「ったく、眼帯の喰種だ? 梟に猿にイヌに。
最終決戦かっての」
そのうち怪獣でも出てくるんじゃねぇか? と丸手さんが悪態を付くのを聞きながら、俺は周辺の状況をまとめていた。
眼帯の喰種――片方の目を、まるで「見られるとまずいから」隠しているような、そんな奴は。今丁度、亜門さんと戦ってる最中だ。
状況は、亜門さん有利。
「喰種、こっちに来たりしませんよね」
「そん時は遺書の出番だな」
「マジっすか……。あ、ちょっと表の方に、確認行ってきます」
すぐ戻れよ、と声をかけられた。
それに軽く応じながら、俺は走る。
「怖ぇな――」
正直にそう呟きながらも、それでも、俺は走った。
走る以外に、もう、選択肢はなかった。
亜門さんのランスと、僕のキックとがそれぞれ激突し。僕は亜門さんの変身を解除させるに至った。代償として、右のわき腹から胸に向けて、いくらか大きくえぐられるような――それこそ「リゼさんの赫胞」に大きくダメージが入るような、ダメージを受けながら。
このまま、つかまるわけにはいかない。
亜門さんの言葉からは、明確な敵意こそなかった。とすれば、おそらく僕は収容所につかまる事になるのだろうけれど――そんなもの、今、ここで殺されることと大きく違いはない。
店長たちを助けに行き、また、みんなで帰る。
そのために僕は、今ここまで来たのだ。
一歩間違えれば、トーカちゃんを悲しませるかもしれなのに――。
貫通した腹は、再生しない。原因には心当たりがあった。あの、ランス状のものから展開された、渦を巻くようなそれは、瓶兄弟の赫子。かなり強力な尾赫。
相性的なこともあり、僕がこうむったダメージも大きかった。
変身解除こそしていないものの――鯱さんによって入れられたヒビが、店長が修復したそれが、よみがえり悪化していた。
店長は言った。この状態のベルトで変身するべきではないと。何がおこるか分からないと。
ただ、そうであっても、今の僕に変身解除して、投降するという選択肢はない。
歩けない。歩きたくても。
それでも、歩かなきゃいけない。
無様に這い蹲りながらも。滑稽だと笑われながらも。
「金木君。君は――もう休んでくれ」
亜門さんの言葉が耳に聞こえる。
やはりというべきか、あの時点で既に彼は察していたようだ。そこまで積極的に隠していたわけじゃない。アオギリ戦に加えてあんていくの情報を照らし合わせれば、ハイセ=僕であるという結論に至るのは、そう難しくもなかったはずだ。
亜門さんは、悲痛な声を出して僕にそう声をかけた。
それはきっと、捜査官として――人間として、彼が僕にかけてくれた気遣いだろう。
それが、たまらなく嬉しく。そして今同時に、たまらなく悲しい。
喰種全般に憎しみだけを向けていた彼が、対立しているはずの僕に向けてこんな感情を向けてくれることが嬉しくて。でも、それに身をゆだねることが、決してできないのが悲しい。
無理やり立ち上がろうとして、僕は――。
――ののん、のん、
そしてそんな声と共に、僕の目の前に太い腕が落下して来た。
アーマーの所々装着されたそれは、はじけ飛んでなお握られていたクインケの制御装置の形状は、きっとアラタさんのに違いない。とすれば――その腕は、亜門さんのものだ。
瞬間、焦燥で遠くなっていた感覚が、自分の身体に帰って来る。わき腹、内臓にかけて走る「致命的な」痛みと共に、はっとして、隣の、亜門さんの方を振り返った。
