七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
天龍、七丈島艦隊に帰還。
物語は天龍と龍田の過去へ遡る。




第八十六話「ウチの子にちょっかいかけちゃ、嫌ですよぉ~?」

 

「ぐおっ!?」

 

 道場の真ん中から壁まで投げ飛ばされ、背中を強く打ち付ける。

 気だるい鈍痛に悶えながら自分を静かに見下ろす艦娘の姿を睨んだ。

 

「全く、本当にわからない子よねぇ、天龍ちゃんは」

「うっせぇな、龍田」

「吼える元気があるならまだ大丈夫ね、さっさと立って」

 

 笑顔のまま、容赦なく立ち上がることを強要する龍田に対し、俺は怒りを原動力に全身の痛みに耐えて立ち上がってみせる。

 

「ほら、罰として課せられた私との組手、100本。まだ、たった37本しか終わってないわよ? 日が暮れちゃうわ~」

「舐めんな、クソがぁああああッ!」

 

 激昂し、龍田に向かって突進する。

 彼女の首元にもう少しで手が届くというところで、急に床と天井が逆転し、龍田が急速に離れていく、そして、直後に背中を打つ衝撃と共に床に落ちた俺は、また龍田に投げ飛ばされたのだと気が付いた。

 その後、62回同じことが繰り返された。

 

「痛い目にあうことなんてとっくにわかってる筈なのに、なんでいつも命令無視しちゃうのかしら~、暴れ天龍ちゃん?」

「その名前で呼ぶな」

 

 暴れ天龍。

 ここに来る以前からの俺の仇名というか、忌み名というか。

 命令に従わない、単独行動する、好き放題暴れる、そのくせ毎回深海棲艦は全滅させ、戦果を挙げるものだからおいそれと処分もできない。そんな、どうにも手の付けられない暴れ馬の俺を揶揄したものだ。

 最初は軽蔑の意味合いが強かったのだが、俺が毎回一人で深海棲艦を全滅させて帰ってくるうちに、艦娘達からは畏怖の念も加えられて陰で囁かれた。

 

「嫌なのかしら~? 今じゃ少しは名前も通っているでしょうに」

「…………」

「まぁ、名前負けしてるものねぇ。実際のあなたはこんなに弱いもの」

 

 挑発じみた龍田の言動に畳に伏したまま彼女の言葉を聞いていた俺の身体が持ち上がる。

 

「喧嘩売ってんのか……?」

「え、嘘、天龍ちゃん自分が強いと思ってたの? 私にも勝てない分際で?」

 

 大げさにリアクションをとって龍田は俺を嘲笑する。

 ここに刀があったら即座に叩き斬っているところだ。

 

「あなたが今まで敵を全滅させてこれたのはあなたが強かったからじゃない、敵が弱かったからでしょ~? はっきり言って、迷惑よ。弱い癖にいつも前に出て、単騎で突っ込まれても、いざという時尻ぬぐいをするのはこっちなんだから~」

 

 成程、俺が龍田に心底むかついているのと同様に、龍田の方もかなり俺には苛ついているらしい。

 舞鶴第二艦隊の旗艦としてその一員たる俺の監督責任も受け持つ彼女にとって、俺は頭痛の種でしかないということだ。

 そういうことなら簡単な話だ。

 俺は立ち上がって龍田に笑って言ってやった。

 

「そういうことなら問題ねぇよ。俺の口から提督に言っといてやる。俺が勝手に単独行動して死んだ時は別にお前の責任は問わねぇようによぉ。だから、安心して俺のことは放っておけや、な?」

 

 次の瞬間、再び視界が逆転し、そのまま暗転した。

 後から聞いた話では、俺は脳天から畳に叩きつけられ気絶したらしい。

 

 

「あら、天龍。災難だったわね?」

「……叢雲か」

 

 医務室から出てきた俺に声をかけたのはこの舞鶴鎮守府の最古参、駆逐艦叢雲であった。

 ライトブルーの髪をはためかせながら彼女は笑顔を浮かべて俺に近づいてきた。

 

「全く、龍田も酷いことするわ。あなたは艦隊の中で一番戦果を挙げたのに」

 

 以前の鎮守府でもそうだったが、舞鶴に来てからも俺に対する周りの反応はほぼ二分化されていた。

 龍田のように敵対心と嫌悪を露わにしてくるか、あるいは怖がって関わろうとしないかのどちらかだ。

 しかし、この叢雲だけは珍しく俺に対して表面上理解を示す艦娘だった。

 

「はっ、そんなこと言って俺のことを庇ってくれる変わり者はお前ぐらいのもんだ」

「別に。私は合理主義なだけよ。これであなたが戦果を挙げてこなかったら、私だって他の皆と同じようにあなたを批判していたと思うわ」

「そうかよ。じゃあ、これからも気合入れて戦果だけは挙げてこねぇとな」

 

