七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
龍田、現る。




第七十六話「Si, Signore」

 

『いや、全く、とんでもないことをしでかしてくれたわね、参謀総長殿?』

 

 豪華な装飾があしらわれた薄暗い一室。その中央に無造作に置かれたラジオ型の通信機から流れる変声機で加工された声に、参謀総長はビクリと肩を震わせ、冷や汗を垂らす。

 通信機の声は参謀総長の返事を待たぬまま、続けて言った。

 

『DW-1はアタシの貴重な実験サンプル。それを色々と協力してもらっている恩義であなた達陸軍に預け、研究を許してあげていたのに。まさか、そのサンプルを逃がしてしまうなんてね』

「返す、言葉もありませんなぁ……」

 

参謀総長の力のない返答に通信機の向こうからため息が聞こえる。

 

『それで、どうするの? DW-1が公の元に晒されるようなことがあれば、あなた、完全に終わりよ? それに、今あれが日の光に当たるのは、アタシの方にも多少なりとも不都合があるのだけれど?』

「重々承知しておりますよ。そのために、生体内マーカーなどという金のかかるものまで付けて万全の監視体制を整えてきた。特務小隊を編成した後、可及的速やかに回収いたしまする故、ご安心ください」

 

 僅かに余裕が戻る参謀総長の声に、彼が言う特務小隊に少なからず自信があることは通信機越しにも読み取れた。

 

『特務小隊、ねぇ……』

「陸軍特務部隊、通称『蜻蛉(トンボ)隊』。我が陸軍の精鋭三十名からなる非公式小隊です。戦力的にDW-1に遅れをとる心配はないかと」

『そう、期待させてもらうわ。ところで、その隊にもう一人加えて欲しい子がいるのだけれど頼めるかしら?』

「おお、ご助力を頂けると?」

『一人元気のあり余ってる子がいてね。折角だから貸してあげるわ』

「ほっほ、それはありがたい。では、その三十一名で隊を編成させてもらいましょう」

 

 通信機からの申し出に、参謀総長は嬉しそうに顔を綻ばせた。

 

「これは良い報告ができそうですな」

『とにかくDW-1の確保、それができないなら処分。それだけはなんとしても完遂して頂戴。頼むわよ?』

 

 そう言って、通信は一方的に切られた。

 今まで笑みを浮かべていた参謀総長は険しい顔つきで、既に物言わぬ通信機を睨みつけた。

 

「ふん、鏑木美鈴め。誰のおかげで今日まであの元帥の目をかいくぐって生きていられると思っておるのやら」

 

 かの女性の名を忌々しいといわんばかりに腹立たし気な口調で洩らすと、ふと思案にふけるように顎に手を当て、苦い顔を浮かべた。

 

「しかし、彼女の助力を得られたとは言え、問題はあの元帥がどう動いてくるか……」

 

 以前の会議では随分と怪しい挙動を見せてしまった。あの老人からしてみれば余りに大きな失態と言わざるを得ない。既に目を付けられているも同然。

 彼の介入が参謀総長にとって一番の懸念であった。

 

 

「へぇ、磯風が963位ねぇ、演習だけしか戦果ない癖にかなり高順位じゃない」

「矢矧は途中から番外になってるな」

「その頃はもう渡りの艦娘になってたからね、大本営データベースに戦果は記録できないのよ。存在が規定違反みたいなものだから」

 

 矢矧の言葉に、磯風が顔を曇らせる。

 

「艦娘は鎮守府の所有物、だからな。特定の鎮守府に留まらず、非公式に不特定多数の鎮守府での役務は許されない、か」

「違うわよ、単に尻軽は嫌われるって意味よ」

「誰が尻軽よ!?」

「大和はどこの鎮守府いたんでち? ランキング気になるでち」

「え、私ですか?」

「はいはい! 私も気になるぅー!」

 

