月山「はっはっはホリ、友として気持ちは嬉しいのだが、せっかくくれるのならもっと僕が食べられる――Waiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiitッ!!!!?」
「カネキさんって……、どんな人なんですかね」
「ん、何言ってるんだ?」
僕の呟きに、ニシキさんが訝しげな表情になった。
あんていくの仕事の傍ら、というよりも掃除の傍ら。ふと頭に過ぎった疑問を僕は口にした。
カネキさん。金木研さん。臭いは人間で、どこか女性の喰種のような臭いもする。無論、当人は男性なんだけど……。年は僕やトーカさんより上、ニシキさんよりは下。眼帯と黒髪のカツラをいつも被っている。頭の毛は白。そして、言うまでもなくお人よしに見える。
逆に言うと、僕が彼について知ってることはこれくらいだ。
だから、気になる。何故気になるのかというのはよく分からないけれど、なんとなく僕に兄が居たら、きっと彼のような人物だったんじゃないか、と思っているからかもしれない。混線する記憶の奥底、未だ思い出せない領域からわずかに漏れ出た記憶にあった要素。そこに兄があったからこそ、それをもっと手繰り寄せたいのかもしれない。
「……記憶、少しだけ思い出して。それで、兄がたぶん居たんです。
で……、もっと思い出せないかなーと」
「で何でカネキ?」
「なんとなく、お兄さんって感じがするんで」
「はぁん。……あー、でも特に言うほどのこともねーだろ? ちょっとお前に似て、ウジウジヤローで」
「う、うじう……」
「なにヘコんでんだよ。正直に言っただけだぞ?」
悪気がないっていうのも凄い気がする。
「強いのか弱いのか、わかんねーヤツだとは思うな。ま最近は強い方で統一されてるみたいだけど。
前は殺しにかかったら逆襲されて殺されかかったし」
「え? ……、冗談ですよね?」
「いやマジで」
何ということもないように言うニシキさん。それで一緒の店で働いているんだよな、この人……。
「ああ。カネキの紹介でな。ここで働いてればメシにも困らないし、小遣い稼ぎくらいにはなっからなー。
でもまぁ……、トーカが何か無理してるとか心配してたか? ったく。俺も借りがあんのにゃ違いねーけどよ」
口は悪く言うけれど、ニシキさんもまたカネキさんのことを気にかけているように思う。
店内に入ると、古間さんからバックヤードでサンドウィッチの練習に誘われた。入見さんと入れ替わりで、僕は裏に回る。
「すごいですよね、本当……」
「ははは。清掃から珈琲に通常メニューまで、僕の域に達するのは五年くらい頑張らないと」
「五年……。古間さんて、どれくらい働いてるんですか?」
「お店の創業と一緒だから、大体十年くらい前かな。お店のことは全部把握してるつもりだから、困ったらじゃんじゃん頼ってね」
せっかくなので、彼にもカネキさんのことを聞いてみた。
「カネキくん、かぁ……。トーカちゃんが心配してたね、そういえば。
うん、そうだねぇ。カネキくんも、掃除上手な優しい子だよ。リオくんも教わったろ?」
「あ、はい」
「教えるのが上手で、師匠冥利に尽きるよ」
得意げに笑う古間さん。師匠……カネキさん、弟子なのかな?あと、まーたトーカさんの名前が挙がった。セットで考えるべきなんだろうか。やっぱり付き合ってるんじゃないかな。
下世話な話を考えるまでもなく、つい勘繰ってしまうところだった。
古間さんは「ただね」と前置きして続けた。
「最近の彼は、何かやることが出来た男の目だ。だからその先で……、自分自身の優しさに、押しつぶされないことを祈ってるよ」
どこか遠い目をして言うそれは、まるで誰かを懐かしんでいるような、そんな印象も受けた。
※
「お疲れ。何やってんの」
「ありがとう。……あはは、ちょっとね」
それからまた数日後。カネキさんがプリントしてきた写真を見ながら、僕らは僕の記憶について話していた。休憩時間の合間を縫ってのことなのでさほど長くは時間をとれない。というより、カネキさんに関しては今日はシフトがないはずだった。
カネキさんの持ってきた資料の中で、少なからず、僕が「23区」の写真数枚に見覚えがあったのが、大きな発見だった。
「イトリさんに前に言われたんです。僕、ひょっとしたらコクリアに収監されてた喰種かもしれないって。だから、その検証みたいな? 感じです」
「検証って……。ってか、それだとアンタ、完全に顔割れてるじゃない」
「だからウタさんに、リオくんの分のカツラもお願いしようかどうかって話をしてるんだけどね」
肩をすくめながら、カップを二つ置くトーカさん。
取っ手がこっちに向いてるほうを僕が取ろうとしたら、トーカさんは腕をがしっと掴んだ。……いえ、あの、痛い。さほど痛くは感じないんですけど、でもこれって普通にやばいんじゃ――いやいや、手首真っ赤なってますからトーカさん!?
