俺ガイル短編集   作:黒猫withかずさ派

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クリスマスパーティー、その後で

 原作6.5巻後のifストーリー。

 

 

 

 夜のとばりが静かに降り、冷たい風が頬を撫でる。それでも、町の灯はほのかなキャンドルのように温かく、終わりかけたクリスマスを優しく照らす。

 届かない祈りも、叶わない願いもきっとある。

 ただ、それを静かに、白い息とともに吐き出すことも今日くらいは許されるだろう。

 その吐息が、誰のともしびを揺らすことも、きっとある。

 一人でいても、誰かといてもクリスマスは今日もやってくる。

 だから、すべての人に、メリークリスマス……。

 

「なに人の背後に隠れてナレーション入れちゃってるんですか? 背後霊なんですか? それとも生霊ですか? どちらにせよ怖いからやめてくれませんか?」

 

 振り返ると、予想通り雪ノ下雪乃の姉。雪ノ下陽乃が至近距離から見上げてくる。

 先ほどまで一緒にクリスマスパーティー?(由比ヶ浜談)をしていた雪ノ下の面影がある女性が俺を見つめたいた。…………若干、いやかなり、一部分だけ自己主張のレベルが違いすぎるお胸の膨らみを除けば、二人が姉妹だと頷ける。

 二人とも強烈すぎる存在感を持っている事は共通しているが、その存在感の醸し出し方の違いもこの姉妹を彩っている個性の違いに直結しているだろう。

 雪ノ下はなんというか、触らなければ害がない、とでもいうのだろうか。その美貌と才能に対する羨望と嫉妬を抱かれても、遠くから眺めている分には雪ノ下は牙をむかない。小さいころからの慣れとも言うが、雪ノ下自身の近づいてくるなオーラが彼女自身とまわりの人間を守っているのだろう。

 一方姉の陽乃さんは雪ノ下と同レベルの美貌と才能を持ち合わせているが、妹とは違く相手が近寄ってこなくとも自分から近寄って来て牙をむく。ほかに妹と違う点があるとすれば、外見上整いすぎた社交的な面もあることはあるが、こちらが視線をそらそうと気にいった相手にはとことんかまい倒す面倒すぎる性格だろう。

 つまり今の俺みたいに、だ。

 陽乃さんの存在感がでかすぎるせいで気にはしなかったが、やはりその背は女性であると実感してしまう。

 こげ茶色のマフラーを口元まで覆い、キャラメル色のダッフルコートは意外にも似合っている。普段の食えない大人の言動を見ていると、幼く見えるダッフルコートは似合わないのではないかと思いもしたが、見た瞬間やばいと思ってしまった。

 主に胸のあたりが大きく膨れ上がっているから幼く見えなかったとかいうのは秘密だ。

 でも、それを抜きにしても似合っている。食えない大人をいたずら好きの子供とレッテルを着け替えれば、おかしくはない、か。

 まあ、どちらにせよ、素材がいいから何を着ても似合ってしまうんだろうけど。

 

「んっもうぅ……、せっかくのクリスマスの余韻を盛り上げてあげていたのに、ほんと比企谷君なんだから」

 

 自分の事を棚に上げて俺の事をディスるのやめてくれませんか? その比企谷君なんだからっていうのは、どうみても悪い意味ですよね? しかもその比企谷君だからを使って俺をディスっていますから、二重で俺のことをディスることになりますよ。

 よっぽど俺の事を批判したいんですか。そもそも俺。そんなに悪い事しましたか?

 俺がうらみがましく見つめると、やはりというかやっぱりというか、どうせなら本当に背後霊であって、見えないほうがよっぽど健康的にこの後の時間を過ごせたんじゃないかとさえ思えてくる。

 

「で、雪ノ下さん。なにやってるんですか?」

 

「んん? クリスマスを楽しんでいるだけだけど」

 

 あっけからんと俺の視線攻撃をかわす陽乃さんは、反撃とばかりに俺の腕に絡みついてくる。冷え切っていた体にふわりと温もりがくるまり、甘い香りが鼻腔をくすぐってくる。

 そもそも反則的な胸の重量感に、俺は無抵抗に撃沈されそうになる。

 もうさ、せっかくのクリスマスなんだから、サンタさん。同じ姉妹なのだから、さっきまでいた妹君にも半分でいいから重みをプレゼントしていただけませんかね? いや、俺の心を惑わすこのお胸を、一時的でもいいから妹君に移し替えるだけでもいいですから。

 

「そうですか?」

 

「比企谷君も楽しんでいたみたいだね。雪乃ちゃんも喜んでいたみたいだから、うん、よかったよかった」

 

「…………見てたんですか」

 

「たまたま目に入っただけよ」

 

「さようですか」

 

 ほんとわけわからん人だよな。たまたま目に入っただと? どこから目に入ってたんだよ。…………まじ聞くのこえぇな。最初からだったら、まじで俺の背後霊やっちゃてるって事だろ?

 

「うん、そう」

 

「じゃあ、家に行ってみたらどうですか? 雪ノ下は今由比ヶ浜と帰っていったところだし、ケーキもありますから三人で楽しんでください。……じゃあそれでは」

 

 と、やんわりと腕を振りほどき、雪ノ下と由比ヶ浜を生贄にして逃げようと試みたが、神様はしっかりと見ていらっしゃったそうで、悪人たる俺を助けてはくれないようだ。

 

「ううん、雪乃ちゃんはガハマちゃんと楽しく過ごすみたいだから、お姉ちゃんは比企谷君と楽しもうかなってね」

 

 俺が逃げ出そうとしたものだから、今度は確実に逃げられないようにと腕だけじゃなく、俺の手までも握りしめてくる。しかもこの握り方。いわゆる恋人つなぎってやつじゃないですか。

 

「俺は今さっきまでクリスマスパーティーっていうか、お疲れ様会をやってきたばかりなんで、帰ろうかなと」

 

「えぇ~……、私プレゼント貰ってないわよ?」

 

「雪ノ下さんと会うなんて思っていませんでしたからね。というか、そういうおねだりは彼氏にしてくださいよ。クリスマスなんて彼氏にプレゼントを合法的に恐喝する為のイベントなのだし、雪ノ下さんでしたら軽くおねだりできますよ」

 

「わたし、彼氏なんていないけど?」

 

「はっ……? だったらサンタにお願いしてみてはどうでしょうか? きっと朝になったら、お父さんサンタがプレゼントをくれると思いますよ」

 

 まあ、大学生の娘に夜中クリスマスプレゼントを枕元に置く父親なんていないだろうけど。大学生の娘をもつ父親がプレゼントするものといったら、精々友達(彼氏とは言わない)と食事に行くための軍資金くらいだろう。

