セイバーとタマモが話をしていた頃ーー。
「久しぶり……と言える程は経ってないか。また会ったな、衛宮切嗣」
「……その様子だと、僕がセイバーの本当のマスターという事は以前から知っていたようだね、間桐雁夜」
月明かりが照らす室内で、影に同化するようにして立っていたのは、セイバーのマスターである衛宮切嗣。
くたびれたコートと死んだ目はまるで亡霊のような容貌を連想させるが、それが今はなお、一層拍車がかかり、本格的に彼の姿は亡霊に見えるだろう。
「随分とくたびれてるな。悪夢でもあったか?」
「……悪夢か。キミの話したことは、悪夢よりなお、タチの悪い事だ」
じろりと見る切嗣の目には何の感情も映されていない。
だが、雁夜には切嗣が何を考えているのか、おおよその見当はついた。
それは万能の願望機としての聖杯を求めるものであるならば、誰しも考えているような事だ。
「聖杯が汚染されているって事実は、そこまで辛かったか?」
「求めるものが、この世の悪そのものであるなら、悪意を持ってしか叶えられないのなら、誰だって失望も、絶望もする。………何の願いもないキミには関係のない話だろうね」
「おいおい、いやに喧嘩腰だな、魔術師殺し。今はその失望や絶望をどうにかするために話し合いの場を作ったんだろうに」
切嗣の言葉を別段気に留めるでもなく、やれやれといった様子で雁夜は受け流す。
事実、切嗣の言う通り、願いのない雁夜にしてみれば心の底から平和を望み、ヒトの身では叶えられない願いを、万能の願望機である聖杯で叶えようとしていた切嗣の心境は量れないし、それを理解できると断ずるのは傲慢だ。
「お前の心中はとても俺じゃ察せないが、ただまあ……どれだけ精神すり減らして、『世界平和』に貢献してたかはある程度ならわかるな」
「はっ……ふざけた事言うな。お前に僕の何がわかる?魔術師であるお前に」
それこそ、切嗣は鼻で嗤う。
わかるものかと。御三家に生まれ、魔導から逃げ出したと偽り、その実聖杯を手に入れるために、虎視眈々とその時を狙っていた魔術師に。
自身の欲望の為なら、他の犠牲を厭わない魔術師にわかるはずはないと。
「だから魔術師じゃないって。経歴みただろ?俺は魔導から逃げ出した落伍者。勝手なエゴで絶縁されていた間桐に帰ってきた挙句、勝手に聖杯戦争に参加した一般人だって」
「今更、その『嘘』が通じるとまだ思っているのか?あれだけの事をしておいて」
「あれは………なんていうかな、魔術じゃないんだ」
歯切れ悪くそう告げる雁夜に切嗣は疑問を抱いた。
「?魔術でないなら、なんなんだ?まさか『魔法』だ、なんて虚言を吐くつもりかい?」
「虚言じゃなくて事実なんだが……」
煙草に火をつけ、冗談交じりにそう呟いた切嗣は煙を肺に入れた瞬間に返ってきた言葉に噎せかえった。
「ごほっ!ごほっ!」
「おい、大丈夫か」
「ごほっ……も、問題ない。それよりも……だ。お前は『魔法』を使っている……というのか?」
「まあな。信じられないかもしれないし、話すつもりはなかったが………まぁ、これから一時的にでも同盟を結ぼうとしてる相手に、隠し事は無しだろ?」
雁夜のこの発言は切嗣にも当てはめられる。
同盟は結ぶものの、それはあくまで一時的なもの。
その後の事を考えて、切嗣が何かしら智略謀略を張り巡らせる可能性を考慮してのものだ。
もっとも、その対象が雁夜自身に向くのではなく、桜に向くことを恐れての事だが。
しかし、それを「はいそうですか」と信じられるほど、この世界において、『魔法』という存在は軽いものではない。
魔術師の誰もが喉から手が出るほどに欲しているシロモノであり、例え御三家であったとしても、手に入れるにはそれこそ聖杯を利用しなければ不可能であり、単体で魔法の領域に至るには、間桐雁夜という凡俗では不可能だった。例え、マトモに魔導の鍛錬を行っていたとしても。
ただ、そんな馬鹿なと吐き捨てられるほど、切嗣は無知でもなかった。
以前の綺礼との共闘時、雁夜を追い詰めた際に起きた不可解な現象。
追い詰めたはずの対象に、逆に追い詰められていたというありえない状態。
おまけに何の魔術礼装も無しに、強化のみで現代兵器を平然と受け止める尋常ならざる防御力。その他もあげればキリがないのだが、ともかく切嗣は否定しようとして、言葉を飲み込んだ。
「仮にだ………仮に『魔法』を使えるとして、何故お前は聖杯戦争を終わらせていない?」
代わりに放たれた言葉は素朴な疑問だった。
間桐雁夜が、真に魔法使いであるというのなら、何故今も聖杯戦争は続いているのか?