腕があった場所を呆然と見ながら、膝から崩れ落ちる亜門さん。
そのはるか後方――捜査官たちから銃やクインケを向けられているのは、奇妙な喰種だった。
「――のん、のん、のん、ぎふてっと◎」
奇妙な言葉遣い。言ってる言葉も、何ら要領を得ない。
その相手は、喰種は。
鎖の砕けた手錠をした長い両腕と。
少しでも身をよじったりするごとに「にちゃ」とが「ぐちゃ」とか肉や血液が噴き出すような音を鳴らして。
クインケドライバーに、背中にドクロと、木を模したマークの描かれたマントを身に纏って――。
真っ黒な髪をした、「まぶたのない」少年の喰種だった。
その喰種と、僕の目が合う。その瞬間、どうしてだろう。なぜか僕は、その顔に何かデジャブのようなものを感じた。
そして、喰種は僕を見て叫んだ。
「たぬき!」
……意味がわからない。
「たはや~~~~~、
長い腕で捜査官の持つ銃をへし折り引き寄せて首に喰らい付きながら、喰種はわけのわからないことを言う。
「――げた、たて↑」
「な、何だあいつは――」
亜門さんの言葉に、彼は銃撃をものともせず、肉を引きちぎって死体を地面に転がせ。
租借し、飲み込み、両手の指を自分の口に入れて、頬を左右に引っ張った。
「い、お、あ、え?」
……彼は、完全にこちらの理解を上回った行動をとっていた。
転がっている腕から制御装置を手に取り、亜門さんは少年の喰種の方に歩こうとする。
店長を助けに行きたい。でも――あの喰種は、放置しておいたらまずい。
直感的にそう感じ取り、僕も立ち上がろうとして――。
「……君は来るなっ!」
亜門さんが、こちらに怒鳴り散らした。
「な、何で――」
「君は来るべきじゃない。もう戦えないだろう」
「ッ! そんなこと言ったら、亜門さんだって……!」
「俺は……、ドライバーの予備が、まだアラタの中に一つ、あるっ」
大きなケース状のクインケ――トランクを二つ積んだような大きさの「アラタG3」というらしいそれが、亜門さんの足元に、カートのように走行しながら移動してくる。
その上部を開けると、中から確かに亜門さんは、もう一つ、変身するのに使っていたバックル状の装置を取り出した。
「だが『金木君』、君はもう戦えないだろう」
「でも――」
「俺は――君に人殺しをさせたくないんだ」
今の状況。ドライバーの損壊状況まで亜門さんが把握しているかはしらないものの。確かにドライバーが欠損しかかって、満身創痍というこの状況は、あの時、ヤモリの声を聞いて暴走した時のそれに近いかもしれない。
「ててんのてんちょ~✄」
長い腕を交差させ、鋏のようにして捜査官の首を撥ねる喰種。撥ねたそれを手に取り、かじがじと齧りつく様に、数人の捜査官は戦意喪失してしまったらしい。腰が抜けて、動けないヒトも――。
「君がもし、仮面ライダーを名乗るのなら……。本当に、人間と喰種の共存なんてものを願うのなら……」
亜門さんはドライバーを装着し、制御装置を入れて。
「……最後まで、俺にそれを証明してみせてくれ」
『――アラタG3-X! リンクアップ!』
再び変身した亜門さんのそれは、異様な光景だった。姿かたちはさっき、僕と最後に戦ったときのものに違いはない。だけど、本来なら欠損しているはずの右腕部分に、アラタさんの赫子に絡み突いていたそれが入り込み、あたかも腕の代理でもするように形成されていた。
『――そして、いつか聞かせてくれ。もっと、もっと、君の話を』
『――マキシマムリコンストラクション!
