トーカちゃんの一撃に、月山さんは目を拭う。切り傷の入った顔面だったけど、そこは流石に喰種というべきか、かなりの高速で再生した。
効いてない、という事実に、僕は驚かされる。
「全く次から次へと邪魔が入るねぇ。霧嶋さん、君もカネキくんを食べに?」
「アンタと一緒にすんな変態グルメ」
トーカちゃん、結構最初の方から話を聞いていたのだろうか。
「ま、運動には丁度良いかな? 空腹は最高のスパイスッ!」
「あ? その舌が回らないようにバッキバキにしてやんよ。月山ァ」
「される覚えはないのだけどねぇ霧嶋さん」
準備運動のように腕を伸ばすトーカちゃんに、月山さんは珍しく微苦笑。
「クソニシキのことは知ったこっちゃないけど、スタッフ一人減ったら、仕事増えんのよ。面倒」
そう言いながら、トーカちゃんは睨む。
「変な写真が送りつけられてきたから、それを元に来たらこの様だし?
まぁともかく――アンタ、カネキの周りコソコソすんのウザいから、ぶっ飛ばす」
「ふぅん、君にしては随分優しいというか……。らしくないというか、ねぇ?」
研磨されて丸くなったかな? と言いつつ、彼は自分のジャケットに手をかける。
トーカちゃんはちらりとこちらを少しだけ振り向いて、顎をしゃくる。先輩の方角ということは、つまりそちらに行ってろってことだろう。
「以前の君は『二人そろって』鋭利なナイフのごとく、研ぎ澄まされていた。あの時の実力からすれば、さっきの攻撃さえ僕も癒えるのにもう数秒掛ったはずだよ」
「挨拶がわりよ」
「やれやれ。口は達者に育ったものだ。でも――」
そして脱ぎ捨てたジャケットを投げつけながら、カカと落し。避けるトーカちゃんと、彼女が足をかけていたため粉々にされた椅子。
「――そこがキュートなところでもある!
相変わらず反応良し!」
トーカちゃんは、月山さんの攻撃をかわしつつ、自分も一撃。
赫子を出してないのは、相手が出してないからか、それとも――。
ともかく、僕は這うように西尾先輩の方へ。砕かれた椅子の破片から引っ張り、壁に背を預けさせる。
「西尾さん」
「……ぃ、み……」
意識が朦朧としているのか。でも、言葉は間違いなく彼女を呼んでいる。
仮に先輩が万全であったなら、貴未さんを担いで逃げることも可能だったろう。でも二人もそろってるとなると、事はそう簡単じゃない。おまけに現状、月山さんからも逃げなければならないとなると――。
クインケドライバーを取り出し、僕は考える。変身はきっと無理だ。喰種だけが居る状況ならまだしも、貴未さん、人間が居る場所で迂闊に変身なんて出来ない。赫子でさえ制御が困難なのだ、そう簡単な話じゃない。
ならばどうするか――。
トーカちゃんを見て、僕は加勢に走った。
「nm……、あの時、君は
「気持ち悪ィんだよ、キザクソ」
軽く言いながらトーカちゃんは月山さんの顎を蹴り上げ、吹っ飛ばした。今度は彼が椅子にぶつけられる番だ。
「気を悪くしないでくれ。あの時は、それだけ君達に夢中だったというだけさ」
「アヤトまでそんな目で見てたのかテメェ」
「Non,あくまで純粋な思索ゆえに――ッ!」
僕はそこで、空中回し蹴りを決める。流石にこれは予想してなかったのか、更に叩き付けられて少しうめき声を上げた。
「はは、今のは悪くない蹴りだった……。あの時の蹴りのベースだね、これは――」
僕は腕を振り被り、トーカちゃんは飛び跳ねる。
そのまま上体をよじり、足で一撃入れようとする。
「――が、まだまだ
が、月山習はまるでビデオでも逆再生するかのよう立ち上がり、僕らの攻撃をとらえた。トーカちゃんのそれは腕を盾に、僕の拳は無理やり指に絡めてとり。
「仲良いね、君達。息ぴったり、だッ!!」
「――ッ」
トーカちゃんの腹部に一撃入れると同時に、彼は僕の腕を捻り。
「確か、こうだったかい?」
そのまま、僕がスクラッパーに対してやったように、軽々と腕の関節をへし折った。
「カ……、カネキ!」
「!――あぁぁあぁぐ」
トーカちゃんの叫びを聞き、遅れて、痛みがやってくる。
腕を押さえて転がる僕に、月山さんは手のひら、指をくねくねさせてそろえて。
「いざゆかん、至高への試食!」
――僕の腹を、えぐるように一撃。
うめき、血を吐いて、意識が薄れる。緊急時だというのに赫子はまるで出る気配がない。
「トレ!!!」
ただ、それでも――。
「――ビアアァァアアンッ!!?
