七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
皆のために皆が傷つきました。主に料理で。




第七話「では、倉庫整理を始めましょうか」

 

 

「では、昨日の騒ぎの罰として、あなた達には倉庫整理を命じます」

「えー、そりゃないぜ、提督」

 

 私、大和がここ、七丈島鎮守府に着任してから一日が過ぎ去りました。

 思えば長い一日でした。夕食辺りから記憶が覚束ないのですが、とにかく長い一日だったような気がします。

 そして、今朝方、執務室にて私と矢矧、天龍の三人は昨日の不審者騒動に関して提督からお叱りを受けています。

 

「提督、今回の件は私と大和は被害者側です。天龍のみの懲罰で良いと思いますが」

「いや、まあ、そうですけど――――」

「そもそも、倉庫整理というのも、今日提督がなさる予定の仕事じゃないですか。体よく私達にご自分の仕事を押し付けるつもりですか?」

「いや、それは、その……」

「しかも、昨日中に目を通して承認印を頂きたかった書類、まだ片付いてないですよね? 提督は昨日一日中、一体その机に座って何をなさっていたのでしょうか?」

「いや、私は――――」

「言い訳しない!」

「はい、申し訳ありません!」

 

 あれ、叱られてたのどっちでしたっけ。

 

「まぁ、それはそれとして。この件は、天龍は鎮守府内の器物破損、その被害をいち早く食い止められなかった矢矧の監督不行き、あと、大和が隠し持っていたレプリカの九一式徹甲弾という危険物持ち込み。この三つの規律違反をまとめて懲罰するものなので、全員倉庫整理は絶対です」

「う……」

「は、はい……」

 

 私と矢矧は二人揃って提督の台詞に顔を引きつらせる。

 確かに、監察艦という役割である矢矧は天龍の起こした騒動を取り締まる責任がある筈だし、そもそも天龍をそうさせるようにしてしまったこと自体が既に監視不足と言える。

 また、私もレプリカとはいえ、鉄球という危険物を隠し持っていたことは罪人という立場をふまえれば、明らかに規律違反であり、本来ならば営倉に送られてもおかしくはない。

 

「まぁ、私も一緒にやりますから」

「ちっ、しゃーねぇな! まぁ、いっちょやってやるか!」

「わかりました」

 

 天龍と矢矧も反論の余地はなさそうだ。

 こうして、私達は提督に連れられて、第一倉庫と書かれた部屋の前に来た。

 

「この鎮守府には全部で四つの倉庫があります。それぞれ、用途によって分けられ、置かれているものが異なります。この第一倉庫は四つの倉庫の中では一番大きい倉庫で、主に生活用品が置いてあります。まずは皆でここを片付けましょう」

 

 着任したばかりの私のためか、それとも他の誰かのためか、説明口調でそう言いながら、提督はたくさんの鍵のついた鍵束をジャラジャラいわせながら、一つの鍵を鍵穴にさす。

 それを反時計回りに九十度回してやると、カチリと、響きの良い開錠音をたて、扉が開かれた。

 

「暗いし、寒いですね」

「湿気や熱に弱いものもあるからね。食料品が保管されている第二倉庫はもっと寒いわ」

 

 部屋に入り、外との気温や湿度の差に驚く私に矢矧がそう付け加えた。

 

「電気は、と……」

 

 提督が暗闇の中で手を動かした後思うと、スイッチを押した音の後に、真っ暗だった倉庫に電気がつく。

 見渡すと、改めてその広さに私は絶句し、これから行う整理作業に気が遠くなった。

 

「じゃあ、私が備品リストに書いてある物品と置かれている場所を言いますから、皆はそこにいくつ物品が残っているか答えてください」

「了解だぜ」

「わかりました」

「はい!」

「では、倉庫整理を始めましょうか」

 

 その後、明らかに百ページ以上はあるリストを次々と読み上げていく提督。

 私達は広い倉庫内を右往左往しながら、なんとか数時間かけ、第一倉庫の確認を終えた。

 書こうと思えばこんな数行の短い文章で済んでしまいますが、実際の労働量はこんな陳腐な文では表せない程に壮絶なものでした。

 具体的には最初の方は体力に余裕があり、かつ、初めて来る倉庫の目新しさにさしたる苦痛は感じないものの。半分を過ぎる頃にはもう体力的にも疲れが出始め、正直倉庫の風景もいたく退屈な風景に見えてしまう。実際、箱の上に箱が積まれただけの無機質な空間に面白味など欠片もないのだから、こうなるのは当然のことです。

 この辺りから天龍などは作業が適当になり始めます。当然の如く申告不備が増え、結果的に私と矢矧の仕事が増えます。

 矢矧はその度に天龍を叱りつけ、時にはスタンリングなど行使するのですが、その怒りで余計な体力を使うのがまたいけませんでした。

 矢矧は天龍に余計な体力を使い、後半はくたくたに、天龍は元々疲れていた所に矢矧の罵声かつスタンリングの電撃。二人とも体力的にも精神的にも限界近くを迎えていました。

 そして、その二人分の穴を埋めるのは私、という訳です。

 いかに懲罰目的といえど、あまりにも酷過ぎる風景がそこには広がっていました。

 

