七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
一件落着――かと思えば、新たな影が……



第八十九話「アタシなら、貴女の力になれると思うの」

 

 刃と刃が幾度となくぶつかり合い、火花を散らす。

 俺は一旦、間合いを取ると、目の前の龍田の薙刀の間合いを測りながら、あえて刀を鞘に納めた。

 抜刀術。あるいは居合と呼ばれるその技術は、この一年の龍田との鍛錬の中で俺が得たものの中でも唯一、一流に届く技術と自負している。

 龍田を獲るのなら、これしかないと決めていた。

 

「――――ふっ!」

 

 息を肺一杯に吸い込み、そして、一気に吐き出すと同時に、龍田に向かって全速力で足を踏み出す。

 真正面から龍田に突っ込んでいく以上、薙刀と刀の間合いの差は如何とも埋め難い。

 先制するのは必ず薙刀だ。それは決まっている。どうしようもない。

 ならば、俺の勝利はこの薙刀の間合いから刀の間合いに入るまでの1メートル弱、時間にして1秒にも満たない刹那の生存を獲得しなければ決して届かない。

 龍田ならば、この距離と時間の間、敵を5、6回は仕留めるだろう。

 俺にとってこの1メートル弱は万里、この刹那は無限にも等しく、この空間はさながら地雷原だ。

 一つの間違いも許されず、最善手のみを求められる。僅か数ミリの動きの遅れは即致命傷。コンマ数秒の反応、反射の遅延は即敗北。

 なればこそ、俺はこれまで数えきれない敗北を龍田の前に積み上げてきた。

 だが、今日こそは届く。

 これまでの敗北という経験。龍田の技を最も近くで、最も多く、見て、体験してきたのは他でもない俺自身だ。

 技術、経験はここに充足した。加えて、俺にはこの『眼』がある。

 ならば、勝利への道筋は既に整っている。

 後は己を信じ、一歩、踏み出すだけだ。

 

「――――あ」

 

 俺の右足が一歩、刀の間合いに踏み込んだ。

 その瞬間、双方の中で既に決着は着いていた。遅れて、俺の刀が龍田の首元に寸止めされる形で、事実上の決着をもたらした。

 

「し、勝者……天龍っ!」

 

 数秒、場を支配した静寂。それが審判の決着の声を合図に鼓膜を破らんほどの大喝采に変わった。

 次々と俺の周囲に集まって小突いたり、胴上げを始めようとする野次馬をよそに、龍田はゆっくりと刀が触れていた首筋を撫で、一つ大きなため息をつくと、悔しさと嬉しさの入り混じった笑みを俺に向けた。

 

「本当に、強くなったわね」

 

 俺が叢雲に騙され、龍田達に救出されたあの事件。

 あれから一年という時間が過ぎようとしていた。

 

 

「いや、まさか天龍がねぇ、絶対無敵の龍田を破るなんてねぇ。まだ信じられないわ」

「一番近くで見てたの審判してたお前だろうが、ちんちくりん」

「ちんちくりん言うなし。暁と呼びなさい、レディでも可!」

「レディはそんなことは言わねぇ」

「ちょ、やめてよね! 改二になって新調した帽子が汚れるでしょ!」

 

 暁に軽く手刀を入れる。

 彼女は赤色のラインの入った帽子を両手で抑えながらジト目で俺の方を睨んできた。

 

「まぁ、才能あるのは知ってたし、龍田が稽古つけるんだからそりゃもう、凄いことになるとは思ってたけれど、まさかここまでとはね」

「へへっ、我流とはいえ、中々のもんだろ?」

 

 あの事件の後、艦隊戦闘について諸々勉強し直すため、俺は龍田に頭を下げた。

 もう単独で突っ込むようなことはしないと誓ったからには、艦隊の中で機能的に動けなければ迷惑をかける。そのブランクを埋めるために龍田の力は不可欠だと判断したのだ。

 おかげで、毎日出撃に加えてスパルタ訓練が入り、力尽きるまで海上を走り回されたが、ある程度艦隊戦闘というものが様になってきたと感じる。

 一方で、個人的な戦闘技術についても俺は龍田に教授を求めた。龍田は剣術に関しては専門外だったので、教授とは言っても戦闘の心構えや、足捌きや艤装の効率的な使い方のような共通部分だけで、残りは模擬戦を通し、我流で鍛えていくことになった。

