歓迎する、と宣った着ぐるみこと聖杯くんを見て、俺は溜め息しか出なかった。
いや、確かにこいつは汚染された聖杯だ。
某猫型ロボットのように秘密道具を出す感覚で出刃庖丁しか寄越してこないし、それはイコール殺せという命令だし。
しかし、ここにきて、これはないだろう。この聖杯戦争に参加して一番頭を抱えたくなった。
「……アレはどうすべきなんだ?」
「……見た目に反して、アレから感じられる気は禍々しさの塊です。何かされる前に手を打った方が得策だと私は思います」
困惑している切嗣に対して、セイバーが告げる。
まぁ、蓋を開けてみれば、見た目はアレなだけの、寧ろ黒い聖杯よりもタチの悪い奴が出てきた訳だからな。セイバーの言っていることはあながち間違い邪魔ない。というか、こんなの相手に覚悟を決めていた俺のシリアスを返して欲しい。
………早く終わらせて帰るか。こいつはどう見ても一つの生物にしか見えんしな。
「リバ「ちょっと待ちなよ、間桐雁夜くん」ん?」
さっさと終わらせようと思ったら、止められた。
「僕をどうこうする前に、聞きたい事があるんじゃないかい?」
「……まぁ、無くはないな」
なんでお前がいるのかとかな。後、クー・フーリンが出てきた理由も。
「先ずは……そうだね。今回の聖杯戦争について答えてあげようかな」
「今回の聖杯戦争?なんかあったか?」
「大ありじゃないか。君という他世界からの神の恩恵を受けた人間の参戦、本来なら召喚されないはずの神霊の召喚、不仲のはずのサーヴァントとマスターの信頼関係。そして今。おかしな事なんてそこら中に沢山あるよ」
そう言われてみれば………うん?待てよ。
「おい、待て。なんでお前はこの聖杯戦争がおかしいって知ってる?」
「それはどういう意味ですか、カリヤ?」
セイバーがそう聞いてくるが、俺だって聞きたい。
しかし、聖杯くんは不敵に笑うだけだ。なんでもお見通しと言わんばかりに余裕の姿勢を崩さない。
「まぁ、そんなことは良いじゃないか。考えるだけ無駄だから。それよりもさ、僕と取り引きをしないかい?」
「はぁ?取り引き?」
「そう。このままだと僕はセイバーの宝具で跡形もなく吹き飛ばされかねないからね。それは僕としては嫌だし、キミも自分のサーヴァントを還したくはないだろう?だから、ここは一つ見逃しておくれよ」
「……いやに逃げ腰だな。汚染されてるとはいえ、万能の願望機だろ?」
「それは願う人間がいてこそさ。僕の自由で願いは叶えられないし、魔術師やサーヴァント相手ならなんとかなる可能性はあれど、キミは魔法使い。たった一言で僕は無に還るからね」
そう言われて漸く気がついた。
ひょっとすると、俺みたいな魔法使いが聖杯の天敵なのではなかろうか、と。
言われてみれば、メディアは聖杯の汚染をどうにかできるみたいな話を聞いたことがあるし、神代の魔術師でどうにかできる代物をそれより上位の魔法使いに何も出来ない道理はない。
つまるところ、この聖杯くんは俺がここに来た瞬間から絶体絶命なのだ。
だが、そうなったら余計に気になることがある。
「一つ聞くが、なんでもっと守護するサーヴァントを召喚しない?サーヴァントを馬鹿みたいに出しまくれば、なんとかなっただろうに」
「無理無理。聖杯の中にはまだ二騎のサーヴァントしか汲まれていないし、仮に聖杯の対抗システムでサーヴァントを召喚しても霊脈が枯渇して、結局聖杯戦争が出来なくなる。本末転倒さ」
「じゃあ、なんでクー・フーリンは呼んだんだ?」
「彼かい?彼はね、
「ようは面白半分で呼んだと?」
「端的に言えばそうなるね」
……その瞬間、俺は同情を禁じえなかった。いや、俺は疎か、切嗣やセイバーまでもが、遠い目をしていた。
見える。きっと今頃タマモの逆鱗に触れたクー・フーリンが可哀想な目に遭っている光景「ご主人様ー!」。
と、思った矢先に喜色を孕んだ声音でタマモが来た道から現れた。
すっきりとした表情はおそらくストレスを発散したことによるものだろうが、その手には縄が握られていて、その先には首輪をされている額に犬と書かれたクー・フーリンがいた。
「くっ……なんと惨いことを」
セイバーは相手が敵であるのに、あまりにも惨めな目に遭わされている現状に顔を背けた。
「ご主人様に刃を向けたんですから、当然の報いです。寧ろ原形をとどめているだけ良心的だと思いますけどね」
……その発言は俺も流石に酷いと思った。
これだけの辱めを受けているにもかかわらず、酷ければ、ここから認識不可能になるほどボコボコにされるのかと考えると、可哀想。それが面白半分となると殊更哀れだった。
「で、なんですその不細工な着ぐるみは?」
「聖杯」
「………はい?いやいやいや、ご主人様。いくら私がシリアスブレイカーだからって、此の期に及んで、そんなのが聖杯なわけ……」
