久々に the next 見たら完全にホラーでお腹痛かったです。あれは12指定入るわ・・・
「そりゃお前、恋ってなもんだろ」
大将は僕の話を聞いて、がははとやはり豪快に笑った。
「アラタが何悩んでるか気になって聞いて見れば、なんだそんなことか……。縁遠い感じだったのに、意外と青春してんのな」
「いやいや……。って、なんで恋なんて話に?」
まかないのつみれを口に運びながら、大将はまるでそれが当然というように僕に言う。「そりゃお前、アレだ。味だよ」
だから訳が分からない。
「客に出す料理は、まだだからな。だからまかないで少し腕を見ようとして、この間からやらせてるな?」
「はい」
「だからだよ」
「……?」
「貴方、それじゃ意味が伝わらないわよ?」
ごめんなさいね、と断りを入れながら、僕と大将の前にお茶を入れてくれる奥さん。こちらもこちらで、ちょっと面白そうな表情をしながら僕を見ていた。
「でも、今のアラタくんのお話聞いてたら、のろけのように聞こえなくもないかしら」
いやいやいやいや。
何を話したのかと言っても、大したハナシじゃない。のろけの要素はどこにもないはずだ。「知り合いのお姉さんに言われた言葉で落ち込んでいる」類の事柄を、真実を交えずそれとなく話した程度なのだ。
なのにこの言われようは何なんだろう。
「だってアラタくん、自分のことで手一杯でしょ?」
皿洗いをする僕に、奥さんはやはりほほえましそうに、興味深そうに笑う。
「頑張ってるのはわかるわ。だから、そんな他に目を向ける余裕がない子が、言われた一言を気にしてちょっと仕事が手に付かなくなるって、それはもう相手のことが気になって気になって仕方がないってことじゃないかしら」
「付かなく?」
「アラタ、お前、つみれの汁の砂糖と塩の塩梅間違えてるからな」
たぶん逆に入れちまってる、と大将は笑う。一瞬それに身体が固まった。厨房に立ってお客さんに料理を提供する機会が、遠のいたと言って良い。
そんな僕に「傷は浅い方がいい」と、大将は笑いを崩さない。
「客に出さなかっただけマシだ。出したら客足が遠のいちまう」
「す、すみません……」
「気を付けろよ? ま、それはそれとしてーだ」
大将の視線が痛い。とがめるものじゃなく、観察するようなその視線が。
奥さんの言うことに、納得はできないまでも「そうなのかな?」と気になる部分はある。確かに気にはなっている。それは親以外で「初めて出来た」喰種の知り合いだからというのもあるかもしれない。今まで僕にとって、喰種という種は、家族間で閉じた存在だった。
今もなんだかんだで、喰種の社会に入らず生活することが出来ている。いずれは限界が来るものの、まだ大丈夫なのだ。
ということは必然、喰種の社会から縁は遠くなる。
そんな中で、あれだけの衝撃的な出会いを果たしたのだから、相手のことが気にはなる。
なるのだけど……、色恋とかそういう類のことじゃないと思う。第一、殺されかけた訳だし。
あれ? でもそう考えると、なんだ遊びに行ったりする事に違和感を感じなかったのだろう。
思考に埋没する僕を、やはり大将は笑い飛ばす。
「まぁ、得意じゃないだろうからな、そういうの。
俺だって似たようなものだったし」
「……。
あの、つかぬこと伺いますけど、大将たちってどんな感じだったんです?」
僕の質問に、奥さんと大将は顔を見合わせて、微妙に苦笑いを浮かべた。
「梅森君……っていうか、ウチのヒトだけど。
なんかこう、アプローチからして変だったかしら」
「見合い婚ではあるんだが、まぁ、な……」
「最初の逢引で2区の卸売りに連れて行かれたときは衝撃を受けたわよ……」
なにやらそっちもそっちで、色々と業が深いらしい。
困惑する僕に「ともかく」と、一度咳払いしてから大将は続けた。
「あんまり深く考えないことだ。俺から言えるのはそれだけだ」
「深く考えない……?」
「当たって砕けろ」
その砕けろって言うのが、恋心的な意味なのか命的な意味なのかちょっと気になるところだった。
まぁ当然後者の意味は含んでいないのだろうけど。
ただ……とにかく僕の中で、彼女の言葉は重くのしかかっていた。
※
その匂いは酷く粘ついていて、かぐわしくて、それでいて懐かしく。
気が付くと垂れそうになっていた涎を、僕は意識的にすすって拭いた。
がらりと乱暴に足元に転がっていたパイプを蹴り飛ばすと、彼女は、ヒカリさんは半眼でレンくんの方を見た。服装はパンクな感じになっていて、でも髪の色は黒いままなのが不思議な感じだった。
「ただいまー。
おいレン、足元転がしておくと危ないって何度も言ったでしょーが……げ」
びくり、とヒカリさんが僕の姿を見て動きを止めた。
「な、何しに来たのよ」
「いえ、遊びに来たんですけど……、駄目でした?」
「いや駄目かどうかって……、っていうか、それ以前にウチに何の用なのよってハナシ」
具体的に説明できるような用事はないので、これにはちょっと困った。
それよりも気になるのは、彼女が肩から下げているものの方。
ヒカリさんは旅行バッグのような、大型のドラムのようなものを持ってきていた。ちらりとそれを見た瞬間、僕の口の中が唾液で満たされた。鼻腔をくすぐり、暴力的なまでに喰種に食欲を帯びさせるものは、言うまでもなく心当たりは一つしかない。
