「うぇい! うぇい!」
『ナキ、うるせぇ。……っていうか、あの変な新人ヤローどこいった?』
白いスーツと、黒いウサギのマスクをした喰種たちが率いる部隊。全員がドクロを模した仮面を付けているそれは、喰種捜査官たちにとって馴染みのある敵だった。
アオギリの樹。
国内でCCGに対立する喰種組織としては、最も警戒されているものだ。
この「20区梟討伐」のための作戦において、この襲撃は予想されてはいたが、しかしこの、戦局が終盤に向かうタイミングでの襲撃は全く予想されていなかった。
「第四班の応援だったな。……局長も無理を言ってくれる」
真戸アキラもまた、その違和感を敏感に感じ取っていた。
本来ありえるならば、梟の救援に向かうだろうというのが当面の予想であった。予定外の「ブラックドーベル」や「猿」の介入こそあったが、それら妨害はある程度予想されていたものだった。
それが、双方どちらもダメージを追ったこのタイミングでの襲撃だ。意図が読めない部分があるというのが、彼女の感覚だった。
そんな彼女の耳に、両者の会話が聞こえる。
『ナキ、わかってんだろうなぁ』
「あぁ? メシ、集めれば良いんだろ?」
『メシじゃねぇ材料だ「実験の」。片っ端から「持って帰れ」』
「……!」
アキラの脳裏に、電流が走る。材料? 実験の材料といったか?
不意に思いだされるのは、医師の嘉納を追って訪れた、地下の研究所での出来事。あの場では、おそらく人間を喰種にする実験が行われていたと、結論づけられていた。
嘉納はアオギリと組んだ可能性が高いという。ならば、この会話も十中八九それに当たるものだろう。
とすれば。
とすれば――彼らが材料にしようとしているものは、何だ?
周囲の状況から、導き出せる答えは――。
「ハイアァ……、あ違った、グロ――――――――――ックス!」
そんな叫び声と共に現れた乱入者。特徴的な声から、それがどの特等なのか一発で判断したアキラは、彼に黒ラビットの追撃を頼む。
今の状況で、私怨を優先させるべきではないから?
いや違う。胸に沸いた嫌な予感――脳裏を過ぎる、20区での捜査官としての毎日が。
「頼みます、田中丸特等!」
「ぬぅ?
ふぅん。……任されてしまったが、ウサギちゃぁぁん? 君は知っているかね」
『あ゛?』
「ウサギとは愛玩されることもあるが、同時に我らに食べられることもあるのだよ。
つまり――愛でるも喰らうも、我ら人間次第だッ!」
アキラは走る。
自分の焦燥感を、裏づけしたくなくて。
その結果が、どんな形に収束するとも知らずに。
意識を取り戻した私が最初に目にした光景は、捜査官の篠原が我が子に蹂躙される光景だった。
足を切断しながら、絶叫する彼を前に、彼女は何ら感情の変化も浮かべず。強いて言えば、終始怒りに満ちているように感じた。
私のために、などと自意識のあることは言わない。彼女は彼女なりの理由があって、この場に来たのだろうから。
『んん……? 嗚呼、せっかくだし胆嚢くらいは取ってあげようか。人体的にいらなかったはずだし――』
ざくり、と。
そんな彼女の肩に、刃が一つ刺さる。
『?』
「鈴屋くん……」
こちらに近い所で倒れていたおかっぱの捜査官が、少年の名を呼ぶ。
彼は大型の斧のようなクインケを持ちながら、腰からナイフ状のクインケを投擲していた。
肩のソレを引き抜いて、じっと、刃を見る。
『このクインケって、サソリ……、あー、アレか、一番面倒な――』
「――ぅあああああああああああああああッ!!!!!!!」
『――リコンストラクション!
サソリ・フルエンド!』
彼は叫びながら、赤く輝いたナイフ状のそれを連続で投擲する。
我が子は、それを見て肩をすくめる。
「でぃふぇ」「ン」「ど!」
手を伸ばした先に形成される赫子の壁に、その全てが刺さり、爆発していく。どうやらあのクインケは、攻撃を与えた箇所に対して爆弾のように破壊していくものであるらしい。だが――無限のように生成される赫子の壁を、貫くのは難しいようだ。
斧そのものも、片足がないせいか半分は杖代わりといったところだ。
「――待って、ろ、よ!」
『ー―リビルド!