「「「………」」」
「え゛っ。マジですか?」
俺達三人の表情を見て、タマモの表情が引きつった。
「さあ、早く決めなよ。間桐雁夜くん。この聖杯戦争をどうするかはキミの一存だ」
愉快そうに聖杯くんは言う。
絶体絶命そうな割に余裕に溢れているのは、恐らくは俺がタマモやセイバー達にこの世界に残って欲しいと思っている事を知っているからだろう。自分が消される可能性が極めてゼロに近いと知っているから、聖杯くんの表情には余裕があった。……いや、まあ、そもそも表情が変わらないからよくわからんが。
確かに俺は聖杯を消し飛ばしはしない。
そんなことをすれば、俺のタマモが消えてしまう。呪縛を断ち切ったセイバーが消える。
それは俺自身としても、許せない。
なら、どうする?答えは簡単だ。
「聖杯くん。俺はな、初めからお前を消すつもりなんてないんだよ」
「……それは取り引きをするって事でいいのかな?」
「いいや。ハナからする必要なんて無かったんだ。お前が『汚染された聖杯』というモノではなく、『聖杯くん』という一個人で出てきたのなら、俺はお前を『生物』として認識できるからな!」
そうだ。俺が破壊を最終手段として用意していたのは、あくまでも聖杯を一種の生物として認識出来ずにこれが効かなかった場合だ。だが、この姿。いくら不細工な着ぐるみ状態でも話しているし、生物として認識のできるこの状況なら、話は別だ。
「リバース!」
聖杯くんへ向けた放たれた眩い光が、不敵な笑みを浮かべたままの聖杯くんを飲み込んだ。
ピピピッ、ピピピッ!
「……うーん、うるさい」
けたたましく鳴る目覚まし時計を止め、私は身体を起こす。
「んー……結局昨日も夜更かししちゃったなぁ……」
欠伸を噛み殺しながら、私は頭の上に置いていた本ーーグリモアに手を置く。
十年前。駄々をこねる私にサンタさんがくれた贈り物。
あの時から私は
初めは初級の魔法も使えなかった事に落ち込んだこともあったけど、今考えたら、それは普通で、魔法を使えている今の方が他の魔術師の人達から言わせれば異常と言っていた。
それでも私はお父さん程に魔法を行使できるわけじゃないし、攻撃よりも治したりする方がずっと得意だ。
『桜ちゃーん!早くご飯食べないと遅刻しちゃいますよー!』
「はーい!今行きまーす!」
私は自分の通っている学校穂群原学園の制服に着替えて、階段を急いで降りていく。
「年頃の女の子が夜更かししちゃダメですよー?お肌が荒れますから」
「よふかしダメー!」
「ごめんなさい。お母さん、コンちゃん」
他にも十年前から今まで色んな事がいっぱいあった。
割烹着姿のお母さんーータマモさんとお父さんが聖杯戦争と呼ばれる魔術師の死闘を終結させ、それから間もなく結婚した事。
その時にお祝いに来た人達の中には聖杯戦争に参加した魔術師の人やサーヴァントと呼ばれる過去の凄い人もいたり、遠坂の叔父様や叔母様もいて、祝福しながらも叔父様が姉さんをお父さんの弟子にしてやってくれと頼んでお父さんにしばかれたりしていた。
本当なら聖杯戦争が終わる事で消えるはずだったお母さんや他のサーヴァントが残ったのは、お父さんが聖杯戦争を元に戻して、皆に肉体を与えたからだそうで。
身体を手に入れた皆さんは現代を自由に謳歌している。
お父さんとお母さんは結婚して間もなく子どもが出来たし、一応私の妹になるその子は半分神様になっているらしく、ものすごい才能を秘めているそうで、それに対抗心を燃やしたのが私が昔『厨二病』なんて失礼な事を言ってしまった人ーーギルガメッシュさんが「我の方がもっと凄い子を見つけてきてやる」なんていって、冬木に孤児院を設立し、日本だけに留まらず、世界から才能のある孤児を引き取ってるそうで、今や大規模で有名な多国籍孤児院として、テレビでよく見るものの、その辺りの応対は無理矢理手伝わされていた言峰さんがしているようで、娘さんもお手伝いをしているそうだ。
征服王さんとそのマスターさんのウェイバーさんは世界中を冒険しているらしく、この二人も度々テレビに出ては古代文明から化石まで様々な分野で顔や名前が知れ渡っている。そういえば前にテレビに出た時に「貯まったお金は何に使用しますか?」という問いに「無論。世界征服の為よ!」と征服王さんが答えて、ウェイバーさんがフォローしてたっけ。
ディルムッドさんはマスターさんのケイネスさんの護衛として、日々付き添っているものの、魔貌封じのお蔭であまり目立つことはないそうだけど、一度外すと騒ぎが起こるらしく、そのたびにケイネスさんは頭を抱えているらしい。でも、その最たる理由はお父さんのお蔭で解かれた婚約者のソラウさんがまた魅了されないかと心配してるかららしいけど。