 

「変わったわね、この一年で。本当に成長したと思うわよ。人間的にも、艦娘的にも」

「……ま、まぁ、あれだ。そこんとこはお前らが後腐れなく接してくれたおかげもあるっつーかよ」

「何、むず痒くなるようなこと言ってんのよ、気持ち悪い」

「人が礼をしようとしてる時にそれはねぇと思うんだ」

 

 暁のこめかみを両拳で万力のように挟み込む。

 確かに、俺は変わった。だが、それはここの艦娘達が変わろうとする俺を積極的に後押ししてくれたからでもある。

 わだかまりがあるにも関わらず、積極的に心を開いてくれたから、俺もへこたれずに頑張れた。

 今では一年前が嘘のように、毎日が楽しかった。

 

「しかし、龍田も追い越して、どこまでいくつもりなのかしらねぇ、天才さんは」

 

 拳万力から脱出した暁のその言葉を聞き、俺は即座に否定する。

 

「別に、ランキングじゃまだ格下だし、模擬戦だって今日が初勝利だぜ? 全然追い越してねぇだろ。ようやく背中が見えたってくらいじゃねぇか?」

「……そうかしら、私の目には、今日の一勝は、そんな小さなものには見えなかったけれど」

「はっ、あの龍田だぜ? そう簡単に追い抜かさせてくれるかよ」

「そうだといいんだけれど、ね」

 

 俺とは対照的に少し寂しそうな暁の表情が印象的だった。

 

「まぁ、それはそれとして! あんた、その目、まだケアしてないでしょ! その……『天眼』だっけ? なんか、色々負担かかるんでしょ?」

「あ? いや、別に大丈夫だって、集中しすぎるとちょっと充血とか頭痛するくらいだしよ」

「駄目よ、何言ってんの! 馬鹿なの!? 死ぬの!?」

「ちょ、おい、引っ張んなって!」

 

 暁が俺の手を強引に引っ張る。

 俺の目は、どうやら普通のものとは違う天性のものらしい。勝手に『天眼』と名付けている。

 視力は勿論のこと、動体視力、静止視力、視野、立体視力など、諸々の能力が人並み外れて高い。

 近接戦を中心としており、敵の攻撃を見切ることが必要な俺にはこれ以上ない目だ。

 ただ、その代償なのか、あまり集中して目を使いすぎると、充血や頭痛、酷い時は目の霞みや痛みなども起こる。目の性能に、神経や脳が耐えられないのだ。

 普段生活している分には特に問題ないが、今日のような目をフルに使うような戦闘の後には目を冷やしたりして休息をとることが必要というのが医師からの指示だった。

 

「ほら、さっさと医務室行くわよ!」

「はぁ、面倒くせぇなぁ、おかんかよ」

「レディよ!」

 

 結局、暁を振り払うこともできず、俺は医務室で数十分、水で濡らしたタオルを両目の上に乗せていることになった。

 

 

「――はぁ、やっと解放されたぜ。飯、飯っと」

 

 医務室から解放された俺は食堂に駆け込む。

 少し遅い昼食ではあるが、食堂内にはまだ食事をしている艦娘がちらほらといた。その中に龍田の姿を見つけ、俺は彼女の元へと歩み寄る。

 

「よぉ、龍田も今昼か?」

「あら、天龍ちゃん~! ちょっと艤装の不具合を報告しててねぇ、すっかり遅くなっちゃったわぁ」

「なんだよ、じゃあ、今日の模擬戦は完全勝利ってわけでもねぇのか」

「いえ、不具合が起こったのはついさっき。天龍ちゃんとの模擬戦で負荷をかけすぎたみたい。模擬戦でのコンディション自体は万全だったわぁ。今日のは、本当に私の完敗よぉ」

 

 嬉しそうに、いつもよりテンション高めに俺の頭を撫でてこようとする龍田の手を振り払いながらも、改めて彼女からそう言われ、俺は少し照れくさくなった。

 

「本当に強くなったわねぇ~! 私、とっても嬉しいわぁ~!」

「頭を執拗に撫でようとすんな!」

「遠慮しなくてもいいのに~」

 

