七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
磯風七丈島鎮守府着任




第七十一話「ロリ巫女様……!?」

 

 私、大和は怒っている。

 

「ぜぇ、ぜぇ……くそ、なんて長い階段ですか、これは!」

 

 私は現在、この島の誇る二つの山のうちの一つ、二原山にいる。

 この七丈島は上から見れば小さい円と大きい円がくっついたひょうたんのような形になっており、小さい円の方にあるのが七丈富士、大きい円の方にあるのが二原山である。

 ひょうたんの間の窪みに当たる部分に港があり、そのままひょうたんの真ん中を辿っていくと商店街や住宅街など生活圏が広がっている。

 要は、七丈富士と二原山に挟まれた平地に島民は生活圏を築いている訳である。

 ちなみに、鎮守府は港から七丈富士の方へ行った所にあるため、二原山からかなり離れている。

 

「くそ、あの提督め!」

 

 私は能天気にへらへら笑っているあの眼鏡提督を思い出し、思わず右手に持っていた破魔矢をへし折りそうになった。

 そう、私が今、二原山のふもとから続くこの長い石階段を上っているのはこの破魔矢とあの需要のないドジっ子提督が原因なのだ。

 

 

「――大和、今暇ですか?」

「……暇じゃありません」

「お、暇そうですねぇ」

「暇じゃありません、これから皆の昼食を作るんです!」

 

 明らかに面倒ごとの気配を漂わせて食堂に入ってきた提督から逃げるように私は厨房に逃げ込もうとする。

 

「きょーのおひるはあさりのボンゴレです」

 

 しかし、そんな私の目論見を厨房からひょこっと顔をだした戦闘糧食妖精さんが遮る。

 

「せ、戦闘糧食妖精さん……!」

「おひさしぶりです。二十二話いらいのさいとーじょーです」

「メタい!」

「めでたーい」

 

 そんな戦闘糧食妖精さんの横槍のおかげで逃げ場を失った私は渋々提督の頼みを聞くしかなかったのだ。

 

「この破魔矢をですね、神社にお返ししてきて欲しいんですよ」

「破魔矢……」

 

 その年の幸運を射止める、厄を祓い、悪いものから守ってくれる、そんな縁起物が破魔矢だ。

 この鎮守府にも武運長久や安全祈願などを願って飾ってあるものだろう。

 

「通常、破魔矢は効力が一年とされ、ウチは大体年明けに破魔矢を頂いてきて翌年明けに神社にお返しするんですよ」

「まぁ私の家でも確かそうしていましたね」

 

 私の返答に頷き、少し伏し目がちになった提督は一度ため息をつくと、一際声を小さくして続きの言葉を放った。

 

「……でも、今年は忘れててまだ返しに行ってなかったんですよね」

「もう四月終わりますけど!?」

 

 破魔矢はあまり長いこと置いておくと悪い気で穢れて逆に良くないものを寄せたりする。

 

「なんで今まで気が付かなかったんですか……」

「忙しくて、つい……というか今も絶賛忙しいんですよ!」

 

 思い出したかのように大声を上げる提督と同時に鎮守府内にアナウンスが響き渡った。

 

『えー、提督、どこで油売ってるのか知らないけど、大本営からありとあらゆる書類の催促の電話が鳴りっぱなしです。さっさと帰ってこい。以上』

 

 静かに、しかし明らかに言葉の節々に怒りの炎を覗かせる矢矧の声と、ブツッと音を立ててあからさまに乱暴に切られたアナウンスは提督を震え上がらせるには十分だった。

 

「そ、そういう訳なので、これを二原山神社にお返しして、新しい破魔矢を頂いてきてください! これお焚き上げ料と初穂料です!」

 

 そう言ってお金の入った茶封筒と破魔矢を押し付けるようにして提督は慌てて食堂から走り去っていった。

 仕方ないとため息をつきつつ、私はあさりのボンゴレを頂いてから島民の方々に場所を尋ねつつ二原山神社に向かうことになったのだ。

 ちなみにあさりのボンゴレは本当に美味しかった。

 

 

「――で、色んな人に道を尋ねてやっとここまで来たのに、なんですかこの長い石階段は!」

 

 やっとのこと険しい石階段を上りきって鳥居の前まで来た私は肩で息をしながらぼやいた。

 一息ついて神社の方を見てみれば、境内に人の気配はなく、随分と寂れた小さな神社である。

 