でもだからこそ、それを認めたくなくて、僕は目をとじ口を押さえて顔を逸らした。「体調でも悪いのか?」というヒカリさんの視線が、少しだけ痛い。
「ま、別にいいけど。
食べる? レン」
バッグから取り出される「何か」の音と、無造作にそれを受け取る音。床にぼとりぼとりと落ちる粘性のある液体。その音が、不快であり、でもことさらに食欲を呼び覚ます。
少しだけ視線を開いて、やっぱり後悔した。
レンくんがぼりぼりとお菓子でも齧るように食べているのは、指。
ヒカリさんが飴玉でも舐めるように口の中で転がすのは、目玉。
「……何、どうしたの?」
それを「おいしそう」と感じる本能と――「気持ちが悪い」と感じる感性とが僕の中を行き来し、ぐらりと身体が揺れる。
いぶかしげに顔を覗きこんでくるヒカリさん。僕はその顔を見ることが難しかった。
だって見れば、あんなに「おいしそうな」赤が、顎を染めているのだから。
あんなに「見たくもない」「気持ちの悪い」赤が、顎を染めているのだから。
「何、吐きそうなの? エチケット袋ならあるけど、使う?」
不思議とヒカリさんは優しく対応してくる。ポケットからスーパーのレジ袋を取り出して、僕にさっと差し出した。大丈夫ですと断り、僕は一旦外に出た。
コンテナから少しはなれて深呼吸。空を見上げて、顔をしかめる。
天気もなんだか曇っていて、日のかげり具合がわからない。それがなんだか、なおさら僕の感じる微妙な気持ちの悪さを助長しているように感じられて、元気がなくなる。遊びに来はしたけど、これなら自宅で倒れていた方がよかったかもしれない。
いや、そうも言えないのか。だった僕のあの部屋には――。
「……どうした」
そう言いながら、ヒカリさんはコンテナの方から出てきた。頭の色は所々黒が残っているけど、色が抜け落ちている。どうやら仕事をしている時は染めているようだ。
ただ、手に千切ったと思われる皮膚を持っているのが色々といただけない。
「何、本当顔色悪いよ? どしたの?」
「いや、何でも……」
「人様の家に遊びに来て、突然体調崩されたら、流石に黙っていられないだろ」
沽券に関わると言って、食えと、僕に彼女は差し出した。
「一応食べれば少しの体調不良くらい回復するから。あげる」
「……」
「前も思ったけどさ。アンタ……喰種としての匂いが薄いってだけじゃない。
『全然血の匂いがしない』のよね。
何、全然食べてないんじゃないの? 結構戦えそうなくせに」
半眼でそういう彼女に、僕は答えることが出来ない。
父さんの顔。母さんの顔。
不意に頭の中に過ぎった映像を無視して、僕は彼女に笑った。
「……変かもしれないけど、苦手なんだよね。人間の肉って」
「は?」
「んー、わかんないかな」
言葉を選びながら、僕は肩をすくめる。
「なんかさ。こう、同じようなものじゃないかな? 人間も、僕らも」
「赫子ないけど」
「逆に言うと、それくらいしか違いがないじゃん。
だから。その……、そんな程度の違いしかない相手を食べるって言うのに、ものすごい抵抗があるっていうか……」
「……なんか、こう、女々しい」
ばっさりいきますねヒカリさん。
思わず頬が引きつる僕に、彼女は「いや違うか」と、何か納得できないように頭を傾げた。
「なんでガマンしてんの? アンタ」
「?」
「目、赤い」
「…………」
「口で何て言ったって、身体は正直なくせに、それでも拒否するって……、何か病気じゃない?」
罵倒されていたかと思いきや、むしろ一気に心配されてしまっているらしい。悪いこと言わないから食べな、と言わんばかりに肉片を突きつけて来るのに、反応に困る。
「病気、ね……」
「『食べ物』」
「食べ物……、んー ……」
「……いいから」
ヒカリさんは、ずい、と僕に急接近してきて、そのまま足を引っ掛けて転がした。喰種の腕力で思いっきりやられたので、軽く背中と頭を打って痛い。
悶絶する僕にしゃがみながら、彼女は「ん」と肉を再度差し向けた。
「いいから、食え」
「……」
「私が気に入らないって言ってんの。
拾って助けたの、私。だから、食え」
「……追い詰めて殺しかけたのも、四方さんだったような」「殺されたい?」「い、いや・・・」
有無を言わせぬその圧力に、割と僕は簡単に屈した。
実際、食べられないわけじゃない。定期的に嫌な思いをしながらも、食べてはいるのだ。ただ……一度食べれば、もうそれはただの「食料」としか見れない。
そして食べ終わった時点で、食べてしまった自分に……食べざるを得ない自分に、落ち込む。
「そんなに人間が好きなのか知らないけどさ」
僕の内心を知るわけもないだろうけど。でも、それでも彼女の言葉は、僕には重くのしかかる。
「受け入れろよ、私らは――バケモンだ」
※
家族三人住まいにはちょっと小さめな一軒家、というか自宅の扉を開けると、今日も今日とて母と親父との会話が聞こえる。
「カレ……、んー、ルーからやるのはやっぱり難しかったと思うんだ」
「でもこうした方が、美味しいって……」
「そりゃ出来合いのものよりは美味しくなるだろうけど、前提として『美味しく作れる』っていうのがあると思うんだよ。
……あ、お帰り?