 こうして、俺の成長を素直に喜んでくれる龍田。親身になって気にかけてくれる暁。他の艦娘も皆俺に温かく接してくれる。

 本当に、良い仲間を持って俺は幸せだった。幸せすぎて、怖いくらいに。

 

「――龍田、いる?」

 

 食堂に入ってきた艦娘に呼ばれ、龍田が立ち上がる。

 

「あら、何か御用かしら?」

「提督がちょっと執務室まで来てってさ」

「何かしらぁ? じゃあ、天龍ちゃん悪いけれどちょっと行って来るわねぇ」

「おう、また後でな!」

 

 手を振り、龍田は食堂から出ていった。

 今思えば、この時、龍田の本心に気付いてやれていれば、あるいは未来は違ったのかもしれない。

 

 

「失礼します、提督。龍田、来ましたぁ~」

「ああ、龍田、入ってくれ」

 

 龍田が執務室のドアを三回ノックすると、すぐに提督の声が返って来た。

 ゆっくりと扉を開けて中に入ると、中には提督と、来客用のソファに座る女性が一人、そしてその背後に立ついかにも怪しい仮面を付けた軍人が一人いた。

 

「すまないな、急に呼び出して」

「いえ~、そちらの方々は?」

「ああ、こちらは鏑木提督。女性の身ながら提督にして、深海棲艦研究において博士号もお持ちになられている海軍きっての才女だ」

「初めまして、鏑木美鈴よ。あなたが龍田さんね? お話はかねがね」

「えぇ、初めまして……?」

 

 お話はかねがね、という言葉が少し気にかかったが、温和な笑みで握手を求める彼女に龍田も快く応じた。

 

「あの、失礼ですけど、そちらの仮面の方は?」

「ああ、ごめんなさいね。彼は私の鎮守府の憲兵でね、護衛みたいなものよ。少し顔に傷があってね、仮面を付けているのよ。見た目はこんなだけれど、無害だから安心して」

 

 鏑木提督にそう紹介された憲兵は無言で頭を下げる。

 

「いえ、こちらこそごめんなさい。無遠慮に立ち入ったことを聞いてしまって」

「あはは! いいわよ、アタシだってこんなのが居たら気になってしょうがないもの!」

「…………」

 

 憲兵は何か言いたげに仮面の向こうから鏑木提督に視線を投げかけている。

 仮面もそうだが、さっきから一言も喋ろうとしないのも不気味だ。しかし、それ以上彼のことを聞く気も湧かず、龍田は話を進めることにした。

 

「それで、私はどういった要件でここに呼ばれたのでしょう?」

「ああ、実はね、龍田さんにはアタシの実験に協力してもらえないかと思ってお願いをしに来たのよ」

「実験?」

 

 龍田が首を傾げると、鏑木提督は横に置いてある鞄の中から分厚い資料と一本のペン型注射器を取り出した。

 

「ねぇ、龍田さん。今よりもっと強くなれるとしたら、どう?」

「今よりも?」

「O.C.E.A.Nランキング第10位。末席とは言え、堂々のグランドランカーの座を手にした貴女ではあるけれども、現状はどうなのかしら? 果たしてあなたの満足に足るものなのかしら?」

 

 そう鏑木提督に聞かれ、龍田は目を伏せる。

 

「もしかしたら、限界を感じているんじゃない?」

「なんで、それを……」

「私なら、その限界を打ち破ってあげられるかもしれないわよ?」

「――鏑木提督? その、こう言うのははばかられるのだが、すまないが、龍田を刺激するような発言は控えて頂けないだろうか?」

 

 横槍を入れる提督に、鏑木提督が一瞬、鋭い眼光を向けた。

 しかし、すぐに元の笑顔に戻ると、何か思いついたかのように両手を合わせて言った。

 

「そうね! 百聞は一見にしかずよね! まずは龍田さん自身にアタシの研究について実際に見て体験してもらいましょう! 話はそれからでも遅くないものね!」

「え?」

「提督さん。演習場を少し借りてもいいかしら?」

「え、ああ、はい、構いませんが……?」

「それじゃあ、憲兵君。少し予定は早まったけれどあの子を演習場に呼んでおいて」

 

 鏑木提督は後ろに立つ憲兵にそう指示をするとソファから元気よく立ち上がる。

 

