七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
提督達の学生時代




第六十五話「ちょっと男に会いに行ってくるだけよ」

 

「瑞鳳! 瑞鳳はどこに行ったんですか!?」

 

 2月14日。その日、矢矧は珍しく声を荒げて鎮守府中を大声で叫び散らしながら廊下を歩いていた。

 その喧騒に何事かと食堂にいた私、大和は扉を開けて談笑していた天龍とプリンツと一緒に顔を覗かせる。

 

「矢矧? どうしたんですか、そんなに怒って?」

「瑞鳳にちょっと問い質したいことがあるのよ!」

「まぁまぁ、ほら、茶でも飲んで落ち着けよ」

「え? あ、まぁ、そうね」

 

 天龍が自然に食堂に矢矧を引き込んで椅子に座らせ、目の前に茶を置いてやると、彼女は勧められるままに茶を啜って一息つく。

 

「って、そうじゃない! 私は瑞鳳を――――」

「あ、矢矧そういえばもう提督にバレンタインチョコ渡したの?」

「え? あ、それはその……」

 

 唐突なプリンツの質問が不意打ちだったのか、矢矧は焦ったように目を逸らして言葉を濁す。

 

「おう、そうだ。俺もそれ聞きたかったんだよ」

「昨日は人一倍チョコ作り頑張ってましたもんねぇ。提督もさぞ喜んでくれたんでしょう?」

「……うん、すごく、喜んでくれたわ」

 

 頬を上気させて、そっぽを向いて恥ずかしそうに小声でつぶやくも、その時のことを思い出したのか嬉しそうな表情を隠しきれていない矢矧に私達は思わず立ち上がって拍手を送っていた。

 

「ごちそうさまです」

「矢矧が幸せそうで俺たちも嬉しいぜ」

「やったぜ」

「ああ、うるさい!」

 

 机を叩きながら顔を真っ赤にして怒声をあげる矢矧は既に私達の玩具である。

 

「いやぁ、最近の矢矧はやけに乙女チックですねぇ、天龍?」

「いや、全く。あの厳しい監察艦の顔はどこへやら」

「誰が乙女チックよ!?」

「矢矧は、最近乙女プラグインするフレンズなんだね?」

「すごーい!」

「たーのしー!」

「ああ! もう! こいつら!」

 

 一通り矢矧をいじり倒して大分満足した私達は、涙目の矢矧をなだめながらようやく本題に入ることにした。

 

「――これよ!」

「……これは?」

「領収書よ。全部瑞鳳が切ったやつ」

 

 束になった領収書を机に叩きつける矢矧の目は据わっていてそれだけで怒りの度合いがひしひしと伝わってくる。

 おそるおそる見れば、それらは花屋、雑貨店、本屋など様々な店の領収書でその金額は一枚一枚大したことはなさそうだが、合計すると十数万にも及んでいる。

 

「ご丁寧に隠蔽工作までしてくれたおかげで今朝になってやっと気が付いたわ。瑞鳳、あの子一人でどんだけ経費使い込んでんのよ! 道理で今月の鎮守府運営がやたら厳しいと思ったわ!」

 

 矢矧は領収書を見つめると頭を抱えて苦しそうに唸り声をあげる。

 こんな日まで心の休まらぬ矢矧に憐憫の情しか湧かない。

 

「で、瑞鳳を探してるんだけれど!? どこ!?」

「お? そういや瑞鳳も磯風も今朝からいねぇな」

「ああ、磯風なら店長のとこにアルバイト行きました」

「で、瑞鳳は?」

「し、知りません、ごめんなさい」

 

 さきほど散々からかったのもあって今の矢矧は最高に機嫌が悪そうである。

 

「瑞鳳となら今朝あったよ?」

「本当!? あいつどこか行くとか言ってなかった!?」

「そう、あれは確か、お姉さまの部屋の鍵をピッキングしていた時――――」

「ん?」

 

『――うーん、南京錠とは違ってやっぱり部屋の鍵は難しいなぁ……』

『あら、プリンツ、おはよう。早いのね』

『おはよう! 瑞鳳も朝早いんだね! それにその恰好、お出かけ?』

『ええ、ちょっとね。夕御飯までには帰るわ、あ、私宛に届いたチョコはできれば冷蔵しておいて欲しいわ』

『うん、了解! 何? もしかして今日もデート?』

『ちょっと男に会いに行ってくるだけよ』

 

