雁夜おじさんに憑依してしまった大学生   作:幼馴染み最強伝説

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聖杯問答

軽く一礼をした後、俺は樽を囲っているセイバー、アーチャー、ライダーのように胡座をかいて座った。

 

まさかここに同席するどころか、剰え聖杯問答に参加する羽目になるとは露ほども思っていなかった。

 

「そら、お前さんも飲んでみろ。そこの金ピカはこき下ろしたが、なかなか良い酒であったぞ」

 

ライダーから差し出された柄杓を受け取り、樽の中のワインを掬って飲む。

 

因みにこのワインは略奪されたものではなく、俺が買ったものだ。もちろん間桐マネー。

 

うん。やっぱり美味い。庶民には十分な物だと思う。

 

「何時までその安酒を飲むつもりだ。王の宴を称するというのなら、用意すべきは『王の酒』であろう」

 

嘲るように笑うアーチャーの傍ら、虚空の空間が渦を巻いて歪曲する。

 

アーチャーが傍らに呼び出したのは、武具の類ではなく、眩しい宝石で飾られた一揃いの酒器。重そうな黄金の瓶の中には、澄んだ色の液体が入っていた。

 

「見るがいい。そして思い知れ。これが『王の酒』というものだ」

 

「おお、これは重畳」

 

ライダーはアーチャーの憎まれ口を軽くスルーして、嬉々として新しい酒を四つの杯に酌み分ける。

 

セイバーも、アーチャーの事をライダー以上に警戒はしているものの、僅かばかりの躊躇いをもって、それでも差し出された杯を拒むこと無く、受け取る。

 

当然、俺にも渡されるわけだが…………これ飲んでもいいのか?確か神代の代物だから、人間が飲むとマズいような気がしなくもない。

 

「むほォ、美味いっ‼︎」

 

先に呷ったライダーが、目を丸くして喝采する。それによって警戒心を薄め、好奇心が先立ったセイバーもそれを飲み干すとおそらく無意識であろう感嘆の声を上げていた。まぁ、どれだけ警戒しても、この場で王を名乗るセイバーに飲まない選択肢は存在しないわけだが。

 

「凄ぇな、オイ!こりゃあ人間の手になる醸造じゃあるまい。神代の代物じゃないのか?」

 

惜しみなく賛辞するライダーに向けて、アーチャーもまた悠然と微笑を浮かべるが………俺の方を見て、不服そうな表情を浮かべた。

 

「カリヤ。何故飲まない?」

 

どうやら俺が出した酒を飲まない事に不満を感じたらしい。当たり前か。

 

「人の身で神代の代物(こんな物)飲んだら、大変な事になるんじゃないかと思って」

 

「案ずるな。既に貴様は人を逸脱している。その程度で変われるはずもない」

 

そうなのか?

 

まぁ、アーチャーがーーギルガメッシュがそういうなら、大丈夫だろう。

 

じゃあ、いただきます。

 

喉に流し込んだ瞬間、まるで頭蓋の中身が倍に膨れ上がったような猛烈な多幸感が襲った。

 

かつて味わったどんな物よりも素晴らしい逸品。いくら庶民の味しか知らない俺でも、粗末な物しか食べていないなんてわけじゃないし、美味いものは食ってきただろうが、そんなもの比較するに値しない。

 

全てにおいて、これに勝る多幸感は存在しなかった。

 

「美味い」

 

「当然であろう。酒も剣も、我が宝物庫には至高の財しかあり得ない。ーーこれで王としての格付けは決まったようなものだろう」

 

「ふざけるな、アーチャー」

 

喝破したのはセイバー。どうやら馴れ合いめいてきた場の空気に、そろそろ苛立ち始めていたのだろう。

 

「酒蔵自慢で語る王道なぞ聞いて呆れる。戯言は王でなく道化の役儀だ」

 

「さもしいな。宴席に酒も供せぬような輩こそ、王には程遠いではないか」

 

「こらこら。双方とも言い分がつまらんぞ」

 

なおも言い返そうとするセイバーを、ライダーが苦笑いしながら遮って、アーチャーに向けて先を続ける。

 

