七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
天龍、龍田VS綾波



第八十二話「この武蔵、常に一番弱い者の味方につくと心に決めている」

 

 遡ること一時間ほど前。

 

「さて、私達が蜻蛉隊、横須賀両勢力の隙を縫って天龍達に追いつく方法だけれど」

 

 ホワイドボードの目の前で咳払いしながら矢矧は食堂の一つのテーブルに集まる大和、磯風、プリンツ、瑞鳳を見渡して言った。

 

「待つ、ことよ」

「待つ、ですか?」

「どういう意味だ?」

「そうね、私もそれが一番手っ取り早いと思うわ」

 

 大和と磯風が疑問符を浮かべる中、瑞鳳だけは矢矧の意見に納得したように首を縦に振っている。

 

「天龍達はこの鎮守府に戻ってくる可能性が高いわ」

「そうなんですか?」

「だって大和、考えてもみなさいよ? 既にこの島には蜻蛉隊と横須賀艦隊がうじゃうじゃしてんのよ? そんな戦力的にも物量的にも不利な状況でこの小さな島でずっと逃げ続けることなんて不可能でしょ」

「む、確かにそうだな」

「本気で天龍が龍田と共に逃げるつもりなら、考えることは一つよ」

 

 七丈島からの逃亡。そえが最も現実的な方法に違いない。

 しかし、艦娘の天龍にはそのために艤装が必要だ。そして、その艤装がどこに保管してあると言えば、当然、この七丈島鎮守府であろう。

 

「天龍達はまたここに帰ってくるってことですか!? 艤装を入手するために!?」

「そうよ、だから最終的に私達はここで待っているだけで天龍と再会できる」

「ま、そう上手くはいかないんだけれどね」

「……そうでしょうね」

「まだ何かあるんですか?」

 

 今度は矢矧に代わって瑞鳳が説明をする。

 

「天龍達がここに帰ってくる大前提として、あいつらが蜻蛉隊、横須賀両方の追跡を躱すことが絶対条件よ。でも蜻蛉隊は人数がいるうえ、探知機まで持ってる。加えて、人数はいないけれど、まず遭遇したらジエンドの横須賀がうろついている。この状況で天龍達が上手く逃げてウチに帰ってくるのを信じて待つっていうのはあまりにご都合すぎるわね」

「じゃあ、どうするんだ?」

「当然、私達でサポートするのよ。天龍達がここにちゃんと帰って来られるようにね」

「天龍達の逃走をサポートしつつ待機。これが私達の作戦になるわ」

 

 捕まえたいのか逃がしたいのかよくわからない作戦で頭が混乱しそうになるが、取りあえず作戦の主旨は理解できたと大和は大きく頷く。

 磯風やプリンツも同様に首を縦に振っている。

 

「で、具体的にはどうサポートするんだ?」

「蜻蛉隊、横須賀になくて私達にあるものって何かわかる?」

「この島の地理情報とか、でしょうか?」

「それもあるわ。でもこれは多分蜻蛉隊もある程度情報は集めてきてるでしょうし、それほど大きな差は出ないと思うわ」

「目、ね?」

「その通り」

 

 矢矧の返答に満足げに瑞鳳が頷いた。

 

「目?」

「具体的には、艦載機よ」

「えー? 確かに横須賀には艦載機搭載艦はいないけど、蜻蛉隊にはぁ?」

「いないわ」

 

 プリンツの疑問に矢矧が即答する。

 

「さっき海にいた他の蜻蛉隊の中に飛行甲板を装備しているタイプの艤装はなかったわ。何より、艦載機を持っているのならもう天龍達の追跡に使ってるし、下手したらもう捕まってるわ。その様子がないってことはそういうことよ」

「艦載機を操縦するのは妖精さんよ。あの陸軍式艤装とやらには妖精さんは寄り付かなかったんでしょうね、空母系がいないのはそれが原因かもね」

「ほーこーせいのちがいであいいれぬです」

「そうなんですか」

 

 ここぞとばかりに戦闘糧食妖精さんが机の上に降ってきたかと思うとそう言いながらイヤイヤと首を振っている。

 

「可能性があるとすれば、カ号観測機、三式指揮連絡機を装備できるあきつ丸だけれど、まぁ、持ってきてないんでしょうね。天龍達絶賛逃走中だし」

「もってないです。あのひとから同志のけはいしませんでしたのでので」

「まぁ、そういうわけで、今七丈島の制空権は私達が確保したも同然の状態ってわけ」

「その艦載機を使って天龍と龍田、蜻蛉隊、横須賀の動向をチェックしつつ逃走サポートをするわ」

 

