七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
七丈島・横須賀連合艦隊VS蜻蛉隊VS深海棲艦




第九十六話「勝てるからであります」

 

 七丈島での戦闘開始から1時間程前。無線機を片手に恰幅の良い老齢の男が呆れ果てた声をあげていた。

 

「それで、あきつ丸はそのまま作戦を開始したと?」

『はい、自分ではどうしようもなく……』

「それを止めるのが君の仕事でしょう、原田君? まぁ、いい。なるべく時間を稼ぎなさい、こちらの用事が済んだら増援を送ります」

『はっ、閣下』

 

 そこで通信は切れた。

 男は大きくため息を漏らしながら無線機を置くと、前方でディスプレイに向かって終始キーボードを打ち続けている白衣の研究員達の一人に声をかけた。

 

「どうだね、進捗は」

「はっ! 後1、2 時間もすれば新しい『籠』が完成します!」

「ほっほっほ、それは重畳。では、後は要のDW-1のみですか」

 

 研究員からの報告を聞くと、それまで眉間に寄せられていた深い皺が幾分か和らぐ。

 しかし、それもつかの間。唐突に起きた爆発音に再び彼の皺が深くなった。

 

「何事です!?」

「わ、わかりません! 第2ブロックで突如大規模の爆発が発生!」

「警備室、応答ありません!」

「いつの間にか監視カメラにハッキングの痕跡!? 30分前から監視カメラの映像記録が改竄されています!」

 

 途端に露見し始めるいくつもの問題。建物の最深部であるこの部屋にまでまだ異変は及んではいないが、それは明らかな敵勢力からの攻撃に他ならなかった。

 男は声を大にして混乱した部屋中を一喝する。

 

「うろたえるでないッ! すぐに第3ブロック以降の隔壁を作動! 外部の警備会社に応援を要請! 残った者は監視カメラの復帰! そして、全職員に武装許可を出しなさい!」

「り、了解しました!」

 

 男の声で混乱状態にあった現場が統制を取り戻した。男は軽い息切れを起こしながらも取りあえずは椅子につき安堵の息を洩らす。

 いまだ、何が起こっているのかわからない。敵は、人数は、武装は、目的は、何一つ判明しているものはない。

 だが、この第七陸軍研究所は他の研究所以上に堅牢な構造を誇っている。

 なればこそ、男もこの研究所を『計画』に使用すると決めたのだ。

 

「ほっほ、何者かは知らぬが、返り討ちにしてくれましょう。この要塞、容易く落とされはしな―――――」

 

 椅子に深く腰掛けながら笑みを浮かべようとしたその直後、背後の扉が爆発した。

 

「――――ほっ!?」

 

 固まって動けない男の前に、硝煙の中から二人の男が現れた。

 一人は眼鏡をかけた中肉中背の無害そうな青年。

 そして、もう一人は男もよく知っている人物だった。

 

「か、海軍元帥……!」

「ほう、こんなところにおったか。探したぞ、狸。いや、参謀総長殿?」

 

 凶悪な笑みを浮かべた己が天敵。それが重火器をひっさげ、そこに立っていた。

 

 

 七丈島、その西に浮かぶ七丈小島。それを目の前に、激しい戦いは繰り広げられていた。

 

「ふん、どうした! その程度でありますか!?」

「くそが!」

 

 絶えず刀を打ち込み続ける天龍。その猛攻を、あきつ丸は笑顔でいなし続けていた。

 あきつ丸の装着するグローブが防刃とはいえ、それでも鉄の塊を何度も受けて手首がいかれないのは、彼女の受けの技量が天龍の攻めの技量を上回っている証明に他ならない。

 

「ほら、急がねば私の部下がDW-1を捕縛してしまうでありますよ?」

「はっ! そんな心配はしてねぇよ! 龍田がお前ら程度にやられるわけねぇ!」

「まぁ、それならそれで」

「ぐぅ!?」

 