切嗣さんはお父さんとお母さん助力の元、無事娘さんを救出し、今では武家屋敷の様なお家で母娘と助手の舞弥さんと仲睦まじく楽しく暮らしているそうだ。昔は魔術師殺しと呼ばれる殺し屋なんて聞いたけど、優しい近所のおじさんにしか見えない。
そしてその切嗣さんのサーヴァントだったセイバーさんことアルトリアさんはというと……
「今日も貴女の料理は美味しいですね、タマモ。朝からこんなに美味しいものを食べられて光栄です」
何故か私達の家にいたりする。
なんでも、聖杯戦争の際にお父さんが約束していて、結果的にこの家に居候する事になった。最初は一悶着あったとお父さんが言っていたけど、今では立派な家族の一員になっている。
近くの喫茶店でアルバイトをしているんだけど、なんというか……接客中も王様だった。
後は……
「おう。お嬢ちゃん早く飯食わねえと、そこの腹ペコ王に全部食われちまうぞ」
ことこの人に関しては本当になんでいるのかわからない。
お父さんが聖杯戦争を終わらせようとした際に召喚されて、お母さんにコテンパンにされたらしいけど、生かされていた事でたまたま身体を得たらしい。
マスターも知人もいないとなった結果、お父さんが「何かあった時に役立つ」と言って、家に居候する事に。
何気に誰よりも現代に順応しているらしいけど、事あるごとに死にかけるのが問題らしい。二日に一回は血まみれになって帰ってくる。生きているのが本当に不思議。
そういう事もあって、私の周りはとても賑やか。色々不安な時期もあったけど、今は楽しい。
「サクラ。もしも遅れそうなら私がバイクで乗せていきましょうか?」
「だ、大丈夫です。走ればなんとかなりますから」
それにアルトリアさんは急いでというと、交通ルールを完全に無視した走りをするので、心臓に悪い。
「ところでお父さんは?」
「雁夜さんなら、そろそろ帰ってくるはずですけど……」
そう言っている時にちょうど扉が開く音が聞こえた。
「パパだー!」
コンちゃんが椅子から飛び降りて、そのまま扉の方まで走っていくと、扉が開かれた。
「パパー!」
「っと、コンか。ただいま、良い子にしてたか?」
「してたー!パパとの約束守ったよー!」
「そっか。じゃあ、今日は一日中遊ぶか」
「やったー!パパ大好きー!」
「俺もコンが大好きだよ」
コンちゃんを抱き上げながら、雁夜お父さんは頭を撫でてあげていた。
お父さんの表情はとても優しいものだ。とてもこの人が魔術協会聖堂教会から恐れられ、時計塔と呼ばれる一級魔術師の学校の指名率ナンバーワンの非常勤講師という肩書きを持つ人とは思えない。
「お帰りなさい、雁夜さん。お仕事の方は良いんですか?」
「ただいま、タマモ。仕事の方は問題ないよ、一週間くらい休みを無理矢理取ったから。死徒狩りは……クー・フーリンがいればいいだろ」
「またそれかよ。いい加減雑魚狩りは飽きたぜ」
「今回はそれなりに強いのが出たらしい。執行者もかなりの人数やられてるらしいから、楽しめるかもしれないぞ」
「馬鹿野郎。それを早く言えってんだ」
「ほら、国の地図とパスポート。現地到着までに死にかけるなよ。お前の場合は冗談にならないしな」
「あれは不可抗力なんだ、しゃあねえだろ。んじゃま、行ってくるぜ」
「いってらっしゃーい!やりのおにいちゃん!」
コンちゃんが手を振るとクー・フーリンさんもひらひらと手を振って答える。
あの人も時々死にかけるだけで、アイルランドでは有名な英雄さんだから、私の家族や知人は凄い人ばかりだ。その代わりにとても癖が強いのが玉に瑕だけど。
「桜も学校か?」
「うん」
「気をつけてな。何かあったら電話するんだよ」
「お父さん過保護過ぎだよ」
後、お父さんは私の立ち位置を考えて、とても心配してくる。こう見えても、私だって立派な魔法使いなんだから、そこまで心配しなくてもいいのにと思うけれど、心配してくれる事は正直嬉しい。
『行ってらっしゃい』
そう言って私を送り出してくれる声が何時も心地良い。
最初は養子に出された事が悲しい日もあったけれど、今は良かったって思うし、出会ってきたもの全てに感謝している。
「行ってきます!」
願わくば今日もまた最高の日になりますように。
計二十話。全て読んでくださった方々、本当にありがとうございます。
途中でグダグダになったり、おかしな展開になったりしましたが、話数的には当初の予定通りに終わりました。
今回の終わり方に満足いかなかった方はすみません。ですが、作者としてはこの辺が落ち着くにはちょうど良いかなと思っていたりもします。
また気が向いたら、閑話や番外編として、聖杯戦争後のお話を書いてみたりしたいと思いますが、一応はこれで最終回となります。
今まで貴重な時間を使って読んでくださっていたみなさま。重ねて御礼を申し上げたいと思います。本当にありがとうございました。