 これならば数や戦力で他二勢力に劣る七丈島艦隊にも勝ちの目が生まれる。

 

「あの、艦載機で天龍達の居場所がわかったなら、普通にそこに行けば良いんじゃないですか?」

「それは――――」

「――それは愚策中の愚策と言わざるを得ないな」

 

 私の質問に矢矧が口を開きかけたその時、食堂に凛とした女性の声が響き渡る。

 瞬間、瑞鳳が何かの気配を察知したのか勢いよく立ち上がり、上を見上げる。

 

「上かっ!」

「いいや、下だッ!」

「きゃあああああああああ!?」

 

 瑞鳳が悲鳴をあげたのも無理はない。

 自分の足元から聞こえる声に上から下へ即座に視線を映せばそこには自分の足の下に横たわり、決め顔でほくそ笑む武蔵の姿があったのだから。

 

「なんで! なんで私の足の下にいるのよ!?」

「ふむ、体重は32.6 kgといった所か……痩せすぎだな、もっと肉を付けた方が健康的といえる」

「女の体重を堂々とばらしてんじゃないわよ、てかなんでわかんのよ、変態!」

「え、瑞鳳の身長が大体150 cmとしてBMIが……やべぇ、すごいですね」

「計算しなくていい!」

「……羨ましい」

「矢矧! あんたが最後の頼みなんだからしっかりしなさい!」

「ふむ、やはり負荷が足りていないな、大和、お前も乗ってみてくれないか」

「絶対に嫌です」

「あんたいつまで私の踏台になってんのよ! いや、私が退けばいいんだわ、これ!」

「させると、思うか?」

「足掴むな!」

「何を言われようと私はこの手を離さん! ほら、なんとでも言え! 言ってみろッ!」

「あんた罵倒されたいだけでしょ!?」

 

 突如、武蔵の出現によって食堂は大混乱となった。

 

 

「いや、新鮮な反応をありがとう。横須賀の奴らではこうはいかない。貴重な体験をさせてもらったよ」

「……疲れた」

「話が中断してしまったわね」

「そうだな。お前達が艦載機で天龍を探して直接会いに行くことについてだったか。繰り返すが、それはやめた方がいい」

 

 そう言いながら、武蔵は再び席についた七丈島艦隊の面々を見ながら、同様に椅子に座るように腰を落とす。

 しかし、そこに椅子はない。

 

「……なんで空気椅子してるんですか?」

「試さずにはいられないのさ、己の大腿四頭筋というやつをな……ッ!」

「大和、もう無視しなさい。話が進まないわ」

「それで、何故天龍に直接会いに行くことがダメなのか。まぁ、矢矧と瑞鳳はわかっているようだが、それは当然お前達が直接天龍の元へ向かうことで他の勢力にも見つかる可能性が高いからだ」

 

 武蔵は空気椅子状態にも関わらず、苦悶の表情一つ見せずに涼しげな顔で説明を始めた。

 

「天龍が七丈島艦隊から離反したのは周知の事実。だが、かといって七丈島艦隊との接触がなくなるとは我々も蜻蛉隊も考えてはいない。むしろ、お前達の向かう場所に天龍がいる可能性が高いとすら思っている。お前達がこの状況で外に出ていくとすれば、それは天龍との接触を狙ったものに違いないと考えられるからだ」

 

 確かに、今の状況で、外で七丈島艦隊の面々が動いているのを見れば、天龍との接触が目的に違いないと考えるだろう。

 大和は今、艦載機で天龍達を見つけて天龍達の元へ行けば手っ取り早いと言った。だが、そんな単純な思考で動くことは、みすみす天龍の元に蜻蛉隊、横須賀艦隊を案内しているようなものだ。

 

「故に、やはりお前達は天龍がここに帰ってくるのを待つべきだ。確実性というのもあるが、なにより敵に余計な情報を与えないという意味でもな」

「な、成程、すみません確かに軽率な意見でした……」

「ていうか、武蔵。あんたも敵側よね? いっちょまえにスパイのつもり?」

 

 大和は自分の意見の危険性に気付き、潔く引き下がる。その一方で瑞鳳は厳しい懐疑の視線を武蔵に投げかけていた。

 

