『「ハコ有り」が大勢居るぞ!』
『一旦上で様子を伺うか……』『いや、もっと奥の方行くぞ、そこに予備の武器が――』
『スコープやられたのか、こりゃ!?』
『駄目だ、音が混じって聞こえねぇ――』
数人の喰種たち。アオギリの仮面を付けた全員が、足早に進む。
屋上に行く最中、右横のヤツが言った。
『ヤモリのヤツ、こんな時に見えないって?』
『きっと『お楽しみ中』だろ? 趣味を』
『趣味?』
『第五棟の裏にあるホール。「ミソギの教会」なんて呼んでんな。最近あの『隻眼』を連れて行って、入り浸りだって聞くぜ?
ここまで長いのは久々だし、きっとアイツは、珍しく成功するかもしれねぇ。即戦力だろ』
『……「隻眼」。
なるほど、確かにそっちは行ってなかったわね』
『……だな』
こんな状況――銃撃音と爆発音みたいなのが連続で建物の中に響き渡る現状においてだ。
『……お前等、そういえばどこの班――!?』
私は赫子を展開してそいつの足を切る。切断まではいかなくても、しばらく再生はできないくらいに。
「決まってるじゃない――」
「”あんていく”、よ」
私の言葉に、周辺の喰種たちが襲いかかる。少なくとも「アオギリ」でないと判断した上でなんだろう。
それに対して、私達も多くが自分の仮面を取り出して装着。
私は……、色々あってこのままだけど。
「粗食! 粗食! 粗食! 粗食! 粗食! 粗食! 粗食!
――粗食ゥ! いくら咀嚼しても粗食は粗食なのさ、はぁッ!」
「クソ山うるさい」
「黙ってやれよテメェは」
私とニシキの言葉に「ダルセーニョ!」とか叫んだ。訳わかんない。
敵も流石にこの目立ち方から「美食家!?」と声を荒げていた。
『……みんなマスクとっちゃった。せっかく作ったのに』
『俺のマスクもお前が作ったのだろ』
『そうだけどさ』
前方でワタリガラスな四方さんと、アオギリマスクなウタさんがそんな会話を交わしている。
店長が依頼して、あらかじめ作っておいた「アオギリの樹」用のマスクらしい。元々、デザインはウタさんが作ったものだったらしく、再現は容易だった。
そして、敵も調べている間に入り込んで来て……。
『あ、そうだニシキくん。これ』
『はい……?』
『カネキくんに会ったら渡しておいて。リニューアル版』
『あ、はい』
『……五棟の離れまで、外は目立つ。中をそのまま突っ切るぞ。
芳村さん達が言ってたのが正しければ、一、ニ棟は既に制圧されていて、五棟で現在戦闘中。どちらも敵だ、やりあう準備はしておけ』
四方さんの指示を聞きながら、私は拳を握る。
『……無事ですよね、カネキ』
『……』
みんな、私の言葉に反応を返さない。
それでも、私は足を止めない。ここに来る前に、決めたんだ。例えどうなっていたとしても、カネキを助けたいって。
だったら――鈍ってなんていられない。
『はあああああああああっ!』
赫子を開きながら、前方をスピードだけで蹂躙する。
このまま、一気に、一気に――。
※
「だから、あれは絶対お前の絵について文句言いたかったんだって」
「あんら、かっこいいじゃないタタラ」
「瓶も苦笑いしてたろ」
「その代わり、貴方の絵は乙女チックだったけど♡」
「カネキくん、どう思う?」
「ぶ――ッ!」
「ほら、こんな状態でも笑ってるんだから」
「この調子じゃエトちゃんにも笑われそうね……、なんか自信なくすわ」
唐突にヤモリが、あごの割れた人物と「たたらっち♡」と描かれた紙を見せてきて、状況が状況であるにも関わらず僕は噴出した。
ヤモリは「ニコの感性がズレてるんだよ」と言い、ニコは「そんなことないわん?」としなを作る。
そしてその足元に――母親と子供が居た。
その二人は、見覚えがあった。見覚えしかなかった。僕を見て怯える親子は――間違いなく
「なん、で――」
「君は結構強情みたいだからね。なかなか踏ん切りが付かないみたいだ。
だから、試金石として持ってきたんだ♪ どうだい、気に入って――」
「――なんで逃がしてないんだッッ!!!」
僕の絶叫に、ヤモリは首を左右に振って笑った。
「早とちりはいけないよ。つまらない嘘は付かないって言ったろ?
