七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
臆病を強さに変えた伊勢の前に大和は倒れる。
しかし……




第六十話「――Injection」

「………はぁ、はぁ」

「なんじゃ? もう限界か? だらしないのぉ、磯風? まだ小破じゃろ? これからもっと痛みつけてなぶり殺しちゃるけぇ、まだまだ頑張ってもらわんと!」

 

 浦風が連装砲を息の上がった磯風に向ける。

 それを見て磯風が回避行動を取ろうとする。

 

『浦風、左だ』

 

 まるで、磯風の動きを予知したかのように、彼女の回避と同時に浦風の連装砲がそれを追尾するように動き、その砲弾は、磯風に直撃した。

 

「ぐッ……!」

『他愛ないな、磯風。あれだけ啖呵を切った割にお前は何一つ変わっていない。やはり今もお前は私の掌の上だ』

「はっ、負ける気がせんのぉ! 七丈島鎮守府は今日を持って終わりじゃ!」

 

 なす術なく、一方的に攻撃を受ける磯風に対し、浦風が高笑いする。

 無言の磯風に犬見が瑞雲を通して声をかけた。

 

『磯風、まだ私の声が聞こえているんだろう? あれだけ演習で仕込んだんだ、嫌でも頭の中で私の指示が響くだろう?』

「…………」

 

 磯風の一年と少しの鎮守府生活。犬見によって道具として使われた日々は、磯風の中に根強い『後遺症』を残した。

 戦闘中、脳内に流れる犬見の指示。そして、指示通りに動く身体。自ら考えることを徹底的に排除された彼女の戦闘は体に染み込んだ犬見の戦術のトレースであった。

 故に、犬見本人が相手では、その思考は筒抜けと言っても過言ではない。本物に模倣は勝てない。

 

――磯風、相手は油断している。仕掛けるならば今だ。前方に魚雷、合わせて敵の両翼に砲撃して雷撃射線上に釘付けにしろ。

 

「…………」

『次は、魚雷を撃って牽制で射線上に釘付けにする作戦か?』

「ほんなら、魚雷を狙い撃ちすりゃあ、終わりじゃね!」

『その通りだ』

 

 浦風はその場から連装砲を正面に距離を変えて数発砲撃を始める。

 五発目辺りで爆発音とともに海から水しぶきがあがった。

 

『さぁ、次はどんな策だ?』

「…………」

 

――それならば、今度は敵に対して斜め方向に全速前進し、敵側面を取って攪乱だ

 

『斜めから敵側面を取って攪乱、か?』

「…………っ!」

 

 磯風の足が止まった。

 

――ならば次は――――

 

『一旦距離を取って出方を見る、だな。浦風、距離を詰めろ。逃がすな』

「了解!」

「成程、全てお見通しという訳か……!」

 

 

 三日前。

 

「どうしたんだ、急に私と模擬演習だなんて」

「磯風、伊58がどういう判断をしようとも、結局犬見艦隊との戦闘は避けられないわ」

「そうだろうな」

「だから、あなたにはもう少し強くなってもらわなくちゃならない」

 

 矢矧は声を低くして私にそう言った。

 

「他の奴らはいいのか?」

「天龍もプリンツも瑞鳳も大和も私にはどうしようもないわ」

「確かに、そうか」

 

 天龍は今のままでも十分に強いし、プリンツも持ち前の強運でなんとかしてしまうだろう。瑞鳳に至っては私達が考えつくようなことはとっくに思いついて実行していそうなものだし、大和はそもそもそれ以前の問題だ。

 成程、確かに私くらいしかレベルアップを図れる艦娘はいないな。

 

「じゃあ、とりあえず五本、始めるわよ」

「ああ!」

 

 結果は2-3で私の敗北だった。

 最初の2本は私の圧勝だったが、そこから3本なす術なく連取された。決して軽巡洋艦と駆逐艦というだけの違いではない。

 明らかな経験値の差を痛感させられた。

 