「ふ、良い目だ。そうでなくてはな。私を信用するなどそれこそ愚の骨頂、その懐疑の目を決して緩めるなよ?」

「敵意を楽しんでんじゃないわよ、変態」

「生憎、性分でな。しかも私自身、案外これが気に入っている」

「いけ好かないわね」

 

 まるで目の前の艦娘の底が見えない。瑞鳳は武蔵から感じる存在自体のステージの違いに、結局気圧され、一歩引くことになった。

 少なくとも、向こうに敵意がない限りは、こちらから仕掛けることはしてはいけないと判断した。

 

「安心しろ。この武蔵、今回はお前達側につくことにした。この作戦を神通達に密告もしないし、できる限りの協力は約束しよう」

「……理由を聞いても構いませんか?」

「そうね、私達につくことについてあなたには何一つメリットがあるようには思えないもの。私もその理由は聞きたいわ」

 

 大和と矢矧に武蔵は一変、真剣な表情になると口を開いた。

 

「この武蔵、常に一番弱い者の味方につくと心に決めている」

 

 そして、付け加えるように、

 

「一番痛い目に逢える確率が高いからな」

 

 そう言いながら、彼女は楽しそうに笑った。

 

 

「――よし、見つけたわ」

 

 瑞鳳が艦載機を数機発艦させてから十分程度で、天龍達の所在は割れた。

 素早く、事前に広げていた七丈島の地図に瑞鳳が天龍の見つかった場所を×印で書き、進行方向を矢印で書いて見せる。

 

「……どうやら商店街の方に向かっている、みたいですね」

「木を隠すなら森の中、人を隠すなら人ごみの中ってことかしらね」

「天龍にしちゃ悪くない手ね」

 

 瑞鳳が感心したように笑っていると、突然、その表情が険しくなる。

 

「拙いわね」

「どうしたんだ?」

「商店街であきつ丸がなんか演説してるみたいなのよ。島民に天龍を探すのを手伝わせる気ね」

「おい、それじゃ商店街に向かってる天龍は敵地に飛び込みにいってるようなものじゃないか! なんとか防がないと捕まるぞ!」

「流石に今からじゃどうにもなんないわよ」

「じゃあ、天龍にこのことを知らせましょう! 艦載機を使えば可能じゃないですか!?」

 

 大和の意見に矢矧は顔をしかめる。

 

「今、天龍の中で私達がどういう認識になっているのかわからない限り、接触はさけるべきだわ。もし、艦載機を警戒されたら今後天龍の動向を探るのが難しくなる」

「しかも、それで天龍の足を鈍らせてしまえば、蜻蛉隊と横須賀に見つかりやすいよう追い詰めるようなものよ」

「なんか、面倒くさいなぁ!」

「難しいな……」

 

 プリンツと磯風が悩ましそうに頭を抱えている。

 

「まぁ、こればかりは直接話し合うしかないからな。今はチャンスを待とうじゃないか。何、焦らしプレイだと思えばこれくらい」

「武蔵さんはいつも一言多いですよね」

「途中まではかっこいいこと言ってるんだがな、シメが、な」

「大和」

 

 武蔵に呆れている大和の傍へ、いつの間にか瑞鳳がやってきていた。

 その表情は満面の笑みに包まれている。

 しかし、瑞鳳に限ってその表情からは嫌な予感しかしない。

 

「大和、囮、いってきて」

「……マジですか」

「多分、天龍ならギリこの状況でも危険を察知して逃げる筈よ。だから、あんたが蜻蛉隊の包囲網を攪乱しなさい。大丈夫よ、指示は私が出すから、あんたはただ私の言う通り走ればいいの」

「私の扱いがあんまりだ!」

「お姉さまの扱いがあんまりだ!」

 

 大和とプリンツは同じポーズで瑞鳳に抗議する。

 そんな大和に瑞鳳は彼女の耳元まで口を近づけ、周囲には聞こえないように呟く。

 

「あなたなら、あの探知機にも反応するでしょ?」

「――――ッ!? 瑞鳳、あなたは……なんでそこまで私のことを……」

「あら、初めて会った時にも言わなかったかしら? データと分析に基づくプロファイルよ、プロファイル」

 

 瑞鳳は悪戯っぽい笑顔でそう言った。

 

 

