史上最強のドM、武蔵。
駆逐艦綾波が『鬼神』と呼ばれるようになったのは、自分を含めた世界全てを否定からしか見られない歪んだ性格になったのは、一体いつのことだったか。
少なくとも初めて出会った時の彼女はどちらかと言えば戦い自体は好きではなかったと思うし、仲間に対してはいつも労いと敬意の言葉を忘れない、心根の優しい少女だったと記憶している。
きっかけとして心当たりがあるとすれば、今の彼女を形作るのは『怒り』なのだ。
件の大和が起こした、彼女が国家反逆罪に問われる原因となったあの事件。その時の傷跡が夕張同様、彼女の中にも深く刻まれている。本人の性格を真逆に歪ませてしまう程に。
皮肉なのは、彼女がO.C.E.A.Nランキング第6位にまで登り詰めるに至った転換期、覚醒のきっかけもまた、その『怒り』だということ。
――まぁ、でも、それくらい混沌としてきてからが人間、味がでてきて面白い。
私、神通は目の前で繰り広げられる戦闘を見つめながら内心で綾波という一人の艦娘についてそう言葉を結んだ。
「――じゃあ、そろそろいきますね~?」
「来なさい……!」
軍刀の鞘を槍のように構える龍田に、綾波は笑いかけた。自然と龍田の軍刀の鞘を握る拳が強くなるのがわかる。
あれだけの啖呵を切ったが、やはり綾波相手には余裕がないのだろう。
「棒一本で一体何ができるんでしょう~?」
再び綾波が地面を蹴る。
さっきよりも明らかに速い。龍田に何もさせないまま制圧する気だ。
しかし、綾波の動きに龍田の目が鋭く光った。
「ふっ!」
「ん~」
綾波の次の右足の着地点に鞘の先端が槍の如く刺さる。
すぐに、右足の行先を変更しつつ、体を回転させ、違うルートから再度間合いを詰めにかかる綾波。
ここまでは私も、そして当の綾波にも想定の範疇の対応といったところだ。
約80 cmの鞘。それによって龍田の間合いは僅かながら広がっている。綾波の攻撃手段が徒手空拳である以上は先制攻撃を何かしらの形で受けることは予想できた。
予想をしていなかったのは、ここからの動き。
「ッ!?」
素早く体を回転させて綾波が間合いを詰めようと次の足を踏み出そうとする刹那。
真横から間髪入れず鞘の腹が薙刀の如く、綾波の右脇腹を薙ぎ払わんと迫ってきていた。
(お、これは、綾波さんでも避けられませんねぇ。骨格的に)
艦娘は身体能力こそ各々化物じみてはいるが、人間の骨格を持つ以上、必ず重心の移動、骨の可動域の都合で避けられない攻撃というものは存在する。
意図してやったのか、それとも偶然かによって龍田の評価が大きく変わるところだが、何にせよこれは有効打だ。
「うッざい!」
綾波の目が赤く光る。
右腕で脇腹を庇い、鞘を受けるよう動く。
軍刀の鞘とはいえ、その強度は鉄の棒にも近く、かつそれが艦娘の力で払われれば同じ艦娘でも骨への損傷は免れない。
加えて、綾波のような身体的にも未熟な少女ならば猶更骨を守るだけの筋肉が発達してはいない。普通ならば折れて、勝負ありとなるところだろう。
だが、綾波に限り、それを回避する反則技を持っている。
「ぐぅ……!」
痛みに初めて綾波の表情から笑顔が消えた。右腕は打撲程度のダメージでやり過ごしたようだが、彼女の足が止まる。
この隙を見逃さず、龍田の持ち手が変化する。
「はぁッ!」
「ちっ」
鞘をそのまま刀の如く振るった上段からの切落とし。
受けるのすら危ういと悟った綾波は舌打ちしつつ、後退して距離を取る。
その時点で龍田の追撃はなく、再び持ち手を鞘の端と中心辺りに戻し、また槍の如く構える。
「はぁっ……はぁっ……!」
ほんの10秒にも満たない攻防。龍田の額には滝のような汗が流れていた。
――突かば槍、払えば薙刀、持たば太刀、杖はかくにも外れざりけり。
私は内心でこんな言葉があったことを思い出していた。
ただ一本の棒なればこそ、無限の変化がある。それこそが杖術の強み。他の武器術にはない柔軟性。
成程、棒一本で何ができると綾波は笑ったが、これは中々に厄介だ。
ついさっきまでの攻防では天龍と龍田二人がかりで20秒も持たなかったというのに、今は綾波を龍田一人で10秒で押し返してみせた。
