魔法少女リリカルなのはEX・S 過去にとらわれた転生者   作:レイレナード

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最後です

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最後ではなくなりました。

書き直したら長すぎたので二つに分けます。


Episode0 プロローグ3・最初の出会い(改)

 プリエルと別れ、数日がたった。

 

 5月中旬となる今は、まだ肌寒い空気ながらも日差しの暖かい、気持ちのいい季節となってきた。

 

 小学1年の授業が19まで生きたことのある俺にとってどれほど退屈かは言うまでもないだろうが、その暖かな日差しのせいも含め、俺は授業中寝て過ごすことが多くなっていた。

 

 そんなある日に事。

 

 

 体をやさしく揺さぶられる感覚がした。寝ているときにそんなことをされれば普通鬱陶しく感じるものだと思うが、それは思いのほか気持ちよく、もう少しこのままでいたいとつい思ってしまう。

 

 「優雨くん、起きてほしいの」

 

 しかし、そんな声が聞こえてしまっては、このまま寝ているわけにもいかない。まだ覚醒しきっていない体に力を入れ、何とか体を起こす。

 

 顔をあげるとあの(・・)高町なのはが俺を覗き込んでいた。

 

 「もう授業終わって次は美術の時間だよ」

 

 そう言われ、時間割を確認すると確かに次の授業は美術だった。なお、美術は移動教室だ。

 

 時計を見てみると、もう開始ぎりぎりの時間になっていた。準備と移動を考えると、急がなければ遅刻になってしまうだろう。

 

 そこまで考えて、ふと気が付く。

 

 ということは、彼女は自分も危ないのにわざわざ起こしてくれていたということか。

 

 「………優しい奴だな」

 

 「え?」

 

 寝ぼけていたせいか思わずで本音が出てしまった。よく聞き取れなかったのか、聞き返してくる高町に「なんでもない」と誤魔化す。

 

 「それより悪かったな。急がないと遅れる。先に行っててくれ」

 

 「うん。わかった。優雨くんも遅れないようにね」

 

 そう言うと高町はとことこと教室を出て行った。それを横目で確認しつつ、俺も急いで必要なものを準備して、授業に向かう。

 

 すると、俺が出ていくよりもずっと早く出たはずの高町に追いついてしまった。時計を確認すると、このままでは間に合わない。

 

 ………仕方がない。俺のせいで彼女を遅刻にするわけにもいかないからな。

 

 「急ぐぞ。高町」

 

 「え?ふわあ!?」

 

 俺は高町の手を握り、彼女が転ばない程度の速さで走り出す。

 

 しかし、

 

 「っ!!?」

 

 急に目の前の景色が変わった。それは、

 

 能力が発動してる!?俺の制御を超えて………っ!

 

 

 

 見えるのは家族の姿。ベッドに寝かされた父。抱きしめてくれる母。優しい顔をした兄や泣くを必死でこらえる姉。仕事に必死で取り組む母と姉。稽古に集中する兄。膝を抱えて泣きじゃくる少女の姿。

 

 感じるのはそれぞれの思い。家族のため、店を守るため、何よりまだ小さい我が子のために。倒れた父の代わりに自分が家族を守るという誓い。そして………

 

 聞こえるのは家族の言葉。「お父さん、どうしたの?」「大丈夫だよ。心配しなくても父さんはすぐ帰ってくる。大丈夫だから、だから、なのははいつも通り………」

 

 

 「笑っていてくれ」

 

 

 

 

 ………

 

 「あ、あの……… ? 優雨くん?」

 

 「っ!」

 

 気づけば、すでに元の景色に戻っていた。大粒の汗が頬を伝うのがわかる。

 

 「! 優雨くん大丈夫!? すごい汗だよ!?」

 

 「………」

 

 高町の声が入ってこない。

 

 今のは、俺の能力で高町の記憶を見たのか? 能力を人に使うと、ここまで多くの情報が入ってくるのか………

 

 「………高町。俺、どこのくらいぼうっとしてた?」

 

