仮面ライダーハイセ   作:黒兎可

17 / 145
やっぱり四方さんは萌えると思うんだ、うん


#017 甘言/滑台/孤戦

 

 

 

 

 昼休みのキャンパスは、当たり前だけどヒトが多い。教室内の生徒は減るけど、その代わりというところだろうか。食堂も当たり前のように込むので、僕としては少し困り物だった。

 幸いにも表の椅子とテーブルはヒトがいなかったので、そこを今は利用していた。

 

「……」

 

 珈琲に角砂糖(ヽヽヽ)を落して、かき混ぜて一口。多少は人肉もとるよう矯正されつつあるけど、未だ慣れはしない。角砂糖が多少マシという程度でしかないのだ。

 古武術の雑誌を読みながら、僕はヒデからもらった菓子を一口。圧倒的安価のうみゃいスティックは、泥か砂利を砕いて溶かしてるような、嫌な質感が舌と口内に残る。それを無理やり、珈琲で流した。

 

 しかし、これは予想外の弊害だ。売店の珈琲が美味しく感じないのだ。

 

 あんていくの珈琲は、淹れる人によって差はあれど芳村店長のブレンドが元になっている。であるならば、それは当然「喰種」に合わせたブレンドとも言い替えられるのかも知れない。あとは純粋に、淹れたて、というものの美味しさを、嫌でも実感し続ける毎日だったことか。あんていくでのアルバイトが、そのまま通常の珈琲の味に繋がるのが何とも皮肉なところだった。

 

 こうして考えると、古間さんや入見さんみたいに働きっぱなしだと兎も角、トーカちゃんも似たような感じになってるんじゃないだろうか。

 

 依子ちゃんの関係があって、ひょっとしたら僕以上に大変なのだろう。

 

「Hi、カネキくん」

「……あ? え、ええと、どうも?」

 

 見覚えのある人だった。出会った初日でちょっと苦手意識を覚えて、トーカちゃんから「面倒になる」と言われた彼の名前は、

 

「月山 習。覚えてるかい。

 せっかくだ、席良いかな?」

 

 僕が勧めるよりも先に、目の前に座る月山さん。

 二十区の問題児、その2とのこと。何で僕に近づいてきたのだろうか。というかそれ以前に。

 

「あの、大学とか違いますよね? どうしてこちらに」

「君に会いに来た、と言ったらどうだい?」

「怖いです」

 

 ちょっと、お尻がきゅっとするような……。出会い頭がいけなかったんだけど。

 少し縮こまった僕の言葉に、彼は「ユニーク」と言いながら笑った。

 

「ノープロブレム! 怖がらなくても良い。食事が趣味で生きがいだが、その手の趣味はないつもりさ」

「は、はぁ……」

「ふぅん。それ、格闘技の本かい?」

 

 僕の手元のそれに、月山さんは興味を示した。てっきり文学を嗜むかと思ってた、と言われて僕も笑い返した。

 

「基本はそうですけど、何でもありですかね最近。ライトノベルとかノベルスとかミステリとかサスペンスとかドラマ脚本とかハウツーとか。格闘技もその一つです」

「本当に雑多だね」

「まあ、最近物騒ですから」

「成る程、護身用という訳か……。でも、それだと退屈にならないかい?」

「……失礼ですけど、まぁ、正直に言えば。でも他の知識があるってことは、作中で描写されている立ち回りなんか、そういうものだってより具体的にイメージが出来るようになるんですよね。昔は楽しめなかったところが楽しめるのは、それはそれでお得かなとも」

empathique(わかるよ)。こちら側の予備知識が増える事で、より作品に対する理解が深まる。映画や舞台、音楽なんかにも共通するところだね。時にはそれを逆手にとり、受け手側が自分で調べるようにする作品もあるが」

 

 失礼なことを思ったけど、この人が意外と怖く感じなくなってることが意外だった。話していてどこか共感することが出来る。

 

