七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
大和の正体暴露




第九十八話「私は、七丈島が大切なだけ」

「さて、参謀総長、お話を聞かせていただけますか?」

 

 参謀総長の後頭部に銃口を突き付ける提督は冷淡な声で命令する。

 普段、彼の艦娘には絶対に聞かせないような声。それは彼が七丈島艦隊の艦娘達に知られたくない裏側である。

 

「ほっほ、いや、父親が化物なら、子もまた同じですか……」

 

 一分足らずで制圧された研究者達を横目で見ながら参謀総長はまるまると膨れた腹をさすりつつ溜息をついて笑う。

 しかし、彼に後ろで銃を突きつける提督への恐怖は一切ない。単純に彼と提督の踏んできた場数の違いが、生きてきた年数の違いが現れていた。

 いかに鋭い殺意を向けられようと参謀総長は理解している。提督がまだ自分を殺せないという事実を。

 

「龍田は……DW-1は、鏑木提督の産物に間違いありませんね? あなたは鏑木美鈴と裏で接触をしていたんですよね?」

「はて、どうでしたかな」

 

 参謀総長のとぼけた返答に提督の表情が強張る。

 

「鏑木美鈴はどこですか? まだ生きているのですか?」

「ほっほっほ、申し訳ない。ここまで年を取ると記憶もおぼつかないものでしてね。昨日の夕餉すら思い出せない始末でして――――」

「舐めないでください。殺せずとも、痛みつけるくらいのことはできるんですよ?」

 

 提督がしびれを切らし、その銃口を参謀総長の太腿に向けようと下げる。

 その所作に、元帥は舌打ちし、参謀総長はニヤリとほくそ笑んだ。

 

「――――ッむん!」

「――っ!?」

 

 参謀総長が行ったことは非常に単純。

 少し、よろめいた。

 提督の持っていた銃が下がったタイミングに合わせて、わずかに重心を後ろに揺らし、彼にもたれかかるように体を密着させたのみ。

 傍から見ればそれは銃口が後頭部から離れたことによる安堵で力が抜けたようにも見え、提督自身もそれをまさか『攻撃』だとは思いもしなかった。

 不意に提督を襲ったのは車にでも轢かれたような強い衝撃。

 この場で元帥のみが、参謀総長の『勁力』の起こりを察知していた。それは元帥自身が、参謀総長の『経歴』を事前に知っていたからである。

 

「ほっほっほ、その若さで素晴らしい戦闘力ですな。しかし、いささか狡猾さが足りない」

「頭に血を昇らせ、反撃を許すなどまるで三流。なっとらん」

 

 体が動かない。提督は自分の負ったダメージの正体に未だ気付いていなかった。

 

「発勁、じゃ。今、お前は146 kgの肉の塊をぶつけられたのだ。しばらくは動けまい、寝ていろ」

「失敬な、今は143 kgですぞ」

「やかましいぞ、筋肉だるまが」

 

 そう元帥と軽口を叩きあいながら、腰をどっぷりと落とし、縦拳を構える参謀総長の姿を見てようやく、提督は理解した。

 中国拳法、その内でも近距離戦闘における突出した破壊力を旨とする流派。

 『八方の極遠にまで達する威力で敵の門を打ち開く拳』としてその名を『八極拳』。

 

「悠長にお喋りをできるような相手ではないのだ。お前が銃口を突き付けた相手は、素手でナイフより速く人間を殺せる妖怪じゃ」

「過分なご紹介有難う元帥殿。しかし、まだ仕事が山ほど残っていましてな、そろそろ通らせてはいただけませんかな?」

「案ずるな、死体に仕事をしろと言う奴はおらん」

 

 重火器を向け、凶悪な笑みを浮かべる元帥に、参謀総長は苦笑で返した。

 

「全く、この後久々に娘に会いに行けるというのに、野暮ですなぁ」

「娘? 娘がいたのか、貴様?」

「ええ、無論血の繋がった娘ですよ?」

 

 とりとめのない会話を交わしながらも両者の間合いは徐々に詰まっていく。否、詰められている。

 元帥が引き金を引かないのは、まだ避けられるという確信があるからだった。

 必殺の間合いの探り合いが静かに行われているのだ。

 