 矢矧と瑞鳳が口喧嘩を始めた他所で、伊58とプリンツが大和に向けてタブレット片手に目を輝かせて尋ねる。

 しかし、反対に大和は申し訳なさそうに頬を掻いて、呟く。

 

「……えーと、ですね。私、覚えてないんですよ、実は」

「え?」

 

 場の空気が凍ったように静まり返った。

 

「覚えてないってどういうことでち?」

「ええ、ちょっとここに来る以前に色々ありまして。その時の後遺症で過去の記憶が断片的になくなってまして……以前いた鎮守府の記憶はちょっと思い出せなくて」

「初耳なんだけど」

「あれ、言ってませんでしたっけ?」

「…………」

「どうしたの、プリンツ?」

「ん!? い、いや、なんでもない!」

 

 顔を伏せたプリンツを心配そうにのぞき込む矢矧に、プリンツはめいっぱいの笑顔で手を振って答える。

 しかし、内心では以前見た、大和のことが気にかかっていた。

 

『あなたは誰なの?』

『言ったでしょう? 私は大和です。そして、あなたの良く知る私も大和。どちらも大和でどちらかが欠けても大和ではない、そんな感じです』

 

(あれが、何か関係してるのかな……?)

「――おー、ただいまーっと」

 

 プリンツの思案を遮るように食堂の扉が開き、天龍がすっかり元の調子に戻って帰ってきた。

 

「あら、天龍早かったわね。もう少し拗ねてると思ってたわ」

 

 瑞鳳がニヤニヤと笑みを浮かべて天龍をからかう。

 いつもの天龍なら瑞鳳に噛みついていくところだが、今日の天龍は少し困惑した様子で頭を掻きながら、

 

「あー、いや、まぁ、その色々あってな。ちょっと報告してぇことができて帰ってきた」

 

 と歯切れ悪く、天龍は背後に立っていた彼女をその場の全員に見せるように一歩横にずれた。

 

「ここが天龍ちゃんの今の鎮守府かしら~?」

「誰!?」

 

 それから天龍からもろもろのいきさつを聞いて、七丈島鎮守府の面々と伊58は大きく息をついた。

 

「――この七丈島鎮守府に流れ着いた、ですか」

「なんかどっかで聞いた話だな」

「おい磯風、なんで私を見るでちか」

「で、どこの鎮守府から来たのよ?」

「うーん、それは答えられないわねぇ~」

 

 矢矧の質問に龍田は笑顔で答えを拒否した。

 

「だって、私の最後の記憶から、なんだか随分時間が経っちゃってるみたいなのよねぇ、十年くらい?」

「え、それってつまりは」

「記憶喪失ってやつかしら~」

「…………」

「おい、お前ら、私を見るのやめろでち!」

 

 伊58とのファーストコンタクトにデジャビュを覚える大和達であった。

 

「それで、もしかしなくても二人は知り合い同士なのよね?」

「ええ、今から十年くらい前になるのかしらぁ? 天龍ちゃんと私は同じ舞鶴鎮守府にいたのよ」

「へぇ、そんなお二人がこんな形で再会なんて凄い偶然ですね!」

「じゃあ舞鶴にいた頃の天龍を知ってるのか」

「ランキングの件についても真偽がはっきりするわね」

「お前ら、まだ信じてなかったのかよ!」

 

 依然、元ランキング9位であった事実を信じていない瑞鳳達に天龍はため息をつく。

 その様子を見て龍田は嬉しそうに笑った。

 

「天龍ちゃん、ここの鎮守府ではうまくやってるのね~。私、凄くほっとしたわ」

「む、昔とはちげぇよ!」

「昔は違ったのか?」

「天龍ちゃん、舞鶴にいた時は友達なんて一人もいなかったのよ~?」

「ばっ! 何言ってんだ、龍田!」

 

 楽しそうに話し始める龍田の口を慌てて閉じる天龍だったが、時すでに遅く、見れば口元を抑えてニヤニヤを抑えきれない瑞鳳の顔が見えた。

 