「思うにね、作品などの対象が一つあるとする。それに対してより深く味わうためには、こちらの意識をより作者の意識に近づける事が必要になるんじゃないだろうか」

「……月山さんも、その、本は好きなんですか?」

「分野は問わないが、本も好きというのが正しいかな。きっと君には負けるさ」

「いやぁ……」

「なかなかシャイボーイだね。フフ。

 ただそうだね、辛く苦しい時でも、僕を支えてくれたのは沢山のフィクションと友だった」

「……」

 

 不覚にも、その言葉に僕は果てしない共感を覚えた。ヒデの顔と、沢山の高槻作品が思い浮かぶ。

 

 その後に、色々と彼と話した。高槻作品のハナシだったり、おすすめの喫茶店の話だったり。

 ただ、どこか違和感は感じる。何となく彼の目が、僕を引き取ると言った時の叔母さんの目を彷彿とさせるような―

―。

 

「霧嶋さんから何か言われたかい?」

 

 隠していたつもりはなかったけど、警戒してることを察知されたようだ。

 

 昔から誤解されやすくてねぇ、と彼は悲しそうに頭を振った。

 

「周りからはお高くまとまってると敬遠され、区の会合でもズレちゃって、色々疎まれて。

 神代さんとも会えなくなって、話相手が少なくてね」

「!」

 

 そしてその言葉に、僕は震えた。まさかリゼさんのことを、この場で耳にすることになろうとは。

 でも確かに、区のトラブルメーカー扱いされていた二人だ。一緒に話して居ても不思議では、ないのだろうか。失礼ながらきっと並べば画になるし。

 彼は、残念そうに言った。

 

「ただ僕は、静かな場所で自分の好きなものについて語り合える友人が欲しいだけなのだけどね……。

 あ、邪魔したかな? それじゃまたそのうち」

「あ、あの、月山さん」

「ん?」

 

 くるりと振り返った彼に、僕は言う。

 

「本の話くらいでしたら、僕で良ければ」

「――ありがとうカネキくん! それじゃあ、さっき言った喫茶店に今度行こうか!」

「え、ええ!?」

 

 いきなりハイテンションに僕の手を取る彼に、やっぱり僕は苦手だと思った。

 

 

 

  

 ちなみに今日、向かった先のあんていくはお休みだった。

 

「ボーっとしてた……」

「……何やってんの」

「あ、トーカちゃん?」

 

 振り返ると、トーカちゃんが半笑いで立っていた。制服姿なあたり、学校帰りだろうか。

 

「定休日だってのを忘れてて。トーカちゃんは?」

「……」

「あっ」

 

 なんとなく察して、僕はにこやかな顔を向けた。たぶんトーカちゃんも僕と同じなんだろう。その直後、少し顔を赤くしたトーカちゃんから、スネを蹴られた。痛い。ちょっと蹲る。

 

「違うからな。別に……、って、カネキ、月山と会った?」

「へ、分かるの?」

「臭い」

 

 そういえば店長も、僕の臭いは少し違うと言っていたか。だとすると、僕以外の臭いがついていると分かるものなんだろうか。

 簡単に事情を説明する。大学キャンパスに月山さんが来た事、少し話したこと、週末に彼のオススメの喫茶店に遊びに行く事など。

 

 話し終えると、トーカちゃんは渋い顔をした。

 

「気を付けろよ、色々……」

「話した感じだと、そこまで酷い人じゃなさそうだったけど……」

「物腰が比較的、丸いのは認める。変わってるけど。でも、そうじゃなくて……」

「?」

 

 トーカちゃんは突然、少し目を細めた。気のせいじゃなければ、むくれてるような、むくれてないような。

 

 と、突然トーカちゃんは僕の左側の耳たぶを引っ張った。

 

「な、な、何? トーカちゃ――痛ッ」

 

 そして、突然前歯でがぶり。噛み千切られたりはしなかったけど、爪を立ててつねられるくらいの痛みはあった。

 耳を押さえて茫然としてると、トーカちゃんはそのままスタスタ立ち去って行った。

 

「……何やってるんだ」

「……四方さん? 珍しいですね」

 

 トーカちゃんの姿が見えなくなった後に来たので、事情はわからないらしい。とりあえず日にちを間違えて来たと言って、せっかくだから練習した蹴りとか見てくださいと言った。

