七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
龍田深海化
天龍と暁は150隻の深海棲艦にたった二人で挑む。




第九十二話「私、レディだもの」

「あああああああッ!」

 

 叫ぶ。なんのために。

 己を鼓舞するため、相手を威圧するため、恐怖を振り払うため、無駄な力を抜くため、かつて色々理由を思い浮かべたものだった。

何故、人は時に戦場に立ち、大声で叫ぶのか。下品で、無意味だ。ずっとそう思っていた。

 だが、今になって、やっとわかった気がする。

 

「うわあああああ!」

 

 重巡リ級の頭が岩融の刃で砕かれる。この薙刀の重量と刃の分厚さを考えれば、それは斬る武器でなく、粉砕する武器なのだとすぐにわかる。

 これをして、深海棲艦を真っ二つにするのだから龍田の技量には本当に驚かされる。

 

「はああああああ!」

 

 この薙刀を振るにはあまりにも私の腕は小さく、細い。

 だが、今の私は尋常ではない。両手で薙刀を何度も振り回し、未だ息は上がらない。

 あっという間に十隻程度は仕留められただろうか。

 これでも龍田の使っていたものよりも効果が弱いという。全く、馬鹿げている。こんなものを彼女が使っていれば天龍すら歯が立たないのも当たり前だ。

 

「ガアアッ!」

「ぐっ! っおおおおおお!」

 

 戦艦ル級からの砲火が掠る。駆逐艦の私の身体では着弾の余波でも十分なダメージとなる。薬は防御力、耐久力までは強化してくれないらしい。

 艤装保護膜がビリビリと震えるのを感じながら私は、戦艦ル級を岩融で勢いよく貫いた。

 

「まだまだぁッ!」

 

 まだ深海棲艦はうじゃうじゃいる。私は大声で叫び、敵に飛び込んでいく。

 逃げるな。

 一隻だって私の後ろに通すわけにはいかない。

 友が、倍の大群と戦っているのだから。

 五十隻くらい、私一人で撃滅できねば顔向けもできない。

 

「次ぃッ!」

 

 私は叫ぶ。

 いや、私は吼える。

 無意味ではないのだ。こんなに力が湧いてくる、こんなに闘志が溢れ出てくる。

 身体の奥底でリミッターが外れていくのを確かに感じる。

 人は、全身全霊を尽くす時、叫ぶのだ。

 

「っ!?」

「――――」

 

 私の薙刀が止まる。否、止められた。その強固な装甲を一撃で破砕することは叶わなかった。

 

「装甲空母鬼! 鬼級までいるわけ!?」

 

 次いで、私の周囲に突如爆発が起こる。

 空爆。成程、爆風に目を細めながら装甲空母鬼の背後を見れば離れた所で空母ヲ級がずらりと並び、艦載機を発艦しているのが見えた。

 

「こんな、程度で……!」

 

 龍田ならこんな爆撃、涼しい顔で全て躱しきる。

 天龍ならこの程度の敵、笑って斬り伏せる。

 

「こんな程度で、レディが止まるかぁあああああああッ!」

 

 爆撃の嵐を一息に駆け抜ける。

 私には涼しい顔も、笑ってやる余裕もないけれど、それでも私はあの二人を一番近くで見て、彼女達の武勇に誰よりも焦がれた艦娘だ。

 私は弱い。キャリアこそあれど、龍田程の研鑚も、天龍程の才能もない、ランキングだってぎりぎり下から数えた方が早い。

 でも、だからこそ、心では、気合と根性では負けられない。負けてはいけないと思った。

 曲がりなりにも、私はあの二人の『友人』を名乗っているのだから。

 

「うりゃあああああッ!」

 

 一撃で砕けぬ装甲なら、二撃で砕こう。それでも駄目なら三撃、四撃。相手が砕けるまで攻撃を止めるな。

 気合と根性で押し通せ。

 今日に限り、その気合と根性に身体は応えてくれる。

 

「砕けろぉおおおお!」

「キィイイイイイイイイ!」

 

 徐々に装甲空母鬼の体中にヒビが入り、二十は打ち込んだ頃、断末魔をあげて敵は沈んだ。

 そのまま、私は後方の空母群へ一直線に突っ込む。

 左右からの砲撃は完全無視。

 何発かはもろに食らって艤装が中破したが、痛みも恐怖もまるでない。

 薬の作用か、リミッターが外れた影響か。

 とにかく、今日の私は誰にも負ける気がしない。

 

