七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
天龍編は最後の局面へと動き始める。




第九十四話「大規模作戦『七丈島迎撃・七丈小島突入二面作戦』、開始!」

 その日は私、矢矧が七丈島に来てから最も慌ただしく、鬼気迫る朝だった。

 

「――矢矧! 偵察機戻ったわよ! 深海棲艦、数およそ100! 全方位から向かってくる! 直近で距離30 km! 船速はおよそ20ノットを維持し、足並みを揃えてきてる!」

 

 瑞鳳の悲鳴にも似た報告を聞き、私は唇を噛んだ。

 深海棲艦の大群に気が付いたのはおよそ20分程前。七丈島鎮守府のレーダーシステムが警報を鳴らしたのだ。初めてのことで対応がもたつき、依然対応に追われている状態。

 情けない。自分のふがいなさを叱責した。

 報告の通りならば敵は1時間を待たずこの七丈島にたどり着いてしまう。拙い。もたもたしている暇はない。最低でも島から半径10 km圏内で迎撃しなければ島にまで被害が及ぶ危険性が高い。つまるところ実質あと30分も猶予はない。

 

「どうするの、矢矧!?」

 

 まずは七丈島艦隊に艤装装備命令を出し、作戦確認。

 戦力差があまりに歴然すぎる上に包囲されている以上、作戦は全方位への遊撃を繰り返し、応援を待つしかない。いや、問題は応援を待つまでの時間をどう持ちこたえるかだ。

 私たち6隻では四方八方すらまかなえない。それに、提督がいない現状を考えれば誰も全体の指揮をとれるものがいない。そんな状態ではまともに作戦も機能しないのではないか。

 ああ、そうだ。応援をどこに頼めばいいのだ。近隣の鎮守府の情報と連絡網の書類は執務室だ。早く取りにいかなければ。

 いや、そもそも艦種もばらばらであるからして、配置を間違えればものの数分で押し切られる。

 何よりもそのせいで誰かが沈むことになれば。私は――――

 

「矢矧! 艤装の用意はできたんですけれど! もう装着した方がいいですかね!?」

 

 しまった。そもそも大和は戦えない。実質戦力は5隻だ。

 何をやっているのだ。とんだ計算違いだ。早く情報を修正し、作戦を練り直さなければ、いやそんな余裕が残されているのか。

 

「矢矧、急げ! もう時間の猶予がない!」

「矢矧! まずいよぉ!」

 

 わかってる。私が。今は私が、提督なのだから。

 私がなんとかしなければ。

 何をやっている。かつて軍神とも呼ばれた私が何というザマだ。こんな窮地など容易く乗り越えなければならないではないか。

 早く、作戦を、早く、早く、早く――――

 

「…………ッ!」

「矢矧……おい、お前、顔真っ青じゃねぇか?」

 

 早く、早く、早く。自分だけじゃない。艦隊の皆だけでもない。この島の命全てを背負っているのだ。

 いや、ならば島民の避難勧告を先にするべきか。だが、これ以上の人員は。七丈島警察と提携して。いや、まずは作戦の練り直しが先だろう。

 わかっているのに、それなのに、思考がどんどん真っ白になって――――

 

「矢矧さん、しっかりなさい」

「ぐッ!?」

 

 不意に背後から金づちで殴られたかのような衝撃が響き、私の頭がテーブルに叩きつけられた。

 いつの間にか背後に神通が立って、にっこりとほほ笑んでいた。

 

「非常事態でテンパっちゃうのはわかりますが。普段通りでいいんですよ? どうせどんな時だって人は普段以上の能力は出せないんですから」

「あ……」

 

 神通の言葉と同時に、私の脳裏に数週間前、七丈島を発つ前にかけられた提督の言葉が思い浮かんだ。

 

『矢矧、それではしばらくの間、留守を任せます。提督代理としてしっかり頼みますね』

『……はい、必ず、全うしてみせます』

 

 この時、正直、私は不安で仕方がなかった。秘書艦の仕事は結局の所、提督のサポートだ。そして、サポートとは責任を負わないという立ち位置だ。

 あくまで最終的な責任は全て提督が負う。その意味があまりに私には重くて、私は暗い顔を見せてしまった。

 すると、提督は笑って私の頭に手刀を落としたのだ。

 提督は軽くやったつもりだったのかもしれないが、今神通に食らった拳骨と同じくらい痛かった。

 

