42人目の至高   作:マッキンリー颪

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やたらと長い事お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。


番外・12

「今日、組合から私たちへ指名依頼が出たんだけど……」

 

 リ・エステーゼ王国が誇るアダマンタイト級冒険者の2枚看板の内の一つ、蒼の薔薇のリーダーであるラキュースは彼女にしては珍しく、歯切れの悪い切り出しから会話を始めた。

 時間は夕方、場所は彼女たちが冒険者チームとしての拠点にしている王国の中でも有数の高級宿の1階。

 各自、適当に軽いものを摘みながら次の冒険、仕事の打ち合わせと言うところなのだが。

 

 普段であればラキュースはチームのリーダーらしく毅然と振るまい、このような曖昧な態度は取らない。

 危険な冒険、あるいは後暗い人に言えない仕事をする時でさえ、リーダーとして自信を持って仲間を率いるものなのだが。

 そんな彼女が、珍しく言い淀む案件があるのだという。

 

「なんだよ指名依頼って。どっかで危険なモンスターでも出たのか? それこそ国堕としとかよ。なぁイビルアイ」

「ふん。出る出ないは知らんが、人間の国単位の脅威になるモンスターの存在は案外、珍しくないかもしれないぞ? 表立っていないだけでな。だがそんなものが出てきたのならこうやって呑気に話し合う前にすでに我々の耳に入ってきそうなものだが」

 

 珍しく口が重いラキュースに対し、いつもと変わらぬのは蒼の薔薇のメンバーであるガガーランとイビルアイ。

 ふたりの会話も、ただ言葉だけを聞けば何でもない軽口の応酬だが、蒼の薔薇のメンバーであり、イビルアイの「正体」を知る仲間同士であれば、かなり危険な会話でもある。

 それをこんな、他人の耳に入りかねない場所で、確実にそうだと言い切れないような場所で口に出したのは。

 

 ガガーランもイビルアイも、危険な橋の一つや二つ、いくらでも渡ってやるという言外に意味を含ませたメッセージ。

 ラキュースは二人の言葉をそう受け取った。

 

 そう思えば、決心もつくというもの。

 

「ふふっ、そうね。でももし危険なモンスターが動き出したって言っても、まず情報規制とかがされるでしょうし一般にそのモンスターの情報が広まる前にかなりの被害は出てると思うわよ? その現場がこの王都だったら人の耳に入った時にはもう遅い……なんてこともあるかもね」

 

 だから、まずは軽くふたりの軽口に付き合いつつも話を一旦区切る。

 そして本題に。

 

「ただ私に出された依頼は対モンスターじゃなく対人ね」

「て事は、後暗い仕事か?」

 

 蒼の薔薇のリーダーであるラキュースは、冒険者であると同時に王国の貴族でもある。

 そんな彼女は時に「国のため」という理由があっての事でも非公式な仕事を請け負うことがある。

 なんの変哲もない農村を装い行われる麻薬の栽培に対する襲撃など、相手が犯罪者であろうとも襲撃する自分たちもまた犯罪行為を行っていると言われてしまう仕事。

 

 そういった仕事には名声や栄誉といった冒険者の望む物はない。

 そんな仕事でも付き合ってくれる仲間には感謝の気持ちしかないが、今度の仕事はそれではない。

 ラキュースは顔には出さず気持ちだけ引き締め首を振る。

 

「いいえ、組合を通して、と言ったように……一応は真っ当な仕事になるわ」

 

 そこで本題に入る前に、ちらりとチームメンバーのティアとティナを見る。

 二人の諜報能力を見込んで、すでにその仕事の詳細に関する情報収集は頼んでいるが、その成果をまだ聴いていない。だが、ラキュースはすでにその仕事を「請け負う」と決めた以上、詳細を先に聞いても後に聞いても大した違いはないだろうと、二人からの報告を聞く前に自分の言うべきことを言うために、二人の発言を手で制した。

 

「私が今日の午前にギルドから聞いた話によるとね。帝国出身の商人という男がこの国のサービス業に付いている女性を拉致、さらに仕事先の従業員に暴行を加えたそうね。で、その男を取り締まるためにその男の滞在先である屋敷に向かったこの国の貴族がひとり、ひどい暴行を受け夜明け頃に亡くなったらしいの。貴族の男は護衛を連れていたのにも関わらずそのような目にあったことから、貴族であると同時に冒険者でもある私にこの依頼が回ってきた……と、言うこと」

