七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
天龍の危機に、龍田推参。




第八十八話「独りで戦ってる奴が強い訳ないでしょ?」

 

「はぁい、天龍ちゃん、私がこれから何を話すかわかってるわよねぇ?」

「お、おう」

 

 舞鶴鎮守府。その食堂では現在全艦娘の活躍を労い、宴会が行われていた。

 そして、俺はその隅っこで床に正座させられ、黒い笑顔を浮かべる龍田に見下ろされていた。

 

「はい、説教タイムで~す」

 

 目がすこぶる笑っていない。これまでも何度となく彼女を怒らせたことはあったが、今回のそれは今までにないマジギレである。

 いつもの俺ならば、こんな龍田にも真っ向から反抗してみせるのだが、今はとてもそんな気分になれない。

 僅かに視線を上に向けると、彼女の右腕に巻かれた痛々しい包帯が見に入り、俺の視線は再び床に沈んでいった。

 結果だけを簡潔に語るのなら、数時間前、深海棲艦の巣窟の真ん中で窮地に陥っていた筈の俺は、こうして生還している。

 

 

 数時間前。

 

「龍田、お前、何でこんな所に……」

「暁ちゃんから少し話を聞いてね。集合場所にも来ないし、気になって調べたら叢雲が天龍ちゃんをここに向かわせたって吐いたから、一目散に駆けつけたわぁ」

 

 龍田は目の前の深海棲艦の群れを見つめながら、淡々とそう答えた。

 よく見れば、龍田の装備は両手に持っている大型の薙刀のみ。その代わり、それと同じものが彼女のバックパックに十数本積載されている。

 先刻俺の目の前の戦艦タ級を仕留め、沈んでいった薙刀も同じものであった。

 この量の深海棲艦を相手に薙刀のみで戦うつもりなのだろうか。それはあまりにも自殺行為に思える装備だった。

 

「何で来ちまったんだよ、お前……こんな量の深海棲艦、どうにかできる筈もねぇ。お前まで無駄死にになるだけだ、それくらいわかんだろうが!」

「誰が無駄死にですって?」

 

 龍田が俺を睨みつける。その瞳孔の開いた目に睨まれただけで鳥肌がたった。

 なんだこいつは。これが、本当に龍田なのか。

 こんな龍田は見たことがない。今までのどんな出撃でだって見たことはないのだ。

 

「安心して、天龍ちゃん。今の私、普段の10倍強いからぁ」

 

 そう言うと、龍田は突如海面深くに薙刀を突き刺す。そして、ゆっくりと引き上げるとそこには潜水カ級が腹部を貫かれ、弱弱しくもがいている姿があった。

 それを一振りで両断してみせると、龍田はすかさず俺の背中を薙刀の石突の部分で小突き、全速力で向かって来る深海棲艦に背を向けて走り出した。

 

「ほら、さっさと逃げるわよぉ」

「あんな無双しそうなセリフ吐いといて結局、逃げんのかよ!?」

「当たり前でしょ、全部相手にしてたらきりがないわぁ」

 

 まるでやろうと思えば全滅させられるみたいな口ぶりだ。

 しかし、俺達は巣の中心で囲まれている。

 どこに逃げようとも、背後からの追撃は勿論、その左右からも敵は押し寄せてくるのだ。

 

「おい、龍田! 左からきてんぞ!」

「わかってるわよぉ」

 

 龍田はまるで小刀でも扱うかのように軽々と片手で薙刀を振り回し、深海棲艦数隻をあっという間に切り裂く。

 その洗練された動きは今まで見てきた彼女の挙動が如何に加減されていたものだったか気付くのに十分だった。

 

「お前、今まで戦闘でも、俺との喧嘩でも、滅茶苦茶加減してただろ」

「これでも私、O.C.E.A.Nランキング現10位なのよぉ? 加減しないと天龍ちゃん死んじゃうわよぉ?」

「10位……グランドかよ……」

 

 深海棲艦単艦制圧能力序列、略してO.C.E.A.Nランキング。上位ならば単純にそれだけの戦闘能力を有しているという証であり、中でも10位以内にはとある『特例』が許可されることもあり、『グランドランカー』と呼ばれる。

 そんな天上の存在と思っていた大物が目の前にいることに、俺は驚きを通り越して脱力してしまった。

 

「あら、後続の群れの移動速度が案外早いわねぇ」

 

 四方八方からの敵を斬り倒し、攻撃を軽々と避けて走り、その妨害に驚く程足止めを食うことはなかった。

 しかし、それ以上に、深海棲艦の詰め方が上手い。多少の抵抗はものともせず、着実に包囲を狭めてこちらへと巨大な物量が迫ってくる。

 