「それじゃあ、龍田さん、突然で申し訳ないのだけれど模擬戦の準備をしてもらえないかしら?」

「模擬戦?」

「アタシの研究が、あなたの求めるものであるかどうか、それでハッキリすると思うの」

 

 鏑木提督はそう言って、龍田の手を両手で握った。

 龍田には彼女が、どこか蛇のように見えてならなかった。

 

 

「――おいおい、なんだよこの人だかりは」

「なんでも龍田さんが模擬戦するんだってさ」

「模擬戦? 龍田が? 誰とだよ?」

 

 演習場が見渡せる堤防にできる艦娘の人だかりを押しのけ、最前列に出た俺は演習場に立つ龍田とその対戦相手の姿を見た。

 

「……ローブとフードで何も見えねぇ。なんだあいつ」

「大きさ的に駆逐艦か軽巡洋艦あたりだと思うけどねぇ、なんだろあの服装。他の鎮守府ではあんなのが流行ってるのかな?」

「他の鎮守府の艦娘、か」

 

 全身をローブで覆い、顔をフードの下に隠すその艦娘を見て、俺は目を細める。

 何故だろう、どこかで見たことがある気がするのだ。

 外見はともかく、雰囲気に既視感を覚えた。

 

「ちょっと、天龍! これ何事よ!」

「わかんねぇ、何だって龍田の奴、模擬戦なんて始めようとしてんだ?」

 

 同じく人ごみをかき分けて顔を出した暁を横目で見て、俺はすぐに視線を演習場の両者に戻した。

 程なくして二人の目の前にある浮き砲台から真上に号砲が撃たれる。

 模擬戦開始の合図である。

 

「龍田が動いた!」

 

 先に動いたのは龍田の方だった。薙刀を構え、真っすぐに相手の方へ突撃する。

 砲撃戦や雷撃戦に持ち込む隙も与えず、接近戦にて勝負を決めにいくつもりだ。

 しかし、相手もそれに対して一切動じることない。ローブをはためかせ、その内側から何本もの鉄棒をばら撒く。

 否、ばら撒いたのではなかった。よく見れば、その一本一本から細い鎖が伸びており、彼女の鎖を手繰る動きに連動し、鉄の棒と棒は連結され、一本の細長い槍のようになった。

 多節棍の仕組みを利用し、ローブの下に収納して忍ばせていたのだろう。向こうも初めから近接戦が狙いだったという訳だ。

 しかし、俺が驚いたのは、それ以上にその槍によく見覚えがあったことだ。

 

「あれは……」

 

 鉄槍を構えると同時に、フードが取れる。そこに見えたのはライトブルーの髪と赤色がかった橙の瞳。

 間違いない。それは一年前、俺を陥れ、鎮守府から逃げ去った張本人。叢雲に違いなかった。

 

「あいつッ!」

 

 俺が声を荒げたのと同時に、龍田の動きが一瞬、止まった。彼女も目の前の叢雲に動揺したのだろう。

 しかし、その一瞬が命取りだった。

 気が付けば、叢雲はその心の間隙を突き、いつの間にか龍田の目の前にいた。

 初めに薙刀を弾き、次いで石突で顎を打ち上げ、鳩尾を突き、崩れた所で穂先が龍田の首元に触れた。

 流れるような決着だった。

 

「あら、ごめんなさいね。なんだか驚かせてしまったみたいね」

「あなた……よくも、おめおめと……!」

 

 龍田が敵意を剥き出しにして叢雲を睨む。

 しかし、叢雲の余裕ありげな笑みは決して崩れない。

 

「あらあら、誰かと勘違いしているのかしら? 私は叢雲だけれど、でもあなたの知り合いの叢雲とは別人かもしれないわよ?」

「見間違う訳ないでしょう……私が、初めて殺してやりたいと思った奴の顔よ? 死んでも忘れないわぁ」

「まぁ、怖い。私は全く身に覚えなどないのだけれど、そうね、取りあえず仕切り直しましょうか? 今の模擬戦は、どうやら私の顔で驚かせてしまったみたいで悪いしね」

 

 槍を回転させながら戻すと、叢雲は至って友好的な笑みでそう言って手を差し出した。

 その手を払いながら龍田は立ち上がる。その目からは敵意が消えるどころかいっそう、炎が燃え盛っている。

 