アラタG3-X! ゼロジャンプ!――』
「……ッ」
絶叫しながら、亜門さんはドライバーを操作した。
赫子の両足の装甲が光り輝き、そのまま大きく飛び上がり――。
『――ゼロドライブ!』
『はああああああああああああああ――ッ』
両足の独特の装置が変形しながら、少年の喰種めがけて片足蹴りを見舞った。
対する少年の喰種も、ドライバーを操作して何か応戦しているらしい。
僕は、一歩も動けない。
身体の向きを変えることくらいなら出来たけど、未だ、下半身に力が入るくらいに回復さえしていない。
そんな自分が、たまらなく悔しく――何をどうすることも出来ない状況に、僕は、声もなく叫びを上げた。
――辛ぇよな。
そして、僕はこの場で絶対に聞かないはずの――ヒデの声を聞いた。
※
『……流石に、持久戦は応えるね』
大体十分足らずで終わる事が多かった、と、私は思わず独り言を呟いた。
私と、捜査官達との戦闘は、戦場を少しずつ移動しながら続いていた。どれくらい戦ったか、変身中は流石に腕時計を確認できないので、知るのは諦めるしかないだろう。
バトルオウルでもあれば、あちらにもデジタル時計を取り付けていたから確認できるはずだが……、おそらく、もう既に四方くんが処分してくれているところだろう。あそこから下手に、バイクをゆずってくれた相手に足がつくと、相手に申し訳がないということもあり、私の一存でバトルオウルは処分することになった。
まぁもともと、私の赫子がなければ只の二輪に違いはない。誰かがバラバラになったパーツを見つけて、上手く再利用してくれるはずだ。
そんなことを考えていると、私に、白い髪の少年捜査官が切りかかって来た。マンションの天井目掛けて、軽々と登ってくるそれは本当に人間業かと目を見張るものがある。有馬くんともまた違う、まるでサーカスの曲芸師めいたそれだ。
「――左腕、逝っていいですよー!」
『――ジェ・イ・ソ・ン・13! フルスクラップ!』
――だが、まだまだ甘い。
おそらく、彼は将来的に有馬君に匹敵する捜査官になるだろう。なればこそ、後に残した子らのため、私もまた「仮面ライダーの範囲」以上の手加減はしない。
『ライダー・スティング』
左手に集中させた赫子をスクリュー状に回転させながら、彼の右ひざ目掛けて、私はそれをぶつけた。一撃で間接が消し飛び、彼の胴体も大きく上空に跳ね上がる。
不可思議そうな声を出しながら転がっていく彼に、篠原が「ジュウゾウ!」と、おそらく彼の名前を呼びながら駆けて行った。まるで、自分の子供に接しているようなものだと思い、ふと羨ましくもなる。
まぁ、羨ましがっているどころではない。お陰で左肩のブレードは、根元からそぎ落とされてしまった。再生するだけのRC細胞も、補給すらできないので残ってはいまい。
後、どれだけ時間を稼げるか――。
篠原に、黒磐に。他にも見覚えのあるのが数人。
黒磐の腕を切り飛ばしはしたが、それでもおそらく、ここで私は討ち果たされることだろう。
おかっぱのような髪の捜査官により、ドライバー付近に一撃。
ジュウゾウというらしい捜査官により、肩の刃は一つ。
そして、腕を切り飛ばした直後の、黒磐の一撃――。
備蓄していたダメージと、戦闘で消費したRC細胞や体力が。ここに来て、徐々に徐々に私の首をしめている。
そして篠原の一撃をしのいだ瞬間――まるで騎馬ごと騎手を叩き斬れるような巨大さのクインケが、ドライバーから肩にかけてを、一気に切り上げた。
……ここまで、か。
変身が解け、倒れる私の耳に、わずかな歓声と「梟討伐」という通信のやりとりの音が聞こえる。
何というべきか、既に死に体であることもあって、その聞き取った情報の精査さえすることは出来ない。
「篠原さ~ん、お疲れ様です~」
「ああ、待ってろよ、什造。すぐ下まで運んで――」
『――あ~あ、せっかく来たのにこんなタイミングっていうのは、ちょっと嫌だねぇ』
瞬間、この場の捜査官たちの空気が、凍りついた。
背を向けていることもあり、状況は詳しく確認できない。だが聞こえる少女のような声は、その悪戯っぽいような雰囲気には、私は覚えがあった。
『やっほ~。選手交代ってことで。ここからは、私のステージだ』
「……、君は――」
「ドライバーオン」
彼女のものでない声が聞こえ。そして同時に周囲に、オペラのような音が響き渡る。
無理に首をひねって確認すれば――フード姿の小柄なシルエットの、その腰に巻きついたクインケドライバーの帯から。帯に沢山存在している口のようなものが、混声合唱でもしているかのように声をあわせて、悲壮な曲を歌っていた。
「シャバドゥビ、スイッチオンで――レッツ変身」
『―ー羽・赫ッ!
