雁夜おじさんに憑依してしまった大学生   作:幼馴染み最強伝説

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間桐と遠坂

間桐の家に帰ってきてから、既に一ヶ月が経過した。

 

今に至るまでの一月は聖杯戦争に向けて、知識を蓄えていた。

 

大雑把な事情は知っているし、経緯もわかっているが、詳細までは知らない。

 

原作見てないし、アニメ見たのだって、かなり前だ。大まかな部分すら曖昧なところがあるというのに細かい部分なんて覚えてるわけない。ついでに言うと端折られている部分なんてなおのこと知らない。

 

今日も今日とて、只管本を読んでいるわけだが、はっきり言って気が滅入る。

 

元々本を読むのは好きなのだが、やたらと小難しいこと書いてるし、何よりこの間桐の家だ。陰気臭くて堪ったもんじゃない。間桐の性質上、仕方ないとはいえ、身体に悪そうな事この上ない。

 

コンコン。

 

扉が不意にノックされる。

 

この家の人間で俺の部屋に入るのにノックをする人間は一人しかいない。

 

「開いてるよ」

 

静かにゆっくりと開かれた扉からひょこりと顔を出したのは幼い黒髪の女の子。そーっと様子を伺うように覗き込む少女は俺と目が合うと扉を閉めて、トテトテと歩いてきた。

 

「雁夜おじさん」

 

「何かな?桜ちゃん」

 

深く腰を下ろしていた椅子から立ち上がり、女の子ーー桜と目線を合わせるようにかがむ。

 

にこりと自然な笑顔を浮かべて問いかけると、桜はお腹に手を当てて、元気よく言った。

 

「お腹減った!」

 

そう言われてみればと思い、時計を見てみると既にお昼を過ぎていて、そろそろ一時に差し掛かろうとしていた。

 

ちょうどいい。気分転換も兼ねて、昼食でも食べに行ってみるか。

 

「桜ちゃん。今日はお外でお昼ご飯にしようか」

 

「うん!」

 

ぱあっと花のような笑顔を浮かべる桜は至って普通の女の子だ。やはり蟲にさえ犯されなければこの子も魔術師として稀有な存在というだけで何も変わらない。

 

だからこそ、俺は今回の聖杯戦争。何が何でも生き残って、聖杯も臓硯も打倒しなくてはならない。極力人を殺すのは避けたいが、最悪そうも言ってられない。

 

始まるまでまだ十一ヶ月。入念に準備しておかなければいけないが、この子には何も関係のないことだ。この子が望むなら、俺は便宜上の親として、人並みの幸せを与えてあげないとな。

 

そう思っていた矢先の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………』

 

なんでだよ。

 

心の中で思わず悪態をついた。

 

折角胃を満たすついでに桜とレストランに来たというのに。

 

俺の運のなさを嘆くべきか、それとも運命を呪うべきか。

 

俺と桜の入ったレストラン。割と値の張るところだったのだが、其処にはよりにもよって遠坂一家がいた。隣のテーブルに。

 

気まずいとかいうレベルではない。特に桜が。

 

ほんの一ヶ月前まで親と子、姉と妹だった関係の人間がすぐ隣にいるのだ。本当ならすぐにでも帰りたいだろうに。桜は年の割には聡明だ。感情に任せるには落ち着きがあり過ぎた。

 

おまけに今回に限って時臣がいる。

 

いや、基本的には良い父親だから家族で食事くらいはするだろう。

 

だから明らかに侮蔑の視線を送ってくるのは止めていただきたい。俺だって好きでお前のいるところに来たわけじゃない。気分転換しに来たのにとんだ外出になりそうだ。

 

楽しい食事になる予定が微妙な空気になってしまった。美味い飯もこんな空気では俺が作った料理よりもマズく感じる。別に俺が料理下手というわけではない。

 

その時、静かに時臣が席を立った。

 

葵さんや凛は静寂の中で時臣が立ち上がったことに過剰に反応するが、まあ大方トイレだろう。食事中にトイレに行くのは優雅でもなんでもないが、そこは人間。生理現象には「間桐雁夜」ん?

 

「話がある。ついてきたまえ」

 

そう言うや否や、俺の返事を聞かずして時臣は店の外に出た。

 

おいおいおい、よりにもよってお前が俺に話しかけるんかーい!

