ビッグガールはまさにオアシス!
店の採用基準に容姿が盛り込まれてるんじゃないかってくらい可愛い女の子のウェイトレスたちと、それすら吹き飛ばすほどボリューミーで肉汁したたるハンバーグステーキの旨味が売りだ。
その感想について、表現方法を探って色々口走っていると、目の前の親友、カネキが苦笑いしながら確認してきた。
「『クナン』の方はカナンかな。『通せんぼ』の方は、桃源郷。
……前者はともかく、後の方は覚えているべきだよヒデ」
高校の頃、教科書でやったろと言うコイツに、覚えてらんねーよと俺は笑い返した。
「でもカナンに、桃源郷だな! 覚えた覚えた」
「またどうせすぐ忘れるだろうに……。
カナンはアブラハムが子孫繁栄を約束された土地。桃源郷は仙人の住まう楽園だよ。方向性がちょっと違う気もしないではない」
「眠くなっちまうから、解説はいいぜ別に!」
「自身満々に言うなよ……」
ため息を付きながら、カネキはコーヒーを飲んだ。
小学校時代からの付き合いだ、お互い性格の良し悪しは分かりきってるだろう。
「いつか彼女出来たら、ここ来たいんだよなぁ……。こう、思いいれのある場所で一緒にメシ食うとか贅沢じゃん?」
「だったら他の女の子見て、鼻の下伸ばすの止めないと」
「いや、まだ居ないし。居たら流石に控えるぜ」
「出来るかなぁヒデ、なんだかんだでその場のノリで色々しそうだし」
言いながらも、カネキはメニュー表のページをめくる。
「だったら、スパゲッティとか頼んでも良いかもね。口についたソース拭ったり。後は、あーんしたりする時にこぼれ辛いだろうから」
「お、流石読書マン。妄想捗ってんなー。
まあアレだ。でもソースこぼれる方もそれはそれで良くね? こう、口の端に付いたやつとかを―ー」
男二人で訳もなく、ぐだぐだとしゃべる。ハンバーグ持ってきた子が、微笑ましい感じと苦笑いの中間くらいの笑顔を向けてきたりしたけど、俺は気にしない。カネキはちょっと困ったように笑う。
そんな風に話をしてると、この間の新聞の話題が店内でもちあがった。捜査官二名、重態。話してる方を見ると、俺等と同年代くらいの野郎数人で、ステーキがっつきながら話していた。
「喰種か……。
もし可愛い子の喰種だったら、俺、きっと付きあえる」
カネキ、コーヒーを吹く。
「どんだけ切羽詰ってるんだよ、まだ焦るような年でもないし」
「でもいつまでもこんなのってのもアレだよなー。やっぱ欲しいもんは欲しいし!
そこのところどうなんですかねぇ、高校時代彼女の居たカネキさんよー」
「半年で振られてるから世話ないかな……」
そんなこんは話し合いをしながら、俺達は笑いあった。
こうして見ると、ちょっと前に事故にあったというのを、カネキは思い起させない。
丁度その日は、カネキが喫茶「あんていく」で出会った女の子とのデートの日で。その事故に巻き込まれて、相手が死んでカネキも重症を負って。
即死だったこともあって臓器移植をされて、今こうして一緒にいるということを。
その日から、いくつか変わったことがある。
その一つがこれ。今こうして食べているハンバーグ。あれほど愛してやまなかったそれを、カネキは「美味い」とも何とも言わず、少し眉間に皺を寄せるばかりだった。
※
「不審者? そりゃまた変な話だなぁ」
「うん。だから常連さんにも、少し来るのは控えた方が良いって言ってるらしくて。ヒデもなんだかんだでよく来るし、注意した方がいいと思ってさ。じゃ、また東洋史で」
「おう!」
昼休みの終わりに、いつもの様にカネキと食堂から出る際、カネキはそんなことを言ってきた。
喫茶「あんていく」。カネキと例のデートの相手だったリゼさんとの出会った場所。現在のカネキのバイト先でもあって、なんだかんだで俺もよく遊びに行く。
臓器移植を受けた後、ゾンビみたいな顔をしていたカネキはそこでいくらか平静を取り戻したのか。リハビリでも必要だったのかは知らないけど、俺個人としては少し安心したりもした。
まあ、そう言う俺も西尾先輩と一緒に、居眠り運転の事故の際に介抱してもらったのは感謝している。特にバイトのトーカちゃん。可愛し。
ま、ともかく。その喫茶店で不審者が目撃されてるというのだ。授業を受けながら、俺は少し考える。喫茶店に不審者? というのも謎だけど、可能性があるとしたら喰種捜査官とかか?