 

「父は今夜も仕事で忙しいから無理かなぁ」

 

「じゃあお母さんサンタにお願いしてみては?」

 

 お母さんサンタは、お父さんと相談してからねといって逃げるのが常套手段なんだよなぁ。実際は母親が財布を握っているくせに、こういう時ばかり父親を利用するんだよな。

 

「母も仕事かな」

 

「じゃあ…………えっと、その」

 

「というわけで、雪ノ下陽乃は比企谷君サンタからプレゼントを貰う事が確定しました」

 

「いや、ほら。もう25日の夜ですよ? プレゼントを貰うのは25日の朝ですし、時間的に、ほらね?」

 

「ん、んっ~。大丈夫だって。比企谷君サンタはやっさしいから、25日の夜でもプレゼントをくれるはずかな。むしろ大人のプレゼントでもいいよ?」

 

「期待しすぎるとサンタもプレッシャーで逃げ出しますよ?」

 

 むしろ今すぐ逃げ出したいんですけどね。

 

「それなら大丈夫よ」

 

「ど、どうしてですか?」

 

 聞きたくない。絶対に、聞きたくない。

 陽乃さんが次になんて返事をするか予想できてしまう分、俺は陽乃さんに毒されすぎているのだろうけど、今はそれを抜きにしてもたやすく予想できてしまう。

 

「だって、ほら。こうやって逃げないように比企谷君サンタを拘束しているじゃない? これだったら逃げないかなと」

 

 ですよね。比企谷君サンタなんていう嬉しくもない命名をされているわけであり、なおかつ俺が逃がすまいときっちりと腕まで回されているんだから、陽乃さんが言うように逃げないだろうよ。

 一つ訂正させていただくと、逃げない、ではなくて、逃げられない、なんだけどな。

 

「でも、サンタもブラック企業の社員並みにきっつい仕事をしているわけじゃないですか。一晩で世界中の子供にプレゼントを配るなんて、正気の沙汰じゃないですよ」

 

「そうかしら?」

 

「考えても見てください。世界に何人子供がいると思っているんです? 総人口約69億人の25%とみても約17億人ですよ。一人配るのに5分だとしても24時間で288人の子供に配るのが限界であるからして、17億人の子供に配るとすると590万人のサンタが必要となるわけです。つまり、590万人のサンタがいたとしても、不眠不休で働かなくてはならなく、どう考えてもプレゼントを貰えない子供が出てくるわけですよ」

 

「だから?」

 

「つまりですね…………」

 

 なんだ。何が言いたいんだ、俺? 逃げたいって事だけはわかっているんだけどな。

 

「悪い子はプレゼントは貰えないのかなぁって、感じ?」

 

「なるほど」

 

「というわけで、拘束をといてください。比企谷君サンタは帰宅するところなので」

 

「なるほどぉ」

 

「はい」

 

「でも大丈夫よ、きっと」

 

「はい?」

 

「だってほら、わたし、悪い子かもしれないけど、その分サンタに感謝の気持ち?、をあげるから」

 

「は、い?」

 

「だからね。こうやってお疲れ様ぁって感じで、胸をむぎゅっとして暖めてあげているわけじゃない? だから比企谷君サンタも後ろめたい気持ちも抱くと思うし、きっとわたしにプレゼントをくれると思うなぁ」

 

 って、さらにお胸を押し付けないでくださいっ。

 形良い胸がきれいにに崩れて、心地よい感触が腕に伝わってきちゃうじゃないですか。

 

「それは賄賂というのでは?」

 

「かもしれないわね。でも、後ろめたい気持ちで次の子供の所まで行けないだろうし、きっちりと精算してから行くと思うなぁ」

 

「でしょうね」

 

「ね?」

 

「わかりましたよ」

 

「よろしい」

 

「それで陽乃さんはここでなにをしているんです?」

 

「比企谷君がいたから、こうやってねぎらってあげようかなってね。今回も頑張っていたみたいだし」

 

「そりゃどうも」

 

「そっけないわね」

 

「今回も頑張っていたもので疲れているんですよ」

 

「なるほどね」

 

「じゃあ離してください」

 

「駄目よ。わたしがねぎらってあげるって言ってるでしょ?」

 

「わかりましたから胸を擦りつけないでください。お願いします」

 

「あらそう? てっきりわたしの接待が足りないものかと」

 

「違うってわかっててやってますよね?」

 

「どうかしら?」

 

 昼間でも人通りが少ない場所でもあるから夜になって闇に紛れられると言っても、いつまでもこの人とじゃれついているのはまずいはずだ。しかも雪ノ下が住んでいるマンションの真下っていうのも居心地が悪い。

 

「もうわかりました。降参しますから、どうしてここにいるかだけでも教えてくれませんか」

 

「あぁその事ね」

 

「ええ、その事です」

 

「雪乃ちゃんのベッドのまくら元にクリスマスプレゼントを置いてきた所よ」

 

「俺が言うのもなんですけど、もう25日の夜ですよ?」

 

「今朝というか昨夜はわたしも色々と忙しくて入りこむ余地がなかったのよ」

 

 今、聞いちゃヤバイ発言しませんでした?

 

「入りこむ?」

 

 なんでかな? 素直すぎる自分が恨めしく思う。疑問に思ったら調べろって小学校の時の担任がよく言ってたっけ。当時は自分が調べたいことしか調べなかったけど、今や絶対に知りたくもない事でさえ調べようとするようになりましたよ。

 きっとあの時の担任のせいで俺は今踏み入れたくもない未知に遭遇する羽目になってますよ。恨んでもいいですよね?

 

「んん? 雪乃ちゃんの部屋に入っていってプレゼントを置く時間がなかったって事よ」

 

「それはわかるんですが、どうやって雪ノ下の部屋に入るんですか? あいつの事だからきっちりと戸締りはしていると思うんですが」

 

「そりゃあ合鍵を使えば入れるでしょ?」

 

 しれっと言いきったよ、この人。よくストーカーとかって自分が悪い事しているという自覚がないって聞くけど、実際目の当たりにするとうすら寒い気持ちになるな。

 

「合鍵あるって雪ノ下は知っているんですよね?」

 

「知ってはいると思うな。だってあのマンションは父名義なんだから、実家に合鍵くらいはあると思っているんじゃないかしら」

 

「じゃあ、その合鍵を使って出入りしていることは知っていると思いますか?」

 

「知らないんじゃない?」

 

「それって犯罪じゃないですか?」

 

「家族なんだし、うちの親が所有しているマンションなんだから問題ないでしょ? 比企谷君が妹の部屋に勝手に入るのは犯罪だけれど、妹が勝手に比企谷君の部屋に入るのは問題ないでしょ? それと同じよ」

