仮面ライダーハイセ   作:黒兎可

44 / 145
冬でもあの服売ってるお店って、暖かいところ以外どれくらいあるもんなんでしょうかねぇ・・・。


番外編 足踏/一杯

 

 

 

「服買いに行きたい。アンタ選んで」

 

 某ファーストフード店にて、勉強に手を付ける前、唐突にトーカちゃんがそんなことを僕に言って、パンフレットを見せてきた。8区にある大型商業施設。モール系の、複数店舗が入り込んだ場所。

 

 時期的に節分関係でイベントがあるような、ないようなという具合か。それを見せられて、僕はちょっと困惑した。

 

 週末に行こうか、みたいな話だったけど、ミステリー小説的に言えば伏線も何もなくいきなり提示されたからだ。困惑する。

 まあ別に予定はなかったんだけど、やっぱりちょっと驚かされたというか。

 

「なんか最近色々あったし、気分転換。だからちょっと……、んん、付き合って」

「良いよ。

 ……どうかした? トーカちゃん」

「――――っ、な、なんでもない」

 

 突如慌てて「さ、ベンキョベンキョ」と下を向いて問題に取り掛かかりはじめた。

 

 まあ、その挙動不審っぽいのはともかくとして。

 

「お、御待たせ……」

 

 待ち合わせ時間にきっちり五分遅れてきたトーカちゃんは、何と言うか……、おしゃれさんだった。普段なら動きやすさ優先といった感じのショートパンツ姿が多く、冬場もコートを着ていてもそのベースラインを崩すことはなかったんだけど。どうしてか今日は赤紫色の縁取り帽子に、白いもこもこの付いた浅葱色のボアコートに黄色いリボン。そして、コートの隙間から見え隠れする、何故か白いミニスカート。ソックスは帽子よりダークな色合いで、ふとももの中間くらいまであった。

 

 瞬間、僕は呆気にとられた。見蕩れたとはちょっと違う。

 

「……な、何よ」

「いや、何か……、失礼かもしれないけど、イメージと違うかなって」

「私がこーゆー服持ってたら悪いわけ?」

「文句とかじゃなくって、何かこう……、うん、似合ってるよ」

 

 帽子を脱いで胸元に抱えて、うーと軽く唸るトーカちゃん。鼻先あたりまで帽子の縁で隠れてて、なんだかこう、普段よりも仕草が幼く見えた。

 というか、よく見るときちんと手袋を装着していた。

 

 こう言うとアレだけど、服装から攻撃性が抜けていて普通に可愛い感じだった。

 

「………………………………………………………………そう」

 

 何故か妙に長い間、僕の方を見てからトーカちゃんは視線を逸らした。

 

 ちなみに電車に乗ってゆられている間、どこを見て回るのか聞いたら、とりあえず服は最低条件とだけ言われた。……後のことは何も考えていないらしい。まあ気分転換なんだし、そういうのも有りかなーと思った。

 

「トーカちゃん、あんまり先に行くと迷子になるから――」

「手、繋げば良いでしょ。とりあえず、服」 

 

 そしてまあ、予想通り向こうではヒトがごった返していた。ふらふら歩いてモールに入れば、既に人だかりが形成されている。入り口に入って困惑している僕の手を、トーカちゃんがぐっと引っつかんで思いっきり引っ張った。

 ……最近結構、トーカちゃんがこうして自分から手を握ってくることが多くなった気がするけど、それだけ僕も信頼されてきてるってことなのだろうか。こうしてると、ヒナミちゃん程じゃないけど妹が出来たようにも感じる。

 

 喰種になってからのことやそれ以前、アラタさんの件も含めて、僕は彼女にかなり大きな恩があるし、こうして少しでも頼りにされるなら、お返しになるのならそれはそれで嬉しいことだった。

 

 しかし……、どうしたことだろうか。ハンズを軽く見て回った後に、トーカちゃんが手を引いた先のショップは、あちらより客層が限定されているのか、ファミリーよりカップルっぽい感じのヒトが多い。

 正直、ムズ痒い。何か得体のしれない居心地の悪さみたいなものを感じる。

 

「あー、トーカちゃん、」「着替えるから覗かないでよ」

 

 少し外出たい、みたいなことを言う前に早々にトーカちゃんは着替えを持って、目の前の更衣室? へ。カーテンを閉めた向こうで、衣擦れの音が聞こえるのが、どうしてか心臓に悪い。視線を逸らして周囲を見れば、女子高生くらいの女の子たちのグループがこちらを見てからくすくす笑いあったり、同じく別な更衣室の手前で男性一人、意味深に頷いていたりするのがますます心臓に悪かった。