「ああ、今の私、最っ高にレディだわッ!」

 

 なんて最悪で最高な日なのだろうと、私は吼えた。

 

 

「――二十三、二十四、二十五隻ッ!」

 

 走りながら、すれ違いざまに軽巡一隻と駆逐艦二隻を斬り、俺はまだ見えぬ先頭へ向かって刀を振る。

 止まるな。

 見敵必殺。斬れ、視界に入ったもの一切を斬り続けろ。

 

「しゃらくせぇ!」

 

 横一列に並んだ戦艦三隻を一気に横薙ぎにする。少しの抵抗もなく、まるでケーキのように戦艦の上半身と下半身が分断された。

 薬の影響で、刀のキレが良い。いつも以上に体が、刀が、イメージ通りに動く。

 

「全く、自分が自分じゃねぇみてぇな変な感じだぜ」

 

 四十隻目を斬り、息をつく。

 疲れはない。むしろ、より集中力が研ぎ澄まされていく感じだ。これが薬の作用だと言うのならば、龍田が溺れるのもわかる気がする。

 例え、その末路がこんな形だとしても。

 

「ったく、余裕があるからか要らねぇこと考えてんな。駄目だ、やめろ。斬りにくくなる」

 

 そう呟きながら自分の頭を小突く。

 そんな中、ようやく自分達の群れに襲来してきた脅威を認識したのか、こちらに向かって戦艦ル級、タ級、空母ヲ級で編成された一艦隊六隻が出てくるのが見えた。

 全員がeliteかflagship相当であるのがわかる。

 だが、俺はそれに対し、笑った。

 

「やっと手練れが出てきたか。だが、2分ばかり遅かったな。雑魚共を相手にして、ようやっと隻眼での戦いにも慣れたところだ」

 

 刀を鞘に納め、全速力で海を滑る。

 上下運動も姿勢のぶれもない、その縮地に、敵には俺が瞬間移動でもしたように見えたのかもしれない。

 眼を見張り、砲塔を動かすことをも忘れる、深海棲艦の驚愕の表情というものを初めて見た気がした。

 

「どけ、お前らに用はねぇ」

 

 その抜刀の瞬間をただの一体も認識すらできず、深海棲艦六隻はあっさりと両断され海へ沈んだ。

 

「これで四十六隻」

「――あら、アラ、あら、アラ。随分派手にやっテくれてルわねぇ。さっきトは、大違いじゃナいのぉ、天龍ちゃん」

 

 そのノイズの入り混じった声でゆっくりと深海棲艦の群れの奥から姿を現したのは他でもない龍田だ。

 

「リベンジなのカしらぁ?」

「ああ、そんな所だよ」

 

 落ち着け。動揺を悟られるな。

 刀を持つ手が少し、震えている。それを隠すようにおおげさに刀を鞘に仕舞い、居合の構えをとる。

 左目の包帯が、血で滲んでくるのがわかる。

 

「その目、とっテも痛そうねぇ。そんナ今の天龍ちゃんハ、強いのかシらぁ?」

「試して見りゃわかるぜ」

「フぅん、確かに、さっきトは違うみタいねぇ」

 

 瞬間、言葉の途中で龍田の身体がなんの前ぶりもなく動いた。

 遅れた。

 だが、まだ間に合う。

 今度は俺の心臓を貫かんと音速で突き出される薙刀の切っ先を振りぬいた音速の剣で弾く。

 薙刀の切っ先は斜め上にそれ、俺の左耳のすぐ横の空を貫いた。

 

「あら、本当ニ別人みタい」

「隙だらけだがよぉ、斬っていいんだよな?」

「――――ッ!」

 

 振りぬいた刀の刃を返し、袈裟斬りする。

 今度は龍田が空いた左手に薙刀を作り出し、俺の刀を弾く。同時に大きく真後ろに飛び、再び間合いの測り合いに戦況が巻き戻った。

 

「ずりぃな、それ」

 

 龍田の両手に一本ずつ握られている漆黒の薙刀を見て俺は笑った。

 

「武器や道具ハ両手から一つズつ、合計二つまでシか作れなイのよぉ。だカら、今はこれで全部よ」

「ま、なんでもいいけどよ」

 

 不意に龍田が嬉しそうに頬を綻ばせて笑い始める。

 