「アンタは、こっち」
無感情にそう言いながら、僕の取ろうとしてなかった方を僕の前に置くトーカさん。カネキさんの方には、取っ手が向いてるほうをすすめた。カネキさんはカネキさんでまた何か考え事をしているせいか、こちらの状態には気付いていないようだった。
ふとトーカさんに目を向けると、くいっくいっと顎で壁の方を示される。カレンダーの方を見て、僕はなんとなく察した。
近くに置かれたそれを、すっと手に取るカネキさん。一口含んで、飲み込んで、頭を傾げた。
「……? なんか少し、いつもの珈琲っぽくない気が――」
「ひ、人が淹れたんだから黙って飲めっ」
「あ、はい」
顔をちょっと赤くして慌てるトーカさん。って、それだとたぶん伝わらないですよ。
ちょっと心配する僕を余所に、部屋を出て行く途中で小さくガッツポーズをするトーカさん。果たしてあの人は、それで良いのだろうか。
なんとなく、僕は店長から聞いたカネキさんのことを思い出しながら、そんなことを考えた。
『――カネキくんは、心優しい青年だ。だが同時に、ある種の引力のようなものを持っている。否応なくその人生において、悲運のようなものを引き寄せる』
古間さんやニシキさんに聞いていたのを聞かれたのか、察し良く芳村さんはあの日、僕に話してくれた。
『彼は、元々人間だったんだ。
とある事情があって喰種の力をその身に受け、望まず半喰種となってしまった。……私も驚かされたよ。でも、彼はその事実を少しずつ受け止めていっている』
『そしておそらく――彼はあと一歩のところで踏みとどまった』
何に踏みとどまったのか。僕の疑問は、さほど時間なく答えが出た。
『――強さ、だ。強大な運命に立ち向かうために必要な力。もし少しでも歯車が違えば、彼はきっとそれを追い求めるため、ここを出て行ったかもしれない』
『そう、していないのは?』
『……少しだけ話してくれたかな。曰く「両方を選べるだけの、強さが欲しい」と』
強い者は、孤独だ。周囲に誰かを寄せ付けられないのだから。
『いずれそういう力を、君も必要とする時が来るかもしれない。
……そうなった時、寄り添ってあげられる誰かが居て欲しいと、私は思う』
最近はあまり心配してないけれどね、と芳村さんは最後だけ冗談めかして笑った。
……うん、僕もなんとなく、カネキさんのそれについては大丈夫な気がしていた。もはや周知の事実なんだろうと思う。っていうか、新入りの僕でさえ察せるのがもう色々とすごい分かりやすい状況なんだけど、果たしてカネキさん本人は気付いて……いなかったっけ、そういえば。
僕の休憩時間が終わり、僕は休憩室を後にしてお店に出て――。
そこで、出会ってしまった。
「あ、いらっしゃい――ませ」
ニシキさんの声の調子がおかしい。お店に来てお手伝いしていたヒナミちゃんも古間さんも入見さんも、みんな視線が集中する。お店のお客さん、おじさんやおばさんたちも、空気が固まる。
現れたのは、白いスーツに青と赤のシャツを着た男の人だった。まだ若い。僕らよりは上だけど、古間さんとかよりは年下に見える。テレビとかに出てきてもおかしくないような凛々しい顔立ちなのだけど、そんな彼が目を閉じ、微笑みながら鼻で息を吸う臭いが聞こえる。
そのまま両手を持ち上げつつ、唐突に右手を顔の上に軽く添えた。何のポージングなんだろう。
「この店内にそこはかとなく漂う最新のカネキくんの臭いに芳醇な珈琲のか・お・り……。
至高と究極、複雑に美食が入り交じったこれは、そう正に―ー」
「――エルドラアアアアアアアアアアアアアドッ!!!!」
「「「「「……」」」」」
誰しもが言葉を失い、お客さんたちは視線を逸らし、ヒナミちゃんでさえぽかんとしている。
ニシキさんは明らかに嫌そうな顔をして、トーカさんは僕、というよりその向こう側の方のカネキさんを庇うように一歩、こっちに足を踏み出した。
「
「その流れで出す訳ねーだろ、クソ山」
トーカさんが舌打ちしながら睨み上げる。「ノン!」と軽く言ってから彼は微笑んだ。
「今日は僕の私用ではないよ。れっきとしたカネキくんからの依頼さ」
「依頼?」
「ってテメェ何を――」
「――あ、月山さん来てくれましたか」
僕の後ろから、カネキさんがひょっこり顔を出した。苦笑いを浮かべながら「ちょっとゴメン」と言って僕の横を抜けて、トーカさんに並ぶ。
「やぁカネキくん! 今日もまた一段と空――」
「じゃあちょっと2階の部屋借ります。リオくんもちょっと来て?」
「へ?」
これからシフトが、と続けようとしたら、ニシキさんが面倒そうにだけど「ああ」と頷いた。
「別に構わねぇけど、カネキお前……」
「大丈夫ですよ、西尾さん。トーカちゃんもそんな睨まないで。
何かあったら――
へ?