何だこの味わい……、体験した事のない味わいは! 喰種の肉の不味さが、逆に肉の
しかしそれでいて、肉そのものは飽きがこないッ! 程よく引き締まった繊維質に、血と汗のエッセンシャル……! 舌の上で深く絡み『会う』、まさにハァアアモニィッ!」
これぞまさに新たなる「星」の発見に等しい! いやそれ以上だ!
僕の肉を喰らいながら、彼は酷く喜ばしいと言わんばかりに叫ぶ。
「が、しかぁし! だからこそ更なる高みがあることを、僕は知っていルッ!
この至高を、カネキケンをこのまま終わらせるなど、あまりに美食への冒涜ッ!
さあ今こそ、君に振舞おうじゃないか――ん?」
僕の投げたクインケドライバー。腰に付いた瞬間、やはり赫子が這い出てベルトのような構成に。
しかしそれを受けても、月山は不思議そうな表情を浮かべるばかり。
後ろを振り向いて、彼は貴未さんへと一歩、また一歩と足を進める。
「月や――!!」
「ん~、霧嶋さん。甘い。甘いというより、熱がありすぎるよ」
月山は、背後からのトーカちゃんの奇襲さえ軽く受け止める。
「あの時の君の冷たさは素晴らしかった。……何者をおいても、誰も信じられず、自分たちだけで寄りそうそれは、狼のごとき気高さだった。
だが今はダメだ。
何が、君の瞳に熱を灯してしまったのか――残念だ」
振り向き様に腹部を蹴り、ドライバーのレバーを落すトーカちゃん。
でもそれより素早く、月山習は自分の背中から、赫子を出現させて、トーカちゃんに突き刺した。
「なんで、ドライバーは働いてるのに――ッ」
「何にせよ、今はディナーの邪魔だ」
腕を振り払って、月山さんは、ドリル状に絡み付いた、槍のような赫子をトーカちゃんから引き抜く。膝から崩れ落ちる彼女に背を向け、もう興味はないとばかり。
僕もトーカちゃんも、目の前の相手の挙動が信じられなかった。
大抵の喰種なら押さえ込めるはずのドライバーが、まるで役に立ってない。
それどころか――彼の全身から、紫色の光のようなものがちらちらと。
『――
「んん、無粋だねぇ。僕の赫子は僕だけのものだ。断じてこんな、ちょこざいな機械の所有物ではない」
でも彼は面白くなさそうに、自らの身体が変身するより先にベルトのレバーを上げ、解除し軽く投げた。椅子の向こうに転がったそれは、僕等の距離からはそう簡単に手にとれない。
「いよいよ
「トォ……、カ、ちゃん」
「無茶してんじゃ、ねぇ、カネキも」
倒れかけるのを胴体で無理やり抱き止めると、舌打ちしそうな表情で見上げてくる。でもやはり力はなく、消耗していることが伺えた。
思わず、僕は叫ぶ。
「僕を食うつもりなら、なんで他の相手を巻きこむんだ! どうしてそんな簡単に、人の命を奪えるんだ……、人間の友達だって、いるんだろ!」
「んん、それは大きくはないが、小さくもない誤謬だねカネキくん」
月山さんは、笑いながら、赫眼のまま僕らを見下ろす。
「命に貴賎はないのさ。例え僕は、僕の友人であっても必要があれば『喰う』さ。もっとも食指が欠片も湧かない珍しい相手ではあるがね。だがそれを奪うことそのものに、値段を付けるのは傲慢だとは思わないかい?