 

「たしかに小町が勝手に俺の部屋に入って本とか借りていく事はありますよ。でもそれは一緒に住んでいるから許される事で、雪ノ下さんの場合は違くないですか? まあ俺が勝手に小町の部屋に入ったら二度と口を聞いてもらえないでしょうけど。というか、親父に家を追い出されますね」

 

「お兄ちゃんも大変だね」

 

「いや、生まれてからずっとの付き合いですからそうでもないですよ」

 

「わたしもほら。雪乃ちゃんとは付き合いが長いから大丈夫、だと思うよ?」

 

「さようですか」

 

 雪ノ下が陽乃さんのことを苦手としながらも突き放せない気持ちがちょっとはわかったかもしれない。ただし、この先ずっとだなんてごめんだが。

 

「比企谷君サンタがプレゼントを用意するのには時間がかかりそうだから、かわいそうなゴミいちゃんをしている比企谷君にわたしがプレゼントをあげましょう」

 

「ゴミいちゃんって……。どうして知っているんですか?」

 

 小町も外では猫かぶっているし、身内を卑下する発言は控えているはずだよな。しかも小町と陽乃さんの接点なんてないだろうし。

 

「さて、どうしてだろうね。…………で、どうする? わたし、プレゼントしようと思うんだけど、比企谷君は貰ってくれるのかな?」

 

「有難くもらいますよ。親も真心が込められたプレゼントは大切にしろって言ってますからね」

 

 本当はここで駄々をこねて長々と付き合うよりは、おとなしくプレゼント貰って帰りたいだけだけれど、まあいいか。きっと陽乃さんも俺の下心は知っているんだろうし、とっととすませるかね。

 

「大切にしてくれる?」

 

「ええ、ぞんざいになんて扱いませんよ」

 

 あとでなにをやられるかわかったものじゃないからな。大切に押入れの奥にでもしまっておきますよ。

 

「最期まで?」

 

「まあ、俺のものになったわけですから、最後まで大切にしますよ?」

 

「一度貰ったからには返品不可よ?」

 

「ずっと俺の手元に置きますって」

 

「なら安心かな」

 

「えぇ、まあ、はい。それでプレゼントはどこですか?」

 

「今は用意していないから、明日の朝比企谷君が目覚めたときに一番最初に目に入るようにしておくわね」

 

「へぇ、そうですか。……………じゃないですよ。どうやって俺の部屋に侵入するつもりですか?」

 

「それは明日の朝のお楽しみかな?」

 

「笑ってごまかさないでくださいよ」

 

「まあまあ比企谷君、落ち着いて」

 

「これが落ち着けますか」

 

「じゃあ、コーヒーでも飲んで落ち着こうか。ここで話していても寒いじゃない? わたしは比企谷君の温もりを感じられて嬉しいけれど、いつまでもここにってわけにはいかないかな? それとも二人仲良く風邪でも引く? 大丈夫よ。比企谷君が風邪をひいても、責任をもって家で看病してあげるからね」

 

「俺の健康を心配してくださるんでしたら、このまま俺を家に帰すという選択をしていただけませんかね」

 

「それは却下」

 

「ですよねぇ……」

 

「じゃ、いこっか」

 

「ええ、わかりましたよ」

 

 どうせ俺には最初から選択肢なんてないんだから聞く必要なんてないだろうに。

 

「でも、雪ノ下さんは実家に住んでいるんですよね?」

 

「そうよ」

 

「でしたら、俺がこんな時間に家に行ったらご迷惑ですよ。とうわけで、俺は帰ります」

 

「わたしの両親は心配しなくても大丈夫よ。帰ってもいないから」

 

 それって、今日親いないんだ、なみに危ない発言ですよね。普通は女の方が危険だけれど、俺の今の状況からすると俺の方が数倍危険な気がするのは気のせいであってほしい。

 

「そんな警戒心丸出しの顔をしなくても襲わないわよ。というか、そこまで警戒されるとお姉ちゃん悲しいかも。悲しいから寂しさを紛らわすためにもっと腕を抱きしめたくなっちゃかもなぁ。ううん、それだけじゃなくて体全体を抱き寄せたい? うん、そうかもしれない」

 

「えっとぉ、雪ノ下さんとコーヒー飲みながらまったりしたいなぁ。うん、今すっげえコーヒー飲みたくなりました。雪ノ下さんとコーヒー飲めるなんて幸せすぎる。そうに違いないです」

 

「そう?」

 

「…………はい」

 

 どうせ拒否権なんてないんだよ。

 もう無駄な抵抗しないよ八幡。

 

「じゃ、行こっか」

 

「はい」

 

 海から強い風が吹きつける中、俺は雪ノ下さんとしっかりと身を寄せながら石畳を鳴らしていく。

 これがクリスマスデートのカップルであればほのぼのとした雰囲気であり、身を凍らせるような強風もイベントの一シーンになってしまうのだろう。

 まあ毎年この寒くて凍えそうな風が吹きまくる中、12月31日大晦日、今年最後の日が沈みゆく姿を近くの海岸で見物に来る客がたくさんいるんだよなあ。きっと今年もたくさんの人が集まるのだろう。彼等彼女等は今年最後のイベントに参加する意識の元、寒さも一つのイベント要素にしてしまう。

 俺からすれば毎日見慣れた日が沈むシーンであり、それが今年の最後の日であっても変わりはない。

 これが初日の出だったらテレビでもやるし、ちょっくら見てみようかなと、テレビで繰り返し映し出される光景を昼過ぎくらいに見るのなら問題なく見てしまうだろう。

 ちなみに千葉は南北に広いだけじゃなくて東西にも広く、俺が住む千葉市は初日の出が見えない。見えなくはないのだが、海から昇ってくる太陽は見えない位置にあり、だから近所の海岸で見るのは日が沈む姿のみである。

 うん、銚子のほうとか成田のほうが羨ましいとかは思わないけどな。なにせ俺は早起きしないし、そもそも初日の出が出る時間帯は寝ているだろうしな。

 とまあ、イベント補正を言う為にながながとご高説してしまったが、この寒空の下雪ノ下さんとデートをしてるイベントであれば、ひんやりとした大気もきっと恋人たちを盛り上げる要素となりえるのだろう。

 だが、俺と雪ノ下さんとの間には恋人なんていう甘ったるい関係はない。

 たとえ恋人つなぎをし、腕をひっぱられながら寄りそって歩いていようと、実際には強制連行であるからして、俺の心の中はその見た目とは違い氷点下まで身を凍りつかせている。

 なにせ雪ノ下さんが俺を連れていっている方向は駅とは逆方向のマンション街の中でもある。

 つまり、実家へは行かないようだ。しかし、この方向。雪ノ下が住んでいるマンションに向かっているのはどうしてだろうか?