 

 ラキュースは組合から出された依頼内容の具体的な部分だけを口にしたが、実際に組合で聞いた話ではその帝国出身の男……ズーキに対する悪意と侮蔑を込めたコメントや、そのズーキを取り締まりに行った貴族がいかに民のことを重んじる優良な貴族であるかなどの美辞麗句もあったのだが、それは口にしない。

 ズーキの方は不明だが、貴族の方に関しては仮にもこの国の貴族であるラキュースが全く知らないなんてことは少ない。少なくとも彼女の知る限りにおいてはそんな大した人物でないということだけは確かな男だったとだけ覚えておけばいいことだ。

 

 とりあえず言い切ったラキュースに対し、今初めてその話を聞いたガガーランとイビルアイも

 

「へえ、そりゃまた剛毅な奴だなぁ」

「拉致だとか暴行というのは穏やかな話ではないが……まぁ相手がこの国の貴族だというのなら、実際には帝国の商人とやらが不当な扱いを受けた人間を保護し、その際に発生した諍いをこの国の貴族が犯罪だと騒いでいるといったところか」

 

 と、表向きの話の内容から、すでにある程度の裏に近い答えに至っている。

 ラキュース個人の考えとしても、イビルアイの発言がほぼそのままの正解だと思っている。

 思っているが、それは置いておく。

 

「その辺の裏は置いといて、組合から受けた依頼はその男と男の屋敷にいる人員の捕縛、無力化ね。その男の屋敷にある物は証拠品として手を付けないでおくように……だそうよ」

 

 通常であれば、犯罪者を取り締まった時などはその犯罪者の持ち物は、よほど危険なものでない限りは倒した冒険者の物になる。

 盗賊などと同じ扱いだ。

 しかし今回の話はそうではないという。組合の職員もその理由に対する言及を避けようとしながらも、その一線は譲れないものとしていた。

 が、少しばかしラキュースなりの情報収集をすればその理由もすぐに納得がいった。

 

 ズーキなる人物がこの国に来ていくつか卸した商品、マジックアイテムなどが凄まじい高価なもので、秘めた効果がなくとも芸術品としても超一級品のものばかり。

 さらに常に連れ歩いている妻の女性も話に聞く限り見たものがそれに並ぶ者がいないほどの美貌の美女だという話だ。

 その上に屋敷を出入りしているメイドの誰も彼もが妻の女性には届かないにしても、一人一人が信じられないほどの美人なのだとか。

 

 そんな男の滞在する館となれば、まだ人に見せていない財宝がどれほど眠っているのか? それらの価値は?

 考えただけで涎が出るような話であろう。

 もしアイテムがなかったとしても犯罪者として捕まえた女性をどう扱うか、などいくらでも薄汚い方向に話を持っていけるのだろうし。

 

 おそらくその職員と、せいぜいその上司を含めた数人程度とは思うが、冒険者ギルド内部にもこの国の貴族の腐敗が伝染(うつ)りつつあるのかと、そう思うと気が重くなるがそういった連中の処分は後回しでいいだろう、と思っている。

 今重要なのは、依頼に出されている相手の方だからだ。

 

「おいおい……正当な報酬やら仕事の記録が残せるって言っても、逆に汚ぇ仕事に分類されそうじゃねえか?」

 

 冒険者として百戦錬磨のガガーランはラキュースが多くを語るまでもなく、この仕事が「法的に問題のない仕事」であれど「内実が綺麗なものではない」というのを察してくれている。

 

「多分、そうなるわね。まぁ組合内部の腐敗に関しては後で締め付ければいいとして。問題は仕事の方よ」

「ふむ。指名されたからと言って受ける義理なんてなさそうに思うんだが……受けるのか?」

 

 質問はするがそれほど興味なさそうな態度のイビルアイ。

 実質無関係な相手に対しては無関心であるのだろうが、それでも好き好んで汚れ仕事をやりたい訳でもないのだから、頭から否定的でないだけありがたいと思うべきだろう。

 

「ええ、受けるわ。ま、受けたからってその依頼を成功させる事ができるかどうかは、私たちの努力次第だけどね」

「あん? そりゃどういう……あぁ、そういう事か」

「なるほど。物は言いよう、という訳だな」

 