最近、ニュースを見れば喰種、喰種とよく見かける。二十区は比較的平和ではあるらしいんだけど、その分小さなレベルでも結構大きく報道されたりしているらしい。
「……永近君、授業終わったわよ」
「……ふぁ!? へ、マジで? うわ、全然ノートとってねーや!
マジかよ誰かに借りないと……って、アンタら誰?」
俺に話かけてきたのは、二人。メガネに長身痩躯の、打たれ弱そうな男子と、ちょっと暗そうなイメージの女子。
よくぞ聞いてくれた! と男の方が変なポーズを決める。
「僕等はオカ研のメンバーだ!」
「オカ研……って、ああ、オカルト研究会ですか」
「そう! 非科学の解明にアクティブに動く、活動派サークルだ! 僕は部長の木山、こちらは新人にして助手の三晃君!」
「助手じゃないけど三晃よ。ヨロシク。ちなみに私達、この授業とってないからノートは期待しないでね」
反射的に頭を下げると同時に、マジかーと俺は肩を落した。
「で、何の用ッスか? 学園祭関係の話だったら西尾先輩……はちょっとダメか。だったらえっと――」
「いえ、そうじゃなくて。はい」
言いながら、三晃というらしい彼女はメモ帳を俺に見せ付けた。ずらっと名前が並べられていて、各部分に斜線が入れられている。
何だコレと聞こうとして、その中に金木研の名前を見かけ。
部長の方が、得意げにこう言う。
「単刀直入に言おう。僕等は、金木君が喰種でないかと疑っているのだよ」
その言葉に、俺の身体は一瞬固まった。
オカ研と言っても、元々は大学発のサークルではなくインターネットのSNSかららしい。そこのメンバーをしてた先輩が大学でも発足させ、今では数箇所の学校で同様のサークルがあるんだとか何だとか。
「そして今度の集りの際、発表する議題が喰種なのだよ!」
「だからって、何でカネキ……? 俺、アイツとは小さい頃からの付き合いなんスけど」
「まあまあ、聞きたまえ。永近君は知ってるかな? 喰種は人間の食がほとんど取れないと。そこから逆算して、我々は学内で食事をとってる姿を見たことない生徒を、こうしてピックアップしていったのだよ」
「ちなみに即席だから一月分のデータ」
「ご苦労様です、三晃さん」
「本当、苦労してるわよ」
部長のテンションにため息をついてる彼女に、反射的に俺は一言。新人と言っていたし、活動内容として無理やり連れまわされているのだろうか。
「まあ『ほとんど』だから全くとれないわけでもないだろうとしてね。そこで我々は、学内で食事をとっている光景が出席日数に対して一桁以下の生徒を中心に、情報を集めているのだ。無論それで全部確定は出来ないが、容疑者を絞り込むのには充分だろうさ!」
「また警察というか、CCGみたいなことを……。
で、何でカネキですか? この間もビッグガール一緒に行ってハンバーグ食べましたし、さっきもコーヒー飲んでましたし」
「珈琲……」
三晃さんが、何故かコーヒーのところだけ呟く。
「でも、大学での食事はあまり見かけない。見たとしても少量であるとか。違うかい?」
その部長の確認に、俺は言葉が一瞬詰まった。さっきだって、おにぎり一つにコーヒーだけだった。以前ならサンドウィッチ二つにおにぎり一つくらいの量は食べていたと思ったのに。
「まあともかく、僕等はこのまま調査を続けようと思うのだけれどもね。そこで三晃君が言うのだよ『友達が疑われてるのは普通良い気分しないでしょう』とねぇ」
「木山君、当たり前。だから簡単に言えば、一緒に調査しないかってこと。今ピックアップされてる人数で言えば、友達居るのカネキ君だけだったし」
「切ねぇ……」
何が切ないかと言えば、ここで友達俺くらいしか居ないだろうカネキだけが、今喰種として疑われてるメンバーの中で唯一友達居るっていうのが、何とも……。
「で、どうするの?」
「……まあ、じゃあ手伝わせてもらうぜ」
ただ、その提案に対する、俺の回答は決まっていた。
色々な意味で。
※
