42人目の至高   作:マッキンリー颪

1 / 33
第1話

 急げ、急げ。

 走り出す事こそないがその一歩手前に近い早歩きで家の中を駆ける。

 午後11時50分という今の時間、安アパートの上下左右の部屋の住人には迷惑かもしれないが、今日は本当に重要な日なのだ、勘弁してもらいたい。

 

 こんな夜中だけど部屋の電気をわざわざ付けなくとも部屋のどこになにがあるか把握してる俺だが、それでも失敗は許されない。

 だから部屋の電気を付け確実に、機器を操作する。

 

 そして、俺の意識は見慣れた安アパートを飛び出し、視界に映るのはなんとも荘厳且つ豪華な宮殿のような場所となる。

 ここはDMMO-RPG「ユグドラシル」の中の一ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの本拠地。

 俺がこのゲームに入るのは半年ぶりになるのだが、それでも毎日すごす安アパートの一室より「馴染む」感覚が得られるのは……楽しかったから、だろう。

 本当に楽しかったんだ。

 

 

 俺にはいわゆる「前世の記憶」とやらがある。

 俺自身は大した人物でもないというのになんの因果で……とも思うが、理由なんて説明できないし、あるものはあるとしか言いようがない。

 もっとも、その前世の知識が役に立ったかというと……微妙ではある。

 子供の頃から利口で親に迷惑をかけない、という評価をもらえたり、元々知ってる字の読み書きや計算なんかは子供の頃は有利だったが年が経つにつれ、そのハンデも薄れ俺は俺の才能に相応しい、平凡な人間の一人として埋没していた。

 

 まぁそれでも、この世界においては幸せな暮らしが出来ていたと思う。

 前世に比べてかなり未来らしいこの世界、空気汚染は進んでいて生身で無加工な人間はとてもじゃないが生きていけない世界だが、そんな世界でも人並みくらいには生活ができていたのだから。

 

 環境汚染、その他いろいろな問題はひどいのだが、技術の進歩は凄まじく、その恩恵もたくさんあったので、前世と今生、どっちが良いかを俺は甲乙つけられない。

 

 そんな俺だがこの世界について一番驚いたのは……この世界について、心当たりがある事について、非常に驚いた。

 前世の記憶で読んでいた小説……元はネット上の某小説投稿サイトに掲載され、それが書籍となり、アニメにまでなった作品「オーバーロード」という話の世界かも知れない、ということに驚いた。

 前世のことだしもう遠く昔の記憶になってしまうが「そういえば」というレベルで思い当たる節はあった。

 気づいた原因は当然DMMO-RPG「ユグドラシル」というゲームの発表で、だ。

 なにか記憶を刺激されるなぁ、と思いながら興味を持ってゲームを始め、色々やってるうちに思い出し、そのまんまじゃないか? と思い至ったわけだ。

 

 いや、本当にそうなのか、ただの偶然じゃないかという疑いは未だにあるのだが。

 とにかく俺はこのゲームをやっていた。

 最初はオーバーロードという作品のことに気づかず、ある程度経って小説のことを思い出してからも、それはそれでとゲームを楽しんでいた。

 

 

 そうして楽しんでいたゲームだが色々あってゲームをプレイしていられる時間の確保が難しくなり、仲間が一人、また一人と抜けていく中、俺はなんとかゲームにしがみ続けた。

 

 理由は簡単だ。

 俺が所属するギルドは小説「オーバーロード」の主人公であるモモンガさんと同じ「アインズ・ウール・ゴウン」なのだ。

 ゲーム内でウマの合う友達と何度か遊んで、ギルドに誘われ、一緒に楽しんでとした頃に小説の事を思い出してしまったが、当時は別にそれほど気にせずにゲームを楽しんでいた。

 しかし、原作小説の事を思えば、この先に起こる出来事に対してなんとかしなければならないという使命感のようなものも持つようになっていた。

 

 小説の9巻までを読んだ知識、アニメの4話までを見た記憶はあるがそれ以降が無いので、前世の俺はその頃に死んだのかと思うのだが問題はそこじゃない。

 原作小説でモモンガさんがやらかす事、だ。

 

 一緒にゲームを楽しんだ俺だ、モモンガさんがギルド「アインズ・ウール・ゴウン」を大事にしたいと思う気持ちはわかるし、嬉しいのだけど……それでも万単位の人間を殺すのはちょっと引く。

 いや、ちょっとどころじゃなくドン引きだ。

 たしかに俺たちに大事なものがあるのは事実だけど……「あの世界」の住民ひとりひとりにだって、大事なものはあるはずなんだ。

 かけがえのないものを持っている人だっているだろう。

 それらをあんな……あと4巻や7巻も結構ひどいと思うし。

 