「うん、以前から思っていたけれど、実は磯風は体力以外これといって弱い部分はないのよね。むしろ、艦隊戦での動きはウチで一番良いかもしれない」

 

 矢矧に高評価をもらったものの、私の中では真に喜べることではない。

 それは、頭の中の犬見の声に従った結果なのだから。

 

「――でも、私から言わせれば、まだ伸びるわ。だって、この動き方、どうもあなたに合っているようには見えないもの」

「私に、合ってない?」

「あなたには天性の艤装操縦センスがある。それを活かすには、あなたの動きはどうにも平凡というか、模範的過ぎる。大半の艦娘ならそれでいいけれど、あなたにならもう少し無茶な動きを要求しても問題はないし、その方がいい」

 

 たった5戦で随分と私のことを分析されたようだ。流石は軍神と心から感嘆の声が洩れ出た。

 

「誰に仕込まれたのか知らないけれど、今からそれは捨ててもらうわ。その代わりに私の艦隊戦術を叩き込む。時間もなさそうだから加減はしないわ。覚悟してついてきなさい」

「了解!」

 

 

(――いや、本当に酷い三日間だった、よく今生きてここに立っていられるものだな)

 

 後退と同時に全速で磯風に突撃する浦風を見て、しかし、磯風は笑っていた。

 

「何、笑っとるかぁああああッ!」

『……笑み? 何か策を練ったか? いや、それはないな。しかし、何か妙だ…………浦風、一旦止まれ』

「え? り、了解……?」

 

――よし、相手が足を止めたぞ。今のうちに距離を取れ。

 

「……はっ、そうじゃないだろう? なぁ、矢矧……!」

 

 その呟きと同時に、磯風の脳内に犬見ではない、新たな声が響く。

 

――そうね、常に攻勢に徹し、優勢だった相手が、ここに来て回る意味のない防御に回った。悪手中の悪手ね。ここで流れを変えるわよ。真っすぐ突撃、あなたなら行けるわ。

 

「――了解、艦隊旗艦!」

「提督! 磯風が向かって来とる!」

『チッ、うろたえるな。まだ優位はこちらにある。撃ち返せ、相打ちでもダメージを負っている分向こうが不利だ』

 

――と、思うでしょう?

 

「ぐっ、きゃああ!?」

 

 磯風のこの時の動きは最早艦としての動きではなかった。文字通り水上スケート。真横に滑るように移動しては急転換して再び反対方向に滑る。そうやってジグザグに距離を詰めてきては、その中で敵に砲撃も行う。

 まるで艤装が体の一部かのような、明らかに相手の浦風とは天と地程にその動きに差が出ていた。

 それは、彼女の天性の艤装操縦センス、そして、彼女が犬見の命令で日々こなした数多の艦隊戦から得た経験値、その二つから成るもの。

より命令通りに、指示通りに動くために自然と鍛えられた艤装操縦は、彼女のセンスも相まって一線級の練度を当に超えている。

 磯風が犬見から得た唯一の恩恵だった。

 

――まぁ、体力がもやしだから、短期決戦以外じゃまるで使い物にならないけどね。

 

「おい、一言余計だぞ」

「ぐ、那珂のダンス戦法とも違う……いや、それ以上に、出鱈目で、まるで目が追いつかん……!?」

 

 そして、その結果。真正面からの撃ち合いでは浦風の砲撃はことごとく避けられ、一方で磯風の砲撃はことごとく命中する。

 練度は高い。経験値もそれなりに積んでいる。しかし、浦風の動きは未だ船の動きだった。磯風から見れば動きは予測し易く、随分と悠長に見えていた。

 

『あんな、旧型の艤装でよくもあれだけ動くものだ。しかし、明らかに動きが違いすぎる……今まではわざとこちらの術中にはまったかのように見せかけていたということか……!』

 

