七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
三話持たせてみせるっ!




第七十三話「これは、迷宮入りだな」

 

「なぁ、花板さんだっけ? その人にも話を聞きに行こうぜ」

「ええ、そうですね。なるべく多くの人に当たるのは捜査の基本ですからね!」

 

 そう言って、中井さんに案内を頼み、調理場へと三人は足を運ぶ。

 

「……あっしがここの板長をしておりやす、花板というもんです」

 

 すぐに先刻の強面の男性がやってきて、こちらに頭を下げた。

 

「忙しい時にすみません。もう一度土蔵に行った時のお話を聞かせてください」

「ええ、わかりやした。自分、朝の仕込みの最中に土蔵に入っていく中井さんを見かけやした。土蔵に置いてあるもんっていうのは重いもんばかりで、女手一つじゃ危ねぇって思いやして、僭越ながら壺を移動させるお手伝いをさせていただきやした」

「なぁ、それは朝の仕込み中のことだったんだよな?」

「え、はい、さようで」

 

 磯風が目を細めて花板に声をかける。

 

「朝の仕込みの最中になんであなたは土蔵なんかに来たんだ?」

「は、はい?」

「ここまで中井さんに案内されてきたが、どうもこの調理場と土蔵までは離れすぎている。朝の仕込みの最中に調理場を仕切るあなたが土蔵まで一体何の用事でやってきたんだ?」

「そ、それは……」

「そもそも、朝の仕込みはその日の朝食だけでなく、昼食や夕食にも少なからず影響を与える繊細な仕事だろう。それと並行して住み込みの従業員の朝の賄いも作るはずだ。つまり、この調理場の設備と板前の人数を見るに、朝は手が足りない程忙しくなるんじゃないのか? そんな中、板長のあなたがその仕事より優先すべきと考える用事があるのか? いや、仮にそれがあったとして、さらにそれをほっぽりだして土蔵で中井さんを手伝っている余裕があなたにあったのか? それとも、それくらい手を抜いても客には気付かれないと思ったか? なぁ、教えてくれ。花板さん。なぁなぁなぁなぁなぁ――――」

「磯風ストップ! 花板さん、泣きそう!」

「お前! 憂さ晴らしに花板さんに八つ当たりしてんじゃねぇよ!」

「いえ……全くもってその通りかと思いやす……自分に、この調理場を仕切る資格なんざ、ありやせん……!」

 

 花板が和帽子を脱ぎ捨て、頭を下げた。

 

「本当にすいやせんでした! 自分、思いあがっておりやした!」

「ちょっと磯風どうしてくれるんですか――――あれ、花板さん、その頭、どうしたんですか?」

 

 和帽子の下の彼の角刈りの頭に真っ白な包帯がまかれていた。

 

「あ、これは、その……」

「大体な、料理人というのは、自分の作る料理に誇りと信念をもって―――――」

「だああああ! もう! 黙ってろ、てめぇ!」

「自分の料理を棚上げにして散々な言いようですね……」

 

 天龍に小脇に抱えられながらも磯風の目は据わっていた。

 

 

「もう! 磯風のせいで中途半端な所で聞き込みが中断しちゃったじゃないですか!」

「いや、しかしだな」

「反省しろ。大体まともな料理作れないお前が言えた台詞かよ」

「むぐぐ」

 

 しばらく調理場には近づけそうにない。よって、現場の検証をしようと三人は再び土蔵の前に戻ってきた。

 すると、丁度土蔵の中からバイト勇者が出てくる。その右手には壺の破片の入ったビニール袋が握られていた。

 

「あ、七丈島鎮守府の皆さんっすよね」

「ええ、この壺を割った犯人を捜査中です」

「いや、俺なんすけど……」

「それは調べればわかることです」

 

 特に意味もなく意味深な笑みを浮かべる大和にバイト勇者はただ苦笑いを浮かべるばかりだった。

 

「あ、手伝いますよ。土蔵の横に置きっぱなしのバケツ、私が持ちます。うわ、水凄い真っ黒! どこ掃除してたんですか?」

「い、いえいえいえ! そんな申し訳ないっすよ! それに、従業員でもない人に仕事手伝わせたら女将さんに雷落とされるっす!」

 

 真っ黒に濁った水の入ったバケツを持とうと近づくとバイト勇者はぶんぶんと首を振ってバケツの前に立ちはだかる。

 

「これは俺が持っていきますから!」

「まぁ、そこまで言うのなら」

 

 そう言って、バイト勇者はバケツを持って早歩きで歩き去っていく。

 その時、ほんの僅かに、何かがぶつかるような音がバケツから聞こえた、気がした。

 

(ん? 今、バケツから何か音が? いや、気のせいですかね?)

