七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
ジェ●ガをしていたら色情魔扱いされた。


第九話「お姉様!」

 

 私、大和がこの七丈島鎮守府に来てから三日目の朝が到来しました。

 初日は天龍の不審者騒動。

 二日目は倉庫整理の勘違い騒動。

 今の所これといってゆっくりとした日常が送れていない私です。いや、別にゆっくりするためにここに来たのではないのですが。

それでも、流石に三日ともなれば少しは暇になると私は思うのです。

この鎮守府は出撃も遠征もしない。隔離施設の七丈島鎮守府なのですから。流石にトラブルもネタ切れでしょう。

いや、別にメタ的な意味じゃないですよ。神様もいい加減、この限られた空間の中で騒動を起こすのはもうキツイでしょうという意味です。

 

「お早うございます、皆さん早いですね」

「お早う、大和」

「はよーっす」

 

 食堂に足を運んだ私を出迎えたのは矢矧と天龍。

 現時刻は午前七時。普通の鎮守府ならば全員で朝食といった所だろうが、この鎮守府は出撃などしないが故に基本食事は自由である。

 一応規則では午前七時から八時までの間は決められた当番が食堂に来た者に朝食を作るという取り決めになっている。

 昨日は矢矧が、味噌汁にご飯に焼鮭という一般的な日本食を振る舞ってくれたが、今日の食事当番は一体どのような朝食を振る舞ってくれるのだろうか。

 できることなら当番が磯風でないことを祈るばかりである。

 ん、何故私は磯風が食事当番であることが嫌なのだろうか。我が思考ながら謎である。

 

「今日は誰が当番なんですか?」

 

 私は楽しみ四割、不安六割程度の配分で尋ねた。

 食事をこよなく愛する私としては信じられない発言であった。というか食事に不安を感じるって今更だがなんだ、それはどういう状況だ。どうした、私。

 どうも二日前の夕食の記憶が飛んでから何かおかしい。一体二日前の私の身に一体何があったというのか。

 何故か思い出そうとすると頭が痛む。

 

「今日は、プリンツが食事当番よ」

「そうなんですか。よかった」

 

 何が良かったのか自分で言っていて意味不明だが、何故か身体が安堵しているのだから仕方がない。

 と、そんな私の目の前に突然、トースト、ベーコンエッグ、ジャーマンポテトが乗せられた大皿が置かれる。

 振り向くと、そこには満面の笑みを向けるプリンツの姿がそこにあった。

 

「今日の朝食はトーストに半熟ベーコンエッグにジャーマンポテトですよ! たくさん召し上がってくださいね! お姉様!」

「ありがとうございます!」

 

 美味しそうな洋風の朝食に私は顔を綻ばせ、早速フォークで半熟の黄身を破いてやり、それをトーストに乗せて頬張ろうと手を伸ばした所でようやく私の手は先のプリンツの台詞の内に潜む違和感によって止められた。

 

「……ん? お姉様?」

 

 聞き間違いだろうか。

 私はゆっくりともう一度プリンツの方へと顔を戻した。

 プリンツは先と変わらぬ笑顔で嬉しそうに問題の発言を繰り返した。

 

「お姉様!」

 

 聞き間違いではない。なんということだ、私に妹がいたなんて。

 私はお姉様呼ばれる心地良さに人知れず戦慄した。

 

「まさか、異母姉妹……!」

 

 彼女の輝くようなブロンドの髪と私の黒髪、そしてどう考えても顔立ちの国籍が異なっていることから私はその結論に至った。

 しかし、驚きだ。今は亡き、お堅い日本男児の象徴とも言うべき我が父が母以外と、しかも恐らくは金髪美女と子を成していたなんて全く信じられない。

 具体的に例を挙げるとすれば、今時オレオレ詐欺に引っかかる人くらい信じられない。

 

「あー、また始まったか」

「随分久々ね」

 

 困惑する私の隣で天龍と矢矧が何故か顔をしかめていた。

 

「何か知っているんですか? 私の出生について!」

「いや、それは知らねぇけどよ。プリンツはこういうの時々あるんだよ。自分より年上の女見つけてはお姉様って呼んでまるで本当の姉みたいに慕ってくるんだ」

「へぇ……」

 

 良かった。父は無実です。

 

「という訳でお姉様! 私が朝食食べさせてあげますね! はい、あーん!」

「ちょっと、妹の範疇、超えてます、超えてます」

 