「あれ、誰もいない……ということはないでしょうけど……あのーすみませーん!」

「――――誰?」

「うわ!?」

 

 鳥居をくぐって境内で声をあげると、賽銭箱の裏側からか細い声と共に少女の頭部の上半分が姿を現した。

 

「あの、この神社の方でしょうか?」

「…………」

「あのー、なんで頭だけ出してこちらを見てるんでしょうか……」

「…………」

「すみません、せめて賽銭箱の裏から出てきてもらえませんか?」

「私コミュ障だから無理」

「なんて堂々としたコミュ障!」

「でも人が怖いだけで決して話したくない訳じゃないの」

「面倒くさい、この子!」

 

 変な人に遭遇した。

 

「……私はこの神社を、その、守っているの」

「はぁ」

 

 成程、僅かに見える巫女服っぽい者から推測してこの神社の巫女さんと言ったところか。

 

「それ以上近づかないで!」

「はい!?」

 

 ゆっくりと賽銭箱に近づこうと歩を進める私に少女は大声をあげた。

 

「今はこの賽銭箱以外に隠れ場所がないからそれ以上近づかれると逃げ場を失って詰むの」

「詰むって何がです!?」

「こうやって何かに隠れてるうちはまだまともに会話できるの。ここから出てあなたと面と向かい合ったら私、間違いなく心臓止まるよ?」

「それコミュ障っていうレベルじゃないですよ!?」

 

 しかし、少女の声はあまりに必死だったので仕方なくこの何とも言えない距離感で会話を続けることにした。

 

「あなた、誰?」

「ああ、私は七丈島鎮守府の艦娘の大和といいます」

「艦娘……」

 

 それを聞くと今まで頭を半分だけ出していた少女は賽銭箱の裏側から立ち上がってゆっくりと出てくる。

 

「艦娘、そう、だから人と違う感じがするの。あなたなら向かい合っても平気かも」

「やっと姿を見せてくれましたか」

 

 少女は美海や磯風より少し年上くらいだろうか。ぱっちりと開いたくりくりした瞳と薄い唇が特徴的な端正な顔立ち、綺麗に切りそろえられた前髪と後ろで一括りにして結んでいるらしい腰まで届く艶やかなストレートの黒髪が巫女服も相まっていかにも巫女さんらしい清潔感のある印象を伺わせる。

 ただ、その表情は機械的というかあまり変化がなく、無表情を貫き通しており、折角の美人が台無しである。

 

「人以外だったらコミュ障は発動しないの。大和は結構マシ」

「艦娘だから、でしょうかね」

「そうかも。だからゾンビ映画とかエイリアン映画とか見てるとすごく落ち着くの。わかる?」

「わかりません」

「あ、人間やめる系も平気なの。石仮面つけてURYYYYってやってるの、見てて凄く安心する。わかる?」

「わかりませんって!」

 

 真顔の少女が声色だけ嬉しそうにやたら同調を求めてくる。なにこれ怖い。

 

「久しぶりにお話できてついテンションが上がってしまったの」

「表情から一切テンションの上昇が見て取れないんですけど」

「普段は良くてカラス、最悪賽銭箱に話しかけてるから……」

「悲しい」

 

 巫女少女のテンションが下がったのはすぐにわかった。

 

「それで、今日はなんの用なの?」

「ああ、古い破魔矢のお焚き上げと新しい破魔矢を頂こうと思って」

 

 そう言ってお焚き上げ料と初穂料が入った茶封筒と破魔矢を差し出すと、少女は走って近づいてくると、ひったくるように二つを取ってすぐ逃げるように元の位置まで離れていった。

 

「はぁ……はぁ……た、確かに、受け取ったの……」

「大変そうですね」

「この距離を維持して欲しいの」

「これ普段の参拝客にはどう対応してるんですか?」

「ウチ、あんまり人来ないから。平地にも神社はあるしね」

 

 そう言って、巫女少女は私の後ろにある険しい石階段の方に視線を向けた。成程、確かにこんな嫌がらせのような石階段があれば参拝客の足も遠のくだろう。

 

「それでもこの島で一番古い神社だからってやってきてくれる人もいるの。あなたの所の提督もそう」

「そういった方々にはどうしてたんです?」

「神主のお爺ちゃんが対応してた」

「ん? 今そのお爺様はどちらに?」

 

 私がそう尋ねると、少女はますますその無表情に暗い影を落とす。

 