誰しもが、平らに生きる糞袋。弱きは負われ強きは喰らう」
『――頼ればいいじゃない。ねえカネキくん』
ドライバーは向こう。今の状態で僕が戦えるとしたら、間違いなく赫子を使わなければならない。
『楽よ、そうすればきっと、しがらみとかが何もかも、綺麗さっぱり消えうせるわ』
頭に響くリゼさんの声は、幻聴なのか何なのか。
ただそれでも、これは警鐘だ。間違いなくこの直線距離。月山に一撃を与えられても、そのまま僕は彼女を食べてしまうにちがいない。今回は止められる相手はいない。
だったらどうするべきなのか――。
「生物全体で見れば、むしろ人間の方が歪なほどに多くの命を摘み取っている。彼等と違い、普通に生きる程度なら一度の食で事足りる僕等のほうが、いくらかエコだと思うよ。
……ん、何だこの傷痕」
月山が貴未さんを仰向けにしようとした時、彼女の左肩がずれて――よく押さえていた左肩の部分の服がずれて、下が露出した。
そこには、傷があった。
まるで歯を立てられたかのような。表面の肉をわずかに抉られたかのような。
「!!――ッアア、っがァァ」
そして西尾先輩が、月山へと飛びかかる。
若干鬱陶しそうな表情になりながら、彼はその襲撃を往なし、地面に倒れさせる。
「何なんだい全く……。
僕もね、カネキくん「で」存分に味わうため断食してきてたんだッ! いい加減に空腹なのさ」
見た目通りドリルのように赫子を回転させながら、西尾先輩の腹に風穴を開ける。
高笑いを続けて、月山は言う。
「フッ……、赫子も出さずに勝てるわけないだろう?
僕等の強さは赫子の強さッ!
Rc細胞は捕喰細胞! 生存にかける本能に刻まれたその一念が! 筋力! 回復力! 機動力! 何もかもに影響を与えるゥ!
そして何よりこのエンジンを動かすには、
僕のように良質な食事と手入れを欠かさないと、あっという間に錆付く芸術品さ」
僕等三人に向けて、彼は説く。食事が相応なら力も相応が限界だと。
トーカちゃんは、悔しそうに引きつった笑いを浮かべる。
「……依子の料理が、こんなところで効いてくるとはね。
元々鈍ってんのに加えて、世話ないわ」
「トーカちゃん……」
「せめて……、あの女でも、喰えれば」
「だ、駄目だよ、だって……」
僕の否定の言葉に、トーカちゃんは身を起こしながら半眼で言う。
「じゃあ、アンタ大人しく月山に喰われんの?」
「それは……」
「せっかく、助け……、に、来たのに」
腹を押さえながら、トーカちゃんは僕に背を向ける。
「面倒だって言ったでしょ、死なれると。
ヒナミだって泣くし、それに私だって――少しは、寂しいのよ。馬鹿」
「……」
「さて、と。講義はこれくらいで良いだろう。ふむ、
歩きだした月山に、西尾さんが飛びかかる。ボロボロになって、内出血だらけになっても、それでも食いつくのは、果たしてどうしてか。
「ええい、全くしつこいね鬱陶しい!」
にやりと笑いながら、月山さんは何度も何度も、西尾先輩を刺す。動かなくなったのを見計らって足を踏み出すも、それさえ、ズタボロの先輩は足を捕まえて。
「……俺だって、もう、何も――」
奇しくも彼の言った言葉は、彼女の言葉に応じたものだった。
「――残ってね、ぇ。
貴未以外、もう……」
手を出したら死んでも殺すと言いながら、這いながら、西尾さんは月山を喰らい付くように睨む。
「……愚直なまでの執着、哀れには思うまい。僕とて譲れぬもののためには、己として全力を出して臨む。
だが、今の君の様子でそれが、出来るというのかィッ!?」
再び西尾さんを甚振りはじめる。それでも彼の意志は、きっと折れてない。
「らしくねぇ」
トーカちゃんの言葉そのままに、僕の感想でもある。
知りたい。何が、あの時のあの先輩にここまでさせるのか。
ドライバーが手元にない以上、僕は赫子を出せない。でも赫子なしに立ち合えるほど、月山は弱いわけじゃない。
とすれば――。
ここで、月山習の言葉を思い返して、僕はトーカちゃんに聞いた。
「トーカちゃん。全力の君と月山、どっちが強い?」
「は? ……わかんない。アヤト、弟込みでは勝ててたから単体だと互角ぐらいだったと思う」
僕は、そっと彼女に耳打ち。思い付いた策は簡単なものだけど、でも、同時に相手に聞かれるのはまずい。
トーカちゃんはひん剥いて、僕をじっと見た。
「……と、トーカちゃん?」
「……くちび……、肩――いや、今更だけど、でも、」
あ、あれ?