「アーチャーよ、貴様の極上の酒はまさしく至宝の杯に注ぐに相応しい。ーーが、生憎聖杯と酒器は違う。これは聖杯を摑む正当さを問うべき聖杯問答。まずは貴様がどれ程の大望わ聖杯に託すのか、それを聞かせてもらわなければ始まらん。さてアーチャー、貴様はひとかどの王として、ここにいる我ら三人をもろともに魅せる程の大言が吐けるのか?」

 

「仕切るな雑種。第一、聖杯を奪い合う(・・・・)という前提からして理を外しているのだぞ」

 

「ん?」

 

「そもそもにおいて、アレは我の所有物だ。世界の宝物はひとつ残らず、その起源を我が蔵に遡る。いささか時が経ちすぎて散逸したきらいはあるが、それら全ての所有権は今もなお我にあるのだ」

 

「じゃあ貴様、昔聖杯を持っていたことがあるのか?どんなもんか正体も知ってると?」

 

「知らぬ」

 

ライダーの追及を、アーチャーは平然と否定する。

 

「雑種の尺度で測るでない。我の財の総量は、とうに我の認識を超えている。だが、それが『宝』であるという時点で、我が財であるのは明白だ。それを勝手に持ち去ろうなど、盗人猛々しいにも程がある」

 

「おまえの言はキャスターの世迷い言と全く変わらない。錯乱したサーヴァントというのは奴一人だけではなかったらしい」

 

「いやいや、わからんぞ、セイバー。この金ピカがかの英雄王というのなら、その見識は間違ってはおらんだろう。ーーーじゃあ何か?アーチャー、聖杯が欲しければ貴様の承諾さえ得られればいいと?……おっと」

 

いれようとしていたので、かわりについで上げた。俺も飲みたかったし、先にライダーがお代わりしたら、俺も飲んでいいだろう。

 

「然り。だが、お前らの如き雑種に、我が褒賞を賜わす理由は何処にもない」

 

「貴様、もしかしてケチか?」

 

「たわけ。我の恩情に与えるべきは我の臣下と民だけだ」

 

「じゃあ、あの時、俺が臣下になってたら、聖杯はくれたのか?」

 

「それ相応の忠義を見せるというのであればな。今からでも、以前我の言葉を否定した謝罪と、それ相応の態度を示せば、今一度臣下になる権利を与えてやろう。誇るがいい、この我が二度も誘いをかけるなど、そうあることではない」

 

だろうな。寧ろ、一回でも誘われたことに驚いているくらいだ。まぁ、単純に俺が神様転生した事に薄々気がついているんだろうな。

 

「いや、それはあり得ない。一度断った手前、懇願して臣下にしてもらうのはちょっとな」

 

「もう次はないぞ?」

 

「ああ。次に相見えた時、俺とお前、雌雄を決する時だろう」

 

「良いだろう。貴様と、そこに控えている女狐は我手ずから裁きを下す。もっとも、雑種如きでは貴様は手に余るだろうがな」

 

口元を三日月に歪め、ギルガメッシュは陰惨に笑った。

 

慢心しているわけじゃないが、確かに本気を出せば、他のマスターには負けないし、サーヴァントと共、ある程度闘える上に斃せる奴までいる。そこにタマモも加わればまさしく鬼に金棒。ギルガメッシュ以外は戦闘にならないだろう。

 

「さて、ライダーよ。先も述べたが、お前が我の許に下ると言うのなら、杯の一つや二つ、いつでも下賜してやって良い」

 

「……まぁ、そりゃ出来ん相談だわなぁ。でもなぁ、アーチャー。貴様、別段聖杯が惜しいってわけでもないんだろう?何ぞ叶えたい望みがあって聖杯戦争に出てきたわけじゃない、と」

 

「無論だ。我の財を狙う賊には然るべき裁きを下さねばならぬ。要は筋道の問題だ」

 

「つまり、何なんだアーチャー?そこにどんな義があり、どんな道理があると?」

 

「法だ」

 

ライダーの問いに、アーチャーは即答する。

 

「我が王として敷いた、我の法だ」

 

「完璧だな。自らの法を貫いてこそ、王。ーーーーだがな〜、余は聖杯が欲しくて仕方がないんだよ。で、欲した以上は略奪するのが余の流儀だ。何せこのイスカンダルはーー」

 

ライダーは杯に入った酒を飲み干して、一つ置いた後、言い放った。

 

「征服王であるが故」

 

「是非もあるまい。お前が犯し、俺が裁く。問答の余地などどこにもない」

 

