魔法少女リリカルなのはEX・S 過去にとらわれた転生者   作:レイレナード

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というわけで、今度こそ最後です。


Episode0 プロローグ4・強さとは(改)

 「ふっ! はあ!!」

 

 相手を想像し、相手の剣を左手に持つ木刀の小太刀でそらすように受け流し、そのままの勢いで右手に持つ小太刀を左から右へ振り上げ胴を切る。

 

 できるだけ動作に無駄を作らず、流れるように、しかし鋭く。

 

 しかし、俺、高町恭也は満足していなかった。

 

 「くっ、だめだ。こんなんじゃダメなんだ」

 

 再び刀を振り始める。

 

 父さんが事故に遭ったことで、家族を守る者がいなくなった。俺も妹の美由紀も実力はまだまだ父さんの域には達していない。

 

 でもそれじゃダメだ。父さんがいないなら、守る者がいないくなったなら、俺がそこに立たなくちゃならない。俺が父さんの代わりに家族を守るんだ。

 

 だから足りない。こんなんじゃ全然足りなんだ!!

 

 刀に徐々に感情がこもり、荒々しくなってくる。

 

 もっと強くなるんだ。もっと修行して、強くなるんだ。家族を守れるくらいに、もっと――――

 

 「っ! 誰だ!?」

 

 視線を感じ、振り向きながら叫ぶ。

 

 すると、その剣道場の入り口に男の子が立っていた。なのはと同じくらいの子供が。

 

 俺は叫んだことを少し後悔した。興味本位で見ていただけかもしれないし、怖がらせてしまったかもしれない。

 

 「あ、すまない。急に叫んでしまって」

 

 慌てて気を静めて、謝る。しかし、

 

 「……!」

 

 ふと、気づいた。その少年が全く怖がっていないことに。それどころか睨んできている。その異常さに気づくと、さらに他のことにも気が付く。

 

 今は母さんも美由紀もなのはもいないはずだ。呼び鈴もなってない。なのになんでこの子は家の敷地内(ここ)にいる?

 

 「………あんたが高町の…、高町なのはの兄か」

 

 不意に少年がしゃべった。その声には、明らかに怒気が含まれている。いったいなぜ見ず知らずの子供に怒りを向けられているのかはわからないが、俺は無意識のうちに声のトーンを落としていた。

 

 「…そうだ。君は?」

 

 しかしその少年は俺の問いを無視して、靴と靴下を脱いぎ、道場に上がってきた。さらに何を考えているのか、立てかけてある木刀の小太刀を2本とる。

 

 「おい!人の道場のものを勝手に――」

 

 「お前は………」

 

 注意しようとしたが、少年の声に阻まれる。少年は最初と全く変わらない顔で俺をにらむ。

 

 「お前は、なんとために修行している?」

 

 「は?」

 

 突然何を言い出すんだ?こいつはいったい……

 

 「何のために強くなろうとしている?」

 

 言葉は違うが、同じ意味の問い。こいつが何を考えているのかわからないが、その答えは決まっている。

 

 「家族を守るためだ」

 

 しかしその答えに、少年は顔を伏せ、

 

 「………そうかよ」

 

 とだけ呟いた。

 

 

 「無理だな」

 

 「…何?」

 

 突然放たれた言葉。

 

 「お前じゃ何も守れない」

 

 それは否定。

 

 わけがわからない。なぜ突然来た子供にそんなことを言われなければならないんだ?

 

 目の前の少年にどうしようもなく腹が立ってくる。

 

 「何を言って――」

 

 しかし俺の言葉など聞く気はないと言わんばかりに、少年はわざと(・・・)言葉を割り込む。ある意味その時の俺にって最悪の言葉を。

 

 「そんな考えじゃ…、今のお前じゃ、俺にすら勝てない」

 

 一般人であり小学生である自分にすら勝てない。そう少年は言ったのだ。それは侮辱以外のなんでもなく、家族を守ろうと必死に修行した俺を、その行為を否定されたということだった。

 

 父さんが倒れて、俺がその代りに家族を守る。そのために力がほしい。その何が悪いっていうんだ!?