 俺は叢雲のこういう性格が嫌いではなかった。

 評価の基準がはっきりしていてわかりやすいし、本人もそれを一貫している。感情のまま敵意をむき出しにしてきたり、きまぐれに距離を縮めようとしてこない。

 ある一定の距離を置いて、それでいて友好的である理由がはっきりしている。

 こちらとしてもそれくらいサバサバしている方が、気が楽なのだ。

 

「安心しなさい。鎮守府の利益になる存在を私は無下には扱わないわ」

 

 背中を向けて、食堂へ向かう俺に叢雲がそう言葉をかける。

 それに対し、俺は右手を軽く振って答えた。

 

 

「聞いた!? 今日、龍田がにっくき天龍を気絶するまで張り倒してくれたらしいわ! これで奴も自分の立場を思い知り、厚顔無恥な態度を改め、私に土下座して謝ってくること間違いなし――――」

「誰が、誰に、土下座するって? ああん?」

「ぐああああああ! この声! 出たわねッ! 天龍ッ!」

 

 食堂に入ると、見覚えのあるちんちくりんがテーブルの上で声高らかに道場での俺の失態を宣伝していたので背後からその頭を鷲掴みにして持ち上げた。

 俺の不意打ちを食らったそのちんちくりんは空中でじたばたと暴れながらも尚も俺に対する敵対心を緩めない。

 

「さぁ! 今すぐ、今までのことを謝るなら、私もレディとして寛容な心を持ってその全てを赦してあげようじゃない! ほら、ごめんなさいって言ってごらんなさいよ!」

「は? 誰がテメェに赦しなんざ乞うか、ちんちくりんが」

「ちんちくりん!? 誰がちんちくりんよ、私の名前は暁だっていつも言ってんでしょうが! いい加減覚えなさいよ!? 馬鹿なの!? 死ぬの!?」

 

 よくも敵に頭を鷲掴みにされた状態でそこまで高圧的な態度を取れるものだと感心する。

 暁は俺の所属する第二艦隊の艦娘の一人だ。龍田に次いで俺に反発している艦娘で何かとすぐに突っかかってくるチンピラみたいな奴だ。

 今まで何度タイマンを挑まれ、その都度俺に瞬殺されて泣き顔になって逃げていくこいつの背中を何度見送ったか、もう覚えていない。

 

「ってかいい加減離しなさいよ! いつまでレディの頭鷲掴みにしてんのよ! ぶっ飛ばすわよ!?」

「おう、ぶっ飛ばせるもんならやってみろや」

「ええ、やってやるわよ! あんたが手を離したらすぐにでもその憎たらしい顔面をしこたまぶん殴って泣きっ面拝んでやろうじゃないの!? ええ!?」

 

 レディを自称する割に口悪すぎるだろ、こいつ。

 

「あれー? 何? もしかして怖いの? 私にぶん殴られるの怖くてビビっちゃって手が離せないのかしらぁ? 可愛いわねー、天、龍、ちゃん」

「よく吼えた、ちんちくりん」

 

 俺は暁の頭を戦力で食堂の床に対しほぼ垂直に叩きつけた。

 床の木版が砕けた音と同時に、暁の身体が床に刺さっていた。

 

「あ、暁ちゃんが……刺さった」

「す、垂直だ」

「必然、パンツが丸見えだ……」

「くまさんパンツだ……おおよそレディとは真逆に位置する可愛いくまさんパンツだ……」

 

 周りの艦娘達が震えながら床に刺さったまま微動だにしない暁を見てどよめいている。

 我ながらいい仕事をした。

 せいぜいこれでニ、三日寝込む程度に赤っ恥をかくがいい。

 

「あら~、随分面白そうな遊びをしてるのね~、私も混ぜてもらえるかしら~?」

 

 背後から響く声に俺の笑顔が凍り付いた。

 そこから何があったのかは想像に難くない。

 要は、暁にしたことを、俺にも再現した訳だ。

 

「て、天龍も刺さった……」

「二人揃って垂直だ……」

「必然、天龍のパンツも丸見えだ……」

「く、黒下着だ……存外セクシーなチョイスだ……」

 

 怒りと羞恥に身悶えしながら、いつか絶対龍田も同じ目に逢わせてやると、俺は固く誓ったのだった。

 

 

「今日は随分とツいてないみたいね。まぁ、その様子じゃ軽傷みたいだけれど」

「見た目以上に傷は深いけどな」

 