「仕方ないわね、一本使いましょうか」

 

 背後に迫る死の気配に脂汗が滲む俺とは対照的に龍田の顔は涼しいままだった。左手に持っていた薙刀を一旦バックパックにしまい、右手の薙刀を肩口に挙上して構える。

 それはまるで、槍の投擲を行うかのような構えだった。

 

「安全装置解除、標的確認、方位角固定。爆ぜ穿て、『岩融(いわとおし)』ッ!」

 

 瞬間、龍田の叫びと同時に、人外の膂力で放たれた薙刀は刃の付け根、石突からジェット噴射を起こし、さらに加速し、迫りくる深海棲艦の大群の中心部目掛けて、流星の如く飛んで行ったかと思うと、数秒後、大群の半分を包み込む程の大爆発を起こした。

 

「なぁ!? 何だそのトンデモ兵器は!?」

「天龍ちゃん、よく考えて。私が天龍ちゃんの所に来るまでに深海棲艦に見つからなかった訳がないじゃない。行きもこうやって敵を吹き飛ばしながら駆けつけたのよぉ」

 

 そう言って、龍田はドヤ顔でブイサインをしてみせた。

 

「対深海棲艦用投擲刺突爆雷『岩融』。私の専用兵装よ」

 

 専用兵装。前述したグランドランカーにのみ許された特権である。

 各々が自分に合わせた専用武器を提案し、その有用性が認められる範囲で開発、実用の権利が与えられる。

 龍田の場合、それがこの薙刀『岩融』であった。

 通常時は大型の薙刀として無類の破壊力を持った近接武器として使用できるが、その本質は艦娘の筋力と内部のジェット噴射構造による中距離から長距離への投擲、そして爆発による範囲攻撃である。

 

「これ、使い方としては消耗品なんだけれど結構コスパ悪くて、どうしても16本までしか開発許可が下りなかったのよねぇ。昔3本、天龍ちゃんを助けに行くまでに3本、今1本使ったから残り9本になっちゃったわぁ」

「お前……なんでそこまでして……」

 

 俺を助けるんだ、と言いかけた所で龍田の人差し指が唇に当たった。

 

「話は後でいくらでもしてあげる。今は生き残ることだけ考えて」

 

 爆発によっていくらか群れの進行が遅滞したのを見て、再び龍田は足を動かす。

 わからなかった。なんで、龍田が俺に対してここまで必死に助けようとしているのか。

 やめて欲しかった。自分を守ろうとするのを。

自分が、あまりに情けなくなる。

俺は、お前に守ってもらう程の価値のある奴じゃ、ないんだ。

 

「天龍ちゃんッ!」

「――え?」

 

 突如、龍田が俺の身体を引っ張った。それとほとんど同時に、すぐ近くで爆発音が響いた。

 それが、龍田が俺を敵の砲撃から庇った音だと気づいたのは、彼女の右腕が煙を発しながら真っ赤に染まっていたのを見たからだ。

 おそらくは砲弾を右腕で弾くようにしてダメージを最小限に留めたのだ。

 

「た、龍田っ! すまねぇ、俺が、ぼうっとしてたから……ああ、俺の、俺のせいで……!」

「あ……ぐぅ……ッ!」

 

 艤装保護膜のおかげで腕は吹き飛んでいない。だが、もうさっきのように右腕で薙刀を振るうことは叶わないだろう。

 なんてことをしてしまったのだ。俺のせいだ。俺が、集中を切らしていたから。俺がしっかりしていないから。俺が足を引っ張ったから。

俺が、弱いから。

 

――それは、かつての『トラウマ』を蘇らせるには十分すぎた。

 

「あ、ああ、俺の、俺のせいだ。俺が悪いから、俺が弱いから、俺なんていなきゃ――――」

「天、龍ちゃんッ!」

 

 半ばパニックに陥っていた俺を正気に戻したのは、右腕を襲っているであろう激痛に耐えながら、怒るでもなく、ただ、懇願するように、俺の頬に優しく触れた、龍田の両手だった。

 

「お願いだから、そんなに自分を卑下しないで……!」

「――――ッ!」

 

 頬にあたる彼女の指。右手から滴る生温い血の感触。

 俺は微笑む龍田を見つめる。

 徐々に、冷静さが戻ってくるのを感じる。

 

「悪い、取り乱した、な」

「いける?」

「ああ、もう、これ以上の失態はねぇ」

「そう、ならあと少し、頑張りましょうかぁ!」

「おう!」

 