 

 俺が激昂している中、少年は構えを取る。両足を肩幅に開いて右足を引き、態勢を下げ、左手の小太刀を逆手に持って前へ出し、右手の小太刀を順手に持って後ろに持っていく。素人の構えに見えて、なかなかどうして様になっていた。

 

 「来いよ、大馬鹿が」

 

 しかしその時の俺にそれを判断できるほどの冷静さはなく、その言葉に従うように、一気に駆け出していた。

 

 

 

 いつもの恭也ならこの時点で気づけたのかもしれない。その少年の眼が、悲しみに揺れていたことに。

 

 

 

 

 「っ!!」

 

 あまりのことに優雨は驚き目を見開く。

 

 優雨はこの戦いのため、高校男子の平均的な身体能力クラスまで、自身に魔力ブーストをかけていた。確かにその程度の身体強化だ。挑発し、攻撃を仕掛けさせたのも自分だ。だがそれ故に警戒は最大に高め、瞬きすらしていない。

 

 にも関わらず、挑発の直後、優雨は恭也を見失い、目の前で鬼神のごとき形相で右手に持つ小太刀を振り下ろす彼を見た。

 

 (行ける!!)

 

 恭也はすでに勝利を確信していた。

 

 まず右の小太刀で相手の左手に打ち込むことでそれを防御に使わせ、あとは左の小太刀でがら空きの相手の体を切る。

 

 優雨の構えは咄嗟の時、体の正面へ向けられる防御が左手のみとなる致命的な弱点がある。本来ならあの形の場合左手の小太刀で相手の剣を止め、右手で攻撃を仕掛けるべきなのだろうが、今優雨が相手にしているのは二刀流だ。その場合相手は攻撃を二本で行うことが可能なため、二回分の攻撃を止められないのだ。

 

 故に、優雨が恭也の速さに驚いているのも加えて、恭也が勝利を確信したのは仕方のないことでもあった。

 

 「っ!」

 

 しかし、次は恭也が驚かされた。防御されると思ったその一撃目の攻撃は、バックステップにより回避されたのだ。

 

 (あの状況で、防御ではなく回避を選ぶとはやるな。だが!)

 

 それでも恭也の核心は揺るがなかった。たとえ回避されても、初めから二撃目に突きを用意していたのだ。防御はやりづらいし、できたとしても体勢を崩すことは容易だ。三撃目を入れることなどそれほど難しくはない。

 

 もう回避されないようにさらに強く踏み込み、その攻撃をすればそれで終わりだ。

 

 そう、甘く考えていた。

 

 「!!」

 

 それは一瞬だった。踏み込んだその瞬間、目の前に切っ先があったのだ。優雨が右手に持つ小太刀の。

 

 (バカな!? 突きだと!?) 

 

 恭也は咄嗟に顔をずらして避け、無理やりバックステップをして後ろに下がった。

 

 その肩は激しく上下し、動揺の大きさが見て取れる。

 

 (今何が起きた?バックステップで態勢が崩れたあの状態からあれだけ速い突きを放てるわけがない!どうやって………)

 

 睨んでくる恭也を見つつ、優雨はさっきと同じように構える。

 

 何も言わず、ただ構える優雨。恭也にはそれが「余裕」に見えた。

 

 「っ! この!!」

 

 さっきと同じように突っ込む恭也。だが、

 

 「なに!?」

 

 今度は優雨もそれに合わせて駆け出した。だが恭也が驚いたのはその行動ではなく、

 

 (さっきは反応するのもぎりぎりだったのに、なぜ同じタイミングで動ける!?)

 

 一瞬の動揺。それを見逃すほど優雨は甘くない。

 

 優雨はためらうことなく右手に持った小太刀を恭也に向かって投げた。

 

 「な!?」

 

 度重なる予想外に思わずその場で止まり投擲された小太刀をはじく。しかし、

 

 (っ!! 奴はどこに!?)