 ラキュースの発言。

 それは組合からの依頼を受けても組合の指示には従わず、相手側の男にこの国から出ることを進める、必要ならば国をでるための援助もするという事を匂わせた内容だ。

 依頼の失敗により蒼の薔薇の経歴に多少の()()は付くかもしれないが、あくどい人間に加担して成功を収めるよりは遥かにマシである。

 

「やれやれ、赤字前提で仕事を請ける気か?」

 

 人情的というよりも、ただ甘い、甘すぎるとしか言いようのないラキュースに対して呆れた口調で返すイビルアイだが、しかし声音の中に不快な感情は見えない。

 もともと蒼の薔薇レベルのチームなら1度2度赤字が出たところで生活が貧窮するほどの財布事情ではないから、というのもあるが、やはりそれ以上に積極的に薄汚い側に加担しないに越したことはないし、チームリーダーとして甘いとしか言いようのない答えでも、それを承知で同じチームの冒険者をやっているのだから否やは無いものだ。

 

「そうね、確かに組合からの依頼失敗によるペナルティで赤字でしょうけど……まぁ下心だってあるわよ? その商人の所持するマジックアイテムはかなりの値打ちものだって話だしね。この仕事で仲良くなれたら良いアイテムが手に入るかも知れないじゃない」

 

 軽口の一つとして口に出したことだが、ラキュース本人としてもそれを宛にしていないわけではない。

 冒険者の頂点のアダマンタイトチームであれば装備品だけでなく、消耗品に至るまで一級品を身につけているが、だからといって現状に満足していては先は見られない。

 得られるのならいつでもより良い物を手に入れたい、そう思うのは冒険者としてなんの不思議もないことである。

 

「つってもお前の事だから恩義を傘に着せて不当な格安価格で貰おうだなんて考えてねーんだろ? 別にいいけどよ」

 

 ガガーランも口では多少の愚痴を言いながらも、ラキュースの「甘さ」に乗っかる事に賛成のようだ。むしろ、漢気(女だけど)に溢れるガガーランならきっとラキュースが言わなければ自分から言っていたことだろうな、ラキュースはそう思った。

 

「二人とも、ありがとう。……でも、私はともかくとしてチーム全体の意見を決める前に、ティアとティナの意見も頂戴ね。二人には朝から情報収集を頼むことになったけど……できればそれも考慮した上での意見を聞きたいわ」

 

 大体の意見がまとまりつつあったこのタイミングだが、ここでラキュースは今まで沈黙を保っていた双子に水を向ける。

 

 元、暗殺者でもあるティアとティナは今ではラキュースにとって、そして蒼の薔薇というチームにとってもなくてはならない存在だけど、それでも昔の職業柄もあってか、基本的に後暗い汚れ仕事に対する忌避感がない。

 ラキュースが時々請ける個人的な「後暗い仕事」にも嫌な顔をせずに付いて来てくれる仲間だが、それでも善悪のモラルが全く無いわけでもないので、悪行と善行、どっちを優先するかといえば聞くまでもないこと……の、ように思っていたこともあって、二つ返事か、軽い文句の一つを言いながらでも賛成してくれると思っていただけに、二人からの返事には驚きを覚えることになる。

 

「この依頼はパスした方がいいと思う」

「きっと関わらない方がいい」

 

 そんな否定の意見が出てきたからだ。

 

「あーん?」

 

 と、気色ばむガガーランだが、これでも長い付き合いである。

 二人がなんの考えなしだとか、組合に睨まれたくない保身だとか、そういう発言でないことはわかる。

 ならばそれ以外の理由によるものが二人の意見を決定づけたのだろうが……一体どういう理由によるものか。

 

「ズーキ……って商人やその周りのいざこざを調べるよう頼まれたのは今日の朝だけど、それ以前から結構目立ってたこともあって聞くつもりはなくてもある程度は知ってたんだけど」

「へえ、そうなのか。そんな目立つやつって割には俺は名前も知らなかったが」

「……ガガーランは名前を知らなくても直接相手を見たことあると思う」

「まじで?」

 

 その理由をまさしく口にしようとしたとき、調べるべき相手のことを実は調べる前からある程度は知っていたという双子。

 そんな双子に多少の驚きを口にするガガーランに対し、逆に呆れたような表情になりながら二人は言う。

 

「少し前に街ですごい美人を見たって言ってたでしょ」

「あー、道端で偶然すれ違った……って事はその隣の男が噂の商人か? あー……でも男の方は全然顔を覚えてねーや。美人の方のインパクトがでかすぎて」

 