「――それで、囮がなんでこのメンバーなんですかねぇ」

「私はお姉さまと一定範囲離れると死んじゃう病ですから!」

「はっはっは、なんだか荒事の匂いがしたのでな、私としては行くしかあるまいよ」

「やりにく! 変態だらけじゃないですか、何このパーティー!?」

『ほら、文句言ってないで早く走りなさい』

 

 耳に付けたイヤホン型通信機から瑞鳳の声が聞こえる。

 私達は現在、天龍達を囲もうとしている蜻蛉隊の包囲網の外周に向かっている。

 

「天龍達は無事ですか!?」

『ええ、島民の一人に見つかったけれど、危険を察知して商店街を迂回したわ。判断が早かったのが功を奏したわね。でも、流石にこのままじゃ身動きがとれないまま囲まれるわ。天龍達のいる場所からできる限り離れた所で囮役を始めてもらうわよ。次の角を左に曲がって!』

「はい!」

 

 言われた通り角を曲がる。

 

『よし、そこで大声あげて! 天龍を見つけたって』

「天龍がここにいるぞおおおおおおおお!」

「とっちめろおおおおおお!」

「プリンツ、とっちめる必要はないですから!」

「ふ、だが、しっかり効果はあったようだな」

 

 すぐに、足音が近づいてくるのが聞こえ、次第に男達の慌ただしい声も聞こえてきた。

 

『仕上げよ。私が合図したら元来た道を全力で走りなさい。………………今! 走って!』

 

 同時に、ピーピーという先刻も効いた探知機の音がかすかに聞こえる。

 

「探知機が反応した! この辺りにいるぞ!」

「急いで連絡を!」

「ん、あれは七丈島艦隊の艦娘! 天龍とDW-1と合流するつもりかもしれん! 追え! 捕まえて拷問すれば居場所を吐くかもしれん!」

 

 後ろから響く怒声にさらに私の足に籠る力は強くなる。

 

「うわわわわわ! 拷問とか言ってますよ!? これ捕まったら本当にヤバい奴じゃないですか!」

「作戦大成功だね!」

「プリンツには後ろの怒声が聞こえてないんですか!?」

「……く、私はもうダメみたいだ。ここは私に任せて先に行け!」

「何『くそ、さっき受けた傷が……』みたいな演技してんですか!? あなた拷問されてみたいだけでしょ!? 露骨に足緩めないでください!」

『そうよ、別に今の速度維持してれば後は私のナビゲートで撒けるから。はい、次の角右ね』

 

 瑞鳳の言う通り、すぐに後ろから追って来る蜻蛉隊の気配はなくなった。

 一息ついて瑞鳳に意見を求めようと耳のイヤホンに触れると、何やら相談中のようだった。

 

「何かあったんですか?」

『次の天龍の動きがわかれば、包囲網の誘導と攪乱に確実性が増すんだけれど、いまいちわかんないのよねぇ』

 

 今は一度目の囮による攪乱。種を撒いたに過ぎない。

 これから数度にかけて攪乱を行うことで徐々に蜻蛉隊の包囲網から天龍達が外れるよう誘導していくのがこの囮作戦の主旨だ。

 しかし、そのためには次に天龍がどう動くのかを予測する必要がある。そこを読み違えるとかえって天龍を追い詰めることになりかねない。

 

『……ちょっと、この位置じゃ目的が絞れないわね。矢矧、あなたの意見を頂戴』

『本来、天龍達は商店街を通るつもりだった。しかし、そのルートが使えなくなり、急遽迂回し、今この地点で身を潜めてチャンスを伺っている…………この迂回ルートが出鱈目なものではないとすれば、多分、目的地は山だと思うわ』

「山、二原山ですか?」

『ええ、私ならこの状況なら山に身を潜めるのが最善と考えるわ』

「山に籠ってどうやって鎮守府に戻るのぉ?」

『夜まで時間を稼ぎ、闇に乗じて鎮守府に戻るつもりじゃないかしら』

『成程、確かに艦娘は夜目が効くけれど、蜻蛉隊の隊員は大多数が人間みたいだから包囲網を抜けるには闇に紛れるのが一番都合がいいわね。理にかなってるわ』

 

 矢矧の推測に瑞鳳が同意を示す。

この二人が参謀に回るとここまで心強いのかと改めて私は感嘆の息を洩らした。

 

『よし、そうとわかれば後は簡単よ。大和、今から言う場所に走りなさい!』

「はい、任せてください!」

 

 

「――ぜー、ぜー、つ、疲れた……」

「お姉さま、お水です!」

「あ、ありがとうございます」

 