オフ会と言っても、研究内容を発表してその後に会食しながら話し合うというものだ。どちらかといえば後者がメインな気もする。流石にネットがスタートということもあってか、年齢はばらばらで社会人までいた。
結局、俺達の分の発表は確定的な情報には迫れなかったけど、というレベルではあったが、結構好評だったらしい。実地調査の多さがそれなりに認められたというところか。
ただこの段階に至っても、カネキの名前は消えて無い。
そのことに少し嫌な思いをしていると、彼が、話しかけてきた。
「ドーモ。君達の発表面白かったね。切り口がなかなか鋭いと思うよ。
……ああ、僕はネット上ではカインを名乗ってる。よろしく」
その言葉に、部長の木山がたっと立ち上がる。
「あなたが、あの……? 戦時中の防空壕の声! 樹海のリアルさまよいレポート! 大量の患者が消えた事件の犯人の喰種の特定! それから、それから――」
「そんな大したものじゃないよ。俺なんか。今日の主役は君達だ」
「あ――ありがとうございますッ! 僕等のレポートも、貴方の『喰種の食事への考察』を元に考えましたッ!」
ガンガンにテンションが上がった部長が頭を下げまくる。何でも三晃さん曰く、サークル内ではちょっとした有名人らしい。
そんな彼が、こんなことを口走った。
「俺はアレだね。ここ数ヶ月、学内で食べる気配をあまり見せなくなったっていう彼の方が気になるかな。食事の時、ちょっと嫌そうな顔したりしてたんだっけ?」
「いや、フツーの奴ですよ。読書好きなもやしっ子ですよ」
「ん、君は知り合いなのかい?」
「証言者ですよ。彼がその友人の」
「ふぅん……。ちなみに、彼の名前は?」
「カネキ君です。カネキ、ケン」
「普通っぽいね、何か……」
割と当たり前なことを言って、カインというらしい彼は思案する顔をした。
「じゃあ、そうだね。後天性の”喰種”とかは、考えられないかい?」
「こ、後天性ぃ!?」
「ロマンを求めてる訳じゃないけど、人間と喰種の違い自体、然程ないらしいじゃないか。小倉さんの本によれば。とすると、人間が喰種になっても、別におかしくはないだろう?
まあ友達がそう扱われてるのは面白くないだろうけど……。そうだな」
オカ研ならば、と前置きしてから、彼は三晃さんにウィンクして言う。
「徹底調査してみるのも手なんじゃないかな。それなら、疑惑も晴れるしな。
勿論、俺も参加させてくれ。無理な日もあるけどさ」
後日。カネキの徹底調査が始まった。
カインさん曰く、謎を積み上げて行くそれがパズルを解くみたいで楽しいとのことだ。趣味を語る人間特有の、謎の満足感が透けて見えて、なんとなく俺はカネキの高槻泉作品のそれをダブらせた。
まあそんなカインさん主導で調査を始めたのだ、内容は徹底してる。休日はもちろん、講義中とかも含めて。
何食わぬ顔でキャンパスに入ってくるカインさんだったが、全然気付かれて無いのがちょっと薄ら寒い。
そして高い確率で三晃さんがカインさんに絡まれて、俺を盾にすることが増えて来た。
そんな中でわかったこと。
「……カネキ、トーカちゃんと一緒に居すぎだろ」
この事実に、少なからず俺はショックを受けていた。夜遅くなって、トーカちゃんを送るとかならまだわかるかも知れない。最近夜道物騒だし。
でも、まさか休日まで普通に家に遊びに行ったり(プライバシーもあるので、トーカちゃんの家の方は途中で尾行切り上げ)、一緒にバイト行ったり、たまーに買物行ったりと。これ完全にアレだよな、と傍目から見てて思ってしまう。
時には妹さんらしき子と三人で本屋行ったり……。
いや、表情とかからしてそういう感じではないんだけど、ならなんでわざわざ二人してという部分が気になったりもする訳で。
本人が語らないので、ここのところはちょっと念頭に入れておくべきだろうか……。ちなみに三人は、もはやこの疑惑については「確定」済みで話を進めていた。
「ホントにあんまり食べてないね。というか、大学でもニ、三度くらい?