『固い! 固いですよ、矢矧! 大丈夫です、私にだってできるような仕事ですから、そんなに気負う必要ないんですって!』

『提督は、十分に、凄い人で、尊敬できる方よ……そんなあなたみたいにできる自信なんて、私にはないわ……』

『おぉ、矢矧にそんなに高評価を受けていたとは、普段怒られてばかりなので大変耳心地が良いですねぇ』

『もう、ふざけないで! 私は真剣なのよ!?』

 

 半ば八つ当たりのように感情をぶつける私に、それでも提督は優しく笑って今度は頭に手を置いてくれた。

 

『では、先輩としてアドバイスを。矢矧、私のようにする必要なんてないんです。矢矧ができることをやればいいんですよ』

『私ができることを?』

『万が一、どうすればいいかわからなくなったら。まず、何でもいいからできることをやりなさい。私達は自分にできることしかできないのだから』

 

 その時は意味がよくわからなかった。

 

『まぁ、もしもの時は私が必ず助けますから、絶対に諦めないように! 正直、矢矧にそんな心配はしてないですけれどね!』

 

 しかし、何故か、提督の言葉を聞いていると不安が和らいでいくような気がした。私は、顔をあげ、提督の目を見据え、頷いた。

 

『わかりました。私なりに、やってみます! 提督、どうかお気をつけて!』

『はい、良い顔つきになりましたね、矢矧提督! では、行ってきます!』

 

 提督は敬礼し、笑ってそう言った。

 そうだった、私は私ができることしかできない。

 私は私のやり方しかできない。ならば、時間に急かされて多くのことを同時に処理するというのは、全くもって間違いだ。

 私のやり方は、いつだって1つの問題を1つずつ確実に処理していくのだ。そして、それが一番早い。

 

「……大和、七丈島警察署に連絡して緊急防御壁を作動するよう伝えて」

「は、はい、了解です!」

 

 今からでは島への流れ弾の可能性は否定できない。ならば、まずは島の防御を固める。

 

「瑞鳳、もう一度偵察機を飛ばしておおよそでいいから敵艦種の偏り具合をマッピングして欲しいのだけれど」

「そう言うと思ってもう作っておいたわ」

「じゃあ、私の補佐に入ってもらうわ。迎撃の配置を練ってもらうわね」

「了解よ」

 

 迎撃地点か、作戦の質か、私が優先すべきは作戦の質。島の防御は固めているのだから、迎撃地点をギリギリまで引き下げてでも作戦立案に時間をかけるべきだ。

 

「天龍、磯風、プリンツは全員の艤装の確認と弾薬、燃料の補充をして出撃準備を整えて、それから備蓄の報告をお願い」

「わかった」

「了解だよぉ!」

「っし、やるかぁ!」

 

 彼女達3人が七丈島のアタッカーになる。すぐにでも出撃できるよう準備に時間をかけてもらい、その合間にできる情報を収集してもらうのが適切だ。

 

「そして、横須賀艦隊の皆さん。悪いけれど緊急事態なの。手伝ってもらうわよ?」

「ええ、あなたならば喜んでこの神通、指揮下に入りましょう」

「私はなるべく敵が密集している地点の迎撃に回すといい。遠慮はするな、この武蔵、そういうのが大好きだ!」

「せいぜい頑張って使いこなしてくださいねぇ~。難しいとは思いますけれどぉ~」

 

 神通、武蔵、綾波がそれぞれ心強い返事をくれる。

 

「神通は応援要請を頼めるかしら? 私はこの近隣の鎮守府の戦力状況が全く分かっていなくて」

「ええ、わかりました。早速取り掛かりましょう」

「武蔵と綾波は天龍達同様、出撃準備をして待機していて頂戴。かなりキツイ場所を任せることになると思うけれど問題ないと判断したわ」

「素晴らしい、理想の指揮官だ」

「綾波は体はもう大丈夫?」

 