「いいわぁ、もう一戦、やりましょうかぁ」

「なんだったら、本当に殺しにきてくれてもいいのよ? そんな刃引きした薙刀じゃなく、本物でくればいいじゃない?」

 

 叢雲の挑発も意に介さず、龍田は弾き飛ばされた薙刀を回収すると、その切っ先を叢雲に向ける。

 

「いえ、これでいいわぁ。刃があったら、大した苦も無く殺しちゃうもの」

「お好きにどうぞ」

 

 両者は再び所定の位置に戻り、号砲を待つ。

 しかし、先の一戦目とは異なり、その空気は張り詰め、どことなく、殺気を帯びてすらいた。

 

「ね、ねぇ、天龍。ヤバいって、あれ龍田完全にキレてるわよ? いくらなんでも、取り返しのつかないことになる前に止めに行かないと……」

「ああ、そうだな……」

 

 龍田が本気で叢雲を嬲り殺すつもりならば、それは間違いなく現実になる。彼女の実力は俺が誰よりも良く知っている。叢雲も優秀な部類の艦娘ではあったが、彼女の前ではもって十分程度が限度だ。

叢雲について思う所がない訳でもないが、それでも龍田に人殺しをさせるわけにはいかない。

 俺と暁は観戦客の集団から抜け、急ぎ艤装を装着して演習場に向かった。

 そこまでに精々五分かかったかどうかだった、しかし、演習場に到着した俺達が見た光景は、予想とはあまりにかけ離れていて、俺達は揃って言葉を失い立ち尽くしてしまった。

 

「あら、もう終わり?」

「――――っ!?」

 

 そこには再び首筋に槍の穂先を突きつけられ、狼狽している龍田と、不敵な笑みを浮かべる叢雲の姿があった。

 

「……もう一戦よ」

「ええ、何度でもお付き合いするわ」

 

 そこからは酷い有様だった。

 龍田のどんな攻撃も、どんな戦術も、叢雲の前ではまるで通用しなかった。単純にスペックが違う。俺の目からはそう見えた。

 叢雲の動きは駆逐艦の機動力を遥かに超えている。龍田の攻撃を見てから動き始め、龍田よりも早く攻撃を食らわせる。

 理不尽とも言える絶対的な戦力差を遠目からも感じた。

 

「ぐ……!」

「ああ、弱い! なんて弱いのかしら! これがあれだけ遠く及ばぬ存在と思っていた龍田だなんて!」

「――――ッ!」

 

 熱狂的に、挑発的に、興奮を隠せず、叢雲は龍田の前に積み上げた勝利の数々に浸り、歓喜の嗚咽を洩らしている。

 そして、それに対して何も言えずに俯き、唇をかみしめる龍田はもう見ていられなかった。

 

「龍田――――」

『どうかしら、龍田さん。アタシの研究がどれだけ素晴らしいものか、その身で感じて頂けたかしら?』

 

 俺の声を遮ったのは、小型の軍用ボートに乗る女性の拡声器を通した声だった。

 

『アタシなら、貴女の力になれると思うの』

「…………」

「おい! お前、誰なのか知らねぇが、口挟んでくんじゃ――――」

 

 再び俺の言葉が止められたのは、叢雲が口元に槍の切っ先を当ててきたからだ。

 

「五月蠅いわよ、天龍。今はあなたの出る幕じゃないの。そういう空気読めない所、変わってないのね」

「てめぇ……!」

「口を動かすと、唇、切れちゃうわよ?」

 

 そう言って、叢雲は刃をさらに唇に押し付けてくる。

 隣の暁もどうすればいいのか混乱しているようで、何も言葉が出ないようだった。

 すると、それまで俯いて黙りこくっていた龍田がゆっくりと立ち上がる。

 そして、俺の方を一瞥してから背を向け、ボートの方に体を向けて、彼女は言った。

 

「鏑木提督、実験のお話、受けさせてください」

 

 この時、俺はすぐに龍田の元に走っていかなければならなかったのだ。

 唇だろうが、首だろうが、どこを切り刻まれようが、俺は彼女に駆け寄り、言うべきだった。友として、怒鳴りつけてやらねばならなかった。

 

――――駄目だ、お前は間違っている、と。

 

 




過去編はあと三話か、四話くらいでまとまるかと思います。

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