「お爺ちゃんは、遠いところに行っちゃったの」

「あ、すみません、辛いことを聞いてしまいましたね……」

「お婆ちゃんと結婚五十周年記念の北海道旅行に行ったの。しばらく帰ってこないの」

「おめでとうございますッ!」

 

 私の謝罪を返して。

 

 

「じゃあ、今は一人でここに?」

「うん、でもバイト勇者くんが毎日様子見に来てお世話してくれるから平気」

「バイト勇者くんって誰ですか!?」

 

 唐突に出てきたヤバそうなパワーワードに私は戦慄した。

 

「バイト勇者くんはこの島のいたる場所でバイトをしているすーぱー高校生なの。お爺ちゃん達が留守の間ここの家政婦兼神主のバイトをしてるの」

「家政婦はともかく神主をバイトにやらせるのは駄目でしょう!?」

「でも参拝客のお相手もしてくれて助かってるの。バイト勇者くんは私と違ってコミュ力の塊だから」

 

 バイト勇者のことは気になるが、とりあえず今は早く新しい破魔矢をもらって帰りたい。

 

「あの、それで……あれ? そういえば、お名前聞いてませんでしたよね」

 

 私がそう言った瞬間、とんでもない速度で巫女少女は再び賽銭箱の裏側にダッシュで逃げて行った。

 

「なんでまた逃げるんですか!」

「じ、じじじ、自己、紹介、とかとかとか、ちょっととと、そ、そういうのは」

「非常に動揺してらっしゃる!」

 

 巫女様は舌噛むんじゃないかというレベルでどもっておられた。

 

「……名前を聞くにはまだ大和と私の関係じゃ早いと思うの」

「逆にどこまで進めば名前教えてもらえるんです!?」

「家族」

「秘匿性高っ!」

「それまではあだ名で我慢して」

「普通その順序逆じゃないですか!?」

 

 真名解放までの道のりは長い。

 

「それで、あだ名ってなんですか?」

「良くお参り来るお爺さんやお婆さん達は……若様って呼ぶよ」

「若様? 堅いですねぇ」

「バイト勇者くんはロリ巫女様って呼んでくるよ」

「ロリ巫女様……!?」

 

 二度目のパワーワード出現に動揺が隠せない。

 

「個人的にはロリ巫女様の方が好き」

「好きなんですか!? いいんですか、それで!?」

「なんか、語感が気安くていいの」

 

 ロリ巫女様の考えることはよくわからない。

 

「だから、大和もロリ巫女様って呼んでね」

「それ通用するの後一、二年が限度ですからね、ロリ巫女様」

「…………ふふふ」

 

 ロリ巫女様は心なしか嬉しそうだ。

 

 

「――はい、新しい破魔矢。飾り方は結構適当でいいけれど、濡らさないようにね、神様の気が流れ落ちちゃうの」

「わかりました。適当でいいんですか……」

「強いて言えば矢先が太陽を向かないようにするくらい。後は、あまり決まりはないの」

「わかりました、ではありがたく戴きますね」

 

 こういう説明を受けるとロリ巫女様が本当に神社関係の人間なのだと改めて実感する。

 破魔矢を受け取ると、私は鳥居を抜けて石階段を降りようとする。

 

「大和」

 

 そこでロリ巫女様が声をかけてきた。

 

「今日は楽しかったの。偶にでいいからまたお話しに来てね」

「……はい、勿論です! ここで会えたのも何かの縁でしょうしね!」

 

 私は笑ってそう答えた。

 ロリ巫女様も、その返答にこころなしか僅かに笑みを浮かべた気がした。

 そして、再び長い石階段を下りて鎮守府につく頃にはもう夕方になっていた。

 

「おかしいですね、あまり長居したつもりはなかったんですけれど」

「あ、お帰りなさい、大和。破魔矢はもらえましたか?」

「はい、これでいいんですよね?」

「お、ありがとうございます! 今日はお疲れさまでした、本当に助かりましたよ!」

 

 破魔矢を持って提督が嬉しそうな声をあげる。その能天気な表情を見ていると一つは文句も言いたくなり、自然と私の口が開く。

 

「全くもう、聞いてませんよ、あんなに石階段が険しい山中の神社だなんて!」

「あはは、すみません。流石の大和といえど疲れましたか?」

「もう足が棒のようです」

「夕食前にお風呂にでも入ってきたらどうですか? 瑞鳳が新しい入浴剤を買い込んできましたよ」

「お、本当ですか! じゃあ、先にお風呂入ってきましょうかね!」

「あ、神主のお爺さんはお元気でしたか?」

 

