七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
謎のコミュ障、ロリ巫女様




第七十二話「この簡単な事件、私が三話、もたせてみせるっ!」

 

「見えてきましたね、あれが二原荘ですか!」

「悪いな、二人とも、手伝わせてしまって」

「いいってことよ、代わりにさっき食ったカレーのお代、無料にしてくれんだろ? 安いもんだぜ」

 

 大和、磯風、天龍の三人は現在、二原山の麓に建物を構える温泉旅館、二原荘にやってきていた。

 理由は、彼女達の両手を塞いでいる大量のカレーである。

 

「しかし、ビッグスプーンってカレーの宅配サービスもやってるんですねぇ」

「まぁ、この島には高齢者も多いからな。店長が、幅広いお客様に対応できるようにって始めたらしい」

 

 そんな話をしながらバイト中の磯風と一緒に、カレー代を無料にしてもらう代わりにその手伝いを頼まれた大和と天龍は木造の旅館の前に立ち、感嘆の声を洩らした。

 

「おお、すげぇ、立派な旅館じゃねぇか」

「本当に……素敵な所ですね」

「この島で一番の温泉旅館でな。この島の周辺の安全も確立されて年々宿泊客は増えてるらしい」

 

 年代と貫禄を感じさせる旅館を見ながら、受付を探す三人の耳に不意に聞こえて来たのは老婆のものと推測される怒声だった。

 

「――誰がやったんだい!」

「ん? なんでしょう?」

「こっちの方から聞こえたぞ」

 

 カレーの入った袋を持って声の方に足を運んでみれば、この旅館の従業員らしき人間が土蔵の前に集まって何やら話をしているらしい。

 その中心におそらくは先刻声をあげた白髪のお婆さんが般若のような表情で従業員たちを睨みつけている。

 

「あのぉ、何かあったんですか?」

「うお、誰だ、あんたら!?」

「ビッグスプーンの者だ。注文のカレーを届けに来た」

 

 磯風の言葉を聞いて、従業員達が困惑気味に頷く。

 どうやら立て込んでいる時に来てしまったようだ。

 

「配達大変ご苦労様でした。あ、カレー、私が受け取りますので……」

 

 どう対応したものか困っている従業員をかき分け、着物姿の高校生くらいの少女が現れ、磯風達に丁寧にお辞儀をした。

 

「ああ、代金は既に受け取っているからこの袋だけ置いていく」

「はい――――痛っ!」

「ん!? おい、大丈夫か?」

 

 磯風の持つ袋の一つを取ろうと袋に触れた瞬間、少女の表情が一瞬痛みに歪んだ。よく見れば、指に包帯がまかれている。

 

「怪我してるのか? いい、やはり私が持っていくよ」

「申し訳ありません……」

「というか、これ何かあったのか? どうもただごとじゃねぇって雰囲気だが」

 

 少女は少し言いにくそうに顔を伏せると、小さく口を開いた。

 

「……実は、ウチの旅館にあった年代物の壺が割れてしまいまして」

「壺?」

「ええ、この旅館が江戸にあった頃から代々受け継いできたもので、今日博物館に寄贈して丁重に保管してもらう予定だったんです」

 

 しかし、その壺が何者かによって割れてしまった。確かにこれは一大事である。

 

「成程、そういうことでしたか。そういうことならお任せを!」

「お、おい、大和?」

「大和、どこいくんだ?」

 

 大和が従業員達の輪の中心に歩いていく。

 

「事情はお聞きしました。つまり、壺を割った犯人をお探しなのですね?」

「なんだい、あんたは?」

「私は、七丈島鎮守府の艦娘、大和です! 七丈島の平和を守る者として、この事件、私が解決してみせましょう!」

 

 そう大和は意気揚々と叫んだ。

 それを見て天龍がため息をついた。

 

「ああ、そういや、昨日探偵ものの漫画読んでたな、あいつ」

「大和は意外と影響されやすい所があるからな」

 

 天龍は以前、大和が『賭博黙示録ガイジ』を読んで随分影響されていたのを思い出した。

 具体的には第三十八話のできごとである。

 

「ふふ、そうですね、ではまず現場の状況から改めてお聞かせ願えませんか?」

 

 中心ですっかり全員の視線を受けて上機嫌な様子の大和はさっきまで声を荒げていた着物姿の老婆に視線を向ける。

 

「……成程、鎮守府の艦娘さんでしたか。私はこの旅館の女将です。ええ、仰った通り当旅館の壺が土蔵の中で割れているのが見つかったのです」

 