 港まで帰って来た私は体力の限界と言わんばかりに足を止める。

すかさず汗だくの私にプリンツが水の入ったペットボトルを渡してくれた。ありがたくそれを受け取った私はそれを一気に飲み干した。

 プリンツと武蔵も多少汗はかいているが、私程疲労している様子がない。この変態共は化け物か。

 

「その息苦しさをしっかり覚えておけ。私は、それを記憶に刻み損ねたことを今激しく後悔している」

「あなたと一緒にしないでもらえます?」

「お姉さまの汗……! はぁ、はぁ……!」

「おすわり」

「くぅーん」

 

 お預けをくらった犬のような声をあげるプリンツを見てため息をつきながら私は汗を拭う。

 この数十分ほとんど走りっぱなしだったが、おかげで随分と包囲網を誘導できたようだ。

 先刻、瑞鳳からも天龍達が山に向けて動き始めたと連絡が入った。

 これで任務完了か。そう私が安心した、そんな時に限って、想定外の事態というものは起こるのだ。

 

『なあああああああ!? 大和、プリンツ急いで! 最悪よ! 天龍と龍田が横須賀と鉢合ったわ……』

「はああああっ!?」

「それゲームオーバー案件だよ!」

『ああ、もう、こっちのナビゲートに集中してて気付くのが遅れたわ! あの二人なら多分、すぐにはやられない筈! 取りあえず住宅街エリアまで走って! 二原山への最短ルートをナビゲートするわ!』

 

 すぐに走り出そうと住宅街に向かって身を翻したそこに、さらなる『不測の事態』が立ってこちらを見ていた。

 

「――やぁっと、見つけたでありますよ? 鼠さん方」

 

 悪寒が走り、思わず体が震えた。

 死人のような肌と死んだ目を持った得体のしれぬ不気味な女。

 蜻蛉隊隊長あきつ丸が猟奇的な笑みを見せているのが見えた。

 

「な、なんで、どこから来たんですか!?」

『は!? あきつ丸!? 嘘でしょ、寸前まで周囲に近づいてくる敵なんていなかったはずよ!?』

「成程、海から回り込んできたか」

 

 あきつ丸の足元が不自然に濡れているのを見て、武蔵は呟いた。

 

「ええ、少し前から上空を艦載機が飛び回っているのには気付いていたでありますからな。島内の監視にばかり目が行っているであろうと想定し、海から回り込んだ次第であります。いや、港にいてくれて探す手間が省けたであります」

『ごめん、大和、プリンツ……私のミスだわ』

 

 あきつ丸の勝ち誇った声を聞き、瑞鳳が悔しそうに唇を噛んでいる姿が浮かんでくるようだった。

 

「さて、探知機が反応し、かつあなた方がここにいることからDW-1はこの付近にいるのでありましょう? 正直に答えてくだされば見逃してあげましょう」

『全速力で逃げなさい! そこに隊員が集まってきているわ!』

「な! なんでこの場所が……まだあきつ丸は港に私達がいることを連絡していない筈――――」

 

『――いや、港にいてくれて探す手間が省けたであります』

 

「あの時!」

「逃げ場はない。従属か死か、正義か悪か、己で選ぶが良いであります」

「ふ、成程、いよいよ私の出番というわけだ」

 

 プレッシャーの増すあきつ丸の前に立ちふさがったのは他ならぬ武蔵であった。

 

「武蔵さん……!」

「行け!」

『そうね、大和、プリンツそこは武蔵に任せなさい! 天龍達の所に一刻も早く向かうのよ!』

「は、はい!」

 

 あきつ丸と対峙する武蔵の背中を一瞬見つめると、私とプリンツは走り出した。

 

 

「隊長!」

 

 大和達が見えなくなったのとほとんど同時のタイミングで他の隊員があきつ丸の後ろから走ってきた。

 数の優位を確認すると、あきつ丸は武蔵に尋ねる。

 

「武蔵殿、そこをどいてくださいませんか?」

「ここから先は通行止めだ。諦めて迂回してくれ」

 

 この港周辺は裏路地といったものが少ない。大和達の向かった方へこの道を迂回して行くには、一旦来た道を戻らなければならない。

 そんな悠長なことをしていれば見失ってしまう。武蔵の要求にあきつ丸が首を縦に振る訳がなかった。

 