 あきつ丸の手の甲が振り下ろされた刀の側面を弾き、天龍は前のめりにバランスを崩す。

 すかさずそこに、あきつ丸の鉄拳が目にもとまらぬ速さで次々と叩き込まれた。

 肺から空気が押し出されたのか、か細い嗚咽と共に、天龍は海面に倒れる。

 

「私が直々に仕留めるだけであります」

「天龍!」

「おっと」

 

 起き上がれない天龍にトドメをさそうと拳を構えるあきつ丸。そこにすかさず大和が間に入る。

 大和の大ぶりのパンチは空を切ったが、それでもあきつ丸と天龍の距離を離し、かつ回復の時間を稼げたのは大きかった。

 

「悪い、大和」

「いえ、なんとか踏ん張りましょう!」

 

 互いに励ましあう大和と天龍を見て、あきつ丸は言い表せない不快感を覚えていた。

 実力差は十二分に示した。それが理解できないほど愚かしくもないはず。それなのに何故まだ戦おうと思うのか。何故、まだ、自分たちはDW-1を助けられると思っているのか。

 あきつ丸にはそれが理解できなかった。

 

「諦めたら如何でありますか? このまま続けても無用な怪我をするだけでありますよ?」

「諦めねぇよ。この程度で諦めるわけにはいかねぇ」

「それに、私達は諦めろと言われて諦めるほど利口じゃありませんしね」

「なるほど」

 

 納得したような声をあげるあきつ丸。しかし、その返答を聞いた瞬間から、その目に宿るのは敵意から殺意に変わった。

 

「ならばその覚悟、試して差し上げましょう」

 

 あきつ丸が大きく腰を落としたと同時に、彼女を中心として周囲の海面が凹んだ。

 

「――ッ! 離れろ!」

「え、でも、今の時点でもそれなりに遠い――――」

 

 あきつ丸が右足を動かしたのと天龍の声が響くのが同時だった。

 

「馬鹿! ここじゃ、まだ足りねぇッ!」

 

 大和がその脅威をようやく認識した時、既にあきつ丸はそこにいた。

 大和の脇下に潜り込む位置の間合い。それはあきつ丸の次の攻撃を、決して回避することはできない事実を物語っている。

 

「烈風拳ッ!」

 

 大和の鳩尾にあきつ丸の縦拳が突き刺さった。

 

「――っは……ッ!?」

 

 大和は目を大きく見開き、激痛に呼吸すらままならないように見える。

 やがて、あきつ丸の拳が体から離れると、支えを失ったように大和は海面に両手をついた。

 

「大和っ!」

「……うッ!?――――う、おえぇえええッ!」

 

 天龍が大和に駆け寄ろうとした瞬間、彼女は口から嗚咽と共に大量の血を吐き出す。

 それは明らかに尋常ではなく、天龍と大和に死を予感させるには十分だった。

 

「がっ、げほ、げほっ!」

「胃でも破裂したでありますか? いや、胃だけではないな。もっと広範囲に手ごたえがあった。まぁ、とにもかくにも、早急に治療せねば死ぬでありますな」

「あきつ丸ッ!」

 

 激昂した天龍が振り下ろした刀をあきつ丸は容易く片手で受け止める。

 感情のまま、理合いもなく力任せに振っただけの刀などあきつ丸には紙切れ程の脅威すらない。

 刀は天龍がいくら力を入れても微動だに動かない。あきつ丸は、天龍を蔑視し、言った。

 

「さぁ、選べ。大和かDW-1か。助けることができるとすれば、どちらか一方のみでありましょう」

「う……」

「夢から覚めたか? 現実は見えたか? さぁ、もう一度言ってみるであります。この程度では諦めない、と」

「俺は……俺は……!」

 

 動揺が刀の震えとなって、それを握りこむあきつ丸にも伝わっていた。

 あきつ丸はそれに嘆息する。

 

「お前のような奴を口先だけというのだ」

「なんだとっ!」

「私ならば、敵が親を人質に取ろうと、迷わず引き金を引ける」

「な……」

「私は、悪を滅ぼすためならば、親をも殺す」

 