 

「悪い、用事があるから今度な」

「あ……、すみません」

「……研も来るか?」

「へ?」

 

 まさかまた山じゃ……いや、あそこはイクマ君に譲ったんだっけ。

 

「人と会う。昔なじみなんだが、やたらお前に会わせろと一人五月蝿くてな」

「えっと、どういう人なんですか?」

「どういう……」

 

 僕は、四方さんの言葉を待つ。

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………」

「……」

「………………………………………………………………………………………………………………………………」

「……」

「……………………どういう…………」

 

 この人、ちょっと口下手すぎじゃないだろうか。

 

「あの、せっかくですし会ってみます」

「……そうか」

 

 何と言うこともないように返答した四方さんだったけど、僕の言葉に、ちょっと助かったみたいな顔をしたのは見逃せなかった。

 

 

 

 

 

   ※

 

 

 

 

 

「うひゃひゃひゃ、さっきはゴメンゴメンねー。

 まぁ私の店だ、くつろぎたまえカネキチくんよー!」

 

 そして、ちょっとだけ後悔したのは内緒だった。

 場所は十四区の、小さいビルにあるバー。レトロながら漂う空気は大人らしくて、ちょっと僕には気が早い。ちなみに店名はHelter Skelter(混乱)。まさに今の僕の心境だ。

 

 店に向かって入り口を開けた瞬間、突如妙な被りものが脅かしにかかってきたのだから、そりゃ腰も抜ける。店の中からはウタさんも出てきて、それにやっぱりかと思いはしたけど。

 店に入ってから、喰種しか居ないので眼帯を僕は外していた。

 

「へぇ、君がカネキ君かぁ」

 

 マスクを外した彼女は、店のオーナーらしい。酷く美人だったけど、押しが強くて少し苦手だった。

 

「でもあたしゃ、君に会えてうれしいよぉ。蓮ちゃんもウーさんも君のこと話してたし、二人だけズルいって感じでねー」

「マスク作った時のこととかね」

「そーそー。

 にしても蓮ちゃん、もっと身奇麗にしなよ。モテないよー? お髭も整えてさー」

「……ほっとけ」

 

 気のせいか、視線を逸らす四方さんは少し嫌そうな顔をしていたような。

 

「カネキ君も大変でしょー、こういう面倒な男が居てさー」

「い、いえ全然」

 

 彼女、イトリさんの言葉に僕は首を左右に振った。

 

「僕なんかまだまだ、皆さんに助けてもらってばっかで。

 力不足で、いつも申し訳ないくらいです」

「――え、ええこや! めっちゃ純!」

「へぁ!?」

 

 と、何故か感極まったような声を上げたイトリさんが、僕を脇に閉める形で抱きしめてきた。スタイルが良いこともあって、気恥ずかしいとかいうレベルじゃないくらいくっついている。

 

「天然ものやね、アタシらが失ったピュアな心を持ってる!」

「僕も蓮示くんもピュアだよ」

「……」

 

 四方さん、照れたのだろうか。

 そして僕は、どうしても気になったことを口にした。

 

「あの、三人はどういう……」

「あー、ゴメンゴメン。昔からの知り合いなのよ。4区に居た時からの腐れ縁」

「4……ッ!?」

 

 かつてウタさんが言ってた、一桁台は住めたものではないと。それは風の噂じゃなく、経験談だったのだろうか。

 イトリさんは笑いながら話し続ける。

 

「思い出すなー。昔はウタと蓮、すーごい仲が悪かったんだよ? ドンパチ所かまわずケンカしたり騒いだりするから、今より滅茶苦茶で。こっちの方が迷惑だったくらい」

「10代ってそんなものさ。今じゃ僕等、仲良しだよね」

「……他の奴のことは知らん」

「でも、なんか昔の蓮示くんってトーカさんみたいだった気がする」

「あ、そーそーそれそれ! 一人で暴走しちゃうところとか、基本無愛想なところとか。接客できるだけトーカちゃんの方がまだマシだけど!」

「……そのくらいにしろ馬鹿二人」

 

