

「ふ、貴様には我が無敵の瑞雲を出すまでもない」

「あん?」

 

 そう言うと、日向は腰に差してある刀を抜く。

 湾曲した刀身が月明かりに照らされ銀色に輝く。

 

「こいつで、どうだ? 貴様もやるのだろう?」

「面白れぇ、真剣同士での立ち回りは久々だぜ」

 

 天龍も好戦的な笑みを浮かべて腰の刀に手をかけ、鯉口を切った。

 

「――むむむぅ~!」

「な、何? じーっと私のこと見つめて?」

「金髪、おさげ、碧眼、雪のように白い肌、程よいバスト、ミニスカ、生足…………挑発的なお尻」

「やめてよぉ!」

 

 周りをぐるぐると回りながら手を顎に当てて目を細める那珂に、プリンツは恥ずかしくなってお尻を両手で隠しながら赤面して叫ぶ。

 

「那珂ちゃん、ショック! 大ショックだよ! 何なのこのゲルマン系美少女は!? 那珂ちゃんにないものを全部持ってる! ずるいよ! 神様は不公平だよ! 那珂ちゃんはこんなに努力してるのに!」

「え……?」

「でも、那珂ちゃんへこたれない! この程度の逆境、アイドルにはつきものなんだから!」

 

 ころころと表情の変わる那珂にプリンツはすっかり困惑していた。

 すると、今までプリンツの方に見向きもせず誰に向けてなのかもわからない自演を繰り広げていた那珂は急にプリンツの眼前に迫って、彼女に人差し指を突き出した。

 

「認める! 認めるよ! 今は那珂ちゃんの方がちょっと出遅れちゃったみたい! でも、いつか努力であなたも追い越して、絶対那珂ちゃんはナンバーワンアイドルになるんだから! 負けないんだからね、私のライバル!」

「ライバル!?」

「はぁーい! 画面の前の皆ぁー! 艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよぉー! 今日の更新も読んでくれてありがとー! 今日は私の艦隊戦(ライブ)、楽しんでいってねー!」

「誰に言ってるの!?」

 

 明後日の方向にまるで誰かいるかのように笑顔で手を振りまくる那珂にすっかりプリンツは調子を狂わされていた。

 

「よぉーっし! じゃあ、艦隊戦いっちゃうよー! 那珂ちゃん絶対負けないんだからねっ! センターを賭けて勝負だぁー!」

「センターって何!? もうなんなのぉ、あなた!?」

「川内型三番艦、第四水雷戦隊のセンターも務めた那珂ちゃんだよー! 好きな食べ物はイチゴのショートケーキだよー!」

「そういうこと聞いてるんじゃないの! もう、私こういうキャラ苦手だよぉ! チェンジ!」

 

 那珂に振り回される形でプリンツと那珂の戦いが始まった。

 

「磯風ぇ……!」

「やはり、私の相手はお前か」

 

 憤怒の形相で自分をにらみつける浦風を見て磯風は静かに連装砲を構えた。

 

『伊勢は一足先に鎮守府へ攻撃を。島への損害は気にしなくていいから、確実に任務を達成することを第一に動くんだ』

「りょ、了解……頑張ります」

「一人で大丈夫か? 伊勢?」

「ば、馬鹿にしないでよね、日向! 私だってやる時はやるし!」

「ぐっ! い、行かせないでち!」

「流石にそのザマじゃ戦えないでしょ? 邪魔だからどいてくれる?」

「ぐあっ! くそ、待て! 待つでち!」

 

 伊58が伊勢を引き留めようと彼女の前に立つが、大破した状態の伊58に何かできる筈もなく、伊勢の戦艦級の怪力に抗えずに横に吹き飛ばされてしまう。

 そのまま、伊勢は鎮守府の方へと消えていった。

 

『それと日向、瑞雲を一機私に寄越せ。目が欲しい』

「ふ、提督の命令とあらば、仕方ないな。特別な瑞雲を預けよう」

 

 日向の飛行甲板から一機の瑞雲が飛び立ったかと思うと艦隊の周囲を旋回し始める。

 