 入渠ルームに向かおうとする私の足をその提督の質問が止めた。

 

「いえ、お爺さんはお婆さんと結婚五十周年記念の旅行とかで北海道に行ってるらしいですよ?」

「あれ、じゃあ、バイト勇者君に破魔矢出してもらったんですか?」

「あ、提督もバイト勇者君知ってるんですね。いえ、その彼でもなく、神主さんのお孫さん? 中学生くらいの巫女さんが出てきましたよ」

「え?」

 

 私の返答を聞いて、提督が不思議そうに首を傾ける。

 

「神主さんのお孫さんは本土にいるって話でしたけど、それに男の子だと言ってた気が」

「え? そんな筈ないですよ、だって……」

「それに、中学生くらいのお孫さんがいたとして、いくらなんでもその子を一人で置いて旅行なんて不自然じゃないですか?」

「え、その間はバイト勇者君が家政婦って」

「だとしても、神主さんはそんなことをする人じゃありません」

 

 沈黙が場を支配する。

 そうだ、思えば不思議だった。今日は平日のはずである。なのに、何故学校にもいかず彼女は一人あの神社にいたのか。

 あれ、なんだろう。この背筋の寒さは。

 

「まぁ、あそこの神社ってお稲荷様祀ってたりしますし、化かされたのかもしれませんね!」

「え、ちょ、待って怖いです。提督、私今すっごい怖いんですけど」

「大丈夫です。悪さする類のものではないですよ。守り神みたいなものって聞きましたし」

「そういうことじゃないんですよ!」

 

 一人でお風呂に入るのも怖かったので苦肉の策としてプリンツと一緒に入った。

 

 

「――今日も今日とてバイト三昧。いやー充実してるっすねーっと!」

 

 夕暮れの二原山神社の石階段を上る男子高校生の姿がそこにはあった。

 彼は通称バイト勇者。この島の三割の店で掛け持ちバイトを日夜こなすバイトの鬼である。

 境内に入ると、彼は手慣れた手つきで賽銭箱を動かしてその下の鍵を手に取ると、自分の体中に塩を振りかけてから本殿の鍵を開けて中に入る。

 

「さてと、お、またお供えのお揚げが消えてる! 誰が食べてるんっすかねー?」

「私なの」

 

 いつの間にか背後の賽銭箱に隠れるようにロリ巫女様が頭の半分だけを出してバイト勇者を見つめていた。

 

「うお! ロリ巫女様っすか!? いつも気配なく現れるの勘弁して欲しいっすねぇ!」

「ごめんね」

「まぁ、ロリ巫女様の方から声かけてくるようになってくれて俺は嬉しいっすけどねー!」

「バイト勇者くんのコミュ力のたまものなの」

 

 そう言いながら本殿を丁寧に掃除し始めるバイト勇者の姿を見て、賽銭箱の裏からロリ巫女様は満足げに頷いている。

 

「――さて、最後にこのお供えのお揚げを、と」

 

 ガサガサとビニール袋の中からお揚げを取り出すと白いお供え皿の上に置く。

 

「お稲荷様、今日も一日ご苦労様にございました! 明日もよろしくお願いしますよっと!」

「違うの」

 

 後ろでロリ巫女様が頬を膨らませている。

 

「今のご神体のお稲荷様はまだ若いの。若稲荷様なの」

「あー、そうだったすね! 爺様方が若様って呼んでたっすね! これは失礼しました、若稲荷様!」

「よろしい」

 

 再びご神体にそう謝る彼を見て、ロリ巫女様は満足げに頷いた。

 それを確認して再びご神体に向けて手を合わせて黙祷して一礼すると、いそいそと本殿から出て鍵を閉め、息をついた。

 

「じゃあ、夜ご飯にしましょうか! ロリ巫女様の分もお弁当買ってきたんで一緒にどうっすかって――――あれ? またいない」

 

 いつの間にか賽銭箱に隠れてこちらを伺っていた彼女の姿はなかった。

 

「まだ一緒にご飯はNGみたいっすねー。仕方ない、また家の方にお弁当置いて帰るっすかね」

 

 そう言って、バイト勇者は頭を掻きながら二人分の弁当を持って本殿の裏にある住居の方へと歩いていった。

 

 

 




瑞鳳も見た目ロリ巫女様ですよね(唐突)


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