母は俺の名を、楽しげに呼ぶ。実際楽しいのだろう。物腰がぶっきらぼうな親父相手に、やっぱり楽しそうに料理のレクチャーをしていた。
「私レベルになると味見しなくてもわかるから。
ほら。でもご飯は上手になったんじゃないの? 明日は早く作ろうね」
そんなハナシを親父としているのを聞きながら、俺は階段を上る。元倉庫、現在は自分の部屋になったそこを開いて、ベッドの上に転がる。
家が狭く壁とかが薄く、そして階段の方から音が反響するので、母と親父のやりとりがまだ聞こえる。
毎度飽きもせず、よくやると思う。
中学から帰ってきて、食事を早いところ済ませて自室に引きこもる。
何をするでもなく、ぼんやりと天井を見上げてながら、理由もなく父親と母親とのやりとりに耳を傾けていた。
なんとなくだが、両親のやりとりは興味深い。
父は味音痴だ。ニンゲンらしく、そのことを気にしている。
母はそんな父の料理に付き合う。
本当、飽きもせず毎日毎日よくやると思う。食事のことだけじゃなく、色々と。
「まったく、こんなんじゃ貴方の亡くなった前の奥さんに、顔向けできないじゃない」
「……面目ない」
「ちゃんと美味しいの、お供えして上げなきゃ。ね?」
そうやって笑う声が俺の耳に聞こえるのが、なんだか、重い。
母や親父のことが好きなのだろうけど、俺は、そんな二人のやりとりがあまり好きじゃない。
なんだかまるで――無理やりに「らしい」振る舞いを強要されているようで。
「……」
深夜を回って二人が完全に寝静まった頃。
階段を降りて冷蔵庫を開ける。そこに入っている小ぶりな鍋の蓋を開け、スプーンを差し込む。
「…………まずい」
そんな感想を抱いて、俺はため息を付いた。
※
「……何年ぶりだ? ここは」
11区の空港にて。
エアポートから出てきた青年が、サングラスを直す。スーツは臙脂色でどこか赤ワインを思わせる。身に纏う体躯は大きく、長く、肌は白い。だが不思議と浮いている訳でもなく、やや派手な装いであるにも関わらず呼び止められることはなかった。
ビジネスバッグを軽く担ぎ、男は歩く。
サングラスを一度直し、ショッピングコーナーの下にある喫茶店に入る。
珈琲を注文した男は、そのまま椅子に座ったまま。出された一杯を適当に口に含みながら、バッグの中に入っている本を手に取り、目を通す。ブックカバーの下には、英文で「グリム童話全集 3」と書かれている。
ヒトの行き来が多い空港であるがゆえに、一見して目立つ格好である青年であっても、さほど時間がかからず。
そして――やがてその中から、一人の男が現れた。西洋人のようだ。シルクハットを被り、飄々とした足取り。オールバックの髪型に、にこやかな微笑み。首からはロザリオをぶら下げているが、まとう雰囲気はどこか道化師のようである。
「やぁ、どうも」
そんな男を見て、青年は顔を顰めた。
「なんだそのふざけた格好は」
「いえいえ、今日は会合がありまして……。しかし貴方も大変ですねぇ。やることが一杯だぁ」
「俺とて好きであの小娘に従っている訳ではない」
「おやおや? 本当にそうですかな……?」
「……チッ。
だから貴様ら『道化』は好かんのだ。早くモノを出せ。既に金は渡っているはずだ」
青年の言葉に微笑みながら、どこからともなく茶封筒を取り出す男。それを受け渡すと、彼はそのまま足を前方の広いスペースに進めた。見ればそこには彼のように道化師然とした格好の一段がおり、何かのイベントなのかモノを配ったりしている。
それを見てまた一段と顔を顰めて、青年は封筒の中身を取り出した。
「この国の組織の管理下にある、か。……また面倒なことを。
単純にこの国で活動するために、兵士を増やす必要があるな」
そんなことを言いながら珈琲を音を立てて啜る青年は、サングラスを少しずらして、喫茶店の外側の光景を見た。
その両目は、赤黒く、鈍く輝いていた。
※本作ではcarnaval系は設定からして別物になってると考えていただけるとありがたいです