 私が綾波にそう尋ねると、一瞬驚いたような表情を見せてからすぐに顔をしかめた。

 

「あなた程度に心配されるようなやわな鍛え方はしてませんので~」

「すみません、矢矧さん。綾波さん、照れてるんですよ」

「照れてませんよ~? まだ寝ぼけてるんですか、神通さん~?」

「いえ、作戦はあなた達の万全を前提にたてるから、確認しておきたかっただけよ。問題ないならそれで結構」

 

 私は手を一度叩き、号令をかけた。

 

「それでは15分後に再度この部屋に集合することとするわ! 各自行動開始ッ!」

 

 提督。あなたが留守の間、必ず七丈島は守ってみせます。

 

 

「――原田、陸軍参謀総長殿からの返答はあったでありますか?」

「ええ、その……やはり、作戦に変更は認められず、DW-1を捕縛せよ、と……」

「なんと業突く張りな。『招来』の権能のコントロールがまるで利いていない。かつてない程の深海棲艦がこの島を襲い、多くの人間が死ぬ。それを防ぐには最早DW-1を破壊するしか方法はないというのに」

 

 あきつ丸は舌打ちをしながら目を細め、やがて大きなため息を一つついた。

 

「原田、全隊員に伝達。これより蜻蛉隊は深海棲艦を遊撃しつつDW-1を索敵、これを撃滅するものとする、であります」

「し、しかし、隊長! それは命令違反では……」

「関係ないであります。悪を滅し、正義を為す。これだけは曲げられない」

 

 あきつ丸の目はまっすぐと水平線をみすえていた。

 それを見て、原田もそれ以上の抗議は意味をなさぬと納得し、敬礼をして去っていこうとする。

 

「いいのでありますか? 参謀総長から私の監視を命じられているのでしょう、原田?」

「確かに、あなたの行動を監視し、場合によっては止めるよう命じられています。しかし、自分は今、閣下の部下である以前に、あなたの部下です」

「そうでありますか」

 

 原田は再度敬礼をし、去っていった。

 あきつ丸はニタリと笑い、そしてグローブをはめる。

 

「さて、正義の時間であります」

 

 

「――準備はいい? 作戦を説明するわ」

 

 全員が再び集まった時、食堂のテーブルには七丈島近海の海図とその上に三色の駒が散らばって配置されていた。

 

「まず現状の確認から。今、深海棲艦が七丈島に向けて集まってきている。原因は恐らくは龍田の『招来』の権能とみて間違いないわ」

「…………ああ、そうだろうよ。こいつはあの時の舞鶴の状況とそっくりだ」

 

 天龍が眉間に皺を寄せながら同意を示す。

 

「この七丈島鎮守府を除き、島の周辺には防御壁が作動しているわ。それでも流れ弾の盾くらいにしかならないでしょうけれど、一応、戦闘準備は整っている。問題は、私達がどう動くか」

 

 そこまで言うと、海図の上で最も外周に七丈島を取り囲むように配置された赤い駒を指さす。

 

「結論から言うわよ。私達はこの大量の深海棲艦を迎撃しつつ、龍田を見つける」

「無茶言いますねぇ!?」

「勿論、アテはあるわ」

「偵察機を飛ばして索敵、でしょうか?」

 

 神通の返答に矢矧は首を振った。

 

「最初はそれを試したけれど、龍田らしき艦は見当たらなかった。だから、別のアプローチから索敵したわ」

 

 そう言って、今度は矢矧は計算式がびっしりと書き詰められた紙を全員に見せた。

 数式やグラフが何行にも渡って書かれているが、一番下の部分にとある座標が書かれ、強調するように二重下線が引かれていた。

 

「『招来』の権能によって深海棲艦が呼び寄せられているのだとしたら、こいつらの向かう中心地に龍田がいるはずだと思わない?」

「だから、七丈島に集まってきてるんじゃないのか?」

「そうだと思ってた。でも、深海棲艦の航行速度と、進行方向からおおよそ深海棲艦の軍勢を収束する円として仮定し、その収束点を計算すると、何度やってもその中心は七丈島から僅かにずれる」

 

 矢矧は手元の赤いピンを海図の七丈島から少し左に離れた地点に指さした。

 

