この事件、迷宮入りか
振り出しに戻されてしまった大和達。
既に行くところもなく、意味もなく土蔵を見ているばかり。
「やっぱバイト勇者なんじゃね?」
「まぁ本人もそう言ってるしな」
「…………」
天龍と磯風が諦めムードの中、大和だけが何か一人考え込んでいた。
「どうした? 大和、なんか気になることでもあんのか?」
「ええ、まだ少し……引っかかることが」
大和は今までの会話を思い出す。自分たちは既に現場と容疑者を調べつくしている。ならば、きっとそこに真相を解き明かすヒントは隠れていると確信していた。
『怪我してるのか? いい、やはり私が持っていくよ』
『それで、昨日も皆の前で話したが、私は旅館を代表してお前に壺を持ってくるよう、頼んだね? いろは?』
『今日土蔵から壺を持っていくって聞いてたんで、少し掃除しておこうと思って土蔵に行ったんっす。ほら、あの壺ずっと奥にしまってあるから埃溜まってるんじゃないかと、それで一旦動かして掃除を……』
『ええ、あっしも朝の仕込みの最中、偶然土蔵に入っていく中井さんを見かけまして、入口の近くに壺を移動させやした。その時は壺にはヒビ一つ入っておりやせんでした』
『あの壺結構重くて、女一人じゃ厳しいから、花板さんがいてくれて助かったわ。彼がいなかったらバイト勇者君じゃなくて私が割ってたかもしれないわね』
『ええ、そうねぇ。最初に見た時はなんで破片が土蔵の奥にあるのかしらって思ったわね』
『ああ、いろはちゃんには特に厳しいわね。やっぱり自分の跡取りだからかしら。おかげであの子、すっかり女将さんには苦手意識を持ってるみたいだけれど』
『あ、そうね、詳しくは女将さんといろはちゃんくらいしか知らないけれど、億の値がつくって聞いたわ』
『あ、手伝いますよ。土蔵の横に置きっぱなしのバケツ、私が持ちます。うわ、水凄い真っ黒! どこ掃除してたんですか?』
『ん? 今、バケツから何か音が? いや、気のせいですかね?』
『この血のついた小石の周辺からはいくつか小石が抜き取られてた。多分、血痕を隠すために犯人が抜き取ったんだ。そして、同時に壺の破片らしきものも発見した。こいつは重要な証拠だぜ? 何故なら、これは、土蔵の外で壺が割られたことを示す証拠になるからだ!』
『壺は結構な重量があるからな、鈍器としちゃ十分だったんじゃねぇのか? そして、殴られた拍子に石に血痕がついた。割れた壺の破片は犯人が集めて土蔵の中にばらまいたんだ。真の犯行現場をカモフラージュするためにな!』
「…………なるほろ」
「何かわかったのか?」
「……いえ、確証はありません。なので、待ちましょう」
「は?」
「へ?」
大和の提案に天龍と磯風は首を傾けた。
☆
じゃり、と音が鳴る。
小石の敷き詰められた土蔵の前では足音は隠せない。だが、今、周りに人の姿は見えない。だから、彼は安心して、手に持っている真っ白な小石を茶色くはげている部分に戻そうと手を伸ばした。
「やはり、戻ってきましたね」
彼はびくりと肩を震わせて声の方を見る。そこには土蔵から顔を覗かせる大和達の姿があった。
大和は土蔵から出てきて彼を指さして言う。
「犯人は、あなたです」
その言葉に彼は笑った。だって、それは、彼自身が何度も繰り返し言ってきたことだったから。
「そうっすよ、俺が壺を割った犯人っすよ。最初からそう言っているじゃないっすか」
「やっぱり、バイト勇者なのか」
「こいつが壺を割ったのか、大和?」
「いえ、違います」
「おいおい、大和さん、ちょっと言ってることはちゃめちゃじゃね?」
頭を掻く天龍に補足するように大和は言った。
「彼は犯人に違いありません。でも、壺を割った犯人じゃない。事件現場を偽装した犯人です。これは天龍も言っていたでしょう?」