「そう! ソウ! そウなのネ、天龍ちゃん! 私を殺しニ来たのネ! そう! それハとっテも素敵よ、天龍ちゃん!」

「ああ、そうだ」

 

 不思議とその言葉をはっきりと口にできた。

 

「お前を斬りに来たぜ」

 

 昂ぶる龍田の様子とは対照的に、俺はだんだんと心が冷たく、静かになっていくのを感じた。

 さっきまでの震えは既にない。肩に入っていた余計な力も抜けた。

 俺は、とてもいい具合に、仕上がりつつあった。

 

「さぁ、殺し合いマしょう、斬リ刻ミ合いましょウ! どちらガ強いか、いよいよ決着ヲつケましょう!」

「お前、よく喋るな」

「ん――――ン!?」

 

 俺の右足の始動に龍田は完全に反応が遅れた。間合いを一歩詰められた龍田は慌てて両腕の薙刀で薙ぎ払おうとするがもう遅い、刀で悠々と対処できる。既にここは俺の陣地になった。

 龍田は戦いを前に口数が極端に少なくなる奴だった。

 集中力が増し、耳と口が会話の機能を停止する。体中が戦闘用に切り替わるのだ。

そうなった龍田はもう一筋縄ではいかない。間合いの外とて油断していれば一瞬で間合いの内に飲み込まれ、瞬く間に首を獲られる。

こと戦いというものに真に真剣だったのが、龍田という少女だった。

 

「どうした? 獲物が二本もあるんだ、戦術の幅は単純に二倍だろう?」

「何故!? どウして、こコまで、攻メあぐネる!?」

 

 龍田の戦い方は、理性の極地だった。

 全ての攻撃に意味があり、伏線があり、読みがある。野生のまま本能に従った攻撃ではない。知恵長ける者の戦術。

 なればこそ、彼女は先の先を打つ。俺は、一歩進むためにさらにその先を打たねばならなかった。

 俺には一手の間違いも許されず、保留の代償は永遠と続く理詰めの猛攻。

 あいつの持つ薙刀が一本だけで良かったと、心底安堵したものだ。

 もし、龍田が薙刀を二本、扱いこなす力量を身に着けていたらと考えると、今でも背筋が寒くなる。

 

「さぁ、ここまで近づいたぜ。わかるよな、後、一歩だ」

「馬鹿な、バカナ、馬鹿な、バカナ、馬鹿な、バカナッ!」

 

 ああ、ここからだ。龍田が本当に怖いのはこの最後の一歩の所まで来てからなんだ。

 ここからたった一歩踏み込むために何か月掛けたか。

 この薙刀と刀の間合いの境界線。ここはまるで刃の嵐だ。

 嵐とはすなわち、前後上下左右の区別なく人々を襲うもの。

 この距離の薙刀もそれに同じ。前後上下左右の区別なく、その刃が襲い掛かる。それまでの間合いでも、前、上下、左右の斬撃の自在は当然あった。

 しかし、この位置に限り、さらに背後からの斬撃が加わる。

 先んじて突き出された一の刃を辛うじて避ける。刃は己の後方へと飛び、一時安堵に胸を撫でおろすだろう。そこに、引き戻しよる二の刃が虚を突き、肩口を切り裂くのだ。

遠い間合いではこうはならない。刃が敵の背後まで飛ぶ近距離故に生まれる斬撃型。

 近い故にさらに増す斬撃の自在度。それが龍田の技量によって振るわれればそれは文字通りの嵐だ。

 

「――だから、お前は違うんだ」

「私ハ強イ! 私ノ方ガ強イ! ソウデナクテハナラナイ! ソウナラナケレバ意味ガナイッ!」

 

 油断と驕りにまみれた脆い集中力。

 浅慮で力任せな手数だけの攻撃。

 そして、その薙刀の使い方をまるで理解していない稚拙な技量。

 

「私ハ! 『力の渇望』、ソレダケニ没頭シテ! 専心シテ! 信仰シタ! ナレバコソ、私ハ誰ヨリモ強ク、モット強クナッテイル筈! ソレガ、何デ、コンナ、カンタンニ……!」

 

 龍田の内にある最も強い概念、『力への渇望』に殉じたと言うなら、それに関しては、お前はまさしく龍田だろう。本物以上と言ってもいい。龍田よりも本物だろうさ。

 だが、お前は多くを切り捨てすぎた。

 捨てちゃいけないものまで捨ててしまった。

 

