「あれ? どうしたの本も読まずに」
ナザリック地下大墳墓は現在、原因こそ不明だが謎の世界へ転移を果たし、未知の事態に備えた警戒態勢が取られている。
それゆえに全NPCが一定の緊張状態を保っているが、それでも種族的ペナルティにより食事が必要な存在などは、定期的な食事をとるために食堂に集まるのだが、その中でのこと。
41人いる一般メイドの一人であるインクリメント、が趣味である読書もせず、かと言って食事に手をつけているわけでもなく、テーブルについて項垂れているのを見れば、同じメイド仲間であれば声をかけるのも当然であろう。
一般メイド仲間であるシクススの声に反応したインクリメントは、油の刺さっていない機械のような、ギギギと音が鳴りそうな動きで声のかかってきた方向に目を向ける。
その表情を見たら、シクススだけでなく周りのものたちもまた一様に驚く。
まるでこの世の終わりのような絶望の表情を見せられたのだから。
「ど……どう、したのか……聞いて良い?」
声をかけた責任、もあるのだろうがシクススはインクリメントに対し、その表情の原因を問う。
心情的には関わると恐ろしいことがありそうな予感を覚えるのだが、ナザリック地下大墳墓で働くメイドとして、同じ一般メイドが絶望を感じているのならその原因は知っておかねばならない、という使命感が上回り、シクススの背を押す。
なにか重大な厄介事がこのナザリックの内部で発生するのならば、それに備え、そして周りに伝えることこそがメイドとしての義務なのだから。
しかし、シクススの質問の声に対し、同じ疑問を持ったのか耳を傾けるメイドがいる中で、一部では目をそらすメイドもいる。
と言っても目をそらしているメイド達の顔には悪感情ではなく、むしろ同情に近い感情が浮かんでいるのだが。
一体何ごとか? とシクススと仲良し3人組であるフォアイルやリュミエールも訝しむが、その疑問の答えはすぐに、とうのインクリメントから返ってきた。
「私、失態してしまった。どうすれば良いかわからない」
言ってすぐに、再び沈み込むインクリメント。
それだけでは何の事かわからない、だからこそ再び聞いたのだが、その内容を聞いたとき、その言葉が届いたメイド達は皆、インクリメントの落ち込んでいる理由に納得が言った。
同時に、おそらく既に事情を知っていたのであろうメイドが同情の表情をしていた理由も理解できてしまう。
ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」のメンバー、至高の42人のメンバーであるオッ。
このナザリック、そして至高の42人のまとめ役でもあるモモンガを救うために帰還してくれた彼の方に対し粗相をしてしまったという。
しかしそれは失態といいきることができるとも思えないものであった。
モモンガが円卓の間でオッを待っている、その事を伝えたインクリメントはその場で「通常業務への復帰」を言い渡された。
しかし、至高の一人であるオッに伴も付けずに歩かせるわけに行く訳もなく、そして通常業務とは与えられた命令をこなすことでもある、という理由を持って、自室から円卓の間まで歩いて移動したオッに付き従って歩いてしまったのだ。
果たしてそれを失態と言えるだろうか。
一般メイド全41人に戦闘メイドであるプレアデス……いいや、ナザリックに存在する全ての者は同じ状況であれば、同じ行動をとっていたと断言していいだろう。
それでも、その行動をオッ本人に必要無いと言われてしまったのだから。
もしこの行動が原因で不快感を与えてしまい、再びオッに去られてしまえば一体どうなるのか?
その恐怖を考えれば趣味の読書なんて出来るわけもないし、食事だって喉を通らない。
「え、えと……」
話を聞いたシクススとしては、何とかして慰めの言葉をかけたいのだが、何と言って良いかわからない。
他の誰もが同じ感想を持ったのだろう。
沢山のメイドで賑わいそうな食堂がどうしても静かになってしまう。
しかし、その静寂は破られた。
食堂がにわかにざわつく。
その理由は、普段であれば食堂に現れない存在の登場による驚きで。
このナザリックの支配者、至高の42人の長であるモモンガと同種族の
強力なモンスターではあるが、その存在に対する恐怖というものはない。同じナザリック地下大墳墓に所属する仲間であるのだから当然だ。
ただ、食事を必要としないアンデッド、それも図書館で司書長の部下を務める存在が食堂に現れた事にたいする驚きはあるのだが。
「驚かせてしまったようで済まない。緊急でない、と言われている要件だが至高の御方からの命令ゆえに、少しばかり張り切って少しでも早く仕事を完遂させようとして焦ってしまった」
司書長の部下である
「これは至高の方々からの質問書。マークシート形式、と呼ばれるものであるが至高の方々から我々への問いかけとなる。匿名の用紙で至高の方々からの質問に対し、答えに当てはまる欄に印をつけることで返答とするものだ。特に提出期限については言及なさっていなかったが」
言っている間に、彼が持ってきた、テーブルの上に置かれた用紙の束はメイド達によって素早く回収され、それぞれが席に着き上から下へと、目を血走らせて読み込んでいる。
「至高の方々をお待たせするのを心苦しく思うのでできる限り早期の提出を願うが……まぁ私が言うまでもないか。では、全員に行き届き記入されたのならまとめて図書館へと返却を頼むよ」
そう言い残し、
自分の失態、それを少しでも挽回したいインクリメントにとって、匿名であろうと自分の声を、一端でも聞いてもらえるのならば、この質問書には全身全霊を持って答えなければならない。
その用紙、、出だしはこうであった。
○これからの質問、出来うる限りの本音で答えて欲しい。その質問に対し、当てはまる答えに印をつけてください。
1・絶対の本音で答える
2・まぁ本音で答えたい
3・どちらとも言えない
4・本音で答えるのは嫌
5・全部嘘を書いてやる
当然、これに対し答えは1しかない。
その後の質問の内容は多岐にわたるものだが、チェックシートの答えの欄は「1・絶対的肯定 2・肯定 3・どっちつかず 4・否定 5・絶対的否定」となっており、インクリメントに限らず全てのメイドが絶対の誠実さを持って、チェックシートの1に印を付ける事になったのは言うまでもないことであろう。