「……ああ、そうだな。壺は外で割られたんだ。その証拠に壺の破片が落ちてたんだからな」
「……いやっすね。それは違うっすよ。その破片は、俺が土蔵の中の破片を集めてる最中に外に落とした奴っすよ」
バイト勇者は大和の主張を認めない。
「では、その小石は? 血痕がついていたのでは?」
「いや、これは泥にまみれていたのを掃除しただけっすよ」
「じゃあ、隣の小石についていた血痕はどう説明しますか?」
「さぁ? 誰かが鼻血でも垂らしたんじゃないっすか?」
ああいえばこういう。しかし、それでも理屈が通ってしまうからどうしようもない。
すると、大和は急に狼狽し始めたように頬を掻く。
「あ、あれ、えとじゃあ、どうしましょう」
「おい!」
「あれだけカッコよく決めておいて一瞬で論破されたぞ」
「あれ、おかしいですね。す、すいません、バイト勇者さん、念のため壺を割った時の状況ってもう一度教えてもらえませんか?」
「いいっすよ、まず――――」
「あ、すみません、この土蔵の中入って実際に再現してもらえませんか?」
「ん? まぁ、いいっすけど」
大和に促されるまま土蔵の中に入り、意気揚々とバイト勇者は奥の壺が元々置いてあった場所に立った。
「この奥に壺が置いてあったのでこれを移動させようと持ち上げたら手が滑って壺が割れたんっすよ。ここら辺に破片も散らばってたでしょ?」
「本当にそれで間違いありませんか?」
「ええ、間違いないっす――――あれ? なんすか、この空気?」
天龍と磯風が目を丸くしてバイト勇者を見ている。
その後ろで、大和が確信をもって笑みを浮かべたのが見えた。
「やはり、バイト勇者さんは知らなかったんですね」
そう、彼は、彼だけが知らなかった。その証言を中井がしていた時、彼はちりとりと箒を取りに行っていてその場にいなかったのだから。
「中井さんと花板さんが土蔵で逢引きをしていたのは知ってますよね?」
「ええ、そうみたいっすね。まさかあの二人がくっついてるなんて想像もしてなかったっすけど」
「その時、彼らはただ逢引きをしていただけじゃないんですよ」
「え?」
「実はその時、壺の場所を動かしているんですよ。運び出しやすいように、奥側から、入口の近くまで」
バイト勇者の表情が固まった。やられた、完全に油断していた、そんな思考が脳裏をぐるぐる回っていた。
大和はこのボロを出すのを待っていた。そのために推理を外したかのような小芝居までいれて油断させて、そしてついに決定的な証拠を引きずりだした。
「おかしいですね、バイト勇者さん。あなたは確かに奥に壺が置いてあったと言った。しかし、実際には壺は入口付近に置いてあったんですよ? これは一体どういうことでしょうかね?」
「…………」
「中井さんも不思議がってましたよ。破片が何故奥の方に散らばってるのかって。理由は明白です。その破片が意図的にそこにばらまかれたもので、かつ、その犯人は壺が入り口付近に移動されていたことを知らなかったからです。だから、奥に破片をばらまくのが自然だと思っていたんです」
みるみるうちにバイト勇者の表情が歪んでいく。
「本当にあなたが壺を割ったのなら、変わった壺の位置を見て知っていた筈。それを知らなかったということはつまり、あなたは壺を割っていない。あなたが見たのは壺が既に割れている状態だったということになるのです」
「おお、おお、そうか!」
「なるほろな」
天龍と磯風が感心したように頷いている。大和はさらに続ける。
「土蔵の中で壺が割れていればあなたが破片を奥に動かしてしまうような失敗はしなかったでしょう。あなたは、土蔵の中で壺を移動させた際に割ってしまったという設定で犯人を演じた。ですから、土蔵内に破片が散らばってる限りはそのままにしておいて問題はないはず」
「だが、破片は不自然な位置に移動させられていた。バイト勇者には破片を動かす必要があった訳か」