「全テヲ圧倒スル次元ノ違ウ『力』! 少ナクトモオ前如キに劣ルモノデハナカッタ筈ダッタッ!」

 

――ああ、お前の力自体は凄かったよ。しっかりいなさなきゃ刀ごと俺の身体は肉塊になってただろうさ。

 

「私ハ! 停滞モシナイ! 研鑚ノ必要モナイ! 理想ヲ具現シタ存在ニナッタ筈ナノニッ!」

 

――だが、『停滞』と『研鑚』を切り捨てたのは間違いだったな。

 

 停滞は龍田を苦しめた元凶だ。だが、同時にそれが彼女をより高みへと誘う一因にもなった。

 研鑽は彼女の『無才』を『秀才』にまで押し上げた強さの根源だった。

 そんなものまで捨て去ったお前が、もう龍田の筈がない。

 

「いいのかよ、そこは、俺の間合いだぜ」

「…………」

 

 龍田だったものは最早抵抗する様子はなかった。両手の薙刀を霧散させ、逃げるでもなく、襲い掛かるでもなく、鞘から刀が抜き放たれるその時を待つかのように、ただそこに立っていた。

 だが、もうその真意すらどうでもいい。

 終わらせよう、この悪夢を。

 俺も夢から覚めた。今、やっと気が付けたんだ。

 

「龍田は、死んだんだ」

 

 視界が歪む。いつの間にか涙が出ていたようだった。それでも目の前の龍田だったものを斬るのはあまりにも容易い。

 そう、これは夢なのだ。ならばいっそ目を閉じて終わらそう。

 次に目をあけた時には、この長い悪夢から覚めている筈だから。

 

「――本当に、強くなったわねぇ」

 

 死んだはずの彼女の声が聞こえた。

 しかし、既に刀は滑り出した後。さらにはその居合、皮肉にもこれまでの中でも最も冴え渡る一刀で、俺が目を開けるよりも早く、刀は銀閃を描き、振り切られていた。

 

「――え?」

 

 目を開いたら、夢が終わっていた。

 振りぬいた刃に肉の感触はなかった。それでも、自分の刃が龍田の首を通り抜けたのを確信した。

 柔らかで、気の抜けた感じ、しかしどことなく読めない、そんな龍田らしい笑顔が、一番に目に入った。

 最初に首から上が、次いで残った身体が、虚しく水音を立てて海底に沈んでいった。

 

「あ、ああ! あああああッ!」

 

 目を開いたら、夢が終わっていた。

 そして、俺が殺したものが、龍田であった現実に直面した。

 まだ、生きていたのだ。まだ、あの内に龍田は確かに残されていたのだ。それなのに、俺は、龍田は死んだと断じた。

 そして、龍田を斬ったのだ。彼女を救えるかもしれない、可能性を殺したのだ。

 

「うわあああああああああああああッ!」

 

 気づかなかったから仕方ない。

そうだろうか。俺はきっと気が付いていた。

何故、最後、彼女が何の抵抗もなく俺の刀が抜かれるのを待っていたのか。それは、あれが龍田だったからじゃないのか。

それに気づかず、愚かにも俺は目を閉じた。気付きから逃げたのだ。

気付けば殺せなくなるから。

きっとわざとだ。無意識に俺は選択していたに違いない。

 

――俺は、救う気などなかった。最初から龍田を諦めていたのだ。

 

『誓う! 俺は、何があっても龍田の味方だ! 俺はあいつを絶対に諦めない!』

 

「何が誓うだッ! 何が龍田の味方だッ! 何が絶対に諦めないだッ! 俺は、俺は何一つもッ!」

 

 不意に、背中を焼けるような高熱と吹き飛ばされそうになるほどの爆風が叩きつける。

 残った深海棲艦達からの砲撃だった。

 龍田という指揮官を失い、先刻までの統制の取れた進軍は崩れ去り、それぞれが好き勝手に散開し始めている。

 俺は刀を抜き、砲撃の砲口を見やる。

 目に入ったのは軽巡ツ級。

 海面を蹴り、数秒足らずで真正面まで間合いを詰めると、反撃の隙も与えず、一刀のもと両断する。

 

「四十八隻目」

 

 俺は『龍田』を加えた撃破数を小さく呟くと、次の獲物を探し、その全てに愚直に突撃を繰り返す。

 視界に入った全てに飛び掛かり、全てを斬り殺す。

 

「四十九、五十、五十一、五十二――――」

 