 このまま雪ノ下のマンションに行って、由比ヶ浜も交えて仲良くコーヒーでも飲むっていうのか? いや、雪ノ下のマンションなら紅茶か。

 だとすれば、陽乃さんは最初から紅茶と言うはずだし……。

 

「ここでいいんすか? というか雪ノ下、中に入れてくれますかね? なんかインターフォンに出ても、こっちのメンツ見た瞬間に切られる気がするんですが」

 

 俺のあたっては欲しくはない予想の一つがあたってしまい、雪ノ下が住んでいるマンションエントランスの前までやってきてしまった。

 ただ、このエントランスをくぐり抜けるには雪ノ下に鍵を開けてもらわなければならない。

 …………いや待てよ。そういやさっき物騒な事言ってたよな。

 雪ノ下の寝室に入りこんで、枕元にプレゼントを置いてきたとか言ってたような。それに合鍵を持っているって事は、中に入る手段もわかっているわけか。

 それってさらにやばくないか? 仮にすんなり中に入れたとしても、中で雪ノ下と由比ヶ浜とはち合わせるって事だろ。最悪の御対面だろ。

 

「なぁに青い顔をしているのよ。入るわよ?」

 

「あ、はい。すんません」

 

 強いものには逆らうな。そのモットーを今も色濃く実行してしまう俺って、社畜街道まっしぐらだな。

 もちろん隙を見つけては逃げ出すのがスタンダードの俺であっても、しっかりと腕とさらに手まで拘束されている俺は逃げ出すことなど不可能であり、ただただ連行されるのみ。

 

「大丈夫よ。雪乃ちゃんのところじゃないわ」

 

「そなんですか?」

 

「露骨にほっとしているわね。そんなにわたしと一緒にいるところを見られるのが嫌なのかしら?」

 

「そういうわけではないですよ」

 

「じゃあなんでほっとした顔を見せてしまったのかな?」

 

 どうしてだろうか? 俺も陽乃さんに指摘されるまで気が付かなかったんだよな。後付けの理屈でいいのならひねり出せはするけれど、まあいいか。どうせ適当な事言ってるってばれるんだから、最初からあれこれ悩む必要なんてないな。

 

「雪ノ下とはち合わせたら面倒になるなと思っただけですよ。失礼な事は承知で言いますけど、雪ノ下はあまり雪ノ下さんのことを歓迎してくれるとは思えないので」

 

「ひどいなぁ比企谷君は。わたしほど妹の事をでき愛しているお姉ちゃんはいないとおもうんだけどな」

 

「可愛がり過ぎても体が弱ってしまいますよ。何事もほどほどがいいと思いますがね」

 

「それもそうね。わたしの愛情は重いらしいからね。だから比企谷くんも頑張ってね」

 

 ぞくりと首を引き締める笑みに俺は返事さえできなかった。陽乃さんはそんな俺の表情を見て今まで以上に整いすぎた笑みを送ってくる。

 まじで人形かよってほどの笑顔だよな。作りものの仮面とはよく言ったものだが、ここまですがすがしい笑顔だと笑顔とは別の表情に見えてしまう。

 エントランスホールを進んでいき、エレベーターで運ばれた先はやはり雪ノ下が住む階層である。ここまで進んでしまっては腹をくくったほうがいいのだろう。いくら陽乃さんが雪ノ下とは会わないと言っても、言ったのはあの陽乃さんなわけだし、用心にこしたことはないはずだ。

 

「ここよ」

 

「ここですか?」

 

「そうここ。とりあえず中入ろっか?」

 

「ですね」

 

 言われるがまま中に入ると、雪ノ下の自宅と同じタイプの玄関を俺達を出迎える。そりゃ同じマンションだし、似たような作りだよな。

 

「じゃあソファーに座ってて。今コーヒー淹れるから」

 

「はい、すみません」

 

 先に奥に行ってしまった陽乃さんを眺めた後、俺はのそのそと靴を脱ぐ。玄関を見渡すと、たしかに雪ノ下の家を同じ作りだ。…………むしろそっくりとまでいえそうだ。まあ、同じマンションだし、標準装備なのか?

 とりあえずいつまでも冷たい玄関にいるわけにもいかず、いつの間にかに用意されてあったスリッパに履いて奥へと進んでいく。

 リビングとは逆方向であろう部屋のドアが開いていたので視線が向いてしまう。

 見てはいけないと思っていても、相手があの陽乃さんであっても女の子の部屋に入るのはドキドキするってものだ。しかもシチュエーションは夜で二人っきり。意識するなって言うほうが無理だ。

 だが、あの陽乃さんということが奇しくも俺の理性を保たせてしまう。

 ドアの外から覗いた部屋は、どうやら寝室のようだった。そのことが俺の鼓動を跳ね上げるが、いつまでもリビングにやってこない俺を不審に思った陽乃さんの声が俺を進むべき方向へ導きだした。

 

「すみません。今行きます」

 

「ほんとう?」

 

「本当ですよ。逃げませんって。っていうか、逃げるんでしたらもっと早く逃げていますから」

 

「あらぁ、わたしの胸を堪能してデレデレしてたんじゃなかったんだぁ?」

 

「うっ…………」

 

 ばれていらっしゃる。あの胸圧から逃げ出せる男がいるとしたら、それはゲイか貧乳派くらいだろうよ。ちなみに俺は巨乳が絶対とはいわないが、ないよりは有ったほうがいいに決まっている。

 だってあの柔らかさ。俺が生涯味わうチャンスなんてあるとは思えない代物だぞ。チャンスの神様は簡単に手からすり抜けてしまうっていうもんな。だから俺はチャンスを掴んだまでだ。これを開き直りだと糾弾するんなら、俺は素直に罪を認めよう。

 ………………それほど気持ちよかったってことで、俺もやっぱ男なんだよなぁ。

 

「もうちょっとでコーヒーできるから、もうちょっとだけ待ってね」

 

「はい」

 

 リビングに行くと、予想通りになってほしくない光景が俺を出迎える。玄関でうすうす気が付いていたが、この家、どう見ても雪ノ下の家と全く同じだ。ソファーはもちろんテレビのメーカーさえもきっと同じなのだろう。視線を下にずらすと、綺麗に並べてあるパンさんのブルーレイまでそろってやがる。

 

「すぐに暖房が効くと思うけど、ちょっと時間かかるかな? これで部屋が暖まるまで我慢してね」

 

「あ、はい」

 

 コーヒーカップを渡されるのかと思い生返事を返したのが失敗だった。この人の前で気を抜いたら駄目だってわかっていても、人間集中力を持続させる事は難しい。瞬間的に爆発的な集中力を出すことよりも、長時間集中力を持続させる方が難しいに決まっている。それが面倒な相手を目の前にしては普段以上に精神力を消耗して集中力が持つわけがない。

