喰種捜査官が事情聴取、ということで一瞬身構えたものの、内容はごくごくシンプルなものだった。
「近隣で喰種が戦闘したと思われる跡が発見されたので、周辺住民で通報を受けた相手に訪問して……、えっと、」
「とりあえず生きていることを確認させていただきました。後は、昨晩どうしていたのかなどですね」
話の要点をまとめると、そういうことらしい。
ここの近隣で喰種の戦闘……、たぶん赫子の破片とかが見つかったということか。一瞬僕や彼女たちのことかと思ったけど、流石に警戒しすぎか。なにせ帰り道と自宅まではまだ距離があったし、彼女の一撃が僕のもとに直撃するころには、ほぼ電気しか残って居なかった。
ここで問題になってくるのは、いかにして彼女たち姉弟の存在を隠すべきかじゃないだろうか。大将にはヒトに拾われて介抱された、という話をしてあるから、下手に話を誤魔化せない。ごまかし方を間違えれば彼女達の身に危険が迫るかも知れないし、第一僕の正体がバレる可能性も高い。
近隣で戦闘をした喰種が何なのか知らないけど、面倒なことはやめてもらいたい。
僕はただ、静かに生きていければ良いんだから。
「なるほど……。バイクのタイヤがねぇ。大丈夫だったの?」
「一応、歩ける程度ではあったし鞭打ちした訳でもないので、手当てはしました」
「ふぅん……?」
阿藤というらしい捜査官が僕の話を聞きつつ、後方で安浦と名乗った彼女がじっと僕を見つめている。ちょっとその視線にやりづらさを感じながらも、僕は事情聴取を誤魔化す。
誤魔化すといっても、全くの嘘を話すということじゃない。
大将に話した部分を、少しちょろまかして話しているということだ。
「職場の大将、というより店長には、心配させないように親切なヒトに助けてもらったって言ってあるんですけど……」
「あー、最近何かと色々物騒だからねぇ。大した事ないんならいいだろうけど、でも病院行けるならいきなよ?」
この程度で済ましてくれるのは、事前に大将とかから話を聞いていたせいか。そういえば通報を受けたとか言っていたっけ。警察あたりに店長が心配して確認の電話とかでも入れたと言うことだろうか。色々疑問はつきないけど、僕は僕で話題をそらすことに余念はない。
「僕、何かあってから一日しか経ってないと思うんですけど、それでも僕のところに来たってことは結構危なかったりするんですか?」
「んー、まぁねー。詳しくは話せないけど、物騒なことに違いはないかな」
詳しくは話せないらしいけど、結構口調が軽い。このヒト、見た目よりひょっとしたら結構若いのかもしれない。
「そのうちニュースとかで出るかもしれないから、十分注意してね。じゃあ――」
「最後に一つ確認しても宜しいでしょうか」
さっきまで黙っていた彼女が、手を上げて僕に確認をとる。
「破損したバイクのタイヤは直されたようですが、元々のそれはどこにありますか?」
……! しまった、それは完全に忘れていた。
確かに大将のバイクに乗っている際、全くそのことは意識して居なかった。ということは、あのレンくんが直してくれたものとみるべきだ。考えてみれば、確かにそれはおかしい。
いけない、回答に詰まっては。何か的確な理由を言わないと――。
「そりゃ上等、バイクなら誰でも換えのタイヤの一つや二つ持ってるものでしょ!」
「……そうなのかしら?」
「そういうもんですって! あとこの部屋の感じだと、ごみになりそうなのは捨てちゃってるかな? だよね?」
動揺していた僕にそんなことを言った男性捜査官の彼に、ちょっとだけ感謝だった。内心はかなりビクビクしているものの、やっぱりノリが軽いなと愛想笑いの一つは浮かんだ。それより後ろの彼女が上等と呼ばれていたのがすごく気になる。見た目は彼より若そうなんだけど、一体どうなってるんだろう。
彼女は一瞬目を細めて何か考えるような仕草をしたけど、特に何もいわずに頭を下げてその場を去った。
最後の反応にちょっとした恐怖を覚えるも、なんとかごまかすことは出来たのかもしれないと胸を撫で下ろす。
「……とりあえず大将に電話しないと」
家を出て公衆電話に向かい、十円玉を投入。
今日のシフトについて確認をしようとしたのだけれど……。
『おうアラタ、お前今日来なくても良いぞ?』
「へ……?」
え? それってつまり、僕クビってことですか!?