 

 恭也は完全に優雨を見失った。そして、

 

 「…ほら――」

 

 その声は、自分の足元から聞こえた。

 

 「!!」

 

 同時に感じる首に当てられた冷たく硬い感触に、それが優雨の持っていたもう一本の小太刀だということに気づく。

 

 その事実が受け入れられなくて、しかし確かめずにはいられなくて、ゆっくりと下を向く。そこには小太刀を突きつける優雨が、まっすぐに恭也の眼を見ていた。

 

 「――こんなにも、お前は弱い」

 

 

 (負けた………?俺が、小学生相手に?)

 

 ありえない。そう呟きながら恭也は膝をつく。

 

 優雨がやったことは簡単だ。

 

 最初の突きは、バックステップで攻撃を避けた時に、ただ右手の小太刀をなるべく早く前に突き出しただけ。つまり構えている刀に、相手が勝手に突っ込んできただけなのだ。

 

 相手は目にもとまらぬ速さで動き、攻撃をしようと踏み込んでくるのだから、たとえそれがバックステップを踏みながらやったことだとしても、相手にとっては神速の突きを放っているようにしか見えないのだ。

 

 優雨が恭也の動きに合わせられたのも、行動を読んだに過ぎない。人が勢いよく動くとき、それがどんなに速かろうと、そこには事前動作がある。だったら相手の次の動きを読み、すぐにその行動をとれるようにしておけば、駆け出すタイミングを合わせることなどそれほど難しいことではないのだ。

 

 そしてそのタイミングが合えば、こちらは冷静なのだから相手が動揺したかどうかを観察することもできる。あとは木刀を投げることで視線をそちらの誘導し、そのまま恭也の懐までまっすぐ走っただけだ。小学1年の身長ならそれだけで一定上近づけば恭也の視認から逃れることもできる。

 

 (それほど難しいことをしたわけじゃない。超人的なことをしたわけでもない。ただできることを組み合わせただけ)

 

 呆然としている恭也を見て、優雨は思う。

 

 (そう、いつもの………、なのはの記憶にあった、お前たちの父、高町士郎がここにいたころのお前なら、簡単に見破ることができたはずなんだ)

 

 優雨からすればこれは当然の結果だった。

 

 恭也の修業は過酷すぎる。強くなるという目標のために、恭也は自分の体に負担をかけすぎた。その結果、むしろ前のよりも動きは悪くなり、それが焦りを生み、冷静な判断をできなくする。

 

 (いつものお前なら、きっとなのはのことも………)

 

 いや、と優雨は首を振る。

 

 (だから、俺はここに来たんだ)

 

 「………高町恭也」

 

 優雨の声に、ピクリ、と恭也が反応する。

 

 (事実は突きつけた。あとは伝えればいい。教えてやればいいんだ)

 

 「なぜ負けたか、わかるか」

 

 確認するように、優雨は聞く。しかし、恭也は反応しない。

 

 「……お前は――」

 

 「なんで」

 

 反応がなくとも伝えようと口を開いたとき、恭也の声が聞こえた。

 

 優雨は黙ってその続きを待つ。

 

 「………なんで負けたか、だと………っ!?」

 

 「!?」

 

 瞬間、恭也が小太刀を振るってきた。何とか防御するも、その強烈な一撃に吹き飛ばされてしまう。

 

 「っ、く!」

 

 なんとか両足で着地し、即座に膝を曲げて衝撃を殺し、右手で体を支えることで何とか転ぶことによるダメージを防ぐが、

 

 (くっ、左腕が痺れる…!)

 

 小太刀を持つ左腕に力が入らない。

 

 「そんなの決まっている!!」

 

 「!」

 

 再び恭也は一瞬と呼べる速さでこちらに肉薄してきた。

 

 (ま、ずい、っ!)