「昔は素直で良い子だったのですが、陸軍に入ってからは遅れて反抗期が来ていましてね。仕事というのもこれから娘の命令無視を諫めに行くのですよ」

「ククク、流石の参謀総長も娘には形無しか」

「ええ、八極拳を修めたと思えば私の制止も聞かず、太極拳やら三合拳やら、はたまたボクシングやらと邪道に次々と手を出して、才覚に恵まれた子を持つというのは喜ばしいが、困ったものです」

「子煩悩なことじゃな」

 

 嘲笑する元帥に参謀総長は同じく嘲笑し、言った。

 

「ほっほっほ、あなた程ではありません。あなたもそこの彼同様、鏑木美鈴――ご自分の娘の影を追ってこんな場所まで出向いてきたのでしょう、鏑木元帥殿?」

 

 元帥の顔が強張り、提督は顔を俯けた。

 瞬間、参謀総長の身体が躍動し、数多の銃声が室内に反響した。

 

 

「ふぅん、天下の横須賀艦隊、流石に手強いわねぇ!」

「…………」

 

 赤く染まった綾波の瞳を見つめながら、叢雲は愉快気に笑う。

 底知れぬ彼女の戦闘力に、叢雲は今心底心を躍らせていた。

 それはかつて暴れ天龍を初めて見た時と同じ感覚。

 

「さぁ、もっと見せてちょうだい、あなたの底の、底の、底まで!」

「うるさい」

 

 綾波のギアが、さらに一段階あがる。

 それまで槍でいなしてきた綾波の正拳が、その拳が握る連装砲ごと反応の遅れた叢雲の腹部に突き刺さる。

 

「がふっ……!」

「くたばってください」

 

 綾波が砲口を叢雲の腹部に突き刺したまま引き金を引こうとするのを察知し、嗚咽をこらえながら叢雲の掌底が砲を弾く。

 砲弾は間一髪彼女の真横を抜けた。

 

「さっきから、なんなのかしら、その出鱈目な身体能力は? その赤い目と何か関係あるのかしら?」

「さぁ、どうでしょうね」

 

 第6位専用装備『ソロモン』。その正体は、彼女の体内を移動する超高性能ナノマシン。

 これらは綾波のコントロール下にあり、その肉体を自由自在に操る。

 強引な身体駆動のため電気信号を中継、脳内麻薬の分泌、反応速度強化など、諸々の肉体改造を可能とする。

 彼女の赤い目は、ナノマシンによる改造の副作用のようなものである。

 

「こんな駆動、こんな力、こんな反応、あなたには似つかわしくない。一体どんな反則をしているのかしら?」

 

 よく見ている。そう綾波は叢雲への警戒度を一層強める。

 綾波自身のスペックをまるで見透かしているかのような物言い。確かに、通常状態の綾波の身体能力でここまでの力は引き出せない。

 ソロモンによる改造あってこその力。それはまさに叢雲の言う通り反則であり、また、反則にはペナルティがあるのが必然である。

 

「……ッ! そろそろ、あなたと遊ぶのも飽きましたね~、くたばってもらえませんか?」

「そう言わないでよ、もっと楽しませてあげるから!」

 

 綾波の速度上昇に対応するように叢雲も戦い方を変えた。

 それまでは真正面からの打ち合いを誘うように間合いを潰していたが、今度は槍のリーチを活かし、間合いを取る。

 明らかに長期戦の構え。綾波は身体を襲い始める鈍い痛みを表情に出さないよう舌打ちをする。

 

「さぁ、もっとあなたを見せてちょうだいな。その反則が使えなくなった後のあなたにも興味があるの」

「性格歪んでるって言われません?」

「性格が歪んでいることが必ずしも悪いことではないと私は思うのよ」

 

 叢雲は気付いている。綾波の驚異的な身体能力があまり長続きはしないことを。

 綾波は数秒逡巡する。

 昨日、天龍と龍田との戦闘で数秒だけ解放したソロモンの奥の手。それを使えばもしかしたら勝負を決められるかもしれない。

 しかし、依然実力の底を見定められない相手に対してイチかバチかをするのは避けたい。叢雲の自分を試すような態度に苛ついているのは確かだが、そこまで綾波の頭に血は昇っていなかった。

 

「はぁ、面倒くさい敵ですね~、最後には倒される運命の中ボスの癖に」

 