顔の横に向けた左手を、右側に運び。そのままドライバーのレバーを叩いて、左腕を横に伸ばすような体勢に。動きとしては腹部を払うような、そんな動作をして、「彼女」の姿は、めきめきと変わった。
長い身長。黒いコート。私のものよりもいくらか鋭い仮面――。
『―ーさぁ、ショータイムだ』
嫌でもひとっ走り付き合ってもらうよ、と。
隻眼の梟――エトは、捜査官たちに向けて赫子を射撃した。
※
時間がない。体制を立て直して、入見さんや古間さんたちに相談して。
店長を助けなきゃいけない。
――力が欲しい?
守るための力が。一つを犠牲にして、一つを守るだけの力じゃない。両方とも守れるような、そんな力が。
――でも結局、どっちも守れなければ、どっちも見捨てているのと一緒よ?
――滑稽じゃない。結局、嫌がっても嫌がっても、お母さんと同じようなことやってるんだから。
違う。僕は、僕は、大事なヒトを傷つけたりは――。
――研くんが帰ってこなかったら、トーカちゃんも、みんなも、きっと悲しむわよ?
――ほら、傷つけてるじゃない。
気が付くと、僕はあんていくに居た。
嗚呼、きっとこれは夢か、幻なんだろう。だってほら、僕の目の前には、高校時代に少しだけ付き合った川上さんが座っていて――僕も、以前の、地毛が黒かったころの自分に戻っている。
彼女は、いたずらっぽく笑いながら。それでも、口調はいつもどおりに僕をなじっていた。
『それに、
川上さんは、まるでその後、僕と同じように年齢を重ねたような姿になっていた。高校一年生の頃の姿でなく――。
目の前に座る彼女は、まぎれもなく「リゼさんだった」。
「……状況が、よくわからないんですけど。えっと……、久々にリゼさんの声が聞けたのはいいんですけど、なんで川上さんの姿で?」
『あら、これでも気づかない?』
そう言いながら、川上さんの姿をしたリゼさんは目を細めて、眼鏡をかけて――。そして、本当にそれをするだけで、彼女の見た目はリゼさんのそれになった。
本当に、それだけしかしていないのに。
「いや……、だって、へ? 川上さんって、確か、どこかミッション系の――」
『うん。だから、アカデミーね。安久ちゃん達といちゃついてたみたいだから、気づくかなって思ってたけど。
私は、元々、人間』
「……」
『聞いたんでしょ? 私が「リゼじゃない」って叫んでいたの。私は―ーリゼの代わりに、リゼに「仕立て上げられた」』
でもまぁ、そんなことはどーでもいいから置いておいて、と。川上さん――いや、リゼさんは、身振り手振りで目の前の荷物をどけるような動きをした。
『どうするの? 消耗だってしてるし、私の赫胞もダメージ受けたから、あの赤い装置を使って変身は出来ないわよ? ドライバーくらいなら何とかなるかもしれないけど』
「……」
『誰かを殺して、その肉を喰らうとか。そんなことが出来るようなら、未だに私とこうして話し合ったりなんて出来ないはずだし……。つくづく、因果なものよね』
てい、と。リゼさんは向かいに座る僕の頬を、指でぐいっと引っ張った。
『私と喰らいあう関係にならなかったのは、きっと良かったことなんだけど。でも、だからこそ今の状況なのよね。だからこそ、「ここ」でぐっすり休んでから行って欲しいと、私は思うわ』
「……僕は、いかないといけません」
『知ってる』
「だから……、力を、貸してください」
僕は、頬を引っ張るリゼさんの手を、上から握った。
リゼさんは、おかしそうにくつくつと笑った。疑問符を浮かべた僕に、彼女は、当たり前のように言う。
『――「私が」力を貸してなかったら、今頃研くん、