聖杯が欲しかったわけではない。元に戻す為の方法を模索していたから、敢えて聖杯を降臨させないために、終わらせていないというのであればわかる。
だが、そういうわけではない。
壊す気があったのなら、あの日、倉庫街でサーヴァントとマスター全員を皆殺しにしてしまえばよかった。
残るのはアサシンとキャスターのみで、そのどちらも正面からやりあった所で雁夜に勝てない。
だというのに、何故未だ聖杯戦争を続けているのか、理解できなかった。
「なんでって言われてもなぁ………特に深い意味はないんだ」
「………は?」
「いや、まあ、その反応はわかるんだ。『どんな手を使っても、さっさとこんな戦争終わらせて、聖杯戦争も今回で終結させてやろっかな〜』って考えてたんだが………やっぱり、な。いざ行動に移そうとすると『殺すのはやめよう』ってなった」
思わずズッコケかけた切嗣は割と普通の反応だった。
魔術師とはあまりにもかけ離れた思想、行動理念。
どこまでも一般人に近い。あまりにも意志薄弱だった。
「流石にな。大の為に小を切り捨てるっていうのは、悲しすぎるだろ。そういう事してたら、何れ助けた数よりも殺した数の方が上回るわけだし。綺麗事だろうが、俺はこの聖杯戦争も『誰も死なせたくない』んだ」
「ッ⁉︎」
「……あ、いや、正確に言えば、俺の監督不行き届きで、一人マスター殺っちまってるから、目的は達成できなくなったんだが………」
キャスターのマスター、雨生龍之介がタマモの手によって亡き者とされたことは、雁夜もテレビのニュースを見て、察していた。
そのことについて叱ることをせず、何も言わなかったのはタマモが敢えて自分に黙って行動した事に何か意味があると考えたからだ。
だが、そんな雁夜の言葉も今の切嗣には届いていなかった。
その前の言葉の全てが切嗣の胸に刺さっていた。
誰も死なせたくない。その言葉がかつての衛宮切嗣の掲げていた理想を僅かに思い出させた。
世界の闇を知らない子どもの純粋な願い。真実を知るにつれて、歪んで行った望み。
『正義の味方になる』。それこそが、衛宮切嗣を衛宮切嗣たらしめ、そして苦しめる呪いでもあった。
誰も苦しまない世界があれば、誰もが幸福である世界があればと、その為に衛宮切嗣は引き金を引き、大を救うために小を切り捨てた。そしてその度に精神は磨り減らし、その度に知った。ヒトの身では叶えられない望みであると。
故に、衛宮切嗣はアインツベルンの依頼を受け、聖杯戦争に参加した。
悲しみの原因とも言える、世界からの争いを根絶し、恒久平和を実現するために。
「まぁ、俺はどこまでも半端者って事なんだろうな。人を殺す勇気もないし、かといって全部許せるほど器も大きくない。なのに、平和は望むなんて。傲慢もいいところだろうな」
「……お前も、『平和』を望んでいるのか?」
「うん?そりゃまあな。元はと言えば、目的のなくなった聖杯戦争に参加してるのは、この世全ての悪が世界を滅ぼさないようにするためだし」
雁夜の言葉を聞いて、一瞬切嗣は迷った。
目指すところは同じだ、けれど、その言葉を信頼して、すぐに手を結ぼうと考えられるほどに信頼関係は構築できていない。寧ろ、一度は敵対した挙句、今こうして話し合いが成立していること事態が、切嗣自身には考えられない事態だ。
だが、雁夜の話した事全てが真実なら、相手側は絶対に秘匿すべきである『魔法』について話した。
それならば、自身の聖杯にかける願いを言う程度の事は取るに足らない事であろう。
「僕はーー」
「ああ、言っておくけど、恒久平和は望んでないからな。聖杯を介さなくても、破滅するような願いは持ってない」
切嗣は息を飲んだ。
自分の言葉に被せるようにして放たれた言葉は、あろう事か否定の言葉。
まるで次の自分の言葉をわかっていたかのような、そんな口調であった。
「……何を、言っている?」
聖杯を介さなくても、破滅する願い。