 「え? えと、ほんの一瞬だよ。私の手を取って走り出したと思ったら急に止まって…」

 

 ほんの一瞬? あれだけの情報が一瞬で脳を駆け巡ったのか? それにあれが高町の記憶なら、だったらまだ………

 

 考えれば考えるだけ混乱してくる。そんな時、ふと冷たいものが頬にあてられた。

 

 「………優雨くん。ほんとに大丈夫?すごく辛そうだよ?」

 

 それは高町の手だった。優しげな声にそちらを見れば、高町が心配そうにこちらを覗き込んでいる。

 

 だけど、

 

 「………っ!!」

 

 そんな高町に抱いた感情は、怒りだった。

 

 あんなに苦しんでるくせに、あんなに悲しんでくせにっ、なんでっ!!

 

 「どうして、お前は…っ!!」

 

 「え?」

 

 高町の肩をつかみ、感情に任せて声を出そうとしたその時、

 

 甲高い音が学校中に鳴り響いた。

 

 「!!」

 

 それは授業の開始を告げるチャイムだ。その音が、俺を徐々に冷静にしてくれた。

 

 

 「………」

 

 俺は無言で高町から手を離し、いつの間にか落としていた荷物を拾う。

 

 「あ、あの、優雨くん…?」

 

 その声に答えず、高町の荷物も拾い、手渡す。

 

 「あ、ありがとう」

 

 「………ああ。悪かったな」

 

 お礼を言う高町に、俺はそんな答えしか返せなかった。 

 

 

 

 

 遅れて教室に向かうと、生徒たちがはしゃぎながら教室を出て行くのが見えた。最後に先生が出てきたので、すぐ二人でそれを追い、先生に謝罪したのち、授業の内容を聞く。

 

 それは学校の校庭で好きなものを描くというものだった。先生は誰かと一緒に描けと言っていたが、俺に友達なんてものはいないし、いつも暗い雰囲気を出している俺とわざわざ一緒に描こうなんていう物好きがいるはずもなく、必然的に俺は一人で絵を描くことになる。

 

 俺は早くそれを終わらせるため、絵を描く場所を探す。しかし、俺はマルチタスクを使って別のことを考えながらそれをしていた。

 

 マルチタスクとはコンピューターのデータ処理などで用いられる単語だが、ここでいうそれは魔導師の持つ技術のことだ。簡単に言えば並行して二つ以上のことを思考する技術。魔法の術式処理をしながら戦う必要がある魔導師にとっては欠かせない技術だ。

 

 俺が考えているのは先程発動した、俺の能力のことだ。

 

 俺の能力は対象物の記憶を見る力。公園でこの力を使えば、そこに残された強い思いを、つまり記憶を見ることができる。しかし、人に使った場合どうなるのかまでは、まだわからなった。それは俺がそれを良しとしていなかったからだ。

 

 場所に残された記憶を見ることでさえ、勝手にその人のプライバシーを見る最低な行為だと言うのに、その対象が直接人となればどれほどその人の過去を勝手に見ることになるか分かったものではない。

 

 だから俺は能力を完全に制御できるようになるまで誰にも触れないようにしてきた。そしてつい先日、ついに俺はその制御に成功した。能力の発動と解除のやり方を覚え、誰に触れても問題はなくなっていた。

 

 しかし、

 

 ………結局、見てしまった。

 

 結果として、高町は、場所でも直接触れてでも、俺が最初に記憶を見た人になった。

 

 人に触れた場合も、その人の心に残る強い思い、つまり記憶が見えた。その人が思い出せない記憶は俺も見ることはできず、またどうでもいい、すぐに消えてしまうような記憶も、うっすらとしか見えなかった。しかし、強い思いがある記憶や、すぐ前の出来事などは見えるてしまうようだ。また、その人の記憶ではなく、その人の体に残った他人の記憶なども見えてしまっていた。

 

 ここで問題となるのは、俺の制御を超えてきたことだ。昨日まで大丈夫だったそれが、高町に触れた時には止められなかった。そこにあった違いは、おそらく残っていた思いの強さだ。

 