「――って言って出て行ったよ!」

「これって……瑞鳳は今日のデートのために経費を?」

「彼氏へのプレゼント探し、か? あいつがそこまでするだけの男がいるとは……気になるな」

「ああ、そういえば昨日も瑞鳳はチョコ熱心にたくさん作ってましたもんね……彼氏に渡すために試作を重ねてたんでしょうか」

「これは、是非彼氏のご尊顔をみてみないとだね!」

 

 こうして私達は瑞鳳捜索に乗り出したのだった。決してバレンタインに一緒に過ごすような異性がいなくて暇だからとかでは決してない。

 そういう相手は確かにいないが、決してそんなんじゃない。

 

 

 その頃、ビッグスプーン。

 

「はい、お父さん! バレンタインのチョコ! 磯風ちゃんと一緒に作ったの!」

「店長、私からも日頃の感謝をこめて、な」

 

 あらかた客がはけて一息ついた頃を見計らって美海と磯風の手から店長にラッピングされたチョコレートが手渡された。

 店長はそれを受け取るとみるみるうちに涙ぐみ、二人の身体を抱き寄せる。

 

「ありがとうねっ! 美海、磯風! あんた達は私の宝よっ!」

「大和さんにも味見してもらったから美味しくできたと思うよ!」

「ええ、大事に食べさせてもらうわね!」

「ふ、私のチョコも、味は保証するぞ」

「ええ、大事に飾っておくわね!」

「おいおい、店長。チョコは飾るものじゃないぞ? はっはっは」

 

 その後もしつこくチョコを食べるよう要求する磯風に対し、店長はかたくなに包装すら解こうともせず、やがてチョコは神棚に上げられたという。

 

 

「――で、外出したはいいものの」

「手がかりがなぁ」

「ないのよねぇ」

 

 とりあえず町まで出て来てみた私達だが、瑞鳳の行く先にまるで見当がつかない。

 しかし、瑞鳳は普段から男遊びにかまけているだけあってこの島では有名人だ。きっと道行く男達に声をかければ何か手がかりが見つかるに違いない。

 そう思ったのだが。

 

「あの、すみません――――」

「――え!? 大和さん、ですよね!? も、もももしかして、この俺に、チョコを?」

「あ、いえ、違います」

「あ……はい……そうですよね、こんな俺なんか……どうせ今年も誰からもチョコなんて」

「あの、強く生きてください」

 

 今日は島中がバレンタインという空気に包まれ、道行く男達からの熱い視線を感じる。

 話しかければいらぬ勘違いをされ、こちらはよくわからない罪悪感に苛まれ続ける。

 正直、聞き込みにならない。

 

「なんかやけに人通りが多いと思ったら、こいつら……」

「誰かにチョコをもらえるんじゃないかと期待して意味もなく外をぶらついてるみたいね。まぁ、島の小さなコミュニティだし、ワンチャンあるんでしょうけれど」

「悲しいですね」

「あなた達は女の子からチョコをもらうのが苦手なフレンズなんだね! へーきへーき! フレンズによって得意なことは違うんだから!」

「すごーい……」

「たーのしー……」

「プリンツ、やめなさい」

 

 プリンツに笑顔で毒づかれて男達は今にも身投げでもしそうな表情になっている。

 そんな感じでこの辺りの人には一応瑞鳳の行方について聞いてみたが、結局有力な情報は手に入らなかった。

 

「――あの、瑞鳳さんをお探しなんですか? 私心当たりがありますよ?」

 

 不意に後ろから声をかけられ、振り向くと、そこには割烹着を着た、見た目20代後半くらいで黒髪を赤いリボンで結び、ポニーテールにしているのが特徴的な女性が頬に手を当ててこちらに笑いかけている。

 

「う、あなたは……」

「ん? 矢矧、知り合いですか?」

「よくウチのお店に飲みにいらっしゃるんですよ、矢矧さん」

 

 どうやら、矢矧の行きつけの居酒屋の女将さんらしい。

 というか、矢矧が居酒屋に頻繁に出入りしているという事実に驚きだ。私と同じことを天龍も思ったらしく、その口元には意地悪い笑みが浮かんでいた。

 

「おいおい、俺達の模範ともあろう監察艦様が隠れて酒煽ってるとはなぁ」

「ぐっ……私だって色々溜まってるものがあるのよ!」

「まぁまぁ、いいじゃないですか、お酒くらい。矢矧は私達のために日々頑張ってくれてるんですから」

「そうですよ!」

 