 

「お待たせ。……、ど、どう?」

 

 十字模様が二つあしらわれた、ワンピースみたいなブラウスだ。首にチョーカーみたいなのを巻いてあって、髪留めがウサギじゃなくて猫なのはどうしてだろうか。

 僕の視線を見て何を思ったのか、そのままトーカちゃんは左手を軽く握り、こちらを見て。

 

「に、にゃんっ」

「……」

 

 照れながらそんなこと言われましても、というか、アレです。どうしたんですかトーカちゃん。何か悩みでもあるんだろうか。心配になってくる。

 ただ「何か言えよ」と文句を言ってすぐさまカーテンを閉めるあたり、調子はいつも通りということか。ってことは、猫の髪留めがワンポイントで、それを強調したかったとか……? いや、それでも反応には困るんだけど。変に照れてるのが可愛い分、突然のギャップに。

 

 とりあえず持ってて、と言われてハンガーに指をかける僕。こういうのはウタさんの所にマスクを作りに行った時以来だから、ちょっと懐かしい気もする。

 そして、離脱するタイミングを完全に見失った……。

 

 次に向かった先は革物……? こちらにはメンズも揃っていた。

 

「アンタも着る?」

「うーん、荷物持ち的にそれはどうなんだろ」

「あっそ。じゃあ、どっちが良い?」

 

 そう言って提示されたファッションは、どっちもパンクな感じ。片方は足の方の丈が短くて、もう片方は上の方の……、って、そろえてる服のバリエーション幅広いな、ここ。

 でも、あえて僕はそのうちの、サスペンダー突きホットパンツみたいな方を選んだ。

 

 トーカちゃんは、何故か訝しげな目でこっちを見てくる。

 

「ど、どうしたの?」

「いや、逆になんでこっち?」

「? いや、トーカちゃん結構こういうタイプの服多いような気がしたから、取り回し良いかなって」

 

 まあ後の方の服だと、結構上の切れ込みが大きかったというのも理由だったりするけど……、流石にそんな服を目の前で着られて、感想を言える位耐性はありません(リゼさんにもそこを突かれたし)。

 

 そんな感じでまたニ、三着服を選んでいて――そして、最後の一つを見た瞬間、僕は思わず吹き出した。

 

「と、トーカちゃん今! 二月! 何さその水着!? なんで売ってるの!!?」

「さ、さあ……」

 

 僕にツッコミを入れられても反応が曖昧なあたり、トーカちゃんもそう思ってるんだろうけどさ。いやさ、それ寒くない? というのが個人的な感想だった。

 トーカちゃんは、そう、何故か水着を着ていた。……ワンピースタイプとかパレオ巻いてあるとかそんなこともなく、ビキニタイプだ。縞模様の入った、紐止めの。非常に防御力が薄そう。

 

 流石にトーカちゃん本人も、これは照れていた。って、なら何故試着した。

 

「へ、変なところない?」

「そういうのは大丈夫だと思うけど、えっと……」

「……何か言ってよ」

「十中八九、何言ってもセクハラになっちゃいそうな気がするんだけど……」

「あ゛?」

「い、いや、えっと……」

 

 ここまで付き添い泣かせなことを言ってくるとは、流石に想像していなかった。

 

 正直、本当に困る……。強いて言えば「眩しい」かな。肌色が。元々トーカちゃん自身、結構色白だったと思うけど、服の下に隠れてる分もあらかた表に出てる現在、すらりとしたスタイル含めて色々と直視できない。 

 水着自体の感想を言わなきゃならないといわれても、その……。

 どことは言わないけど、案外大きいとか口走れば、ほぼ確実に顎に一発貰うことになりそう。

 

 ……仕方ないので、いつものようにしようか。

 相手自身の意見をまず聞いてみよう。

 

「トーカちゃんは、どう思う? それ」

「私? は……、ちょっと、気になる」

 

 お腹のあたりを軽く摘むトーカちゃん。正直言うと鍛えているということもあってか、ほとんどつまめてないのだけど、本人は気になるのだろうか。

 

「あと、紐は冒険してみたつもりなんだけど」

「冒険?」

「うん。だってこっちの方が――、な、なんでもない」

 

 くるりと振り返り、カーテンを閉めるトーカちゃん。数分かけて出てきた後、僕には渡さずそのままレジに持って行った。

 買うんだ、とちょっと意外に思ったけど、依子ちゃんと遊びに行く時とか使うのかな?