――戦術の基本ね。あとは上手いこと向こうが乗ってきて一騎討ちにさえもちこめれば、そこから先は戦術の届かない領域、実力だけが全ての世界。それなら、うちの磯風は絶対に負けないわよ。

 

「ここで一気に決めるッ!」

「くっ、指示を! 提督! 命令を! このままじゃ……押し切られる!」

『……無理だ。私の指示を聞いてから行動して間に合う程緩い状況ではないだろう。戦略とは群と大局のためにあるもの、一騎討ちだけは、個の局面にだけは、干渉できない……!』

 

――そう、だからこそ、隙が欲しかった。正直犬見提督と真正面から戦術勝負始めるのは私も避けたかったからね。

 

 磯風の体力はお世辞にもある方ではない。かといって犬見も易々と戦術勝負で隙を見せてくれる相手ではない。最初から本気で戦えば長期戦は必至、その上で負けていた可能性が高い。

 だからこそ、短期決戦にできるような状況にすることが勝利への道だった。

 全てはそのための布石。

 徐々に艤装の損傷が大きくなっていく浦風を見て犬見は大きく苛立たし気にため息を洩らした。

 

『……珍しく、私としたことが、慢心、していたようだ。まさか、貴様ら道具に『僕』が一杯食わされるとはな……ッ!』

「――大破だ。もうこれ以上の戦闘はできないだろう」

「くそ、くそ、くそ、くそ! ウチが! こんな裏切り者に!? 提督! 指示を! こいつをねじ伏せる戦術を! くそ! 磯風ぇえええええええ!」

 

 激昂する浦風にはもう戦える武器も、艤装もない。今はただ、海に浮かぶことだけを許されているだけのか弱い少女だ。ただ、敗北の屈辱を味わいながら磯風への憎悪と憤怒を叫び散らすことだけを許された状態。

 これ以上ない、完璧な敗北だった。

 

「……はぁ、ごほっ! くっ、こっちも、もう限界だったな。本当、疲れた、吐きそうだ」

 

 咳き込んで胸を押さえながらも磯風は笑っていた。

 そして、はるか遠くの七丈島へ向かって、拳を向けた。

 

「勝ったぞ、矢矧……!」

 

 

「おやおや、伊勢と那珂からの通信も途絶え、たった今浦風も戦闘不能。まさか、残っているのは私だけか?」

 

 激昂する浦風を見ながら、何故か楽しそうにそう呟く日向の目の前で瑞雲二機を斬り落とした天龍が目を光らせていた。

 

「ちょいと手こずったがよ。もう、見切ったぜ。次はねぇ。次はお前を叩っ斬る」

「……ふ、見事なものだ」

 

 追い詰められたかに見える日向の表情から依然笑みは消えない。

 

「提督、どうする気だ? いよいよ追い詰められてきたが?」

『…………浦風』

「なんですか……?」

 

 神妙な声でボロボロのままそれでも怒りと憎悪で戦意を燃え立たせる浦風に提督は尋ねた。

 

『お前は、今、戦うために何を捨てられる?』

「私は、ずっと目の前の磯風を、浜風と谷風の敵を討つためにッ! そのために生きてきたんじゃ! 今、戦えるなら、今、あいつを倒せるなら、もう、ウチには何も要らんよ……全部、捨てちゃる」

「…………」

 

 浦風の言葉に磯風の表情が苦悶に包まれる。

 天龍も苦い顔でその様子を横目で見ている。

 

『そうか、それだけの怒りと憎しみ、そして覚悟があるのなら……あるいは耐えうる、か』

「提督?」

『日向、お前と浦風に使うぞ。適合しているのはお前だけ、浦風は正直賭けだ。フォローと後処理は任せるぞ』

「ふ……まぁ、そうなるな」

 

 意味深な会話のやり取りを行う提督と日向に天龍と磯風は警戒を示す。

 

『――Injection』

「ぐっ……!」

「が……あ……っ!?」

「何だ!?」

「浦風!? どうしたんだ!?」

 