 冷ややかで鋭利な、しかし嘘のない真っすぐなその言葉に天龍は言葉を失った。

 

「諦めろ。お前には覚悟が足りない。それでは大義を為すことはできないであります」

「好き勝手言ってんじゃねぇ……!」

「蜻蛉隊にはそれがある。そして、その覚悟に見合った力も。我々が何故、わざわざお前達と正面から戦っているのか、わかるでありますか?」

 

 あきつ丸は、確信のこもった声で淡々と続けた。

 

「勝てるからであります」

 

 

「分隊長の彼を差し引いて蜻蛉隊は残り10人。5人は深海棲艦を排除し、陣地を形成、維持。残り5人はその陣地内から私へ攻撃。徹底した陣地防衛戦術ですか、良い布陣です」

 

 前方から放たれる戦艦級の砲撃を次々と避けながら神通は、蜻蛉隊の戦い方を評価し、満足げに頷いていた。

 

「のんびりしてないで、さっさとケリつけてこっち手伝ってもらえる!?」

「瑞鳳さん空母なんですし、艦載機で蹴散らせばいいじゃないですか」

「その艦載機のほとんどをあんたの護衛につけてるからさっきから私ががら空きなのよ!」

 

 見境なく次々と襲い掛かってくる深海棲艦の猛攻を神通が受けていないのは、彼女の周りを瑞鳳の艦載機が護衛し、近づいてくる深海棲艦を迎撃しているからであった。

 しかし、その分、自分の護衛に回す艦載機が不足し、彼女は己の足で深海棲艦から逃げ回っている現状であった。

 

「私の護衛部隊から少し削ってくれていいんですよ?」

「私、自分の仕事は完璧にこなしたいタイプなの! 援護するって言ったからにはあんたの周囲の深海棲艦は完璧に排除するから!」

 

 事実、神通はほとんど周囲の深海棲艦に気兼ねなく蜻蛉隊の動向を探れていた。それはまさに瑞鳳の援護が完璧であるために他ならない。

 

「面倒くさい人ですねぇ、じゃ、もう少し頑張ってください」

「本当にもう少しよ!? そろそろ一発くらい貰いそうだもの!」

 

 やけくそ気味の返答と悲鳴を聞き流しつつ、神通は再び頭を目の前の蜻蛉隊の攻略一点に切り替える。

 正直、蜻蛉隊の陣地防衛を基本とした戦い方に手をこまねいている。陸軍であれば海上の戦いは不慣れと踏んで侮っていたが、中々どうしてこの混戦の中を上手く立ち回っている。それこそ、高練度の艦隊の動きに酷似している。

 何より、分隊長を早々に失っているにも関わらず、彼らからは一切戦意の低下や混乱が見られないことに驚いていた。集団で動く以上、その統率役となる頭の存在は、少なからず影響を与えるものであり、それを失ったとなれば大きな隙ができるもの。それを克服するには並大抵でない訓練と経験を重ねなければならない。

 神通の中で、蜻蛉隊という敵の評価が大きく変わっていた。

 

「これを一人で攻め崩すというのは楽ではありませんね」

 

 陣地防衛に徹してくる相手には包囲殲滅をもって削り殺す。矢矧とて同じ答えだろう。しかし、攻撃役が神通一人では包囲にならない。

 いや、決して瑞鳳が加わったとしても包囲は不可能である。

 それに加え、相手は戦艦級の長射程と高火力、そして人数を利用した時間差砲撃によって絶え間なく攻撃を行う。

 そこには近接戦に持ち込む隙など欠片もない。

 

「しかし、妙ですね。確かに私も近づけませんが、この距離では私を仕留められないことは向こうも気付いているはず。長期戦に持ち込む気ですかね? それならばやがて弾薬が尽きる向こうが劣勢なはず。はて、何が狙いでしょうか……」

 