 ガガーランとの会話を聞き、ラキュースもそういえば、と思い出した。

 何日か前にえらい美人とすれ違ったという話。

 たしかその時の話としては

 

「ラナーより美人かも、って話だっけ」

「容姿の善し悪しに個人の趣味があるのは知ってっけどな。それでも、ひとつランクが違うってくらいの美人だったよ。ただ男の方はマジで覚えてねーんだよなぁ。容姿で釣り合ってなかったのもあるけどオーラっての? そういうのも感じなくてマジで一般人って感じだったから」

 

 そのような話をしていたのを覚えている。

 この国の黄金と称される姫よりも上の美人……そういうものがラキュースには想像がつかないものだが、ガガーランの言うことだけにまるで根拠のない嘘とも思えない。

 だけど、今は容姿のことよりも。

 

「まぁ相手……というか、その妻がすごい美人なのはわかったけど、たったそれだけが理由であなたたち二人が「ある程度」なんて言うほど注目してたわけじゃないんでしょ?」

「うん」

 

 そして双子は「帝国の商人、ズーキ」なる人物についての情報を開示する。

 

「商人として動いてるって割には、とくにコネ、後ろ盾なんて物はないし、王国での商売も本気が見られない」

「だけど彼の卸す商品の資産的な価値はすごい。殆どの店で不当な値段で安く買い叩かれているのに、それを知らないわけでもないだろうに全然構わないような態度でもある」

「屋敷を出入りしてる美人のメイド、っていうのもその容姿だけですごい価値があるレベルの美人みたい。人拐いなんかもある程度のリスクを背負ってでも手に入れようとして頑張ってた」

「でも動いた人間は全滅、死体すら帰ってこなかったんだって」

「で、件の事件……サービス業の従業員拉致がどうとかって話だけど」

 

 双子はここで一旦言葉を溜める。

 さらりと流されている今の会話だけでもかなり驚くような内容でもある。

 しかし、この程度の話は序章であり本題はここからだ、とでも言うように。

 

「この国の裏組織……八本指の系列の非合法スレスレ、というか法的に問題がないように取り繕ってる性奴隷の使用場みたいな場所だったらしい」

「そんな場所から、ズーキ氏の執事の男性が、使用済みで捨てられてボロ雑巾以下になった女性を拾って助けたんだって」

「その際に難癖をつける下っ端の男に執事の男性は低くない金額を渡して女性の身柄を買い取り館に匿った」

「で、お金の有り余った馬鹿な金持ちがいるのなら……とでも思ったのか、八本指の息のかかった貴族を使って取立てに行ったというのが、依頼の真相」

 

 ここで再び話が切られた。

 ラキュースにとっても予想を超えた大事件だったようだ、とは思う。

 しかしだ。

 

「なるほど……八本指ね。確かに表立って敵に回すのは骨が折れる相手だけど……それだけで、あなた達が手を引けって言うとも思えないわね」

 

 八本指。それはこの王国の裏を牛耳るこの国最大の犯罪組織。

 貴族や平民に関わらず、かなり深い部分にまでその爪を喰い込ませている組織ではある。

 だが、ラキュース達蒼の薔薇はすでに水面下で何度かやり合っている。

 お互いを決定的に対立させるような戦いでこそないが、それでも敵対関係同士であると認識されるくらいには。

 

 この国の王女であるラナーからの依頼を通じ、何度も彼らの麻薬製造拠点となる村を焼き払うなど、表立って言えない仕事をしているのだから。

 

 確かに八本指に対し喧嘩を売ったことになるズーキ氏を捕らえる仕事、これをやらないというのは八本指に対し敵対しているとも言える行為になるが……いや、違う。

 

「いえ、違うわね。あなた達が言ったのはそもそもの前提で「この依頼をパスした方がいい」というものだったっけ」

「そう。仕事をするフリをして手助け、とか以前に私達はこの仕事そのものと関わらないほうがいいと思っている」

 

 その理由は? と続きを促すラキュース。

 

「彼の屋敷に乗り込んで暴行を受けた貴族はどうでも良いとして、その護衛に付けられていたのは六腕の一人、幻魔サキュロント」

「!?」

 

 この言葉で場の空気が変わる。

 今までも気を抜いていたつもりはない、しかしそれでも気が引き締まったと感じるのは……それ程の緊張を覚えるからだ。

 六腕……複数の犯罪組織の集合体である八本指、その中でも最強の武力集団と言われ、一人一人がアダマンタイト級冒険者に匹敵すると噂されている絶対強者。

 その一人が……帰ってこなかった?