カネキさんの微笑みながらの、その、声音がまったく笑ってない最後の一言に、西尾先輩とトーカさんの表情がわずかに引き攣った。
カネキさんの後に続く僕。道中、後ろから月山さんと言うらしい彼が僕に話しかけてきた。
「やあ、君がボーイ・リオだね。初めまして僕は月山習」
ボーイ?
彼はそのまま僕に近づき、臭いを……、って、ちょっと止めて下さい。
「んん、中々ワイルドな臭いだね。喰種にしては――(じゅるり)」
「ひっ」
「―ー月山さん」
指をパキリ、と鳴らしてカネキさんが振り向き笑顔。「ふふ、冗談さ。ユニーク!」と応対する彼に、一瞬だけものすごい鋭い視線を送ってから、彼は階段を上った。
※
「元々、リオくん関係の情報が集ったら、一旦シフトを抜けさせてくれって皆に言ってあったんだ。今のリオくんて、まだ研修中みたいなものだし」
「あ……、ありがとうございます」
『ヘタレクション!』
鳥の鳴き声を聞きながら、僕等は椅子に座る。僕が上座で、カネキさんと月山さんが対面。……なんだかよく分からないけど、申し訳ない気持ちになった。
「カネキくんから『神代』に次いで探してくれと、この間言われた喰種だけどね。
ホリが集めてくれた写真によれば、その名は――ルチ。これさ!」
テーブルに置かれた写真の喰種。左目の方に縦の大きな痣が入っている喰種で、周囲数体の喰種を赫子で蹴散らしているようだった。それよりも、ホリさんって誰だろう。
「ジェイル、という言葉の意味は牢獄。つまり名前としてあり得るとするならば、それを連想する痣だと思ってね。このルチのそれは、痣というより刺青なんだが」
「刺青……ですか」
「なんでも彼は、大量に捜査官を殺して回った組織に所属していたらしい。解散したそのチームから数人メンバーを集めて、新しい組織を編成中だとか。
危険な喰種という条件にも、これで合致してるかい?」
「ありがとうございます。で、場所は……?」
「18区さカネキくん。ただ縄張り意識は強い方だと思うから、行くなら充分注意しないとね、ボーイ・リオ。
ハイテンションに身振り手振りを交える彼に、僕はなんだか翻弄されていた。直接話してる訳でもないのに、妙に体力が持って行かれるような……。
カネキさんも少し疲れたような笑みを浮かべているあたり、似たり寄ったりのことを考えてるのかもしれない。
「んん、でカネキくん? ちなみに一体誰と行く予定なんだい? 言ってくれれば僕も日程を――」
「月山さんだとかなり目立つんで、僕と……そうだな、トーカちゃんはたぶん来てくれるだろうし、サポートでバンジョーさん達と、良ければ西尾先輩にも声かけてみようか」
「……」
笑顔のまま氷ついて、銅像のように頭を押さえて考えるようなポーズをとる月山さん。
「機会があればまた頼ると思いますんで、済みません。
あー、でも監視は付けますよ」
「んん、やはりハードモードかあの時以来……」
よく分からないことを言う月山さん。
階段を下りて見送る途中、そんな彼が鼻の穴を動かして言った。
「そう言えばカネキくん、少しいつもの違った臭いがするね」
「臭いですか?」
「うん。懐かし……くもないね。高校時代だけでなく、今日もホリから『義理だよ』と言われて口の中に無理やり押し込められたか……」
食べられないと言ってるのに、まったくお転婆な。
そう言いながら嘆かわしいと言わんばかりに頭を左右に振りながら、月山さんは「アディオス!」と立ち去った。
カネキさんは少しの間口元に手を当てて。
「あー、ひょっとしてさっきのアレかな。何かお返し考えないと……」
どうやら、なんだかんだでトーカさんの
ヒナミ「はい、お兄ちゃん! いつもありがとう!」つ 眼帯
カネキ「ありがとう、ヒナミちゃん。トーカちゃんも」
トーカ「……な、何の話?」ソワソワ