 龍田が元気よく叫ぶと、俺も合わせて声を上げる。

 左から迫る深海棲艦は龍田が、右からは俺が、それぞれ捌き、一心にこの地獄を抜けるべく必死で走る。

 やがて、巣を抜けるまで後一歩というところまで来て、最後の障害が目の前に立ちはだかる。

 背後から迫るものと同じく、数多の深海棲艦の群れ。俺達は包囲されているのだから。いつかはこの壁を抜けなければならないのは自明であった。

 

「それじゃ、最後のひと頑張りといくわよぉ!」

 

 龍田が岩融を構え、そして次々に投擲する。

 矢継ぎ早に投げられた三本の薙刀は深海棲艦の壁の中心に大きな穴を穿った。

 

「よし、いくわよぉ!」

「うおおおおおおお!」

 

 開けた穴が塞がる前にあそこを抜ける。

 既に体はヘトヘトだった。燃料も随分と心許ない量である。それでも、全身全霊で、一点の光を目指して走り抜ける。

 しかし、左右から、穴を抜けんとする俺達を深海棲艦が砲撃で妨げようとする。

 

「天龍ちゃん! 転覆しないでね!」

「は!? え、ちょぉ!?」

 

 龍田が岩融を俺達の真後ろ数メートルに投げ込む。海中で爆発したそれは、海面を持ち上げ、やがて小規模の津波となって俺達を押し流した。

 

「ぬおおおおおおおおお!?」

 

 津波は付近の深海棲艦をも飲み込んだのか、俺達は巣を抜けた。

 

「よし、抜けたわぁ! これで、私達の勝ちよぉ!」

「いや、そんなわけあるかよ! まだすぐ後ろにあいつらが――――」

 

 そう、巣の外側に出たというだけで、まだ、深海棲艦の群れは真後ろにいる。

 まだ勝利を確信できる段階にはない。むしろ、絶体絶命である。

 しかし、龍田は笑って再度言った。

 

「いいえ、私達の勝ちよ」

「――天龍(バカ)と龍田を確認ッ! 全艦、撃ち方、始めぇ!」

 

 聞き覚えのある声が聞こえたかと思うと、その直後、数多の砲撃音と共に、炎と爆発が深海棲艦を襲う。

 龍田が見つめる先には、先頭に腕組みをした暁を据え、おそらくは舞鶴鎮守府に所属するほとんど全ての艦娘が海面に立っていた。

 

「あいつら……」

「流石、暁ちゃん。お願いした通り、皆を連れてきてくれたのねぇ」

「大変だったわよ! 一人一人に頭下げて、遠征帰りの子にもすぐに出てもらって! 何もかも天龍とかいう馬鹿のせいよっ! 帰ったら、覚悟しなさい!」

「ちんちくりん……」

「ちんちくりん言うなぁ!」

 

 暁からの怒号が飛んでくる。

 ああ、俺は何故こいつの声を聞いて、無性に安心してしまっているのだろうか。

 

「天龍!」

「な、なんだよ」

「怪我は、ないんでしょうね!?」

「……あ、ああ、その、おかげさまで、な」

 

 恥ずかしさと、情けなさに視線が逸れる。

 しかし、その返答に満足げに頷くと、暁は再び叫ぶ。

 

「我ら、目的を完遂す! 繰り返す、目的を完遂す! 従って、これより、舞鶴鎮守府の全戦力をもって、撤退を開始する!」

 

 連合艦隊などという比ではない量の艦がただ逃げることに全力を尽くすのだ。

 例え、周辺海域を黒く埋め尽くすほどの物量をもってしても、深海棲艦が俺達の逃走を阻むことは不可能であった。

 

 

 そうして、今に至る。

 戻ってきた艦娘達の補給などを行った後、提督の判断で今日の任務は全て切り上げとし、宴会を始める運びとなった。

 提督が、僅かに潤んだ目で、俺の頭を撫でてくれたのが少し印象的だった。

 叢雲は、俺達が帰ってくる前に、龍田の拘束を抜け、逃亡したらしい。

 現在は憲兵達が追跡をしているが、未だ尻尾も掴めていないようだ。

 

「全く、そんなうまい話あるわけないでしょぉ?」

「いや、だってよ、知らなかったんだよ……第一艦隊に配属される条件が、『旗艦』としての経験を持つことだなんてよ……」

 

 第一艦隊は主力艦隊。それだけ、厳しい戦いを想定してメンバーが編成されており、そんな戦闘の最中で、旗艦という指揮系統を失うことは致命的と言って差し支えない。

 よって、第一艦隊のメンバーは全員が過去に潤沢な旗艦経験を持っているという絶対条件があったらしい。

 つまり、旗艦の経験などない俺が、そもそも、旗艦の命令をガン無視するような問題児の俺が、第一艦隊に入れる道理などいくら叢雲の推薦であっても皆無であったのだ。

 