 つまり、かのズーキ氏本人か、それともその館の中に囲っている強者もまたアダマンタイト級冒険者に匹敵する……いや、それ以上の強者ということか。

 

「ボロボロにされた貴族は館から吐き出さられるように放り出されたけど、サキュロントは帰ってこなかった。おそらく死んでいる」

「まじか。噂がハッタリでもなきゃ、六腕の連中、一人一人がアダマンタイト級冒険者に匹敵するって話だぜ?」

「そうね……戦い方や相性なんかもあるんでしょうけど、出たとこ勝負の一回限りの戦いで倒すとなれば、殺す側にも最低でもそうおうの実力者……まぁ誰も見てないのなら一対一とは限らないけど、かなりの戦力はあるって思っ良さそうだわ」

「ふむ。ズーキとやらも相当な曲者だというのはわかった。しかし逆に分からんな。そんな事をした奴を放っておけば六腕とやら残り5人の面子も潰れるんじゃないか?」

「あっ」

 

 アダマンタイト級冒険者に匹敵する強者の死、その衝撃に多少なりとも気を取られたラキュースとガガーランだが、イビルアイの冷静なコメントにハッとする。

 確かに、イビルアイの言う事は尤もだ。

 ティアとティナの報告を聞けば確かにズーキに軽々しく接触するのは危険かもしれないが、そもそもそのズーキの矢面に立たせようとする動きがあるのがおかしい。

 いや、普通の政治的な闘争劇であれば、自分の敵対派閥に何らかの理由をつけて危険の矢面に立たせるのは珍しい話ではない。むしろ最初の一手だ。

 

 しかし、相手は犯罪組織の八本指。

 所詮は暴力を生業にするような連中となれば、直接的な暴力を相手に被害を受けてその相手を倒さずに他人を矢面に立たせるのは「らしくない」行いに思える。

 ましてや六腕はアダマンタイト級冒険者に匹敵するとうそぶく連中だ。

 ならば自分たちの腕っ節には相当な自信を持っているはずで、その仲間である一人が倒されれば、仇討ちは他人に取らせずに自分たちが……それも圧倒的で凄惨な方法でもって下手人を殺し、最低限の矜持を満たしつつ自分たちの実力をアピールしようとするはず。

 

 なのに、なぜズーキ氏に対する捕縛、無力化の依頼がラキュース達蒼の薔薇に来るのか?

 

「当然。六腕の残り5人も相当怒っていたみたい」

「サキュロントを殺られ、彼ら警備部門と呼ばれる部所の主だった面々はすぐさま報復活動に動いた」

 

 その疑問に淡々と答える双子。

 今聴いている話。

 そして、最初の前提としてラキュースに依頼の話が持ち上がったという答え。

 そこから逆算される式に思い至る事は簡単だが……常識で考えて、それはありえると思えないために、小さくない混乱がラキュースたちを襲う。

 

 しかし答え合わせはいたってシンプルで。

 

「六腕の5人はズーキ氏に対する報復として屋敷に襲撃をかけた。しかし、誰も帰ってこなかった」

「というか、ズーキ氏たちが逃げ出さないように、そして騒ぎを聞きつけて邪魔が入ってこないようにと集められていたはずの警備部門の連中の誰ひとりとして、死体すら発見されていない」

「っ!」

 

 そのシンプルすぎる事実にラキュースもガガーランも息が詰まる。

 個人の戦闘力とう点でほかのチームメンバーを圧倒しているイビルアイですら驚きの感情を感じさせるのだが、それも当然だ。

 

「アダマンタイト級冒険者に匹敵する人間を5人……さらに、屋敷の周囲を囲んでいた警備部門の……おそらく組織内ではそれなりに腕の立つ戦闘員も含めて……」

「たぶん、皆殺し。死体が発見されていないのも気になる」

「彼の館はけして小さいものではないけど、そんな大人数の死体を収容しながらまともな生活が送れるとは思えない」

 

