第98話
「気が重い・・行きたくないな・・」
今日は隊長陣・・つまり私達の訓練の日だ・・兄上と顔を合わせるのが何か気まずくて行きたくないと思ったが
「そうな事は言ってれんか・・早く行って終わりにしよう」
適当な所で書類整理が残っているとでも言って、訓練を切り上げて貰おう・・私はそんな事を考えながら演習場に向かった
「・・・来たか・・待っていたぞ」
演習場では兄上が腕を組んで待っていた、私は
「お待たせしたみたいで申し訳ありません、すぐにでも始められます」
私がそう言うと兄上は鋭い眼光で私を見据え
「そうだな・・すぐにでも始めよう・・」
ヒュン
兄上の姿が掻き消えた思った瞬間、目の前・・いや息と息が掛かるくらいの距離に兄上が居た・・驚き飛びのこうとすると
「・・悪いが・・少しばかり我慢してくれ」
その言葉と共に抱き寄せられる
「「!!!!」」
見ていた高町やスバル達が声にならない悲鳴を上げてる気がした・・私がそんな事を感じていると
「・・天雷の炎よ・・今ここに具現化せよ」
兄上がぼそりと私の耳元で呟く、それと同時に
「な・・消える・・私が・・消・・え・・る・・」
凄まじい勢いで私が消えていく・・私は薄れていく意識の中
「信じている・・シグナム・・お前が戻ってくるとな・・負けるなよ」
兄上のその言葉を最後に私の意識は完全は闇に沈んだ
「・・もしかして龍也さんが好きなのってシグナム・・?」
私がそう呟く・・皆もまさかという顔をしている・・そもそも龍也さんが誰かを抱き寄せる等と滅多に無い事だ・・それが目の前で起きた事に驚いていると、龍也さんがシグナムから離れ臨戦態勢に入る、私はモニターで
「龍也さんが・・好き・・ううん・・シグナムはどうしたんですか?」
一瞬龍也さんがシグナムが好きなのか?と尋ねようと思ったが、その鋭い眼光に何かあると思いシグナムはどうしたのか?と尋ねると
「すぐに判る・・」
龍也さんがそう言うと同時に
「うう・・うわああああああっ!!!」
シグナムが物凄い叫び声を上げる、その余りの叫び声に
「兄ちゃん!!どういう事や、何が起こってるんや」
はやてちゃんがそう尋ねると龍也さんは
「シグナムはアイギナからハッキングを受けていた、それがシグナムの最近の不調の原因だ・・今からシグナムが元に戻るかどうかの賭けに出る・・失敗すれば・・シグナムは消える」
シグナムが消える・・私達がその言葉に驚いていると
「・・・」
さっきまで叫び声を上げていたシグナムが黙り込み、騎士甲冑を展開する・・それは普段の物ではなくブラストモードだ・・だがその色は禍々しい色に染まっていた・・シグナムが辺りを見渡したと思った瞬間
ジャラララッ!!
シグナムの手が振られたと同時に、レヴァンティンがシュランゲフォルムに変化し演習場の壁を出鱈目に斬り付ける、その突然の行動に驚いていると
「暴走が始まったか・・」
ぼそりと呟いた龍也さんは騎士甲冑を展開する、高速戦闘用のブレイカーモードで油断無く拳を構える龍也さんに
「暴走ってどういう意味ですか!?」
龍也さんに言葉の意味を尋ねると
「シグナムとアイギナが今身体の主導権を賭けて戦っている、シグナムが勝てばシグナムは元に戻る、だがシグナムが負ければシグナムはアイギナに吸収され消える・・そして今は1つの身体に2つの意識がある矛盾で暴走しているんだ・・そして私がすることは・・シグナムの暴走を食い止める事だっ!!」
龍也さんが駆け出し、シグナムに向け拳を振るう
ガキーンッ!!
無造作にシグナムは素手で受け止め、がら空きの龍也さんの胴を切り払おうとする、龍也さんは当たる直前に身を捩り直撃は回避したが
ズバッ!!
「くっ・・」
脇腹を右手で押さえながら、シグナムから距離を取る龍也さん
「暴走していてもこの剣筋・・流石はシグナムと言った所か・・だが・・そう簡単に私を倒せるとは思わない事だっ!!」
龍也さんとシグナムの戦いはまだ始まったばかりだ
龍也とシグナムが戦闘している頃
「ここは・・?」
私は気が付いたら、見覚えのある紅の世界に立っていた・・ここは・・確か
「はっ!?」
あたりを見渡していると強烈な殺気を感じ反射的にレヴァンティンを掲げると
ガキーンッ!!