 ちょっと怖い雰囲気を漂わせた四方さんに、怒った怒ったと二人は顔を見合わせた。

 

「コイツに会いたい理由があったんじゃないのか、イトリ」

「んー、そうそうそう。カネキくん、これ呑んでー」

 

 そう言って僕に向けられたそれは、赤いワインのようで、しかし赤黒く、独特な臭いを漂わせていた。

 

「……血、ですか? これ」

「私等は『血酒』って呼んでる。まあ喰種用のお酒だねっと。蓮示が呑むと面白いんだけど、まあそれはそれとして、ほれほれ」

「むぐッ」

 

 そしてワイングラスで、無理やり呑ませるイトリさん。思わず吹き出しそうになったのを堪えて、しかし咽てげほげほ下を向いた。

 

「イッキは訴訟ものだよ」

「いいじゃんウータウータ。それより、やっぱりかー隻眼!」

 

 どうやら今僕の目は赫眼が出ているらしい。左側を隠す僕に「お客入って来ないから大丈夫だってー」とイトリさんは笑った。

 そして、彼女はふっと少しだけ含みを滲ませて言葉を続ける。

 

「カネくんさぁ? ――人間と喰種が交わったら、どうなると思う?」

「へ?」

 

 質問の意図を計りかねて、一瞬言葉につまる。イトリさんは軽い調子で「当っても間違っても大したことないからー」と笑った。

 

「ま例えば私とカネくんとが? ぱぱっと脱いでぎぎんと盛ってぎゅぎゅっとヤってばばっと出したりした場合とかのことね」

「わわわわッ!?」

「あひゃひゃ! やっぱ純だね、可愛いわー。

 あ、それとも私よりトーカちゃんの方がよかった? ねぇねぇ」

「止めておけ」

 

 救いの主、四方さんのお陰でシモネタ系の弄りは解消された。

 困惑していた僕に彼女は答える。

 

「――普通は死んじゃうのよ」

 

 びっくりした? という彼女に、僕は頷く。質問してくるくらいだから、てっきり普通に生まれるものだと思ったから。

 

「一応は『出来る』っちゃ出来るみたいなんだけど、なかなか難しいらしわよ?

 母体が人間だと、喰種としての栄養がとれないで流れる。逆に喰種だと、栄養と勘違いしてRC細胞が回って吸収しちゃうんだって」

「……」

「だ・け・どぉ。それでも極まれに、ハーフとして生まれてくる奴もいるらしいんだって。時にカネくん、雑種強勢って知ってるかね」

「近似種同士で子孫を残した場合、成功すれば双方の優れた形質を持つ次世代が生まれる、でしたっけ」

「おおー、さっすが大学生! まーそんな感じで、生まれたハーフも普通の喰種とは違ってるらしい。

 そして――」

 

――生まれてくる子供は、片方だけが赫眼になって生まれてくるんだって。

 

 片目を閉じて、もう片方を赫眼にして開きながら、イトリさんは笑う。

 

「ま、ちょっと眉唾なんだけどねー。ただ、カネくん以外にも居るって噂はあるのよ。おじちゃんだとか、若い女の子だとか」

「ぼくは小さい子供だって聞いたよ。チームの子が言ってた」

「でも、西尾先輩は知らなかったみたいですけど……」

「西尾って、西尾錦の方よね? そりゃ知らないでしょ、話題になったのだいぶ昔だし。私等ティーンだもん当時」

「そうですか」

 

 僕以外の、隻眼。

 その話題は、軽くしか触れはしなかったけどどうしてか記憶に残った。

 

「で、まあそういう眉唾な話だけじゃなくて、色々なものが集ってくるのよ、ここは。”あんていく”みたいな相互扶助じゃなくて、もっとシビアにハナシだけを扱ってる、情報屋みたいなもんかな?」

「情報屋ですか」

「そうそう。だから、君が興味を惹かれそうな話しとかもあるよん? 例えば仮面ライダーが実は一人じゃない、とか――」

 

 

――神代リゼは本当に事故死なのだろうか、とかね。

 