 

しかもここで俺が席を立ったら桜が一人になるだろうが。お前は鬼か、時臣。

 

おまけに返事聞かずに外に出て行くし。多分無視したらキレるんだろうなぁ。理不尽なやつじゃないけど、俺の事は現時点では魔道に背いた落伍者ってことで見下しているだろうから。

 

別に見下すのは勝手だし、せいぜい過小評価してくれれば聖杯戦争でもやりやすいが………俺も時臣に用がないわけじゃない。

 

聖杯戦争の時にでも言おうかと思っていたが、この際言っておくか。桜次第だが。

 

「桜ちゃん。デザートなんでも頼んでいいから、少し良い子で待っててくれる?おじさん、大事な話があるから」

 

「なんでもっ⁉︎なんでもたのんでいいの⁉︎」

 

食いつくのそっち⁉︎ま、まあいいや。小さい子ならデザートは食べまくりたい年頃だろう。俺は今でもそうだけどな。

 

「うん。でも、食べきれるようにね。残したらデザートが可哀想だから」

 

「うん!桜、良い子で待ってる!」

 

そう言うと桜はメニュー表に目を通していた。物でつるのは子の教育上、良くないけど今回ばかりはそうも言ってられないし、ここは純粋さを利用させてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

店の外に出るとそこから少し離れたベンチに時臣はいた。

 

「何の用だ、時臣」

 

「一度は魔導の道から背きながら、よくもおめおめと帰ってこられたものだな。雁夜」

 

いきなり嫌味かよ。

 

「そこまでして、聖杯を求めるか。優れた家系に生まれながら、凡俗に身を落とした君が今更になって何を求める?」

 

問いかけてくる時臣の視線は真剣なものだった。

 

俺にとってはこの問答自体、これといって重要さを見出していない。

 

理由は至極簡単。俺は聖杯を求めていない。この地に帰ってきたのは自己満足の極みであり、聖杯戦争も単なる過程でしかない。俺の目的は無事聖杯戦争を生き残り、間桐臓硯を排除すること。出来れば言峰綺礼も排除しておきたい。愉悦覚醒さえさせなければ問題ないが、ギルガメッシュが出てくるのなら時間の問題だろう。

 

そして極め付けは聖杯の降誕。これは是非とも阻止したい。正確にはこの世全ての悪(アンリ・マユ)の降誕の阻止だ。あれは存在してはいけないものだ。いざとなったらありとあらゆる手段を用いて消し飛ばす必要がある。もっとも、俺の魔法で消えればの話だが。

 

話は逸れたが、それゆえに時臣に俺は答えた。

 

「聖杯に託す願いなんてものはない。聖杯が手に入るのはあくまで結果だ。俺の目的は無事に聖杯戦争を終わらせること。そして桜を人の子として真っ当な人生を歩めるようにする事だ」

 

「………雁夜。つまり君が欲しいのは勝ち残ったという結果ということか?」

 

「いや、あくまで生き残る事だ。俺が死ぬと桜が大変な目にあう。あの妖怪ジジイの所為でな。今回の聖杯戦争に参加したのもあのジジイとの取引だ」

 

表面上はな。

 

「間桐の翁か。落伍者を急造で仕立て上げて参加させるほど、此度の聖杯戦争にかける願いはさぞ大望なのであろう」

 

妖怪ジジイで通じるんだ。

 

しかも、臓硯の事をよく知らない時臣は「臓硯の為に聖杯戦争に参加した」という表面上の理由で勝手に納得してしまった。こういう所が綺礼に暗殺された原因なんだよなぁ。もっと人を疑うことを覚えようね、髭のおじさん。

 

「だが、いくら間桐の翁が仕込みを入れようと急造の魔術師に遅れを取るほど、私は弱くはない。此度こそ遠坂の悲願を成就させるために最強のサーヴァントを呼び寄せる手立ても付いている。はっきり言って、遠坂の勝利は決定したも同然だ」

 

確かに原作の雁夜は全くと言っていいほど話にならなかった。寿命を削っての、文字通り捨て身の攻撃も、何の意味もなく、一発で倒された。時臣は凡才ではあるものの、それ故に努力に努力を重ねてきた。結果、一流の魔術師へとなったのだから、努力は人を裏切らないとはよく言ったものだし、この自信も当然だと言える。

 

急造の魔術師なら、な。

 

「本来ならば、再び合間見えた以上、一度は魔導の血筋から逃げた軟弱さ、その事に何の負い目も感じない卑劣さを見過ごすわけにはいかない。間桐雁夜は魔導の恥だ。ここで誅を下すしかない………が、仮にも聖杯戦争の参加者。ここで殺してしまっては遠坂と間桐の古き盟約に背く事になる」

 

「随分と優しいな。魔導の裏切り者を生かすなんてな」

 

「勘違いはするな。今死ぬか、それとも聖杯戦争にて私に屠られるか。ただそれだけの差でしかない」

 

