――翌日、イザナはオネスト大臣への報告をする為に宮殿へと赴いていた。
暫く宮殿内を散策していると、丁度大臣はとある人物と何かの会話をしているところであった。
「……おお、イザナじゃないですか。今日は一体どうしたんですか?」
「――ふむ、私もイザナには久々に会うな。元気にしていたか?」
「どうも、父上。それから、お久しぶりです、エスデス将軍」
水色の長髪に切れ長の眼。纏う雰囲気は冷たく張りつめたものであり、見る者全てが絶対的強者と仰ぐ、圧倒的なカリスマを放つ女性。
彼女はかつて南西のバン族の大軍を壊滅させ、つい先日も北の異民族を短期間で攻略した、帝国の誇る最高戦力の一人、エスデス将軍である。
「父上。例の依頼、終わらせてきましたよ」
「……おお、そうでしたか! いやいや、本当に助かりますねぇ」
「大臣、何の話かお聞きしても?」
「ああ、エスデス将軍に頼んだ内容とほぼ同じですよ。ただ、将軍には少しプラスして欲しい事があるんですがねぇ?」
「分かった。その代わり大臣も先程の件、頼みますよ?」
「ええ、しかと承知しました」
そうして会話を終えて、エスデスはこの場から離れていった。おそらくオネスト大臣の頼み事をこなす為、早速行動を起こしに行ったのだろう。
ただし、姿が見えなくなる寸前、エスデスはほんの一瞬だけではあったがイザナに獰猛な視線を向けていた。それに気がついた彼は、その迫力に気圧され若干引きつった笑顔を浮かべた。
一年程前、イザナはエスデスに頼まれて模擬試合を少し行った事があるのだが、どうもその時の戦いで気に入られたらしく、それ以来何かと目をつけられているのだ。
いくら美しい女性が好きな彼でも、命がいくらあっても足りない程の、超ドSな仕打ちに何度も耐えられる精神は持ち合わせていない。
そんな訳で、彼にとってエスデスという女性は、数少ない苦手な美女という認識をしているのである。
「……あ、そうそう父上。ちょっと相談があるんですが」
「……またですか? 今度は一体誰が欲しいんです?」
「皇拳寺の手練れを最低でも五人、出来れば十人ぐらい、自分のところに欲しいのです。ちなみに、男女は別に問いませんよ」
「……ふむ。男女関係なく、ですか? 珍しいですねぇ」
「ちょっと、護衛をつける約束をある人としたんですよ。お願い出来ますか?」
「うーむ。……まあ、別にそれくらいなら大丈夫でしょう。後で自宅に寄越しておきますよ」
「はい。なるべく早めでお願いします」
女性好きのイザナにしては少々珍しい願いに、少しだけ不思議に思うオネスト大臣。
しかし、彼の性格上どうせ女性との約束だろうと結論づけ、まさかその約束の対象が、息子に暗殺を依頼した自身の政敵だとは思いもせずに、笑顔で快諾したのであった。
「では、自分はこれで失礼しますね」
「おや、今日はこれから何か予定でも?」
大抵の場合、オネスト大臣に会いにきたイザナは一緒に食事や世間話をするので、今日のように早々に立ち去る事は希な事であった。
そんな珍しい態度にふと大臣が尋ねると、当人のイザナは何やら嬉しそうな様子で答えてきた。
「実は、先日帝都を出る前に助けた女性が、つい今朝方目を覚ましたんですよ。なので、今はなるべく彼女の側にいてあげたいんです」
報告を終えて宮殿から帰ってきたイザナは、すぐに
その部屋の中には清潔なベッドがいくつか並んでおり、普段は怪我をした時や病気の際に利用する治療場所となっている。
そんな所の一角に、ベッドに横になっている女性とその側に控えているマーサの姿があった。
「お疲れ様です、マーサさん。……あれ、そういえばレムスさんは?」
「ああ、彼女も今日は調子が良くてね。今はウーミンと一緒に遅めの朝食を食べていますよ」
「ああ、そうだったんですか。それは良かった」
この治療部屋は、今朝目覚めた娘以外にも数人が利用している。その内の一人であるレムスという娘は、とある暗殺の任務の失敗により処分を受ける寸前に、イザナの手によって保護されていたのだ。
そんな彼女は最初の頃は薬物による影響で目を覚ます事すら
その事にイザナは嬉しく思いつつ、目の前のベッドの女性へと顔を向けた。
「……さて、まずは初めまして。自分はイザナという者です。貴女の事は、帝都警備隊の方から少しは伺っていますが、とりあえず名前を聞かせて貰えますか?」
「…………あの。一つ、聞いてもいいですか?」
「はい、何でしょう?」
こちらが尋ねた事に対し、女性は逆にイザナに質問をしてきた。彼は不快に思ったりはせずに、彼女に優しく質問を促した。
そして、本当に不思議そうな、それでいて真剣な様子で――。
「――何故、私はまだ生きているんですか?」
――そんな疑問を、帝都を騒がす
~ Side:シェーレ ~
――最期に思い浮かべたのは、今まで一緒に生活してきた皆さんとの胸いっぱいの
敵と必死に戦い、でもほんの僅かな隙を突かれ、その次の瞬間には身体を真っ二つにされてしまった。
それでも、傷ついた仲間を助けたくて、残る力を振り絞って最期まで抵抗してみせた。
視界が暗くなる寸前、何処からか『まだその娘を殺すなっ!!』という男性の声が聞こえてきたが、次の瞬間には私は意識を手放していました。