 顎に手を触れ、思考を巡らせていた最中、唐突にそれまで統率の取れた動きで神通を護衛していた艦載機が軌道を変え、彼女の真後ろへ飛んで行った。

 その方向では先刻まで瑞鳳が深海棲艦から逃げ回っていた筈。

 そして、いつの間にか後方からさんざん聞こえていた瑞鳳の悲鳴が聞こえなくなっていることに気づき、神通は後ろを振り向く。

 

「厄介な空母は片づけた。さて、さっきはよくもやってくれたものだな、神通」

「あなたは……」

 

 そこにはぐったりした瑞鳳の体を無造作に海面に捨てる原田の姿があった。

 

「まさか、まだ立てるとは」

「いや、立てなかった。だから、仲間に時間を稼ぎ、回復させてもらった」

 

 見れば、原田の体に刻まれた無数の刀傷のほとんどがきれいになくなっていた。

 

「お前達艦娘は高速修復剤と呼んでいるのだったか? それを装備に仕込んである。緊急時に一度だけ、再び立ち上がることができる仕組みだ」

「……そういえば4位の方の専用装備が似たような奴でしたかね」

「さぁ、残るはお前1人。どうする?」

 

 予期せぬ敵の復活によって、挟撃状態に追い込まれた神通。しかし、その顔からはまだ笑みは消えていない。

 

「では、再度あなたを倒してからゆっくり陣地侵略にあたらせてもらいましょう!」

 

 刀を抜き、一直線に原田に向かう神通。

 それに対し、原田は苛立たし気に鼻をならした。

 

「……まさか、刀を掴まれるとは」

 

 神通の刀は容易く原田の手に捕まり、その動きを止められていた。

 

「舐めるなよ、艦娘如きが俺に勝てると思うな」

「如き、とは言ってくれますねぇ。今この国を守っているのはその艦娘如きでしょう」

 

 刀をねじるように回転させ、拘束を逃れると、すかさず袈裟斬りに踏み込む。

 あまりに流麗かつ神速。並の深海棲艦は愚か姫級ですら回避不可能であろう一撃。

 しかし、原田は神通の斬撃を左の手甲で受けつつ、右ストレートのカウンターを返す。

 寸前の所で、後退し躱したが、ここで神通の懸念が確信に変わった。

 

「今の反応速度、身体操作……随分と体を弄ってらっしゃるようですね」

「でなければ、俺の『ワダツミ』の負荷には耐えられん」

 

 確かに、あれだけの重量をもって快速を得んとすれば、鍛え抜かれた程度の肉体では耐えきれない。

 しかも原田の場合は他のワダツミと比べ、さらに装備が重く、しかも出力が高い。最早、人間に扱えるのか怪しいスペックであった。

 

「この海に、お前達艦娘はもう必要ない」

「随分と、艦娘がお嫌いなようで」

「ああ、心底嫌いだとも」

 

 原田は軍帽を目深に被りなおし、神通を憎悪に満ちた濁った目で睨みつける。

 神通は、再度蜻蛉隊の評価を改めた。

 これは、敗北の可能性を考慮すべき強敵である、と。

 

「平伏せ、艦娘。これは天意である」

「…………ふぅ」

 

 神通の表情から、笑顔が消えた。

 

 

「武蔵! ちょっと、聞こえてる!? 武蔵ってば!」

「ぐ、ふ……! ああ、一瞬飛んでいたよ、どうしたプリンツ?」

「どうしたじゃねぇ! めっちゃピンチなんだってば!」

「随分余裕がなさそうだな」

「武蔵も中々に酷いけどね!」

 

 プリンツの悲鳴を聞き、武蔵は真っ赤に染まった視界を右腕で拭って払う。

 頭部からの出血が原因だ。

 既に、武蔵の体中は傷だらけで、彼女の足元の海面が赤みがかるほどに出血していた。

 また、プリンツも武蔵ほどではないが数カ所切り傷から鮮血が流れている部位があった。

 

「血が、止まらないんだけどぉ!?」

「出血毒か……私も流石に毒をもらいすぎたな、さっきから血が止まらなくなってきたよ」

 