 

 結局お買い上げは三着前後。その後、有名喫茶チェーンの店舗で珈琲を買って、僕らは一度外に出た。

 

 モールの入り口あたり、丁度海が眺められる位置にトーカちゃんと僕はベンチに座る。

 と、トーカちゃんは僕から袋を取り上げて。

 

「へ? え、えっと」

「あんまり汚したくないから」

 

 荷物を自分の右側において、左側、僕の方に詰めてきた。僕も僕であまり動けないので、必然トーカちゃんと肩が密着する。

 

 何だこの状況。

 

 何があってこうなったのか、膨大なトラフィックが脳内で駆け巡る。

 そんな僕におかまいなく、トーカちゃんは口を開いた。

 

 

 

「……アンタさ。最近、隠し事とかしてない?」

 

 

 

 ぴくり、と自分の左頬が動く。

 

 横目で、真剣な眼差しの彼女に、色々と慌てていた思考が、すっと落ち着くのを感じた。

 

「……隠し事、って具体的には?」

「知る訳ないし。ただ……、わかるわよ。何だかんだで、あんていくじゃ一番付き合い長いし」

 

 珈琲を一口含んでから、トーカちゃんは右手で僕の右手を上から被う。身体をちょっと反転させてるせいで、荷物袋がちょっと不安定だった。

 ぎゅっとにぎられる温もりを感じながら、僕は、ちょっと答えに窮した。

 

「……まあ、色々あると言えばあるかな。それは」

「話したりしないの?」

「話す?」

「……前にアンタ言ったじゃん。私の事情とか聞いたりする時に。

 だってのに、何でアンタは自分のそういうの話したりしようとしないのよ」

「……」

 

 言われてみれば、という訳ではないけど。僕にとってそれはヒトに話すような内容という訳でもなかったというのが正直なところだ。

 でも、トーカちゃんは反応のない僕を見て、淡々とぎゅっと右腕を抱きしめた。

 

「……あ、あの、トーカちゃん?」

 

 色々とやわらかかったりするので、反応に困る僕。というか右手が、ふともも思いっきり触ったりしていたりするんだけど(抱きしめるような形なので挟み込まれるような配置)、何がしたいのだろうか。手先に伝わる柔らかさと、上腕に感じる挟み込まれる感触にどぎまぎしてると、トーカちゃんは淡々と続けた。

 

「……言わなきゃ、折る」

「理不尽!」

 

 目が据わっていたので、割と本気かもしれない。しかも珈琲持ちながらだから、下手に動くと零れて熱いことに……。

 流石にそれは困るので、ちょっと待ってと言って少し頭の中を整理した。

 

「……あの、全部じゃなくて良い? さすがにいきなりはハードルが……」

「……ちっ、仕方ねーな。じゃあ、妥協してあげる」

 

 腕は命拾いしたけど、腕のホールドは未だ解いてくれない。人質代わりか何かなのだろうか。

 ちょっとまだ怯えながらだけど、僕は苦笑いを浮かべて思い出す。

 

「……僕、アオギリから帰ってきてさ。すぐ大学に復帰できてるけど、おかしいとは思わない?」

「何が? って、まあ休んでた分、病院で診察したとか――」

「あー、そこじゃなくって。普通さ、もっと手続きとか掛ると思わない? だって実際問題――かれこれ一、二ヶ月近く、失踪していたのに」

 

 そのまま年も跨いじゃったしと言うと、トーカちゃんは首を傾げる。

 

「……言われてみると。ケーサツとかも行ってないよな、カネキ。何で?」

 

 まあ答えは酷く単純なもので、僕はじらさず答えた。

 

「失踪の、捜索願いとか出されてなかったんだよ」

「……ッ、それって――」

「ヒデに聞いたら、あと何週間か遅れたら俺が出してたって。まあ……そういうこと」

 

 伯母さんと折り合いが非常に悪い、というのを臭わせる話をトーカちゃんにしたことはあったけど、今じゃ存在無視レベルまで来ているという話まではしたことがなかったっけ。

 主にヒデが、僕の本を救ってくれた時の影響が大きく出ていて。優一君が――従姉弟の彼が、逆に世間話程度ならしてくれるようになったくらいだった。

 

「この間、久々に帰ってみたらまあ案の定というか。連れ去られたこと自体知らなかったみたいだったしね」

「……」

「別に、そこまで傷ついてるって話じゃないよ。ただ……、どう言ったら良いかな。なんだかね。小学校の先生とかから、たまーに休日のイベント手伝ってくれないかって連絡とか来たりするんだけど、それ以上にアレだからさ。こう……」

「……それ、普通に寂しんじゃない?」

 