 

 優雨は即座に小太刀を右手に持ち替え、恭也の斬撃に合わせてバックステップを踏み防御する。すると、優雨はすさまじい勢いて弾き飛ばされた。

 

 初めから後ろに跳び、なおかつ足が地面から離れていたことで受け止めた右手へのダメージを最小限にとどめようとしたのだ。

 

 さらに地面に足を着いた瞬間にわざと転がって受け身を取り、その勢いのまま飛び跳ねるように立ち上がる。

 

 相手の力を殺し、利用し、ダメージを最小限にととどめつつ敵との距離を離す。ここまでのことをしてなお、右腕を中心とした体中が悲鳴を上げていた。

 

 「俺が弱いからだ!!」

 

 今度は突っ込んでくることはなかったが、恭也はその場で優雨を睨む。

 

 「俺が弱いから負けた!! だから俺はもっともっと強くならなければいけないんだ!!」

 

 恭也は叫ぶ。まるで、泣いているかのように。

 

 「もっと強くならないと何も守れない! 父さんがいない分、俺が守らなければいけないんだ!! 俺が家族を守るんだ!! 守れるくらい強くならなければいけないんだ!!」

 

 そんな恭也の姿を、優雨は唖然として見ていた。

 

 自分を顧みず、ただ家族のために必死に頑張る。その思いの強さが、必死さが、ある人物を優雨に思い出させていた。

 

 大変な状況で、それでも家族のために頑張って………

 

 (………でも、違う)

 

 「やっぱりバカだよ。お前は」

 

 ゆっくりと、恭也のほうへ向かう。

 

 (あの人は、それでも家族のことを見てた)

 

 「そんなに家族のことを思っているくせに、どうして家族を見ようにしないんだ」

 

 いつの間にか、あの人と恭也を比べていた。思いは同じなのに、そこにあった差を。

 

 「………どういう意味だ」

 

 ため込んでいたものを吐き出したからだろうか、恭也は先ほどよりも落ち着いていた。しかし優雨は恭也ではなく"あの人"を思い出す。

 

 (そう。あの人は俺がお前たちに求めたこと、それを体現していた。でも、だからこそ負担をかけていた)

 

 優雨は恭也から視線を外し、俯く。

 

 (俺はそこに気づいていたのに、何もできなくて)

 

 その結果は、今は語らない。

 

 だけど伝えなければならない。そのためにここに来たのだから。

 

 優雨は顔を上げ、もう一度恭也を見る。目の前の彼と、高町の記憶にあった彼を。

 

 「お前は、自分のことしか見ていない」

 

 「そんなことはない!!」

 

 優雨の言葉に、再び恭也は頭が熱くなる。

 

 「俺は家族のために、家族を守るために強くなるんだ! 自分のことしか見ていないなんて、そんなことはない!!」

 

 そんな恭也を、優雨は悲しげな気持ちで見ていた。恭也の思いは優しさからきているからだ。とても純粋な思い。それは、決して間違いではないのだ。

 

 「家族を守るために強くなる。それは正しいことかもしれない」

 

 だけど、その上で俺は否定する。気持ちではなくその行動を。

 

 「…、っ」

 

 しかし、本当にそれでいいのか。そんな疑問が、あの人の顔が、一瞬頭をよぎる。

 

 はたして恭也は大丈夫だろうか。もしかしたらあの人と同じように大きな負担をかけてしまうかもしれない。

 

 (………でも)

 

 今一度、優雨は思い出す。あの人でも恭也でもなく、自分の腕の中で泣いた、小さな少女を。そのためにここに来たことを。

 

 (それでもお前には、あの子の家族には、そんな家族であってほしいんだ)

 

 「でもお前は、"家族を守るために強くなる"という自分の願いしか見えていないんだ」

 

 「!!」

 

 優雨の言葉に、恭也は頭を叩かれたような感覚を覚えた。

 

 「…っ!! そんなこと!」

 

 弾かれたように恭也は否定する。

 

 その言葉を認めるのが怖かった。

 

 認めてしまったら、今までの自分を否定されるような気がしたから。

 

 その努力も思いも、無駄だったと。

 

 しかし優雨は容赦なくその事実を叩きつける。

 

 「ない、と本気で言えるか?」

 

 「っ、………」

 

 優雨は、恭也は答えられないという確信を持ってそう言った。

 

 本当に自分は間違っていないと思っているなら、言葉に詰まったり、弾かれたように否定したりはしないから。その行動は、そこに覚えがあるからそうなるのだ。

 