そんな筈はない。誰も争わないのなら、誰も不幸にならないのなら、人類が滅ぶ筈はない。
思わず、そう叫びそうになるのをグッとこらえ、切嗣は問いを投げかけた。
「言ってる意味?簡単な事だ。恒久平和っていうのは、不変のもの。つまりは世界に存在する全ての生物から、闘争心、競争心を刈り取るって事だろ?そうすれば誰も争わないから、平和は維持できる……けどな、他の者と競い、争う事を忘れた存在が生きていられると思うか?ーーいいや、無理だ。他者より先へ、他者より前へ。人間っていう生き物は誰かに劣る事を良しとしない、常に自分の方が優れていると思いたい生物だ。それこそが、進化や成長の糧となっていた。なのに、それを奪うってのは、人から進化や成長を奪うのと同義だ。争う事を忘れた人間に未来はない」
「なら、お前の言う平和とはなんだ!誰も争わない世界が破滅するというなら、一体お前は何を平和だという気だ!」
「今のままで十分平和だ。戦争があるから、それを無くそうとする人間がいる。難民がいるから、それを救おうとする人間がいる。ゼロにならないから、ゼロに向けて努力する人間がいる現状の何処に悪い要素がある?確かに今の世界は不毛だ。でも、それでいいんだよ。ゼロになれば、努力する人間はいなくなるし、或いは一種の冷戦状態が続いているだけなんて捉え方もある。それなら、今よりももっとひどい。下手すりゃ世界大戦の勃発だしな。……まぁ、ここまでは俺の持論だから、衛宮切嗣。お前には特に関係ない。俺がお前に疑問を投げかけるとしたら………そうだな。まず、どうやって恒久平和を実現するかだ」
「?そんな事は聖杯に望めばいいだろう」
「そうだな。で、具体的な内容は?まさか、『恒久平和にしてください』って言ったら、聖杯がしてくれるだなんて、思ってないよな?」
そう言われて、切嗣はすぐに答えようとしたものの、次の言葉が出なかった。
確かに、具体的な内容は決めていない。恒久平和を聖杯に望めば、それで世界は平和になると思っていた。何せ、聖杯は万能の願望機だ。叶えられない願いは存在しないはずなのだ。そこに何の疑念も抱かなかったし、それも事実だ。
元を正せば、聖杯は無色。誰の願いにも答えられるが、それがどんな願いであれ叶えられるというもの。
だが、誰の願いでも叶えられるのなら、それは『抽象的なもの』であってはならない。
大金持ちになるのなら、それを実現可能にする財の入手方法を答えなければならない。
しかし、切嗣は『恒久平和にしてほしい』という抽象的な願いではあるものの、それを達成する為の手段や方法をしらない。だから、聖杯を求めた。
誰も犠牲にならず、誰も不幸にならず、恒久平和にする方法。
そんな事は思いつくはずもない。
「まぁ、そんな事だろうと思ったよ。大方、人間じゃ出来ない、思いつきもしない方法で世界を救うって思ってたんだろ。それは虫が良すぎだ」
確かに虫のいい話だ。
今の今まで、聖杯戦争に参加した者の全てがそういった大雑把で抽象的な願いを持っていなかった為に気づかなかった齟齬にここに至って、漸く衛宮切嗣は気づいた。
(だからって……どうしろというんだ)
気づいたところで後の祭りだ。
既に後戻りできるような状況ではない。
例え、切嗣の願いはなくとも、アインツベルンとの契約上、聖杯は持ち帰らなくてはならない。それが七年前に結んだ契約だ。破れば娘であるイリヤスフィールにその重責を担わせてしまうだろう。
願いはなくとも、目的はなくとも、勝たねばならない。残らなければ、愛する娘が次の聖杯戦争の犠牲になるだけなのだから。
「さて、ここからが俺の提案なんだがな、衛宮切嗣」
ふぅ、と一つ息を吐くと、雁夜は口にする。
「この聖杯戦争が終わった後の話だ。魔術師辞めて大切な者と共に生きるか、それともまた傭兵続けるかの二択だ。前者だとそこに行くまでの過程に苦労するが、後はもう人殺しになる必要はない。後者は比較的楽だ。今までの生活に戻るだけだ。仮に前者なら、俺同伴でアインツベルンに殴り込みに行ってもいい」