 

 

 その後、戻ってきたバイト勇者に大和は質問を始めた。

 

「バイト勇者君は土蔵の壺のこと知ってたんですよね?」

「ええ、昨日土蔵に案内されて見せてもらったっすから」

「何時ごろこの土蔵に?」

「十二時ちょうどくらいっすかね! 昼飯の前に済ませてしまおうかなと。まぁ、おかげでこんなドジしちまって大変な迷惑かけちゃいましたけど……」

 

 バイト勇者はそう言って肩を落とした。

 

「なぁ、この土蔵付近には何があるんだ?」

「え、そうっすねぇ、従業員の居住棟とか、客室廊下に続く裏口とか、ボイラー室とかっすね。俺は基本掃除とか雑用全般で客間の方に行くことも多かったのでこの道ショートカットに使ってました」

「ほぉ、じゃあますます花板さんがここに来て中井さんを手伝った理由がわからないな」

「まだ言ってんですか、磯風」

 

 磯風は邪悪な笑みを浮かべている。これは次花板を見かけたら再び質問攻めにするつもりだろう。

 

「まぁ、でも、花板さんが土蔵の方に来た理由がわかんねぇってのには同意だぜ。朝の忙しい時間にわざわざここまで来るのは不自然だな」

「花板さんと中井さんお二人で土蔵に来てたんすか? それは良かったっす、二人とも仲直りしたんすね」

 

 バイト勇者から気になる発言が聞こえる。

 

「仲直り?」

「ええ、昨夜、二人が廊下で喧嘩してるのを見かけたんすよ」

「喧嘩……」

「結構白熱してましたから俺も仲裁入ろうに入れなくて、結局スルーしちゃったんすけど、良かったっす、何事もなくて」

 

 バイト勇者は安心したように息をつく。自分がバイトをクビになって大変な目にあっているというのに他人の心配をするとは中々肝が据わっている。

 

「――いや、何事もなく、とはいかないかもしれねぇぞ?」

 

 天龍が土蔵の外で静かにそう呟いた。

 

「どういう意味です?」

「見ろよ、ここ」

 

 土蔵の外は真っ白な小石が敷き詰められている。しかし、天龍の指さした先には不自然に小石が抜けて土の色が出てきていた。

 

「小石がなくなってるみたいですね? 誰か蹴っ飛ばしたんでしょうか?」

「それだけじゃねぇ」

 

 天龍が小石を一つ拾い上げて見せる。そこには僅かに赤い斑点のようなものがついていた。

 

「これって、もしかして……!」

「ああ、血じゃねぇのか?」

「おい、これ!」

 

 さらに、磯風が声をあげる。彼女の掌には青銅色の陶器の破片のようなものが乗っていた。

 それは、バイト勇者の持つビニール袋の中に詰まった壺の破片によく類似している。

 

「壺の破片のようですね……でも、何故土蔵の外に?」

「こいつは、思ったよりやべぇ事件かもしれねぇぞ?」

 

 天龍の声は震えていた。

 

「今すぐ全員を集めてくれ、犯人、わかったぜ……!」

 

 

 三十分程して、当初土蔵に集まっていた全員が集まっていた。

 

「それで、壺を割った犯人が分かったと聞きましたが?」

「俺なんすけど……」

「いや、違う。今回、真犯人は他にいる!」

 

 天龍のその言葉に集まった従業員たちがざわつき始める。

 

「実は、捜査の結果、俺達はこの土蔵の外で、血痕を見つけた」

「け、血痕……!」

「大丈夫っすか、いろはちゃん!?」

「ふぇ!? は、はい! 大丈夫! 大丈夫です!」

 

 血痕と聞いて、いろはが顔を青ざめさせてよろめいたが、バイト勇者に支えられると今度は真っ赤になってすぐ姿勢を正す。

 それを、おお、青春だなぁと大和は生暖かい目で見つめていた。

 

「この血のついた小石の周辺からはいくつか小石が抜き取られてた。多分、血痕を隠すために犯人が抜き取ったんだ。そして、同時に壺の破片らしきものも発見した。こいつは重要な証拠だぜ? 何故なら、これは、土蔵の外で壺が割られたことを示す証拠になるからだ!」

 

 おお、と天龍の力強い声に従業員達がまたどよめく。

 そういうの私がやりたかった、と大和は天龍を羨望の眼差しで見つめていた。

 

「犯人は、土蔵の外で壺を割った。いや、正確には壺で『殴りつけた』結果、割れたんだ」

「殴りつけた!?」

 

 バイト勇者が素っ頓狂な声をあげる。それまで真顔で天龍の言葉を聞いていた女将ですらその表情に困惑がはっきりと浮かび上がっている。

 

「壺は結構な重量があるからな、鈍器としちゃ十分だったんじゃねぇのか? そして、殴られた拍子に石に血痕がついた。割れた壺の破片は犯人が集めて土蔵の中にばらまいたんだ。真の犯行現場をカモフラージュするためにな!」

