――謀日、正午。
かつては強大な国力を誇り、現在においてもその広大な領土を維持しつつ、様々な異民族との抗争を繰り広げている帝国。
そんな国の首都である帝都に、その中央にある宮殿の一角にて、とある二人の男達が何事かを話し合っていた。
「――フム。つまりは、私の護衛である皇拳寺羅刹四鬼のうち、スズカとメズの二名を護衛に欲しい、という事ですか?」
片方は壮年の男性で、不健康そうなふくよかな体型にもっさりとした髪と髭。そんな彼の手には揚げたてのドーナッツが大量に入った紙袋が抱えられており、会話の合間にもそれらをヒョイヒョイと口に運んで咀嚼している。
この人物こそ、今はまだ幼い皇帝陛下を影から意のままに操り、私腹を肥やしながら国全体を崩壊へと導いている諸悪の根源、オネスト大臣である。
「……はい。羅刹四鬼でもトップの実力をもつイバラさんと、最も強靭な肉体をもつシュテンさんの二人がいれば、平時の護衛としては十分でしょう?」
それに対するは、大臣とは正反対に引き締まった身体をもつ美形の青年だ。
やや癖のある頭髪を後頭部でまとめ、顔には痛々しい程に目立つ斜め一文字の傷跡。腰には得物であろう一振りの刀を差しており、その佇まいから高い実力を有している事が窺える。
「うーむ。彼らには近々、ある人物の護衛を任せようとしていたのですがねぇ。……まぁ、イザナの頼みなら仕方ないですかねぇ 」
「ありがとうございます、
そう言って、大臣に頭を下げる青年、イザナ。
彼はオネスト大臣を父にもつ、正真正銘血の繋がった親子である。
「いいんですよ。大切な息子の頼みなのですから。……ただ、私からも一つばかり頼み事があるんですけどねぇ?」
「もちろんいいですよ。自分にできる事であれば何でも言って下さい」
「そうですかそうですか! いやいや、イザナは本当に父親想いの良い息子ですねぇ」
「当たり前でしょう? 多忙なシュラ
実は現在、イザナの双子の兄であるシュラはとある理由から帝国から離れている為、彼はその分まで大臣である父の事務仕事等を頻繁に手伝っているのだ。
更には戦闘能力も高く、特に剣術については天性の才能をもっているので、イザナを高く評価する人物は宮殿内でもかなり多い。かのブドー大将軍ですら、大臣の息子という事実を踏まえつつも一目置いている程である。
――ただ一点だけ、厄介な性格を除いてではあるが。
「……因みに、どうしてスズカとメズが護衛に欲しいのですか? イザナ程の実力があれば、護衛など必要ないでしょう――」
「それはもちろん、彼女達が美しい女性だからですよ! 一目見た時から、常々自分の側にいてほしいと思っていたんです!」
「――って、ああ。やっぱりそうでしたか……」
何気なく聞いた質問に、 満面の笑顔で答える
イザナのもつ唯一の厄介な点。
それは、あらゆる美女、美少女に対して独占欲が強く、それ故に女癖が悪いというところである。
関係をもった女性は数知れず、地方の町娘から貴族の令嬢まであらゆる美しい女性を手込めにしてきているのだ。
時には半ば強引に関係をもった女性もいたのだが、最終的にはイザナの完璧なアフターケアと、その後の熱烈なアプローチによって彼に惚れ込み、愛人の一人となった女性も少なくない。
「あー、別に彼女達との恋愛は自由ですが、それに伴う厄介事は極力控えなさい。いいですね?」
「大丈夫ですよ。安心して下さい。……ところで、父上のお願いとは一体何なのですか?」
「ああ、そこまで難しい事じゃありませんよ。ちょっとばかり面倒事ではありますが、イザナにとっては簡単なお仕事です――」
「――ってな訳で、情報ではそろそろ来る予定の筈なんですが……」
それから数日後。
何やら殺し屋やら殺人鬼やらで騒がしかった帝都を離れ、イザナはとある辺境の村にやってきていた。
村の住人達はいたる場所で力無く倒れ伏し、今にも死んでしまいそうな状態である。このような悲惨な出来事も、彼の父親であるオネスト大臣の影響なのだろう。
そんな村に彼がやってきたのは、この村を通りかかるであろうある人物に会う為であった。
大臣
『――私にとって邪魔になりそうな人が、今この帝都に向かってきているんですよ。なので、イザナにはその人が