「ッ⁉︎」
それは切嗣にとって、どれほどの甘い誘惑だったか。
キャスター襲撃の直前、妻であるアイリスフィールに吐露した心中。
妻と我が子を連れて、逃げ出したいという願望は、父として、夫としての衛宮切嗣の叶わぬ願いであった。
そして、今目の前にいる雁夜はそれを実現させる手伝いをすると言った。そしてそれは十中八九達成する。
しかし、切嗣は首を縦には振らなかった。
「……見返りはなんだ?」
「うん?」
「それじゃあ、そちらにメリットが全くない。いや、それどころか、間桐雁夜が正規の魔術師じゃないと露見する。そうなれば確実に執行者が送られる事になる。挙げられるデメリットはあるが、メリットが全くない」
「成る程、確かにそれだと危ないなぁ………桜が」
「………なに?」
「いや、遠坂から来た養子。俺は意識あれば魔術師とか片手間で殺れるが、桜は普通の子だからなぁ……」
本日二度目。切嗣はズッコケそうになった。
心配する部分がズレていた。
今、切嗣が提示したのは雁夜に対するデメリットであるのだが、雁夜本人は自身にかかる負担を露ほどにも気にしていなかった。
「………でもタマモいるしいいか………うん、見返りの話だったな。見返りは、もし間桐桜が『魔術』に興味を持ったら、師になってやってくれ」
「?そんな事はお前が教えればいいだろう」
「さっきも言ったが、俺は魔術師じゃない。間桐の魔術は使えない上に他の魔術も使えるかはわからない。使えるのは『魔法』だけだ。知識としては教えられるが、技術の方はてんで駄目だ。だから、あんたが教えろ。見返りなら、それでいい」
何故師に自分が選ばれたのか、切嗣は理解できなかったが、それはやはり雁夜が切嗣に近い思考をしているからであった。
模範的な魔術師として育つのではなく、一般人の感性も失わず、そして魔術を教えられる存在というのは極めて稀であり、桜の魔術系統を知れば、それはなおのことであった。
それを知る事になるのは、数年後の話であるが。
「ここまでで異論はあるか?ないなら、協定を結んでおきたいんだが」
「………最後に確認したい」
「ん?」
「もし、僕が家族を助ける為にアインツベルンを裏切るとなったら………キミは手を貸してくれるんだな?」
「ああ。なんなら、これから結ぶ契約に書いてくれてても結構だ」
切嗣の問いに雁夜は一拍も置かずに返した。
この一年間で、雁夜も娘を持つ親の気持ちを完全とは言わないまでも理解出来た。
ならば、我が子を助ける為に動こうとする人間の手助けをしない道理など存在しなかった。
その事に切嗣は何も言わず、ただセルフギアススクロールを取り出すだけに留まった。
雁夜は一応それら全てに目を通し、そして迷うことなく契約した。
そして現在に至るわけだが………
「「………」」
セイバーに呼び出しを受け、応じたものの、さっきからこの調子である。
おまけに現在は俺とセイバーしかおらず、こういう状況を打破できそうな人物(タマモとかアイリスフィール)のような存在はいないので、気まずいことこの上ない。
件のセイバーは瞑目したまま、無言。これでは話も切り出せない。どうしたものか。
「せ、セイバー?」
取り敢えず呼んでみる。これでは返答がなければ、また逆戻りなのだが………
「………はい。呼びましたか、カリヤ」
一拍置いてセイバーが普段の様子で返事をした。良かった。
「話があるって言った割に、黙ってたから何事なのかと……」
「それはすみません。何から話したものか、迷っていましたから」
そう言うと、セイバーは不可視の剣を取り出し、刀身を覆っていた風の結界を解く。
見えたのは黄金の剣。どこまでも美しく輝く希望の象徴。聖剣エクスカリバー。
「カリヤ。貴方の目には、この剣がどう映りますか?」
「人間の希望、理想、願い、祈り、そういうものが集まった優しい光だ。アーサー王の生き様を描いたような……」