これひょっとしてビンゴだったりするかもよ?」
「カノジョさんの家で食べてるんじゃないですか?」
そして三晃さんは、俺の背中に隠れて会話しないでくれって。カインさんが近くてちょっと面倒だった。
「まあ、そうだね。僕等とて調査は二十四時間張りこめるレベルではないからね。
今度のシフトは周期から言えば遅いし、僕も仕事を早く切り上げて、長く調査してみよう」
もしかしたら、決定的瞬間が見られるかもしれない――。
そんな彼の言葉に、両手を上げる木山部長と、面倒そうにため息をつく三晃さん。
俺も、その状況なら断るのは難しい。仕方なしとばかりの内心を隠し、ハイテンションにそれに応じた。
「……どうしたのかしら、永近君」
「あの、いい加減後ろから出てもらえないですかねぇ」
「そうじゃなくって。さっきから、脈拍が早くなってるけど。別に私に緊張してる訳でも無いだろうし」
「……俺、割と勘は良いみたいなんですよ」
頭を傾げる彼女に、俺はため息混じりに答えた。
「こーゆー『嫌な予感』に関しては、特に的中率が高いってことで」
「……」
三晃さんは、軽く額を押さえた。
※
「……はぁ」
深夜尾行、決行日。
講義が終わって家に帰って、何とするでもなく俺は外に出た。夕方で、西の方にまだ橙が残ってる。
こんな時に限って、俺の脳みそは色々思い出させてくれる。
学芸会の時も。ロケット花火飛ばして近所のオバサンに怒られた時も。大学入学祝いで一緒に食べたビッグガールのハンバーグも。そして、西尾先輩の事故の時も――。
必ずと言って良いほど、カネキの姿がある。カネキにとっても、たぶん似たようなものだろう。
だとしたら、俺はどうするべきなのか。吹く風が体を震わせ、丁度目に入った自動販売機で俺は缶コーヒーを買った。
丁度、そんな時だ。歌だ。歌が耳に入ってきた。ざらついた感触の声。ギター片手に歌は上手い。インディースなのかは知らないけど決行趣味だ。年は、俺等より年上か。
しゃがんで聞いて見る。周囲に客は居ないせいか、俺を見て彼はちょっと張り切って声を上げた。
「……神様、か」
神様はそこに居るよ 見失わないで――
歌のフレーズが、どうしてか俺の胸に響く。
と、その呟きにミュージシャンがこちらに聞き返した。慌てて拍手したりもしたけど、取り繕っても仕方ないからか、自然と俺の口から言葉は紡がれた。
「……ダチの力になりたいんです。でもなんつーか、上手くいかないんスよねーこう。
それこそ、神様でも居るなら助けて! てな感じで」
「そっか。でも、うーん……。いいんじゃね? あんまり大きい事しようとしなくても」
「へ?」
思わず聞き返す俺に、彼は照れたように続けた。
「助け合えるならそれが一番なんだろうけどさ。友達と一緒にいるのって、もっとシンプルなもんじゃない?
楽しいから、安心出来るから。こーゆーのに勝るのって、ないんじゃないかと思うな」
その言葉に、俺は正直、少しびっくりした。そうだ、簡単なことなんだ。彼等と一緒にいるから、少し気負ってしまったのかもしれない。
いつだって、俺は俺に出来る範囲で遊んできたし、いつだって俺に出来る範囲で凝ってきた。
だったら、今回もそうすれば良いんだ。
感謝の言葉とお金を渡そうとしたら、大丈夫だと断られた。それじゃアレだと、ぬるくなった缶コーヒーを手渡したら、ものすごく感謝された。それこそ、神様だってくらいに。
「あら、早いわね。永近君も時間つぶし?」
「まそんなとこ。三晃さん」
近場のコンビニに向かうと、三晃さんが雑誌エリアで立ち読みしていた。女性誌で、普通におしゃれさんのためのメイク講座とかあるヤツだ。
見た目からしてあんまり気を使って無いのかと思ったけど、よく見れば逆に滅茶苦茶気を使っていることがわかる。むしろ、意図的に地味に見せている印象すら抱かせた。
「……夕食まだなの?」
「いえ。でもまあ、張り込みって言ったらメシでしょ。夜食です」
ふぅん、と言いながら、彼女はレジに並ぶ俺を見ていた。
待ち合わせ時刻に「あんていく」前に行くと、残りのメンバーと合流した。カインさんは目を細めて、しぃぃっと俺たちに言う。
「カネキ君の仕事、まだ終わってないらしいよ。とりあえず近辺を探索しておこうか。土地勘がないと見失うかもしれないし」