 とにかく、俺はモモンガさんがそういう事をしないように……なんとか、モモンガさんが「あの世界」に行くのを阻止しなければ、と思うようになっていた。

 

 たしかにモモンガさんが「あの世界」に行く事で救われた命は有るので、そういった人たちを見殺しにするに等しい行為でもあるのは心が痛むが……「あの世界」に対して異物の存在であるモモンガさんのやった事だ。

 何十万の命より人数が少ない人間の命は軽いのか、と言われると俺に答えは出せないが……それでも、俺のエゴはモモンガさんにあんな事をやってほしくない、と言っている。

 だから俺はモモンガさんが「あの世界」に行くのを阻止したいんだ。

 

 

 そして、今日はユグドラシルのサービス最終日である。

 会社には大事をとって昨日と今日は休みに、というのを半年以上前から頼んでいた。

 ユグドラシルのサービス停止のアナウンスがサービス終了の半年以上前から告知されていて本当に良かった。

 モモンガさんからもメールが来て、最後にまた集まろうと言われていたのもあるが、俺はなんとかして最終日にゲームができる状況にしたかったのに……会社の上司の家族が福引で海外旅行を当てて、海外旅行するからと俺の休みを潰して自分が休みやがった。

 そのせいで、俺は本当は今も仕事してなければいけない時間なのだけど、家から仕事場が近いこともあって、深夜休憩と言って家まで急いで帰ってきて今に至る。

 マジでクソ上司には死んでほしいのだが、今はそんなことすらどうでもいい。

 やらねばならぬことがある。

 

「モモンガさん!」

 

 は、いない。

 俺はゲームのログインポイントをギルドホームの円卓に設定していたので、インしたら即モモンガさんと会えると思っていたが、ここには居なかった。

 円卓の間に置いてあるはずのギルド武器もないので、モモンガさんが持ち出したことは確実か。

 ちっ、遅すぎたか!

 だがまだ間に合うはずだ。

 

 俺は視界の端に映る時計を見て即座に行動を起こす。

 ギルドホーム内を自由に移動できる指輪を装備し、目的地に飛ぶ。

 

 9巻まで、そしてネットの方の小説を読んだ上での事だが、未だに「なぜモモンガさん及びギルドホームがゲームの性能を持って異世界に転移したのか」の理由は判明していない。

 しかし、ログアウトしてしまえば異世界もクソもないはずなんだ。

 だからゲームのサービス終了前に、なんとしてもモモンガさんに自主的にログアウトしてもらいたい。

 

 そう思った俺はワープできるところはワープし、あとは走る。

 モモンガさんの行き先は知っているから。

 

「モモンガさん!」

 

 そして俺はギルド「アインズ・ウール・ゴウン」の最奥、玉座の間へとやってきた。

 凄まじい作り込みの部屋を見て、ゲームのデータだと分かっていても豪華な部屋に圧倒されそうになるが、俺にそんな暇はないのだ。

 

「……オッさん! オッさんじゃないですか!」

 

 想像通りというべきか、モモンガさんは玉座に深く腰掛け、部屋に飾られた俺たちの名前の旗を指差していたところだった。

 そのモモンガさんは俺に気づくと、ゲーム越しであってもわかるくらい弾んだ、嬉しそうな声で俺の名を呼ぶ。

 ちなみに俺のプレイヤーネームは「オッ」である。

 なんでこんな名前にしたのかは自分でも不明だけど。

 

 とにかく、俺はモモンガさんに走って駆け寄る。

 モモンガさんも駆け寄ろうと腰を浮かしかけていたが、近接格闘特化のモンクとして強化している俺のほうが素早さは上だ。

 うっかり一瞬で間合いを詰めてしまった。

 その時に「あっ、サービス終了時にモモンガさんが玉座に座ってなければ異世界にいかないかも」と気づくが、それは不確定要素だ、気にすべきではない。

 

「モモンガさん、すみません! 本当は昨日今日を有給とってずっと入っているつもりだったのに上司のクズが……いやいや、そんな場合じゃない」

「オッさん! 良いんです、ありがとうございます! 最後の最後、一人で終えるものだと思って……本当なら円卓の間で待っているべきなのに……」

「いえいえ、そんな。俺の事なんかは良いんです」

「そんな、でも最後の日に来てくれたというのに……」

 