  

 彼女の言葉に、僕は目を見開いて、どういうことか尋ねた。

 

 

 

 

   ※

  

 

 

 

 僕がリゼさんに襲われたあの日。店長が僕を助けてくれただろうあの日。

 最後の最後でリゼさんが僕に接近するのを店長が許してしまい、あわやというところで僕は死ぬところだった。

 

 工事現場の鉄骨が落ちてこなければ。

 

 だが、もしその鉄骨が誰かによって意図的に落とされたものだとしたら、どうだろうか。

 僕自身、記憶は曖昧で思い出せないけど、でもあの時上を見て、リゼさんが「誰か」に対して困惑した表情を浮かべていたような、そんな記憶はあった。

 

 四方さんによれば、そのことは店長が、僕を混乱させないために言ったらしい。

 

 そうすると、少し謎が出てくる。果たして僕がリゼさんから狙われたのが、彼女自身の意図した通りなのだろうか、とか。ひょっとしたら僕が、リゼさんをおびき寄せるためのエサだったのでは、とか。

 

『復讐するって訳でもないだろうけど、そりゃ知りたいわよねぇ自分のことだもの。

 でも、だったら交換条件。ウチの情報料は高いから、カネくんが別な情報を集めてきんしゃい』

『きんしゃ……?』

 

 困惑する僕に、彼女は耳打ちした。

 

――美食家、月山習が通う喰種レストランについて、情報を探ってきて。

 

 曰く、会員制であるため中で何が行われてるか部外者は立ち入りしずらいとか、そもそもガードが固いとか。

 

『最近付きまとわれてるみたいだし、タイミングは丁度じゃない?』

 

 かくして僕は、その情報に探りを入れる事になった。なったんだけど……。

 

「……ここどこだろう」

 

 色々考えこんで歩いていたら、現在位置が完全にわからなくなった。

 いや、そもそも十四区自体全然来ないし、これなら四方さんにガイド頼むんだったな。……まあ「今度来たら、また可愛がってあげるよー♪」と笑いながら手を振るイトリさんは、やっぱり得意になれそうになかった。

 

 そう思っていた矢先、路地裏でケンカしているような音が聞こえた。

 

「……? あれは」

 

 やりすぎというレベルで複数人に殴られているのは、見覚えのある顔。そしてこんな場所で倒れてるイメージのない顔。

 

 西尾錦。

 僕とヒデとを襲ったあの人だった。

 

 どういう状況なのだろうか。でも僕は、深く考えることもせず一歩足を踏み出した。

 

「あの、すみません。少しやりすぎじゃないですかね?」

「ぁ? テメェ、糞ニシキの仲間か、あ?」

 

 見ず知らずではあるけど、トーカちゃん以外にもそんな呼ばれ方をされてる西尾先輩に、ちょっとだけ合掌。

 

「つかテメェ、どこの喰種だよ。何区だ、あ?」

「いや、あはは……。ちょっと道に迷いまして。一応、二十区です」

 

 僕の言葉を聞いた瞬間、彼等は顔を見合わせて笑った。

 

「そーかそーか、じゃあ坊ちゃんに良いこと教えてやるよ。

 今、俺等の間での流行りもの(トレンド)――」

 

 笑いながら、西尾先輩を嬲っていた彼が近づいてきて、腕を振るった。

 

「――同種喰らいだッ!」

 

 後ろのシャッターがべきべきと折れる音が聞こえる。

 

「今夜は誰で遊ぼうか相談してたら、フラフラにニシキくん見つけてねー。なんか弱ってるみたいだし、いつも一匹狼気取ってるのがアレだったし、征服感っつーの? 味は悪いんだけど。

 おー、意外と動けるか?」

 

 赫眼をむき出しにしながら、彼は僕を遊ぶように攻撃する。

 ただ生憎、速度で言えばトーカちゃん程じゃない(四方さん曰くの、弱ってるトーカちゃん程じゃない)ので、僕には当らない。

 

「ちょこまかウザ。避けてばっかじゃね」「早くやっちまえよ、ヒヒッ」

 