 「あの日から、一度だって家族の顔をちゃんと見たか? 家族の気持ちをちゃんと考えたか?」

 

 優雨の言葉が容赦なく恭也を貫く。そのうちに恭也は顔を伏せ、手を握りしめていた。

 

 今更のように、恭也は気づいたのだ。父さんが入院したその日以降の、家族の顔が思い出せないことに。

 

 「だから気づかない。お前が言った言葉のせいで、あいつが、なのはがどれほど苦しんでいたかに」

 

 「………なのはが…?」

 

 恭也の呟きが聞こえた。その声には困惑の色がある。それは恭也が全く気付いていなかったあかしだ。

 

 「お前はなのはに、"大丈夫だから笑っていてくれ"と、そう言ったそうだな」

 

 恭也は思い出す。

 

 (そうだ。父さんの病室で泣き出しそうな彼女に俺はそう言った)

 

 安心させたかったのだ。

 

 (なのはは心配しなくてもいい。父さんはすぐ帰ってくる。そうなのはに言い聞かせ、最後に俺はその言葉を言った)

 

 大丈夫だよ。心配しなくても父さんはすぐ帰ってくる。大丈夫だから、だから、なのははいつも通り―――

 

 

 ―――"笑っていてくれ"

 

 

 「だが、それは結局、お前の自己満足に過ぎなかったんだよ」

 

 「…え?」

 

 恭也は顔をあげた。優雨の言葉が理解できなかったからだ。そして、恭也はそこで初めて優雨の顔を見た気がした。

 

 そこにあった、悲しみを。

 

 「なのはは、お前たちと違ってすぐに家族のためにできることが見つからなかった。だから、すぐに気づけたんだ。家族がどれほど大変な状況で、どれほど余裕がないのかに」

 

 優雨は目を閉じて思い出す。なのはの記憶で見た、彼女自身を。

 

 「そして気付いたんだ。笑っていることこそが、自分が家族のためにできることだと」

 

 「……笑っていることが、家族のために………、まさか、なのはは…!」

 

 恭也は優雨の言葉の意味に気づいたようだが。優雨は最後まで続ける。ちゃんと知ってほしいから。

 

 「そう、どれだけ苦しくても悲しくても、なのはは強がって無理をして笑っていた。自分が笑っていれば、それだけで家族の負担がひとつ減らせる。それが少しでも家族のためになるならと」

 

 顔を上げ、優雨は恭也と目を合わせる。

 

 「お前の言葉通りにな」

 

 「…!!」

 

 優雨の言葉に、その事実に、恭也はうなだれるしかなかった。

 

 「父親が帰ってこないかもしれない。それが幼いあいつにとってどれほど怖いことか、お前にだってわかったはずだ。だからこそお前は、笑っていてくれと言ったのかもしれない。だけどそれが、あいつの心を縛ってしまったんだ」

 

 優雨は思い出しながら話し続ける。なのはの記憶を。偽りの笑顔を。

 

 「それからずっとなのはは耐えてきた。余裕のないお前たちにわがままを言うわけにはいかないって。寂しい気持ちを押し殺してきた」

 

 なのはの頑張りを。弱さを。小ささを。

 

 「そしてお前は、お前たちはそこに気づくことができていなかった。家族が大変だから家族のために頑張る。そう言いながら、その肝心な家族を見ていなかったんだ」

 

 歯切りする音が聞こえた。気づけば、恭也は顔を伏せ、両手を血が出るほど握りしめていた。

 

 「っ、俺は……!!」

 

 自分の情けなさ、不甲斐なさを悔やむその姿は、自分の間違いを認めた者のそれだった。

 

 (ああ、良かった)

 

 そしてそれは、優雨が伝えたかったことが伝わった証しでもある。

 

 (きっとお前なら大丈夫だ。もうなのはを一人にしたりしないだろう)

 

 

 

 二人がそれぞれの思いに目を閉じたその時、大声と共に扉が勢いよくあけられた。

 

 「恭ちゃん! お父さんが! ……?」

 