『瑞雲に取り付けた赤外線カメラと指令室のモニターをリンクさせた。これで、私も道具を使う準備が整ったわけだ』

「なるほど、未だにいちいち命令を出して戦闘を行うのか、お前の所は」

『いいや、あの頃ほど非効率ではないさ。既に艦隊全てには私の教育が根付いている。故に、私の指示がなくても艦はおおよそ期待通りに動くさ。だが、お前に叩き潰すと宣戦布告されたのだ。ここは私が直々に相手をするべきかと思ってね』

 

 通信機から聞こえてくる犬見の声は非常に楽しそうであった。

 

『日向、那珂、そちらは各自に任せる。浦風は私の命令通りに動け』

「別に、私だけでも負ける気せんけどのぅ」

 

 浦風は水色の髪をかき上げながら磯風を見下すように睨みつける。

 

『さぁ、始めようか。格の違いを見せてあげよう』

 

 

「すっかり、置いてかれましたね……」

 

 夜闇の海を走る私、大和はポツリとそう呟いた。

 忘れていた。自分が低速戦艦であることを。

 そして、基本的にウチの艦隊はもう長いこと訓練をしていないために互いに歩調を合わせてくれるような意識はないということを。

 

「プリンツだけでしたよ、私と先行する天龍達を見てあたふたしてくれたのは」

 

 悲しい。最近私の扱いが酷いと思う。

 そもそも、私のスタンスを忘れたのだろうか。私はサポート役であって戦闘はできないのに一人にするのはどう考えてもおかしいと思うのだ。磯風は自分事のように焦っていた様子だったからまだいいとして天龍とプリンツにはそこを察して欲しかった。

 こんな時に万が一敵艦に出くわしたらどうするのだ。

 

「あと、どれくらいで追いつけるんでしょう? なんか、少し前から遠くで砲撃音が聞こえ始めているのには気が付いているんですが――――え?」

「……え?」

 

 私とその艦娘が疑問符を声に出したのはほとんど同時だった。

 夜闇とはいえ、特に座礁するような障害物がないことは知っていたので探照灯も何も付けずに航行していたせいだ。

 また、あちらも恐らくは隠密のために探照灯を使っていなかった。

 故に、お互い相手の存在に気付くのが遅れた。

 私とおそらくは犬見艦隊の一人であろう戦艦伊勢は図らずも真正面から対峙するように邂逅を果たしてしまったのだった。

 

「あ、あぁ、えーと」

「え、嘘、大和型!? ちょ、聞いてない! よりによって向こうの戦艦とエンカウントする!?」

 

 言葉が出てこない私に対し、伊勢の方は随分と狼狽しているように見えた。

 

「そうか、あいつらがコソコソ話してたのはこのことだったのか! くそ! まさか大和型を後方に配置して迎撃とか……うわ、もう最悪」

「あの、犬見艦隊の方でよろしいですよね?」

「あーもう! あっちは悪くても重巡なのにこっちは戦艦ってズルいよ、あっちの方が確実に楽じゃん! 私もあっちが良かったなー、もう、この采配はどうなのさー、提督!」

 

 こっちの話を微塵も聞いてない。

 しかも、言葉の節々から天龍達を見下している感じがひしひしと伝わってくる。

 

「もぉー、嫌だなぁ、気が滅入るなぁ」

 

 この人、なんだろう。さっきから愚痴ばかりで一向に私に攻撃を仕掛けてこない。

 しかし、私の方はチラチラと横目で見ているから警戒はしているのだろう。

 もしかしたら、これは。

 

「あの、あなた敵ですよね」

「うわ! ちょ! 待って待って! いきなり砲塔向けるのやめてよ! 話し合おう!」

 

 この反応で私は確信した。

 同時に矢矧の言葉が脳裏に蘇る。

 