確かに昨日、無断外泊な上にバイクのタイヤもやっちゃいましたし、とか色々理由じみたものが脳裏を過ぎって固まると、がははと大将は大笑いで否定した。
『いやそうじゃねぇよ。ケガは軽いみたいだけど、お前休みナシで働き詰めだったし、その上でトラブル起こしたんだろ? だったら二日三日は休んでから来い。
あ、でもバイクは午後必要になるから、すぐに返しに来い。どっちも業務命令だ』
じゃあな、と言って電話を切る大将の言葉に嘘はなさそうだ。よかった、と胸をなでおろすと同時に、相変わらずそういうところ適当だなーとも思った。一応アルバイト扱いなのでシフト自体は組んであるのだけど、大将の気分というか、状況に応じて結構いい加減なところもあった。
毎日のように店に顔を出して手伝っているのにも理由はあったのだけど、今日は「ある事情」からその問題もないので、大将の話はありがたいところでもあった。
バイクに乗って、ヘルメットを被りエンジンをふかす。ガソリンは十分、ブレーキランプも問題ないしグリップの感じも一応大丈夫。
運転は、とにかく安全重視。大将から借り受けているものという理由も在るけど、それ以上にやっぱり体調の問題が大きい。
最寄り駅の手前を過ぎて、駅反対側に。フライドチキンの匂いに顔をしかめながらも、その程度のことにはもう慣れっこ。大通りの前橋通りに入り、バイクで走れば10分足らず。
そんないつも通りの感覚でアクセルに力を入れる。
左折する産婦人科の手前のあたりで、信号待ちをしていると。川向こうの向かい側に、なんだか、見覚えのあるような人影を見かけた。
頭の色は黒いけど、それに違和感を感じる。おでこがまぶしい。ちょっと鋭い目。可愛いというより格好良いという感じの容姿で、そんな彼女は地元のスーパーのエプロンを下げて、何やら手元の紙とにらめっこして右往左往しているようだ。
足元にある袋の束が妙に生活感に溢れていると言うか。
……見覚えがある。あのレンくんのお姉さんのようだ。
ようだと思うのだけど自信がない。なんだか昨日と違いすぎて、単なる他人の空似だろうかとも思う。
ただどちらにしても、何か困っているように感じた。距離的にはさほど遠いという訳でもないので、左折するのを止めて直進。
丁度彼女の隣のあたりに停車した時点で、僕の耳にはこんな言葉が聞こえた。
「くっそ、あの上司……。説明不足すぎんだろうが、今度ビリビリ言わせようか……」
……やっぱり彼女のようだ。
バイクを路側帯に寄せて、ヘルメットを外す。「何やってるんですか?」と声をかけると、「にぎゃ!?」と到底女性らしさと無縁の悲鳴を上げた。
「な、な、な、な――」
すごい顔してる。なんだかこう、漫画みたいなくらい嫌そうな、何でお前がここに居るんだ、みたいな感情がひしひし伝わってくるような、そんな表情だった。
「仕事途中というか、バイク返しにいくんですけど、えっと……。大丈夫です?」
「…………! べ、別に……」
どうしたことだろう。今朝方の彼女と違って、ひたすら周囲をきょろきょろして、挙動不審の彼女。声もなんだか上ずってるみたいに聞こえるし……。
ふと、彼女の手元のそれを見て見ると、地図ではなくメモ書きのようだ。スーパーのチラシの裏側に書かれていると、どこかの場所を指し示しているもののようだけど……、住所こそ書かれてはいるけど、そこに至る地図がテキトーというか、地元のヒトしかわからないような省略のされ方と目印の描き方をされていた。
僕の視線に気づいたのか、彼女は慌ててメモを隠して睨む。そういう仕草をされると、それはそれで結構可愛らしく思えるから不思議だ。綺麗と思いはしたけど、それと同時に身の危険を感じていた昨日の夜からすると、随分印象が違うように思う。