「だろうな。魔導から背いた落伍者じゃ、到底正規の魔術師には叶いはしない。だから、その前に一つ聞かせろ。お前は間桐の魔術の全容を、臓硯の思惑を知った上で、桜を間桐の養子に出したのか?」

 

これは一応聞いておかないとな。

 

確か原作じゃ立派な魔術師にしてくれるから送り出したのであって、蟲に陵辱される事は知らなかった的な感じだったような気がする。知った上で出すような性格でもないだろうから、多分知らないのだろうが。

 

「是非も無し。だからこそ、間桐の申し出は天啓に等しかった。聖杯を知る一族であれば、それだけ根源に至る可能性も高くなる」

 

「姉と妹が相争うことになるぞ。それは悲劇以外の何物でもない」

 

「仮にそんな局面に至るとしたならば我が末裔達は幸せだ。栄光は勝てばその手に、負けても先祖の家名に齎される。かくも憂なき対決はあるまい」

 

「そうか」

 

ここで間桐雁夜ならば激昂して襲いかかる事だろう。

 

狂っていると、姉と妹が命を懸けて争う事を肯定する親がいてたまるかと。

 

その割には時臣を痛めつけるのではなく、殺そうとしていたのは本末転倒な気もする。

 

それ程までに思考が単純化してしまうほど刻印蟲による苦痛は酷かったのか、はたまた雁夜の時臣に対する憎悪が悪い方向に曲解したのかはわからないが、今のやり取りでも十分にわかる。

 

時臣は臓硯が『間桐の当主にするため』に育成していると信じている。

 

単に子を産むための苗床として招き入れられたという事実は知らない。

 

桜からすれば加害者の一人になるが、ある意味では臓硯の被害者でもある。

 

「それ故、気がかりな点がある。何故、間桐の翁は桜を君に預けている?私が聞いた話ではすぐにでも鍛錬を始めると聞いていたが、その様子も見られていない。何がどうなっている?」

 

そんなこともわかるのか。

 

俺が桜を連れていることに疑問視するのはわからなくもないが、臓硯の方まで疑問視するとは思わなかった。

 

本当ならここで事実を告げてもいいが………まだ早いし、こいつを巻き込むのはもう少し先の話だ。具体的には臓硯を殺した後。

 

「あのジジイだって元は人間だ。手間取る事だってある。それにこの歳の子をずっと家に閉じ込めておくのは教育上良くない。だから俺自身の気分転換も兼ねての外出だよ」

 

お前と会うなんて微塵も思ってなかったから、色々と台無しだけどな。

 

想定よりも話し込んだな。そろそろ桜の所に戻るか。

 

っと、その前にやる事があったな。

 

「リレイズ」

 

「?」

 

「見逃してもらった礼だ。忠告しておいてやる。言峰綺礼には気をつけろよ。お前が思ってるほど、殊勝な奴じゃない」

 

忠告はした。

 

それを世迷い言として片付けるか、それとも心の片隅には留めておくかはこいつ次第だ。

 

返事も聞かずに俺は店の中へと戻った。これ以上の問答は無意味以外の何物でもない。

 

「桜ちゃん。戻った……よ……」

 

「おはへりなはひ……んぐっ。おじさん」

 

帰ってきてみれば、机いっぱいにデザートが乗っていたであろう皿が大量に蓄積されていた。もちろん空で。

 

腹ペコ王もびっくりの食欲だーっ⁉︎どう考えたって、あの小さな体にこれだけの量の食べ物が入るわけない。胃に入った瞬間に消化されてるのではなかろうか。人体の神秘だ。

 

「そろそろーー」

 

帰ろうか。そう言いかけて言い淀んだ。

 

別に俺がデザート食いたいとか、爆食いしてる桜ちゃんに葵さんやら凛が軽く引いてるとかそういうのじゃない。

 

「………」

 

ものすごく瞳を潤ませながら、桜は俺を見ていた。まるで玩具を取り上げられた子どものように。実際桜は子どもだけど。

 

まだ食い足りないの⁉︎結構食べてるよ、桜ちゃん⁉︎そんなのじゃ将来太るよ‼︎

 

仕方ない。桜の意思を尊重してあげたいが、将来のことも考えて、ここは心を鬼に……

 

「………」

 

こ、心を鬼に……

 

「………」

 

「もう少し食べよっか」

 

あっさりと折れてしまった。無理無理、子どもの懇願する瞳には勝てませんでした。

 

結局この後三十分くらい居続ける事になり、俺の想定していた三倍は金を消費したが、間桐クオリティでなんとかなった。使えるものはなんでも使います。

 

 

 


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