「うむ。そうなると後は剣を交えるのみ…………が、その前にアーチャーよ。この酒は飲みきってしまわんか?殺しあうだけなら後でもできる」

 

「当然だ。それとも貴様、まさかカリヤのように我の振る舞った酒を蔑ろにしようとしていたのか?」

 

「冗談ではない。我が身可愛さに捨て置けるほど、この美酒は軽いものではない」

 

……ごめんなさいね、我が身可愛さに捨て置こうとして。

 

とはいえ、確かにここまで美味いとなると、致死量の毒が盛られているとか、そういうのじゃない限り、飲みたくもなるというものだ。人の手では生成できない神代の代物というだけはある。

 

「征服王よ。お前は聖杯の正しい所有権が他人にあると認めた上で、なおかつそれを力で奪うのか?」

 

「ん?応よ。当然であろう?余の王道は『征服』……即ち『奪い』『侵す』に終始するのだからな」

 

「そうまでして、聖杯に何を求める?」

 

憮然として押し黙っていたセイバーの問いかけには僅かながらに怒りが滲んでいた。

 

そういえば、セイバーの王としての在り方を鑑みても、ライダーの王道は許容出来たものではないな。

 

はは、とライダーは妙に照れ臭そうに笑ってから、杯を呷り、それから答えた。

 

「受肉だ」

 

「「「はぁ?」」」

 

疑問の声を上げたのはセイバー、ギルガメッシュ、ウェイバーの三人だった。いや、正確に言えば、霊体化したままのタマモも同じように何言ってんだとばかりに同じような反応をしているが。

 

「おおお、お前!望みは世界征服だったんじゃーーぎゃわぶっ‼︎」

 

ライダーに詰め寄ったウェイバーはデコピンによって宙を舞う。人間ってデコピンでも空飛ぶんだな。

 

「馬鹿者。たかが杯なんぞに世界を獲らせてどうする?征服は己自身に託す夢。聖杯に託すのは、あくまでもその為の第一歩だ」

 

「雑種……よもやそのような瑣事のために、この我に挑むのか?」

 

「いくら魔力で現界していても、所詮我等はサーヴァント。この世界においては奇跡に等しいーーだがな。それでは余は不足なのだ。余は転生したこの世界に、一個の命として根を下ろしたい。身体一つの我を張って、天と地に向かい合う。それが征服という『行い』の総て……そのように開始し、推し進め、成し遂げてこその我が覇道なのだ。だが今の余は、その身体一つすら事欠いておる。これでは、いかん。始めるべきモノも始められん。誰にも憚ることもない。このイスカンダルただ独りだけの肉体がなければならん」

 

受肉……か。

 

ライダーはともかくとして、タマモをこの世界に残す上で問題となってくるわけだが、アインツベルンのようにホムンクルスではダメなわけだし、容れ物として、何ら遜色ない、デメリットの無い物を用意しないといけない。その辺り、この聖杯戦争が終わるまでに時臣か、或いはケイネスに聞いておきたいんだが………後者の難易度が高いな。まぁ、わかったら、ライダーにも教えてあげるか。

 

「決めたぞ。ーーライダー。貴様もこの我手ずから殺そう」

 

「ふふん、今更念を押すような事ではあるまい。余もな、聖杯のみならず、貴様の宝物庫とやらを奪い尽くす気でおるから覚悟しておけ。これ程の名酒、征服王に教えたのは迂闊すぎであったなぁ」

 

呵呵大笑するライダー。その様子は心底楽しそうではある……が、二人のやり取りに入り込む余地などありはしないとばかりにセイバーは押し黙っていたままだった。

 

俺の場合は、特例のようなもので参加させてもらっているわけで、王達の赦しを得るか、はたまた話を振られでもしない限り、喋らない方が正しいと思っているのだが、セイバーの場合は単純に二人の王道からあまりにもかけ離れているために、問答をする意味などありはしないのだろう。

 

「ところで、セイバーよ。そういえば、まだ貴様の懐の内を聞かせてもらってないが」

 

いよいよライダーがそう水を向けた時、決然と顔を上げ、セイバーは真っ向からライダーとギルガメッシュを見据えた。

 

「私は、私の故郷の救済を願う。万能の願望機を持って、ブリテンの滅びの運命を変える」

 

セイバーが毅然として放った宣言に、しばし座は静まり返った。

 