「何故DW-1を庇うのでありますか」

「庇っているつもりはない。私は今、七丈島艦隊の味方をしているだけなのでな」

「はっはっは、同じことでありますよ」

 

 両者の間の緊張感が増した。

 

「お互い、不干渉でいこうという話だったではありませぬか」

「別に私は妨害しているつもりはないさ。私はここから先に誰も通さないのが任務であるだけだからな。むしろ、ここを通ろうとするお前達こそ、我々の任務行動に干渉していることになるが?」

「屁理屈でありますな。しかし、成程、理はある」

 

 頭をかきながらあきつ丸は武蔵の目の前まで歩み寄る。

 

「もう一度、あの素敵な拳をプレゼントしてくれるのか?」

「うーん、武蔵殿には力技は通じない上、互いの任務行動に干渉しないと言い出したのは私でありますからなぁ、それを私から破ってしまうのは不義理でありますなぁ。参りました、これは詰みでありますな!」

 

 あきつ丸が降参とでも言いたげに苦笑いして両手をあげた。

 次の瞬間、武蔵の側面が爆発した。

 否、海から砲撃を受けたのだ。当然、その砲撃を行ったのは海上であきつ丸の『合図』を待って待機していた蜻蛉隊の隊員である。

武蔵の銀縁眼鏡が、地面に落ちた。

 

「でもよく考えたら、DW-1を庇うような悪にかける義理など持ち合わせておりませんでありました! 全員突撃であります――――殺せ」

「うおおおおおおおおお!」

 

 あきつ丸の背後に待機していた十名程の隊員が軍刀を抜き、砲撃によろめく武蔵に一斉に軍刀を突き刺す。

 

「うーん、これで死んでくれていると助かるのでありますが」

「――ふぅ……ぬるいな」

「はぁ、やっぱそうでありましょうなぁ」

 

 軍刀を武蔵に突き刺した隊員達は皆一様に驚愕に包まれていた。

 

「馬鹿な……」

「軍刀の切っ先が……刺さらねぇ!?」

 

 正確には僅かに皮膚を裂いてはいる。しかし、それ以上先に切っ先が進まない。筋肉に、内臓に刃が沈まないのである。

 そして、何よりも、砲撃を生身で食らったにも関わらず、五体満足でいること。さらには火傷や血の跡が残るばかりで傷がほとんど見当たらないこと。

 

「こんな難儀な性癖となってからは、おおよそ死ぬ寸前までの苦痛は一通り体験してきたつもりだ」

 

 武蔵が自分に突き立てられた軍刀の刃の一つを掴む。その瞬間、生命の危機を察知したのか、隊員は全員武器を手放して、その場から離れることを優先した。

 蜻蛉隊に集まっているのは皆一様に軍内で名の知れた精鋭達。その精鋭達を迷わず逃走の一手に追い込むだけの覇気が、目の前の艦娘からは放たれていた。

 

「だがな、とても素敵で、とても残念なことに、私達は成長する生き物だ。ある重さのダンベルを上げ続ければ、いずれそのダンベルが軽く感じるようになってしまうように、あらゆる痛みを体験してしまえば自然と体はその痛みから体を守るよう、より『強く』なってしまう」

 

 武蔵が軍刀の刃を親指と人差し指で挟むと僅かに力を込めてみせる。それだけで、軍刀はひび割れ、親指と人差し指で挟まれていた部分は貫通して穴が開いていた。

 

「この武蔵の身体、既に並の刃では通らん。銃弾では貫通できん。大抵の毒では効果すら現れない。艤装の艦砲射撃すら、致命傷にはならない」

 

 片方のレンズがひび割れた眼鏡を拾って掛け直し、人差し指で押し上げてやると、武蔵はあきつ丸達を睨みつける。

 それだけであきつ丸を除く全ての隊員は委縮して動けなくなった。

 

「悪いことは言わない。まだ私を殺そうと思っているのなら、諦めた方が良い」

 

 これが第1位。『超越者』と呼ばれた史上最強の生命体、武蔵。

 

「正義を妨げる悪は断じて滅ぼす。誰が相手であろうと、例外はないのであります」

 

 しかして、あきつ丸は笑った。ポケットから取り出した黒いハードナックルグローブを装着し、まるでこれから狩りを始める狩人のように猟奇的に笑った。

 

 




ドMを拗らせるとこうなります、お気を付けください。
今回は前回から時系列が進んでないのでイタリア組の進展はカット。


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