 こんな奉仕家の妹がいてたまるか。最高じゃないか、と私は全世界の妹持ちの人々を代表して叫びたい。

 

「ああ、こいつはお姉様には絶対奉仕の精神で当たるからな」

「まぁ、それなら何も問題なさそうですね」

「それだけなら、確かにそうかもしれないわね……」

 

 わざわざ人の不安を煽るような意味深な言葉を残し、矢矧は食堂を去っていった。

 

「まぁ、あいつは仕方ねぇな。あいつは一年前のお姉様だったからな」

「え、そうなんですか?」

「ああ、その時は三日でノイローゼになってたぜ」

「え?」

 

 今度はダイレクトに不安を感じざるを得ない台詞を残し、天龍も席を立つ。

 

「ちょっと待ってください! 何で二人ともわざわざ不安だけ煽って席を立つんですか!? 性格悪いですよ!」

 

 返答はなく、代わりに食堂の扉の閉まる音だけが聞こえた。

 

「お姉様! 早く! あ~ん!」

「ぐはぁ!」

 

 不安はぬぐえぬものの、お姉様と呼ぶ甘ったるい声と上目遣いでこちらにジャーマンポテトを運ぼうとする所作の破壊力に私は再度戦慄した。

 

「あ、あ~ん」

「美味しいですか!?」

「はい、すごく美味しいです」

「やったー! Danke(ダンケ)Danke(ダンケ)!」

 

 嬉しそうに飛び回る彼女を見て、私はプリンツのお姉様になることにした。一抹の不安は残されているが。

 そして、同時にこの後、私は神様への認識を改めなければならなくなる。

 いくら限られた空間であっても、気まぐれ一つでトラブルなど容易く作って見せる。

 故に、神なのだと。

 

 

 その後、天龍と矢矧の言っていた意味が分かるまで、さして時間はかからなかった。

 その日の昼頃。

 

「お姉様ぁ! 一緒に昼食食べましょう!」

「あ、はい、そうしましょうか」

「それでー、お昼食べたら一緒にお散歩に行きませんか!」

「あぁ、確かに私まだこの辺りのこと知らないし、いいかもしれませんね」

 

 ついでにすっかり忘れていたがビッグスプーンを店長に返さなければならない。

 そういう訳で昼食を済ませた私達は鎮守府を出て港の方へと歩いて行った。

 

「あの、プリンツ……?」

「なんですかぁ? お姉様!」

「あの、歩きにくいんですが」

 

 何故か私の右腕をプリンツがホールドしていた。

 

「あ、ご迷惑でしたか!?」

「いや、そこまでは言いませんけど。こういうのはカップルがやることで姉妹ではあんまりやらないでしょう」

「私とお姉様がカップルだなんて……そんな、恥ずかしいです」

 

 何でまんざらでもない感じなのでしょうか。

 何はともあれ、取り敢えず二日前に激闘を繰り広げたカレー専門店「ビッグスプーン」の前まで私達は到着し、その中に入っていきました。

 

「いらっしゃ~……あんたは!?」

 

 酷い警戒のされようでした。

 にこやかな笑み皿を運んでいた店長が私の顔を見るや否や、険しい顔つきに変わってしまった。

 とてもお客様に向ける表情ではなかった。

 

「あの~」

「な、なによ! もう大食いチャレンジはお断りよ! どんだけぇ!」

「いや、そうじゃなくて、これ……」

 

 何故か臨戦態勢の店長に私は依然持ち帰ってしまっていたこの店の象徴たる食器、ビッグスプーンを取り出した。

 それを見た瞬間、店長の目が大きく見開く。

 

「アタシのビッグスプーンッ!」

「すみません、持ち帰ってたみたいで。洗っておいたので、返しに来ました」

「どんだけえええええええ!」

 

 最早『どんだけ』は鳴き声なのではないだろうか、と憶測を立てつつ私とプリンツはその場を後にした。

 

「お姉様は人気者なんですね!」

「どこを見てそう思ったんですか?」

 

 そんな会話をしながら港を歩いていると、一人の青年がこちらに走って来た。

 見た目は二十代前半といった所でおそらくは漁師か何かだろうか、がっしりとした身体で、日に焼けた肌をした中々の好青年であった。

 しかし、そんな彼の瞳には私など欠片も映ってはおらず、その視線は隣のプリンツに釘づけであった。一方でプリンツの視線は私に釘付けである。

 誰もが誰とも目が合わないという世界一悲しい三角形がそこにはできていた。

 