そして、次に目を覚ますと、私はベッドの上にいました。あの時、このまま死ぬ事を覚悟していた私には予想外の出来事です。
すると、丁度よくこの部屋に入ってきた侍女の人と目が合い、彼女は驚いた様子で部屋を飛び出していきました。
(……警備隊に捕まっている、という訳でも無いようですが)
最初はあの後に帝都警備隊に捕らえられたのだと思いましたが、今いる場所は牢屋ではなく、何処かの屋敷の一室のような綺麗な部屋で、身体には拘束具の類いもつけられてはいません。
しかも服を捲って確認してみると、敵の帝具による攻撃で失った下半身もしっかりくっついていて、傷跡すら欠片も残されていないのです。捕まえた犯罪者に最低限の治療はしたとしても、致命傷をここまで完璧に治す事はないでしょう。
つまりここは、警備隊とはまた別の場所である可能性が高いのです。
「――あら、本当に目を覚ましたみたいだね?」
そんな考え事をしていると、一人の女性が現れました。その服装から彼女が侍女であるのは明らかで、どうやらこの場所は本当に何処かの館であるようです。
とにかく彼女と話をする為に起き上がろうとすると、思った通りに身体に力が入らず、再びベッドに倒れ込んでしまいました。
「ああ、とりあえずそのまま寝てなさい。一週間以上も意識が無かったんだから、まだ起きない方がいいわよ。今、簡単な食べ物と水を用意させてるから、少し待ってて頂戴ね?」
そう言って、女性は私にはだけた毛布を再び被せ、部屋を出ていってしまいました。部屋の外からは男性との話し声が僅かに聞こえており、私の事について話している事が伺えます。
その後は彼女に言われた通り、しばらくの間ベッドでポツンと寝ていた私ですが、そこで今更ながらに重大な疑問が生まれました。
「……何故、私は生きているのでしょうか?」
あの時受けた傷は、治療等ではどうにも出来ない程の致命傷でした。何せ下半身をまるまる失い、血も大量に流れ出ていたのですから、傷跡一つ無く生きている今の状態は明らかにおかしいものです。
それから先程の侍女、マーサさんが水と食事を運んできてくれましたが、私の頭の中はかなり混乱していたので、ほとんど手をつける事が出来ませんでした。気をつかってくれたマーサさんが色々と話してくれてはいましたが、それすらもあまり頭の中に入ってはきませんでした。
唯一つ、この館の主であるイザナさんという人が、私の事を助けてくれた人物だという事はどうにか理解できました。
もうしばらくすれば、その人も用事を終えて帰ってくるとの事だったので、私はこの頭の中のもやもやした不安を解決する為に、会ってすぐに問いただしてみようと決めました。
~ Side:シェーレ・了 ~
「――成る程。貴女がまだ生きている理由ですか。それは、自分が貴女を助けたからですよ?」
シェーレの真剣な問いに、イザナと笑顔のまま真面目に答えを返す。
しかし、彼女はまだ納得しておらず、身を乗り出す勢いでイザナに詰め寄ってきた。
「どうやって、死にかけていた私を助けたって言うんですか?」
「帝具の力を使って、貴女を助けました」
「帝具、ですか?」
「はい。自分の帝具、生殺与奪「黄泉国」の奥の手には、死んだ命を蘇らせる力があるんですよ」
刀で傷つけたものの生命力を操る帝具、「黄泉国」。
その奥の手には、五十人分に相当する生命力を消費する事を条件に、致命傷を負って瀕死の状態の者、もしくは死んで間もない者を完全に治癒、蘇生させる効果がある。
この奥の手によって、死にかけていたシェーレを助ける事が出来たのだ。
余談ではあるが、シェーレの他にもこの奥の手によって命を救われた者は多くいる。
古参であるウーミンやレムス、マーサをはじめとして、トレハはとある洞窟で、サヨは帝都の貴族の邸宅で、それぞれの場所にて一度命を救われていた。
「……それで、助けた私を貴方はどうするんですか? 私が殺し屋だという事は知っているんでしょう?」
「ええ。あの時の帝都警備隊の少女から、そういった話は聞いています。ただし、だからと言って貴女を尋問したりするつもりはありませんよ」
「……信用、出来ません。何故、私の事をそこまでして助けたんですか?」
「貴女が、美しい女性だからです」
「…………えっ?」
いまだ訝しげに問いかけるシェーレだったが、イザナのそんな予想外の発言には目を丸くしてしまう。
「自分は、美しい女性が好きです。なるべく自分の側に囲ってしまいたいとまで思っています。そんな自分の目の前で、美しい女性が無惨にも傷つき、命を落としかけているなどあってはならないんですよ」
「で、でも、私は殺し屋、なんですよ? そんな人間を助けたら、貴方の立場は――」
「――
「え、えっと……」
「とにかく、この館では安心して生活して下さい。貴女の事は自分が守りますから」
そんな風に真剣な眼差しをしながら笑顔を見せるイザナに、シェーレは思わず笑みをこぼしてしまう。
そして、彼女は何とか右手を差し出し、口を開いた。
「……シェーレです。貴方の事は、これから信用していこうと思います」
「改めまして、イザナです。早く信用してもらえるように、努力していきますよ」
互いに手を差し出し、握手を交わす二人。
このイザナの洋館に、元殺し屋という新たな仲間が加わった瞬間であった。