「裏返して、壺の破片が土蔵の外に散らばってたことになるな」
「あなたは、壺を割った犯人を庇ったんですよね? 犯人が誰か、わかってしまったから」
「…………」
「壺が割れているのを見ただけなんだろ? それだけで犯人がわかるもんなのか?」
天龍の疑問に、大和は首を縦に振って返した。
「ええ、壺が土蔵の外で割れていた場合に限って、その犯人は一人しかありえないんです」
女将は彼女に旅館を代表して壺を取りに行くよう言いつけた。
ならば、壺を土蔵の外に運び出す人間は一人しかいないのだ。
「若女将、いろはさん、ですよね? 壺を割った犯人は」
「…………全部、お見通しなんすね」
「いろはさんは特に女将さんから厳しく指導を受けていた。その過程で女将さんは恐怖の象徴にすらなっていたかもしれません。そんな時、女将さんから持ってくるよう言いつけられた壺を割ってしまった。女将さんの厳しさと壺の価値を知っていた彼女にとってこれがどれだけの恐怖なのか、理解には及びません」
もしかしたら彼女は殺されるとまで考えていたかもしれない。
一概に、逃げた彼女を責めることもできない。
「彼女は慌てて壺の破片を拾おうと手を伸ばし、そこで指を切ってしまった。小石の血痕はその時のものでしょう。彼女、指を怪我してましたし。さらにパニックになった彼女はもうその場から逃げるしかなかった。そして、その後、あなたがやって来た」
「……あの時、客間の掃除を頼まれてて、土蔵の方からショートカットしに来たんす」
「そして、全てを察したあなたは彼女を助けるため、偽装工作を始めた」
壺の破片を土蔵の中に移動させ、血の付いた石を回収した。
ただ、急いでいたからか、破片を一欠片回収しそこね、小石も不自然に抜けたまま放置し、隣の小石の僅かな血痕には気付けなかった。
「あなたの作務衣にはポケットがないですし、石はあの時持ってたバケツの水の中に沈めて運んでたのでは? あれだけ黒く濁った水の中なら底まで見えませんし」
「ええ、中々血が落ちなくて苦労したっすよ」
バイト勇者は自嘲気味に笑った。
「そして、最後の仕上げにちりとりと箒を持って皆の前で自供。ほぼ完璧ですね、普通これで真犯人に気付く人はまずいないでしょう」
「気付かれたっすけど」
「そいつは俺達が相手だったからな」
「ふ、運がなかったな」
「なんであなた達が得意げなんですか?」
胸を張る天龍達を横目で睨みながら、土蔵の外に出て、案の定そこに立っていた少女に大和は声をかけた。
「どうです? 合ってますか、私の推理?」
「はい、全くもって、その通りです」
「いろは……」
「ごめんね、私のせいでバイト、クビにまでなっちゃって……私、そんなつもりじゃなかったのに……」
「いいんっすよ。俺がクビになるだけで済むんなら、それが最善だと思ったんす。女将さんは厳しい人っすから、犯人がいろはだって知ったら勘当されちまうまであるって思っちまったんすよ。それだけは嫌だから、俺のクビ賭けてでも避けないとって思って……」
「一昔前のウチの監察艦みたいな口ぶりを……」
以前の矢矧とのいざこざを思い出して大和は呆れたようにため息をつく。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
いろはは今にも泣きだしそうな程目に涙を溜めている。
大和はそんな彼女に優しく笑いかけた。
「大丈夫です。今からでも女将さんに真実を話しに行きましょう」
「……え?」
「大丈夫です、私達がなんとかしてみせます!」
少し不安げな表情で俯いていたが、大和の言葉に顔をあげ、いろはは強くうなずいた。
☆
「――というのが今回の真相です」
「すいませんでした!」
「お、御婆様、申し訳ありません……!」