僕は『解放する』とは言ったが、すぐに解放とは言ってない」
「――」
「君の洗礼が終わった後、君の『部下』にしてあげようと思ってたんだ。だからストックしてあったわけだね。
そしたら煮るなり焼くなり解放するなる、好きにしてくれて構わない。
だから――」
選べ、と。
ヤモリは僕に囁く。
「生きられるのは、片方。
子か親か、選べ」
「……恋人同士を持ってこなかったのは、そういうことね」
「お前、そういうの五月蝿いからなぁ」
ニコという喰種に笑うヤモリは、別に獰猛な表情も、嘲笑も、何一つなく。
ただただ、善意で誰かに手を差し伸べるような、そんな表情をしていた。
「え……選べる訳ないじゃないか……」
僕は、震えながら口から言葉が零れた。
「でも、選ばなきゃ両方殺すよ? さ、どうする?
時間はたぁっぷりあるけど、言い方を変えよう」
――どっちを救いたい?
『ねぇ研くん? あっちの子、何か言ってるわよ?』
「……」
男の子、コウトくんと言ったか。彼の口が、音もなく動く。
ぼ、く、を、こ、ろ、し、て――。
こんなの、どうして僕に選ばせるんだよ。
無理だよ。何で、どうして。
誰か助けに来てくれよ、ねぇ――。
『だって選んだら――「貴方が」殺したようなものだもんねぇ。
で、どうするの――』
「……僕を」
ん? とヤモリが首を傾げる。
「僕を、殺してください」
「……」
ヤモリは無言で僕から離れて、言う。
「ルールは守らなきゃいけない。
破ったら、量刑は『ルールを作った』側が決める」
「へ……?」
「俺が決めるよ、カネキくん――」
そう言って、彼は母親の方に足を進めて行く。
ニコが、そんなヤモリの肩を叩いた。
「趣味悪すぎよ、貴方。何も子供の目の前で殺さなくたって良いじゃない」
「ん?」
「あんまりよ、それじゃ。貴方最低でクールだけど、たまーにクールでもなく最低な殺し方するじゃない。
そうするにしたってやり方が――」
「つまり、『綺麗に』死ねばいいんだな」
そう言うと、ヤモリは僕に注射を刺した上で、ドライバーを外した。
痛みで目を押さえられず、血と涙で歪む思考の中。
彼が何をしようとしているのかを、僕は薄々察した。
「こ、コウト――!」
「お母さん――!」
ヤモリは、母親の腰にドライバーを装着させ。
レバーを落して、赫子を体外に排出させた。
僕以上の絶叫が、ホールに響き渡る。
そして、倒れる彼女の背中から、まるで赫子が標本にでもされたみたいに、痙攣しながらも地面に伸びていた。
僕や店長や、トーカちゃんのように、身体に巻きつくことはなかった。
「じゃ、いただきます。貴女の命、無駄にはしません」
ヤモリは両手を合わせて、言う。
そして背中から自分の赫子を出し――枝か根のように伸びたそれに、刺した。
何を、してるんだ?
理解を拒む僕に、リゼさんが囁いた。
『――美味しくはないんだけど、あれは、共食いよ』
切り、千切り、口に持って行く。
その一瞬一瞬で、叫び声と、苦悶に目を見開く表情が、震える。
コウトくんはニコが後ろから抱きしめて、動けないように、あるいは庇うようにしていた。そして、彼は母親のそれが喰われて行く光景を、目の前で見ていた。
次第に白目を向いて、泡を吹いて、動けなくなって行く彼女を――。
「う、うああああああああああああああ――っ!」
「あ、ちょっと!」
そして走り出すコウトくん。首筋のあたりから赫子を放出し、今にもヤモリに飛びかからんとする。
――その腹が、一瞬のうちに貫かれた。
「……あ?」
ヤモリは、目を見開いて動かなくなったコウトくんを見て。
「――ああああああああああああああああああああ!
何で近寄るんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
そんな風に絶叫しながら、引き抜き、両手で持って震えた。
涙さえ流しながら、ヤモリは嘆く。近寄れば反射的に攻撃しちまう、なのにどうしてと。
「母親が死んだなら、お前は強く生きなきゃならないのにぃぃぃいいいいいいいいいいいいッ!」
言ってる事も、やってることも、滅茶苦茶だった。
時に理性的でさえあるように見えるそれは、完全に狂人のそれだった。
そして咽び泣きながらも、背後で母親の赫子を解体する作業は続けていて。
子供を下ろして、赫子を食べて。
顔が白くなり、背中から血を吹いた母親と、息子を並べて。
「……ニコ、綺麗にしておいてやれ」
「あら、どこ行くの?」
「墓、掘ってくる。
……せめて、一緒に居られるような」
ドライバーを僕に再度装着して、部屋を出て行く。
そして最後に、涙を流しながら笑って。
「――君のせいだからな、カネキくん」
そう言って、扉を閉めた。
「……せめて、綺麗に眠りなさい?