 俺の能力の制御を、さっきは発動と解除と言ったが、これはいわば蛇口を開けるか閉めるかということだ。発動は、蛇口の開けること。常に出てこようとする記憶という名の水が流れ出て来る。そして解除は、蛇口を閉めること。これ以上水が出てこないように蓋をする。しかし、その水の力が蓋の強度を上回ったらどうなるだろうか。蓋はこじ開けられ、水が流れ出てくる。

 

 さっきの高町のそれは、まさにそういうことだった。

 

 ………これではまだ制御できるようになったとは言えないな。記憶を見てしまう危険性がまだ高いということだ。この先また似たようなことが起こる可能性は高い。その時までにもっと蛇口を閉める力を強くしなければならない。

 

 もっと強く………

 

 

 「ねえ、優雨くん」

 

 突然声をかけられた。その時俺はすでに描く場所を決め道具を用意していた所どころだった。

 

 一旦手を止め振り返ると、そこには高町いた。

 

 「どうした?」

 

 聞くと、なのはは何かを言おうとする。しかし、すぐにためらい顔を伏せてしまった。言いたいことがあるのに勇気がなくて言い出せない。そんな感じだ。

 

 そんな高町を見つつ、時間を確認する。

 

 ………俺も高町も早く絵を描き始めたほうがいいな。

 

 さっきのことがあるから、できれば一緒にいたくない。しかし、このままというわけにもいかない。仕方がないな。

 

 「………なんなら、一緒に描くか?」

 

 一緒にいれば先生が言った条件に違反することはないし、言いたいことも言えるタイミングを見つけられるかもしれない。そう思って出した提案だった。

 

 「あ、うん!」

 

 それを聞いた高町はすごく嬉しそうに頷いての隣に座った。

 

 「優雨くんは何を描くの?」

 

 準備をしながら高町が聞いてくる。やはり嬉しそうに。

 

 「…目の前の景色をそのまま。高町は?」

 

 「私はアサガオを。景色をって全部描くの?」

 

 「ああ」

 

 「ふわあ、すごいね。後で見せてもらってもいい?」

 

 「ああ」

 

 何がそんなに嬉しのか、俺が答えるたびに高町は笑った。それはまるで目的が果たせたような喜びにも見える。

 

 ………もしかして、一緒に絵を描きたかったのか?

 

 でも、それならどうしてそれだけのことがすぐに言えなかったんだ?

 

 俺は絵を描きながら、高町の顔をのぞき見る。やはり高町はずっと笑っていた。だけどその笑顔は今までも度々感じていたのと同じ、どこか無理をしたものに見える。辛いの我慢しているような、そんな陰りが。

 

 「………」

 

 「………」

 

 会話のない時間。だけど、気まずさはない、どこか穏やかな空気。そんな中でも、彼女の笑顔はどこか曇りがある。

 

 ふいに、高町が顔をあげてこちらを見た。

 

 「そういえば、優雨くんはどの辺に住んでるの?」

 

 何かと思えば他愛のない会話。俺は視線を絵に戻しながら答える。

 

 「海の近くだ」

 

 「そうなんだ。私は翠屋の近くなんだ。わたしのお母さんとお父さんが………っ、翠屋をやってるんだよ」

 

 一瞬、高町は言葉に詰まり顔が暗くなった。しかし、それに気づかないふりをする。

 

 「………翠屋ってなんだ?」

 

 「知らないの?ケーキ屋さんだよ。毎日たくさんお客さんが来て大変なんだから。それに………」

 

 「それに?」

 

 「ううん!なんでもない」

 

 「そうか」

 

 「………」

 

 「………」

 

 今のやり取りの中で、高町はたびたび笑顔を曇らせていた。それでもやはり、笑顔でいようとしている。

 

 ………

 

 彼女のつらそうな笑顔の理由を、俺は知っている。当然だ。さっき記憶を見たのだから。言葉に詰まった理由だってすぐに分かった。でも………

 

 俺はもう一度彼女を見る。

 

 どうして俺のところに来た?