「おお、それで、天龍。犯人は一体誰なんです?」

 

 天龍は得意げに人差し指を立てた。

 

「大和、俺達はもうその犯人に会って話をしてるぜ? その被害者ともな。そうだろ? 中井さんよぉ! あんたがあの壺で花板さんを殴りつけたんだ!」

「え、私?」

「な、中井さんが!?」

「中井さん、あんたが壺で花板さんを殴りつけた。これがこの事件の真相だ!」

 

 しかし、中井さんはその天龍の推理を否定するように首を横に振った。

 

「いいえ、そんなことやってないわ。大体、まず私と花板さんが土蔵に来た段階で壺は割れてなかったって証言したでしょう?」

「そりゃ、あんたが殴る前の話だ。あんたが花板さんを殴ってからは、誰も土蔵に来てないんだぜ?」

 

 確かに、確認に行くはずのいろははお客さんに呼び止められて、結局女将が発見する十二時半まで土蔵の壺の状態はわからない。

 

「それなら、私が花板さんを殴りつけた証拠はどこにあるの?」

「はっ、それこそ明白だぜ! この中で怪我をしているのはただ一人、花板さん、その和帽子の下、確か包帯撒いてたよな? 頭、怪我してんじゃねぇのか?」

「花板、帽子を取りな」

「へ、へい、女将さん」

 

 花板が帽子を取るとそこには大仰な包帯が現れる。

 その場の全員が息をのんだ。

 

「あんたが昨夜花板さんと喧嘩になってたのは知ってる。それで、あんたは花板さんを土蔵に呼び出した。花板さんが朝この土蔵に来たのは偶然じゃねぇ、呼び出されてきたんだ。そして、花板さんを背後から――――」

「あの、すいやせん」

 

 天龍の推理に口を挟んだのは花板だった。

 

「あの、あっしは別に中井さんに殴られちゃいません。そもそもこの頭の怪我は階段から落ちた時にできたもんでして……」

「え?」

「おっとぉ」

 

 雲行きが怪しくなってきた。

 

「それに、その、あっしが土蔵に行ったのはその、なんというか……」

「花板さん!」

 

 何かを口ごもる花板に中井が声をあげて制止しようとする。

 

「え、なんです? なんなんです?」

「花板、はっきり言いな」

「へい、女将さん。全て話しやす。本当にすいやせん、あっしの、いやあっしらの身勝手な行動のせいで、天龍さんが勘違いしたんでしょう」

「は、花板さん、お願いだからやめて……」

「中井さん、もうしっかり話しやしょう。これ以上あっしらの事情で皆さんに迷惑がかかるのはいけねぇ。すいやせんでした、あっしと中井さんは実は、大分前から男女の付き合いを、しておりやす……!」

「男、女の、付き合い?」

「え?」

 

 その場の全員が絶句した。

 唯一中井さんだけは耳まで真っ赤にして顔を手で覆っている。

 

「実は、最近互いの仕事が忙しくて、その、二人っきりの時間をとれていやせんでした。それで、少し口論になりやして……それで、今日の朝、こっそり土蔵で逢引きをしていたんです。少しでも二人の時間が欲しくて……皆さん、ご迷惑おかけして本当にすいやせんでした!」

 

 花板さんと中井さんは二人揃って頭を下げた。

 

「え、じゃあ、昨夜のってただの痴話喧嘩……」

「へい、その通りで」

「……花板、中井。顔を御上げなさい」

 

 女将の声に二人はゆっくりと顔をあげて女将の方を見た。

 

「別にウチは恋愛禁止なんていう決まりは設けてやしない。それにお前さんらも立派な大人だ。そこらへんは好きにすりゃいい。でもね、仲居と板前、互いにその頭を任されてる自覚はもう少し持ちな。少なくとも、仕事に私情を持ち込むなんざ未熟者のすることさ。あんたら、何年この仕事やってんだい」

 

 淡々と、しかし心に刺さるような厳しい言葉を並べ、女将は二人に背を向けた。

 

「反省は仕事で示しな、以上」

「へい、すいやせんでした!」

「申し訳ありませんでした!」

「あと、いろは!」

「は、はい!」

「菊の間の布団、たたみ方がなっちゃいないよ! 干し直してきな!」

「は、はい、今すぐ!」

「他も持ち場にお戻り! くれぐれもお客様にご不便をかけるんじゃないよ?」

 

 その女将の言葉が発破となって全員速やかに持ち場に戻っていき、後には大和と天龍、磯風、バイト勇者だけが残された。

 

「ええ、なんですか、これ」

「おい、どうするよ」

「これは、迷宮入りだな」

「あの、いや、だから、ずっと言ってるっすけど、壺割ったの俺なんですってば」

 

 

――――後編に続く。

 

 




明日後編更新します。


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