 医務室を出た所でまた叢雲と遭遇した。

 俺の様子と頭に巻かれた包帯とを見比べながら、安堵のため息を洩らす彼女に対し、俺は目を伏せた。

 

「龍田のヤロウ……この借りは百倍にして返してやる」

「なんで天龍は龍田に目の敵にされてるのかしら?」

「知らねぇよ、とにかく俺が気に食わねぇんじゃねぇの?」

「ひょっとしたら、ひがみかもしれないわね」

「は? ひがみだぁ?」

 

 叢雲の言葉に俺は驚愕を露わにした。

 俺より強いあいつが、俺より艦隊から慕われているあいつが、一体俺の何をひがむと言うのだろうか。

 

「妬ましいのよ。あなたみたいに好き勝手やってる癖に、それで結果を出せるっていう才能が」

「……わかんねぇな」

「でしょうね、あなたと龍田じゃ何もかもが違うもの。龍田は、長らく努力が報われなくて苦労した子だから」

「あ?」

 

 叢雲の言葉に俺はつい威圧的になってしまった。

 その言い方では、まるで俺が何の努力も苦労もしていないと言っているように聞こえたからだ。

 その様子を察知し、すぐに叢雲は苦笑いを浮かべた。

 

「気に障ったなら謝るわ。でも、少なくとも龍田からすれば、あなたはそう見えているってことよ」

「……なんだそりゃ」

 

 あれだけ偉そうなことを言っておいて、結局は嫉妬か。

 自分はこんなに努力しても結果が出ないのに、あんな不良が簡単に結果を出すのは道理が通らない。そんな自己中心的ないいがかりで俺を否定していたというのか。

 頭に血が上ってくるのが自分でもよくわかった。

 

「ねぇ、天龍。龍田と反りが合わないのなら、ウチに来ない?」

「ウチって、お前が旗艦やってる第一艦隊にってことか?」

 

 叢雲がゆっくり頷いた。

 願ってもない提案だが、そんなことが可能なのだろうか。

 

「大丈夫よ。提督は私が説得するし、艦隊の皆にもあなたのことでとやかく言わせないわ」

「なんで俺なんだ? 実力で言えば龍田の方が上だぜ?」

「今は、そうでしょうね。でも、龍田はもう今がピークなのよ。長いこと見てきたからわかる。彼女の成長はもう止まった。底が見え切っているのよ」

 

 この鎮守府で龍田をここまで酷評する人物を俺は初めて見た。

 

「でも、あなたは違うわ、天龍。あなたはまだまだ強くなる。いずれは龍田も目じゃない程の才覚を秘めている。ならば、将来的なことを考えてあなたを今の内に第一艦隊に入れておくのが合理的と判断したわ」

 

 龍田よりも俺に目を掛けてくれているという叢雲の言葉に思わずにやけそうになるのを抑え、平静を取り繕いながら質問する。

 

「でもよ、今第一艦隊には空きがねぇだろ。そこはどうするんだよ?」

「あなたはローテーション時の補充メンバーとして加入してもらおうと思ってるの。第一艦隊、すなわち『主力』という戦力を維持しつつ、より長時間継続するための交代要員。そろそろ欲しいと思っていたのよ。あなた程の艦娘なら申し分ないわ」

 

 俺のことを弱いと断じた龍田とは真逆の評価であった。

 まぁ、叢雲の話を聞く限り妬み嫉妬も入り混じった結果なのだろう。

 叢雲は俺を戦力だと判断し、有用だと買ってくれている。その信頼を裏切りたくはなかった。

 

「あぁ、でも流石に私の推薦とは言え、それだけじゃ提督を説得しきれないかもしれない。だから、一つ、任務をこなしてもらいたいのよ」

「任務?」

「ええ、その成果も合わせて念押しすれば、まず問題ない筈よ。心配せずとも、あなたの実力なら問題ないレベルの任務よ」

「…………」

「で、どうする? できればすぐにでも返事が欲しいわ。まぁ、あなたなら私の期待に応えてくれるとはわかっているけれどね」

 

 差し出された手を、振り払う理由が見当たらなかった。

 右手を叢雲の手に伸ばそうとしたその瞬間に、背後からあの声が、聞こえてさえこなければ、俺は彼女の手を固く握っていた筈だった。

 

「あら~、これはこれは叢雲さんじゃないですかぁ~。天龍ちゃんに何か御用かしら~?」

「――っ!」

「……あら、龍田じゃない。あなたは提督に出撃の戦果と食堂の備品破損について報告に行っていたと思っていたのだけれど」

「ええ、凄く怒られちゃったわ~。だから、天龍ちゃんの様子を見に行くって言い訳して早めに切り上げてもらったのよ~」

「ふぅん」

 