 

 俺とおまえの接点なんてさっき少し話した程度だった。俺はクラスの中でもいつも話しかけずらい空気を作っていたし、なのにどうして、そんな俺と一緒に絵を描こうとしたんだ?

 

 「………高町」

 

 「? なに?」

 

 俺は、それを知らなければならない気がする。もしかしたらただの思い過ごしかもしれない。もしそうなら、それでもいい。だけど、俺は………

 

 「どうして、俺に話しかけた?」

 

 「………え?」

 

 聞き返す高町の眼を見返し、もう一度聞く。

 

 「この授業が始まった時、どうして俺に声をかけた? 俺よりも仲のいい奴なんてたくさんいるだろ」

 

 そう言うと、高町は途端に青ざめ、顔を伏せる。

 

 「ご、ごめんなさい。迷惑、だったよね…」

 

 「別にそんなことはない。そんなことを聞いてるんじゃないんだ。ただ疑問に思っただけだよ」

 

 泣き出してしまいそうな彼女にできるだけ優しく話しかける。責めてるわけじゃない。ただ理由が知りたいだけだと。

 

 「………ほんと?」

 

 「ああ」

 

 不安げに聞いてくる高町を見ながら、俺自身少し動揺していた。まさかこんなに怯えるとは思わなかったからだ。しかし、いったいなぜ………

 

 「………」

 

 なかなか言葉が出ない高町を俺は根気強く待つ。すると、ぽつぽつと彼女は語りだした。

 

 「えっと、ね、私も………、なんでって聞かられたら、よくわからないの」

 

 「わからない?」

 

 予想外の言葉に困惑してしまう。なぜ自分がそうしたのかわからない。確かにそういうことはあるだろうけど、でも、誰かに話しかけるって時にそんなことがあるのか?

 

 「その………、なんとなく、一緒にいたいなって、そう思って………」

 

 それこそわからない。

 

 さっきも言ったが、俺と高町の接点なんて今日が初めてだし、高町にとってはそれほど特別なことでもなかったはずだ。

 

 そう考えた時、ふと、高町が目をさまよわせていることに気づいた。

 

 ………まだ言っていないことがある?

 

 「高町、俺は怒ったりしないから。だから、思ったことをそのまま話してくれ」

 

 「! ………」

 

 高町は再び顔を伏せてしまうが、しかしちゃんと俺の言った通りに言葉にした。

 

 「その、あったかかったから」

 

 「え?」

 

 思わず聞き返した俺に、少しだけ顔をあげて、

 

 「優雨くんの手が………、あの時、私の手を引いてくれた時のあの手が、すごく、あったかかったから………」

 

 「………!!」

 

 その言葉で俺は理解した。

 

 そう、別に特別な理由じゃない。ただ他人に手を引いてもらうというただそれだけの行為。その中にある暖かさ。その、何も特別じゃない小さな温もりを、ただそれだけを求めて彼女は俺のところに来たのだ。

 

 ただ1回、ほんの一瞬手を引いただけなのに。なのにその一瞬の温もりが、彼女にとっては一緒にいたいと思わせるだけの力があった。

 

 親しくもなんともない、俺なんかのそれに………

 

 「………っ」

 

 でも、それはつまり、それだけ飢えているということだ。人の温もりなんて、高町のような奴ならいつだって触れることができるはずなのに。今の状況が、高町にそれを良しとしていなかった。

 

 そう。高町は、ただ単純に、寂しかったのだ。

 

 ………

 

 

 

 

 話を終えた後も、俺はずっと高町のことを考えていた。

 

 なにか、俺にできることはないのか?と。

 

 伝えたいことはたくさんある。だけど、それが果たして届くだろうか。そもそも、問題は高町だけじゃなく、その家族のものだ。俺なんかが口出ししてもいいのだろうか。

 

 だけど、ここまで知って何もしないなんて、そんなこと………

 

 「………あ」

 

 ふと、絵を描いていた自分の手がいつの間にか止まっていることに気が付いた。

 

 「………できた」

 

 「え? もうできたの?」

 

 俺はいつの間にか絵を描きあげていたのだ。しかもその絵は………

 