助けはしなかったけど、静かに眠って」
ニコがそう言いながら、口を拭ったり目を閉じたり。最低限の死化粧とばかりに整え、二人を抱き合わせて――。
「……僕の、せい、だ――」
『「偽善者」、「母親殺し」、どれが良い?』
リゼさんが、やはり楽しそうに笑いながら僕に言う。
『「女殺し」も良いかしら。
「何で僕ばっかり……」
イメージの僕は、蹲って動けない。
リゼさんは、そんな僕のとなりに座ってにっこりと。
「助けてよ、誰か、リゼさん――」
『今のままじゃ無理よ? 私も、研くんのイメージも、みんな自分で作ったものじゃない。「虚構」が助けてくれるのは心だけって、いっつもいっつも知ってるでしょ?
私だって、現実がそうだったから、本が好きだったし』
「僕は――」
『よ わ む し』
いっそ愛しげでさえあるように、リゼさんは僕の耳元で囁く。
『不運よねぇ。でも、その不運は本当に運なの?』
僕の頭を掴んで、両方の頬を両手で包んで、顔を持ち上げ。
『「運」なんて存在しないんじゃないかしら。単なる状況と、状況のめぐり合わせ。
その弱い方が傾くってだけ』
顔を近づけて、目を近づけて。
『――その弱い方は、誰かしら? ねぇ、ねぇ――ね?』
僕の思考は、不思議と、驚くほどクリアになっていく。
『「この世のすべての不利益は当人の能力不足」。悲しいけど、事実じゃなぁい?』
「……」
『そもそもの始まりも、研くんがもっと賢しかったら、別な未来もありえたかもしれないんじゃない?
僕の鼻先を舐めて、彼女は笑う。
『医者に身体を弄られたのも、
きっと自分のせいよ』
「……」
『「傷つけるより傷つけられる人間に」。嫌よね、それって単なるサンドバッグじゃない。研くんそんなのだから、みんな寄ってたかって傷つけるのよ。
傷つけても、文句を言わないから――』
少しだけ不満そうに、唇を尖らせる彼女。
『そうじゃなかったら、
それだけ言って、すぐにまた微笑む。
『あなたが「大守八雲」を、ヤモリを殺せていたら、あの親子だって死なないで済んだんじゃない?
霧嶋さんから手渡されたドライバーを、大事にしていたドライバーを、あんな事に使われなかったんじゃない?』
「――」
『お母さんだって、きっとそう。
迷惑な姉を無視して、貴方だけを大事にしてれば、過労で死ぬことも、
「――やめて」
『両方選んでるようで、両方とも零れ堕ちてるんじゃ――それは、両方見捨ててるのと一緒よ』
突きつける言葉さえも、僕は、もう、拒絶できない。
『お母さんが研くんを愛してるなら、馬鹿なお姉さんのことなんて見捨てれば良かった。
そうすれば、自分が傷つくこともなかったんじゃない――?』
「ぼく、は――」
『良いわよ? 言っても。沢山辛かったわねぇ。いっぱいいっぱい
私が、抱きしめてあげる』
言葉の通りに、リゼさんが僕を背後から抱きしめる。
「おかあさん――」
その抱擁に「母さん」のそれをダブらせて、僕は――あらん限り叫んだ。
「――なんで、僕を見てくれなかったんだ……!」
嗚呼、そうだ。
母さんが守ってたのは、僕じゃない。伯母さんでもない。
――お母さんの目には、最初から自分のことしかなかった。
僕の言葉に頷きながら、リゼさんが僕の頭を撫ぜる。
「僕が気付けるくらいなんだ。気付かされただけだけど、でも気づけたんだ。
どうしてそれがわからないんだよ――」
『うん、うん』
「一人は嫌なんだよ……。寂しいんだよ……。凍えても、震えても、泣いても、何しても、誰も、誰も、誰も見向いてくれない――」
『うん、うん』
「見てくれなくても、それでも、僕の方を少しだけ向いてくれるだけでも良かったんだよ。それくらい出来たじゃないか。なのに、なんで――なんで自分の『愛されたい』だけを優先したの? 良い子にするから、少しだけ僕を見てくれれば、そしたら、僕、
『うん、うん』
リゼさんの調子は、何一つ変わらない。
宥められているようでいて、それは実際、何一つ宥めることには繋がっていなかった。
「なんで――僕のために生きてくれなかったんだよ!」
『伯母さんのことを、見殺しにしても?』
「どうにかできたろ!」