ことの経緯を話し、畳に頭を付ける二人。
それを、女将は静かに見下ろしていたかと思うと、笑いながら大きくため息をついた。
「あのね、そんなこととっくに知ってるよ、お前さん方」
「え!?」
「バイト、お前さんね。土蔵にバケツと雑巾もって掃除行く奴があるかね。土蔵ってのは湿気から物を守るためにあるんだ。濡れ雑巾なんざもってのほかだろう」
「あ」
「ああ、なるほろな」
「なるほろ、確かに」
「なるほろですね」
「だから、こいつが嘘ついてんのはすぐわかった。お前もだよ、いろは」
「え、あ、はい!?」
「今ここにお泊りになってるお客様は皆昔馴染みの常連さんだ。島のことなんざあんたより知ってる方々ばっかりさ。わざわざ島の案内なんて頼まないよ」
横からチーズをかっさらわれたネズミの気分だった。
こんなの、最初から探偵などいらなかったのだ。女将さんは最初から全部お見通しだったのだから。
「まぁ、このまま今日中にどっちも頭下げに来ないようなら二人とも追い出してたがね。気が変わった、お前さんのクビは取り消しだ。残りも頑張んな」
「え!? 本当っすか!? ありがとうございます!」
「あの、御婆様……」
「いろは、歯を食いしばんなさい」
「……はい」
「待ってください!」
いろはに手を上げかけた女将を大和が制止した。
「今回の件は、女将さんがいろはさんを追い詰めすぎたことも原因の一端なのでは?」
「……だからって人様に罪をなすりつけて許されるってもんじゃありません」
「ならせめて手をあげるのはやめてあげてください。全部が全部、彼女が悪い訳じゃないはずです。あの壺、女手一つでは厳しいって中井さんも言ってましたよ」
「…………」
しばらく女将と大和の間で睨み合いが続く。
一分が経った頃、先に女将が折れた。
「わかりました。大和さんがそこまで言うなら折檻はよしましょう。いろは、反省は仕事で示しなさい」
「は、はい!」
「二人とも下がって仕事に戻りな。もうじき夕飯時だ。忙しくなるよ」
その声と共に二人は安心した表情で女将の部屋を出て行った。
残ったのは大和達と女将だけ。
「……今回はとんだご迷惑をおかけしました」
「いえ、こちらこそ。内輪の事情に土足で割り込んで申し訳ありませんでした」
「ふふ、それじゃ、今回は両成敗ということで手を打ちましょうか」
「ええ、そうですね」
初めて女将がここまで和やかに笑ったのを見た気がすると、三人は思った。
まるで、二人を追い出さずに済んで良かったと安堵しているかのような表情だ。
「あ、そうだ。一つだけわからないことがあるんですが、聞いてもいいですか?」
「なんです?」
「女将さん、バイト勇者君にもいろはさんと同じくらい厳しく当たってたって聞いたんですが、何故です?」
それを聞いて、女将はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて言った。
「それは、なにせ可愛い孫娘が見初めた男ですから、どんな程度のものかと気にもなりますし、骨があるようなら将来困らないよう今からしっかり育てておくのは老婆心でございましょう?」
その予想外の返答に三人は絶句した。
「つまり、婿いびり……」
「ったく、なんて婆さんだよ……」
「じゃあ、嫌いできつく当たってたんじゃなかったんですね?」
「ええ、勿論ですよ。私は気に入ってる輩には厳しく接してしまう性根なものでしてね。今回の件もある意味では良かったと思ってます。あのバイトの全部を肯定する訳じゃありませんがね、私は案外嫌いじゃないんですよ? 身を挺して女を守ろうっていう男気は」
女将は着物の袖で口元を隠しながら、それはもう実に楽しそうに笑っているのだった。
これにて長編前の日常編終了です。
次回から『天龍編』に入っていこうと思います。