 悪態をつきながら、作戦を立て直そうと決めた綾波に、直後、磯風と蜻蛉隊の集団が突っ込んできた。

 想定外の乱入者に、この時ばかりは叢雲と綾波双方の目が釘付けになった。

 

「なっ、あなた、なんで……!?」

「すまないが、巻き込ませてもらう!」

 

 磯風は、説明を求める綾波にドヤ顔でそう言った。

 数分前。

 

『いい、磯風? 正直、その人数と狙撃手をあなた一人で片づけるような策はない!』

『はっきり言うなぁ』

『という訳で、綾波に手を貸してもらいなさい』

『いや、その綾波が単独行動で敵の分隊長とやりあっててな……それに、あいつは頼んでも応じてくれなさそうというか……』

『別に了承なんて取る必要はないのよ。普通に巻き込みなさい。磯風が綾波の方に逃げていけば自然と乱戦になるでしょう』

 

 といった矢矧の指示の元、磯風は綾波と叢雲の戦う暴風域に逃げ込んできたのだった。

 

「足引っ張らないでもらえますか~?」

「ぐぅ……! あ、綾波だって好き勝手やっているんだから私もそうさせてもらっているだけだぞ!」

「…………ちっ、面倒な」

 

 あからさまに怪訝な顔で磯風を睨む綾波。しかし、直後の悲鳴と同時にその表情は驚愕へと変わった。

 

「が……あ……?」

「き、貴様! 何を……!?」

「私事前に言ったわよね? 私の戦闘の邪魔をしないでって。なんでそんな簡単な命令も守れないのかしら?」

 

 叢雲が掲げる槍の先で、蜻蛉隊の隊員の一人が、針のような槍先に貫かれ、苦しそうなうめき声をあげながら宙に浮いていた。

 

「なんだ、あれは……?」

「仲間割れ、ですかね~」

 

 そう言っている間に、他の隊員達が叢雲を取り囲み、その砲口を彼女へと向ける。

 

「何の真似かしら? 上官に砲を向けるなんて」

「黙れッ! もう我慢ならん、あきつ丸隊長の命令だから我々は今まで貴様に従ってやっていた! だが、仲間に手をかけた以上、もう容赦はしない! 貴様はここで殺す!」

「あら、いいの? そう来られると、こっちもそういう対応をせざるを得ないのだけれど?」

 

 血走った目の隊員に嘲笑を浮かべると、叢雲は目にもとまらぬ速さで槍を振る。

 槍に貫かれていた隊員の身体が砲弾のように隊員の一人に飛んでいき、衝突した。

 その混乱の刹那、叢雲は砲撃と槍の刺突により、まず前方の二人の隊員を強襲。続けざまに槍で貫いた方を引き寄せ、その体を盾にしつつ、瞬く間に包囲していた隊員達を蹂躙していった。

 十秒も経たないうちに、倒れた彼らの血で周囲の海面が真っ赤に染め上げられていた。

 

「ぐ……くそ……」

「あら、まだ息があるの? 頑丈ね」

 

 笑いながら槍を振り上げ、トドメをささんとその穂先を脳天に向け、勢いよく突き立てる。

 しかし、その先端は、連装砲の重厚な鋼版に遮られた。

 

「叢雲! お前、自分の仲間に何をやってるんだッ!」

「あら、敵を庇うの?」

 

 突然の介入者に僅かな驚愕を見せ、磯風の顔を覗き込む叢雲。

 磯風はこの瞬間、彼女のターゲットが瀕死の蜻蛉隊から自分に切り替わったことを察知し、反射的に距離を取ろうと試みる。

 しかし、叢雲の手が磯風の胸倉を掴み、それを許さなかった。

 

「そういえば、あなた以前は犬見提督の鎮守府にいたんですってね」

「犬見を、知っているのか……!?」

「元秘書艦だったのよ、ずっと昔の話だけれど。でもおかしな子。あなたからは犬見提督のニオイがしない」

 

 叢雲にとんでもない力で引っ張られ、磯風は離脱するどころかろくに身動きがとれない。

 

「彼は敵を助けろなんて教育をする聖人じゃなかった筈だけれど。一体何があなたの今の行動を、形成したのかしら? 凄く興味深いわ」

「私が、私が助けたいと思ったから、助けた! 何よりな、気に入らないんだよ! 平然と仲間に手をかけるような奴がッ!」

 