 

 「………高町」

 

 「…?」

 

 どうしてだろうか。自分でもわからない。

 

 「俺は、俺には、何もできないかもしれない」

 

 「え?」

 

 その絵を見たからだろうか。目の前にあるものを描いていただけのはずの、その絵を。

 

 「お前の力になることも、一緒にいることも、きっとできない」

 

 「………」

 

 だからだろうか。俺は自然と、自分の素直な気持ちを高町に話していた。

 

 「だけど、それでも………」

 

 まっすぐに彼女を、その目を見て

 

 「お前には、本当のお前の笑顔でいてほしい」

 

 瞬間、高町は凍りついたようにかたまった。それでも、俺は言葉を続ける。

 

 「無理をしないでほしい。そんな笑顔は、きっと、誰も望んじゃいない」

 

 高町は顔を伏せる。彼女は、震えていた。ずっと隠して、押し殺していたその思いに気付いて、その固く閉じられた扉を、こじ開けられようとしているのだ。

 

 それは、自分が積み上げてきたものを否定されるということ。

 

 怖いのだろう。だらか、彼女は抵抗する。

 

 「な、何を、言ってるの…? わ、私は別に…」

 

 それが彼女の精一杯の抵抗なのだろう。だけど、もう引き下がらない。

 

 「いいんだ。苦しいなら、そう言っていいんだよ。誰でもいい。お前の気持ちを受け止めてくれる誰かに、正直にその気持ちを打ち明けてしまえばいいんだ」

 

 「わ、たしは………」

 

 まだ抵抗を見せる高町の頭を、できるだけ優しく撫でる。

 

 「そうすれば、きっとそいつはお前が求めているものをくれる。温もりも、寂しさを埋めることも」

 

 「で、も……」

 

 それでも高町は震えていた。その理由はきっと、彼女にその相手がまだいないからだ。家族は今みんなが大変で、ずっと無理をしたまま学校に入ってきたから、そういうことを話せるような友達もいない。

 

 彼女は今、どうしようもなく一人なのだ。だから、

 

 「もし、それができる相手がいないなら、俺に言えばいい」

 

 「………ぇ…?」

 

 見上げてきた高町とまっすぐ目を合わせる。

 

 「さっき言った通り、俺には何もできないかもしれないし、頼りないかもしれないけど、でも、話を聞くことぐらいはできるから」

 

 「………ぁ」

 

 見開かれる彼女の眼を見返して、俺は最後の言葉をかける。

 

 「お前を、一人にはさせないから。だから、本当のお前でいてくれ」

 

 彼女の瞳から大粒の涙が溢れ出す。いまだ呆然としている彼女を、俺は抱きしめた。

 

 徐々に嗚咽が漏れ、大声を出して泣き出すまで、それほど時間はかからなかった。

 

 

 

 

 ………

 

 私のお父さんは事故にあって今でも入院している。

 

 事故が遭ったときは意識不明の重体で生死の境をさまよっていたそうだ。お医者さんたちが頑張ってくれたおかげで峠は越えただけど、まだ目は覚ましていない。

 

 お父さんが事故に遭ったって連絡がきたとき、私たちは家族みんなで病院に行った。着いた時にはお父さんはまだ手術中でみんながそこで辛そうに待っていた。

 

 私も幼いながらにお父さんがもう帰ってこないかもしれない、ということが分かってしまい泣きそうになった。

 

 だけどその時お兄ちゃんが、

 

 「大丈夫だよ。心配しなくても父さんはすぐ帰ってくる。大丈夫だから、だから、なのははいつも通り"笑っていてくれ"」

 

 そう、私に言った。

 

 だから私はその時からできるだけ笑っているようにした。

 

 私が笑っていることで、家族のみんなが少しでも楽になるなら、そのほうが私も嬉しかったから。

 

 泣くことは許されない。泣いたら、笑っていられなくなってしまうから。

 

 ずっと、そう思ってきたんだ。

 

 

 「お前には、本当の君の笑顔でいてほしい」

 