どうしたことだろう、トーカちゃんが何を言ってるか全然わかんない。
しばらく何やら自問自答した後で、トーカちゃんは僕の背後に回った。どうやら作戦を受け入れてくれたらしい。
「――月山!」
「ん?」
西尾さんから赫子を引き抜いて、彼は訝しげにこちらを見た。
「見たら殺すからな」
「……う、うん」
そう言いながら、トーカちゃんは僕の右肩の服をずらして、肌を露出させ――。
「ッ……く」
ゆっくりとしているためか、歯が肌を貫通する感覚や、肉を噛み千切る感触がより生々しく伝わり、僕は顔を顰める。痛みと共に血が流れ、僕の肩から肉を引きちぎった。
「……」
「ぼ……」
もちゃもちゃと小さく音を立てながら、口の中で咀嚼するトーカちゃん。
「……確かに、ちょっとうまっ」
「僕のだぞッッ ッ!」
なんかボソっと、聞き捨てならない台詞がトーカちゃんから聞こえた気がしたけど、それをかき消す勢いで月山は叫んだ。
叫びながら、赫子を練り一撃。
でも、それに対してトーカちゃんは一歩も動くことはなかった。
「……阿呆が」
腕を覆うように絡まった、赤黒いそれは液体のような、生き物のような。
鈍く赤く光るそれは、いつか見たトーカちゃんの背にあった、翼のようなものだ。
左目の周りには、隈取のように三方向に伸びた痣。
「テメェのもんなんか、ここには一つもねぇんだよ」
腕を振り下ろすと同時に、トーカちゃんの赫子は展開し、完全に片翼のようになった。
※
距離をとる月山と睨むトーカちゃん。
一秒もかからず、僕は彼女の姿を視界から見失う。
ただ、ガンガンと椅子が砕け、破片や爆発音と共に彼女の動きがわかるくらいか。
やがて降下して来た彼女の足を、月山が赫子で受け止める
「カルマート……」
そして同時に、背後で翼がバキバキと無数の鱗で覆われたように姿を変え。
「カル……、何? わかるようしゃべれ」
斜め上に伸ばしていた左手を相手に向けると、まるで弾丸か何かのように背中のそれが射出される。
流石にこれには一溜りもないのか、彼は自分の全身を赫子で被った。
それでもなお押し勝つのだから、トーカちゃんの出力のすごさが窺い知れる。
「クククク……ファハハハハハハハ――ッ!
嬉しいよ霧嶋さァん!! 相性の良い羽赫相手にここまでダメージを負わせられるのは、やはり君達くらいだ」
「あっそ」
「カネキくんを横取りしようとしたのは許せないが、大目に見てあげよう。ふふふ――」
ドリル状だった赫子が、変形し、まるで何かを吐き出すようなうごめき方をして、先端が剣のように変形した。
「――まるであの時の
体勢を変える月山に、トーカちゃんはちらりと、クインケドライバーの方向を確認。位置としては、月山の背後の方。
「思わぬオードブルに、感謝……。サイコロカットした後、仲良く盛りつけてあ――」
「遅い」
トーカちゃんが月山の話しているのを無視して特攻。ひらりと交わして逆にトーカちゃんを切ろうと動くけど、それさえ上空に回って避ける。
この場、障害物があるのが不利と思ったのか、月山は上の足場にジャンプ。
それをちらりと視界に入れながら、トーカちゃんはドライバーを拾い、自分の腰に当てた。
「……変身」
『――
初めて見るトーカちゃんの、ドライバーを使った姿。
僕の場合が、赫子と混じって服装が変質するとすれば、彼女の場合は衣服が溶けるようなイメージだ。
変化したそれは、かつて彼女が言っていた通りに黒いドレス。ワンピースのようなそれに、少し高めのヒールのような、そんな格好だ。左手だけの黒い長手袋がアシンメトリーで、彼女の背中のそれに対応している。
靴の足先は、赫子らしく赤い。
羽根は先ほどよりいくらか小さくなり、月山はそんな彼女に不審げな表情を浮かべた。
「やられた分は、穴だらけにしてやるから」
言いながら、トーカちゃんはまた左手を上に掲げる。と今度は、トーカちゃんの背中の羽根がより大きく、まるで孔雀か何かのように扇形に展開し――。
「これは流石に遊んでられない、かな――ッ!」
彼女の左手の動きに合わせて、一斉に正射!