それに――』
力を貸してくれてるのは、私だけじゃないみたいだし、と――。
そんなやりとりをして、僕は、目を覚ました。
街頭も何もない。でも見覚えはある。東京の巨大な地下は、古い喰種が作ったとトーカちゃんに教わったそれで。四方さんと万丈さんたちの顔が浮かぶのは、こっちで会う回数が多かったせいか。
地下水路とかでさえない。なんでこんな場所に、僕が居るのか――。
「――お、起きたか。カネキ。ほれ」
そんなことを言いながら、ヒデは、僕の隣に缶コーヒーを置いた。
ヒデは、まるで亜門さんたちが着ていたような、要所要所アーマーに包まれたような服装をしていた。まるで――喰種捜査官か、それに関係しているような。
「さすがにここまで来れば、捜査官もそうそう来はしないって『三晃さん』言ってたしなぁ。ま、正解っぽくて助かったぜ」
「ヒデ……?」
「時間も十分も経ってないから、そこは安心しろよ。
……あ、悪い。俺の缶開けてくれるか?」
ほれ、と。思考の回ってない僕に向けて、左手に持った缶を差し出してくるヒデ。反射的に、僕は手を伸ばし、プルタップを開けてあげた。サンキューと笑いながら、ヒデは、僕の隣に腰を下ろした。
「ー―ッ!」
そしてようやく思考が安定して、僕は飛び撥ねた。
ヒデが、なんでこんなところに? なんで、こんな、ドライバーを付けた僕の目の前なんかに?
そして、なんでヒデが片手を差し出して僕に缶を開けてくれと言ったのか。ヒデの右腕は―ー肘から下が、なくなっていた。
導き出せる結論は、多くない。なぜならば、僕の欠損したはずの腹部は回復していて――、この場に、その回復を促せるようなものは何一つ存在していなかったのだから。
口の中に残る、肉のような甘い味の正体は、つまり。
「ひ、ヒデ、僕は……、」
「んな、声裏返らせんなってよ。食わせたの、俺なんだから」
「!」
「黙ってて悪かった。実は『知ってた』」
言われてようやく気づく。僕の視界の片方が赤く染まっていることに。
そんな僕を前に、何でもないようにヒデはいつも通り笑って言った。
「覚えてるか? 西尾先輩にボコボコにされた時。お前、あんとき無茶して助けてくれたじゃんか」
「……ッ」
「死んだ振りしてやりすごせなかったっぽくって。で最後はトーカちゃんが乱入してきて。
……まぁ、どんな感じの状態なのかって知ったのは、後になってからなんだけどな」
「僕は……、あの後、君を食べようとして、それで、」
「トーカちゃん止めてくれたから、良かったじゃねーの! さすがの女子力(嫁)だわな」
ヒデはまるで、僕とトーカちゃんとの関係が大きく変化したのも、完全に理解してるような口ぶりだった。
「あん時、必死になって守ってくれて、あんがとな? いや、軽く言ってるけど割とマジで……ッ」
「……ヒデ?」
腹部を押さえ、ヒデの笑顔が、少し引きつったものになった。
「あんていく、あって良かったな。ここじゃなきゃ、お前すーぐ俺の前から姿消してたろ」
「……たぶん」
「だよなー。ったく。
トーカちゃんも、古間さんも、入見さんも、ヒナミちゃんだっけ? あと店長とか、ロマさんとか、それから、リオも。皆、皆生き生きしててさ。
俺だけ取り残されたような感じだったけど、でも、楽しそうにしてるお前見てるのは、割と楽しかった」
「……」
「だぁからまぁ、俺は俺なりに出来る事しようって思ってさ。喰種の知り合い作って、何度も拝み倒して、メアドもらってデートして」
「その下り必要?」
「必要だろ! 新密度上げないと全く情報くれねぇんだからなあのヒト! 好感度からっきしだけどよ!