 だから俺は悪くない。けっして下心が勝ったわけではない、はずよ?……きっと。

 

「な、なにしているんですかっ」

 

「ん? 暖めあおうと思って」

 

「だからって」

 

 俺がうろたえるのも当然だと胸を張って主張したい。

 破滅的な性格は別にして、見た目は性格を知らなければずっと見惚れてしまうほど美しい。しかもこのお胸。暖めあうという主張の元、俺に密着しまくっているお胸は大きくて気持ちがいい。これをあがらう事ができる精神力がある男なんて、出家した僧侶でさえも無理ってものだ。

 

「ほら、雪山で遭難したらくっつきあって暖めあうってよくいうじゃない? だから暖房が効きだすまでこうしていようかなって」

 

「ここは雪山じゃないですから」

 

 たしかに大きなお山に俺は遭難中だけださ。しかも右のお山と左のお山に遭難している二重遭難ってやつだ。意味は大きく違うけれど。

 いつか山の頂に昇りつめたいって思えてしまうほどの誘惑に俺は遭難をやめる事ができなくなりそうで、このまま眠りに付きたいほどで。

 

「あっそうね」

 

「なんです?」

 

 ぱっと眼を輝かす陽乃さんを見て俺は二度驚いてしまう。一つ目はさらなる面倒事がきそうだなと思う平凡な驚き。そしてもう一つは、さきほど俺に見せた人形みたいな整いすぎた笑顔ではなく、くしゃっとした心を温かくする笑顔。この胸をくすぐる不意打ちに驚いてしまった。

 

「やっぱり抱き合うと言ったら裸じゃないとね。というわけで服脱ごっ」

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいって。いや待って。本当にお願います。なにまじで服脱ぎ始めているんですか。本当に待ってください。なんでも言う事聞きますからお願いです。服を脱がないでくださいって」

 

 重ね着をしている冬の装いであっても陽乃さんが服を脱いで行くスピードはすさまじく、あと少し時間があったら肌色の部分がたくさん俺の目に飛び込んできたはずだ。

 これをもったいないと思うべきか、お願いをきいてもらうにせよ柔肌を見てからにすべきだったかを悩む必要なんて絶対ないはずだ。なにせ俺の警戒心が急激に跳ね上がってきていた。

 

「じゃあ脱がないであげるね」

 

「できれば脱いだ服ももう一度着てくださると助かるのですが」

 

「おまけして着てあげるかな」

 

「ありがとうございます」

 

 両手をあげ、形がいい顎を軽くあげて目を閉じる姿は、おそらく俺に服を着せろと言っているのだろう。ここで自分できてくださいと言ってへそを曲げ、服を着ないままでいられると、それは非常に困ってしまう。

 一人でこっそり見ている分になら何時間でも見ていたい。そりゃあ俺も男だしな。

 優美な曲線で描かれた体は柔らかさと温かさを抱き俺の脳に攻め込んでくる。大きく盛り上がった胸は、下着補正がなくても重力に負けないんじゃないかと思えるくらい存在感を持ち合わせていた。

 まあ、下着補正なしの生のものなんかが目の前にあったら、人生の設計図を破り捨てて、明日の朝にやってくるだろう深い後悔と面倒な日常が俺を悩ますんだと思うけれど。

 さて、いつまでも黙っていて何もしないせいでへそを曲げられては厄介だ。俺はなるべく陽乃さんの肌に直接触れないように意識を集中させ、本日何度目かの難題クエストを完了させていく。

 陽乃さんがにたにた俺の顔を見ているのは、見ないようにするしかない。

 

「すんません。ちょっと右腕曲げてくれませんか?」

 

「う、うん……」

 

 さすがにまったく陽乃さんを見ないで服を着せるなんてスキルは持ち合わせてはいない。今後も女性に服を着させるスキルどころか脱がすスキルさえも経験積めそうもないのは辛いところだ。

 ちらりと視線を陽乃さんの正面へと戻すと、そこには顔を真っ赤に染めた陽乃さんがいる。

 これには今日何度も驚いていた俺も対処ができないでいた。

 不意打ちすぎるだろ。こういうのは、もこもこの白いセーターをきた純朴そうな女の子が見せる姿っていうか。

 ………………でも、うん。悪くはない。むしろ俺の心を熱くたぎらせる凶暴さがある。

 

「じゃあ反対側もお願いします」

 

「…………うん」

 

「はい、着せましたよ」

 

「ありがと」

 

 俺まで照れて行動不能になっては、この場の収集が付かない。俺も正常じゃいられなかったが、服もちゃんときせたし、コーヒーでも飲んでぼけっとしていれば、陽乃さんも再起動してくれるだろう。

 俺があれこれ気をつかって話しかけても墓穴をほるのがせいぜいだ。しかも致命的な失態をやらかしかねない相手である事は変わりがないのだから、俺の方から餌を巻く必要もあるまい。

 となると、俺はずずずっとコーヒーを一口飲むと、改めて部屋を見渡すことにする。

 やはり最初の印象通りこの部屋は雪ノ下の部屋と瓜二つである。何度も雪ノ下の部屋に行った事があるわけではないので、細かい部分では違いがあるのかもしれない。けれど、この部屋の持ち主は陽乃さんだ。きっとほぼ正確に雪ノ下の部屋を真似しているじゃないかと思える。

 陽乃さんの方向だけ外して部屋を見渡していくと、ある一角で俺の頭は止まった。

 なんだこれ?

 こんなのは雪ノ下の部屋にはなかったはずだ。というか、もし見ていたんなら絶対に忘れないだろ。

 見たままでいいのなら、あれはパソコンだ。おそらく市販されているふつうのパソコンであるとも思う。

 ただ、特別な所があるとしたら、モニターの数が異常に多いところだろう。通常1枚で十分だと思う奴が大部分だと思うし、2枚持ちがちらほらいるくらいだと思う。ググってもないし、調べもしてはいないが、たぶんそんなところだと思う。

 それが6枚となると職業として使っているか、よっぽどパソコンにこだわっているかじゃないだろうか。知らないけど。

 しかも予備か知らないが、ノートパソコンまである。

 となると、タブレットもあるのか?なんて意味もない詮索をしながら見渡していくと、モニターの一つが生きていることに気が付く。

 光量が弱いのか、それとも映し出されている画面が暗いのか、ちょっとばかしモニターまで距離があるのでよくは見えないが、どこかの部屋を映し出しているようだった。

 

「気になる?」

 