「まぁ、これで少しは反省してくれたかしら? 叢雲に騙されたとは言え、自分勝手な単独行動が、どれだけの迷惑をかけるかってことが」

「……ああ、今回のことは、悪かった。反省してる」

「あら、素直ねぇ」

 

 そう、右腕の怪我を見せつけられては俺も強気に出れない。今回のことは、龍田が、皆が来てくれなければ死んでいた。

 俺一人の命を救うために、この鎮守府の艦娘全員に迷惑をかけてしまった。

 守られてしまった。

 そこに俺の貫いた正義はなく、正義を失った俺は紛れもなく悪に違いないのだ。

 

「また、卑屈なこと考えてるでしょ」

「…………」

「私ねぇ、聞いたわ。あなたが、『暴れ天龍』になった理由。前の鎮守府で、慕っていた先輩の艦娘が死んだのよね? あなたを庇って」

「てめぇ、どこでその話……!」

 

 提督か。この話を知っているとしたらあの男しかいない。

 俺はすぐに立ち上がって提督の元に向かおうとするが、それを龍田の腕が制止した。

 

「先輩の艦娘は鎮守府ではエースみたいな存在で随分慕われてたみたいね。当然、彼女が死んだ原因であるあなたにはありとあらゆる負の感情がぶつけられたんでしょう」

 

『お前のせいだ!』

『お前が、弱いから! あいつは!』

『お前が、あいつを殺したんだ……』

『いっそ、お前が死ねば良かったんだよ!』

 

「っ……!」

 

 幻聴が頭に響く。

 そうだ。俺がのせいで先輩は死んだ。俺が守られるような弱い艦娘だったから死んだ。

 だからその日から俺は守られるのをやめた。

 

「単独で敵陣に飛び込んで、誰にも自分を庇わせなかった。自分のために誰かが死ぬくらいなら、いっそ自分が死ぬ方がマシ、とか考えてたのかしら?」

「ああ、最初はそんな感じだったよ。ありゃ半分自殺みたいなもんだった。でもな、何故かいつも生き残っちまうんだわ、皮肉だよな。そんでいつの間にか、俺も結構強くなっててよ、『暴れ天龍』だとかいう二つ名なんてついてて、笑っちまうよな」

 

 誰にも守られず、誰にも守らせない。自分のために誰も死なせない。

 それが『暴れ天龍』の形だった。

 だがそれも、今日、終わってしまった訳だが。

 

「やっぱ弱いんだなぁ、俺」

「当たり前でしょ、激弱よ、天龍ちゃんなんて」

「いや、そりゃグランドランカー様から見りゃそうだろうがよぉ」

「それ以前の問題よ」

 

 龍田は真っすぐに俺の目を見据えて言った。

 

「独りで戦ってる奴が強い訳ないでしょ?」

「え」

自分(一人)のためでもなく、誰か(一人)のためでもない。ただ人形のように独りで戦って強くなれる道理なんてないわよ。そこに強くなろうという意思がないんだもの」

 

 確かに、俺は強くなろうとしていたわけではない。ただ、自分のせいで誰かが傷つかないことだけを念頭に戦ってきた。

 成程、そんな俺が今まで死ななかったのは、龍田の言った通り、敵が弱かっただけなのだ。運が良かったのだ、俺は。

 

「だから、これからは仲間のために戦いなさい」

「それは……」

「誰にも死んで欲しくないなら、強くなりなさい。仲間のために」

「仲間のために、強く……」

 

 そうだ。自分のせいで誰も死なせたくないなら、俺が仲間を守れるようになればいいのだ。遠ざかる必要などない。むしろ、近くで守ればいい。

 何故こんな簡単なことに気が付かなかったのか。

 

「そして、私達も天龍ちゃんを守るために強くなる。理論上は無限に強くなれるわよぉ」

「お、俺は、守ってもらう必要なんて!」

「あ、それは無理よ。だって、私が天龍ちゃんを守りたいんだもの」

 

 それでは意味がない。俺を守って誰にも傷ついて欲しくないのに。

 

「天龍ちゃん、あなたは先輩に自分を庇って死んで欲しいだなんて一度でも思ったことある?」

「あるわけねぇだろ!」

「同じよ。私達も、あなたに死んで欲しくない。だから私達もあなたを守るの。守り合うの。それが、仲間ってものよ」

「…………」

「そうよ、天龍! あんたぁ、見れるとぉ、あぶなっかしくれぇ、こっちゃ冷や冷やするのろぉ!」

「ぬお!? ちんちくりん!?」

 