 そちらを見ると、今翠屋で働いているはずの大きな丸メガネをかけたなのはの姉、高町美由紀がいた。しかしその着ているものは翠屋の仕事着のままで、それだけ慌ててきたということがわかる。

 

 美由紀は恭也に伝えなければならないことがって、慌てて家に戻ってきたのだ。しかし道場にいるという予想は当たったが、そこにあった状況は予想外のもので、思わず困惑する。

 

 (え? ちょ、ちょっとどういう状況? 恭ちゃんが膝をついてて知らない男の子がその前に立ってて。 え? ちょっと待って、それってもしかして恭ちゃんが負け―――)

 

 しかし恭也のほうは、そのまま俯いているわけにはいかなかった。美由紀は確かに「お父さんが」と言ったからだ。

 

 「美由紀! 父さんがどうしたって!?」

 

 続きの言葉に最悪の想像をしてしまい、恭也は思わず美由紀に掴み掛る。しかしそのおかげで美由紀も伝えるべきことを思い出した。

 

 「あ、そ、そうだった! お父さんが目を覚ましたって!」

 

 美由紀は慌ててその問いに笑顔で答える。

 

 「!! 本当か!?」

 

 想像した最悪とは真逆の答え。それがずっと待っていたことだけに、恭也は嬉しすぎて何度も聞き返してしまう。

 

 「うん!本当だよ!」

 

 美由紀も嬉しくてたまらなくて、実はここに来る前にすでに泣いていたのだが、また涙を浮かべる。

 

 「そうか。………そうか。………良かった……」

 

 答えに安心すると、全身から力だ抜けていくのを恭也は感じた。とたんに襲ってくるのは体中の痛みと疲労感。それが自分がどれほど無理をしていたかを教えてくれていた。

 

 そんな二人のわきをそっと抜けて、道場を出て行く影があった。

 

 「! 待て!」

 

 「!? 恭ちゃん!?」

 

 それに気づき、恭也は慌ててその影を追う。美由紀も慌てて恭也を追った。

 

 道場を出ると、家の門を出ようとしているその影が、その少年がいた。

 

 「待ってくれ!」

 

 その声に応えてくれたのか、少年は立ち止まった。しかし背は向けたままで、顔だけ恭也に向ける。

 

 「……俺に構ってないで、早く行ってやれよ。高町なのはには俺が伝えに行くから」

 

 それだけ言い、少年はすぐに門を出ようとするが、恭也はもう一度呼び止める。

 

 「父さんの所にはすぐに行くよ。だけどその前に、一つだけ教えてくれ」

 

 恭也には一つだけ、どうしても聞いておかなければならないことがあった。その少年が道場に来てからずっと気になっていたこと。

 

 「お前は、誰だ……?」

 

 話して、戦って、教えられて、その疑問は最初よりもずっと大きなものになっていた。小学1年とは思えない言動も、動きも、考えも。

 

 そして何よりも、自分たちの、なのはのためにここまで動くのはどうしてか。いったい目の前の少年は何なのか。

 

 その疑問を、その一言にまとめて、恭也は少年に聞く。

 

 そして少年も、とても簡潔にその問いに答えた。

 

 「………億夜優雨。高町なのはのクラスメートだ」

 

 少年は―――優雨は、それだけ答え門を出て行った。

 

 

 その背は、恭也には小学1年の少年の背には見えなかった。もっと、ずっと大きなものを背負っているような、しかしそれでいて、優雨自身も何か無理をしているような、そんな儚げな背中。

 

 (だけど俺は、そんな彼に教えられた。俺の間違い、俺がどうするべきか)

 

 「ねえ、恭ちゃん。あの子はいったい……」

 

 美由紀は恭也の隣に立ち、抱いていた疑問を聞く。美由紀としては、まだいったい何があったのかわからないのだ。

 

 しかし恭也は、優雨が出て行った門を見たまま答える。

 

 「…わからない。………でも」

 

 「?」

 

 しかし、その続きを恭也は言わなかった。ただ一度目をつむり、再び目を開けると急に走りだした。

 

 「え!? ちょっと恭ちゃん!?」

 

 わけがわからず、美由紀は慌てて恭也を追う。

 

 「あいつにも言われただろ! 父さんの所に急ごう!」

 

 慌ててついてくる美由紀に恭也は笑顔で答えた。

 

 (…あれ?)