理想に生き、故国に全てを捧げたといったセイバーを体現したかのような剣だと、こうしてみると思った。
だからこそ、ライダーはアーサー王の生き方を『王ではない』と一蹴した。
俺はそんな事はないと言ったけど、この剣を包む光を見ていると、少し悲しい。
「この剣には、戦場に散る全ての兵達が今際のキワに懐く尊きユメーー『栄光』という名の祈りの結晶が宿っています。そしてこの輝きを標として、我が臣民は理想を求め、私はそれを示しました。結末は貴方も知るところですが、それに対して、私は間違いがあったとは思っていません。救済したいと願う事はありましたが、後悔した事はありませんでした」
エクスカリバーを消して、セイバーはこちらに向き直る。
「ですが、あの時、ライダーのーー征服王の言葉、生き様を知った時、私の中には間違いなく後悔や絶望があった。救う事しかしなかった国の末路、カムランの丘での光景が、私の脳裏をよぎりました。もし他の者が選定の剣を抜いていれば変わっていたのかもしれない。騎士王アーサー・ペンドラゴンは王になるべきではなかったのかもしれないと……そう思いました」
「でも、それはーー」
「はい。可能性の話ですし、私が王でなくともブリテンは滅んだ。それはあなたのサーヴァントにも言われました」
タマモが……。
なんだかんだ言ってもあいつも面倒見は良い方なのか。それとも、単に捨て置けないと判断したからなのか。わからないが、タマモもなりに助言っぽいことしてたんだな。
「そうとわかった上でなお、私はブリテンが滅ばない道があったのではないかと考えてしまうのです。不毛だともわかっています。例えどう足掻いたところで、私の生きたブリテンは滅び、そして今という世界が成り立つことは。しかし、騎士王として、ブリテンを統べたものとして、私は救済の可能性をごく僅かでも秘めた聖杯を諦めるわけにはいかないと……そう、思っています」
理屈ではわかっていても、切り替えられるわけじゃない……か。
それは正しい。ごく普通の、当たり前の反応だ。
だが、駄目だ。
今もなお、セイバーはヒトではなく、王としての生き方をしようとしている。
そしてそれはヒトならざる王だ。感情を、心を殺す。
ヒトとしての葛藤を隠し、苦悩してもなお、ヒトとしての生き方を否定している。まるで、王はヒトとして生きてはいけないと言っているかのように。
「セイバー、もういいんじゃないか?」
「何が……ですか?」
「そこまでして、騎士王として生きる意味なんてもうないじゃないか。セイバーの言う通り、ブリテンは『滅んだ』。そして結末は『変わらない』。さっきセイバーは聖杯が救済の可能性をごく僅かでも秘めている、といったけど、残念ながらそれはない。例え、聖杯が元に戻ったとしても、セイバーが願いを叶えたとしても、そこにあるのは『滅ばなかったブリテン』という一つの平行世界が存在するだけ。セイバーのいるブリテンは滅ぶしかないんだ」
それはなにもこの世界に限った話じゃない。
どの世界にも、憑依前の異能なんてものがなかった元の世界でさえも、平行世界という概念は存在した。
そして平行世界は、選択肢を一つでも違えれば、生まれる無限にも等しい世界だ。
ならば、聖杯を用いたとしても、可能性の世界が一つ増えるだけだ。
そしてそれをセイバーが知る事はないだろう。
またカムランの丘に戻り、変わらなかった結末に嘆き、哀しむだけだ。
この世界の間桐桜は助かっても、数多にある平行世界の間桐桜が衛宮士郎に会うまで、救われないように。
とはいえ、俺の言葉はやはり赤の他人の言葉だ。
一体どれほどの事を理解して、セイバーに説法しているのかと言われれば、殆ど何も知らない。知った風な口を聞くなと言われれば、まさしくその通りだとしか言いようがない。
しかし、セイバーは何を言い返すでもなく、どこか納得しているような表情をしていた。