この戦況の変化は大きく、額の汗を拭いながらも龍田の口元に余裕が幾何か戻っている。
面白くなってきたと、私の口角もつい吊り上がりすぎてしまう。
「なんとか、五分と五分には持って行けたかしらねぇ」
「あはは、そんな滝汗流して、本当にそう思っているんですか~? おめでたいですね、倒されるのが少し遅くなるだけなのに」
「手こずってますねぇ、綾波さん」
「うるさいですよ、神通さん。黙って見ててくださいって私言いませんでした?」
「立って見ているだけでいい、じゃありませんでした?」
「じゃあ、これからは黙って見ててくださ~い」
何故仲間同士でわざわざ挑発し合うのだろうか、とでも言いたげに天龍と龍田が苦笑いを浮かべている。
「まぁ、確かに、多少は驚きましたけどもう『対応』できます。ここからは一方的ですよ?」
「できるかしらぁ?」
「何度でもいいますよ~。所詮、棒一本、それで何ができるんですか~?」
深紅に光る綾波の目が、龍田に狙いを定め、再び襲い掛かる。
☆
「さて、鎮守府での続きといこうか、あきつ丸」
グローブをはめたあきつ丸に好戦的な笑みを浮かべる武蔵とは対照的に、あきつ丸の表情から笑みは消えていた。
「今まで様々な攻撃をこの身に受けてきた私だが、お前の拳は何か違った。そう、なんというかな、すり抜けるような――――」
武蔵がその時の感触を思い出すように目を瞑る。瞬間、あきつ丸が地面を蹴った。
一直線に、武蔵の目の前まで間合いを詰めると、腰を低く、拳を脇の下に構え、息を吐く。
「烈風拳―――」
「ぬ、うぅ!?」
まず、鳩尾に2発、顎に1発。
空裂音と共に、目にも止まらぬ速さで拳が叩き込まれた。
鈍痛に目を見開く武蔵に対し、あきつ丸は冷たい声で呟く。
「喋っていると、舌を噛んでしまわれますよ?」
「ふ、案ずるな……むしろ、それを狙っている……!」
「そうでありますか」
更に5発。武蔵は反撃も防御もしない、あるいは反応すらできないのか。
「が……ッ!」
「随分と苦しそうでありますなぁ。こんな細腕の拳が銃弾や刃に勝るでありますか?」
「銃弾や刃とはまた違う味わい……速く、重い……やはり良い拳だ……!」
「その余裕、いつまで持つでありますか?」
その後も休むことなく次々と無防備な体にあきつ丸の拳がめり込む。
先刻、鎮守府で一戦交えた時、あきつ丸の拳はほとんど武蔵には効いていない様子だった。
しかし、あきつ丸が攻撃を始めて30秒が経過した頃、武蔵に変化が現れた。
「これは……」
血。
武蔵の口元から真っ赤な血が流れている。
それに気づいた武蔵は、右腕を左から右に薙ぐようにしてあきつ丸を振り払う。それによって、マシンガンのような拳の連打も停止する。
予想もしていなかった展開に、驚きの余り声も出ない隊員達に対し、あきつ丸の表情は余裕たっぷりな笑みであった。
「吐血。ようやく効いてきたでありますか。全く、規格外でありますな」
「……ああ、成程、この内臓に直接響くような、浸透するような打撃」
口元の血を拭いながら何かを思い出したように話し始める武蔵。その目にはこれまでの敵の攻撃を楽しむような余裕はなく、警戒の色が露わになっていた。
「はっ、栄えある大日本帝国陸軍の軍人ともあろう者が、よもや中国拳法とはな」
「『人は水の入った皮袋』。太極拳、最上にして最初の定義であります」
中国における拳法の歴史は他の格闘技の追随を許さない。
実に4000年。歴史を重ねているということは、その分他よりも発達していることと類義であり、事実、中国拳法程多くの流派、多くの技を持つ格闘技は他にない。
そして、多くの技、流派があるということは、それだけ多くの状況、環境に対応できるということ。
銃弾や刃すらも通らぬ鋼の肉体を持った化け物に対する技も存在するということ。
「鎧があるのならば、その内まで打撃を通すまでであります」
浸透勁。それがあきつ丸の打法の呼称。
通常の打撃とは異なり、体の表面ではなく、内部への衝撃を意識した打法。極端に言えばそれは、内臓を直接殴るための打法である。