 老婆は、大和が艦娘とわかると丁寧な口調に変わって土蔵の奥を指さした。

 電気のついた土蔵の奥の方に陶器の欠片が散らばっているのが見える。大和はしきりにそれを見て頷き、話を進める。

 

「では、今日、この土蔵を訪れた方は誰かいらっしゃいますか?」

 

 大和がそう聞くと、従業員の人々の中から数人の手があがった。

 その中には女将の手もあった。

 

「おそらく、私が今日一番初めに土蔵を訪れました。ええ、今朝の四時のことです。今日寄贈する壺の様子を確認しに土蔵に来たのです。その時、壺は無事でした。お前達はどうだったんだい、中井、花板?」

 

 女将がそう証言を終えると、手をあげていた二人の従業員に声をかける。

 中井と呼ばれた女性は桃色の着物を着た色白な和風美人で、花板と呼ばれた男性は和帽子を被った強面の青年で、見た目からしてどうやら板前のようだ。

 

「私は朝の五時ごろですかね。客室のお掃除前に壺を運びやすい位置に動かそうと思って。丁度花板さんが通りかかったので手伝ってもらったんです」

「ええ、あっしも朝の仕込みの最中、偶然土蔵に入っていく中井さんを見かけまして、入口の近くに壺を移動させやした。その時は壺にはヒビ一つ入っておりやせんでした」

「それで、昨日も皆の前で話したが、私は旅館を代表してお前に壺を持ってくるよう、頼んだね? いろは?」

 

 いろは、と呼ばれた少女は先刻大和達に事情を説明してくれた少女だった。

 少女は、女将の視線にびくっと体を震わせながら頷く。

 

「は、はい。私は十二時頃に土蔵に壺を取りに行く予定だったんですが、その、途中でお客様に島の案内を頼まれてしまいまして、結局土蔵には……」

「割れた壺を最初に発見したのはどなたですか?」

「私です。あの子がいつまでも壺を取ってこないものだから私自らが壺を運びに土蔵に行ったのです、確か、十二時半をまわったくらいでしたか」

「なるほど、つまり犯行時刻は今朝五時から十二時半までという訳ですか」

「別にまとめなくてもそれくらい誰だってわかってるぜ、大和」

「犯行時刻全然絞れてないぞ、大和」

「二人ともうるさい」

 

 茶々をいれる天龍と磯風を睨みながら大和はさらに続けた。

 

「では、今から皆さん一人一人に事情聴取をして――――」

「あれ? 皆さん、どうしたんすかこんな所に集まって?」

 

 大和の声を遮って現れたのは、濁った水の入ったバケツと雑巾、それに塵取りと箒を持っている作務衣(サムエ)を着た高校生くらいの少年であった。

 少年は皆が集まっている土蔵の奥を見ると、表情をこわばらせて、その場で土下座を始めた。

 

「あ! す、すいません! あの壺割ったのは俺です!」

「えええええええ!?」

「……どういうことだい?」

 

 女将が厳しい声で少年に尋ねる。

 

「今日土蔵から壺を持っていくって聞いてたんで、少し掃除しておこうと思って土蔵に行ったんっす。ほら、あの壺ずっと奥にしまってあるから埃溜まってるんじゃないかと、それで一旦動かして掃除を……」

「それで、不手際で割ったって?」

「はい、本当に申し訳ありませんでした!」

 

 全員、何も言わなかった。特に大和は顔を真っ赤に赤面させて何も言えなかった。

 

「うわ、大和、これはハズいなぁ、おい」

「捜査を始めようとしたら犯人が普通に自供し始めるとか、ある意味とんだ探偵殺しだな」

「…………」

 

 女将は少年の説明を聞くと、厳しい顔つきで彼を見下ろしながら質問する。

 

「そのバケツと雑巾は土蔵の掃除に持ってったのかい?」

「は、はい……それで、壺の破片を集めようと今ちりとりと箒を持ってきたところっす」

「わかった。何、弁償しろとはいわないさ。ただ、ここの仕事はクビだ。今日一杯で出ていきな」

「そんな、女将さん! クビはバイト勇者君が可哀そうじゃ……」

「え、バイト勇者!? 彼が!? あの!?」

「大和、空気読め」

 

 空気を読まず驚愕の声をあげる大和に天龍が手刀をいれた。

 

「なんだい、いろは? 何か文句でもあるのかい?」

 