 

 そんな恭也に、美由紀は違和感を覚えた。依然と何かが違う。そしてその答えはすぐに出た。

 

 美由紀にはその笑顔が、恭也が、以前よりも頼もしく見えたのだ。

 

 

 

 

 学校に戻ると、ちょうど昇降口のところに篠宮先生となのはがいた。もうホームルームは終わっているはずだし、目を覚ました高町を先生が見送っているのだろう。

 

 そちらに向かっていると、先生がこちらに気づき、高町もそれにつられてこちらを振り返る。

 

 「あ! 優雨くん!」

 

 高町は俺に気づくと嬉しそうに俺の名を呼び、とことこと走り寄ってくる。

 

 「起きたんだな。大丈夫か?」

 

 「うん!」

 

 満面の笑顔で答える高町。そこには無理をしているような陰りはない。思いっきり泣いて、少しはすっきりしたということか。

 

 「優雨くん、どうして戻ってきたの?」

 

 篠宮先生が不思議そうに聞く。忘れ物をしたわけでもないのだから、不思議に思うのも当然だろう。

 

 「高町に伝えることがあったので」

 

 「私に?」

 

 今度は高町が首をかしげた。

 

 俺は高町に向き合い、まっすぐ目を見る。

 

 「高町、お前のお父さんが目を覚ましたそうだ」

 

 「……ぇ…?」

 

 きっと待ち望んでいたであろう言葉。だけどそれ故に、その言葉が信じられないのだろう。

 

 「さっきお前のお姉さんから聞いたんだ」

 

 高町は、目を見開いたまま固まっている。でもその目は揺れていて、動揺しているのがすぐに分かった。

 

 「………ほん、と…?」

 

 「ああ」

 

 確認するように、小さく呟く言葉。それに俺ははっきりと答える。

 

 「本当に、……お父さんが……?」

 

 「本当だ」

 

 「……っ…」

 

 高町は崩れ落ちるように膝をついて、座り込んでしまった。

 

 「……っ…おとう…さん……、よか、た…っ……」

 

 泣き出す彼女を、俺は優しく抱きしめる。

 

 「行こう。お父さんのところに。きっとお父さんも、お前に会いたがっているさ」

 

 「…っ、うん……、うん!」

 

 俺の胸に顔をうずめたまま、高町は泣きながらも頷いた。

 

 俺はなんとか高町を立たせて、病院に連れていこうとするが、篠宮先生がそれを止めた。

 

 「ここで待ってて、いま車を持ってくるから」

 

 「しかし…」

 

 そこまでしてもらっていいのだろうかと、一瞬断ろうと思ったのだが、それを遮るように先生は続けた。

 

 「私もね、高町さんが無理をしてるのは知ってたの」

 

 突然の告白。しかし、そこには聞き逃してはならないと思わせるような力があった。

 

 「でもね、私は結局何もできなかった。でも今は、できることがある」

 

 それは悔しさや悲しみといった、先生がずっと溜め込んでいた思いだ。この人も高町のことをずっと心配していたのだ。

 

 「先生………」

 

 「だから待ってて。すぐ来るから」

 

 篠宮先生は、そう言うと走っていってしまった。

 

 走り去っていくその背を俺は目で追う。少し頼りなくて、でも生徒のことを一心に考えてくれる自分たちの優しい担任を。

 

 俺はその背に頭を下げることしかできなかった。

 

 ………あの人が俺たちの担任で、良かった。

 

 

 

 

 その後、先生の車で病院に向かい、高町のお父さんの病室前まで高町を送ったあと、俺はすぐに帰った。せっかくの再開だ。俺がいては邪魔だろう。

 

 

 次の日、教室に入ると、高町に声をかけられた。

 

 「優雨くん。その、ありがとう」

 

 突然の感謝の言葉に俺は眼を丸くする。

 

 「突然どうした」

 