理に適っているので、誰も反論はしない。ただここの周辺は人影が少ない箇所がいくらかあって、夜は多少不気味だ。木山部長も三晃さんも視線がせわしない。
俺はまあ、おにぎりを一つ開封。
「肝が据わってるねヒデ君は」
「腹が減っては何とやらって言いますしね。それより、あんま奥行かない方が良いんじゃないですか? 俺でも迷子になりそうですし、喰種のマジモンとか出るんじゃ……」
「ははは、永近君も怖がってるのか! 意外だなぁ」
「木山君、強がる余地さえないですからね」
三晃の言葉に、木山がちょっと項垂れた。
ただ、そうこう廻ってるうちに迷子、迷子。
戻れなくないが(方向はわかってる)、ちょっと大変な感じ。周囲に人気はなく、それこそお化けの一つでも出てきそうな――。
「な、何か本当に出てきそうな空気だね」
部長のその言葉と同時に、俺は、悪寒を感じる。反射的に体を動かすと、それが正解だったと思い知った。
「――そうさ、ここが絶好の狩場だ!」
「ッ!」
「木山君!?」
弾き飛ばされた木山部長。三晃さんがたまらず駆け寄り、揺さぶる。
俺はといえば、彼の、カインのその一撃を躱したため、じっと相手を観察する余裕があった。
背中から出る、職種のようなそれ。
恍惚の笑みを浮かべる、赤い両目。
紛れもない、それは喰種のそれと一致していた。
「小さな積み重ねが、パズルをより完成度の高いものにする……、そう! 今、俺の
「なんか違うッス。……てか、食事は積み上げるもんじゃないんじゃ……」
「何だと!?」
なにやら得意げに叫ぼうとしていたのを、思わず俺は遮ってしまった。
「おいおい。おかしいだろヒデ君。君が浮かべるべき表情は混乱か恐怖か、はたまた絶望のはずだ……。
どうして――、何故逃げる! 君はこの場で彼等を見捨てられないはずだッ!」
見捨ててはいない。ある意味作戦通り。
咄嗟に思い付いたにしては良く出来ている。日ごろの行いが良いのか、それとも小倉ちゃんの本のお陰か。カネキもたまには良いことを言う。
でも、口から出る言葉はやっべぇ一択。
「――逃げ切れると思ってるのか永近ァ!」
むしろ思って無いから、彼女たちと距離を稼いだわけで。
その上で、もう一つ別な作戦もあったりなかったり。
ただそれでも、胴体がバットで殴られたみたいに弾き飛ばされて。痛みでくらくらして顔を上げると、自分の真上にカインさんが立っていた。
「……いつ気付いていた」
「……つい、さっき」
「いや違う。お前の反応は予想していたヤツのそれだ。どうしてだ?」
……思い当る節は色々あったけど、一々説明する気にはならない。小さな違和感の蓄積が、警戒するに値するというところだったか。
「買い被りすぎッスよ。ビビッて逃げただけです」
「全く、予定を大きく崩してくれたな……。木山君は持って帰るとして、君はここで食べさせてもらうよ」
「後遺症が残らない程度に、さくっとやっちゃて下さい。お手柔らかに」
「……ハッ、何だよそれ。面白いけど、じゃあな――!」
そして、大口を開けた彼に、俺はバッグからおにぎりを取り出し、包みから剥がしもせずつめし込んだ。
絶叫。吐き出すそれに合わせて、コンビニで一緒に買ったロケット花火に点火!
こうしてバチバチとしてるのを見ると、昔を思い出す。あの頃のカネキ、まだ自由に笑ってたっけなー ……。
おっと見蕩れてる場合じゃない。コンビニで買った最後の一つを取り出し、開封して、俺は彼の口に「流しこんだ」。
「な、なんじゃごりゃ!!? 喉にへばりついて、吐き出せない――ッ」
「旨いんだけどなぁ、ミートソース……」
トマトにひき肉、玉葱やらスパイスやらエトセトラ、エトセトラ。流動形なこともあって、簡単に吐き出すことは出来ない。
「てめぇ、殺す……ッ、殺してや――!」
「――何の騒ぎだ!」
唐突に響いた声に、カインさんは目を見開いた。
「言ってなかったですけど、ここ、捜査官の巡回ルートですよ。小倉ちゃんの本に書いてありましたよね」
「な……ッ!」
現れた捜査官は、アタッシュケースを小さな二つのナイフみたいなのに変形させて、カインさんに向かう。
「か、赫眼……! う、うおおおおおおおおおお!」
震えながら突貫をかけるそれは、なんだか妙に慣れて無いというか、何というか。
そのへっぴり腰は、弾き飛ばされて壁の方へ。
「……弱! 捜査官弱ぇ!?」
「はは、驚かせやがって……。じゃあ、今度こそだ。ついでにあの捜査官も――」