 周囲をゆっくりと見渡すと、いつの間にか周囲を蜻蛉隊に囲まれてしまっていた。

 そして、目の前には無表情でこちらを見つめて海面に立つまるゆの姿が見えた。

 

「降伏を呼びかけます、いかがでしょうか。どうか、諦めていただけませんか? 血清もお渡ししますよ?」

 

 まるゆは武蔵の血で染まったコンバットナイフを拭いながら呼びかける。

 しかし、それに対し、二人は首を縦に振ることはなかった。

 

「はっはっは、まるゆ。私がこの程度で満足していると思っているのか?」

Nein()だよ! 圧倒的Nein! ここで諦めたらお姉さまに顔向けできないからね!」

「命が惜しくはないのですか? 私は、こんなに……いえ、これ以上の問答は無駄ですね」

 

 まるゆは信じられないという表情で武蔵とプリンツを見つめる。しかし、すぐに憂い気な表情に戻ると、落下するように海中へ消えた。

 

「来るぞ、プリンツ。無音の強襲(サイレント・アサルト)だ」

「本当に何も聞こえないの!? その零式水中聴音機は飾りなの!?」

「無音だ。完全にお手上げだな」

 

 聴音機のヘッドセットを片耳に当て、首を振る武蔵。

 二人は、この理不尽極まりない海中からの奇襲に追い詰められつつあった。

 海中に潜れば視認での索敵は不可能。ならばと武蔵が水中聴音機を使うが、これもまるゆの所在を掴むには至らなかった。

 当然だった。まるゆにとって敵は海中の索敵が可能であることが前提。海中で音を出すようでは技術とは言えない。

 そして、何よりも、この間にも包囲状態の二人には蜻蛉隊の容赦のない砲撃が降り注ぐのだ。

 

「あー、当たるっ! さしもの幸運艦の私もこれは当たっちゃうってぇええっ!」

「いや、流石は暗殺者を名乗るだけある。見事な隠形術だ」

「なんでこんな最中に余裕ぶってるの!? でも正直、この技術私も欲しい。ストーキングの幅が広がるよね!」

「お前も実は結構余裕か?」

 

 その最中、砲撃がぴたりと止む。

 瞬間、プリンツと武蔵は最大限の警戒を周囲に張る。蜻蛉隊の砲撃が止んだということは、まるゆの攻撃が始まるという合図なのだ。

 不意に、プリンツの左で水音が鳴った。

 

「そこか!」

「待て! 焦るな、フェイクだ!」

 

 水音の方へ体を向けた瞬間、彼女の背後から、音もなく、まるゆが浮上した。

 

「くそっ!」

「きゃっ!?」

 

 武蔵がプリンツを突き飛ばし、まるゆの振り下ろしたナイフの先端は武蔵の左肩の傷に深く突き刺さった。

 

「ぐぬぅううう!」

「ああ、鉄のような肉体で大変でしたが、やっぱり傷口を攻めていけばいずれ深く入るんですね。ようやくあなたに失血死以外の選択肢を開拓できそうです、今更ではありますけど」

「武蔵! 私を庇って!?」

 

 ナイフを抜きながら、まるゆは作業的に距離を取り、包囲の外に逃れる。

 

「ふ、案ずるなプリンツ。私の性癖はよく知っているだろう。望んでやったのだ」

「もうそういうの関係ないレベルだよ! いくらなんでも血を流しすぎだよ! 死んじゃうよ!」

「皆さん、当てずとも良いので絶え間なく撃ち続けてください。なるべく走り回らせて、出血を促しましょう」

 

 追い詰められ、反撃の余裕すらない二人にまるゆからさらに追撃の命令が下る。

 砲撃の雨の中、あから様に動きが鈍る武蔵を引っ張りつつ、包囲の中を走り回るしか選択肢はなかった。

 

「やばい、やばいって! お姉さまぁあああああ!」

「敵の力をみくびった、私の慢心か……!」

 

 武蔵が苦し気に呟いた自責の言葉も、数多の砲撃音にかき消された。

 

 

「さて、そろそろ選ばねば、大和すら救えないでありますよ」

「…………ッ!」

 