金的やレバーなど、人体において内臓の露出が高い部位はそのままそこが急所となる。
内臓は衝撃に弱く、かつ生命活動に必要なパーツだから。
そして、弱いからこそ肉が、骨がある。脆く、しかし生きるために必要な内臓を守るために纏った骨肉の鎧。
なればこそ、その鎧をすり抜ける浸透勁が人体に及ぼすダメージは計り知れない。
極めたならば、その一打は命にすら届くだろう。
「流石の武蔵殿と言えど、臓物まで鉄とはいかぬでありましょう?」
「確かに、内臓を鍛える機会はなかったな……ッ!」
得心したと武蔵は再び笑った。
胃の粘膜が度重なるあきつ丸の打撃に耐え兼ね出血し、吐血。そこまで理解し、あきつ丸の拳が自分にとっての脅威であることを再認識して、尚も笑った。
「全く、さぞかし名のある師の元で
「そうでもありません。私のこれは所詮、素人の見様見真似であります」
「はっはっは、それは参ったな」
瞬間、動き始めたのは武蔵の方であった。
一瞬で2、3メートル離れていた間合いを詰めてみせる。あきつ丸の目が大きく見開き、すぐに防御の姿勢を取る。
しかし、それは無意味だった。
武蔵の拳はあきつ丸が両腕を交差させて作った盾を真っ向から一撃で体ごと吹き飛ばしてしまったのだから。
まるで漫画のようにあきつ丸の身体が5メートル後方まで吹き飛ばされた。
「……っ」
「ならば、ここからは『戦闘』だ」
それまであえてサンドバッグに徹していた化物が、初めて牙を剥いた。
☆
「あ~、くそ! うっざいですね~ッ!」
綾波が攻撃を再開し始めてから3分が経過した。
その間、龍田と綾波の間に攻防はあれどいまだ有効打は一撃としてない。
「そんな力任せな攻撃スタイルじゃ、私には届かないわ!」
「力任せ、ですか。本当。何も見えてないんですね~」
龍田の指摘が癇に障ったのか、急に綾波のスピードが一段階上がる。
突きをサイドステップで躱し、薙ぎ払いをバックステップで躱し、隙あらばすかさず踏み込んで拳を振る。
その動きは機械のように正確で無駄がない。
しかし、龍田も綾波の拳を、素早く手元まで引き戻した鞘で上に弾いて躱し、そのまま鞘を縦に回転させて突きに転じる。
両者共に譲らず、依然続く拮抗状態。しかし、既に両者の表情には差が出ていた。
笑顔が崩れない綾波。
一方、少しずつ苦しげな表情が垣間見える龍田。
綾波の戦闘力が、龍田の技を圧倒し始めていた。
「それは、さっき見ました」
「なっ!?」
綾波の呼吸に合わせ、死角から側頭部を狙った攻撃。それを容易く掴み取られた。
ついさっきまでは受けるので精一杯だった筈の攻撃。龍田の背中に悪寒が走る。
「どうしました? 掴まれちゃいましたよ?」
「っ!」
「うわっと」
関節を利用して手首の回らない方向に鞘を振り回し、強引に綾波の腕を解く。
「今、少し、怖くなったでしょう?」
「いえ、まだまだ!」
(……ああ、これは、駄目ですね)
果敢に鞘を振るう龍田を見て神通は目を細める。
この緩やかな劣勢。決して龍田の杖術が劣っていることが理由ではない。
単純に、綾波が強すぎるのだ。
「言った筈ですよ~? 『対応』した、と」
「……っ!」
(ただでさえ、反射速度、スピード、パワー全てが一級品。加えて、一度見た攻撃に二度目は対応できる驚異的な戦闘センス。龍田さんは一つ対応される度に新しい攻撃パターンを出し続けなければならない道理)
綾波に対し、磨き上げられた技で対抗しようとした龍田。
しかし、綾波の暴力的なまでの戦闘センスは、その技をも正面から食い破っていく。
(自分の『技』に自信がある奴ほどこれは効くんですよね~)
「……はぁっ…………はぁっ……」
「どうしました? 呼吸が乱れてきていますよ~?」
綾波に有効打を与えられる技というだけでも随分と限られてくる。それなのに、一度使えば二度目は見切られ、三度目はカウンターを食らうという理不尽。
手の内がどんどん塞がれていく。これでは近いうちに手詰まりになる。
(勝負、ありですか)
神通が勝負の行く末を見限ろうとしたその時だった。
「おし、いいぜ、龍田。もう十分だ」