 俺はともかく「サービス終了前にログアウトしようぜ!」と言いたかった。

 が、社会人ギルドらしくお互いを尊重する俺たちは基本的に日本人独自の譲り合い精神が発動する。

 どちらかが頭を下げれば「いえいえそんな」「いえいえ」「いえいえ」と譲り合ってしまう、あれだ。

 時間があれば何でもないのだが、今は時間がない。

 

「あーっ、ともかく! モモンガさん、申し訳ありませんでした! 最終日なのにこんなギリギリで」

「そんな事はありませんよ。むしろ嬉しいんです。最後の日……さきほどヘロヘロさんが帰られてしまい……本当に孤独なまま終えてしまうのかと、そう思っていたんですから」

 

 元よりガイコツであるし、ゲームではキャラの表情は動かないというのに、それでもモモンガさんが落ち込んでいるのは感じるが……今はそれよりもログアウトなんだ。

 

「まぁまぁ、モモンガさん。とにかくあえて良かったです」

「そうですね! 私も嬉しいです! サービス最後だし玉座に座って終えるか……なんて考えて、今みんなを思い出しながら名前を呼んでいたところだったんですよ。そしてオッさんの名を読み上げたところでやってきてくれて……運命を感じました!」

 

 そうそう、小説だとそんな感じで名前を呼んでたっけ……ってヤベェ。

 時間もう1分を切ってるじゃねえか。

 

「あ、はい。それでですね、ゲームが終わってもまた違うゲームででも……いつかまたユグドラシルみたいに肌に合うゲームが見つかるかもしれませんし」

 

 だからサービス終了の1秒前でいいからログアウトしようぜ! と言おうとしたのだけど。

 

「そうですね。ひょっとしたらまたいつか仲間たちと……あっ、そういえば見てくださいよ。あのアルベド。タブラさんの作ったNPCなんですけどね、設定見たら最後に「実はビッチである。」とか書いてて。引いちゃいましたよ~。ま、そこでついつい私も「モモンガを愛している。」なんて書いちゃうとかやっちゃいましたけど。恥ずかしー! 最終日だから許してくれますかね?」

「そうですね! 最後の日ですから! 許してくれると思いますよ! で、最後の日に運営に切られるのも業腹ですし」

 

 自分でログアウトして断ち切ることで、明日より先へ進みませんか?

 俺は、そう言いたかった。

 しかし、俺のその言葉に横槍が入った。

 

「最後の日ってなんですか!?」

 

 ヒステリックなほど甲高いはずなのに、それでも不快さを感じさせない、それ以上に身を切られるような必死な感情が込められた言葉によって。

 

「え?」

「え?」

 

 見れば、そこには絶世の美女がいた。

 というか今、モモンガさんが話題に出してたNPCのアルベドである。

 小説「オーバーロード」という作品においては設定のフレーバーテキストの書き換えでビッチじゃなくモモンガさんを愛するようになってしまい、処女だからバイコーンに乗れなくなったりと、色々なあれやこれやのあるキャラである。

 そのアルベドが目に涙を溜めて表情を歪めながら俺たち……ていうかモモンガさんを見ている。

 

「あ……アルベド?」

 

 固まってるモモンガさんが、意識的か無意識的にかアルベドの名前を搾り出すように言った途端、アルベドは目に溜めた涙がこぼれるのも構わずにモモンガさんにしがみつくように抱きついた。 

 

「モモンガ様! あぁモモンガ様! 最後って……最後って……まるでモモンガ様まで去るかのような、そんな……嘘だと仰ってください! 最後なんてないと! モモンガさまぁ……っ」

 

 アルベドのまくし立てるようなモモンガコール。

 俺は、半ば呆然としながら視界の斜め上に表示される時計を見て……固まった。

 時計は「00:00:30」を刻み、秒数が1秒に1、増えていっている。

 

「ま、まさか……」

 

 間に合わなかったのか?

 その言葉を否定しようと、俺はコンソールを呼び出そうと操作をするのだけど……できなかった。

 ログアウトどころかコンソールの呼び出しすらが、できなかった。

 

「モモンガ様! ああんモモンガ様ァ!」

 

 視界の端で、叫んだアルベドがモモンガさんを押し倒し「せめてお情けを」なんて言って腰をズリズリ擦り付けたりしてて、モモンガさんが「な、何が……一体これは……」なんて言ってるのを確認した俺は、途方にくれ、一言つぶやいた。

 

「間に合わなかったかぁ」




本文中の「空気汚染のせいで~」云々は作中で「夜空の星が見えない」という事から派生した捏造設定みたいなものです。
そういうのが許せない人には申し訳ありませんでした。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。