元々土石流のようでもあったそれが、雨あられのごとく、同時に散弾銃のような正確さを伴って打ち出される。これが何を意味するかと言えば、月山が移動する先がことごとく粉々にされていくということで。
そしてその中に、トーカちゃん本人も紛れ込んで飛び蹴りを入れた。
打ち出された赫子の刺さった箇所を中心に蹴りを入れ、更に背中の攻撃に使ってた分を今度は推進力に変えて――。
蹴り上げるようにトーカちゃんは、月山を砕けかけた椅子の山に蹴り飛ばした。
煙が上がるのを見つつ、肩で息をするトーカちゃん。見れば赫子の大きさが、さっきより小さくなっている。
「消耗が激しいのか?」
そうだとすれば、あの威力でも変身したりしない理由がわかる。僕の場合は身体能力強化が中心のようで、それゆえに赫子の総量は変わらないということか。
「やるねぇ。
んー、流石に僕も分が悪いか。全く持って僕の主義に反するが……、背に腹はかえられないッ!」
「は? へ、いや――」
突如立ち上がった月山習は、ハンカチを取り出して手を拭きつつ。
レッドカーペットの上に立ち、疾走。
「いざ行かん、戦略的に、そう咀嚼――ッ!」
言いながら走っていた月山は、しかしその足元から伸びた手にネクタイを掴まれた。
「ニ、シキくん……、君はブードゥーに伝わるという”
この、放したま――」
トーカちゃんの抉るような一撃で、文字通り月山の、右半身が抉れた。落下に合わせて赫子で切り刻むようなそれにより、月山は流石に今度こそ重症を負って倒れる。
「ハハ……、いけない、これは、時間が、足り、な……」
ゆらりと揺れながら立ち上がり、彼は、僕に迫る。ズタズタになった右の顔を押さえることもせず、気の合う友人に頼むように言った。
「後生だカネキくん。せめて、せめてあと一口だけでも――」
「やるかテメぇなんかに」
そして背後から、トーカちゃんの一撃。
今度こそ半身を庇いながら、彼は地面に転がった。
「――テメェの肉でも食ってろ、
「……」
ようやく、終わったのか?
半分微笑んだまま動かなくなった月山習。
西尾先輩は、這いながら台の上の貴未さんの方へ。
「待ってろ、今、外してやるから――ッ」
「ん、んん――ぷはっ。ニシキくん? 大丈夫なの?」
「お前、自分の方心配しろって――」
そして、僕と西尾先輩は、凍りついた。
未だ変身したままのトーカちゃんが、西尾先輩の背後に立ったからだ。
「トーカ、ちゃん?」
「どきなニシキ。その様子じゃ、どの道正体バレてんでしょ」
「……」
「危険は排除しなきゃならない。生きていくためには。
アンタだって、そうでしょ」
トーカちゃんの問いかけに、西尾先輩は言葉を放たない。
その代わり、じっと、トーカちゃんの目を見据える。
メガネの外れたその表情は、前にヒデや僕を襲った時のものとは違う。そんな気が、僕はした。
「ニシキくん、私――」
「……」
僕は腕を引きずりながら、トーカちゃんの後ろに、立つ。
「……何だよ」
「……そのヒトはきっと、依子ちゃんだ。君にとっての依子ちゃんで、僕にとってのヒデなんだと思う」
「……」
震える肩は、僕の言葉を聞いているからか。それでも彼女は動かない。
僕は、言葉を重ねた。
「トーカちゃんの昔のことは、少ししか聞いてないけど。でも、リスクを減らしたいからって言っても――依子ちゃんに知られたら、トーカちゃんは、殺せるの?」
「――なんで、わかんねぇんだよ、どいつもこいつも!」
叫びながら、トーカちゃんは赫子を乱す。もう量が足りないのか、さっきみたいに扇状に展開することもない。
「そうなんないために、消さなきゃなんねぇんだろーがッ!