その沈黙に驚いたのは、他でもないセイバー自身であり、困惑していたのはライダーだった。

 

「ーーなぁ、騎士王。もしかしで余の聞き間違いかもしれないが……貴様は今『運命を変える』と言ったか?それは過去の歴史を覆すということか?」

 

「そうだ。例え奇跡をもってしても叶わぬ願いであろうと、聖杯が真に万能であるならば、必ずやーー」

 

断言しようとしていたセイバーの言葉尻が宙に浮く。ここに至ってセイバーは、漸くライダーやギルガメッシュとの間に横たわる微妙な空気に気づいたらしい。

 

「えぇと、セイバー?確かめておくが……そのブリテンとかいう国が滅んだというのは、貴様の時代の話であろう?貴様の治世であったのだろう?」

 

「そうだ。だからこそ、私は許せない。だからこそ悔やむのだ。あの結末を変えたいのだ。他でもない、私の責であるが故に……」

 

不意に、弾けるほどの哄笑が轟いた。

 

どうしようもなく、尊厳など踏みにじるかのように何の遠慮もない笑い。

 

その発信源は他ならぬギルガメッシュだった。

 

「……アーチャー、何がおかしい?」

 

怒気に染まった表情で問いかけるセイバー。

 

だが、そんなセイバーを意に介さず、ギルガメッシュは息切れしながらも途切れ途切れに言葉を漏らす。

 

「ーー自ら王を名乗りーー皆から王と讃えられてーーそんな輩が、『悔やむ』だと?ハッ!これが笑わずにいられるか?傑作だ!セイバー、お前は極上の道化だな!」

 

「ちょっと待てーーちょっち待ちおれ騎士の王。貴様、よりによって、自らが歴史に刻んだ行いを否定するというのか?」

 

「そうとも。何故訝る?何故笑う?王として身命を捧げた故国が滅んだのだ。それを悼むのがどうしておかしい?」

 

「おいおい、聞いたかライダー!この騎士王とか名乗る小娘は……よりにもよって!『故国に身命を捧げた』のだと、さ!」

 

爆笑するギルガメッシュに応じること無く、ライダーは黙したまま、ますます憂いの面持ちを深めていく。その沈黙はセイバーにとって、笑われるのと同じ屈辱なのだろう。ライダーのそれは確実に、セイバーの願いを否定しているのと同義なのだから。

 

「笑われる筋合いが何処にある?王たるものならば、身を挺して、治める国の繁栄を願う筈!」

 

「いいや違う。王が捧げるのではない。国が、民草が、その身命を王に捧げるのだ。断じてその逆はあり得ない」

 

「それでは暴君の治世ではないか!ライダー、アーチャー、貴様らこそ王の風上にも置けぬ外道だぞ!」

 

「然り。我等は暴君であるが故に英雄だ。だがなセイバー、自らの治世を、その結末を悔やむ王がいるとしたら、それはただの暗君だ。暴君よりもなお始末が悪い」

 

「そうか?そんな事はないと思うぞ」

 

無意識のうちに出ていたのは、まさかのセイバーを擁護する言葉だった。

 

ぶっちゃけ、この場で適当に答えを返して、問答に答えるつもりだったが………うーん、やっぱりどうにも、セイバーの理想や願いっていうのは、俺達一般人に近いものがある。

 

「王であっても、皆平等に人間だ。滅びを受け入れ、悼み、涙を流してもなお、悔やまない人間だっている。でも、決して滅びを肯定する奴なんていない。救える道があるなら、手段があるなら、そうしたいと願う人間がいてもおかしくない……と俺は思う」

 

「そうはいうがな。それを覆すのは、その時代、自らと共に時代を築いた全ての人間に対する侮辱であるぞ?」

 

「確かに、そうかもしれない。といっても、人間やっぱり変えたい過去の一つや二つはあるだろう?俺なんて十や二十じゃきかないし、それをセイバーの願いと被せるのは失礼だが、過去を変えて、国を救いたい。そう願うのはセイバーがヒトとして生きるが故の、必定の願いだと思うな。例え、セイバーの生き方を誰もが『ヒトの生き方じゃない』と否定しても、俺はセイバーの願いはヒトであるが故の、貴い願いだと思う」

 

そう言い切った後、待っていたのは静寂だった。

 