 天龍はあきつ丸の言葉に歯ぎしりをする。

 大和を助けるならすぐにでも降参し、彼女を連れて、鎮守府に逃げればいい。

 しかし、それは実質的に龍田を諦めることに等しい。

 大和を鎮守府まで運んでから追っても、おそらく間に合わない。このあきつ丸の強さは異常だ。龍田を信じていないわけではないが、他の隊員と連携されれば勝ち目は薄いだろう。

 天龍はかつての龍田と同じくらい高く、厚い壁をあきつ丸にも感じていた。

 

「俺は……」

 

 大和を連れて帰るしかない。目の前の仲間の命を見捨てられるはずがない。それが覚悟だと言うのなら、そんな覚悟はいらない。

 天龍が刀から手を放そうとしたその時だった。

 

「覚悟が……足りて、ない、ですか……げほっ! 言ってくれますねぇ」

「大和!?」

「まさか、立ち上がれるとは……大したものであります」

 

 文字通り血反吐を吐きながらも、大和がゆっくりと立ち上がる。

 そして、天龍とあきつ丸の間に入ると無理に笑顔を作って見せた。

 

「全くもって、その通りですよ……! 何やってんですか、天龍!」

「な、お前……」

 

 不意に、大和が作ったのは握りこぶし。そしてそれは、あきつ丸でも天龍でもなく、まっすぐ海面に向かっていた。

 

「根性みせなさい、天龍ッ!」

「な!?」

「ぐぅ……!」

 

 海面が弾け、局所的に発生した小規模の波にあきつ丸は抗いきれず、後退させられる。

 大和と、彼女に腕を掴まれていた天龍はその場にとどまった。

 

「あなたの龍田に懸ける覚悟はその程度ではないでしょう」

「大和……」

「そう簡単に諦めてもらっちゃこっちが、げほ、困るんですって」

「まだ戦うつもりでありますか? そんな状態で?」

 

 あきつ丸の声を無視し、大和は、両手で天龍を抱えるようにホールドする。

 

「天龍、台風の日、覚えてますか?」

「おい、お前、まさか……」

「これが、私の覚悟ですッ!」

 

 これから何が起こるのか、予期した天龍は顔を青ざめさせ、あきつ丸は想像もつかず止めることができない。

 そして、大和の全身全霊の力で、天龍は七丈小島の方へと遠投された。

 

「な……!?」

 

 己のはるか後方へと飛んでいく天龍に、あきつ丸は驚愕の表情のまま、見送るしかできなかった。

 一方で、大和は、海面に倒れこみ、血反吐を吐く。

 口の中は鉄と胃酸の味しかせず、一呼吸ごとに激痛が襲う。

 重傷の体で無茶をした代償であった。

 それでも大和はまだ立ち上がり、あきつ丸と対峙する。

 まだ、倒れるわけにはいかない。まだ、自分にやれることが残っている。

 

「武蔵といい、あなたといい。大和型というのは揃いもそろって常軌を逸しているでありますな」

「こんなの敵に聞くのもなんですけれど……私、あと、どれくらい戦えると思います?」

 

 息も絶え絶えの大和からの問いに再び虚を突かれた表情になるあきつ丸。

 しかし、少し考えて口を開いた。

 

「命が惜しいのならば5分が引き際であります。命を捨てるならば、10分はいけるでありましょう」

 

 それはあきつ丸の嘘偽りのない回答だった。

 それを聞いて大和は笑った。

 そんな彼女を見て、あきつ丸もまた笑った。

 

「じゃあ、死に体の悪あがきに付き合ってもらいましょうか」

「良い、覚悟であります」

「私は、七丈島艦隊は、そう簡単に負けてあげないですよ……!」

 

 この戦いに勝利はない。

 いかなる過程を辿ろうと、待っているのは大和の敗北という終着のみ。

 しかし、その敗北に一握の価値を作るために、彼女は、海面を蹴った。

 

 




深海棲艦さんがほぼ空気。
綾波磯風サイドは次回。

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