 ぞくりとする悪寒が首から頭に這いずりまわり、熱い視線を感じ取りながら俺は声の方に視線を向けた。

 

「気になっちゃった?」

 

「そうですね。こんなに機材がそろっているんなら使わないのを分けてもらって、うちにも自分専用のを持ちたいなぁって思っちゃいましたよ」

 

 嘘ではない。2台のデスクトップパソコンに6台のモニター。あと少なくとも2台はあると思われるノートパソコン。これだけあるんなら1台くらい古くなったらもらえたらなぁと思いもした。

 実際おねだりはしないし、今みたいな言い訳じみた場つなぎの手段でしか言えない小心ものですがね。

 

「ん? 使わなくなったノートパソコンだったら持って帰ってもいいわよ?」

 

「まじですか?」

 

「置いておいても使わないし、使ってくれる人がいるんならあげてもかまわないわよ。だって古くなってら使い道がないでしょうし」

 

「でも、自分で言っておいてなんですが、こんな値段が高いものはおさがりでも簡単には貰えませんね。なにかありましたら、そのときはってことで今日は遠慮しておきます」

 

「用心深いのねぇ」

 

 遠慮深いのねといわないあたりが、陽乃さんである。俺もそのことに驚かないし、陽乃さんも驚きはしない。お互いがお互いの距離感を知っていて、相手の性格もわかっているからこその間合いなのだろう。

 にしても、俺の方は用心しているだけで、陽乃さんの性格などつかみとれてはいないんだけどな。

 

「小者ですからね」

 

「まあいいわ」

 

 小さく笑うと、モニター群の前の椅子に座り、モニターを3つ稼働させる。合計4つとなったモニターは、どれもなにか部屋の中を映し出しているようであった。

 

「見たいならどうぞ」

 

「あ、はい」

 

 誘われるがまま覗き見ると、どうやらこの部屋を映し出しているらしい。そうわかった瞬間部屋の上部を見渡すが、カメラなどは見当たらない。

 どこかにカモフラージュでもしているのだろうか?

 

「この部屋じゃないわよ? ほらここ見て」

 

 言われた先には、最初からついていたモニターである。そして映し出されていたのは、ここのリビングと全く同じに仕上げてある部屋で紅茶らしいものを飲んでいる雪ノ下と由比ヶ浜が映っていた。

 

「雪ノ下の部屋を監視しているんですか?」

 

「別に24時間見ているわけじゃないわよ」

 

「このことを雪ノ下は?」

 

「知っているわけないじゃない。比企谷君があの子に教えてあげる?」

 

 本来なら言うべきなのだろう。ストーカー行為もここまでくれば家族間であろうとやばいところまできている。

 だけど、雪ノ下の立場というか、実家を無理やり出て一人暮らしをしてるって感じのことを聞いた事があったので、もしかしたら裏事情として陽乃さんの監視が条件の一つってこともあるのかもしれない。

 もしそうならば、ここで俺が勇みこんで雪ノ下に事情を話しても、かえって事態が悪化する可能性だってあるわけだ。

 …………さて、どうすべきか。

 一番簡単なのは、見なかった事にするだ。これが一番被害が少ないし、雪ノ下も実害を受けていないのならば我慢できる範ちゅうなのかもしれない。まあ、実の姉であろうが監視されて気持ちいいわけはないだろうが。

 

「もし俺がここで、もう監視なんてやめてくださいと頼みこんだから、やめてくれる可能性はあるんでしょうか?」

 

「可能性としたら、あるわよ?」

 

「可能性としたら、どんな問題でもゼロではないでしょうね」

 

「なら言い変えよっか。条件によってはやめてあげてもいいわよ?」

 

「条件って…………」

 

 俺をまっすぐ覗きこむ瞳は、すうっと俺の中に入り込んだまま俺の中をなめ回し続ける。身震いさえ硬直によってうまくできずに、俺は時間が過ぎ去るのを待つしかなかった。

 

「ほんと、比企谷君って変な所がまっじめなのよね。お姉ちゃん、どうしようもないくらいかわいがってあげたくなっちゃうじゃない」

 

「……………………はぁ?」

 

 ようやく硬直がとけた俺を出迎えたのは、盛大に笑い転げる陽乃さんの姿であった。

 

「あ、あはははははは……。ごめん、ごめんね。あまりにも深刻そうな顔をしていたから、比企谷君を可愛がってあげたくなっちゃって。ほんと、ごめん。でも、比企谷君が可愛すぎるから悪いのよ?」

 

 わけがわからない説明を言った後も笑いが止まらないらしく、俺の腕に絡ませながら笑い続けるので、なすすべもない俺は笑いが収まるのを待つしかなかった。

 

「はぁ……。比企谷君ってからかいがいがあるんだもの。かわいくってしょうがないわ」

 

「できることなら遠慮してくださると俺も助かるんですが」

 

「それは無理」

 

 そこまではっきり言われてしまうと、俺の方もこれ以上抵抗もできないっていうか、陽乃さんだしなぁ。

 

「そのかわり、このモニターのことを教えてあげるわ」

 

「はぁ」

 

「雪乃ちゃんの部屋が映し出されているのはね、監視のためっていうのは事実よ」

 

「でしょうね」

 

「でも、いつも見ているわけではないのよ? たいていは家に帰って来ているかを確認する程度で、あとは防犯のためかな? いくらセキュリティーがしっかりしているこのマンションでも、高校生の女の子が一人っていうのはね。しっかりものの雪乃ちゃんであっても、母はよくは思ってないのよ。だからこうしてわたしが確認してるってわけ。映像は実家の方でも確認できるようになっているから、ここはいわば中継基地ってところかしら?」

 

「やりすぎじゃないですかね?」

 

「さすがにわたしもそう思うわ。だって雪乃ちゃんが一人暮らしをするためにここの階、すべての部屋を買い取ったんですもの」

 

「まじっすか?」

 

「本当よ。他の部屋も見てみる? 鍵はあるから入れるわよ? でも、部屋を見てもからっぽだけどね」

 

「いや、いいです」

 

「ん、それならいいけど」

 

「でも、この階に他の住人がいないとなると、雪ノ下が不審がりませんか?」

 

「べっつに気にはしていないみたいよ。むしろ静かで喜んでいるんじゃないかしら?」

 

「そですか」

 

 その辺は雪ノ下だしありえるか。なにせふつうにマンションで隣にどんな奴が住んでいるか知らないままってことが多いってよく聞くしな。ましてや他人に干渉してもらいたくない雪ノ下が、自分から他人に干渉するとは思えないし。

 

「ま、どこかの比企谷君が雪乃ちゃんの部屋でいいかんじのムードになったとしても、わたしか母あたりが邪魔する事になるんでしょうけどね。いくら干渉しないていどの監視であっても、雪乃ちゃん以外の人物が訪問したのなら、監視せざるを得ないのよ」