「――よし、これで第一倉庫はおしまいですね」

「つ、疲れたぜ」

「まだこんなのが三つもあるんですか……」

「いや、ここまでの広さを誇るのはここだけよ。後はこれの半分位の広さの筈、だから」

「半分でも十分広いけどな……」

 

 既に満身創痍、疲れ切った私達の前に、提督は分厚いリストをめくりながら笑顔で戻って来ました。

 全員がイラッとしたのは言うまでもありません。

 

「では、次からは分担して行いましょう。第二倉庫は矢矧、第四倉庫は天龍、第三倉庫は私と大和でそれぞれ倉庫整理をしましょう。これ、それぞれのリストと倉庫の鍵です」

「おい、これ何ページあるんだよ……殺す気かよ」

「気が滅入るわ。というか私自身が滅されそう」

 

 嫌そうな表情を臆面もなく顔に出しながら、それでも渋々物品リストを受け取り、天龍と矢矧はそれぞれの倉庫へと歩いて行った。

 何故私は戦地に赴く戦士達を見送るような目で彼女達を見なければならないのでしょうか。

 

「それでは、行きましょうか」

「は、はい!」

 

 残された私と提督も倉庫の戸締りをして第三倉庫に向かう。

 

「あの、第三倉庫は何があるんですか?」

「第三倉庫は、娯楽用品、ですね」

「娯楽用品……そんなものがあるんですか」

「ええ、だって退屈でしょう? この鎮守府何もないですし」

 

 それはそうですけど、私達は犯罪者ですよね。

 私は複雑な心境で、提督の言葉を聞いていた。

 

「――さて、ここが倉庫です」

 

 第三倉庫と書かれた部屋の大きな扉を開け、電気を付けると、そこには様々な種類のボードゲームや楽器、スポーツ用品までが余す所なく敷き詰められていた。

 

「基本的にはこの部屋の物品は艦娘や私から希望がない限り増えないのであまり倉庫整理の意味ないんですよね」

「随分と色んなものがあるんですね……」

「大半は私が発注したものです。あんまり使われていないようで悲しいですが」

 

 埃を被ったピアノや、テニスラケットを撫でながら提督は悲しそうに呟いた。

 彼はその無駄な発注のせいで自分の、しいては私達の仕事が増えていることに気が付いているのでしょうか。

 

「ま、ささっと確認してしまいましょう。今度は私が確認するので、大和はリストを読み上げてください」

「わかりました。じゃあ、まず――――」

 

 

「やはり、どこにもいないな……」

 

 その頃、磯風は鎮守府内を歩き回って大和を探していた。無論、大和に料理を習うためである。

 昨日の今日でいささか急だとも磯風自身思ったが、彼女としては早急に料理の腕を上達させたかった。せめて食べても人が倒れないレベルに。

 早く料理を上達することが今まで知らない所で迷惑をかけてきた他の皆への何よりの謝罪と感謝になる、そう磯風は考えたのである。

 しかし、そんな磯風の決意に反し、大和の姿がまず見当たらない。朝に執務室に呼び出されていたのは知っているが、その後どこへ行ったのかがさっぱりわからない。

 では、提督なら何か知っているだろうと執務室に向かったものの、その提督すらいない。

 どこで油を売っているのだ、あの提督は、と中々上手く事の運ばぬ現状に磯風は頬を膨らませながら、ではその提督の動向は秘書艦の矢矧が知っている筈だと今度は矢矧を探すが、これもまた見つからない。

 最後にもう天龍でもいいや、と妥協に妥協を重ねて天龍を探してみるものの、やはりというか予想通りというか、やっぱり今日はこういう日なのかも知れない、不幸だわ。と言わんばかりにどこを探しても天龍もまた見つからない。

 何をやっても思うようにいかない。もう、お手上げ状態であった。

 

「と、いうかそもそも何で大和を探していたのに、最終的に天龍を探すことになっているんだ? 目的がすり替わっているじゃないか」

 

 全くもってその通りである。

 磯風がもう今日の所は諦めるしかないかもしれないと、深く溜息を洩らした時、不意にその声は聞こえた。

 

「――提督、それは――――」

「ん? 大和の声……!」

 

 まだ彼女に救いはあった。今日はなんだか不運ではあったものの、最後には目的には到達した。不幸にまでは至らなかったのである。

 何時間か鎮守府内を歩き回り、精神的にも体力的にも疲れ切っているのが臆面なく滲み出ていた磯風の表情に輝かんばかりの笑顔が戻った。

 声のする方向は少し先にある第三倉庫の中。その扉が偶然少しだけ開いていたためにそこから声が洩れており、そこを偶然通りかかった磯風がそれを聞き取ったのである。

 よくある、とでも言われそうな展開だが、それは漫画や小説の中だけの話。中々現実には起こらぬ偶然の重ね合わせ。確率的には奇跡と言ってもいいかもしれない。

 神はまだ磯風を見捨ててはいなかったのである。

 磯風は一目散に扉へと駆けて行った。

 

「――提督、何考えてるんですか……こんな所で!」

「すみません。でも、もう我慢できないんです!」

「ちょ、やめてください! こんな所、誰かに見られたら!」

「別に私は構いませんッ!」

「…………大和?」

 

 神は死んだ。

 

 

 




続く。


最近夏イベが忙しくて更新が遅くなりがちですね。
皆様は如何でしょうか。私はまだE3です、辛い。

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