『――どうすると言うのかね、カイン君』
その低い、温かみを含んだ声に、俺達はそろって震えた。
うなるエンジン音。サイレンサーが動いていないようなけたたましい音を鳴らしながら、「彼」は空から降って来た。
ボロボロのマントのような、マフラーのような。顔は片方だけ目元が露出していて、考え込んだヒトみたいな口をしている。
そして、肩の辺りから出ている有機的な、無機物的な、独特な刃のような翼のような。
「か、めん、ライダー……?」
「!?」
その言葉に、俺はばっと目の前の彼を見る。
長身の、上半身が武装のようなもので膨れたシルエット。跨っているバイクは二股の槍を彷彿とさせるような、そんなイメージをしていた。
『外での捕食は、まあ一部は目を瞑ろうと思ってはいたけれどね。捜査官に感付かれた時点で、我々の利用者は逃げるべきなのだよ。引き続きそれが他の事件を引き起こし兼ねない』
「で、でも――」
『それに、捜査官を殺してはいけない。「彼等」が頑張って最悪にしなかった現状を、覆すようならば私も多少、容赦はしない』
べきべきと、肩のそれが変形して腕に絡み付く。
カインさんは、叫びながら彼に突進をかけて――。
『――ライダーチョップ』
その一撃で、今度は彼が面白いように吹き飛ばされた。
無論、さっき俺達が誘い込まれた方とは別方角に。
チャンスとばかりに立ち上がり、俺は逃走。
仮面ライダーはこちらを振り返りはしたけど、追っては来ないようだった。
「我々の、利用者……、か」
俺は、前に「聞いた」ことが確信に繋がるのを感じた。
カネキの入院。退院後の不調。回復。そしてアルバイト。
一連の出来事に、うっすらとした輪郭が見えたような、そんな気がする。確度の低い状態ゆえ、言葉にできるほど明確なものではないけれど。
でも、だったら俺は――。
「……誤魔化さなくて大丈夫ですよ、
俺の言葉に、背後から俺に近寄って来ていた誰かは足を止めた。
振り返れば、自分の予想が間違ってなかったことを確信させられる。
「聡い子は嫌いよ、永近君」
「そんなんじゃないッスよ。ぶっちゃけ、さっきのカインさんの言葉が引っかかってただけなんで」
カインさんは木山部長と俺をどうするかについてコメントはしていた。ただ三晃さんについては、一言も言わなかった。
とするならば、考えられるのは二つ。彼女が協力者か、もしくは「食べられない」相手かだ。
目の前で木山部長を肩に担ぐ彼女。その両目は、赤く染まっていた。
舌打ちをして、彼女は露骨に嫌そうな顔をした。
「あれは本当、救いようがないわね。周りに勝手に私のことを彼女だとか言いふらすし、無関係なのに……」
「あー、なんかご愁傷様です。それで俺に隠れてたんですか」
そりゃ接触も嫌だろう、と俺は思った。
「で? 私が喰種だと知って、貴方はどうするのかしら」
「どうもしないッス。俺等を『生贄代わり』に差し出したのも、嫌々っぽそうでしたし。何かあったんでしょ?
でも、一つだけ聞かせてください」
俺の言葉に、彼女は「何?」と無表情に聞く。
「――俺は、友達と一緒に居られるんですかね」
「…… 一人、知り合いにそういうのが居たわね」
変人なんだけど、アレはかなり特殊なことだし、と三晃さん。
「ただその知り合いを見て思ったことが一つ。
聡い人間は、私達に近づかない方がいい。素直な喰種は、人間に近づかない方が良い」
じゃないと、不幸が拡散するわ。連鎖的に。
彼女の言葉を聞いて、俺は、少し胸の奥がちくりとした。我ながら子供みたいな表現だが、そうとしか形容が出来なかった。
そんな話をしていると遠くで爆発音みたいなものと、カインさんの悲鳴。
それを聞いて、三晃さんは小さくガッツポーズ。
「これで少しは大人しくなるかしら、アレも。そのまま死んでくれても良いのに、全く」
「そんなに嫌いなんですか? カインさん」
「覚えておくと良いけど、20区が平和だからと言って、喰種の大半が命を軽く扱うことに違いはないわ」
気に入らなければ、この場で貴方を殺しても良いと、彼女は俺に近寄る。
「殺さないのは、まあ、多少親切心よ。色々助かってたし。
ただ一つだけ、協力してもらえるかしら」
疑問符を浮かべる俺に、彼女は言う。
「木山君をどう誤魔化すか、一緒に考えてくれない?」
どうやら、しんみりした感じで家に帰れるという訳ではないらしかった。