 へ? と聞き返す僕の腕を離して、トーカちゃんは残りの分を飲む。空になったコップを足元に置き、唐突に、唐突に僕の頭を撫でてきた。

 

 ……何だこの状況。ものすごく恥ずかしい。

 いや、この間のおでこグリグリに比べれば何倍もマシだけど、それにしたって、こう。

 

「あ、あの、トーカちゃん?」

「何だかんだ言って、カネキは頑張ってると思う。”こっち側”を知ってからも、知る前も。

 だから、まあ……、もっと頼れ。何かあったら」

 

 そして、撫でていた手を離して、指を立てて僕の頬をツンツン突いてくる。半眼でふっと微笑む彼女を見て、どうしてか僕は、胸のあたりに熱いものを感じて――。

 気が付くと、変なことを口走っていた。

 

「――トーカちゃん」

「ん?」

「ハグ、してもいい?」

「……へ゛?」

「……、あ、いや、その、変な意味じゃなくってさ。うーん……、こう、ありがとう的な」

「意味わかんねー」

 

 顔を逸らして、アヤトくんみたいな何とも言えない表情を浮かべるトーカちゃん。何か攻撃が飛んでくるかと思ったら、少し逡巡してから彼女は。

 

 

「……ちょっとだ、け、なら」

 

 

 目を閉じておずおずと、小さく両腕を開いた。

 

 

 

 

 

 

   ※

  

 

 

 

 

 春休みに入った直後ということもあって、あんていくのシフトも夜中まで入れられるように。

 今までもなくはなかったけど、流石に店を閉める時間まで働くというのはなかった(トーカちゃんと訓練で遅くまで残っていることはあったけど)。

 

 だからこそ、入見さんが店を出たタイミングで、四方さんが帰ってきたのになんか驚いた(古間さんはちなみに休憩中)。

 考えてみれば当たり前と言えなくもないんだけど、四方さんは大きな荷物を右肩と左腕に担いでいた。食糧調達か何かだと思う。

 

「お疲れ様です」

「……研もな」

 

 と、僕の方を数秒見た後、ぼそりと一言。「時間開いてるか?」

 

「へ? 大丈夫ですけど」

「久々に稽古をつけてやろうか。たぶん鈍ってるだろ」

「でしたら是非。……あー、でもリハビリも兼ねてるから――」

「大丈夫だ」

 

 それだけ言って、四方さんは一度バックヤードに回ってから、僕を誘導する。

 地下はやっぱり何度来ても広大だ。どの方向を見ても、どこに繋がっているか分からないという時点で既におかしい。一度入り込んだら出られなくなる、と言ったのはトーカちゃんだったか、四方さんだったか。

 

 ジャケットを脱ぐと、四方さんは少し腰を低く構える。

 

 僕は……、正直、イメージがつかない。赫子を使わないでとなると、やっぱり四方さんに一日以上の長がある。

 本の知識がまだまだ付け焼刃な自覚があるので、僕は一度深呼吸して――指の関節を鳴らした。

 

 勢い良く飛びかかる僕に、四方さんは受け流すよう腕を構える。

 その状態で、振り被った腕と反対方向の足を使って蹴りを入れる。が、これも読まれていて掴まれる。そのまま一回転して、四方さんは僕を投げ飛ばした。

 

 対する僕は、バク転でその勢いを殺して体勢を立て直す。

 

「……」

 

 無言でサムズアップしてくれるのは、うん、きっとバク転できるようになったのか的な意志表示だろうか。

 しかし、改めて接近してみると隙がない。カウンターというのを差し引いても、何か別なアクションであの安定を乱さないと、活路は見えないか……。

 

 赫子を使っているなら、その程度は容易なんだけど、生憎とこれは肉弾戦。

 

 一番大きな問題は、こちらの攻撃に対して向こうは一歩も動かずに対処できるということか……、いや、違う。威力が根本的に違うということもあるけど、それ以上に動かすための攻撃をしかけていないというのが大きいか。

 そうすれば後ろは壁なのだから――あ、これは使えるかもしれない。

 

 再び四方さん目掛けて走り出す僕だけど、今度は飛びかからない。四方さんはそれに対して、構えを少し変えて受け流す方向を変える。

 ただ、その瞬間に僕は上体を低くし、腰にタックルをかけようとした。

 

「――、まだ甘い」

 

 腕の構えを解くより移動する方が早かったためか、四方さんはそこから、僕から見て左側に数歩ずれる。だけど、それは狙い通り。

 

 僕はそのまま、当初の予定通り壁の目の前で体勢を戻し、走った勢いと起き上がった反動とで壁を一蹴り。

 