今まで沈黙を保っていた天龍が、笑ってそう言った。
「……戦意喪失したのかと思っていましたが、まだやる気なんですか~?」
「もういいの、天龍ちゃん?」
「おうよ」
「……無視、しないでもらえます?」
綾波が天龍に標的を変えた。
一見、怒りに任せて一直線に全速力で飛び込んできているように見える。しかし、綾波には、この速度を維持したまま方向転換ができるだけのフィジカルがある。
安易に間合いに入った瞬間、刀を振るだけならば、また裏をかかれ、今度は起き上がってこられないダメージを負うだろう。
(大方私の動きを見て目を慣らしていたんでしょうが、無駄ですよ。それなら、より速く動き、その企みの裏を突くだけです)
綾波の戦い方は一見持てる身体能力に依存した力押しに見える。しかし、実はその戦闘スタイルは後の先、所謂カウンター戦法に近い。
単純に攻撃力で力任せに押し切るのではなく、自身の優れた身体能力を活かし、敵の攻撃をギリギリで見切り、最短距離で、最速で、最効率で、最大威力のカウンターを敵に叩き込む。
それが綾波の戦い方。持てる力に頼るのではなく、活かす戦い方。
荒々しく見えて、その内には繊細で完璧主義な機械仕掛けの戦闘気質がある。それは例えるなら、敵をより速く、効率的に排除するようプログラムされた高性能戦闘マシーンと言っても差支えがない。
しかし、今回に限り、それが裏目に出た。
「いいのか? そこ、もう俺の間合いだぜ?」
「は?」
気付けば、綾波の首元に軍刀の刃が迫っていた。
「~~~~~~~!?」
反射的に綾波の身体が左に飛んだ。想定外の攻撃に対し、彼女の身体は全身全霊の緊急回避を選んだのだ。
大きく態勢を崩し、地面に倒れる綾波の目に映ったのは、軍刀を持つ天龍の手。
その手は極端に端の方を握っている。
(くそ、あれで間合いを伸ばしたって訳ですか、小賢しい)
ギリギリの所で攻撃を見切る戦闘気質が災いした。持ち手の変化による微細な間合いの変化に虚を突かれるというのは綾波だからこそ起こり得た現象だった。
(でも、もう『対応』しました。これからは持ち手による間合いの変化も考慮すればいいだけ――――)
「私のこと、忘れてな~い?」
「っ!」
間髪入れず、龍田が綾波に向けて鞘を勢いよく振り下ろす。
それを、地面を転がることで回避し、素早く立ち上がる。しかし、そこはまだ龍田の間合い。再び杖術による変幻自在の猛攻が降りかかる。
(落ち着け、これは既に『対応』している筈! これは劣勢にあらず、むしろ態勢を立て直すチャンスです)
綾波から攻撃に転じる程の隙はないが、決して当たるような攻撃はない。これならば天龍に崩された態勢を再び攻勢に立て直せる。
「おいおい、今度は俺のこと忘れてんじゃねぇの?」
「なっ!?」
龍田の嵐のような鬼気迫る鞘の乱打。しかし、その合間を縫うように、天龍の剣閃が背後から綾波の胴を両断せんと走る。
「ぐぅ!」
背中に熱が走る。回避しきれず、背中の薄皮を斬られた痛みだった。
信じられない、と綾波は唇を噛んだ。
――これは、『檻』と『銃』だ。
龍田の攻撃は綾波にダメージを与えることを目的とはしていない。その目的は綾波を今の間合いから逃がさない『檻』を作ること。
そして、真に綾波を狙うのは、この0.1秒毎に形の変化する檻を、すり抜けるように走る銃弾の如き、剣閃。
まるで鉄格子の檻の中に閉じ込められた状態で、四方から看守に銃で狙われているようなイメージ。
「悪いけれど、詰みよぉ」
「少しばかり時間はかかったが、龍田の技はもう『視える』。剣閃が檻を壊すことは万が一にもないぜ?」
「今まで私ではなく……龍田の動きを見て……!」
拙い。綾波の表情がますます苦悶に包まれた。
これがもし、龍田の檻のみならば、すぐに看破できた。しかし、これに天龍の居合が加われば、看破どころか、このままジリ貧になる。
「どうしたんですか、綾波さん? そんな檻、ちゃちゃっと破ってみせてくださいよー」
神通のいつも以上にうきうきした声に綾波の眉間に皺が寄る。
(あなたみたいな化物と一緒にしないでください……ッ!)