 もし、これが敵を返り討ちにした。

 それだけの話であったなら、恐ろしい話ではあるがズーキ氏がたまたま、偶然、神話の英雄級の実力者でした。それで済む話だ。

 冒険者や騎士でもない、商人という身でありながら人間を超えた超越者に尊敬に近い感情の(おそれ)を覚えることだろう。

 だけど、死体がひとつも出ていない……それも数人規模などという小さな話ではなく、数十人規模であるというのであれば……覚えるのは「畏」ではなく「恐怖」という不気味な感情である。

 

「ズーキ、氏は……人間じゃ、ない?」

「わからない」

「少なくとも、私たちが短い時間で調べた限りでは帝国にも彼の活動の痕跡は見つからなかった。彼の語る自己紹介の内容は真実ではないと思うし、それを知られることを特に問題視していないのは確か」

 

 双子の言葉を最後に長い沈黙が訪れる。

 各々、思う所はあるのだろう。

 

 ラキュースにしても、冒険者組合からだれた指名依頼に対し、自分で納得の行かない仕事であれば多少は利益度外視しても、納得いく着地点を目指して請け負うつもりであった。

 しかし、その相手が自分たちの予想を超えた存在となれば?

 一体どう動くべきなのか。

 正解はわからない。

 だけど。

 

「ふー」

 

 自分たちの使うテーブルに訪れた重たい沈黙。

 それを打ち破るのはチームのリーダーである自分の仕事だろう。

 ラキュースはそう決意し、沈黙を打ち破った。

 

「二人からの報告は正直……予想外どころか予想以上……なんてレベルじゃなかったわね。そもそも関わり、接点を持とうとしないというのが一番賢いスタンスだとは思うわ」

 

 しかし、しかしだ。

 

「予定に変更は無し……まぁ、内容っていうか、行動方針はだいぶ変わりと思うけどね」

 

 今更意見を違えようとは思わなかった。

 いいや、むしろティアとティナの話を聞いてしまったからこそ余計に、と言うべきか。

 

 何も知らない時であれば、おそらく善良な……少なくともこの国の腐敗した貴族や犯罪組織の者たちと違い、いたずらに虐げられる人間に手を差し伸べることのできる人を救うため、という名目で接触する予定だった。

 

 しかし今は違う。

 実力は高い……ズーキ氏本人か、彼の配下かは知らないが、彼の抱える戦力はイビルアイを抜かした蒼の薔薇のメンバーより高いだろうし、ひょっとしたらイビルアイにすら届く実力を持っているかもしれない。

 そして、その実力の持ち主は人間ですらない可能性すらある。

 不気味で恐ろしいと思い、そんな者と接触を持とうとするのは愚か者のやる事であると思う反面……この王国の民の安寧を守る貴族であり、人々の生活から驚異を取り除く冒険者でもある自分は、なんとしてもその正体を知らねばならないという使命感。

 

 さらにもう一つ。

 貴族としてなのか、冒険者としてなのか、ひょっとしたらそれ以前の人間として、生物としての勘なのか。

 ズーキなる人物の見極め、それは早い内にしておかなければ取り返しの付かないことになるのではないか? そういう思いがある。

 だから。

 

「アダマンタイト級冒険者に匹敵するという六腕、さらにその他大勢の戦闘員もまとめて殺す戦力。それだけの事をしておきながら死体が出ないという不可解さ。そんな存在が王国の中にいるというのに、知らないまま放っておく、っていうのは出来兼ねる事。だから私は、ズーキ氏と接触を持つつもりよ」

 

 ラキュースはそう言い切った。

 

「まじでやるのか?」

「ええ、まじよ」

「まじか……多分だけど、うちら蒼の薔薇に指名依頼を出させたのは、八本指の戦闘力の主力の六腕が死んだから、この国の冒険者側の戦力も削ぎたいっつー八本指側の狙いもあっての指名依頼だと思うぜ?」

 

 ラキュースの意思が硬そうなのを見たガガーランは、それでも忠告はする。

 この指名依頼を出した相手の狙いは依頼失敗による死であると。

 

「狙いはそうなんでしょうね。でもどっちにしろ相手の願い通りに私たちが動く義理はないんじゃない?」

 

 だけどその程度ではラキュースは意見を翻さない。

 

「正直な話、六腕とやらの5人を一人も逃がさずに殲滅する……これは相当に難しいことだと思うぞ。場合によっては私を上回る個を敵に回す事になりかねん。それでもやるのか?」

「やるわ。たしかに、敵に回す可能性もあるけれど……そもそも私は「彼を敵に回さないために」やるつもりよ」

 