 女将の鋭い視線を受けて、抗議の声をあげた少女は、顔を伏せてそれ以上何も言わなかった。

 

「いいね、もう解散だ。各自仕事に戻ること。お前さんは壺の破片を片してから荷物をまとめな」

「はい、わかりました……」

「――果たして、それでいいんでしょうか?」

 

 女将の解散の声に異を唱えたのは他ならぬ、大和である。

 

「おいおい、大和、お前そろそろいい加減に……」

「そうだぞ、これ以上は迷惑だ」

「この事件、本当に終わらせてもいいんですか?」

 

 その場の全員の視線が再び大和の元に戻る。

 

「現時点までの文字数は3401文字。この小説の平均文字数は約6000文字。そして、今回の話は長編開始の第七十五話にむけてまさかの三話構成。まだまだ尺は余りまくってます」

「おい」

「この簡単な事件、私が三話、もたせてみせるっ!」

 

 

『わかりました、艦娘の皆様にはいつもお世話になっておりますし、気のすむまでお調べになってどうぞ。ただ、くれぐれも従業員の仕事の邪魔や、他のお客様の迷惑になるようなことはなさらぬようお願いいたします』

 

 そんな言葉を残して、女将は呆れたように去っていった。

 

「よし、じゃあ早速捜査開始ですね!」

「お前、今日はなんかやべぇな」

「まぁ、仕方ない。乗り掛かった舟だ、私達も協力しよう」

「磯風、お前ちょっと面白がってるよな?」

 

 言葉とは裏腹にわくわくが隠し切れない磯風の表情に天龍は溜息を吐いた。

 

「ではまずはロビーに行きますか」

「お、なんでだ?」

「いや、とりあえずカレーを届けに行こうかなと」

「ああ、そういえばそうだったな」

 

 カレーの袋を両手に、大和達は正面玄関からロビーへ入った。

 

「あら、あなた達、さっきの」

「あ、どうも、えーと、中井さん、でしたよね?」

「ええ、この旅館の仲居頭をしております。中井です」

「なんてわかりやすい名前!」

「いや、逆にややこしくねぇか?」

 

 ロビーに入ると、丁度中井と呼ばれていた女性が階段を下りてきたところで、彼女は私達の姿を見ると、微笑んでこちらに歩み寄ってきた。

 

「すみません、これ、ご注文のカレーです」

「はい確かに、ご苦労様。でも、確か最初に若女将が対応してなかったかしら?」

「若女将?」

「ああ、いろはちゃんのことよ。女将さんの孫娘なの、あの子。だから若女将って呼ばれているの」

「へぇ」

 

 なんというか、自分達とは別世界の住人のような印象を受け、三人は面食らってしまった。

 そんな彼女達に中井はクスクスと口に手を当てて笑う。

 

「それで、大和さんでしたよね? ああ言ったからには犯人はバイト勇者君じゃないと考えているのかしら?」

「それをこれから調べるんです」

「そう、聞きたいことがあったら何でも聞いてね。協力するわ」

「では、早速」

 

 待ってましたとばかりに大和は身を乗り出す。

 

「もう一度土蔵に行った時の状況について詳しく話してくれませんか?」

「あら、凄い、ドラマみたい」

 

 そうして再び中井が土蔵に行って花板と共に壺を土蔵の入り口付近にまで運んだ経緯を話してくれた。

 

「あの壺結構重くて、女手一つじゃ厳しいから、花板さんがいてくれて助かったわ。彼がいなかったらバイト勇者君じゃなくて私が割ってたかもしれないわね」

「皆バイト勇者君って呼ぶんですね」

「彼この島の七不思議にも数えられるくらい有名だから。口裂け女の本名を誰も呼ばないのと同じじゃないかしら。本名より異名の方が有名なのよ」

 

 ますますバイト勇者のことがよくわからなくなる説明である。

 

「うーん、中井さんは何か壺が割れた現場を見て思ったことはないですか?」

「ええ、そうねぇ。最初に見た時はなんで破片が土蔵の奥にあるのかしらって思ったわね」

「破片の位置ですか」

「でも、バイト勇者君が壺をお掃除するために移動させたからなのねってすぐ納得しちゃったわ」

「なるほろ」

「なるほろ?」

 

 大和が質問を終えると、立て続けに磯風が質問した。

 

「なぁ、そういえばあの女将さんはどういう人なんだ? 皆怖がってるみたいだったが」

「ええ、女将さんはとっても厳しいお方で、怖がってる従業員も少なくはないでしょうね。私も新人仲居の時代には何度も泣かされたのよ?」

 