無茶である。この狭い『檻』から出ないまま、天龍の剣閃を回避し続け、さらに二人に攻撃を加える。
そこまで『対応』するよりも、綾波に致命傷が与えられる方が早いことは明白であった。
神通ならばそれすら可能にするのだろうが、綾波にはそれはできない。
「仕方、ないですね。5秒で決着をつけます……」
できない、ことを可能にするために綾波が出した結論は一つ。
体の負荷を省みない『無茶』であった。
「――――ぐッ!」
綾波の目がこれまで以上に赤く光る。そして、その目から真っ赤な血の涙が流れ始めた。
「なんだっ!?」
「え!?」
1秒。
龍田の振り回す鞘を強引につかみ取り、握り潰し、破壊した。
「このッ!」
2秒。
天龍の剣閃を右手で掴み取り防ぐ。綾波の手の平から血しぶきがあがるが、それ以上天龍の刀はびくとも動かなくなった。
「させな――――」
3秒。
天龍の刀が止められ、背中から龍田が飛び掛かろうとしたのに対し、後ろ蹴りで腹部から龍田の身体を弾き飛ばす。
「終わりですッ!」
4秒。
軍刀を力任せに引っ張り、天龍が前によろめいた所に拳を振りかざして潜り込む。
5秒。
渾身の力を籠め、天龍の腹部を拳で撃ち抜く。
衝撃が天龍の身体を貫通し、後ろの木の幹を僅かに震わせた。
「ぐぁ……!」
口から大量の血を吐き出し、天龍は地面に倒れ、起き上がってこなくなった。
「あ……天龍、ちゃん……」
「ぐ……はぁ、はぁ、はぁ、げほ! げほ!」
倒れる天龍を四つん這いで見つめる龍田の横で、綾波もまた苦しそうに地面に手をついた。
「私の……勝ち……」
その綾波の言葉を聞いた直後、龍田の頭の奥から、突き刺すような痛みが湧き上がってきた。
「あ、ぐ、頭、が……」
「えぇ?」
「あ、あああ! 頭が、割れる……ッ!」
「様子がおかしいですね」
「深海棲艦が……手を煩わせてくれます……」
ゆっくりと立ち上がると、ふらつきつつも、地面を転がり悶える龍田の前まで歩き、綾波は拳を握った。
「そんなに痛いなら、眠らせてさしあげますね~」
綾波が拳を振り下ろそうとしたその時。
龍田の動きが急に止まった。
「――――その必要はないわ」
「はぁ?」
「――! 綾波さん、避けてください!」
それは、砲撃だった。
突如、龍田の手から現れた黒い砲塔。それが綾波の目の前に向けられていた。
反応はできた、しかし、綾波には回避行動に移れるだけの体力が残っていなかった。
真正面から、艤装を付けていない生身の状態で綾波は砲撃を食らい、煙を上げて地面に倒れた。
「…………これは、拙いかもしれませんね」
神通が腰の刀に手を掛ける。
それを見つめる龍田の瞳にはさっきまでの光は灯っておらず、深海のような暗黒だけを宿していた。
☆
一方、その頃。
「見失った!」
「何やってんのよ、エド!」
「ていうか何追いかけてたの~?」
大和とプリンツを追いかけていたエド達であったが、艦娘程の身体能力も、土地勘もないエドには艦娘の彼女達に追いつく術など持ち合わせている筈なかった。
「くそ、諦めきれない! なんとしてもあの少女を探しださねば……!」
「エドがどうでもいい方向にやる気を燃やし始めたわ!」
「女の子追いかけさせたらイタリアでエドより情熱的な男はいないからね~」
「おい、その言い方だと僕が変態みたいじゃないか、やめろ!」
エドの抗議の声に対し、ザラとポーラは白い目を向けるばかりであった。
「日本では女の子にボディタッチしたり、追いかけまわしたり、話しかけたりすることを事案って言うらしいわよ」
「そして警察に捕まるんだよ~」
「やめろ! 僕に注意喚起するんじゃない! ていうか話しかけるだけでもアウトなのか!? 怖いな、日本!」
その時、不意に遠くから砲撃の音が聞こえてきた。
「これは、あの山の方角からか?」
「砲撃音、よね? これ、もしかしてDW-1案件なんじゃないの?」
「……観光は終わりだな。行こうか、任務開始だ」
エドの声にザラとポーラは頷くと、3人は二原山を目指し、走り出した。
戦闘シーン長くなりすぎた……