 意外にも私のフォローに女将さんも加勢してくれた。

 

「酔った時の矢矧さんは本当に面白いんですから、店に来てくれなくなるようなこと言うのはやめてください!」

「あなたはちょっと、黙っててもらえる?」

「ほう、面白いのか?」

 

 いさめるどころか俄然、天龍を面白がらせてしまった。

 

「とにかく今はこんな話より瑞鳳でしょ!」

「特に最近は提督さんへの愚痴が多いかもです!」

「黙ってろって言ったわよね!?」

 

 この人わざとやっているんじゃないかと私の直感が告げている。

 

「ほう、やはり中々進展しない関係にストレスが――――」

「そうよ! 不安よ! 悪いか!?」

「すまん」

 

 ついに矢矧が爆発した。

 

 

 その頃、佐世保鎮守府。

 

「お艦ー! 皆ぁああああ! おらにチョコを分けてくれええええ! 愛情の籠った手作りチョコを、分けてくれええええええ!」

「ありませんよ」

「ははっ、ナイスジョーク!」

 

 お気に入りの通称人をダメにするソファー、ヨギボーに全身を預けつつ叫んだ海老名の懇願の声は机で書類仕事に勤しむ鳳翔によって一刀両断された。

 しかし、それでも海老名は諦めない。

 

「なんでさなんでさ! 私大将だよー! それ以前に提督だよー! 皆の日頃の感謝の気持ちをチョコレートという具体的な形にして届けて欲しいよー!」

「そんなこと言ってるうちは誰からもチョコなんてもらえません」

「え? マジで? マジでないの? マジで誰も用意してないの?」

「そもそもそんな暇ありませんよ」

 

 ここ最近は出撃が詰まっていましたから、皆くたくたです。そう鳳翔は付け加えた。

 その言葉に起き上がった海老名は手で顔を覆い、再びヨギボーに全身を預けた。

 

「そ、そうか……そっかー、皆出撃で疲れてるもんね。そ、それならしょうがないなー。うんうん、チョコを作りたくても疲れて作れないなら、仕方ないよねー。はは、ははは」

 

 この世の終わりのような顔をして力なく笑う海老名に鳳翔は囁く。

 

「まぁ、でも、提督が少しお仕事頑張っていい所を見せてくれたら、皆ももしかしたら提督に感謝の気持ちとしてチョコを作ってくれるかもしれませんよ?」

「……言ったな?」

 

 元気よくヨギボーから起き上がると海老名は執務机に座り、山のように積まれた書類を次々と片づけていく。

 それに鳳翔はため息をつきながら微笑を見せると、執務室から出ていく。

 

「それじゃあ、私は少し外しますけれど、しっかり仕事してくださいね?」

「おう! 任しときんしゃい! この書類の山、1時間で片してやんよ!」

「期待してますね」

 

 そう言って執務室の扉を開けると、そこには伊58を先頭に鎮守府の全艦娘が待機していた。

 

「鳳翔さん、こっちは提督へのチョコの用意できたでちよ?」

「ええ、それじゃ、あの人が仕事をやり終えたら皆でチョコ渡しましょうか」

「まさか、チョコなんかのためにあの人が仕事するなんてびっくりでち」

「ふふ、あの子はいつまでたっても子供だもの。それじゃ、提督がしっかり仕事をやり終わるまで皆でこっそり見守っていましょうか」

 

 そう言って見透かしたような笑みを浮かべる鳳翔を見て、お母さんかよ、と伊58は苦笑いを浮かべた。

 

 

「で、瑞鳳は本当にここに行ったの、よね?」

「ええ、女将さんはそう言ってました。ですが、これは……」

「孤児院、か」

 

 七丈島には戦争で親を亡くした子供たちを引き取る孤児院が一つある。

 国からの給付と島の人たちからの援助で成り立つその施設には今は小学校低学年から中学生くらいまでの男女十数人がいたはずだ。

 孤児院の庭からはいつも子供たちが遊んでいる声が聞こえてくるのだが、今日はそれに交じって聞き覚えのある声が聞こえて来た。

 

「……瑞鳳?」

 

 私達が孤児院の門をくぐると、庭でたくさんの本と筆記用具、画材などの荷物が詰まった段ボール箱を開けて中身を子供たち一人一人に手渡しする瑞鳳の姿があった。

 