 ただ、どうしてか少し彼等の態度にむかっ腹が立った。

 

「どうしてそう、喰種は血の気が多いのか……」

 

 西尾先輩が嫌われるのは自業自得もあるかもしれないけど、やりすぎだろ。

 出来れば赫子を出さないで目の前の相手を無力化したいと思いながら、チャンスをうかがう。と、そんな時丁度トーカちゃんの半眼が浮かんできて、方法を思い付いた。

 

 暴走した僕に、トーカちゃんがやったようなことだ。

 

 クインケドライバーを取り出し、僕は相手が大きく振りかぶった瞬間、腹部に装着。

 レバーを落す。

 

「――は、はあああああああああ!?」

 

 きっと彼の体内では、得体の知れない痛みが這い回っていることだろう。バックルの両サイドに赫子がくっつき、ベルトのようになっている状態。そこから痛みが走り、身体がわずかに痙攣しているところに、僕は拳を顔面に叩きこんだ。

 

 効いた。

 仰向けにドサリと倒れる彼に近づき、ドライバーを解除して外す。今の一撃で、どうやら伸びてしまったらしい。

 

 顔を上げると、彼の仲間たちは不思議と青い顔をしていた。……あれ? 

 

「お、おい、あっ……」「そういや、20区の眼帯って本部の捜査官殺した野郎じゃなかったか?」「んなの聞いてねぇぞ!? おい、面かるぞ!」「あいつは――」「おいとけ!」

 

「……喰種関係なしに、単にチンピラだったってだけか」

 

 いや、今時チンピラとか死語だろうか。

 そんなことを考えながら、僕は西尾先輩の肩を担いだ。

 

「……ァ………ネキ?」

「カネキですよ、西尾先輩」

「……ッ、殺す、ぜってーてめぇ……」

 

 息も絶え絶えなのに、西尾先輩は西尾先輩のままだった。

 一瞬投げ出してしまえと僕の心が囁くが、でもこの状態の彼を見捨てる事は、どうにも僕には出来ないらしい。

 

「善人ぶってんじゃ、ねぇぞ……、クソが、何で俺が……」

「はいはい。でもその体じゃ無理でしょ、馬糞先輩」

「あァ!?」

「だって、前、馬糞みたいな味するって言ったじゃないですか」

「言葉の綾だ、真に受けてるんじゃねぇ……ッ」

 

 よっぽど腹に据えかねたのか、僕の軽い言葉に結構本気で否定してかかっていた。別にこれはからかう為に言ったわけじゃなく、ちょっとした確認だ。

 つまり、どれくらい体力があるのかという。

 

 先輩の鍵を使って中に入り、彼を横にする。僕と戦った後からそのままなのか、散らかった珈琲の缶の中には包帯やテープが落ちていた。

 

「何にしてもその体じゃ無理でしょ。芳村店長頼ればいいのに。断りはしないだろうし」

「だれがあんなタヌキジジィ……」

「警戒心が高いのか、プライドが高いのか……。どちらにしろ寝覚めは悪いんで、これだけ舐めてください」

 

 ポケットから取り出した角砂糖を、無理やり彼の口に入れる。

 ちょっと不服そうだったけど、西尾先輩は文句を言わずに角砂糖のようなそれを転がした。

 

「……何でテメェが助けてんだ」

「……まあ、性分ですかね。そう決めてるんで」

 

 お母さんの顔がフラッシュバックしかかって、僕はそれを誤魔化すように笑って、家を出ようと扉を開けた。

 

 途端、叫び声と共に、放電音がばちばちと僕の鼻先をかすめた。

 

「え、ええええええ!?」

「――あ、あなた、ナルシー男じゃ、ない……?」

 

 ぎりぎりでかわして腰を抜かす僕に、彼女は驚いた表情で指を指した。

 見覚えのある顔だ。この人は、どこかで――。

 

「貴未……、やめろ、ソイツじゃねぇ」

「ニシキ君!? 大丈夫、ボロボロじゃんどこ行ってたの怪我してるのに……。

 またお腹の傷、開くよ……」

 