 「無理をしないでほしい。そんな笑顔は、きっと、誰も望んじゃいない」

 

 

 怖かった。ずっと正しいと思って、信じて貫いてきたものが、間違っていると言われたような気がして。

 

 だから私はその優しさを否定するしかなかった。

 

 

 お父さんがいなくなって、どれだけお父さんが家族にとって大事だったかが分かった。

 

 翠屋はお母さんとお姉ちゃんだけで頑張らなければならなくなった。すごく忙しくて、一緒にいる時間はどんどん減っていった。お兄ちゃんはほとんど道場にこもるようになった。「父さんがいない分、自分がみんなを守らなくてはならない」と、そう言って………。

 

 家族みんなが、忙しくて、頑張っていて、そこにわがまま何て言えるはずがなかった。

 

 寂しい、何て、言えるはずがなかった……… 

 

 

 「誰でもいい。お前の気持ちを受け止めてくれる誰かに、正直にその気持ちを打ち明けてしまえばいいんだ」

 

 「そうすれば、きっとそいつはお前が求めているものをくれる。温もりも、寂しさを埋めることも」

 

 

 だけど優雨くんは、そう言って優しく私の頭を撫でてくれた。自分の言葉を証明するように、その手の温もりを感じさせてくれた。

 

 でも、私には、そんなことができる人はいない。それほど仲のいい友達がいるわけでもないし、お父さんにもお母さんにもお兄ちゃんにもお姉ちゃんにも、そんなことは言えない。

 

 

 「もし、それができる相手がいないなら、俺に言えばいい」

 

 「俺には何もできないかもしれないし、頼りないかもしれないけど、でも、話を聞くことぐらいはできるから」

 

 

 だけどそれでも、まるで私の心を見透かしたような言葉を優雨くんはすぐに言ってくれた。私の不安をそれだけの言葉で消し去ってくれた。そして最後に、

 

 

 「お前を、一人にはさせないから。だから、本当のお前でいてくれ」

 

 

 私が一番ほしかった言葉を、優雨くんは言ってくれたんだ。

 

 私は、その言葉を信じても、いいんだよね………?

 

 

 

 

 

 高町が泣いていることはすぐに辺りにいた生徒から先生に伝わったが、高町は泣き疲れて眠ってしまっていたので、保健室のベッドに寝かせておくことになった。

 

 「それで、何があったの?」

 

 俺は保健室の前で、その美術の授業の担当であり、俺や高町の担任でもある篠宮慧瞳(しのみやさとみ)先生に話を聞かれていた。すでに授業時間は終わり、昼休みに入っている。それが終われば1年生である俺たちはホームルームの後、帰ることになる。

 

 「………俺が高町にお節介を焼いただけです」

 

 しかし俺にはそれしか言えなかった。

 

 「お節介? それってどんな?」

 

 「それは………、俺が勝手に言っていいものではありません。高町に聞いてください」

 

 そんなことを言う俺に、先生は訝しむような視線を向ける。

 

 「どういうこと?」

 

 「………」

 

 しかし、それ以上俺は答えなかった。これは高町家の問題であり、俺はそれに首を突っ込もうとしているに過ぎない。そんな俺が、許可もなしにこれ以上言うわけにはいかなった。

 

 「………」

 

 「………」

 

 しばらく、先生は無言の圧力をかけてきていたが、俺が決して言おうとしないのを見てようやく諦めてくれた。

 

 「はあ。わかったわ。それじゃあなのはちゃんが起きたらもう一度呼ぶから、その時に一緒に話を聞かせて」

 

 「わかりました。ありがとうございます」

 

 俺はそのまま踵を返そうとして、描いた絵がそのままになっていることに気が付いた。

 

 「先生。絵はどこに提出すればいいんですか?」

 

 「え?ああ、それじゃあ私は保健室にいるから、ここに持ってきて」

 

 「わかりました」

 

 

 

 絵を回収するために校庭に出ると、俺と高町が絵を描いていたあたりに人だかりができていた。

 

 何事かと思い近づいてみると、それは俺のクラスに奴らだった。………なんだ?