 浜風、谷風、浦風のことを思い出していた。

 叢雲が仲間である筈の蜻蛉隊を蹂躙する様は、過去の磯風自身を彷彿とさせ、頭を煮えたぎらせていた。

 しかし、叢雲の方はその返答に対し、どこか不満げな表情で冷淡に言葉を返した。

 

「そう、それは美しい精神ね。でも、それで自分が死んだら意味がないとは思わなかったの?」

 

 質問と同時に槍の切っ先が磯風の眼前に飛んでくる。

 それを妨げたのは、叢雲の側面から繰り出された鳩尾を抉る右フック。目を赤く光らせた綾波による攻撃だった。

 これには叢雲も耐えられなかったのか、苦悶の表情で体をくの字に曲げ、磯風の胸倉を掴んでいた手を離した。

 

「くたばれ」

 

 横須賀第一艦隊所属駆逐艦たる彼女の攻撃はそこでは終わらず、拳と共にめり込ませた連装砲から、続けて三発、火が噴いた。

 零距離の砲撃を食らい、叢雲の身体が数メートル吹き飛ぶ。

 

「私を相手に余所見なんて、随分と舐められたものですね~」

「……ふふ、そう、焦らずとも、ちゃんと相手してあげるっていうのに」

 

 海面からゆっくりと起き上がってくる叢雲に大きなダメージを与えた手ごたえはない。

 隣で砲を構えつつ、綾波はここぞとばかりに磯風に悪態を浴びせる。

 

「全く、考えなしに飛び出さないでもらえます~? 尻ぬぐいするのはこっちなんですから」

「す、すまない」

「しかも、さっきまで戦ってた敵をなんて、甘ちゃんにも程がありませんかね~」

「…………すまない」

「でも、あいつが気に入らないというのは心から同意します」

「え?」

「もう次は助けてあげられるかわかりませんからね~? 気合い入れてついてきてくださいよ」

 

 図らずも状況は僅かに好転していた。敵は減り、そして、磯風と綾波は共闘関係を結ぶに至った。

 しかし、依然敵の力は測りきれず、優勢と決めつけるのは楽観が過ぎる。

 むしろ、磯風にはここからが本番とも思えた。

 

「さぁ、ここからが正念場だ……!」

 

 

『いいかい? あんたの存在は非常に危ういバランスの中に成立している。だから、決して艤装を使って生物を撃ってはいけないよ? そこにはどんなに僅かでも必ず生命への殺意や敵意、害意があるからだ。それはあんたを深海側へと崩落させる因子となる。だから、決して砲撃をしてはいけない、明石さんとの約束だ、いいね?』

 

 私は海面に数十回目になる倒伏を重ねながら、脳裏にここに来る以前、『明石』から言われた台詞を思い出していた。

 そして、目の前には、倒れる私を見下ろすあきつ丸の姿がある。

 

「まだ意識があるでありますか」

「私は……悪ですか……?」

「その通りであります」

 

 あきつ丸は当然のように肯定した。

 

「善とは、真っ白なシャツであります。そして、悪とは汚れたシャツ。あなたは半人半深の自分が善か悪かと問いましたが、半分も汚れにまみれたシャツが善な訳ないでありましょう」

「なるほど、僅かでも深海棲艦であるならば、私は悪というわけですか。厳しいですね」

「勘違いしているようでありますが、善悪は対極する概念でこそあれ、等価ではないのでありますよ? いくら善行を積もうが何か一つでも罪を犯せばそれは悪人。悪人であることより善人であることの方がよほど難しいのですよ、故に善人は尊いのであります」

 

 新品のシャツに汚れをつけるのは簡単でも、綺麗な状態を維持し続けるのは至難。

 つまるところ、私は半分も深海棲艦が混じっている時点であきつ丸の判断基準からして悪以外の何者でもなかったわけだ。

 血の味のする唾液を飲み込みながら、私は再び立ち上がり、あきつ丸の腕を掴む。

 戦うためにではない。もとより戦う力もないのだ。

 より長く、天龍のために一秒でも時間を稼ぐ。ただそれだけのために、まだ行かせるものかと私は彼女の腕を精一杯掴むのだ。

 

「よく立ち上がったであります」

 