「ぼっちの天龍」

「ぶはっ! ちょ、磯風、真顔でそういうこと言うのやめて! お腹よじれる!」

「髪も今みたいに短くなかったわよね~」

「え、天龍ロングだったんですか!? 何それ、みたい!」

「大和くらいの長さあったわよぉ」

 

 その言葉に人一倍反応したのは矢矧だった。

 

「嘘でしょ!? 二日に一回しかお風呂入らないうえにトリートメントとシャンプーの違いもわかってないそんなズボラな性格で、ロングヘアーとか無謀過ぎでしょ!? 絶対寝癖まみれのパッサパサだったでしょう!」

「そんなことねぇよ!」

「そうよ、パッサパサっていうよりはボッサボサよねぇ? 酷い時はスーパーサイヤ人みたいに――――」

「龍田、ちょっと黙っててくれ!」

「サイヤ人て! ひー、死ぬ! 笑いすぎて! 死ぬ!」

「瑞鳳、てめぇ、言い残す言葉はそれでいいんだな!?」

「ここはいつ来ても賑やかでちなぁ」

 

 食堂の喧騒はその後数時間おさまりを見せなかったと言う。

 

 

「つーわけで、提督。龍田拾ったからしばらくウチに置いといていいか?」

「そんな、猫拾ってきたから飼っていいみたいに言われましても……」

「私を飼ってにゃ~ん」

「飼ってにゃ~んて」

 

 とりあえず一段落ついて、執務室で提督の判断を仰ぎにいった天龍と龍田を提督は複雑な表情で迎えた。

 

「ええ、どうしましょう。以前こんな感じでOKして私殺されかけたんですよねぇ」

「伊58のことはもう言ってやるな。意外と傷ついてんだよ、あいつ」

「うーん……」

 

 提督は天龍の隣でニコニコと人懐っこい笑みを向けてくる龍田を見て言った。

 

「漁師さんに助けられたと聞きましたけれど、艤装はなかったんですか?」

「ん、そういやなかったな?」

「あら~? そうねぇ、いつの間にどっかいっちゃったのかしらぁ?」

「そんな状態でよく生き残れましたね……」

 

 艤装のない艦娘は絶対のカナヅチだ。故に海上で艤装を失うことはほとんど轟沈と同義なのだが、実際助かっている所を見ると本当に運が良かったとしか言いようがない。

 

「まぁ、今回はスパイ送られるような因縁のある方も心当たりありませんし、本当に海で遭難して記憶喪失、ということなんでしょうかねぇ」

「提督、もしかして伊58の件意外と根に持ってんのか?」

 

 提督の警戒度が妙に高い。気づいていたとはいえ、伊58に暗殺されかけるというのは実はそれなりに冷や汗ものだったのかもしれない。

 

「多分しばらくしたらどっかの鎮守府から捜索要請あがってくるだろ」

「まぁ、いいでしょう。どちらにせよ私、これから数日鎮守府離れますから、そこら辺の処理とかどうせできませんし。しばらくここに居てくれた方が私的にも都合良いかもしれません」

「やったぁ、提督、ありがとうございます~」

「ん? 提督、どっかいくのか?」

 

 天龍の質問に提督は一枚の電報を見せる。

 

「呼び出しです、元帥から」

「元帥から!?」

「後で全員を集めて説明しますが、正直いつ戻れるかも検討がつきません。なので、それまでの間、龍田さんのお世話は拾ってきた天龍が責任をもってよろしくお願いしますね?」

「そんな自分で拾った猫なんだから責任もって世話しろみてぇに」

「天龍ちゃん、よろしくにゃん」

「よろしくにゃん、じゃねぇよ」

「はいはい、とにかく滞在許可は出しておきますので、龍田さんはもう下がっていいですよ。あ、天龍はまだこのまま残ってください」

 