 何故か泥酔状態の暁が突如俺の背後からチョークスリーパーを仕掛けてきた。

 

「ちょっと、だぁれぇ? この子にお酒飲ませたの?」

「あらしは年齢的にはろっくに20歳こえれるっつーの! レディらっつーの!」

「酒に飲まれるような奴をレディとは呼ばねぇ!」

「うるさい! とにかく、あらしらってねぇ、あんらのことは大嫌いらけど、別に死んで欲しいなんて思っちゃいないのよ、この馬鹿! だから二度とあんな自殺行為みたいなことして助けにこさせんじゃないわよ!?」

「…………ああ」

「返事が小さい!」

「ああ、本当に悪かったッ! 二度としねぇッ!」

 

 食堂が水を打ったように静まり返り、俺は声量を上げ過ぎたことに気が付いた。

 全員が驚愕の表情で俺の方を見たかと思うと、どこからともなく、笑い声が聞こえ始め、それは最終的に食堂を埋め尽くす大爆笑になった。

 

「そうよ、二度とやらないでよね!」

「毎回毎回あんなんは御免だよ!」

「私達も陰湿な真似して悪かったしさ! もうお互い馬鹿な真似はよそうよ!」

「まぁ、こうしてお酒飲めるんならたまにゃ悪くないけどね~!」

「おし! よろしい! じゃ、ケジメつけるために坊主いっれみよー!」

「え?」

 

 酔った暁のテンションに呑まれ、そのままテーブルの上に立たされる。他の皆も興味津々で俺に注目をしている。

 ここまで来たら仕方ない、覚悟を決めるしかない。

 

「わかった、坊主とはいかねぇが。これが俺なりのケジメだ!」

 

 そう叫ぶと、俺は刀を抜き、腰まで伸びた長髪をまとめ、一思いに切り落とした。

 

「え……!?」

「え!? お前ら、何その反応!?」

「あれ? ほんろうにやっちゃっらの? 馬鹿ね~、別に本気にせんれも良かっらのにぃ」

「はぁあああああ!? てめ、ちんちくりん! ぶっ飛ばすぞコラァ!」

「ちんちくりん言うなぁああああ!」

「お、乱闘か!?」

「いいぞ~、やっちまえ~」

 

 テーブルの上で喧嘩が始まり、周りからも野次が飛んできてますます宴会は賑わいの様相をかもしだしていた。

 その様子を少し離れた所で楽しそうに眺める龍田が、

 

「覚悟してね、天龍ちゃん。私達は仲間よ。もう、一人でなんでも抱え込めるなんて思わないことねぇ」

 

 そう呟いたのが、確かに聞こえた。

 

 

「――誰か、誰かいないの!?」

 

 外灯の光すらも避け、闇に紛れる少女が一人、とある鎮守府の扉をせわしなく叩き続けていた。

 ライトブルーの髪色は目立つからとフードを被り、艦娘とばれないよう艤装の類は一切合切置いてきている。

 そうして憲兵達の追跡を躱し、叢雲は頼みの綱として、ここまで死に物狂いでやってきたのであった。

 

「なんで、なんで私がこんな目に……! 私は、鎮守府のためを思って!」

 

 悔しそうに、赤くはらした目にまた涙を溜めて一心に扉を叩き続ける彼女の背後から、首に手をかけ、ナイフを突きつける影が現れた。

 

「ひぅ……!?」

『こんな夜更けに艦娘が一体何の用だ?』

 

 陸軍の軍服と軍帽を身に着け、その顔には何故か道化師の仮面を付けた男に、叢雲は必死で敵意がないことを訴えるべく首を振った。

 

「違うの……私、鏑木提督にお話があって来たんです! どうかお目通しいただけませんか!? 私、以前犬見提督の元で秘書艦を務めていた叢雲といいます!」

「――あら、懐かしい名前」

 

 不意に扉が開き、そこから真っ白な軍服に身を包んだ女性が現れた。

 彼女は叢雲をじっと見つめると、柔和な笑みを見せ、中へ入るよう促すように手で示す。

 

「お入りなさい、叢雲。話を聞いてあげるわ」

「あ、ありがとうございます!」

 

 叢雲は憲兵に解放され、心底安堵したように涙ながら何度も頭を下げ、室内へ入っていった。

 

 ここまでの出来事が、一年後の悲劇のプロローグでしかなかったことを天龍はまだ知らない。

 

 




過去編前半戦終了。


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