 容赦なく、あきつ丸の鉄拳が再び私の体中を嬲る。

 腕を前に、身をかがめ、防御姿勢を取りながら、それにできる限り耐えることしかできない。

 こうして、既に障害にもなれない私をあきつ丸が振り切ろうとしないのは一重に彼女の信念が、私を捨て置けないからに他ならない。

 私が彼女にとっての悪である以上、彼女は私の息の根を止めるべく拳を振るうのだ。

 

「さて、既に7分が経過した頃。そろそろ限界でありましょう?」

「…………」

 

 再び海面に倒れる私にあきつ丸が吐き捨てるように言った。

 

「時間稼ぎ、のつもりでありましょうが、そこにどれだけの意味があるのでありますか? どうせ、この後DW-1は死ぬ。そして天龍も、他の仲間達も全て死ぬ。あなたが命を賭けて数分の時を稼いだ所で、結末は変わらないでありますよ」

「今……なんて、言いましたか……?」

 

 私は息絶え絶えにあきつ丸に問い返す。

 聞き逃せない、言葉が聞こえたから。

 

「悪でないなら、手を出さないって……」

DW-1(深海棲艦)を庇い建てたあなた方が何故悪でないと思うのでありますか? しかも、こんなに表立って反抗に乗り出して。これは国家反逆罪に問われても文句は言えないでありますよ?」

「でも……私には逃げれば見逃すって言ったじゃないですか……!」

「都合よく解釈しないで欲しいでありますなぁ。DW-1を処理した後に殺すという意味でありますよ。私の中ではあなた達の処分は既に決定事項であります」

 

 私は、あきつ丸の足を掴む。

 それだけは駄目だ。

 七丈島艦隊の皆が死ぬなどと聞いて、黙って倒れていられない。

 同時に、この言葉のおかげで、私の中で『覚悟』が決まった。

 

「粘るでありますな。しかし、そろそろ沈んでもらうでありますか」

「そうは、いきません……」

 

 私は渾身の力を込めてあきつ丸の両腕を掴み、動きを止める。

 腕の血管が破れ、ところどころで内出血を頻発し、鈍痛が響くが、最早知ったことではない。

 

「がっ……まだ、こんな力を……!?」

 

 突然の私の反撃に驚いたのか、彼女の表情が焦燥に歪むのが見て取れる。

 

(こいつ、何かやる……! 鈍い殺気が伝わってくる! これは、恐らく追い詰められた末の捨て身の反撃……ッ! 拙い、拘束が振りほどけない!)

「が、はぁッ! ぜぇ……ぜぇ……」

「離せ……ッ!」

 

 あきつ丸の中段蹴りが腹部に深く突き刺さる。

 血を吐き出しながらも、私は手を緩めない。この最後の一撃だけは、外せない。

 

「さぁ……受けてもらいましょうか……大和型の誇る46cm三連装砲一斉射ッ!」

「まさか……零距離砲撃ッ!?」

 

 私の脇下から延びる二門の46cm三連装砲の砲口があきつ丸の真正面に向いた所で、彼女の顔が驚愕に包まれ、同時に青ざめていく。

 

「いや、使える筈がないッ! 使えるのならば、この瞬間まで撃たなかった理由がないであります!」

「ええ、さっきまで使えませんでした。でも、たった今使えるようになったんです」

 

 あきつ丸が、七丈島艦隊をも殺すと言い切ったから。

 ここには神通、綾波、何よりも武蔵がいるから。犬見艦隊との戦いの時とは違う。後の事は安心して任せられる。

 だから、時間稼ぎに留まる訳にはいかなくなった。

 

「弾薬も積んであります。まぁ、元々は重量を重くして壁役としての能力を底上げするためでしたが」

「ぐっ、クソ! 離せ! 何故でありますか!? とっくに限界の筈! 苦しい筈!? 死にたくない筈!? 一体何が、あなたをそこまでさせるのでありますか!?」

 

 何度も何度も私の拘束が緩むことを期待してか腹部に蹴りをいれるあきつ丸。

 しかし、私の腕の力は緩まない。

 痛みで緩むような覚悟では、やってない。

 

「私は、七丈島が大切なだけ」

 

 私に居場所をくれたこの場所が、この島にいる誰もが、自分の存在よりも遥かに重いのだから、それは私にとって存在を賭ける理由になってしまうのだ。

 

「第一、第二主砲――斉射……始めッ!」

 

 

 




大和の死亡フラグが凄い(小並感)

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