――との事だ。
つまりは、その人物が帝都に着く前に消して欲しいのだろう。簡単に言えば、これは暗殺の依頼という事だ。
「まあ、大事な父上の頼みであれば、聞かない理由はありませんからね。……スズカさん、メズさん。周囲の状況はどうですか?」
イザナが独り言をこぼしながらそう尋ねると、音もたてずに二人の女性が背後に現れた。
顔に傷跡のある黒髪の女性と、健康的な褐色肌の女性。彼女達こそが、彼の新たな護衛となった皇拳寺羅刹四鬼の二人、スズカとメズである。
「んーと、馬車が一台に、護衛の兵士達が十数名の一団が近づいてきてるね」
「どう考えても、アレの中に目的の人物がいるのは間違いないっしょ?」
「そうですか。では、早速参りましょう」
彼女達の言葉を聞いて、軽やかに走り出すイザナ。そんな彼に一瞬遅れながらも、そのすぐ後を素早く追いかけていく二人。
三人の走る速さはかなりのもので、かなり離れていた筈の馬車までの距離を、五分とかけずに走破し馬車の前へと立ち塞がる。
すると、馬車の中から一人の少女が槍を手にして現れ、それと同時に周囲にいた護衛の兵士達が馬車を守るように展開していく。
どうやらかなり練度の高い護衛のようだが、イザナが注目していたのはそこではなかった。
「……スズカさん、メズさん。お二人は護衛の兵士達をお願いします」
「へっ? イザナさんはどうすんのさ?」
「自分は、あの美しい少女の相手をしますよ」
「……ああ、了解した。それじゃあそっちは任せるよ?」
イザナの言葉にどこか納得の顔を見せながら、スズカが完全に迎撃準備を終えた護衛達に駆け寄っていく。
それを見た護衛達も、それぞれの得物を構えて取り囲むように彼女へと殺到していった。見た目から彼女が得物を所持していないと判断したのか、槍を構えた者達を先頭に武器の間合いを活かして戦うつもりらしい。
「――でも、甘いよ?」
そう言うと同時に、スズカが自身の爪を伸ばし、先頭にいた十人の命を刈り取った。そのあまりにも早すぎたその攻撃により、絶命した全員が何をされたのか分からないといった表情を浮かべたままである。
皇拳寺羅刹四鬼は様々な修行を重ね、更にはレイククラーケンという危険種の肉体をも食べる事によって、身体のあらゆる部分を自在に操作する事が可能となっているのだ。
スズカの場合は自身の爪を強化し、更にそれを伸ばす事によって護衛達を瞬時に貫いたという訳である。
「こ、こいつらかなり強いぞっ!?」
「ま、まだ人数はこちらが上だ! 体勢を――」
「――はい、よっと!」
残った数名の護衛がスズカから距離を置こうとしたその時、一番スズカから離れた場所にいた護衛二人を褐色の腕が貫いてた。
スズカのすぐ後ろにまで近づいてきていたメズが、身体操作を利用してその両腕を槍のように伸ばして攻撃したのだった。
「これで、おしまいっと!」
「ぎゃっ」
「グゲッ」
更には、同じ要領で片足を長く伸ばし、その脚で鋭い回し蹴りを放つ。あまりの速さに残りの護衛達は抵抗さえ出来ぬまま、全員揃ってその首をへし折られてしまった。
この間、僅か三十秒の出来事である。
「……そ、そんな。この人数差を瞬く間に、しかも、たった二人だけでなんて」
最後に残された槍を握る少女、スピアにとって、目の前で起こった事はとても信じがたい現実であった。
彼女は父である元大臣のチョウリの護衛として付き添っており、何度かあった賊の襲撃にも他の護衛達と共に難なくこなしてきたのだ。
しかし、そんな歴戦の仲間とも言うべき護衛達は、たった今全滅させられてしまった。それも、二人の女性達のみの手によって。
あまりの出来事にスピアは得物を握ったまま膝をつき、呆然とした面持ちでそれらを眺めていた。
「さて、戦うその姿すら凛々しく美しいお嬢さん――」
そして、今彼女の目の前には、その二人を従える青年がにこやかに佇んでいる。その優しげな瞳はしかし、今の彼女にとっては恐ろしいものにしか見えていない。
そんな風に、我に返ったものの怯え始めるスピアに対して、その対象となっている青年、イザナは。
「――少し、これからの事についてお話をしませんか?」
妖しい微笑みを浮かべたまま、彼女に手を差し伸べた。