で、まぁそれだけじゃ足りないってなって、いざって時に何かしてやれるよう、CCGの方の情報も中から集めてみたりよ」
「……っ!」
「と、いう訳でこんなカッコしてるワケよ。どーだ、恐れ入ったか!」
ははは、と笑うヒデ。そういえば、新しく始めたアルバイトがどこでやっているものかなんて、全く聞いていなかったっけ。
「でもまぁ、ここまでエクストリーム状況なっちまうと、流石にどーにもできねぇよな」
「ヒデ……」
「あー、謝るなよ? こういうのは、背負い背負われでなんぼだろ。
トーカちゃんにも言ったけど、どっちか片方からだけじゃ駄目なんだ。喰種側がトーカちゃんだって言うなら――人間側は、俺が立っといてやるよ」
どうして、どうしてそこまで、ヒデは――。
「……なんか頭悪そうなこと考えていそうだから、一応言っておくぞ?
友達のために命かけるやつが居るなら、こっちも同じようにしてやんなきゃ、人生、寂しいじゃねぇか」
「……」
「……ありがとう」
「おう、存分に感謝しやがれぃ」
自然と。そんないつも通りなやりとりをして。僕は思わず顔がほころんだ。
嗚呼――。僕は、両方の場所に立てている。喰種の側にも、人間の側にも。本当の意味で、ようやく――。
「――痛ッ」
「……ヒデ?」
ただ、そんな充足感は、長く続かない。辺りに充満する血の匂いは、てっきりヒデの右手のものだと思っていた。
でも違った。
ヒデの腹部にも、さっきの僕ほどではないにしろ、風穴が開いていた。
そこから、血が溢れていた。
「ちょっとドジっちまってな。こりゃ」
「ヒデ、あ、あ――!」
「支えるとかいった手前、いきなりで悪いけど、たぶん、俺、死ぬわ。流石にもうどーしょーもねぇだろ。病院も行ける状況じゃねーし」
諦めないでくれと、安直に言うことさえ出来ない。
僕は、だって、こんな――。
「――死のうなんて思うなよ、カネキ」
震える僕の目を見て、ヒデは、いつになく真剣な声を出して言った。その目は、痛みを堪えながらも、明確な意思が宿っている。
瞳が、燃えている――。
「俺は、お前に生きて欲しい。出来れば一緒に生きたかったけどよ」
「……」
「まぁ、リクエストとしちゃせめて、一通り終わったら上の方に死体上げてくれっと助かるかな? 流石に、そこら辺で美女でもない喰種に食われるのもなぁ……」
「……こだわるの、そこなんだ」
「重要だろ?」
いつものように笑うヒデ。調子は本当にいつも通りで。だからこそ、僕に心配をかけないよにという意思がありありと感じ取れて。
……だから、僕も、笑った。笑って、頷いた。
「……ヒデ」
「何だ?」
「…………出来れば、死なないでね」
「……たぶん、長くても一時間くらいが限界じゃねーかな?」
行って来い、と言うヒデの声を受けて。僕は……涙を拭い、地下を走り出した。
ヒデが居た位置は、亜門さんと戦ったすぐ真下あたりの位置で。そこからV-14に入るまでのルート事態は、そこまで遠くはない。
だからこそ、僕は走って行った。ヒデにもらった力を、出来る限り無駄遣いしないように。
そして――。やがて開けた場所に出て。
熟れた花か、果実のような匂いが辺りに充満している。その中心に、ヒトが一人。
白い服を着た、髪の白い男性で。身体は引き締まっていて、眼鏡をかけていて。両手を背中に回し、腰には制御装置の入ってない、亜門さんが付けていたものと同様のバックル。