ジェ・イ・ソ・ン・13・ハンガード!』
彼の持つ斧のクインケから、分散した赫子が伸び、彼女の壁に絡まりつく。
そしてそのまま、通常の状態に引き戻し、加速の勢いを付けたまま、彼は斧を振り回した。
『ー―リコンストラクション!
ジェ・イ・ソ・ン・13・フルスクラップ!』
「えきさ」「イと」
途端、彼女の体が倍ほどに膨れ上がり、振り下ろされているクインケを「殴って」地面に叩き伏せた。筋肉が集中してるように見えるそれは、やはり赫子で構成されたものなのだろう。
それでもなお立ち上がり、片足で撥ねながら攻撃を仕掛けようとする少年。
エトは嘲笑いもせず、ただ淡々と殴っては捨てていた。
『あんよが上手、あんよが上手と笑ってしまえもするけど……、嫌いじゃないんだよねぇ、そういうの』
「鈴屋くん……、やめるんだ、もう……。
いいから、撤退するんだ。じゃないと……ッ」
「――いや、だ、です」
その場で倒れる少年を、背後から現れた捜査官が支える。目立つ事はないだろうが、静かな闘志を目に宿す者と――白装束に、怒りを目に宿した男。
「丈さん、鉢川さん……? 持ち場は――」
「状況が変わった。『黒ラビット』率いるアオギリの部隊が攻めて来ている。
本来なら追撃戦で望元さんも来れたはずだが、今そっちに向かってる」
「後、厄介なのが来たせいで、軒並みクインケは予備だ。こっちはこっちでヤバいみてぇだがな……、チッ、アバラが」
単騎で誰かが手を出した、か。……あまり想像はしたくないが、おそらくあんていくの誰かだろう。
可能性が高いのは、金木くんだろうか。
……せっかく名を譲ったというのに、あの子は。
「丈さん、ハイルは?」
「今、零番隊の方に合流して、有馬さんの確認に行ってる。
……しかし、通信状況が悪いな」
嗚呼、多くの捜査官は気づいていないのだろうか。この場に彼女が現れた瞬間から、彼女の全身から電磁ノイズが放たれていることに。そのせいで、クインケの性能含め電子機器の動作が上手い事機能しなくなっていることに。
ため息をついて、彼女は我が子は彼らを見た。
「行くぞ、倉元」「はい」
彼女の肩から赫子が一つ分離し、短剣のような形状に。それを片手に持ち、彼女は襲いかかってくる捜査官たちを相手に、受け流し、蹴り飛ばし。
『こっちもあんまり消耗したくないんだよなぁ。『後』があるし。
……回収にドラゴン回したのミスったかな?』
彼らには聞こえない程度の音量で、小さくそう呟く。
だがそう言いながらも、的確に胸を突き、首を撥ね、数人のものは食いちぎるなり啜るなりして対応する様は、なるほど相手にするものを怯ませるだけの何かがあった。
人間を、文字通り「おやつ」程度にしか扱って居ないような、そんな有様なのだから。
「穂木っちゃん!」
「倉本、かがめ」
『スラッシュパニッシュ』
液体状に先端が広がった赫子による、横一文字。それを無理な体勢で交わす青年の捜査官と、静かな捜査官。空中を舞う少女の捜査官を見て、彼女は呟いた。
『うお! 超かわいい!』
「ッ!?」
……我が子ながら、この状況で正気なのか戯れているのか区別がつかない。
『シューティングパニッシュ』「うー」「こう」「りん」「ビィ」
だが、その直後に手元のそれの構えを変えて、後方含めて攻撃をする。
射撃のそれをほぼ同じように交わす彼らの中で、鉢川と呼ばれた男はあの少年を引っ張り上げ、自分の背後に庇った。……喰種に対する怒りこそあるものの、彼も見た目ほど荒れている訳ではないのかもしれない。
「タケさん! 赤舌を――」
『――
投げ渡された、私に最後の一撃を浴びせた捜査官が使っていたクインケ。目立つ事はないだろう彼は、それを受け取り、嗚呼、なつかしいかな。有馬くんを思いださせる動きをして、彼女に刃を向ける。
「りきっ」「ド」
それに対して彼女は、赫子を液状化させて対応すると言う荒業に出た。攻撃が通った瞬間のみ外層をゆるやかにし貫通させ、その後再び甲化させて殴る。
「スペ」「し」「ゃ」「る」
『――羽・赫ッ! 崩壊撃破!』
そして再び胸の中央から、あのバケモノのように大型化した時の頭部を出現させ、その口内から、猛烈な風と赫子を放った。
これを器用にクインケで受けるも、流石に足などは回避が難しいらしい。そのまま続く彼女の回し蹴りに、成すすべなく彼は蹴り飛ばされた。
彼の部下の捜査官が駆けだす。だが――。
「……問題ない。もう――」
『――リコンストラクション!