『……嫌いじゃないわ?』
僕の抱擁を解いて、自分の方に身体ごと向かせ。
リゼさんは僕を見つめて、嗤った。
『
世の中には片方を捨ててでも、何かを守らなくちゃいけない時がある』
僕の涙を指先で拭うリゼさん。
『研くんのお母さんは、それが出来なかった……、するつもりもなかった。
だから自分の命を失った』
それは優しさじゃないわ。ただ弱いだけ。
弱くて、自分のことしか愛せなかったってだけ。
『自分の都合で、自分が守らなきゃいけないものまで振り回して。
もっと別な道を、決断する覚悟が足りなかった。人生なんて、そんな決断ばかりだって言うのに』
「ぼく、は、」
『研くんは、どうしたいの? あんなヤモリみたいなこと、許せるの?』
「――ゆるしたくない」
僕は思い出す。
口では綺麗なことを言っていたヤモリだが。時折、そして泣いている時。どうしようもないくらいに「愉しそう」な表情が浮かんでいた事を。
「あんなふうに、自分勝手にいのちを扱うヤモリも。そんなことをする、こんなところも――」
『このまま「アオギリ」が勢力を拡大すれば、いずれ20区にも被害が出るかもね。
あんていくの皆も、永近君も、霧嶋さんも、みんなみんな――』
「――させないよ、そんなこと」
気が付けば。
僕は立ち上がり、リゼさんを見下ろしていた。
リゼさんも立ち上がり、僕に笑いかける。
『じゃあ、どうするの?』
「……僕が、」
『
僕は、そのまま。
本能的なものなのか、彼女の肩をつかみ。
首筋を見て、そのまま――。
『――それで、ホントにいいの?』
丁度そんなタイミングで、僕の後ろから声が聞こえた。
※
僕の身体は、その声を聞いてはたと止まった。
聞き覚えのある声だった。ヒデじゃない。でも、最近よく耳にするような――でも、それにしては舌足らずな。
振り返ると、僕の足元に、女の子が居た。
大体額のあたりで髪のわかれた、うさぎの髪留めを両方の前髪にしてる。
『あら可愛い。誰かしら』
リゼさんの言葉なんて聞こえてないように、女の子は僕を見上げて。
何故だかとても、悲しそうな目をして。
『カネキは、それでいいの?』
「……? 君は――」
『――おーい
その男性の声が耳に入った瞬間、見える世界が一変した。
夜の公園。砂場で男の子が遊んでる。
女の子は「アヤト、おしろおしろ!」と言いながら、僕の腕を引きながら、そっちの方に連れて行く。
僕は――気が付けば、十歳くらいの体躯。
ワイシャツに黒い短パンに、ちょっと靴擦れして、擦り切れて、汚くなった革靴。
思い出すまでもない。ここは――葬式があった日の夜。
僕と、あの人――あの親子が出会った場所だ。
そうだ、確か女の子に連れられて、お父さんの居る公園に引っ張られて。
そして、ベンチでそのお父さんが。今、ぼくの目の前に居るこの人は、ちょっと困ったように笑いながら言ったんだ。
『僕は
僕の服装と、酷い状態と、この時間まで歩いているところとか、色々な面で何かを察したのかもしれない。子供たちを見ながら、そのお父さんは僕を自分の隣に座らせた。
『お母さんが死んじゃった、かぁ。それは、悲しいね』
初めて会ったヒトだったけど、でも、不思議と僕は色々と話していた。混乱して憔悴していたせいかもしれないし、単純に人の良さそうな彼の、疲れたような笑みに安心できたからかもしれない。
僕は、ありったけの思いを、当時の自分の貧弱な口から話したような気がする。
『自分たちの世界を守るためには、我慢することも大事さ。そりゃ、泣き喚いて、おかしくなってしまえば、周りは心配するかもしれない。手を差し伸べられて、迷惑をかけてしまうかもしれない。不幸にするかもしれない。そうしないためには、やっぱり受け止めきるしかない』
そのお父さんは、僕の目を優しく見つめて言った。
『でも、守るために努力はしなきゃいけないんだろうなぁ』
首を傾げる僕に、彼はやはり、優しく微笑む。
『無理をすれば良いってことじゃないんだ。我慢はいつか、限界が来るからね。
だから、例えどんなに怖くても――自分に出来る精一杯で、みんなを助けてあげるんだ』
助ける?