 無機質に斬った敵の数だけを唱える。

 そこには最早、敵への戦意も敵意も殺意もない。それは所謂、八つ当たりだった。

 

 

「――天龍ッ!」

 

 全身に無数の火傷、擦り傷、切り傷を受けながら、五十隻を討ち果たした後、暁が見たのは、深海棲艦の骸、骸、骸。

 そして、その中心に立ち、夜空を見上げる天龍の姿だった。

 最初こそ、その健在に安堵の息を洩らした暁であったが、すぐに天龍の様子がどこかおかしいことを察知し、険しい顔付きで彼女の元へ走った。

 

「天龍!」

「……暁か」

「大丈夫、なの? 見た所大きな怪我はしてないみたいだけれど」

 

 薬の副作用が出たのかとも思ったが、どうにもなっている様子はなく、再び暁は安堵の息を洩らす。

 しかし、彼女の傷があまりにも少なすぎる所に一周回って不気味ささえ感じた。

 暁自身、五十隻との戦闘では薬の作用をもってしても大破まで追い込まれた。

 天龍はその倍の深海棲艦、さらにはあの龍田とも戦っていると言うのに、余りにも無傷が過ぎる。

 背中が砲撃の余波を受けたのか服が焼け焦げ、素肌が露出していたが、それくらいのものだった。

 

「……まぁ、とにかくお互い無事で本当に良かったわ!」

「はは、無事、ね。まぁ、そうだな」

「天龍?」

 

 天龍の頬に涙が伝ったのが見えた。

 

「百隻、斬ったんだ……ああ、実際はもうちょいいたかな。百から先は数えてねぇから、わかんねぇんだけど、はは」

「…………」

「百隻斬ったよ、龍田も斬ったよ。ああ、斬ったんだ、俺が」

 

 天龍の声が少しずつ震えていくのが暁にもわかった。

 

「龍田だったんだ……! 誓ったのに……! 俺は、あいつを、諦めたッ! 俺が、殺したんだ!」

「天龍!」

 

 錯乱しながら泣きくずれる天龍を暁は強く抱き締めた。

 

「やめなさい、こんな時まで、自分を責めなくていいの! 天龍は正しいことをやったのよ! 舞鶴の多くの人の命を救った!」

「俺はっ! 顔も知らねぇ数億人より、龍田たった一人を、救いたかったんだ……ッ!」

「――――っ! 天龍、ごめんねッ! ごめんねッ! 全部、私のせい! 命令した私が悪いのッ!」

 

 暁は悔いた。

 見誤っていたのだ。天龍の龍田への想いの強さを。その大きさを。

 天龍にとって龍田を斬るということが、彼女の心をも殺してしまいかねないことだと気が付けなかった自分が腹立たしくて仕方なかった。

 

(それなのに、私はなんてことを命令してしまったのよ……こんなの、レディじゃないわ……っ!)

 

 唇から血が出るほどに噛み締めてもまだ足りない。

 気づけば暁の目からも涙が流れていた。

 

「うわ、ああ、あああああああっ!」

「うぐ、ひぐっ……ごめんなさい、ごめんなさい、天龍!」

 

 そうして二人で夜明けまで泣いていれば、きっと心の傷も幾分か癒えた。

 二人でいれば、きっとまた立ち上がれた。

 それなのに、地獄は残酷にも、まだ終わってはくれなかった。

 

『――――!』

「この咆哮、深海棲艦……!?」

「嘘……」

 

 目の前から、深海棲艦の一艦隊がこちらに向かって進撃してくるのが見えた。

 戦艦ル級とタ級、重巡リ級、軽巡タ級、駆逐イ級、そして、先頭にいるのは、姫級の深海棲艦、戦艦棲姫。

 暁は先刻倒した装甲空母鬼の断末魔を思い出した。あれが、あの艦隊をここに呼んだのかもしれない。

 

「まだ、残ってやがった――――か!?」

 

 殺意をほとばしらせ刀を抜こうとする天龍の視界が不意に捻じれ、歪み、立っていられなくなる。

 おかしい。急に吐き気がする。全身の血が沸騰しているのかと錯覚するほど熱い。体の内側からハンマーで殴られているかのような鈍痛が全身に響く。

 呼吸ができない、入ってくる空気はまるで肺を焼け爛らせているようでまともに酸素を取り込めない。

 