『大和、もしかしたら、今回ばかりは不測の事態が起きて、あなたも敵艦と一騎打ちになることがあるかもしれない』

『え? 流石にその可能性は低いような気がしますけれど。出発は天龍達と一緒ですし』

『可能性があるのなら無視はできないわ。もしそうなった時は、まず、堂々としていること』

『堂々と?』

『ええ、余裕を見せつけて、強気に威圧するのよ』

『で、でも私結局砲撃できないんですよ? 私なんかの虚勢でどうにかなるんですか?』

『何言ってるのよ。あなたは日本、しいては世界最大の大和型でしょう? あなたの虚勢に少しも物怖じしない艦なんてそうそういないわ』

 

 そうだ、私は、見た目こそ大和型一番艦なのだ。

 砲撃できないと知っているのは七丈島艦隊だけ。敵は私の火力をよく知っている。同じ戦艦でさえも恐れる大和型の威光はこういう場面で私の力となる。

 

「正直、私も無益な戦闘はしたくありません。私の火力は少し加減を間違えればあなたの命まで木っ端微塵に吹き飛ばしてしまうでしょうから」

「そ、それは、私も望む所じゃない、よ」

 

 良かった。向こうの伊勢はどうやら臆病な性格らしい。

 これなら、いける。

 

「退いてください。私も命まで取りたくはないので」

(や、大和型……確か横須賀艦隊との演習にも旗艦として参加して、尚且つ勝ったって……しかも、こいつ、犯罪者なんでしょ?)

「…………」

(やばいって、あの目は絶対何人も人殺してる目だよ! 無理無理無理! 怖すぎ! こんな化物と一騎打ちとかいくらなんでも無茶すぎるって! 私は日向みたいな好戦的なタイプじゃないんだってばぁ)

 

 私が少し睨みつけてみせると伊勢は体をびくつかせて少しずつ後退していく。

 そうだ、そのまま、そのまま逃げろ。

 

「どうしました? 震えているようですが?」

「ふ、震えてなんか……! わ、私だって提督から命令を受けてここまで来たんだから、いくらなんでもこのまま帰る訳にはいかない!」

 

 しまった。今の一言は余計だった。

 威圧することと煽ることは実はよく似ている。境界線が曖昧と言ってもいい。だからこそ、私は彼女を威圧し続けるために言葉は慎重に選ばなければならない。

 植え付けるのは恐怖、怒りではない。

 

「では、戦うのですね? また、誰かを手にかけてしまうと考えると少し悲しいですがね。どうせ、もう数えきれないくらい殺してしまった身ですし、今更一人増えたところで変わりませんか」

「い、や、ちょっと、それは……う、ぐ」

 

 今日ほど、この犯罪者というレッテルに感謝したことはない。

 死刑になるほどの残虐な犯罪者という事実は、それだけで恐怖の種になる。

 相手だって死にたいだなんて思っていない筈。提督の命令だからこうしてまだ立っていられるが、この戦闘は伊勢本人にメリットなんてないのだ。

 相打ちなんて論外、怪我すらも避けたいと思っている筈だ。

 そんな意識の低さで、私と戦う選択はできない。ここで畳みかける。

 

「どうでしょう? ここは、一度退却、してみるのは」

「退却?」

「逃げ帰るのではなく、私を確実に撃破するためには今の戦力では足りない。そう報告すれば良いのです。戦略的撤退。それならあなたの提督も納得するのでは?」

「ぐ……でも……」

「それが嫌なら、覚悟を決めてください。命を捨てる、覚悟を……!」

 

 どうにか、ここだけ退いてくれればいい。そうすれば、天龍達と合流できる。

 後で虚勢がばれて戦闘になっても構わない。

 今の一騎打ちだけは絶対に避けるのだ。

 私の虚勢に、背中の鎮守府と七丈島の命運がかかっている。

 ならば、ハッタリにだって命を賭けてやる。

 

「選びなさい! 進んで死ぬか、退いて生きるかッ!」

「うう……! うぐううッ……!」

 

 これが今の私にできる、私の戦いだ。

 

 




秋イベが始まりましたね。
今回は最終海域でも新たにお札がつくらしいので作者はベテラン提督達の情報を待つことにします。(準備不足提督並感)



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