ギルガメッシュはさしたる変化もなく、ただ微笑を浮かべ、ライダーは困ったとばかりに顎鬚を弄っていた。

 

そしてセイバーはというと、まるで俺に対して憧憬するかのような視線をもって、こちらを見ていた。

 

そんなおかしな事言ったか?普通で普通の一般人ともなれば、妥当な考え方の気がするが。

 

『ごーしゅーじーんーさーまー?なーにしてんですか。私、一夫多妻はダメだって言いましたよね?いくら相手が男装王で、形式上は女性と婚約したとはいえ、相手は女ですよ?口説いたら、惚れるに決まってるじゃないですか』

 

なんて事を抜かしてきた。

 

そんな訳あるか。

 

どう考えても、そんな要素なんてない。普通に生き方や願いを肯定しただけだ。

 

『それがダメだって言ってるんですー。人によっては、肯定されるだけで惚れるような女の子だっているんですー。ご主人様はその辺、疎いですよね。知らず識らずのうちに口説いてる可能性がワンチャンある気がしてきました』

 

そんな事できねえよ。口説いた事すらないわ。

 

「えーと、だな。つまり俺が言いたいのは、正しくない願いなんて存在しないって事が言いたいんだ。騎士王が理想に殉じ、故国の救済を願う。征服王が肉体を得て、もう一度世界征服に乗り出す。英雄王は財を奪わんとする輩を裁く。それでいいんじゃないか?自分の願いが肯定されるか否か、そこは問題じゃない。要は『どんなに否定されても、願いを貫けるか』そこに尽きる。その願いを生かすも殺すも自分次第なんだ。万人に否定されてなお、それを正しいと言い切れるなら、それは正しく『願い』だ。たかだか、その程度で変えるなら、そんなものは願いじゃない…………セイバーはどうだ?ただの一凡人風情に問いを投げかけられるのは不服かもしれないが」

 

「私はーー」

 

一つ息を吐いて、セイバーは凛とした表情で、淀みない声音で、答えた。

 

「私は例え、民に否定され、国に否定されたとしても、それでもブリテンの救済を願う。私の願いは、断じて間違いなどではない。征服王の王道が『征服』に基点するというのなら、私の王道は『理想』にある。全ての民の理想である事、理想に殉じる事が私の生きる道だ」

 

「『理想に殉じる』だと?殉教などという茨の道に、一体誰が憧れ、焦がれる程の夢を見る。聖者は、民草を慰撫出来たとしても、決して導く事は出来ぬのだぞ?確たる欲望の形を示してこそ、極限の栄華を謳ってこそ、民を、国を導けるのだ?王とはな、誰よりも強欲に、誰よりも豪笑し、誰よりも激怒する。清濁含めてヒトの臨界を極めたる者。そう在るからこそ、臣下は王を羨望し、王に魅せられる。一人一人の民草の心に、『我もまた王たらん』と憧憬の火が灯る!」

 

「生憎だが、征服王。それは征服王イスカンダルの王道だ。騎士王としての私の王道ではない。ましてや、国も、時代も、何もかも異なる場で、そちらの王道が通じるとは思わぬ事だ」

 

杯の中身を飲み干し、セイバーが淡々と告げる。

 

「我がブリテンに『導き手』など必要はない。ブリテンに生きる民草の一人一人が、即ち『導き手』であり、私は民を奮い立たせる『理想』であるだけで良かった。私の生きた時代、私の王道に間違いなどなかった」

 

「言うではないか。じゃあ、何故『故国の救済』などという何の意味も持たない願いを抱く?」

 

「それこそ愚問だな、ライダー。確かに私の王道は間違いではない。だが、滅んでしまったことも事実だ。ならば、救いたいと願い、剣をとってこそ、理想に生きた騎士王としての使命だ。例え、それが決められた運命だとしてもだ」

 

セイバーの言い放った言葉に、ライダーは先程とは違い、困ったような表情ではあるものの、憂いたようなものではなく、それこそ倉庫街の時のように酷く楽しそうだった。

 

「なれば、騎士王よ。お前もまた、剣を交え、互いの王道を示すまで、ということで構わぬな?」

 

「元よりそのつもりだ」

 

緊迫していた空気がある程度緩和した。

 

まぁ、つまるところ剣を交えれば解決するんだな。行き詰まったら取り敢えずバトって意志を示すっていうのは何だか脳筋っぽいが、時代が時代だし、そんなものか。

 