 味方にしたい、とまで望むのは贅沢であろうが、この国に来て歩き回って、それでも積極的に自分から人に害をなさないというのなら会話は可能であり、友好関係とまでは行かなくとも敵対する前に話を聞いてもらえる関係、そのくらいでも確保しておかないと後々に危険を産みかねないのだ。

 ならばここはリスクを背負ってでも前に進むべきだろう。

 彼女はそう信じている。

 

「正体を隠す存在は、正体を知られるのを嫌うと思う」

「安易な接触は虎の尾を踏む事態になりかねないよ」

「でしょうね。ぶっちゃけると私達は相手の実力の上限は当然として、何に怒り何を求めているのかすら知らない状態だから本当に危険だと思う……けど、最大限の礼を持って当たれば話は聞いてくれると思うの。女の勘だけど」

 

 冒険者をやっていれば、考えもしなかったアクシデントに見舞われることはよくあること。

 想定していた以上の強さを持つモンスター、依頼で提示されていたものよりも規模の大きい群れ、不意を付かれたようなタイミングによる遭遇戦。

 どんな依頼でも結局のところは「危険かも知れない」という可能性は付きまとうもの。

 それでもその依頼をやると決めるとき、危機に(ひん)した時の身の振り方。

 そういった物を選択するときの最後の基準は究極的に言ってしまえばたった一つ、勘によるものとしか言えないのだ。

 

 だからラキュースはその勘に従って自分の行動に運命を託す覚悟を決めた。

 とはいえ……

 

「まぁ、私の勘なんかに皆を巻き込めないから……ひとまず、彼に接触するのは私一人でやるわ。私が彼の館に赴いてひと晩帰ってこなかった場合は」

 

 依頼は失敗したものとして組合に報告しておいて。

 そう、続けるはずの言葉。

 しかしラキュースはその言葉を言い切れなかった。

 途中で口を挟まれて。

 

「なーに一人で背負い込もうとしてんだよ! 俺も行くってなぁさっき言ったぜ?」

「同感だ。仮に危機的状況になったとしても人数が多ければ逃げれる可能性もある」

 

 ガガーランとイビルアイは、ラキュースの勘に絶大の信頼を持って……と、そんな訳もないだろうに、確実に存在する強者の口の中に一緒に飛び込む、と言ってくれる。

 

「オーケー鬼ボス。いつも以上の無茶になりそうだけど、そうなると思ってたよ」

「いいの?」

「私達はやらない方がいいと言ったけど、あくまで提案だからね。鬼リーダーの方針が決定したのなら、ちょっとでも成功率、生存率を上げる為の努力はする」

「……そう」

 

 最大限の礼を持って対応すれば悪い結果にはならない。

 ラキュースの勘はそう言っている、とは言ったが実際のところ、それが勘なのか単なる願い、妄想の類なのか。正直自分でも区別はつかない。

 

 だからそんな不確定なものに仲間を巻き込みたくないと思っていたというのに、更に言えば、そんな事はみんな既にわかっていそうなものなのに。

 だというのに自分についてきてくれるという仲間たち。

 

 そんな仲間たちの存在を嬉しく思い、頼もしく思う。

 そして、かけがえの無い存在だと確信する。

 

 だからこそ、そんな仲間を失わないためにここで一歩を引いて安全策……なんて事はできない。

 命を賭けるのが自分ひとりであったとしても、やる事に変わりはないのだろうけど、それでもラキュースはより一層に気を引き締めた。

 

「それじゃあ……この指名依頼、依頼としての失敗を前提とするけど、全力を持って当たるわよ」

「おう! んじゃ早速……」

 

 ばちん! と景気よく手のひらに拳を打ち付け気合を入れるガガーラン。

 それに対するは

 

「アポイントを取らないとね。相手が「自称」商人だとしても今日会いたいですって言って今日会えるわけでもないでしょうし」

 

 アッサリしたラキュースの物言い。

 

「は、あぁ? そ、そうなんのか?」

 

 その言葉に出鼻をくじかれたように前のめりにつんのめるガガーラン。

 そんな彼女に続けてかけられるのは

 

「当たり前だろうが。お前は筋肉で物を考えるかもしれんが人間は頭でモノを考えているんだ。わずらわしくともそういう建前というのは必要だろうよ」

「相手にも都合があるだろうからその程度は考えるべき」

「しかもとんでもない強者だって言うんだから不機嫌にさせないようにしないと。さっきリーダーが最大限の礼を尽くしてって言ってた言葉は聞こえなかった?」

「お、お前らなぁ」

 