 そしてそのまま、三角とびの要領で四方さんの顔面に、蹴りを入れた――ッ。

 

「……狙いは悪くない。が、練度不足だ」

 

 四方さんは、しかしそれもぎりぎりで腕を上げて対応したようだった。

 僕はバランスを崩し、その場で腰を下ろす。

 

「やっぱり、まだまだ敵いませんね」

「……だが、成長してるな」

「バク転ですか?」

「そっちじゃなくて、ほら」

 

 と、四方さんは左頬を指差す。そこは、少しだけスリ傷のようなものがあって。

 

「お前の、靴の先だ」

「……あ、届いてたってことですか」

 

 腕の防御は間に合ったけど、勢い余ってちょっとだけ押されて、ぶつかったと言うことだろうか。四方さんは僕の方を見て、手を差し伸べた。

 

「……一応、一発入れられたな」

「へ?」

 

 手をとりながらそんなことを言われて、僕は思い出した。トーカちゃんとバク転の練習中に、やってきた四方さんが言った一言。一発入れてみろに、数ヶ月かけてようやく成功したということか。

 付いて来いと言われて、僕はカウンター席に座る。

 道中、2階の電気が切れていて、またカウンターがきちんと片付いてるのを確認して、古間さんが一通りやって帰ったようだ。

 

「疲れたろ。ちょっと待ってろ」

「一体何を……?」

 

 疑問符を浮かべる僕をよそに、四方さんはてきぱきと、慣れた手つきで道具を使う。豆を砕き、湯を注ぎ、持ち上げ、僕の前に置かれた一杯。

 

「……」

「……」

「……飲め」「……い、頂きます」

 

 あんていくで表の仕事をしていない四方さん。だからこそ、すんなりと慣れたその手つきで入れられた一杯に、僕は驚いた。

 それは、店長の一杯と同じ味がしたからだ。「あんていく」なりの入れ方のルールとかみたいなものは一応あるのだけれど、それでも少し個人差が出る。でも四方さんのそれは、限りなく低い。

 

 自分の分の一杯に口を付けて、四方さんは微笑んだ。

 

「すごく美味しいです。でも……、一体どうして?」

「……昔、店に立ってたからな。すぐ降りたが」

「へ?」

「……接客が出来なかった」

 

 嗚呼そうだ、と四方さんは思い出したように言う。

 

「トーカが心配してたぞ。お前の様子が変だって」

「変?」

「この間、イトリの店に来て、何か聞いていた」

 

 何かって何なんでしょうか、というのはちょっと怖くて聞けないけど。でも……、そうか。この間遊びに行った時のアレは、そういうことだったのかと納得があった。気を遣わせちゃったな……。思えばあの後、ヒナミちゃんからだって言って高槻泉の最新作を手渡された時点で、気付くべきだったかもしれない。

 

 結局、全部は話せなかった……、話せる勇気がなかった。

 まだ、自分の中でくすぶっている部分があったからだ。きっとそれは――僕自身、どこか怖い事実があるからで。でも、だからこそそれを口にすることが、今はまだ出来そうになかった。

 

 代わりに、僕は自嘲する。

 

「なんか、助けられてばっかりですね。僕」

「?」

「トーカちゃんとかだけじゃなくって。例えば前も、四方さんに赫子を刺しちゃしたし……、改めて、あの時はごめんなさい。あと、ありがとうございました」

「……礼なら芳村さんに言え。仲間同士助け合う。それを俺に教えてくれたのはあのヒトだ」

「……」

「……ただ、助けられてばっかりは、違うと思うがな」

 

 会話していて気付かなかったけど、今日の四方さんはいつもよりも沢山しゃべってくれてる気がする。

 

「もしそう思うなら、今度はお前が誰かを助けてやれ。

 そうすれば、きっと繋がって行く想いもある」

「……はい」

 

 ある意味で言うなら、芳村さんのああした想いが四方さんやトーカちゃん達に回ってきて、そして今度は僕に来たのだろう。そして、たぶん西尾先輩にも。

 すごく、本当はすごく簡単なことなんだと僕は思う。そんな想いが受け継がれていって、もっと広がっていけば。それこそ、もっと世界は優しいものに――。

 

 僕も四方さんもそれきり、最後の一杯まで飲み終えるまで会話を交わさなかった。

 

 

 

 

 




モブ男性(旧多)「(がんばれ青少年)」


トーカの勝負服? は√Aでヒナミちゃんが着ていたアレです。
カネキがヘタレずトーカがぎゅーってされたかどうかは、次回をお待ち下さい?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。