「さて、我らの『王道』は相容れぬ事がわかった。後は剣を交えるのみとなったわけだが……」

 

ライダーの視線が俺に移る。

 

「お前さんの話も聞いてみたい。何を持って、何を望み、この聖杯戦争に参加したのかを」

 

「聞かせるがいい、カリヤ。別段、貴様は『王』というわけではないが、稀有な存在ではある。いいぞ、特別に赦す」

 

「私も聞かせて欲しい、カリヤ。貴方ほどの思慮深い人間が、何の為にこの聖杯戦争に挑んだのか」

 

気がつくと王様三人衆に期待のこもった眼差しで見られていた。

 

え、えぇ………そ、そんなこと言われてもなぁ。

 

ちょっと回り始めていた酔いが少し醒めてきた。もっと酔っていたら、勢いに任せて言えたかもしれないのに、なんでこんな時に限って………

 

「んん?どうした?此の期に及んで、まさか話さんということはないだろうな?ん?」

 

プレッシャーをかけられた。そりゃまあ、そうなるよな。

 

俺は一つ息を吐き、大きく息を吸って、白状した。

 

「別に。何もない」

 

『はぁ?』

 

今回ばかりは全員が間の抜けた声を上げた。おまけに全員思った以上に驚いているらしく、セイバーやギルガメッシュすらも表情が崩れていた。

 

「より正確に言えば、願いは成就した。後は目的を達成するだけなんだ」

 

「ほう?その目的というやつはなんだ?聖杯にかける願いでないとするなら、お前さんもランサーと似たようなものか?」

 

「いや、違う。というか、さっきの今であれだが、聞いたら全員怒るぞ、たぶん」

 

「前口上はよい。簡潔に述べろ、カリヤ」

 

「俺の目的っていうのは聖杯を壊す事だ」

 

『…………』

 

途端、空気が凍りついた。

 

俺の前置き通り、全員が怒ったというわけでなく、全員が俺の目的を理解しかねたんだろう。思考がフリーズしているんだ、おそらく。

 

『まぁ、こういう反応ですよね、普通。私の場合は願いなんてありませんので、リアクションは薄かったかもしれませんが、かなり驚いてましたし』

 

だよな。この反応が普通だもんな。

 

「……正気か?」

 

いち早く、フリーズから回復したギルガメッシュが問いかけてきた。その双眸は別段怒りを灯すでもなく、純粋に俺の気が知れないとばかりに訝しんでいた。

 

「一応、理由を聞くが、何故その目的へと至ったのだ?」

 

「長い話になるのと、端的に要所だけ話すの、どっちが良い?」

 

問いかける相手はもちろんギルガメッシュ。セイバーとライダーは多分、理由を聞けたらどっちでも良いだろうし。

 

「簡潔に話せ。下らぬ説明は不要だ」

 

そうか。じゃあ早速。

 

「今の聖杯は前の戦争のせいで中身が汚染されているから、願いがマトモに叶えられず、齎されるのはその全てが破滅。だから、俺は聖杯を壊す」

 

以上、簡潔にまとめてみました。

 

「汚染?破滅?どういう事なんだ、そりゃ?」

 

どうやら端折り過ぎたらしい。アイリスフィールとかウェイバーとかも頭の上に疑問符が浮かんでいるような反応をしているし。

 

「第三次聖杯戦争でな。アインツベルンがルール破って召喚したサーヴァントがいたんだ。そいつの名前は確か『この世全ての悪(アンリ・マユ)』ていってな。最弱のサーヴァントで、すぐに倒された………が、それが問題だった」

 

「倒された事が問題?」

 

「ああ。そのサーヴァントは倒され、聖杯にくべられると無色透明だった聖杯の中身を黒く染めた。そして叶える全ての願いを『人を殺す』という結末に歪めて解釈し、叶えるという欠陥品にした。例えば、世界の平和を望めば、願った者と争うことの無い人間を残して、全ての人間を殺す、とかな」

 

概ね、そんな感じだったろう。少なくとも、切嗣の『恒久平和』に対しては結果が母娘二人と自身しかいない世界だった。

 

「どんな願いであれ、どんな望みであれ、今の聖杯は破滅しかもたらさない。なら、一人の人間として、防ぐ事が出来るのなら、防ぎたいと思うのは必然だろう。まぁ、それを抜きにしても参加しなきゃいけない理由みたいなものはあったけど、主な理由はそれだな」