顔は少しうつむいていて、表情までは確認できなかったけれど――でも。
それでも、その姿に。まるで自分の中にある、パズルのピースが「無理やり嵌められる」ような感覚を抱いた。
――店長や、エトさんに傷を付けた存在。
――無敗の喰種捜査官。
「……次、か」
顔を上げたその表情は、少し寝ぼけて居るようなもので。口の端から涎がちょっと垂れていて。
それでも、そんな気の抜けた仕草の一つでさえ、僕は、死を連想させられた。
有馬貴将――CCGの死神が、「死」が充満するその中心に居た。
「あー……、駄目だこりゃ」
「あら、お猿さん。もう充電切れかしら?」
「どうもそうみてぇだな。ったく、この魔猿がこうも一瞬とは」
「一瞬っていうか、気が付いたら終わってたわよね」
「なー。ったく……、カネキくんには、悪いことしたな」
「そうね」
「……芳村さん、大丈夫かね?」
「……」
男と女の声が、薄暗がりに響く。
「あのヒト居なかったら、きっと今でも私達、殺し合いしてたのかしらね」
「かね。切っ掛けもなかったろうし。
……なぁ、お前、俺にホレてたりしなかったか?」
「……血が足りなくて頭おかしくなったかしら?」
「ハッハハ。俺は……、俺は、いい女だと思ってたぜ? 初めて会ったとき、俺様の顔面、鼻っ柱に蹴りを入れた時から。
お陰で鼻、丸くなっちまったし」
「……丸かったのは元からじゃなかったかしら」
「うっせ。今だからいうけど、まぁ、そんでお前の男、半殺したりしたっけなー」
「それ言うな」
「……悪かった」
「……過ぎたことよ」
しばらく、沈黙してから。再び声が響く。
「……沢山、殺してきたわ」
「……だな」
「芳村さんに、色々教えてもらって、罪を自覚するようになって……。人間がいとしくなればなるほど、どんどんここが、重くなっていって」
「……もっと、早く出会えてたらな。もっと早く、気づいていられれば」
「……」
「……あんていく、さ。楽しかったよな」
「……ええ」
「……最高だったよな、俺達、ザ・先輩コンビ」
「……かしらね、ふふ」
「…………」
「…………」
「ずっと、続いて欲しかったわよね」
「……」
すっと。男が、女の手を握った。
「な、何よ?」
「……握っちゃくれねぇか? カヤ」
「…………」
「すっごい、怖いんだ」
「…………しょうがないわね」
握り返す女の手に、男は、少し照れたように笑った。
「へへっ。この魔猿、最後は女の胸で死なねぇとカッコつかないからな」
「そこまで許可してない」
「ちょ、そりゃねーぜよオイ!」
「いっぺん死ね」
「どっちにしてもだな、そりゃ。……ったく、最後までキッツいぜ、お前は」
「そういうところが良いんでしょ?」
「否定はしないけどな」
乾いた笑いが響く。段々と、力を失いながら。
「……珈琲」
「……もう一杯くらい、飲んでおけばよかったかしらね。せっかくだから」
女の言葉に、男の声は返らない。
女は首を振り、男の方を見た。
「……何、先、逝ってるのよ。ばか」
ぐい、と。息のない男の身体を抱き寄せ、胸に抱えながら。少しだけ意地悪く、女は笑った。
「……そっち行ったら、もう少しくらい、優しくしてあげようかしら」
それを最後に、声は、聞こえなくなった。
「……」
聞こえなくなった声を確認して、死神は、二人の目を閉じた。
空を見上げる。音も、何もない空間を見上げる。
「……また、一人か」
そう言って、彼は手を後ろに組み、目を閉じて、寝息を立て始めた。