 倒れていた西尾先輩の下に、彼女は駆け出した。と同時に思い出す。彼女は、西尾先輩の彼女さんだ。

 お腹の傷、ということは僕がやったアレか。でも、未だに再生していないとはどういうことなのだろうか。

 

「腹へって、おかしく、なりそう、ぁんだよ……。メシ探しにいかなきゃなんねーだろ」

「それでも、少し安定するまでここにいよ? なんだか怖いよ……」

 

 そして一つの事実として、僕は驚いていた。この人は、西尾先輩の彼女のこの人は。西尾先輩が喰種であることも知っていて、全てを受け入れているのだ。

 

「昨日一昨日、大学であの、ナルシーって呼んでた人見かけたの。ニシキ君探してるんじゃないかって思って、だから――」

「アイツに目ぇ付けられたらシマイだぞ、今だと、俺も守ってやれねぇ……」

 

 リゼが死んでから、全部おかしくなってると、西尾先輩がうわ言のように言う。

 

 続く呟きも聞きながら、でも、僕はふとドライバーを握りながら、思考する。

 リゼさんの死と、彼女と知り合いだったらしい月山さん。そして喰種レストラン。

 

「……カネキ君、ちょっといい?」

「……? あ、はい」

 

 西尾先輩を布団に寝かせてから、貴未さんは僕を外に連れ出した。

 ぱしゃり、とどこかで音が聞こえた気がしたけど、ゴミが風に吹かれる音だ。

 

「あの、カネキ君。君、喰種だよね。ニシキ君から聞いてる」

「へ? あ、あの――」

「――お願い! 全部黙ってて! 私も君のことは言わないから」

 

 頭を下げて僕の手を握る彼女に、言葉が続かない。

 

「……今追ってが来ても、ニシキ君一人でも逃げられないと思う。それに――」

 

 貴未さんが言わんとしていることは、僕も知っている。ヒデから教わった。喰種を隠蔽した人間には、それなりに重い罰則が付くことも。

 

 言いませんよ、と僕は断りを入れてから、聞いてみた。

 

「……貴未さん、でしたっけ。あなたは人間、で、いいですよね」

「うん」

「怖く、ないんですか? 西尾先輩が、僕らが――”喰種”が」

 

 西尾先輩の傍にいるというだけで、この人に対しての信頼はそれなりにあっても良いかもしれないと思う。ただそうであっても、それだけで信じていいかということに、疑問を抱くくらいには僕は臆病だった。

 

 彼女は少し顔を下に向け、何かを考えてから言葉を紡いだ。

 

「……ニシキ君しか、もう、私にはないから」

「?」

「最初はびっくりしたけど、でも、一緒に居たいって思う。

 ……きっと私は、私と親しかった人が過去に殺されでもしていない限り、見て見ぬフリをし続けるんじゃないかと思う。ニシキ君には、食事が必要だし。

 もし本当にダメで何も手に入らないなら、私がニシキ君の――」

 

 自分の肩を押さえながら、貴未さんは続ける。

 

「……もし私が、貴方達の側だったら、きっと躊躇なくヒトを殺してるんじゃないかって思う」

 

――人間に生まれたから、人間の世界で私は綺麗に生きることが出来るってだけだから。

 

 彼女のその言葉に、僕は胸が打ち抜かれたような衝撃を受けた。

 西尾先輩の家を出てから、僕は考える。

 

 ちょっと盲目的にも思うけど、それでもある意味、共存の一つの形ではあるんだろう。僕だってあんていくと出会えなければ、飢え死にこそしなくても暴走して、近くの人間を食い荒らしていた可能性だってある。

 

 ああいう風に全部知った上で、それでも生きていていいって受け入れてくれる人がいれば。

 例え枷を嵌めて生きなきゃいけない喰種であったとしても、どれだけ救われるだろうか。

 

「……ちょっと、羨ましいかな」

 

 そう呟くと、なんとなく脳裏でトーカちゃんが、あっかんべーしてる映像が浮かんだ。

 

 

 

 

 




次回か次々回、カネキ君、初ライダーキック(ベルトギミックの必殺技)予定
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。