ナルカミ・フルボルトシュート!』
電撃のような攻撃には、見覚えがある。「生前」も、「死後」も。
その攻撃を、手元の刃を投げて、それを避雷針代わりにして後方に飛び上がる我が子。
相対するは――、死神、有馬貴将。背後につれてきた部下達に「待機」と指示を出して、彼は眼前の敵を見据えながら。
「ハイル」
「はい、なんでぇすか? クインケなら私、いっくらでも貸しま――」
「傘」
「……かさぁ?」
なまりのあるイントネーションで「かさぁ?」と声を上げた、部下と思われる一人の彼女だった。素っ頓狂な声を上げはしたものの、言われたからまぁ、という風に、手に持っていたものを手渡した。
あれは……、どうひいき目に見ても、大量に存在するビニール傘の一つにしか見えなかった。
彼女たちが離れたのを見て、死神は、攻撃を開始する。
「お疲れ様です、こーりせんぱーい」
「ああ、来たね。……IXAじゃなくて、なんで傘?」
「知らないでぇすって。って、マジであれでやるみたいですよ、有馬さん」
「……とりあえず、第一隊の皆の方も」
「えぇ、それめんど、りょうかいで~す」
恐ろしいコトに、閉じた傘で放たれた赫子を往なしながら、もう片方の手で電撃を放つ有馬くん。
そのままドライバーを操作し、姿を変化させる。
『――リビルド!
ナルカミ・ロッド!』
『おぅ、お初ぅ!』
肉薄する距離で、両者の刃が交差する。
その最中――おそらくこの場で、耳にできたのは私だけだろう。
――二人、××××――。
――△○! 計画?――。
二人は、そろって何か会話を交わしているように聞こえる。
私もまた全てを聞き取れていたわけではないが、一体――。
刃を交えながらも、しかし両者は距離を保ち、近寄りを繰り返す。
だがその途中、傘を開いた有馬くんが、彼女の一撃をそれで交し。クインケの形を変化させ、眼前に構えた。
「遅れて申し訳ない、ハチボォォォイ」
「あ、来たッスね。……なんかボロボロッスね」
「意外とやるウサギちゃんだった。
さて――有馬ボォイは?」
『フィナーレだ。――スラッシュパニッシュ』
『――リコンストラクション!
ナルカミ・フルボルトブレイク!』
隻眼の梟の攻撃。それを上体ごとそらして無理にかわしながら、彼女の胴体に一閃――。
『……痛ぃな、全く』
腹部を押さえながら周囲を見回す彼女に、有馬くんは何も言わず。
周囲の捜査官も、手を出すべきか否かで迷っているように見える。
そして――次の瞬間。
「て」「レぽー」「ト」
――彼女は彼らの眼前から離れ、私を抱えてビルを飛び降りていた。
何があったのか。一瞬の光景の変化に、私の認識がついていかない。
上の方で捜査官たちが反応しているのが聞こえる。
が、敵も敵だった。
『――Hyper・Lightning・Over!!!』
有馬くんは速度に対応したのか、落ちていく私達のおよそ五メートルほど先の位置にいる。
その位置から右腕にまとう黄金の鎧を構え、拳を握り。
『――リコンストラクション!
ナルカミ・フルビート!』
わずかに拳を突き出すだけの動作で、放射状に電撃が放たれる。
それを、地面から飛び上がった巨大な赫子の怪物を盾にし――同時にそれと合体し、飛び去った。
離れていく最中、地面に向けて傘を開いた有馬くんが、それをクッション代わりにごろごろ転がり、衝撃を殺していた様が見えた。
どれくらの距離を移動しただろうか。
背に乗せた私を下ろし、彼女はドライバーを捜査した。
瞬間、巨体が解け、マントのように変化し――。
フードの上から更に被るようにまとった。
その下は、どこか妻を思いださせるような、ワンピース姿。
「まったく、着替える余裕もなかったよ。せっかく『勝負服』とか選んでたところだったのになー。
にしても、いくら赫子纏ってたからって、アイツも容赦しないし。……って、あー! 服切れちゃった!」
軽い口調の彼女に、私は問いかける。
「エト、か……?」
「今は、死神ドクターだよ?