「あ、あの! プリンツさん!」

「ん? あなたは?」

 

 向こうは名前まで知っているというのに、当人のプリンツは見覚えがないらしい。

 

「え? いや、あの結構何度か挨拶したり、話したりしてたんだけど……はは……」

 

 これは悲しい。

 私はもう彼の気まずい表情を見ていられなかった。

 

「あ、そうなんですか、ごめんなさい! それで、何かご用ですか?」

 

 意外にもプリンツ、これをあっさりスルー。

 男は、少し拍子抜けしたような表情の後、慌ててズボンのポケットから何かのチケットのようなものを取り出す。

 

「あ、あの! 良ければ今度俺と一緒に映画でも見に行ってくれないかなって……」

 

 これは、まさか、逢引だとか、今風に言えばナンパとか呼ばれるあれだろうか。自分で言っていて悲しくなるからあまり言いたくないが、私は生まれてこのかた、そう言った縁がなかったので、こういった状況でまるで除け者状態の私はどう対処すればいいのかさっぱりわからない。

 やはり自分で言っていて悲しい台詞である。胸が痛い。

 どうすればいのだろう。どうにか私も話に入れればいいのだが、如何せん、その入り方がわからない。

 現状の私はそこら辺に転がっている石、同然であった。

 

「ど、どうかな?」

 

 青年は緊張気味に、頬を赤く染めながら恐る恐る尋ねた。

 まるで青年の方が乙女ではないか。なんだ、この状況は。そして、なんだこの私の立ち位置は。

 せめて足元の石ころから傍目に生えている木に存在感をランクアップしていきたい。

 

「う~ん、ごめんなさい! 私にはお姉様がいるから!」

「え」

 

 そう言ってプリンツが私に抱き着いた瞬間、私の存在感は図らずも石ころから一気に恋敵へと五階級くらい特進したのであった。

 同時に、青年の私を見る視線が、石ころを見るような無関心なものからある種の嫉妬を帯びたものに変わるのを私は見逃さなかった。

 まさかこんな形で巻き込まれてこんな嫌な立ち位置に立たされるのであれば、私は石ころのままで良かった。

 返せ、私の石ころ的存在感を。

 

「くっ! くっそおおおお!」

 

 青年は私を一瞥してから男泣きでその場から走り去っていった。

 なんだ、この罪悪感。私が悪いのだろうか。私がプリンツのお姉様だったから彼は振られたのだろうか。

 私の脳内を苦悩が渦巻く。

 

「良かったんですか?」

「え? 勿論ですよ! 私お姉様一筋ですから!」

 

 やはり、私がいなければ彼は。

 私の中で底知れぬ罪悪感が心をめった刺しにしていた。

 

「それに、私、男の方には興味ありませんから!」

「あ、そうなんですか!」

 

 私の中の苦悩と罪悪感は消えた。実に気分がいい。

 

「それじゃ、次はどこに行きましょうか?」

「うーん、そうだ! お姉様、私服とか欲しくありませんか? 少し歩いたところにショッピングモールとかもあるのでそこ行きましょうよ!」

「それはいいですね! でもお金は大丈夫なんですか?」

「鎮守府で領収書を切って貰えば問題ありません!」

 

 私はプリンツに連れられ、そのショッピングモールに向けて歩き始める事にした。

 そういえば昨日部屋でも自分の私服が今着ている一着しかないことに気が付き、狼狽していたのだ。

 察しがいいというか、とんでもなくナイスタイミングな申し出に私はプリンツに対し、感動すら覚えた。

 

「いや、本当に丁度良かったですよ。私服がなくて困っていたところで」

「お姉様昨日、部屋で私服がないって焦っていましたもんね!」

「……ん?」

 

 おかしい。何故プリンツが私の部屋での行動について知っているのだろう。

 私は強烈に嫌な予感がしたが、真相を確かめるべく、意を決してプリンツに事の次第を尋ねた。

 

「あの、なんで私の部屋での様子なんて知ってるんですか?」

「それは勿論、いつ何時もお姉様に奉仕すべく、お姉様のプライベートをレコーダー及びカメラで観察させていただいているからです!」

 

 詰まる所、これは盗聴と盗撮をしているという宣言であった。

 私の背中を、かつて巨大な蛾を誤って素手で握り潰してしまった時同様の悪寒が走り抜けた。

 

 


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