 

「由比ヶ浜がいるから監視していたってことですか?」

 

「そうなるかな。ガハマちゃんはたま~にくるようになったから、それほど厳重に監視してはいないけどね。いつ来て、いつ帰ったくらいかな? 母もガハマちゃんなら警戒していないみたいだし。…………ただ、ガハマちゃんを好ましく思っているかは別のようだけどね」

 

 ビッチだからですか? ビッチだからですね。

 中身は違うって俺も知ってはいるが、人は外見で判断するからなぁ。娘のために高級マンションのワンフロアを買い占めるような親だったら心配するよな。

 まあその辺は由比ヶ浜が悪い。見た目って大事だしな。俺が言えた身分ではないが。

 

「あと、雪ノ下がこのことを知ってしまった時のリスクはでかすぎじゃないですか?」

 

「べっつにわたしが嫌われるだけで雪乃ちゃんが一人くらしを続けられるんならいいじゃない」

 

「さようですか」

 

 ほんとこの人。妹好き好きだろ。

 

「さてと、雪乃ちゃんに関してはこれでいいかな?」

 

「はい、そうですね。じゃあコーヒーも頂いたし、俺はこれで…………」

 

 そうそう。コーヒー飲んだし、長居しても面倒事を放り込まれるだけだよな。

 コーヒーを飲むっていう目的を達成できたんなら、素早く撤収すべきだよな。

 わざわざ敵陣の中でのんびりくつろぐ必要なんてないんだし。

 

「えっと、陽乃さん? 腕をはなしてくださるとうれしいのですが」

 

「はなさないわよ?」

 

「はなしていただかないと、帰れないじゃないですか」

 

「だったら帰らなければいいじゃない?」

 

 ん?

 んん?

 何かが変だ。つーか、俺が間違っているのか?

 

「あの、コーヒーも飲みましたら、ほら、時間も時間ですし。俺、家に帰らないと」

 

「それなら大丈夫よ?」

 

「陽乃さんは大丈夫かもしれませんが、俺は高校生でもありますし、高校受験をひかえた小町もいますから、無断外泊は……」

 

「小町ちゃんには泊まっていくって連絡しておいたわよ?」

 

「はい? いつしたんですか?」

 

 はったりだろ? なにせずっと一緒にいたんだ。でも、メールくらいなら可能だったか?

 

「玄関でなにかしていたみたいでなかなかこなかったでしょ。待っていても比企谷君がこないから、そのとき電話しておいてあげたわよ。やっぱりせかせかコーヒーを飲むよりは、のんびり飲みたいじゃない」

 

 すっごいあとあとの事まで考え尽くされたおもてなし、ありがとうございます。

 ありがたすぎて涙が出ているのはどうしてでしょうか?

 やっぱ日本人のおもてなしは最高なんだな。

 うん、そうだ。そうに決まっている。

 小町に裏切られたとか、一晩猛獣の檻の中で猛獣と過ごさないといけないとか、明日の朝日は見られるのだろうかという絶望的な状況なんてこの際もういい。

 そう、もういいから、おうちにかえしてぇっっっ!

 

「それに、あたしが服を着る代わりに、比企谷君はなんでも言う事を聞きますって宣言したじゃない」

 

「いいましたね」

 

 死刑宣告って自分でするんだっけ?

 

「さ、夜はながいし、じっくり楽しいお話、しましょうね」

 

 たぶん最初こそは警戒しまくりだったが、けっこう楽しんだのだと思う。

 だけど、この姉ちゃんのはちきれんばかりのエネルギーの前では、過充電すぎるほどのエネルギーに巻き込まれ、頭がついていかないことだけはたしかであった。

 そしていつしか俺は温もりにくるまれながら眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

  ひんやりとした空気が俺の頬を撫で、睡眠から覚醒しつつある俺は温もりを求めて抱き枕を抱きしめる。柔らかく全てを包み込んでくれるような温もりが俺の顔いっぱいにひろがり、甘い香りが俺をさらに堕落させる。

 このままだと二度寝確定だ。ただでさえ寒い朝はベッドから出たくはない。ぬくぬくと気持ちがいいベッドの中から誰が出たいというのだ。

 だから俺は惰眠を貪りつくそうと抱き枕をに身をゆだねた。

 んっと、ちょっと待て。抱き枕なんて持ってたか?

 というか、ここだこだよ。ベッドだとは思うけど、俺のベッドだとは思えない。高くもなく安くもない平凡なベッドを愛用している俺からすれば、今寝ているベッドは体を圧迫する気配さえない。

 横向きに寝転がっていると思うが、肩や腕を押しかえす堅い反発もないし、なによりもふわっとするこの感覚なんなの? 俺、しらないうちに死んじゃったのか?

 そう思いこむとパニくるのが小心者の俺なわけで、とりあえず目だけは開けてみよう。

 ………………真っ暗。何も見えん。ま、そうかもな。抱き枕を抱いてるみたいだし、枕に顔をうずめていては何も見えないだろうし。

 俺は顔を左右に振ってみた。とりあえず上方を見れば何か見えると思ったが、弾力性に優れた抱き枕は俺の顔をはなしてはくれない。一応下を見たが、ベッドのマットレスどころかやはり抱き枕しか見えなかった。

 だから俺は上を見てみようと顎をつき上がる。すると、ぬぱっと抱き枕から脱出成功。

 しかし、夢は覚めないからこそ夢なのだろう。二度寝最高。やっぱこの現実見ない方がよかったんだろう。神様も俺が現実を見ないようにと暗闇に俺を閉じ込めたんだろうし。

 

「おはよっ」

 

「…………おはよう、ございます?」

 

 今朝お俺の目に一番最初に飛び込んできたのは、陽乃さんの笑顔。にっこりと優しく微笑むその姿であった。

 

「昨日は楽しかったわね。年甲斐もなくはしゃいじゃったわ。比企谷君がねぇ。やっぱり男の子なんだって実感もしちゃったしね」

 

「え?」

 

 俺はいそぎ着ているものを確認しようとする。しかし抱き枕。つまり陽乃さんが俺の体をしっかりとホールドしていては見動きすらままならず、今服を着ているかさえ確認できなかった。

 

「大丈夫よ。比企谷君が考えているような男と女の関係はないわ」

 

「そですか」

 

「そんな露骨にほっとされると、このまま比企谷君を食べてしまいたくなってしまうわね」

 

「俺なんか食べても美味しくないですから、えっと、やめておいた方がいいですよ」

 

「ん~……、それもそうね。やっぱりお互いが求め合う気持ちがないとうれしくないものね」

 

「はぁ……」

 