 聞き返すと、高町は目をつむって語りだす。まるでその光景を想う浮かべるように。

 

 「昨日、お兄ちゃんに謝られたの。自分のことばっかりで、一人にしちゃってごめんって。そしたら、お姉ちゃんやお母さんもそう言ってくれて。だから私も、ちゃんと溜め込んでたものを全部話せたんだ」

 

 高町は顔を上げ俺の眼を見る。昨日、俺が何度も高町にしたように。

 

 「それができたのって、やっぱり全部優雨くんのおかげだと思うの。だから………」

 

 一度言葉を切り、高町は満面の笑顔を浮かべた。

 

 「ありがとう」

 

 「………」

 

 一瞬、俺は我を忘れて、その笑顔に見入ってしまっていた。嘘偽りのない、強がってもいない、ただ自然とそこに生まれる、幸せな笑顔。

 

 それは、俺があの絵に描いた女の子と、全く同じ顔だった。

 

 「……俺は、思ったことを言っただけだ。別にお礼を言われるようなことはしてない」

 

 照れくさくなり、思わず顔を逸らしてそんなことを言ってしまう。しかし、高町は首を振った。

 

 「優雨くんが言ってくれたことは、私にとって、私たちにとって、とても大切なことを教えてくれたんだよ」

 

 「………」

 

 まっすぐ気持ちを伝えてくる高町に、俺は言葉を返すことができなかった。

 

 すると、急に高町は「それにね!」と身を乗り出してきた。驚いて高町を見ると、彼女は真っ直ぐに俺を見ていた。その顔は、優しさとどこか有無を言わさない強さがあって、思わず見とれてしまう。

 

 「私がありがとうって言いたいの。だから………」

 

 高町は体を離し、また嬉しそうに笑った。

 

 「だから、言わせて。…ありがとう。優雨くん」

 

 

 「………勝手にしろ」

 

 俺は、そう返すしかできなかった。

 

 

 

 「……あと、ね。一つお願いがあるんだ」

 

 急に高町がもじもじとそんなことを言った。

 

 「? なんだ?」

 

 さっきまでハキハキとしていただけに、そんな高町を不思議に思う。高町は少し目をそらしたが、意を決したように再び俺を見た。

 

 「その、私のこと、名前で呼んでくれないかな」

 

 「………」

 

 突然の申し出。それは名前で呼んで欲しいということだった。

 

 その願いを受けるのは簡単だ。しかし、俺にその資格があるのだろうか。

 

 名前で呼び合うということは、その人と親しい関係になるということだ。俺がここに来る前にしたことは、もはや消すことはできない俺の罪。あんなものを背負って生きている俺に、そんな関係になる資格があるのかと、そう思ってしまう。

 

 しかし……

 

 ちらりと高町を見れば、そこにはさっきとは違う、不安げな顔。今これを断れば、きっと高町は泣いてしまうんじゃないだろうか。

 

 それに、俺は約束してしまったんだ。高町の相談役になってやると。その言葉には責任を持たなくてはいけない。

 

 ………だったら、もう答えは決まっているじゃないか。

 

 「…はあ。わかったよ、なのは」

 

 「あ、うん!」

 

 さっきと同じ、いや、もしかしたらさっき以上に高町は笑った。幸せな、嬉しさでいっぱいの笑顔。

 

 ふと、それは自分が生んだのだと気づいて、それがまた妙に照れくさかった。

 

 「…もう時間だ。席に戻れ」

 

 だから、少しぶっきらぼうにそう言ってしまう。

 

 「うん!」

 

 それでも高まt……なのはは、そんな俺に元気いっぱいに頷いた。

 

 

 これから先、俺たちはいろんなことを一緒に経験していくことになる。

 

 過去にとらわれた少年と、未来を夢見る少女。

 

 そんな二人の記憶(未来)が、今、始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこかで、誰かが微笑んだような、そんな気がした。




 まさかここまで長くなるとは思いませんでした。

 このイベントは、最初に書いていたものが後からどうにも納得できなくなり、今更のように書き直したというものですね。この頃から優雨は異常だったようですw

 では、またノシ
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