「あ、が……ッ!?」

「……多分薬の副作用よ。私も数十分前にそんな感じで倒れて、動けなくなった。十分くらいしたら良くなるわ」

 

 海面に右手を突き、左手で胸元を掴み脂汗を流す天龍にそう説明しながら背中をさする。

 しかし、それすらも激痛に変わっているらしいことを天龍の反応から察するとすぐに手を離した。

 

「相当、無茶な動きをしたのね。薬でズルをしたその埋め合わせが一気に来てるんでしょうね。大丈夫よ、天龍、そこで休んでなさい。すぐに終わるから」

 

 朦朧とする意識の中、天龍が見た暁の笑顔は、どこか龍田を彷彿とさせた。

 

 

「暁……?」

 

 朦朧とする意識の中、岩融を持って立ち上がる暁は自分の何倍も満身創痍だった。

 そんなことにすら今気づくとは本当に俺はどうしようもない奴だと思った。

 

「天龍、旗艦命令よ」

 

 俺に背中を向け、ボロボロの身体でそれでも岩融を構える暁。

 そして、その言葉の先を聞きたくなくて、俺は返事をしなかった。

 だが、それでも構わず、暁は言葉の先を続けた。

 

「最後の命令。絶対遵守かつ、期間は死ぬまでよ。心して聞きなさい」

「断……る」

「天龍、生きることを諦めないで。力の限り、生き続けなさい」

「やめろ……」

 

 いつも小さかった暁の背中がとても大きく見える。

 

「この命令は私の半身。あなたが遵守する限り、私はいつだってあなたと共にいる」

「頼む、行かないで……くれっ!」

「そして、もう半身は少し遠い所で、龍田と一緒にあなたを待っているわ、気長にお喋りでもしながら、ね」

 

 岩融の安全装置が解除される。

 しかし、この大重量の薙刀を暁の腕で正確に投げられるとは思えない。

 なればこそ、彼女が数分もしない内に辿る未来が見えて、俺は自分の身体の痛みも忘れ、暁を止めようと這いずって手を伸ばす。

 

「やめ……ろ、それだけは、駄目だ……お前まで……お前まで、俺を、置いていくなッ!」

「――――っ!」

 

 暁の肩が僅かに震えた。

 彼女の顔がこちらに向けられる。その顔は、既に涙でぐしゃぐしゃで。

 驚く間もなく、暁が俺の頭を胸に抱いた。

 

「私だって! 私だって嫌よ! 天龍ともっと一緒にいたいっ! やりたいことだって、やり残したことだってたくさんあるもんっ! なんで……なんでこんなに意地悪されるのかなって、神様を殺してやりたいくらい……っ」

 

 やがて、ゆっくりと俺の頭から暁の手が、身体が再び離れていく。

 彼女の手は、とても冷たくて、震えていた。

 

「でも、わかってる。きっとこれは私がやらなくちゃならないこと。だって――――」

 

 涙を拭い、笑顔を浮かべて暁は言った。

 

「私、レディだもの」

「暁……!」

「それに、置いていかないわ。言ったでしょ、命令を守っている限り、私はいつもあなたと共にいる」

 

 暁が向ける笑顔が、あまりに眩しくて、余りに遠くて。

 

「何があろうと絶対に離れない、そう誓ったからね」

「暁ッ!」

 

 岩融を手に、雄叫びをあげて深海棲艦に突撃していく暁。

 当然無数の砲火が既に大破している彼女を襲う。

 しかし、当たらない。砲弾が避けていくようだった。これが神の加護だと言うのならば、神様は随分な皮肉屋でくそったれな性格をしていると言わざるを得ない。

 

「安全装置解除、標的確認、方位角決定――――」

 

――ねぇ、天龍。あなたは心を痛めてしばらく立ち上がれないかもしれない

 

「――全速突撃、刺突、決行――――」

 

――でも、きっといつか、私や龍田みたいに、あなたに手を差し伸べてくれる仲間ができる。だからね

 

「――爆ぜ穿て、『岩融』ッ!」

 

――その時まで、どうか諦めず、生き続けて

 

「――あ、最後にもう一度だけ、天龍にレディって呼んでもらえばよかったなぁ」

 

 最後に見えた光景は、深海棲艦と暁を包み込む巨大な閃光。

 俺の人生史上最低最悪の夜は、こうして朝日を迎えたのだった。

 

 




なにとなく筆がのったので早めに投稿できました。
次回は前半過去編続きで後半時間軸が現在に戻ります。


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