『自分に辛く当られたら、人一倍周りには優しくするんだ。勿論、それは「分かりやすい」優しさじゃ駄目だ。相手のことを本当に思えば、何が相手のためになるのかは自ずと見えてくる。手の届く範囲でも、それは大きなことなんだ。
尊厳とか人生の話になるんだけど、わかるかな……?』
お腹が空いて倒れている人に、魚を釣ってあげるか、魚の釣り方を教えるかという例えを持ち出すそのお父さん。
『誰かに縋られるのは気持ちが良いし、頼られるのは悪くないけど、それじゃ未来がない。発展していかない。完全に、世界が閉じてしまう。
相手の手を両手で掴むようなものだ。片手を掴んでいれば、もう片方の手で、もっと別な誰かだって掴めるかもしれないのに』
ここで、僕は母さんが、僕のことも伯母さんのことも見てなかったんだと思ったんだ。自分の手を自分で握って居るように。頼られているようで、実際は何も見ていなかったことに。
だけど、それは嫌だったから僕はそれを否定して――。
『優しいだけじゃ駄目、か。なら、強くなれば良い』
そして、まるで自分の子供たちにするように、僕の頭を撫ぜた。
『いつかその優しさで、強さで、誰かを助けてあげられるような――』
「僕は――」
『――本当に、それで良いのかよ』
気が付けば、地面は湖のように反射していて。空は青く、雲があって。
近くリゼさん。振り向いた先には――今にも泣きそうな、トーカちゃん。
「……」
僕は、言葉が出なかった。不自然に、色々繋がった。
きっとトーカちゃんでさえ覚えてない。僕も、今混乱している最中で記憶が捏造されている可能性だってある。
でも――確かに。
僕の脳裏には、確かに「アラタ」という、あのお父さんの名前が、過去に刻まれていた。
『これじゃ、まるでアリスじゃない。
さしずめ彼女は、白兎かしら』
「……」
あの後、アラタさんが警察に連絡をして、僕は伯母さんに引き取られて、それきりになって。
でも、警察が来るまでの間、トーカちゃんとアヤトくんだと思える子たちと一緒に遊んで。笑って、あと何か懐かれて。
嗚呼、トーカちゃんの言ってた「懐かしい感じ」って、そういうことか。
僕を通して、お父さんを思い出すだけの理由があった訳だ。
トーカちゃんの左目から、涙が一筋こぼれて――。
「……リゼさん」
僕は、リゼさんの方を向きなおして――抱きしめた。
さっきまでの暴れそうだった感情は、もう、なかった。
『あら?』
「……僕は、力が欲しいです」
『どんな力?』
「選べる力です。……どっちか片方なんかじゃない、両方、選んで、それを『通すことが出来る』力が」
『無茶苦茶ね』
そっけない口調のリゼさん。
でも、その声は不思議と笑っていた。
その声は――リゼさんのものじゃなくて、お母さんのものだった。
「だから、貴女は、僕なんです」
『?』
「リゼさんの赫子も、お母さんの辛い記憶も。
みんなみんな、僕なんです」
リゼさんの力を受け入れる? 違う、そうじゃない。
僕は――どう足掻いても、もう、喰種なんだ。
でも、それでも、「人間であって悪い理由」にはならない。
こんな僕でも、何か出来ることがあるんだ。
それを縛る名前が、人間だとか喰種だとか言うものが邪魔なら――そんなもの、僕は要らない。
只の名無しの、金木研で良い。
『――ハイセ』
リゼさんは、そう口ずさむ。
『名前がない、名前を指し示す、という意味よ。なら、それをあげるわ』
僕を少し見上げて、頬をなぞって。
『生きるっていうのは、他者を喰らうことよ。それが、
それでも、研くんは力が欲しいの?』
「……制御、できれば」
『そんなところで他力本願ねぇ』
でも、良いわよと、リゼさんは笑った。
『その続きは――「生きた私」を、見つけだせたら聞かせて?』
不思議とその微笑みは、高校生の頃に僕に向けられていた、病弱だった
ラストの三人は、アニメ1期OPのあの感じです