美しい装飾が施された剣とレヴァンティンがぶつかり、火花を散らす私は横薙ぎにレヴァンティンを振るい襲撃者を弾き飛ばす
「ふん・・腐っても守護騎士という訳か・・」
襲撃者は私に力を与えた存在・・アイギナだった・・アイギナは美しい赤色の騎士甲冑を身に纏い鋭い視線で私を睨んでいた
「どういうつもりだ・・何故私を襲う・・」
襲われた理由を尋ねるとアイギナは
「理由・・?そんな事も判らないのか?・・私はお前が気に食わない・・私より弱いのに王の傍に居る貴様が気に食わない・・王の傍に弱者は必要ない・・理由などそれで充分だ」
吐き捨てるように言うとアイギナは剣を構え
「貴様を倒し、貴様の身体を奪い私が王を護る・・貴様はここで私の変わりに眠れ永遠にな」
そう言うと駆け出してくるアイギナに
「そう簡単にはっ!!」
昨日は消えても良いと思った・・だが今は嫌だ・・私は兄上の傍に居たいのだ・・こんな所にで眠りにつくつもりは無い、向かって来るアイギナ目掛けレヴァンティンを振るう
「ふん・・甘いっ!!」
左腕でレヴァンティンを受け止め即座に剣を振るってくる、私は篭手で受け止めようとしたが
「ぐうっ!!」
受けきることが出来ず簡単に弾き飛ばされる、何とか体勢を立て直し着地したが即座に
「はああっ!!」
アイギナが向かって来る、何とかその攻撃を防いでいたが
(このままでは・・駄目だ・・)
力の差ありすぎるのだ・・子供と大人くらい・・私の魔力よりアイギナの方が遥かに上なのだ・・何とかしようと策を練っていると
「このまま逃げ続け・・打開策を得ようという所か・・だがそんな暇は与えんっ!!」
アイギナが剣を振り下ろすとアイギナの背後から無数の燃え盛る剣が現れ
「貫けっ!!」
その合図と共に弾丸の様に打ち出される剣・・一瞬受け止めようと考えたが嫌な予感がし横っ飛びに回避する、剣が私が居た所に突き刺さると同時に剣が爆発する・・これを受け止めていたら私は戦闘不能になっていた・・その余りの威力に驚いていると
「はあああっ!!」
アイギナが突っ込んでくる反射的に受け止めるが、アイギナの力の方が上で簡単に弾き飛ばされる・・何とか体勢を立て直し着地するが・・状況は不利・・それでも・・
「私は負ける訳にはいかない・・私は兄上のところに戻るのだからなっ!!」
地を蹴り駆け出しながらそう叫ぶ、兄上は言っていた・・「信じている・・シグナム・・お前が戻ってくるとな」・・私は兄上のその信頼に応えなければいけないのだ・・私はアイギナ目掛け全力でレヴァンティンを振り下ろした・・
何故諦めない・・こんなにも力の差は明らかなのに・・私は向かって来る烈火を弾き飛ばしながらそんな事を考えていた・・力の差は明らか・・早く諦めれば良い・・そうすれば傷浅い内に終る事が出来るのに
「はあああっ!!」
何度も何度も弾き飛ばされ、ぼろぼろの姿だがその目の闘志は微塵も消えていない、私は桜花で烈火の剣を弾き飛ばし
「いい加減に・・諦めろっ!!貴様では私には勝てんという事がまだ判らないのかっ!!」
そう怒鳴りつけながら烈火の顔面に拳を叩き付ける
「がはっ・・」
口から血を流しながら吹っ飛んで行く烈火を見ながら、自分の右手を見る・・私の右手は震えていた
「くっ・・私は間違っているのか・・」
唯王の傍に居たいと思って何が悪い・・私の存在意義は王の為に存在する事だ・・その私が王の傍に行きたいと願って何が悪い・・
「間違ってない・・私は間違ってない・・」
震える手に力を込め桜花を握り直す、それと同時に
「シュツルム・・ファルケンッ!!」
烈火が矢を飛ばしてくる、それを片手で弾き飛ばしながら・・心の中で叫ぶ・・私だってこんな事がしたい訳じゃない・・私は知っている王がどれほど・・烈火を・・夜天の守護騎士達を想っているか・・王が何より大切に想う者に剣を向ける・・それは何より王の考えに背く事だ・・その事が私の胸を締め付ける・・それでも
「それでも・・私は王の下に行きたい・・もう1度・・王の声を・・あの優しさを・・得たい・・」
太陽の様に包み込むような優しさ・・プログラムである私達を人間の様に扱ってくれる王・・心から思ったのは初めてだ・・この方の為に剣を振るいたいと・・その為には例え王の命に背く事になっても烈火の身体を手にする必要がある・・だから・・
「恨みは無い・・だが・・お前にはここで眠って貰わなければならないのだ・・」
そう恨みはないのだ・・確かに夜天の守護騎士は気に食わない・・だが王の家族にそんな感情を抱く訳は無い・・こうして敢えて烈火を馬鹿にしたような口調で喋るのは憎んで欲しいからだ・・憎まれれば自身の罪を忘れずに居られるから・・私はそんな事を考えながら駆け出した・・早くこの戦いを終らせる為に
何度打ち合っただろう・・もう数は判らなくなるほど打ち合った・・騎士甲冑は既にボロボロで、レヴァンティンにも無数の皹が入っている・・それでもレヴァンティンを振るうのを止めない・・何故なら私はアイギナの剣を通して、アイギナの感情を感じていた・・彼女の剣にあるのは悲しみだった・・戦えば相手の心が判るなんては言わない・・だが感じるのだ・・ある者は己の信念を貫く為に・・またある者は復讐の為に・・闇の書の時からだ・・剣を通して相手の心を感じる時がある、今回もアイギナの心を感じていた・・アイギナの剣からは悲しみや寂しさばかり伝わってくる・・
(セレスが言っていた・・アイギナの忠誠心は天雷の騎士でも最も強いと)
アイギナは騎士である事に誇りを持っている・・それが王の・・つまりは兄上だ・・の為に戦えないのは相当辛い事であると容易に判る
(どうすればいいんだ?・・私もアイギナも救われる方法は無いのか・・?)