「な、何よ……」
「えっと、困ってるなら力貸しますか?」
「別に……、って、ジロジロ見るなッ」
「いや、昨日とか今朝と同じくらいだと思うんですけど……。っていうより、えっと、お姉さん? の方が色々違いすぎるような気が……」
「う、うっさい黙れ」
無理強いするのも良くないかなと思い、ヘルメットを被ろうとすると、それはそれで彼女の視線が鋭くなる。何だろう、その「お前このまま見捨てていくつもりか」みたいな目は。
どうしたものかとしばらく動けないで居ると、彼女の方が折れたようだ。ためいきをついて、深呼吸して、ものすっごく言いづらそうに視線を逸らして、ぼそぼそと話し始めた。
「……あ、あのさ」
「……何でしょうか?」
「……場所、わかる?」
手渡されたメモ書きの住所は、番号からしておおむね特定できそうな感じだった。ちょっと待っててくださいと断ってから、バイクの座席下にある収納スペースから地図を取り出して広げる。
「ここの先の交差点を曲がって、すぐ信号があると思うんで、そこで待っていて。そこから南東の方の道に曲がっていくとすぐみたいですけど……、だ、大丈夫ですか?」
「……」
ものすごく困惑した表情で固まっている彼女。
「……えっと」
「わ、わかんない」
「えっと、つまりこっちの先を――」
「目印なきゃわかんないっつってるでしょーが!」
「い、いやいや……、この地図の拡大率だと、そこまで見えないと思うというか、ここの通りの先が――」
「通りの名前とか指差されてもわかんない」
そんな、わかんないわかんない連呼されましても……。
もっと地域を拡大して抽出したような地図でもあれば良いのかもしれないけど、生憎僕の手持ちにそんな気の効いたものはなかった。
そして話している最中、気づいた。どうも彼女、方向を指差し続けているといつの間にか東西南北がごちゃごちゃになってしまうらしい。
ひょっとして……。
「……方向お――」「ちがう」
ぎろりろ睨まれた。
「これは、アレよ。バット地面につけて、ぐるぐる10回くらいその場で回って……、すると、どっちがどっちかわかんなくなるっていう、アレ」
「?」
「目印なきゃ、方角わかるわけないでしょ」
それにしては随分と狂う速度が明らかに早すぎた気がしたけど、あえてそれ以上僕は追及するのを止めた。別に不快にしたいわけじゃないのだ。あくまで親切心からなのだから。
なので、これも親切心で提案した。
「もしよければ、住所のところまで送りましょうか?」
「あ゛?」
「い、いや、なんかその調子だと、着くのに何時間かかかっちゃいそうな気がして……、見てられないと言いますか、」
「私がこんな子供のお使いみたいなの一つ果たせないって言いたいわけ!?」
「……」
「何か言えよ」
言いながらも、彼女もばつが悪そうに視線を逸らしてる辺り、そこまで否定するのも無理らしい。本人も自覚があるんだろうか……。なのにプライドが邪魔で素直に言い出せないと。
レンくんの前ではお姉さんらしさがあったけど、こうして見ると子供っぽい一面もあるんだ。僕よりは年上のはずだけど、そういう不慣れそうなところは人間社会においては、僕の方が先輩ってことだからか。
いちいち僕に何か言おうとするのが本気で嫌そうなのも、まぁご愛嬌ととるべきか。
とらないと落ち込んじゃいそうだっていうのはある。
ともかくこのままじゃ会話にならないので、僕は彼女の手を引いた。
「あ゛?」
「一応、二人乗り大丈夫ですから。ほらヘルメット」