簡単に出来たら、苦労なんてしてねーんだよッ!」
「ッ、トーカちゃんッ」
放射する赫子から、貴未さんを庇う西尾先輩。
僕は僕で、トーカちゃんを背後から捕まえて押さえ込もうとする。その際、頬や肩を赫子が必要以上に掠り、痛みが走り続ける。お陰で強くは拘束できなかった。
でも、貴未さんの目隠しが外れて、トーカちゃんを見た彼女の言葉が、状況を変えた。
「綺麗……」
「―― …………」
倒れ込む西尾先輩。そのせいで、彼女は真正面からトーカちゃんを見る事になって。
後ろにいるから僕は、今どんな表情を彼女がしてるのかわからない。でも、トーカちゃんは固まって、攻撃を止めた。
「……なん、だよ、そりゃ……」
震えながら、トーカちゃんはそのまま飛ぶ。
後ろから押さえつけていたせいで、僕も巻き困れる形で彼女に引っ張られ。
数秒と立たず、僕等は屋根の上に来ていた。
「ズルいんだよ、どいつも、こいつも……」
言いながら、トーカちゃんはぺたんと座る。
そしてちらりとこちらを見て、いつもの様に見んじゃねぇ、と言った。
「トーカちゃん」
「……なもんか」
気のせいでなければ、彼女の目の光は揺れていて。
まるで涙を溜めてるような、うるんだ瞳で。
「殺さなきゃ、いけないのに。みんな危ないのに」
「……」
膝を抱えて、トーカちゃんは肩を震わす。
「……綺麗な、もんか……」
僕は言葉が見つからず、ただただ、その場でトーカちゃんが落ち着くまで、何もできなかった。
トーカちゃんの変身姿→コミックス5巻のアレ。
技はタジャドルリスペクトと言ってお分かり頂けると説明が楽ですw
――――――――――――――――
【美食家と写真家】しゅっちょうばん
「死ねない……、まだ死ねない! カネキくんを頂くまで、美食の深淵を超えるまで、僕はッ!」
朝日がさし始めた教会。ボロボロの内装。レッドカーペットも例外ではないが、その上で転がる半死半生の青年が一人。美食家喰種、月山習である。
人影の消えたその場で転がりながら、彼は自分の右腕を見て、何かをひらめいたように「Ah!」と声を上げた。
「自分を食べろ、イートユアセルフ……。面白い意見だ。この場合背に腹は変えられない。試してみようッ」
繋がっている左腕で右腕を肩に持っていき、少しくっ付ける。じわじわと分裂していた身体が、Rc細胞の働きで接続されるところが、未だに接着されない。
止むを得ずと言いながら、彼は腕の、上腕二等筋をがぶりと一口。
もしゃもしゃ咀嚼。
「ん? ……喰種にしては臭みや苦味がないな。カネキくんのような美食ではないが、非常食としてこれはこれでアりか」
どうやら意外と美味しかったらしい。
と、そんな彼がどこからかフラッシュを浴びる。
ぱしゃり、という音は聞き覚えがあるもので、月山はその音の方角を、入り口を見た。
「おお、なにこの珍景」
「掘! よりによって何でこんな写真をッ!?」
ちんまい、と表現できる体躯。小学生と言って通るような背丈に切りそろえられた髪、幼い顔。黒いコートに赤いハイネック。季節感を圧倒的に無視した上半身に対して下はホットパンツにしましまのニーソックスと、色々と我が道を行く格好である。
腰に巻いているポーチのお陰で、くびれがわかりようやく成人だというのに説得力が出るくらいだ。
そんな彼女は、掘ちえ。金木研に語ったところの、月山習の「人間の」友人だ。
「今回は何があって僕の邪魔をしたんだい? 掘」
「まあ、いつも通りかな? 被写体の子、月山君が連れ去っちゃったからね」
そう言いながら、写真を何枚か取り出すホリチエ。教会の名前が見える写真、カネキと貴未が話している写真、そしてボロボロの西尾錦とそれによりそう彼女の写真。
それは、あんていくの店内に放置されていた写真であり、トーカが確認したそれに他ならない。
「全く、君のお転婆具合には毎度驚かされるねぇ。で、撮れたのかい?」
「むしろこれからって感じかな? うん、でも良いの出来そうだよ月山君が邪魔しなければ」
「僕は僕の道を行っているだけなんだがね」
「私は私の撮りたいものを撮ってるだけなんだけどね」
両者の意見は平行線だが、敵対する感情は見えない。
むしろ「はい」と言いながら缶詰を取り出したホリチエが、ぱき、と開けて爪楊枝をさすくらいだ。
「……掘、これは我が家にある保存食用の肉ではないかい?」
「そだけど」
「これをどこで?」
「月山君のとこの持ってる家の一つで」
「少しは遠慮してくれても良いのだよリトルマウス」
「まぁ今日みたいなこともあるんだから、いいんじゃない? ほら、あーん」
苦笑いを浮かべる月山に、爪楊枝で刺した肉を向けるホリチエ。
罪滅ぼしのつもりか、という訳でもなく、これでイーブンということなのだろう。ホリチエがこの後復活し、激昂した月山に襲われる可能性もなくはないが、その場合はその場合で何かしらの対策も用意しているはずだ。
「では、ありがたく……」
「月山君、どさくさに紛れて指なめないで」
楊枝なのがいけないのだよ、と彼は彼女の言葉に少し抗議した。