「やはり、貴方ならそう言うと思っていました、カリヤ。貴方も、貴方のサーヴァントも、私を王でなく、一人の人間として生きる事を強く望んでいる。私が一度捨てた道を、誰よりも強く」
一つ息を吐くと、セイバーは夜空を見上げ、ポツリと話し始めた。
「選定の剣を抜く以前の事です。私は、二つの夢を見ました。今の、騎士王アーサー・ペンドラゴンとして生きた未来と、そして貴方達の望む、一人の人間ーーアルトリアという少女として生きた未来です」
その夢を見て、セイバーはアルトリアとしてではなく、騎士王として生きる道を選んだ。おそらく、その時のセイバーには、ブリテンを導く者として生きる義務を与えられたのだと思ったのだろう。だから、例え変えられない未来があっても、突き進むしかなかった。
「どちらの私も等しく一人の人間であるべきだった。ヒトとしての在り方を捨てるべきではなかった…………とある騎士に円卓を去る時に言われました『アーサーにヒトの心はわからない」と。私は王として、ヒトに理解される生き方であってはならないと、心の何処かで思っていたのかもしれません。ーーだからこそ、貴方が私の願いを『ヒトの願い』であると征服王に説いた時、とても嬉しかった。ヒトとしての在り方を捨てたと思っていた私が、未だヒトでいられたという事が」
説いたというニュアンスは若干違うような気がしなくもないが、俺は確かにセイバーの願いは人間の苦悩そのものだと思っていた。
過去を悔やみ、変革を求めるのはヒトの常だ。それを乗り越え、強くなる事はあれど、変えたくないと思う人間はごく稀だ。大抵の人間であれば、過去に戻りたい、過去を変えたいと強く望んでいる。かくいう俺もその一人だったから。だからこそ、俺はああいった。
「きっと、貴方のような人が円卓にいたのならば、私は……アルトリアのまま、騎士王として生きられたのかもしれません」
「それはわからない。何せ、絵に描いたような凡人だ。王に意見するなんて大それた事は出来ないさ」
「そうですか?私はそうは思いませんが……」
いや、無理です。他の騎士に叩き斬られます。
「ともかく、私は貴方にお礼を言いたかった。これからどのような選択をし、どのような結末に至ろうとも、私はそれを後悔する事はしません。カリヤ、本当にありがとうございます」
「セイバーは……受肉してこの世界で生きてみる気はないのか?」
「わかりません。ですが、貴方と共にいられるのなら、それも良いかもしれませんね」
「うーん……まぁ、いいんじゃないか?あいつがマスターだと息苦しいだろうしな」
受肉してもマスターに無視されまくりじゃなぁ……幾ら何でも可哀想な気もするし、タマモも流石に同情して許容しそうな気もする。
「確かにキリツグはあまり私の事が好きではありませんから。そうしていただけるのならお互いに幸いだと思います。不平不満を言いたいわけではありませんが、貴方がマスターなら、この聖杯戦争も充実していたかもしれません」
基本的におしゃべりだからな、俺。というか、昔の英雄とか、王様と話せるというのはなかなかにレアな経験だ。話さない手はないし、マスターとサーヴァントとの信頼関係は大切だ………まぁ、ライダーとキャスター以外はこの聖杯戦争軒並みマスターとサーヴァントの相性が致命的な事になってらっしゃるが。
「そろそろ戻りましょう。あまり長居していると、貴方のサーヴァントを怒らせますから」
「それもそうだな」
またフラグが〜とか言いそうだしな。だからないっつーの。
さて、俺達とセイバー陣営しかいないわけだが、聖杯をもとに戻すために一つやってやるか。
またも無理矢理感の半端ない展開に。
あんまり無理矢理だから、ちょっと綺麗に終わらせられるか心配になってきました。
一応考えていたのはこの展開までなので。
まぁ、また書くのが詰まってきたら、当初書く予定であったバーサーカーバージョンの方でも書いてみます。