 そう言って龍田だけを執務室から退室させた後、提督は顔をしかめて天龍に尋ねた。

 

「左頬の泣きぼくろ、右腕の火傷跡、あなたから聞いた彼女の特徴と一致しますが……まさか、他人の空似ですよね?」

「……あいつは、舞鶴にいた頃の俺を知ってた」

 

 提督が息をのんだ。

 

「馬鹿な、だって彼女は……」

「俺にもよくわかんねぇ。あいつには十年前から先の記憶がねぇみたいだからな、何があったのか聞きようもねぇ」

 

 天龍の声は少し震えていた。

 

「十年前、俺はあいつを殺した。そこから一体何があって生き残ったのか、見当もつかねぇよ」

「…………」

「提督、見たか? あいつ、ちゃんと、艦娘だったよ。ちゃんと、生きてた……!」

 

 天龍の表情は笑顔だった。しかし、その目からはダムが決壊したかのように涙が絶えずあふれ出していた。

 

「良かった……! 本当に良かった! 俺は、あいつを、殺してなかった!」

「天龍……」

 

 良かった、と何度も繰り返し、むせび泣く天龍を見て、提督は喉元まで出かけていた言葉を飲み込み、何も言わずに彼女の頭を撫でてやっていた。

 

 

「――さて、急な呼び出しですまなかったわね」

 

 執務机に両手を組んで置き、朗らかに笑う女性はそう言って、扉を開けて入ってきた甘いマスクをした黒髪の好青年に声をかけた。

 

「いえ、上司かつ、それが美しい女性からの呼び出しとあらば、僕は深海棲艦に襲われている最中だったとしてもすぐにあなたの元に駆けつけてみせますよ」

 

 青年はそう言ってキザったらしくその場に膝をついて胸に手を当てて敬礼して見せる。

 

「はい、ありがとう。たった今、日本(ジャッポーネ)に潜り込ませた諜報員から連絡があったわ。DW-1の居場所がわかったみたいよ」

 

 DW-1の単語を聞くと、即座に青年は立ち上がって、真面目な表情に変わる。

 

「では、本格的に我々が動く時が来た、という訳ですね」

「ええ、現在我が国では艦娘、深海棲艦双方の研究とも諸外国には差を付けられているのが現状。なればこそ、追いつくにはそれらの最先端をゆく日本の研究を横取りするのが手っ取り早い」

 

 女性は悪人のような笑みを浮かべて続けた。

 

「奪って来なさい。日本の深海棲艦研究の成果、DW-1を」

Si, Signore(了解)

「よろしい。この作戦中、君の名前はエドモンド・ロッソ。所属はイタリア海軍、階級は少将よ。二人とも、入ってきて」

 

 女性の言葉の後、すぐに扉を開けて入ってきた二人の少女を見て青年は声をあげた。

 

「セレーネ! プリシラ! 君達もこの作戦に?」

「ええ、そうよ。でも残念、今の私はセレーネじゃなくてイタリア海軍重巡洋艦艦娘Zaraよ、エドモンド・ロッソ提督?」

「お久しぶりでぇす、プリシラ改め、イタリア海軍重巡洋艦艦娘Polaで~す」

「エドモンド・ロッソ少将。君はこの重巡洋艦艦娘ザラとポーラを連れ、日本へ友軍艦隊として海外遠征へ行ってもらうこととする。既に、諸々の処理は済んでいる。明朝出発し、DW-1を持ち帰ってきなさい。いいわね?」

 

 作戦詳細の入ったUSBを受け取り、エドモンド、ザラ、ポーラは海軍式の敬礼を返した。

 

情報・軍事保安庁(SISMI)の名にかけて」

「期待しているわよ」

 

 女性の言葉に、エドモンドはキザったらしいウインクと笑みで答えて見せた。

 

 




色んなキャラが登場してきてわっちゃわちゃしそうな天龍編。
次回から本格的に話が動き始めます。

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