 

「では、この聖杯戦争はどうなる?そんな欠陥品を手に入れるために闘っている私達はただの道化ではないか!」

 

やり場のない怒りを吐き出すように、セイバーは叫んだ。

 

当然だ。万能の願望機であるからこそ、それを以ってしてしか叶えられない願いを抱き、この聖杯戦争に参加したんだ。なのに、その万能の願望機たる聖杯がマトモに願いを叶えられないなんて言い出したら、怒りたくもなる。

 

「仕方ないんだ、セイバー。こればかりは『この世全ての悪』を召喚したアインツベルンの方も想定外だったから。ぶっちゃけた話、他の魔術師もそうだけど、御三家は寝耳に水も良いところだ。出来レースも甚だしい。誰が勝っても、待っているのは絶望だけ………あ、いや、時臣は別か。あいつの目的に聖杯の状態は関係なかったっけ」

 

「ほう。それはどういうことだ、カリヤ」

 

反応したのは案の定、ギルガメッシュ。しまった、ついうっかり口に出てたか。酔いは醒めてきたかと思ったが、神代の代物となると、思ったよりもずっと酔いは残るらしい。醒めたと思ったのは勘違いか。

 

ま、別にいいか。話しても。どちらにしたって、この聖杯戦争。俺がこの事実を話した時点で、それどころじゃないからな。

 

「話せ」

 

「時臣の目的……というよりも、遠坂の目的は魔術師の最終目標。根源への到達。そしてそれに至るには七騎のサーヴァントの生贄を必要とするらしい」

 

「つまり、其処には我も含まれているわけか…………時臣め。つまらぬ奴かと思えば、そういう魂胆であったか。臣でなければ、或いは少しは面白さも見出せたやもしれんが………我を謀殺しようとしたその不敬は万死に値する。さて、どう言い訳するか、見ものよな」

 

嘲笑するような笑みを浮かべているギルガメッシュ。多分、念話か何かで必死に誤魔化そうと躍起になっているに違いない。マズったな、時臣が死なないように保険をかけたのに、死ぬ原因を俺が作ったら、本末転倒だ。

 

「ま、まぁ、今はそれどころじゃなくなったわけだから、これからの聖杯戦争の為にも、今は時臣を殺すのだけは勘弁してほしい」

 

「それは時臣次第だ。つまらぬ事を言うようなら、即刻首を刎ねる。だが、我の興味を引くようなら、生きる意味の一つもあるだろうさ」

 

つまり、時臣の命運はギルガメッシュの気分次第らしい。ガンバ、時臣。

 

「しかし、どうする気ですか?一度は黒く染まってしまっているものを、また無色透明に還す事は可能なのですか?」

 

「希望的観測になるが、おそらく。何通りか方法はあるが、どれも確証はない。かなり危険な賭けになる事もあるかもしれない。最悪………というか、元々はそうするつもりだったけど、聖杯を吹き飛ばすつもりだ。まぁ、その為には何騎か脱落しないと無理だけど」

 

聖杯そのものを降臨させてしまえば、後は運次第だ。

 

その前に中身を浄化、或いは聖杯とこの世全ての悪を分離させる方法を取るということも出来なくはないが、そちらも結局運次第だ。幸いにして、この聖杯戦争には優秀な魔術師がいる。戦闘向きではないが、この聖杯については戦闘よりも研究者である方が都合もいい。

 

「ともかく、一旦聖杯戦争は中断。聖杯を元に戻す為にーー」

 

その時、不意に背筋に寒気が走り、セイバーが、ギルガメッシュが、ライダーが、視線を外側へと向け、待機していたタマモも霊体化を解き、実体化した。

 

サーヴァント達の視線の先、其処に……否、そこら中には、白い髑髏の仮面を被った者達が俺達を囲んでいた。

 

 




というわけでかなり長くなりました。

ぶっちゃけ、今回の話はなかなか無理矢理感もあったし、キャラ崩壊感もあったかもしれません。特にセイバー辺りは割と無茶苦茶かも。

まぁ、元々無茶苦茶な設定ばかりだし、問題ないか(開き直り)

カリヤーン、うっかり暴露しました。時臣、頑張れ。君の命運はギルガメッシュの気分次第だ!

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