 

 とりあえず一番近い奴に声をかける。

 

 「何してるんだ?」

 

 「え? うわあ!? ゆ、優雨くん!?」

 

 するとそいつは俺の顔を見るなり、まるで悪いことをしているのを先生に見つかったように驚いた。しかもそいつの声を聴いた何人かが同じように驚いたり、バツが悪そうにしている。

 

 ………俺に関係することか? ということは

 

 「なあなあ! 優雨ってさ、なのはちゃんのこと好きなのか?」

 

 そんな言葉と共に一人の男子が奥から出てきた。そいつは手に持っている俺の絵を見せびらかすようにしている。

 

 その絵を見て、俺は改めて自分の気持ちを再認識し、同時に決意を固めた。

 

 「………別に。好きとかそういうのではないさ」

 

 「じゃあなんでこんな絵描いたんだよ! さっきだって抱きしめたりしてたしさ!」

 

 そいつは笑いながらそう言う。この状況を楽しんでいる奴も、興味本位のやつも、バツが悪そうにしている奴も、その時だけはみんな揃って俺を見ていた。

 

 そう、俺は目の前の景色をただ描いたに過ぎないはずだった。なのに自分でも気づかないうちに、その中心にそれは描かれていた。

 

 「少し、いろいろあってな」

 

 みんなの注目の中。俺は正直に答える。

 

 「気が付いたら、勝手な願いを描いていた。ただそれだけさ」

 

 「は、はあ?」

 

 俺言葉に、そいつは素っ頓狂な声をあげる。わけがわからないのだろう。しかし俺はそれに構うことなくそいつに近づき、絵を取り上げた。

 

 「あ!?」

 

 「提出してくる」

 

 まだそいつや周りのやつらが何か言ってくるが、すべて無視してその場にあった荷物を片付け、保健室に戻った。

 

 

 

 

 億夜優雨くんが絵を取りに行ってから、私、篠宮慧瞳は、保健室のベッドのわきにある椅子に座って、なのはちゃんを見ていた。

 

 保健室の中には3つのベッドがあり、その中の一つ、窓側のそこに高町なのはちゃんは寝かされている。

 

 実をいうと、なのはちゃんがどこか無理をしているというのは、前々から気づいていたことだった。父親が事故に遭い、今だ入院中だというのは知っているが、そのショックだけが原因ではないように思える。そこで何度か話をしようとしたけのだけど、いつもなのはちゃんは誤魔化して逃げてしまう。

 

 自分の生徒の悩みを聞いてあげられないことを不甲斐なく思ったし、何よりもなのはちゃんのことがずっと心配だった。

 

 そして、同じくらい心配だったのが、彼、億夜優雨くんだった。いつも周りを拒絶するような雰囲気でいて、授業も寝てばかり。しかしそれを起こして授業の質問をしてもいつも完璧に答えるし、どの教科のテストも満点で、体育の成績もいい。

 

 それだけなら「頭がいいだけの不良生徒」で方が付くのだが、何度か、困っている子を助けているのを見たことがある。荷物が多くなってしまい困っていた私を真っ先に助けてくれたこともあった。

 

 怒るに怒れない不思議な子。気になって彼のことを調べてみると、なんと両親には先立たれ今一人で生活しているという。

 

 一度家に行ったこともあるけど、子供とは思えないほどしっかりとした対応をされ、その知識の多さに逆に気圧されてしまったほどだ。

 

 しかしそんな彼だが、時折、誰よりも孤独に見えることがある。

 

 そして今回の問題はその二人なのだ。少し不安になってしまう。

 

 何が不安なのか、それはなのはちゃんが隠していることだ。優雨くんがさっき言っていたことで、なんとなくだけど、なのはちゃんの問題に優雨くんが首を突っ込む形になっているのは分かった。

 

 だけど、なのはちゃんは泣き出してしまうし、優雨くんはずっと思いつめたような顔をしている。つまり、それだけなのはちゃんが抱えている問題は大きいということだ。

 