「この地点には何があるかしら?」

「七丈小島かっ!」

 

 七丈島の西に浮かぶ小島。矢矧の算出した座標はそれとぴったり重なった。

 

「詳しい作戦を説明するわ。本作戦は横須賀・七丈島連合艦隊による深海棲艦の迎撃作戦と、少数精鋭による七丈小島への突入作戦、2つの作戦によって構成されるわ」

 

 矢矧は青い駒2つをピンの側へ、他6つをそれぞれ2つずつ七丈島の北、東、南に散らした。

 

「迎撃部隊はペアになって深海棲艦迎撃にあたってもらうわ。北部を神通、瑞鳳。東部を武蔵、プリンツ。南部を綾波、磯風。それぞれ応援が到着するまで踏ん張って!」

「了解しました」

「ははは! 血が沸き立つぞ!」

「別に1人で十分なんですけれどね~」

「頑張るよ!」

「仕方ないわね」

「力を尽くす」

 

 それぞれの力強い返答に矢矧も頷き返す。

 

「そして、七丈小島突入部隊には、大和と天龍。2人にお願いするわ。大和は盾役、天龍は攻撃役、連携を意識して一点突破を試みて――――龍田と、決着つけて戻ってきなさい!」

「――っ! ああッ!」

「はいッ!」

 

 昨夜、天龍の話を聞いてから、それぞれの面々が何を思うのか。結局話し合う機会はなかった。

 矢矧は、決着と言った。それは何も生き死に、勝ち負けの決着に限らない。

 それは過去の清算。

 これは未来へ進むために天龍が乗り越えるべき過去との決着だ。

 

「ただ、問題はやっぱり戦力の不足と、何よりも蜻蛉隊の動き、ね」

 

 海図の前面に散らばっている緑色の駒を指さしながら矢矧は顔をしかめる。

 現状、やはり西への迎撃部隊がいないこと。これは、西の七丈小島に集結している深海棲艦は天龍の攻撃力と大和の防御力に任せた一点突破に任せている。

 これは大和と天龍の身の危険もさることながら、西の深海棲艦が万が一七丈島へさらに進行してくればそれを防ぐ手立てはない。

 また、今回、情報不足により予測不能な蜻蛉隊の動きには対応できていない。作戦上、どのような支障がでるのか未知数である。

 蜻蛉隊の方に関しては矢矧もどうあっても博打になると納得している。それほどにあきつ丸という艦娘はいまだ底が知れない。

 ただ、西の迎撃部隊についてはせめて後2隻増援がいれば対応できる。それがあまりに歯がゆい。しかし、今の戦力をこれ以上分散させることもできない。

 矢矧が唇を噛んでいたその時、食堂の扉が勢いよく開いた。

 

「――ならば、その大規模作戦。僕達も一口噛ませてもらっていいかな?」

「あなた達は?」

 

 軍服を着た青年と、その後ろに控える2人の艦娘。

 

Buon giorno(ボン・ジョルノ)! イタリア海軍少将エドモンド・ロッソだ、以後お見知りおきを」

「イタリア海軍重巡洋艦艦娘Zaraよ」

「イタリア海軍重巡洋艦艦娘Polaで~す」

「どうだろう? お力になれないかな?」

 

 キザったらしくウインクなどして見せながらエドは矢矧を見る。

 

「……わからないわね。何故イタリア海軍の提督がこんな場所にいるのか、そして、私達に力を貸してくれるのか」

「勿論、説明はさせてもらうよ。とにかくまずは出撃した方がいいのではないかと思うのだがね?」

「……わかりました、エドモンド・ロッソ少将。ありがたく、そのお力、お借りします」

「気軽にエドでいいよ! 敬語は堅苦しくて好きじゃないんだ!」

「ザラ、ポーラの2人は七丈島西部の深海棲艦の迎撃をお願いするわ」

「全力を尽くすわ!」

「了解で~す!」

 

 これで、やれることは全てやった。

 矢矧は作戦開始の号令をかける。

 

「大規模作戦『七丈島迎撃・七丈小島突入二面作戦』、開始!」

 

 




ギリギリ滑り込みセーフ!

よいお年を! 来年もよろしくお願いします!


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