「ほら、あんたはこの本でも読んでもう少し国語を勉強なさい。文字がわかれば世界は変わるわ」

「うわー、むずかしそーな本がいっぱい。でもありがとー!」

「はい、あなたにはこれね、絵の具と筆、あとキャンパス。絵、得意だったでしょう? その長所、絶対伸ばすべきよ」

「う、うん、ありがとう、瑞鳳おねーちゃん」

 

 それは、一人一人、何が得意で何が苦手で、何が必要なのか、瑞鳳が真摯に考えた痕跡が伺える贈り物だった。

 

「いやぁ、瑞鳳さんにはいつも助かってますよ」

 

 唖然として瑞鳳を見つめる私達の後ろから初老の男性が声をかけてきた。

 確か、孤児院の院長だったか。

 

「彼女が来てくれるようになってから子供たちも楽しそうだ。それに今日は花束にあんなプレゼントまで」

 

 領収書の記憶がよみがえる。

 花屋、本屋、雑貨店。つまりはそういうことだ。瑞鳳は、彼らへのプレゼントのためにこっそり経費を使い込んでいたのだ。

 そして、おそらくは昨日一心不乱に作っていたあの大量のチョコも――――

 

「ほら、皆にもう一つ、この私手作りのバレンタインデーチョコレートよ! 男子は特に感謝して受け取りなさい!」

「やったー!」

「瑞鳳ねーちゃん、さいこー!」

「いいわ、もっと私を讃えなさい! もっと!」

 

 子供たちの輪の中で両手を広げる瑞鳳はその年齢の割に未発達な幼児体型も相まって実にほほえましい。

 しかし、しばらくすると、辺りを見回して、どこかへと走っていく。

 その先には、一人子供達の輪から外れるように木陰で車椅子に座って様子を眺めている少年の姿があった。

 少年は孤児院の子供たちの中では年長のようで中学生くらいに見える。彼は距離を置いて、はしゃぐ子供達を見つめて微笑んでいた。

 

「あんたは相変わらず、ぼっちなのね」

「……瑞鳳さん」

「ほら、皆に混ざってくれば?」

「僕なんかと一緒にいてもあの子達は楽しくないよ。僕は足が動かないから追いかけっこもできないし、遊びに連れて行ってもやれない。僕の分まで瑞鳳さんが皆と遊んであげてよ」

 

 少年の言葉に瑞鳳は頭に手刀を落とした。

 

「いたい……」

「馬鹿ね、私だって暇じゃないの! いつまでもあんた達の面倒なんて見てられないわよ! 院長先生だってもう結構年いってるんだし。あの子達を支えてあげるべきはあんたでしょ?」

「僕には、自信がないよ……どんくさいし、根暗だし、いい所なんて一つもないもの」

「何言ってんのよ、そんなの関係ないでしょ。あんた達は家族なんだから」

「……家族」

 

 瑞鳳の言葉に少年は顔を上げた。

 

「どんくさくても根暗でもいいわよ。ただ、傍にいてあげなさい。こんな離れたとこにいないでね!」

「うわ!?」

 

 その言葉と同時に瑞鳳が彼の車椅子を押して強引に子供達の目の前まで少年を連れていく。

 一瞬、呆然とした表情を見せるも、子供達はすぐに少年の元へ集まって来た。

 

「遊んでー!」

「この漢字よめねーよ! 教えて兄ちゃん!」

「……皆」

 

 子供達の屈託のない笑顔に、少年は安心したように笑顔を見せた。同時に、再び少年の頭に衝撃が走る。

 しかし、今度は瑞鳳の手刀ではなく、ラッピングされた長方形の箱だった。

 それを手に持って困惑した表情を見せる初年の耳元に顔を近づけて、瑞鳳は囁く。

 

「はい、皆とは違うちょっと特別なバレンタインチョコよ。これから頑張るお兄ちゃんへ、瑞鳳お姉さんからのエール」

「え、特別って、瑞鳳さん……?」

「それじゃ、今日は私そろそろ帰るわね!」

 

 そう言って子供達の頭を一人一人丁寧に撫で繰り回すと、振り向きざまに瑞鳳は少年に言った。

 

「あなた、良い所なんて一つもないとか言ってたけれど、顔立ちはなかなかのもんよ。あと十年もすれば私好みの良い男になるかもね」

「え、ええ!?」

 

『ちょっと男に会いに行ってくるだけよ』

 

 ああ、そういうことか。その様子を見て、私は瑞鳳の台詞を思い出して笑みを浮かべずにはいられなかった。 

 

 