 そんな中で、待っていることしかできない自分がどうしようもなく情けなかった。

 

 

 「失礼します」

 

 と、優雨くんの声が聞こえ、すぐに扉の開く音がした。

 

 私は立ち上がり、カーテンを開けてベッドの傍を離れる。

 

 「持ってきました」

 

 優雨くんは私を見るとすぐに絵を差し出してきた。私もすぐに受け取る。

 

 「はい、確かに……!? 優雨くん! これって…」

 

 しかし、受け取ったその絵を見て、私は驚愕した。そこには………

 

 「すみません先生。俺はこのまま早退します」

 

 優雨くんはすぐ踵を返し、扉に手をかける。

 

 「ま、待ちなさい! 優雨くん!?」

 

 しかし、優雨くんは静止の言葉を聞かず、出て行ってしまった。少し強く扉が閉められ、それがまるで「来るな」と言っているようで、私はその場を動けなかった。

 

 

 私は再び優雨くんから受け取った絵を見る。

 

 校庭に出て書きたいものを見つけてそれを描け、それが今回の授業内容。だけど優雨くんの出した絵は、彼の願いが込められたものだった。そこには、校庭から見える景色をバックに笑っている一人の少女が描かれていたのだ。

 

 強がりも、嘘もない、心から笑っている、ショートツインテールの女の子が。

 

 

 

 

 荷物をまとめ、すぐに学校を出る。

 

 別に、何をするかを決めたわけじゃない。ただ、あのまま何もせず学校にいることができなかったのだ。

 

 高町のために、何かしたかった。

 

 彼女の苦しみを俺は知った。その大きさも。それだけ知って、何もしないなんてこと、俺にはできない。

 

 何かないのか。俺にできることが、何か…っ。

 

 彼女はあれだけ苦しんでいたんだぞ。あんな小さな体で、ずっと耐えてきたんだ! 弱々しい肩に、ずっとあれだけの思いを背負ってきたんだぞ!!

 

 億夜優雨!

 

 お前は何のためにここにいる。何のために生き返った!

 

 償うのは当然だ。

 

 そのために俺にできることはなんだ。

 

 あんな風に苦しんでる奴に手を差し伸べることじゃないのか!?

 

 少しでもいい、それがそいつらの救いになるなら自分を殺してでもなんとかする。それは単なる自己満足なのかもしれない。そのために誰かをだしにしているのかもしれないし、只の思い上がりなのかもしれない…っ。

 

 それでも! そのために俺はここにいるんだ!!

 

 だったら考えろ!

 

 俺にできることを!!

 

 高町なのはのためにできることを!!

 

 

 

 いつの間にか、俺はある喫茶店の前にいた。そこは高町の両親が経営する翠屋だ。

 

 どうして自分がここに来たのかわからない。だが、ガラス越しにその店内を見ることができた。

 

 店には客がいっぱいで、店員と思われる女性が二人、忙しなく歩き回っている。一人は高町の記憶にもあった高町の姉、高町美由紀だが、もう一人は記憶にない。おそらくバイトを雇っているのだろう。この分だと、キッチンのほうには母、高町桃子がいるのだろうか。

 

 ………確か、家もあまり離れていないんだよな。

 

 俺はその場を後にし、高町の家を目指す。

 

 特に理由があったわけじゃない。ただ、気になっただけだ。

 

 

 

 ほどなくして高町の家を見つける。広い家だ。家自体はそれほど大きいわけではないが、広い庭に剣道場も備えているのだ。一般の家の2倍から3倍の所有地を誇るだろう。

 

 ふと、風を切る音がしたような気がした。

 

 耳を澄ますと、確かに聞こえる。それは剣道場からしていた。確か高町の兄と姉、あと父親が剣術をやっているんだったか。

 

 

 ………ああ、あったじゃないか。できること。

 

 俺はためらいなく門を開け、剣道場へ向かった。

 

 

 

 

 




プロローグはこれで終了です。

いかがでしたでしょうか?
ここから本編がスタートします。
興味を持った方はしばしお待ちを。では~

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

終わりません。

次で最後です!
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