「――皆さん、ただいま帰りましたよ」
あれから約三日後。
イザナと他の者達は彼の自宅に到着していた。
自宅といっても帝都の一等地に建つかなり立派な洋館であり、流石は大臣の息子といったところである。
「……あっ、お帰りなさい、イザナさん」
そんな館でイザナを最初に出迎えたのは、丁度玄関を通りかかった黒髪の眼鏡をかけた少女だった。
「ただいま、ウーミンさん。留守の間に問題はなかった?」
「はい、特には。……ええと、その後ろの女性は――」
「あ、そうそうウーミンさん。今から寝てる
「――また、連れてきたんですね。分かりました。先に皆さん食堂で待っていて下さい。丁度夕食の時刻も近いですし、一緒に食事をしながらにしましょう」
「はい。それじゃあお願いしますね?」
ウーミンと呼ばれた少女はそうイザナに笑顔で頼まれ、やれやれといった風な苦笑を浮かべながら立ち去っていった。どうやらこういった事は今までに何度もあったらしい。
彼女を一旦見送ったイザナ達は、後から現れた館の侍女達の案内によって、揃って食堂へと移動した。
その食堂も立派なもので、内装に使われている家具や装飾品など、売れば数ヶ月は遊んで暮らせる程の最高級の物ばかりである。
それから待つ事暫く。食堂の入り口からぞろぞろと美女、美少女が入ってきた。
その大半は食事の配膳の為に現れた侍女達であり、洗練された動作でテキパキと食事の準備を進めていく。
そして、先程イザナと話したウーミンが食堂に現れ、それから
食事の準備が終わり 、全員が席に着いたところで、上座の位置にいたイザナが口を開く。
「……では、皆揃ったようですね。まずは食事の前に、この館の新しい仲間を紹介しましょう」
そう言って彼はその場に立ち上がると、近くに座っていた女性も立たせてにこやかに紹介し始めた。
「――今日からこの館の一員となった、スピアさんです」
「……よろしく、お願いします」
――時間は三日前まで
「――少し、これからの事についてお話をしませんか?」
イザナがそう口にした直後、スピア達が護衛していた馬車から一人の男性が現れた。
「ま、待ってくれ! 娘にだけは手を出さないでくれ!」
「ち、父上っ!?」
馬車から飛び出して駆け寄ってきたのは、帝国の元大臣でありスピアの父親でもあるチョウリだった。
すがるように叫ぶその声に、半ば呆然としていたスピアも我に返り、大切な父のもとへと走り出す。
「この老いぼれの命が欲しいならばくれてやる! その代わり、娘の命だけは助けてくれ!」
「な、何を言うのですか!? ここで父上が死んでしまえば、この帝国の行く
「……確かに、この国をどうにかして救いたい。だが、その為に娘の命を見捨てるなど――」
「――えっと、すみませんが少々よろしいですか?」
親子が話し合っている中、つい待ちきれずにイザナは二人に声をかけた。その声に反応して、チョウリとスピアは今の状況を思い出し、強ばった表情で彼に視線を向ける。
「とりあえず、チョウリさん。貴方が帝都へ『来られない』ようにしろと、自分は父上であるオネスト大臣にお願いされているんですよ」
「……思い出した。見覚えのある顔だと思ってはいたが、あの大臣の息子か。そして、お前は大臣の放った刺客という訳なのだな」
「貴様のような輩に、父上を殺させなどしない!」
イザナの言葉を聞きどこか納得した様子を見せるチョウリと、その発言に憤り槍の穂先を向けるスピア。
しかし、彼女が構えたその槍は、今まさに守るべき
「なっ!? 父上、どうして!」
「この男、イザナの剣術は帝国でも屈指の実力なのだ。いくら槍の得意なお前でも、彼には決して敵う事は無いだろう」
「そ、そんな……」
まだチョウリが帝都にいた時、たった一度ではあったがイザナの鍛練を見る機会があり、彼の武術の才能を目の当たりにしていたのだ。
故に、皇拳寺の槍術皆伝であるスピアであっても、戦えば必ず負けるという結果を容易く予想する事が出来たのである。
「……まあ、別にチョウリさんを殺さなくても大丈夫ですよ?」
「何だと?」
「つまり、貴方が帝都に『来られない』という事ならば、別に生きていても問題は全く無いんです。もしこちらの要望に応じて、更に二度と帝都には来ないというのであれば、貴方を殺すのは諦めますよ?」
唐突に提案してきたイザナの話の内容に、チョウリは少しだけ思案したもののすぐに答えを出した。
「……………………そちらの要求は、何だ?」
「ち、父上――」
「簡単です。貴方の護衛でありるスピアさん、自分の護衛としてこちらに下さいませんか?」