 何か攻撃がくると身構えていた二人は提督の発した言葉と同時に苦しそうに声をあげる日向と浦風に狼狽する。

 磯風が、浦風に近づこうとしたその時、天龍は確かに感じ取った。彼女達の雰囲気が一変し、その直後、強烈な殺気を放ったことを。

 

「磯風! そいつから離れろ!」

「――ッ!」

 

 間髪入れず、天龍の声に反応し、浦風と距離を取る。

 その直後。磯風が寸前にいた海面が無数の爆発と水柱に包まれた。

 おそらくは魚雷。しかし、その数が多すぎるうえに、大破状態の浦風は魚雷発射管が破損して動かない筈である。

 さらに、続けざまに異常は発生する。

 今度は日向の方であった。

 

「さぁ、悪いな、『暴れ天龍』。少し事情が変わった。私一人であと4,5人か片づけなければならないんだ」

「……なんだ、何をしたんだ!?」

「伏しテもらおウ」

 

 その日向の右目は赤黒く染め上がり、血管がまるで赤いタトゥーのようになって浮き上がっていた。

 同時に彼女の航空甲板から大量の瑞雲が放たれる。

 その数、なんと十機。

 

「おいおい、そのマニュアル操縦は無茶だろ、脳がパンクして死ぬぞ!」

「まァ、そうなルな。普通ならバな!」

「なっ!?」

 

 十機の瑞雲はまるで鳥のように自在に夜空を駆け回り、しかし天龍に的確に爆撃を行ってくる。

 それは、先ほどの二機の瑞雲の操縦以上に精度が上がっているように見えた。

 

「うおおおおお!?」

 

 瑞雲十機からの絶え間ない航空爆撃の嵐に天龍は身動きが取れない。

 そして、当然のようにその間隙を突いて、刀を構えた日向が、天龍の背後に回ってくる。

 

「斬り、伏せルッ!」

「ぐっ!」

 

 その場で回転しながら刀を抜き、日向の斬撃を受けるものの、先刻とは桁外れのパワーに1秒と持たず、天龍は弾き飛ばされる。

 数発、瑞雲の爆撃を被弾しつつも、急所を避けて素早く立ち直った天龍に最早さっきまでの余裕はなかった。

 

「やハり、一筋縄でハいかナイな」

「おいおい、突然のパワーアップとかどんな手品だよ、笑えねぇぜ」

 

 一方、磯風も天龍同様、窮地に立たされつつあった。

 

「くそ! なんだ、この砲撃の威力は! いや、そもそも艤装は破壊しつくしたはずだ! 何故そもそも砲撃がまだできる!?」

「磯風ェ……浜風と谷風のカタキ……殺ス……沈メる……沈メェ!」

「なんだ……あの艤装は……!」

 

 磯風が浦風の身体を傷つけないよう気を遣いながら破壊した艤装。その破損部位から植物のように赤黒い結晶のような物体が生えてきていた。

 さらに、その結晶は破損部位を包み込むと、自壊し、そしてその内からは漆黒のボディに血管のような赤い線が描かれた『艤装』らしきものが姿を現すのだ。

 

「間違いない……艤装が、確かに『再生』している……!? しかも、フォルムは禍々しいが、明らかにパワーが桁外れに上がっている! なんだこれは……これじゃ、まるで……」

 

 まるで、深海棲艦じゃないか。

 その先の言葉を恐ろしくて天龍も磯風も口にすることはできなかった。

 

「マぁ、ソうなルな」

「磯風ハ……ウチが沈めル……!」

『あまり、このやり方は好かないのだがな。だが、それだけ私が追い詰められた証拠だ。お前達は誇っていい、よくぞここまで健闘したものだ、七丈島艦隊。しかし、これで本当に終わりだ』

 

 犬見の冷たく、無機質な、あまりに暗い勝利宣言が、海に響き渡った。

 

 

 




VS犬見艦隊もクライマックス。
次回か、次々回には磯風編エピローグが見えそうな感じです。


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