 叢雲は天龍に差し出していた手を素早く引っ込め、俺もまたゆっくりと、龍田に気取られないようその手を戻した。

 

「それで、お二人は楽しそうに何のお話をしてたのかしら~?」

「別に、ただの世間話だよ」

「天龍ちゃんには聞いてないわ~」

「なっ……!」

「別に。本当に他愛もない話よ。その怪我はどうしたの、とか。最近艦隊はどう、とか。こういうのを世間話と言うのではなかった?」

「あらそうでしたか~、それはお邪魔して申し訳なかったわぁ~」

「いえ、私もそろそろ戻ろうと思っていたから、気にしないで頂戴」

 

 互いが、互いの手の内を隠し、探り合うかのような会話だった。

 

「それじゃあ、もう行くわね。天龍、また近いうちにゆっくりお話しましょう」

「え? あ、ああ」

 

 俺はその言葉を、また日を改めて返事を聞かせて欲しいという暗喩と受け取った。

 

「叢雲さん」

「……何?」

 

 去り際に龍田が叢雲に声をかける。叢雲は背を向けたまま足を止めた。

 

「ウチの子にちょっかいかけちゃ、嫌ですよぉ~?」

「ふふ、何の話かしら?」

 

 お互い楽しそうに笑い合っていた。

 ただし、その目は、双方共に笑ってはいなかった。

 

 

「天龍ちゃん、叢雲さんにはあまり関わらないでもらえる?」

「はぁ?」

 

 叢雲が完全にいなくなった後、龍田は俺にそう言った。

 

「訳わかんねぇよ。何がどうしてそうなる?」

「いいから。黙って言うことを聞いて」

 

 龍田の口調は有無を言わせぬ感じで、いつものような余裕が感じられなかった。

 彼女のそんな態度が気に入らなくて、俺は首を横に振った。

 

「嫌だね。俺が誰とつるもうが、俺の勝手だろうが」

「聞き分けのない子は嫌いよぉ?」

 

 龍田から殺気が滲み出ている。暁ならば、この時点で押し黙って大人しく言うことを聞くだろう。

 しかし、俺の性分として、ただでさえ気に入らない奴から、そんなあからさまな敵意を向けられれば、反発せずにはいられない。

 

「はっ、なんだよ、急に必死だなぁ。ああ、そうか、お前、気に入らねぇんだろ。俺が第一艦隊に異動するのがよ」

「第一艦隊に、異動? 天龍ちゃんが?」

「ああ、そうだぜ。叢雲から直々にスカウトされたんだ」

 

 その言葉に多少なりとも動揺したのか、数秒、龍田は言葉を失っているようだった。

 

「いえ、そんなはずないわ」

 

 数秒、思考した末に辿り着いた結論が現実逃避とはあの龍田も形無しであると俺は胸がすくような気持ちだった。

 

「おいおい、現実を見ろよ」

「現実を見るのは天龍ちゃんよ。よく考えて、あなたが、第一艦隊に配属される訳ないでしょう?」

 

 その言葉は、俺の頭に血を昇らせて沸騰させるのに十分な発言だった。

 

「てめぇ、妬みもいい加減にしろよ」

「え?」

「お前は結局、俺を認めたくねぇだけだろうが! 自分の方が努力してるから、自分の方が苦しい思いをしているから、俺じゃなく自分が評価されるべきだって思ってんだろ!?」

「な、何を言っているの、天龍ちゃん?」

「お前はそうやって俺のことわかったように見下すがよ、お前は俺の何を知ってんだ? 俺を否定するばかりで、理解しようともしなかったお前が!」

「…………」

 

 俺の怒声に龍田が珍しく口をつぐんだ。

 好機とみるや、俺は更に龍田を攻め立てた。

 

「俺が何の努力もしてねぇと思ったか? 俺がろくに苦労してねぇと思ったか? お前から見えてる俺が全てだとでも思ってんのか? 俺が、本当に、好きで『暴れ天龍』なんて呼ばれてると思ってんのかッ!?」

 

 息切れする俺に対し、龍田は申し訳なさそうに目を伏せた。

 

「……確かに、あなたを理解しようとしていなかったのは事実ねぇ。正しいわ」

「んだよ、何が言いてぇ」

「つまり、私が今ここで何を言ったところで天龍ちゃんには届かないってこと」

「は?」

 

 その言葉を最後に、龍田は踵を返し、歩き去ってしまった。

 一人、取り残された俺はと言えば、胸中の複雑な感情の置き場に困り果てていた。

 

「なんなんだよ……ッ!」

 

 去り際に見えた龍田の寂しげな表情が、妙に脳裏に焼き付いて離れなかった。

 

 




お久しぶりです。
天龍過去編開始です。

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