 これから行うのは、ひょっとしたら今までのどんな冒険よりも危険な命懸けの大仕事。

 だというのに、いつもと同じような態度のチームメンバーを見て、ラキュースは真実、肩の力を抜きリラックスできた。

 

 これから今までにない危険な戦いが待ってるかもしれないのに、本当に頼もしい仲間たちだ。

 ラキュースは頼もしい仲間たちの姿に、今回の仕事もきっと上手くいくと確信を持つのだった。

 

「まったく、これだから筋肉バカは。脳みそにも栄養を回そうと思わんのか」

「イビルアイ、それは無駄なことだと思う。だって脳みその代わりに筋肉が入ってるから」

「頭に栄養を回してるつもりでも筋肉にしか回らない結果になるね」

「おっ、お前らなぁ……このっ……ばーか! ばーか! 俺のさっきのはわざとだよ! 騙されたほうがバカなんだよ! ばーか!」

「いやどう考えてもわざとじゃなかっただろ」

「騙されたほうがバカと言うけどガガーランの今の嘘じゃ誰も騙せなかった」

「つまり騙せないガガーランはもっともっとバカ?」

「う、うるせえ!」

 

 だけど彼女たちを長く見ていると、ほんのちょっぴり不安も感じてしまうのはどういう事かしら? などとも思うラキューすであった。




 長いことお待たせしてしまい、本当に申し訳ありませんでした。
 何が申し訳ないって、主人公が出てこないのは良いとしてモモンガさんの出番がなくて本当に申し訳ありません。



 察しのいいガガーランとイビルアイ。
 組合の人からの依頼内容を聞いただけである程度の事情を察するのはちょっと察し良すぎるかなー、とも思ったけどこの作品で真面目にIQが低いのは主人公くらいですし、まぁこの程度は主要キャラの全員ができる深読みということでひとつ。

 冒険者組合の内部の腐敗。
 原作を見る限り、オバロ世界の冒険者組合ってすごく真っ当で英雄モモンと知り合いのエンリに対するフォローなどから受付嬢をきつく叱って云々の小ワザこそ使えど、腐敗などは無さそうな組織には見えましたが、まぁ八本指は貴族にも深く干渉できる組織なわけだし組合の上の方は無理でも下の方の一部くらいなら抱き込んでてもいいかなー、と思ってこんな形にしてしまいました。
 そんなことないよ、完全クリーンな組織だよ、と言われたら泣くかもしれません。

 失敗した時のペナルティ。
 実際の所どうなんでしょうね。
 指名依頼の失敗って言ってもそれほどペナルティ自体はなさそうですが、どちらかというと報酬がないことや周りからの評判が落ちる、ってのがペナルティになりそうな気はします。

 ラナー王女より美人なアルベド。
 作中の地の文でプレアデスの容姿がラナーと同じくらい、そしてシャルティアやアルベドはそれ以上、と言われてたような気がします。
 でも普通は容姿なんてそれこそ個人の好みもありそうな気が……ひょっとしたらユグドラシルの存在は隠しステータスで「容姿の数値」とかがあってそれを基準に考えられてるんでしょうかね。
 あるいはNPC的に「レベルが高いと美形に見える」のかも。
 原作でシャルティアがアインズの事を「超美形」とも言ってますし、レベル100の美形度はすごい……なんて。
 まぁ大した問題ではなさそうですけど。

 不当な値段で安く買い叩かれてる。
 やっぱり安く買い叩かれてました。モモンガさんどこまで気付いているのか……

 メイドを襲う人さらい。
 報告連絡相談はちゃんとしようぜ! とモモンガさんは口を酸っぱくしていってますが、プレアデスにとってその程度の出来事は「日常の報告」の範疇に入らなかったようです。
 まぁエントマは「間食しました、そこそこお腹いっぱいです」とか書いてると思われますが。
 ソリュシャンは報告するほど美味しくなかったので報告してないでしょう。


 人間じゃないと気付かれた?
 ズーラーノーンの人たちだって死体はゾンビにして人目につかなくするしちょっと短絡的すぎますかね。



 いや本当に長いこと更新停止してすみません。
 重ねてお詫び申し上げます。
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