差し出す僕の手と、自分の手を引く僕の手とを見て、彼女はやっぱりすごい表情のまま塊って。でも、しぶしぶというように、諦めたように僕の背後に回って、ヘルメットを手に取った。
……流石に手を軽く腰に回すだけで、密着とかはされなかった。まぁそれが普通だ。
ヒトが背後に乗る以上、普段以上に安全運転を心がけて送る僕。ものの数分もかからないだろう道中で、彼女はとてもとても言いづらそうに口を開いた。
「……アンタ、何も言わないのね」
「?」
本気で意味が分からない僕に、彼女はそれ以上何も続けなかった。
数台の車の間を横切り、たどり着いた先は小さい集合住宅。
僕の後ろから降りると、持ってきていた袋を手にして、こちらをじっと睨む。
「……絶対、ついてくんなよ」
本当はこのまま帰ってもよかったのだけど、彼女のその反応を見てると、逆に興味が沸いた。一体何をそんなに恥らっているのだろうかと言う興味が、僕の中で勝ったのだ。意識的に耳をすませながら、集合住宅の階段を上っていく彼女の声を聞く。
インターホンの音。
扉がゆっくり開けられる音。
「あらあら、いつもすみませんねぇ」という老婆の声。
「――いえいえ、お婆さんも元気なようで。あら、お肌この前より張りが出てきたんじゃありませんか?」
……!!!
だ、誰っ!?
思わずそう思ってしまうほどに、聞こえてくる愛想の良い声は元の彼女の声音に比べて別人のようなそれだった。
絶句して立ち尽くす僕。しばらくその、別人のように愛想の良い(おそらく営業スマイルの一つでも浮かべて居るだろう)やりとりを終えて、彼女はばつが悪そうにこちらに帰って来た。
「……なんだよ」
「……配達?」あえて話題をそらした。
「ん、高齢者限定」
へぇ、と普通に驚いてしまった。
その僕の反応が意外なのか、彼女は少しだけ驚いたように目を大きくした。
「……アンタ、本当に何も言わないのね」
「何を言われると思ってたの?」
「いや、だから……、今朝方、あんなにエラソーにしといて、これじゃ、カッコワルイし……」
嗚呼。
「まぁそんなものかなーって、僕は思ってるから」
「何でよ」
「だって明らかにレンくんの服も、お姉さんの服も、新品って感じだったし。部屋の感じからして奪ったりしてる訳でもない気がしたし、なんとなく部屋にあった『死体の量』が一人分くらいな気がしたから、そう考えるとお金もまかなえないだろうし。
だったらまー、普通に働いているのかなーと」
「……案外見てるのね」
「まぁ、すごく嫌そうだけど」
「当たり前だし」
何故かさっと、スカートの間を押さえる彼女。何の仕草なのかいまいちわからない。
胡乱な目でこちらを見る彼女の表情からは、いくらか困惑が見て取れた。
「アンタ、本当何なの? 喰種の匂いも本当薄いし、全然ガツガツしてないし」
「いや、まぁ、僕も普通に働いてるし、そこはどうなんだろう……、ガツガツ?」
「なんでもない。
じゃあ、馬鹿にしないのは働いてるからなわけ? 人間に優しくしてるの見てもさ」
「それは……、半々かな?
逆に、お姉さんは――」
「ひかり」
「?」
「……
しぶしぶというように名乗った。ヒカリさんというらしい彼女は、やっぱり僕を微妙な目で見ていた。
「ヒカリさんは、人間のことをどう考えているんですか?」
「どう考えてるって……」
「優しくしてるのを聞いた感じだと、あんまり演技っぽくなかったっていうか」
「……」
少し逡巡してから、視線をそらして彼女は答えた。
「まぁ、おやつ?」
「……」
「好きでも嫌いでもないわよ。お金くれるっていうのはすごいし、色々、服とか乗り物とか住居とか、色々あるけど、そんだけ」
「……そっか」
その回答に少しだけ寂しさを覚える僕の顔を、彼女は不思議そうに覗きこんだ。