「それよりも、クリスマスプレゼント、どう? うれしい?」

 

 小首をかしげて見つめてくるその姿は、プレゼントを贈る側ではなく貰う方が正しいのではないかと、どうでもいいことを考えてしまう。まあ、贈る方もわくわくしたりもするか。

 でも、あながち間違えでもないほどわくわくしている雰囲気を隠さない陽乃さんに、俺は戸惑いを隠せなかった。

 

「プレゼントってなんです? あぁそういえばベッドの枕元に置いておくとかなんとかって言っていましたね。じゃあ今から確認するんではなしてもらっていいですか?」

 

 むしろこのままだと、このお胸の虜になってしまいそうで怖いです。早く逃げなきゃ。逃げないとやばいくらい気持ちいいっす。

 

「もう確認しているわよ?」

 

「はい?」

 

「だからぁ、わたしはこう言ったのよ? 明日の朝比企谷君が目覚めたときに一番最初に目に入るようにしておくわねってね」

 

「そう、でしたっけ?」

 

 どうしてだろう。温かいはずなのに寒気がするのはどうしてだろう。しかももう引き返せないって本能が脅えているし。

 

「あとこうも言ったかな。大切にしてくれるって聞いたら、ぞんざいになんて扱わないです。俺のものになったわけですから、最期まで大切にしますってね」

 

「たしかに、そうんなことを言ったような」

 

「あと、一度貰ったからには返品不可よって聞いたら、ずっと俺の手元に置いておきますっても言ったわねぇ」

 

「プレゼントされたものですから、受け取ったからには大切にすると思いますよ」

 

 それが普通のプレゼントならばと条件をつけたいんですけどね。

 …………いまさらか。

 

「でも、さっきも言ったけど、朝比企谷君が最初に見たものをプレゼントするって話なのよ。で、比企谷君。あなたが今朝最初に見たものはなにかな?」

 

 目の前にある大きな胸です、とは言えないよなぁ。残念ながら真っ暗で見えていないしな。

 でも、胸ですっていいはったところで胸と体は分離不可だから、結果は変わらないんだろうなぁ。

 

「雪ノ下さん、ですね」

 

「ん、そうね。大切にしてね」

 

「…………善処します」

 

「よろしい。ため息をつかなかった事は評価しようかな」

 

「ありがとうございます」

 

 まっ、心の中では盛大にため息ついているんだが。

 さて、どうしてこうなったのだろうか?

 たぶん雪ノ下と由比ヶ浜と別れたあの瞬間には運命が決まっていたんじゃないと思えてしまう。いや、それ以前にこの人ならば俺の運命などたやすく変えてしまうのではないだろうか。

 だけど、どうしたものか。このまま結婚なのか? さすがにそれはないか?

 いや、もうプロポーズに近いやりとりを成立させられてしまっているんだから儚い願望を思い浮かべるべきではないのだろう。

 

「ちょっと聞いてもいいですか?」

 

「どうぞ?」

 

「どうして俺なんですか? 雪ノ下さんでしたら選び放題でしょうに」

 

「選んだ結果なんだけどなぁ」

 

「じゃあ選考理由は?」

 

「雪乃ちゃんを見ていて、その周辺をうろちょろする君を見ていたら、なんだか興味を持ったのがきっかけかしらね。で、いろいろ手を出してみたらかわいかったっていうのが決め手かな」

 

「可愛げもない子供だって言われてきたんですけどね」

 

「その辺は主観かな。わたしはいいと思ったけど?」

 

「さよですか。わかりました。よろしくお願いします」

 

「あら? もっと抵抗するかと思ったんだけど」

 

「抵抗しても無駄だとわかっているのに、なんで抵抗するんですか」

 

「それもそうだけど」

 

「それに、人との関わり合いなんて、とくに恋愛、結婚なんて結婚してからも別れる事がざらですからね。だから、いくら婚約に近い関係であろうと、別れるときはわかれるんですよ。だから今ここで抵抗するよりも、近い将来愛想を尽かされて離れていかれた方がよっぽど建設的かなと思いましてね」

 

「比企谷君らしいわね。でも、事実でもあるわね」

 

「結婚式で永遠の愛なんて誓いますけど、あんなの実践できている夫婦なんてまれなんじゃないですか? 離婚はしなくても惰性で夫婦になっているっていうか経済的な理由で夫婦関係を続けている夫婦がほとんどだと思いますよ」

 

「現実的なのね」

 

「夢なんて見ないようにしていますからね」

 

「ま、いいわ。永遠の愛は無理かもしれないけど、信頼し合うパートナーなら可能だと、わたしは思うのよ。だからよろしくね、八幡」

 

「はぁ……。信頼しあうなんて、夫婦関係よりもよっぽどシビアですよ。でも、宜しくお願いします、陽乃さん」

 

「うんっ」

 

 愛おしそうに俺の頭を撫でるその姿を見ては、ほんとうに信頼関係だけで満足するんですかってつっこみを入れたくなってしまう。けれどそれはやぼだというものだ。

 信頼。なにもって信頼するか。

 愛情? 友情? パートナー? 仲間? 家族?

 どれも信頼の一面に違いない。まったく信頼関係がなくとも仲間であったり家族であったりもするが、その関係は人それぞれでもある。

 だから、陽乃さんがなにをもって信頼に値すると考えるかを見つけ出すのは不可能だろう。

 そもそも俺はこの関係を穏便に解消する為に了承したのだが、いまさらながらそれは不可能ではないかと思えてしまう。

 あの、人に自分をさらけ出さない陽乃さんが信頼したいと求めてきた。

 その事実が俺を手放してはくれないだろう。

 でも、悪くはないと思えてしまう。べつにマゾになったわけではなし、この大きなお胸の虜になったわけでもない。まあ、ちょっともみたいなとは思うが、それくらいは男として正常な反応だろう。

 だけど、この笑顔に見惚れてしまい、俺をつつみこんでくれる温もりに安堵し、その安らぎを感じてしまっている事実に、クリスマスくらいは素直に従ってもいいんじゃないかと思ってしまった。ま、もう26日なんだが。

 クリスマス。心を癒してくれる恋人、家族、友人。日本のクリスマスは海外とは違ってイベント事になってしまってはいるが、大切な人と祝うという要素が間違っていないとするならば、俺に安らぎを与えてくれるこの女性を信じてもいいんじゃないかと思ってしまう。

 警戒心なら今でもある。けれど、俺と似たような不器用な性格は親近感を感じさせずにはいられない。それは、相手を知ってしまえばなおさらである。

 

「ねえ、八幡」

 

「なんですか?」

 

「八幡からのプレゼント。あったかいね」

 

 

 

END

 

 

 

 

 

 

 

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