「どうやらこの村は大丈夫だったか」
「ええ、間に合ってよかった」
「……だが、原因を取り除かないことには……な」
リ・エスティーゼ王国が最強の戦士、ガゼフ・ストロノーフ。
そして彼の率いる戦士団は現在、エ・ランテル周辺の村々が騎士……おそらく帝国のものたちから襲撃を受けている、という事態に対して動いている。
ガゼフ、そして彼の部下たちは平民出身である。
だからこそ、虐げられる国民の危機とあればいの一番に動くべきだと、それが力を持つものの義務だと、そう思っている。
ただし、リ・エスティーゼ王国で力……権力を持つ貴族たちはそうは思わない。
奴らは自分たちの大好きな「政治的駆け引き」の勝敗こそが大事なのだろう。
いま、他国のものに虐げられ死んでいく王国の民の事すら「駆け引きの道具」としかみなしていない。
今この時、危機に瀕しているのが王国の民だというのに、それを助けることは認められないという。
ガゼフはその力量、忠誠心を王によって認められ王国が所有する秘宝とも呼べる超級の装備品を身につけることが許されている。
だが、貴族たちは言うのだ。
「確かに戦士長殿は王国の秘宝の装備が認められている。だがそれは王国の危機を守るためであって……少数の村人のためではないのでは?」
「ですなぁ……それに、無いとは思っているのですが……あれらの秘宝を持ったまま戦士長が国を裏切り出奔してしまうとも限りません。いや、無いと信じているのですがねぇ?」
「ですなぁ。そもそも……いかに秘宝を装備した戦士長殿が最強の武を誇ろうとも、事故というものがいつ起こるかわかりませぬ。それで死なれて紛失されては困りますなぁ」
などと。
ふざけるな! そう怒鳴ってやりたい。
きさまらこそが王国を裏切ろうとしているのだろう! とも。
だがそんな事をすれば、貴族どもはやれ品位が足りない、あんな者を取り立てるとは王も耄碌したか、そう言い募るのだ。
そんな事になれば、平民のガゼフを見出し取り立ててくれた大恩ある王に対し申し訳がたたない。
しかし、平民出身のガゼフにとっては王国に住まう民の危機を救うために剣を振るうことこそが責務なのだ。
ゆえに民の危機を見過ごせるわけがない。
民を救いたいガゼフ。
民のために秘宝の使用を禁じる貴族ども。
その折衷案が、通常装備での出撃。
優れた戦士であるガゼフの装備は私物であろうとも一級品であり、その装備でも並みの兵士が相手であれば100や200を相手に渡り合うことができる自信はあるが……ガゼフは半ば確信に近い予想をしている。
今、王国の民を襲っている敵とやらは、並の兵という事はないだろう、と。
王国の民を虐げる動き……これは所詮は「釣り」に過ぎまい。
貴族どもの目論見通り、装備を剥ぎ取られた状態で釣り出されたガゼフ。
おそらくはそれを釣るため、敵の必勝の秘策。ガゼフにとっては致死の罠が待ち受けていることは想像に難くない。
だがむざむざと死んでやるつもりもない。
今、目の前の村は無事のようだが違う場所で王国の無辜の民が襲われているかもしれないのだ。
だからこそ、そいつらを倒す。
貴族どもは王の力を削ぐため、武力の象徴であるガゼフを殺し、そうしてガゼフの死の原因を王に擦り付け、王国の所有武力は自分たちが担うと言い出したいのだろう。
そんなくだらない野望のために死んでいい民などいない。
ガゼフは民を救い、貴族どもの目論見も食い破る。
そうする事でくだらぬ権力闘争など無意味、王の力が磐石たるものであると示さねばならない。
で、あれば……目の前の村一つが無事であったことの安堵感よりも、これから待ち受けるであろう死地に対する不安が大きくなる。
自分ひとりならば死んでもいいが部下たちまで巻き込まれることになりかねない。
だが、己に引くという選択肢が存在しない以上、前に進まねばならないのだ。
ガゼフは無事であった村の民に注意喚起をしながらも、これから先に向かう死地についての不安を、闘争心で塗りつぶす。
その気迫が表に出ていたのか、普通の村民は当然とし、ガゼフの部下たちまでもがすくみ上がるのが見えた。
(内心が表に表れるようでは俺もまだまだだな……いいや、貴族どものように本音を嘘で塗りつぶす事など一生できまいよ)
自分の未熟を恥じながらも、むしろ誇りにすべきだと思い直したガゼフは一つの村に長居すべきではない、と部下たちに号令をかける。
「さて、出発するぞ! 俺たちの任務はまだ終わっていないのだからな!」
「はっ!」
村人たちに見送られながら次の村へ。
そう思ったガゼフたちだが、その足は止まる。
目の前に、黒い平面。
厚みが存在せず、なのに底が見えない黒い孔としか言いようのないものが現れたからだ。
「なっ! これ」
これは一体何だ! そう続けるはずの言葉はそこで途切れた。
黒い孔の向こうから、ガゼフ達の鼻先とも言える距離に現れた存在の登場によって。