仮にアイギナが勝てばアイギナは心に傷を負う事になる、かといって私が負ければ私は兄上の傍に居られなくなる・・それは嫌だ・・丸く納めるには・・
(これしかないか・・)
ひとつの結論に辿り付き、向かって来るアイギナに向かって駆け出す・・レヴァンティンとアイギナのデバイスが交差する瞬間・・レヴァンティンを手放し素手で剣を受け止める・・刃が私の手を切り裂くが大した問題ではない
「何っ!?」
驚くアイギナに
「やっと捕まえたぞ・・石頭」
逃がさぬように両手でデバイスを握り締めながら、アイギナの目を見て話す
「お前の気持ちは判った・・兄上の傍に居たいと思う気持ちは間違っていないと私は思う・・」
逃げようとしていたアイギナの動きが止まる、その目は何故判る?と言っていた・・私は軽く微笑みながら
「だが私だって兄上の傍を離れたくは無いのだ・・私は兄上の傍に居たいと心から思っている」
デバイスを手放し崩れ落ち掛けるアイギナに
「だから・・こうしよう・・」
私が考えた案を話すとアイギナは
「・・良いのか?・・私が約束を破るかも知れんぞ」
ぼそりと呟くアイギナに
「私はお前がそんな事をしないと信じている、誇り高い騎士であるお前をな」
そう言うとアイギナは少しだけ笑い
「信じているか・・ふふ・・おかしな物だ、ついさっきまでお前を殺そうとしていた者を信じるか・・」
アイギナ笑いながら立ち上がり
「ありがとう、烈火・・いやシグナム・・お前の提案受けさせてもらう」
手を差し伸べてくるアイギナに
「ちゃんと兄上に説明しておいてくれ」
そう言いながらその手を握り返すとアイギナは
「判った・・ちゃんと伝えておく」
そう呟くアイギナに頷くと同時に、紅の世界は消えて行った・・
「どうなったんだ・・?」
私は拳を構えながらそう呟いた、先程からシグナムはぐったりと下を向き動き出す素振りが無い・・戦いは終ったのだろうかと考えていると、急にシグナムは上を向いた・・それと同時に騎士甲冑が音を立てて崩れて行く・・アイギナとシグナムの戦いが終ったのだろうと判断し近付くと
「・・王よ・・」
シグナムは私に気付くと、一言それだけ呟いた
「アイ・・ギナなのか・・?」
シグナムの瞳は金に染まり、髪も若干赤みが掛かっている・・シグナムは・・負けたのか・・私がそんな事を考えていると
「王よ・・シグナムは私を倒しました・・武力ではなく心で・・そして私はシグナムの好意で今ここに居ます」
シグナムの好意?・・アイギナの言葉が判らず首を傾げると
「もう少し・・王とお話したいのですが・・残念ながら・・もう限界のようです・・」
アイギナはそう言うと倒れかける、慌てて受け止めると
「魔力が・・底を尽きました・・申し訳ありませんが・・少し眠りに着かせて頂きます・・」
そう言うと穏やかな寝息を立て始めたアイギナを背中に背負うと
「兄ちゃん!!シグナムは・・シグナムはどうなったんや!!」
はやて達が走ってくる、私ははやて達に
「どうやらシグナムが勝ったそうだが・・良く判らないんだ・・明日アイギナが起きたら詳しく聞いてみよう」
私はそれだけ言うとアイギナを背負ったまま演習場を後にした・・アイギナとシグナムの間に何が起こったのかは明日判るとそう思いながら・・
第99話に続く