――おと~さん♡」
ちっちっち、と人差し指をたて、左右に振り。彼女は私に笑いかけた。
言葉が物理的に続けられない私に、しゃがみこんで、顔を覗きこむエト。
「本当は『全部』終わってから、最後に行きたかったんだけどねー。ごめんね? 変な形になっちゃって」
「ぅぅ……、」
「でも、流石に『嘘つき共』を片付けるのにも、色々手間がかかるっていうか……。んん、とにかく色々言いたい事とかもあるんだけど、でも――ごめんね?」
「す」「りぃ」「ぷ」
言いながら彼女は、どこからか取り出した小さい骨のようなものを、私の腹部に差込み――。
瞬間、私の体の感覚が鈍くなっていく。
「親不孝、子不幸だけど……、でも、そうしないと私は、私の運命を認められないの。
この、無意味に歪められた鎖を解きはなって――私達家族みたいなヒトを、生み出さないようにするまで」
既に私の思考は、朦朧として、彼女の言葉の意味を捉え切れない。
そんな私に、エトは笑いかけて。
「――おとーさんのお店の珈琲、美味しかったよ?」
……嗚呼。来るのを待ち、語らうことさえ適わなかったが。
どうしても、その一言だけで、私は何か報われたような気がした。
流石に俺も、死を覚悟している。
丸手さん達のところを抜け出して、カネキを探しに行けたところまでは良かったけど。問題はむしろそっからで。
眼帯したカネキがはいつくばってる様を見て。それに、休めって声をかける亜門さんを見て。
――次の瞬間、亜門さんの腕を刈り取った何かが、俺の横っ腹も「たまたま」ぶち抜いて。
それでも、無理をしてカネキ引きずって、地下に入って。
腕に齧りつくカネキに、まぁ、もういっかと色々俺自身覚悟を決めて。
ただ、そんな状態でもカネキは、肘から上に行く前に泣き叫んで、食べるのを止めて。……嗚呼、やっぱコイツはカネキなんだなぁと。人間だろうが喰種だろうが、マジで関係ねぇんだなぁと、そんな感想を思って。
ヘタれるカネキの、ケツ叩いて立ち上がらせて。
……どれくらい、経ったかな。
左手の指の感覚が、なんだかミイラでも纏ってるみたいな、って言ったら変か? もう、意味わかんねぇくらい薄れていって。動かすだけでパキパキ言うような感じがしちまって。
三晃さんは、確か言ってた。東京の地下には、古い喰種が作った逃げ道があるって。
この先を走って行ったのだから、カネキもきっと、それを知ってるんだろうと思ったけど。
流石に、遅い。
戻ってくると言った以上は、アイツはきっと、最後に戻ってくるだろうと思っていたけど。こりゃ……、何かあったか?
でも、悪ぃんだけど、俺ももう限界っぽいわ、こりゃ。
歩けねぇって、ホント。
まさか最後にした女の子とのデートが、三晃さんにひたすら駅前のルート分布を教え込まれるディナーだったとは、俺も思っちゃいなかったぜ。ホント。いやマジで。
嗚呼……。しっかし何ていうかなぁ。
こういうのも後悔っていうんかな? 俺も、カネキには色々言わなきゃいけないことが、まだ、沢山あるってのによ。
「……クソ、あの、リーゼント親父……ッ」
そんな悪態が地下に響くのを、俺は聞いた。
ふと、その方向を見る。腹を押さえた、少年の姿を。
「……トーカ、ちゃん?」
似てる。思わず呟いたその言葉を、彼は耳ざとく聞いたらしい。こちらをキッと睨み、舌打ちをした。
「なんで捜査官が、アイツ知ってるんだ……?
クソ、死んでりゃ補給できたってのに」
「な、何言ってるんだ?」
俺の疑問に、彼は、鼻で笑って言った。
「お前――人間辞める気、ねぇか?」