 当時を懐かしむように笑いながらそこまで話して、中井は思い出したように手を叩く。

 

「ああ、いろはちゃんには特に厳しいわね。やっぱり自分の跡取りだからかしら。おかげであの子、すっかり女将さんには苦手意識を持ってるみたいだけれど」

「ああ、それは私も感じたな」

「それとね、バイト勇者君にも当たりがきついように思うのよね」

「バイト勇者にも?」

 

 中井自身も不思議そうに話を続ける。

 

「バイト勇者君、ここに短期の住み込みで来てるんだけど、凄くよく働いてくれて、仕事の覚えも早いし、気が利くし、何より彼とっても愛想が良いからお客様からも好評で、私達も助かっていたのよ。けれど、女将さんだけはバイト勇者君に厳しく指導を続けてたわね……もう、バイトどころかプロでもそこまで求めるかってレベルで厳しかったわ」

 

 ロリ巫女様がコミュ力の塊と彼を表現していたが、まさかそこまでの有能人材だったとは、と大和は内心でまた驚嘆の声をあげていた。

 

「だからね、私はバイト勇者君がミスで壺を割ったんじゃなくて、女将さんへの仕返しで壺を割ったんじゃないかなって思うのよ」

「女将さんへの仕返し、なるほろ、確かに自分に厳しいばかりの相手に好印象は抱きませんよね」

「今またなるほろって言ったよな、大和」

「いや、待て大和、私はそうは思わない!」

 

 中井の考えに一理あると同調を示す大和を、磯風が制した。

 

「私は見えた気がするぞ、この事件の真犯人がな!」

「本当ですか、磯風!」

「おお、やるじゃねぇか、磯風!」

「私にも聞かせてもらえるかしら」

 

 磯風はコホンと一つ咳払いをいれると、自身の推理を披露し始める。

 

「結論から言えば、今回の犯人は女将さんじゃないかと思う」

「女将さんが!?」

「女将さんはバイト勇者のことが気に入らなかったんだ。だが、バイト勇者は聞いての通りかなり有能な人材。クビにする理由がなかった。そこで、壺を割らせることにしたんだ」

「おお、なんかそれっぽい真相だな!」

 

 全員磯風の推理に期待が高まる。

 

「そこで、女将さんはあの壺の妖精さんと密約を交わしたんだ」

「…………ん?」

「壺の妖精さんとなんやかんや仲良くなった女将さんはバイト勇者が壺の掃除をしに土蔵に来た際、自分が割ったと勘違いさせるよう壺を割るよう指示をし、はたしてそれは実行された」

「なるほろ。結果、バイト勇者君は自分が犯人だと思い込んで……」

「おい」

「悲しい、事件だったな」

「おい、おいおいおい、ちょっと待て」

 

 天龍が勝手に盛り上がってる大和と磯風の間に割って入る。

 

「なんですか、天龍」

「いや、なんですかじゃねぇよ。なんだ、壺の妖精さんって」

「壺の妖精さんは壺の妖精さんだろ!」

「逆ギレ!?」

「私達の装備にさえ妖精さんが宿るんです、江戸時代から続くような壺に妖精さんがいたっておかしくはないでしょう」

「いや、まぁ、仮に妖精さんがいたとしてだぜ? そんな壺割ってまでバイト勇者追い出したいって考えるか、普通? おい、なんだその顔」

 

 天龍の反論に磯風が凄い形相で睨んでくる。

 

「いや、だってよ、博物館に寄贈するほどのもんだったら結構な値打ちもんなんじゃねぇのか?」

「あ、そうね、詳しくは女将さんといろはちゃんくらいしか知らないけれど、億の値がつくって聞いたわ」

「うぐぐ」

「それによ、バイト勇者だって住み込みの短期バイトなんだからそんな長くはいねぇだろ?」

「ええ、今週一杯でどちらにせよ仕事はおしまいね」

「じゃあ、わざわざそんなリスク冒して追い出すのは不自然だろ」

「なんやかんやあってそうせざるをえなくなったんだよ!」

「なんやかんやってなんだよ」

「なんやかんやは、なんやかんやだッ!」

「ヤケクソか」

 

 この後ダダをこねる磯風をなだめるのが大変だったという。

 

 

――――中編に続く。

 

 




思い付きと勢いで始まったミステリー回です!
ミステリー書くのこんなに難しいとか……


明日更新します。


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