 顔を真っ赤にした少年と、無邪気に手を振る子供達に手を振りながら門を出た所で、待ち構えていた私達を見て瑞鳳は噴き出した。

 

「な、なんであんた達が……!」

「いや、すげぇよ、流石瑞鳳さんだ。あんなん、誰だって堕ちるぜ」

「よっ! 七丈島一の男たらし!」

「ああ、あの子絶対十年後も瑞鳳の影を追ってしまうんでしょうね。可哀そうです」

「早速言いたい放題ね、あんた達!」

 

 私達に怒声をあげる瑞鳳は、一人無言で自分を見つめる矢矧に気付くと即座に体をこわばらせる。

 

「あ、そのー、経費の件に関しては後で全額返すつもりで……そのぉ……」

「もうその件はいいわ」

「え? まじ? なんかいいことでもあったの? あ、わかった今年のバレンタインチョコが提督に好評だったんでしょ?」

「しばくわよ」

「ごめんなさい」

「……はぁ、ただ、次からはちゃんと相談しなさい」

 

 呆れたようにため息をつきながら矢矧は瑞鳳の肩に手を置く。

 

「私達は、仲間でしょ?」

「――っ! はは、全く、殺し文句ね、男だったら惚れちゃってたかも」

「何馬鹿言ってるのよ」

 

 とりあえず場の雰囲気も和んだところで、私は手を叩き、皆の注目を集める。

 

「はい! それじゃ、そろそろ磯風も美海ちゃん連れて帰ってくる時間ですし、今日は皆でバレンタインパーティーですよ!」

「おっしゃー!」

「やったー!」

「あんまりハメを外さないでよね。片づけ大変になるんだから」

「まったく、ウチはいつも賑やかでいいわね、賑やかで!」

 

 こうして、今年のバレンタインも七丈島艦隊は平和に終わりを告げた。

 

 

 一方、横須賀鎮守府では。

 

「ほう、チョコじゃと?」

「ええ、今日はバレンタインデーなので、日頃お世話になっている提督に、私から愛の詰まった手作りチョコです」

(うわ! 神通さんも提督にチョコあげるんだ! 意外!)

 

 そう言って張り付けたような笑顔の神通は巨大なハート型のチョコレートを提督、すなわち元帥に渡した。

 そして、その様子を陰から見ていた夕張は内心で驚嘆の声を上げた。

 

(でも、バレンタインにチョコ渡してるとは思えない重圧感漂わせてるのなんなの? あの二人は私を怖がらせないと満足できないの?)

 

 元帥はケーキ1ホール程の大きさもあるそれを片手で持ち上げると、猟奇的な笑みを浮かべ、そのチョコを勢いよく拳ではさみ、叩き潰した。

 

(手作りチョコを躊躇なく笑顔で砕いたあああああ!)

「ふん、神通よ。お前の故郷ではチョコレートにはナイフを隠し味に入れるのか?」

(は!?)

 

 砕けたチョコの中から、ゴトンと鈍い音を立てて畳の上に落ちたのはどう見てもサバイバルナイフである。

 

「あらあら、あっさりばれちゃいましたか」

「まったく、構って欲しいならそう言えばよかろう。ほれ、昔のようにそのナイフで儂に襲い掛かってきたらどうじゃ? 久しぶりに相手をしてやろう」

 

 ナイフを拾い上げて神通の脳天めがけて投げ返す元帥。そしてそれをなんなく指で挟み取る神通。

 夕張が息をするのも辛くなるほどの重圧にさらに重みが増したのがわかる。

 

「言質、いただきましたよ?」

 

 神通はナイフに頬ずりして一瞬恍惚とした表情を浮かべると、すぐにまた張り付けたような笑顔に戻ると、立ち上がって元帥の執務室から出ていく。

 

「愛していますよ、提督」

「ふん、心にもないことを言いおって。その眼から儂の首を獲らんとする殺気がただもれておるわ。ククク、まぁ、悪くないがな」

「あらあら、ふふふ」

「クックック」

 

 お互いに笑いながら殺気をぶつけ合うその惨状に、夕張は、体が震えすぎて生まれたての小鹿のようになっていた。

 

(もうやだ、こんなの私の知ってるバレンタインじゃない……)

 

 折角勇気を振り絞って作った夕張のチョコレートは間もなくお蔵入りとなり、元帥と神通の『じゃれ合い』で執務室とその周辺区画が吹き飛んだのはそれから15分後のことであった。

 

 




ハッピーバレンタイン!(吐血)

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