「――って、え、えっ!? 私ですか?」
予想外の要求に、目を白黒させて驚くスピア。チョウリも似たような反応を見せており、そんな二人をイザナは楽しそうに眺めている。
「な、何故、娘なのだ?」
「スピアさんは美しく、そして武術の才能も十分にあります。そんな彼女を地方でずっと過ごさせるには、あまりにも勿体ないではないですか。安心して下さい。チョウリさんには自分から信頼出来る護衛をつけますし、帝都での彼女の生活は私が保障しますよ」
「だが、大切な娘の命と引き換えに生き延びるなど……」
イザナの問いかけに、チョウリは表情を曇らせる。
要求に応じれば二人は助かり、断れば自身は殺され、娘は結局連れ去られる事となるだろう。
恥を受け入れるか、志をもって死ぬか。
彼が苦渋の決断に悩む中、娘であるスピアが覚悟を決めた様子で口を開いた。
「――父上。この要求を受け入れましょう」
「なっ!? しかしそれではお前の身が……っ!」
「今はこれしか方法がないんです。これからの事は、まず生き延びてから考えていきましょう」
スピアの言葉に拳を握り、唇を噛み締めるチョウリ。よほど、この要求を受け入れるのが辛いのだろう。
やがて、彼は下を向いていた視線を上げ、笑みを浮かべたままのイザナへと覚悟を決めた表情を向けた。
「……一つだけ約束して欲しい。絶対に娘を不幸にしないと」
「約束しましょう。スピアさんは、このイザナの名と存在に誓って幸せにします」
チョウリの真剣な言葉に、いつもの笑顔を浮かべず真面目に返事をするイザナ。
女癖の悪い彼ではあるが、それは美しい女性に対する独占欲が故であり、女性それぞれに対しては常に真剣に関係をもっているのだ。
『自分の近くにいる美しい女性は必ず幸せにする』
それが、イザナという男のポリシーなのである。
「……分かった。私は実家に戻るとしよう」
「ありがとうございます。では――」
イザナはそう言って、自身の持つ刀を抜き放ち、そのまま地面へと突き刺した。
何事かと不思議に思う他の者達の目の前で、刺した地面が途端に隆起し、瞬く間に人のような形を成していく。
そして、ほんの数十秒の間に土の人形は増えていき、最終的には十体の人形が形成された。
「――この土人形に、馬車の取り扱いと周囲の護衛をさせましょう。自宅に戻るまではもつ筈ですから、それまでには信頼のおける護衛をそちらに向かわせますよ」
「その刀は、帝具なのか?」
「はい。
その刀に鍔は無く、暖かみを感じる白色の柄と鞘に、冷たさを感じる黒色の刀身。まるで昼の明るさと夜の暗さを表したような、そして見る者を惹きつける美しさをも兼ね備えた帝具であった。
「……では、父上」
「ああ、達者でな」
そう多くない言葉を交わした後、チョウリを乗せた馬車はゆっくりとその場から引き返して離れていく。そんな馬車の姿を、別れを惜しむかのようにスピアは静かに見送った。
「……良かったの? 大臣は多分怒ると思うよ?」
「今ならまだ、馬車に追いつく事は可能ですが?」
今までイザナの背後で成り行きを見守っていた、メズとスズカの二人が問いかけてきた。その言葉を聞いて、イザナは元の笑顔を浮かべながら口を開く。
「……あの二人以外の護衛は全て消しました。このままこの現場を放置すれば、後は野生の獣が更に死体を散らかして、最終的には誰が誰だか分からなくなりますよ」
「でもさあ、面倒事になりそうなものはなるべく処理した方が……」
「自分は彼女達と約束を交わしました。メズさんは、自分に美少女との約束を破れと言うのですか?」
「あー、分かりました。言う通りにします」
段々と迫力の増すイザナの表情に、ついにメズは諦めを迎えた。スズカに至っては早いうちから数歩後退り、事の次第を静観していたようだ。
「さてと、そろそろ我が家に帰るとしますか?」
「……ウーミンは、十中八九またため息をつくだろうな」
「私達の時も、ちょっと揉めたからね」
「……まあ、ウーミンには苦労をかけてしまいがちですからね。そこは自分が彼女としっかり話し合いますよ」
そう申し訳なさげに苦笑ながら、イザナはスピアの方へと向き直る。
「さて、スピアさん?」
「は、はい」
「貴女はこれから自分の護衛となってもらいます。スズカさんやメズさんと一緒に、帝都までよろしくお願いしますね?」
「……わ、分かりました。これからよろしくお願いします」
少し戸惑いながら挨拶をするスピアを、満面の笑みでもって迎えたイザナ。
そうして、彼はまた新たに美少女を仲間に加え、帰りを待つ者達がいる帝都へと無事帰還したのであった。